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第213話 『孤児院はラーケルを救えるか?! その2 (ダーク・ヒーロー)』

また今回もちょっぴり映画ネタばれありです……( ̄▽ ̄;)

お題は『バットマン』


「いつ(家に)帰れるの?」

 セピア色の大きな目をした男の子が始めに訊いてきた。

「マーマ(ママ)たちにすぐ会える?」と赤毛の女の子。

「もう帰りたいよ~」


 教会で呼んできてもらった子供たちに、もうあの男と一緒に行かなくていいと言った途端、子供たちが思い思いに喋り始めた。


 そうだった。

 俺は思い違いをしていた。

 この子たちの為と思っていたが、それはあくまで大人目線の考えだった。

 子供たちにとって一番の願いは、家族のもとに戻れる事だろう。

 俺はこの子たちの気持ちを考える事を忘れていたのだ。 


 だけど、また家に戻したら――


「あなたがご主人様(マスター)なの?」

「え……」

 俺の前に、濃紺と深緑のメッシュの髪をした女の子が進み出てきた。


「あたし達、売られたんでしょう? あのオジさんがそう言ってたから」

 大きな翡翠のような瞳に、少し高い位置にある丸っこい耳。そしてその耳の後ろに猫の髭のようなものが出ている。

 ノームミックスの少女――モリ―だ。

 

「あんた達、このオジさんを困らせちゃダメよ」

 クルッと後ろを向くと、他の子どもたちに言い放った。


「何度も言ったけど、あたし達は売られたのよ。もうお家に帰れないのよ。

 仕事をしてお金を返さないと戻れないの」

 小さいのにしっかりしてるというか、達観してる。


 ノームはこちらでは『森の賢者』とも言われている。フクロウのことではない。

 彼女ら(彼ら)は平均的に頭が良いのだ。

 IQがヒュームや他の亜人たちと比べて高いと言われているが、それは知能の発育速度が他の人種に比べて早いからなのだ。


 日本でも比較的女の子の方が口が早いというが、ノームもそれに近いのだろう。

 彼らは脳の発達が体よりとにかく早い。

 立って歩くより先に言葉を理解し、舌足らずな口で話し始める。

 知能の発達に対して、上手く動かない体にイラ立ちを覚え、癇癪を起こす幼子も少なくないという。


 第一成長期に群を抜いて脳の発達が盛んになり、あとは段々ゆっくりと、最終的には他の人種と変わらない発達速度に落ち着いていく。


 だが、一番脳が若く、何を見ても聞いても全てが新しい発見に映る年頃に、それを理解出来る力があるのは更に感受性を豊かにし、より多くの刺激・情報を得ることが出来る。

 いわゆる英才教育のようなモノだ。


 だからノームは学者や研究者が多い。

 三つ子の魂百までもと言うが、成長期の探求心や好奇心が影響し、またより深く知識を求める性質になる。

 それが頭がいいと言われる所以(ゆえん)でもあるのだ。  


 モリーもノームの血を濃く継いでいる。だから自分の置かれた状況をちゃんと理解出来ているのだ。

 泣いても喚いてもどうにもならないという悲しい現実を。


「おうちに帰れないのぉ?」

「ママに会いたいよぉー」

「パパぁ、マーマぁ……」

 子供たちが一斉に泣き出した。


「だから泣いたってダメなのよ! ……あたしだって、会いたいのに…………」

 モリーもとうとう堪えきれなくなったのか、グスグスすすり泣き始めた。

 やはり賢者の系列とはいえ、まだ6歳の子供。

 感情は抑えきれなかった。

 ついてきた司祭と2人のシスターが、そんな子供たちを一生懸命慰める。


「で、どうする?」

 礼拝堂の長椅子に、ふんぞり返るように座っている奴が訊いてきた。


「まさか今度は、コイツらの親まで面倒見る気じゃないだろうな。

 そんな事してたらキリがないぞ」

「――そんな事、……わかってるよ」


「それにおそらくコイツらだけじゃない。村に行けば他にも似たような家は少なくない。

 コイツらだけを助けても、他の家から出るのは防げない。

 その時お前はどうするんだ?

 こちらに連れてくる気か? それとも一時的な生活費を恵んでやるのか?」

 乱暴な4の字のように足を組ながら、悪魔が囁く。


「泳げない者が溺れる者を助けようとしても、一緒に沈むだけだ。

 どっちも不幸になる」

 奴のまわりだけ影が濃くなる。

 銀色の目がおぼろに光って見える。


「傷を最小限に抑えるために、諦めがあるんだ。

 コイツらに期待させるだけさせても、酷なだけだぞ」

「わかってるよっ! だけど――」

 確かに奴の言う事は正論だ。それは理解出来る。


 奴はもちろんこうなる事を知っていたんだ。

 俺が張り切って契約を解約させても、結局何にもならず、あとで失望感に打ちひしがれるリスクを最小限にしたかったんだ。

 無駄な違約金を使う事なく、無用な虚無感を抱かせないように。


 相変わらずぶっきらぼうなやり方だが、奴は俺を指導しながら守ってくれていた。

 

 だけど俺が無事ならば、他は子供だろうとあっさりと切り捨てていいと言うのか。

 それじゃあんまりにも思いやりがないんじゃないのか?


 だがこれは致し方ない事だった。

 奴は神の使徒、この世界の管理者の一員だ。

 だから守護対象である俺以外に、依怙贔屓(えこひいき)は出来ないのだ。

 管理する者がその権限で勝手な真似をしたら、たとえそれが人道的な事でも世界のバランスが崩れかねない。

 故に彼らは下手な手出しが出来ないのだ。


 ううっ しかしどうしたらいいんだっ?

 そりゃあ現実は甘くないとは知ってたけど……。

 どうする、何が正解なんだ??

 こんな時みんなどうやってるんだ?!

 ……もし世界を救うヒーローだったら、上手く解決するのに……。


 ヒーローなら ――――


「済まないが、君たちをすぐには村に帰せない」

 俺は意を決して、子供たちに言葉をかけた。


 一瞬、子供たちは泣き止んだが、またヒックヒック泣き始めた。

 その声にサメがイライラしたように、組んだ足を揺する。


「君たちが成人するか、もしくは1人で生きていかれるくらいに独り立ち出来たら、その時は戻ってもいい」

 ヴァリアスのやかましい足が止まった。

 子供たちも再び顔を上げた。


「ただすぐは無理だ。悪いけど、ここにいてもらう。

 君たち一人じゃまだ何も出来ないからね。村に戻るのは今は危険だ」

 子供たちの潤んだ10の瞳が俺を真っ直ぐ見つめてくる。

 ここで怯んじゃダメだ。


「もう一度言うよ。

 しばらく家には帰れない。それは我慢してもらうしかない。

 だけどいつかは必ず家に帰す。自由になれる。

 遅くとも君たちが成人したら。

 約束するよ」


 これが俺のやり方だ。

 俺にはスーパーマンのように、あっちもこっちも全てを救う事なんか出来ないさ。

 だって元からスーパーマンじゃないんだから。

 

 俺が頭に浮かんだヒーローはヒーローでも、ダークヒーローの方だった。

 

 悪者からは怖がられ、民衆からは好かれる英雄ではなく、嫌われ者のアンチヒーロー。

 影ながらみんなを支えているのに、市民から疎ましがられる汚れ役。


 バットマンだって民衆と街を救うために、個人的な感情を封じて大事な人を切り捨てたのだ。

 もしもスーパーマンのように空が飛べたら、全てを助ける事が出来たかも知れなかったが、彼自身は普通の人間だった。

 その時その時に、被害をいかに最小限にする選択しか出来なかったのだ。


 この俺の考えも果たして正解に一番近いと言えるかわからない。

 俺の一方的な押し付けかもしれない。


 だが今ハッキリとわかるのは、このままこの子たちを家に帰したら、不幸になる可能性がとても高いということだ。

 その場限りの救助は、ただ不幸を先延ばしにするだけなのだ。


 だからこれはあくまで緊急処置だ。

 また良い考えが生まれたら、そっちに切り替えればいい。

 それまでは人買いの変な異邦人として、憎まれたっていい。

 少し心が辛いけど……。


「ほうっ、蒼也、お前少しは脱皮したようだな」

 奴が体を起こした。

「やめろよ、その言い方。俺は蛇じゃねぇぞ。

 せめて一皮むけたとか――いや、成長したと言えよ」


 昔なら、ああだこうだと悩んで結局何も出来ずに、それでまた後ろめたさをウジウジと持ち続けるところだが、同じ罪悪感を感じるならもう行動してやるよ。

 俺は珍しくそんな風に無理やり吹っ切っていた。

 いや、そう考えると、どこか吹っ切れた自分がいた。


 それは本来の俺の姿だった。

 こんなウジウジとジクジクと悩み苦悶する性格ではなく、信じたモノに真向から突き進んでいた前世の俺。

 あの時はそのせいで盲信どころか狂信にまで走ってしまったが、ある意味 気骨(きこつ)を強く持っていた。

 認めたくはないが、根っこが奴と似ているのかもしれない。


 正しいと信じた道なら突き進めと。 


 もちろんこの時は、そんな前世のことなど思い出しもしなかったが。


「ふーん、とりあえず良い方向に向いたってことだな」

 奴が立ち上がった。

「そうだな、いずれタイミングを見てと思っていたが、そろそろ過保護もよすか。

 そうやってお前が成長するなら、こういう刺激も大いにありだしな」

「やめろよ、ワザと問題事を持ってくんなよ?!」


 俺は今、目の前の件で精一杯なのだ。

 これ以上悩ましい問題が起こったら、今度こそ空気が抜けた風船みたくなるぞ。


「よし、ガキども、今コイツの話は聞いたな。

 いいか、お前たちの身柄をコイツが買う。コイツが新しい御主人様だ。

 だからお前たちはコイツの言う事を聞け。

 いいなっ! まだ意味が分かんねぇ奴いるかっ!?」


 奴は立ち上がるとポケットに手を突っ込んだまま、子供たちの前に体を折るようにした。

 ハッキリ言って、脅しつけているヤクザにしか見えない。

 案の定、子供たちは泣くどころか、ヒッと固まってしまった。

 泣く子も黙るどころか、引き付けを起こすかもしれない。


「あんたっ! もうリアル『なまはげ』になってるから、顔見せるなよ!」

 サポートどころか逆効果だ。

「誰がハゲだっ! オレは髪が白いだけで、全然禿げてねぇぞっ!」

「そのハゲじゃねぇよっ! って、いま本当に邪魔だからアッチに行っててくれよ」


 ブツブツ言いながら、奴が一番離れた席に移動するのを見届けて、俺はあらためて子供たちに向き直った。


 すると横からおずおずと小柄な司祭様が言ってきた。

「あの……先程村長さんから、孤児院再開の話を聞いたのですけど……」

「ああ、そうなんです。以前こちらでやっていたというので。

 もちろん出来るだけ支援はさせて頂きますから、またお願いしたくて」

 村長、先に言っててくれたんだ。それは話が早くて助かる。


「とても御立派なお心をお持ちで、貴方様がこの村の住人になられた事を神に感謝します。

 ……ただ、孤児院を当教会で運営していくのは、ちょっと荷が重くて……」

「えっ?!」


「あの頃は、病気(やまい)の大流行でひたすら、必死に子供たちを保護しました。

 一番上の子は12くらいまでで、成人に近かったですから、下の子の面倒も私たちと一緒にやってくれましたし、当時はシスターももっとおりましたので……」

 そう司祭様は自分の、血管の浮いた手の甲をゆっくり撫でた。


「あれから10年近く、私たちも年を取りました。

 この二日間でこの子たちの面倒を見て、それを思い知りました……」

 ほぅっと小さく息を吐いた。

 他の2人も同じく下に視線を落とした。


 ええぇっ、ちょっと待って。

 それじゃまず、計画の根本が崩れてしまうんだけど――


 しかしそう言われてあらためてみると、シスター2人はベーシス系のそれぞれ50、60代。

 司祭様はノーム系らしいが、それでもベーシスで言うところの60代ぐらいに当たるだろう。

 3人とももう、ずっと保母さんするにはキツくなってるんだ。

 元よりお勤めもあるし。


 だぁーーーっ!! またもや俺の勝手な思い込みのせいだーーーっ

 俺はこのまま教会が孤児を預かってくれて、みんな丸く収まると勝手に思っていた。


 フンッと、奥の席でサメがそっぽを向いた。

 あいつ、わかってたな。

 ……悔しいが、そうだとしても安易に考えていた俺が悪い。


「オジさん……」

 頭を抱える俺の腕を、モリーが引っ張った。

「ん……」

「あたし達をここの孤児院に入れるつもりだったの?」


 さすが前後の話で状況を理解したらしい。

 俺は彼女の目線に合わせて、その場にしゃがんだ。


「うん、この村の孤児院に入ってもらおうと思ったんだけど……、ちょっと当てが外れちゃった」

 俺は小さな子の前で、面目なく頭を掻いた。


 しかもこんな小さな子に希望と失望を、一度にジェットコースターのように与えてしまって……。

 単純な大人で本当に申し訳ない。


 ……しかしどうしよう。

 それこそ一から孤児院を作るなんて大変だし……。

 くそ、これが現実か。善意だけじゃ上手くいかない、それが当たり前だった。


 するとモリーがクルッと司祭様達に振り返った。

「あたしがこの子たちの面倒見るから、ここに置いてください」

「え」

「お願いします。

 水汲みや薪割りもやります。もちろん洗濯、掃除も何でもやります。

 どうか他所に行かさないで下さい。ここが良いです」

 深く頭を下げた。


 司祭様がモリーをギュッと抱きしめた。

「…………御免なさい。私たちが弱気なこと言って……」

 シスター達もハッとした顔をして、腕を交差させて深く(こうべ)を垂れ、祈りのポーズをした。

 他の子供たちはキョトンとしている。


 俺もちょっと胸の奥が熱くなった。

 でもこれは、もしかして一周まわってなんとかなるかもしれない。

 感動してるより今はそんな考えを優先してしまう。

 だけど想いだけじゃ、いつか潰れちゃうしなあ……。


「あの司祭様、その他に保母さんとかいたら、なんとかなります?」

 ふと思いついて俺は訊いてみた。


「え、ええ……。私たちも日中お勤めもありますから、どなたか主体になって見て頂ける人がいて下されば助かりますが」

「じゃあ、あともう1人誰か大人を付けたら、司祭様たちも楽になられますね?」


「おい、また安請け合いするなよ」

 奥の席からサメがブーイングしてくる。

「分かってるよ、だけど任せっぱなしに出来ないだろ?

 誰か雇うよ。募集すれば誰か来てくれるかもしれないし」

 それにギルドで探すのも手か。保母さんってどこのギルド登録なんだろう?

 俺の頭の中にまた、目まぐるしく計画が浮かんだりよぎったりした。


 いや、ここでまた軽はずみな事を決めるのは危ないかもしれない。

 ここは村長に相談だ。

 俺は後であらためて話に来ると言って、また役場に戻る事にした。



「ほぉっ、じゃあ上手く行きそうなのかい」

 先に戻っていた村長が、俺が事の成り行きを説明すると感心するように口を開いた。

「儂はてっきり、兄ちゃんが肩を落として戻って来るとばかり思っとたよ。

 いやあ、そうかい、なんとかなりそうかい」


 それからちょっと申し訳なさそうに、眉を落として俺を見ながら

「まあ、先に説明せんで済まなんだ。

 若いうちは多少の失敗も味わったほうがいいと思ったんでな」

 そう首を擦った。


 村長、見抜いてたんだ。

 俺のこの思い付きの行き当たりばったりな計画を。

 確かに子供の世話を24時間するって、大変なことだ。

 色々と考えなくちゃならない問題が生じる。

 自分もお世話になってたのに、保母さんの大変さを忘れていた。

 小説やマンガじゃ容易く事が運ぶのに、実際はそう簡単じゃないのを改めて思い知った。


 きっとそんな世間知らずの俺を村長は、言葉で諭すより一度現実を見せようと考えたんだろう。

 一見、奴と同じなようだけど、村長はちゃんと思いやりがあるし、その後もこの契約書をなんとか無効に出来ないか、()がないか調べてくれていたのだった。


 ご心配かけてすいません。だけどなんとかなりそうです。

 皆さんのお力を借りますが。

 

 とにかくそうと決まったら、例の人売りと対決だ。

「それで例の契約の解約をしたいんですけど」

 村長はジッと俺の目を見てきたが

「わかった。ちょっと2階で待っとってくれ」



     ******



「ほうほう、こちらがその奇特なご仁で」

 やって来た男はイメージとは違って、どちらかというと細い猫背気味の中年男だった。

 小さな町の煙草屋で新聞でも読みながら、客が来るのを日がな一日ぼんやりと待っているような、どこにでもいそうな男。

 俺はもっと山賊みたいか、ヴァリアスのような粗野な男を想像していたのだが。


 男は俺の隣のヴァリアスにちょっと腰を引きながら、向かいのソファに座った。

「もしかして、ご同業さん?」

「違いますっ!」

「誰゛が同業だっ!?」


 思わずビビッて立ち上がりそうになる男の肩を、村長が横から押さえた。

「この旦那たちは善意の人だよ。そんなんじゃない」

「あっしだって、これでも金儲けためばかりじゃない。貧しい家庭を救う手助けをしてるんでさあ」

 図々しくそんな事を言いながら、男はベストの裾を引っ張って身なりを直した。


 一見して人身売買の輩というより、普通の商人のように見える。

 だが、その細い目はどこか狡猾な色をたたえて、なにやらイソップの悪い狐を思わせた。


 この役場の地下には牢屋があり、この二日間そこに入れられていたらしい。

 狭かったが対応は悪くなかったねと、男は村長に愛想を言った。

 そりゃあ村長は、そんな乱暴な人じゃないし、未決拘禁者ならなおさらだろう。

 というか、こいつ絶対に他所でも入ったことあるな。


「あの子たちを早く自由にしたい。さっさと取引しよう」

 俺は村長から受け取った例の契約書をテーブルに置いた。

 

 本当はこんな契約書、取り上げた時点で燃やしてしまえばいいものを。

 だが、さすがに正規な契約書にそんな真似は出来なかった。それは法を司る村長も同じことだ。

 そんな暴力行為で押し通していたら、こいつらとやってる事が一緒になってしまうから。


「わかりやした。もうお読みになったと思いやすが、違約金はこの2倍でやすからね」

 書類の文字に細い指を指し示す。

「一応訊くが、あの子らを売る時もその値段のつもりだったのかね?」

 村長が横から訊ねた。


「そりゃあまあ、高く買って頂ける方に、()()()()()のが基本でさあ。

 でもまあ、よござんすよ。

 引っ捕まったといはいえ、これも何かの縁。

 違約金は倍で結構です。契約金も合わせて元金の2倍。

 どうです? お安いもんでしょう」


 この野郎、いけしゃあしゃあとモノ言いやがって。

 こんな奴に儲けさせてやるのは本当に業腹だが、ここの法律なら仕方ない。

 俺は財布から大金貨を出そうとした。

 キツネ男の目がほくそ笑むように、さらに細くなった。


 ガンッ! と、奴がいきなりテーブルに足を乱暴に乗せた。

 またか。テーブルが壊れたらどうするんだよっ。目の前で直せないんだぞ。


「その前に一つ確認したいことがある」

 奴が重いバストーンで物申した。

「へ、へえ、なんでしょう?」

 奴の底光りする眼に睨まれて、男が体をすくめる。


「お前、あのガキたちの首に鎖をつけて拘束してたよな」

「へえ……。まあそんなの珍しくないでしょう。何しろそうしとかないと逃げちまうし」


「足首にじゃなく、頭と繋がったここにだよな?」

 奴が自分の首をトントンと指で叩いた。

「だって足首なんか、あいつら足も小さいし細いでやしょ? 万が一抜けちまうかもしれんし……」


 何が言いたいんだ?

 男も意図がわからず、目を瞬いた。


 するとニーッとサメが笑った。

 男がそれを見て、ソファの背に体を押し付ける。


「立派な傷害罪だな。

 拘束は手か足で十分なものを、あえて窒息するかもしれない首を絞めた」


「なっ!?」

「え?」

「むぅ、そうきたか」

 村長が唸った。


「だ、だ、旦那、そりゃムチャクチャだ。

 というか、これくらい買った持ち主なら当たり前だぁ! 

 何しろ実権はまだあっしにあるんだからっ」

 男が慌てて権利を申し立て始めた。


「そう、確かに使用人に対しての多少の折檻や躾は必要だな。

 だけど地区によってはそうとは見ないとこもあるんだぞ。

 まずこの村じゃそれは虐待っていう、立派な犯罪行為だ」

「し、しかし、あっしはちゃんとあいつらの権利を買ったんだ。

 だからどう扱おうが――」


「じゃあ役人に白黒つけてもらうかぁ?

 ちょうどオレ達の()()()()()()()がいてな、すぐにその場で審判を下してくれるぞ」

『知り合いの刑吏』というワードに、男の細い目が大きく広がると顔色がサーッと悪くなる。


 奴がさらに脅しを増した。

「確か刑吏ってのは、個人の裁量で処刑が許されてるんだよなあ。

 ()()()


「おっと、話し中すまんが、儂はちょっと用足しに行って来てもいいかな?

 どうも年取ると近くなってのお」

 村長が何かを感じ取って立ち上がった。


「構わんぞ、ジジイ。

 気にせずにゆっくりと行って来い」


 本業、いや、本領発揮した白い悪魔が黒い笑いを浮かべた。

ここまでお付き合い頂きありがとうございます!


ちょっとまどろっこしいけど、蒼也はほんの少しずつ、元の本質を取り戻していきます。

まさしく3歩進んで2歩下がるような歩みですが。

今の蒼也は前世の悔恨のせいで、臆病過ぎるのです。

これからは昔に戻るだけでなく、行ったり来たりしながら

より昇華・成長を目指します。

今はとりあえず『やらぬよりやって後悔』という事で。

ちょっとシリアスとコメディのバランスが危ういですが(^_^;)

宜しければ今後ともどうかよろしくお願いいたします。

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