第211話 『人売り』
ああ、結構更新が遅くなってしまいました。
その割に今回、説明が多くて……(;´Д`A ```
「ど、どうしたんですか? まあ、頭を上げて下さい」
シスターは俺の勢い謝罪に、もっとビックリしたようだ。
もう俺もジェンマの奴の、ジャンピング土下座のノリが移ってしまったようだ。
「ああ、すいません、司祭様。ちょっと触らせてもらってました」
キリコが後ろで軽く言い訳している。
キリコ~~~っ、触ったぐらいじゃないのは一目瞭然だろがぁ~~~!
こいつもやはり使徒。どこか頭のネジの付き方が違う。
「ええ、大丈夫ですよ。皆さんよく動かされてますからね。御自分の神さまを目立たせたいようで」
シスターもとい司祭様がニッコリ微笑んだ。
そうなのか? それ許しちゃってるの?
なんて寛大な教会なんだ。
後でキリコが少なからず寄付をしていたのを知ったが、深く考えるのは止めておこう。
ひと通り、像を奉納した件について挨拶をかわした後に、中でお茶でもと言われたが、今日は別に用があるのでと遠慮した。
どうせ酒なんか出ないだろうと、奴がグズグズ帰りたそうな思念を飛ばしてきたからだ。
ったく、本当に教会に出入りしていい存在なのだろうか。
ふと、教会を出ようとした時、また子供が奥の扉を開けてこちらを見ていた。
今度は数が増えていた。
それも5人。ドアより下に頭がある子もいる。
後ろから別のシスターが来て、すぐにみんな引っ込んでいった。
《 レン ヒルダ モリー ハック ザザ
男性 女性 女性 男性 男性
草食系獣人 ベーシス ノームミックス…… 》
俺はちょっとあの子達に解析の触手をのばしていた。
少し離れていたが、こうして少しくらいなら分かるようになっていた。
良かった。ちゃんとみんな人間だった。
昨日もあんなふうに妖精とかと接触したし、いつも人外といると教会という特殊な場所だから、もしや何か違う者とかを想像していたのだ。
ここでも小さな子供に何か読み書きとか教えているのだろうか。
「おう、お早うっ。新しい家はどうだい?」
村長が役場のテラスでパイプをくゆらせていた。
今日はまだ、いつのもカードゲーム老人たちはいないようだ。
ついでに中にもあの三姉妹がいなくて良かった。キリコがいるとまた煩いからなあ。
目新しい依頼があるか訊いてみると
「そりゃあいっぱい来とるよ」
早速と、ポルクルが分厚く閉じたファイルを持ってきた。
うわあ、予想していた以上にあるな。
俺がここに住み着いたし、ヴァリアスの定住地とギルドに認知されたおかげで、全国から依頼が届くようになった。
もう移動手段が暗黙の了解で、距離は関係ないんだろうなあ。
適正検査を受けてから、俺はギルドに今後はレスキューで行くと告げてあるのだが、ザッと見たところ素材採取の件が圧倒的に多い。
つまり危険地帯にある物や、物騒な魔物とかを獲ってきてくれという事だ。
中にはまたドラゴンの鱗や牙、爪などの依頼もあった。
なかなか魔物ハンターのイメージがとれないようだ。何しろ奴もいるし。
「あの、出来れば『救助依頼』がいいんですけど……」
「儂ももちろんそう言っとるんだが。見てくれるだけでいいってなあ、みんな送って寄こすんじゃよ」
村長も少し困ったように首をゴキゴキ動かした。
「そんな言葉が通じねぇような奴の依頼は受けねぇって言っとけよ。
もしドラゴンに襲われても知らねぇってな」
奴がふんぞり返りながら物申す。
「バ、馬鹿っ! そういう事言うなっ。シャレになんないだろ。
ウチにはジェンマがいるんだから!」
まったくヤクザでもそんな事は言わない。
いや、言えないか。
店先にダンプで突っ込まれるのと、ドラゴンをけしかけられるのとでは、どっちが恐ろしいか。
送って来るだけ紙の無駄なんだよと、ブツクサ言ってる奴を無視して俺は話題を変えた。
「そういえば今、教会に行ってきたんですけど、子供たちがいましたよ」
「ああ、もう会ったかい」
さすが村長、ちゃんと知っていた。
「失礼ですが、この村で初めて小さな子を見たんで、なんか新鮮で」
大人しかいない村だから、どこかの家族でも帰郷したのだろうか。
「うん、まあそうだなあ。ちょいと訳ありで預かってるんだよ」
ポルクルが出してきたお茶を飲みながら、村長が話してくれた。
昨日の昼下がり、村の前を一輌の幌をつけた馬車が通って行った。
その時の村の門番は、獣人のザックだった。
当然のようにベーシスや他の亜人よりも耳も鼻も利く。
少し先の街道を走って行く馬車から、子供のすすり泣きと複数の涙の匂いに気がついた。
不審に思った彼は、近くの農夫に留守番を頼むと馬車に走っていった。
果たして古びた幌の荷台には、5人の子供たちが怯えながら座り込んでいるのが見えた。細い首には枷と鎖がついている。
人売りだ。ザックは確信した。
彼は虎に似た肉食系獣人。
あの地豚騒動の時に、真っ先に村長たちと森に偵察しに行った腕っぷしもある。
御者の男を有無を言わさず引きずり下ろした。
そうしてこの村に馬車ごと引っ張ってきたそうだ。
「始めは人攫いだと思っとったんだ。誘拐して売り飛ばす奴じゃな。
だが、そいつの言う事には、正式に『奉公人契約』をした使用人だって言うんじゃ」
村長がまた盛大に首と肩もゴキゴキと鳴らした。
「あんな子供がですか。それに鎖で繋いでいるのに?」
「ああ、小さくても労働は出来るからの。
それにすぐに逃げようとするから縛っておいたと開き直っとる」
齢3歳でも、屑拾いや子守りなどの仕事が出来ると認知されている。
大人ならまだしも、自分で判断なんか出来ないだろう幼い子供が、こういう契約者になるのは、もちろんその保護者――親が代わりに契約しているのだが、仕事が出来るのなら契約してもおかしくないと考えられている社会だからだ。
そこには『子供』という観念はない。
ただ『未成熟の小さな大人』がいるだけである。
ところで『奉公人契約』というのは、文字通り雇用契約である。
大抵の場合、準備金として給金の一部が前払いされるため、もし途中で解約をしたい場合、その前金のみならず違約金まで払わなければならないことが往々にしてある。
つまり契約料という借金を背負うことになる。
そして実際にその金額分、働けばいつかは借金は解消出来るはずなのだが、ここにも契約の落とし穴がある。
それは大抵が住み込みで働くということ。
前払いした使用人を逃げられないように管理するという前提だが、奉公先での衣食住はタダではない。
働いた給金から引かれていく。
始めは前金すら稼げていないのだから、借金の上積みになる。
前金分を働くために、長く仕事をすればするほど、この出費も増えていく。
つまり借金もかさんでいく。
前金の額から借金返済年数を大体1年と見積もって、2年目から給金が貰えると思っていたら、3年経っても1エルも手にできないなどという事が少なくないのだ。
何しろかかる経費の額を雇用主の采配で、いかようにも変更出来てしまうからだ。
こちらが金額がおかしいと申し出ても、契約書があるので圧倒的に労働者が不利になる。
辞めたくてもやめられない。
逃げたら法の名のもと、罰せられるからだ。
だったら前金など貰わなければいいのだが、こういう契約を結ぶ人間は、当たり前のように金に困っている者が多い。
もう目先の金のほうが大事なのだ。
そこにつけ込んで、すぐには返せないような金額の準備金を彼らに渡す。
彼らの目が余計に曇り、正確な判断が出来ないように。
以前ターヴィを助けるために、シヴィが女衒と契約しかけたのもこれだ。
「それってもしかして奴隷契約に近いんじゃ……」
この国では奴隷は禁止だが、雇用契約でその法の網の目をすり抜ける手口が横行している。
借金を返せなかった者、または軽犯罪を犯した者などが労役という代価で精算する、拘束力を持つ『労役契約』というやり方。
身分が違うだけでほぼ奴隷に近い。
今現在の『奉公人契約』の半分近くが、これとほぼ変わらなくなってきているそうだ。
「本当はそうじゃろうなあ。それで今その契約書を照会中なんだが」
ふうっと一息ついた。
村長はこの小さな村の責任者として、ギルドの署長であり、役人でもある。
もっか上に戸籍などを確認連絡待ちらしいが
「どうもその契約書が偽物じゃないらしいんじゃよなあ……」
村長がかき上げるように頭に手をやる。
つまり攫われたのではなく、正式に保護者と契約されたという事か。
「もしその契約書が正しいと通っちゃったら、あの子たちはその奉公先で借金返すまで働かされるって事ですよね?」
「実際にその奉公先で働かされるかどうか、怪しいもんじゃが……」
「え、それはどういう……?」
「始めに気がついた門番が『人売り』と感じたって言ったろ」
言いながら奴が、ポルクルが持ってきた黒ビールを一気に空けた。
それを見たポルクルがすぐにお代わりのジョッキを持ってくる。
「いちいち持ってくるのは面倒だろ。樽ごと持ってきてもいいぞ」
奴が要らぬ気遣いをしている風に見せかけて、酒の催促をする。
「その『奴隷契約』まがいの雇用契約と『人売り』とは違うのか?」
「契約は転売できるんじゃ」
代わりに村長が恐ろしいことを言った。
それはこうだ。
契約した雇用主が、自分の使用人を他の主人に貸し出す形で、雇用権利を売ってしまうのである。
その際、契約料に紹介手数料が上乗せされて売買されてしまう。
これが『人売り』の儲けになる。
通常なら勝手に雇用先を変更されるなぞ、本人から申し立てがあれば通らないのだが、そこは当事者が上手く反論出来ない子供。
それにすでに前金という借金がある。そもそも話し合いが出来る同じ立場ではないのだ。
今は第1の契約のようだが、これが第2第3となっていけば、どんどんと返済額が膨らんでいき、一生強制使用人から抜け出す事が出来なくなる。
それはまさしく奴隷と同じである。
「先にこの記載されている雇用先を調べたんじゃが、ここ1年間で72人の雇用人数があったが、現在いるのは5人だけだ。
明らかに転売目的で雇っとる」
人を転売目的でって、嫌な言葉だな。
ちなみにその雇用先は煙突掃除夫となっていた。
煙突は小さな体の方が入りやすいので、子供が使われやすい。
実際に地球での煙突掃除人は、親方の下働かされた孤児の子供が少なくなかった。
だから『人売り』特に『子売り』は、煙突掃除人の親方名義を使う事が多いのだそうだ。
「じゃあそれが正しい契約と見なされれば、あの子たち実質売られちゃうって事ですか?」
「……ううむぅ、ハッキリ言うとそうなるなぁ。
じゃが、そうなると儂らにはどうする事も出来ん……」
せっかく淹れてくれたお茶が、いい香りを立てていたのに飲む気がしなくなった。
キリコは黙って大人しくお茶を頂いてる。
奴だけが無遠慮にビールをがぶ飲みしていたが。
犯罪まがいの事が目の前で行われようとしているのに、俺には何にも出来ない。
なんだかモヤモヤした気分のまま、役場を出てギーレンのギルドに行ってみる事にした。
もう今度は男3人なのだし、トイレは絶対に狭いし、なおさら嫌だ。
というか、トイレばっかりに跳ぶなと言いたい。
奴が面倒がっていたが、市壁の外に転移させた。
いくら顔パスといはいえ、やはりちゃんと税関は通らなくては。
キリコはハンターじゃないので無料じゃないし。
今日はカイルの姿は見えなかった。
非番なのか、それとも別のところにいるのかは、探知防止の魔法障壁――魔法式と魔石による――に守られて壁の中はわからなかった。
門番と云ってもこの通用門だけにいるのではなく、グルリと囲むこの壁のあちこちに配置されて、外からの侵入者や町の騒ぎなどに目を光らせているのだ。
以前、ジェンマがここに来た時に、壁の上から大型弩砲で狙われたように、この万里の長城のような塀の上には、常にそういった衛兵たちがいた。
町を歩いていれば、どこかでカイルも俺たちに気がつくかもしれないな。
もちろんそんな確立は低く、知り合いに会う事もなく、俺たちはハンターギルドに到着した。
「おお、これはソーヤさん、もうお加減は宜しいので?」
黒っぽい焦げ茶色の髭を綺麗に整えたエッガー副長が、両手を広げながらやってきた。ちょっとその仕草にメイヤー部長を思い出してしまう。
「ええ、おかげ様ですっかり元気になりました。ご心配おかけしました」
「それは良かった。
ええと、そちらの方は? もしや失礼ですが錬金術師の方ですか」
副長がキリコを見ながら訊ねてきた。
もうギルドの間では、キリコのことも情報が流れているようだ。
「はい、ウチの副長の下、錬金術師を務めさせていただいております、キリコと申します。
以後お見知りおきをお願いいたします」
キリコが綺麗な金髪の頭を下げた。
「副長……」
エッガー副長の眉がピクッと動いた。どうやらそのワードに引っかかったようだ。
始めの頃、奴が誰か主に仕えているらしいという背景は知っていたので、かなりの地位の者に仕えていると考えてはいたようだ。
そしてこの災厄級の力を持つ男が『副長』と呼ばれている。
こいつより、上がいるのか?!
おそらくこの一瞬で、エッガー副長の頭の中にはこんなような考えが浮かんだに違いない。
俺も始めそれは思ったが、逆にこいつが誰かの上にいて、みんなを束ねている方が変だと思うのだが。
だからこいつが首長や総長じゃなくて、その一段くらい下でも地位を与えすぎだと思うのはおかしいだろうか。
「ところで今日は依頼を見に来たのですが、『救助』って以外とないんですね」
俺はちょっと気になったので訊いてみた。
念のためにここの掲示板を眺めていても、緊急依頼ボードには『至急 警護求む』とか『採取 急ぎ』など、『救助』系はなかった。
世の中それだけ平和という事なのだろうか。
「ああ、そうですね。『救助』系は本来そんなに時間をおかないで処理されるのですよ」
急に思考を戻されて、ちょっとエッガー副長は目をシバつかせたが、すぐに切り替えてきた。
『救助』は当たり前だが、緊急性が高く基本時間が勝負だ。
だからそういった依頼が来ると、まずギルドは近くにいる連絡の取れるハンター達に伝える。
もちろんその中で、まずその依頼をこなせるだろうという者に頼むだ。
懇意にしている者や、また実績のある者に特に依頼が真っ先にいく。
ターヴィの時のは、危険度に対して依頼料が低く、みんなから敬遠されて残っていたのだ。
そうして時間が経てばたつほど、成功率は低くなる。
なのでますます誰も手を出さなくなるという悪循環が生じる。
だからターヴィの件は本当に珍しかったのだ。
俺がヴァリアスとセットで見られているとはいえ、正式に『救助』としての実績はターヴィの件だけ。
あのダンジョンの時の救助も、成り行き上だったし。
それに奴はどちらかというと、魔物や敵を滅する討伐系に見られている。
相棒の俺がいくら『救助』をやりたいと言っても、本当に無事に救助して来れるのか? 何もかも破壊して遺体だけ持ってくるのではないか? などと、どうも陰で思われているらしい事を、やんわりとオブラートに包んでエッガー副長が話してくれた。
「勝手な事言いやがって。
救助の半分近くが失敗か、遺品だけしか持ち帰えれないくせして、よく言うぜ」
いつも通り4階の応接室に通されて、ソファにふんぞり返りながら奴が文句を言った。
俺も能力をいくら評価できても、家族や関係者から見たら、こんなテロリストみたいな奴には任せたくないと思う。
「まあ、これから実績を作っていけばいいじゃないですか」
キリコがテーブル横に運ばれてきた樽から、大きめのグラスにバーボンを注いで奴に差し出しながら言った。
「そうですな。まずは関連性のある依頼として『警護』辺りから始められるのはどうでしょう?
まず依頼人への対応(扱い)や信頼が得られれば、自然と依頼が来ますよ」
エッガー副長もそれとなく同意する。
う~ん、警護かぁ。
それはどちらかというと奴向きな感じだよな。自分で言うのもなんだけど、俺みたいな弱そうな奴にボディガード頼むの不安じゃないかな。
それに四六時中、警護で神経張りつめてるのも性に合わないし……。
とにかく俺は人を直接助ける『救助』をやりたいのだ。
なんでこんな急に、ヒーロー魂に燃えてるのか自分でもわからなかった。
もちろんこれは、俺の前世の業のせいなのだが、その事は俺の記憶から消えていたので、この時は自分でも少し戸惑うところでもあった。
しかし『救助』依頼がないなら仕方ない。
何か別に人の役に立つような依頼を探そう。
ふと奴がそんな俺を見て、辺りを見回すように目を動かしているので一応釘を刺した。
「言っとくが、もうすでに他の人が受託済みの救助を、横取りしに行ったりしないぞ。
あと何か事をワザと起こして、それを助けにいくなんて本末転倒な事も絶対に嫌だからな」
「そんなの当然だろ。オレだってそれくらいの分別はあるぞ」
そう言いながら乱暴に足を組みなおす。
絶対あんた、いま何か探ってたろ。
ヘタに人の運命を変えるような真似はしないだろうが、こいつは何かと網の目を潜る常習犯だから侮れん。
「そう言えば、うちの村で『人売り』案件があったんですけど……」
ちょっとこのモヤモヤも頭を離れないし、ついでだからエッガー副長にも訊いてみよう。
こうした大都市ではどう処理してるのだろう。
「あ~、確かに悩ましい案件ですなあ」
エッガー副長が顎髭を擦りながら頷いた。
「このギーレンでも、売る側は少ないですが、買う方は少なくないのが現状です」
そうか、ここは豊かな町だから、疑似奴隷を買う側なんだ。
ということは、この町のどこかにそういう子がいるのかあ……。
「でも子供を無理やり働かせるのは、人道的に許されるんですか?」
もしかして外国、異世界だから倫理観が違うのかもしれない。言った後に気がついた。
「いや、もちろんそんな事は許されるべきではありませんぞ」
エッガー副長もそこはハッキリと、良くない習慣だと言った。
「ただ、孤児院に行くよりは、働かされる方がマシだからですよ」
えっ 何? どういうこと?
ここまでお読み頂きありがとうございます。
次回分は頭が出来ているので、もう少し早く出来ると思います。
次回212話『孤児院はラーケルを救えるか?!』予定です。
どうか引き続きよろしくお願いいたします。




