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第206話 『高級ホテルと泊まれずの宿』

久しぶりに早めに更新出来ました(^▽^)


 次の日、俺達はあのヨーンさんの食堂があるトランドの町にやってきていた。

 

 朝も早く開門とほぼ同時に、荷馬車や朝市へ行く人々と共に門をくぐる。

 けれど行く先はヨーンさんの店ではない。

 あの泊まれなかった宿屋だ。

(* 第63話『泊まれない宿屋』参照)


 **************



 昨日、イアンさんちを辞したあとに、ついでに魔導士ギルドに行くことにした。

 何しろ俺はまだ、魔導士ギルドの登録をしていなかったからだ。


 あの『アジーレ・ダンジョン』の騒動のすぐあと、ガイマール氏から催促と懇願を受けたが、ハンター試験が終わるまで落ち着かないので待っていてくれと伝えてあったのだ。

 何しろ余計なストレスを持ちたくなかったから。


 ストレス――それはガイマール氏ではなく、あのメイヤー部長のことだ。

 あの魔法試験の時といい、認定書を渡して来た時に俺のオーラのサンプルを取ろうとした姑息な行為といいい、なんかあまり会いたい人物ではないからだ。


 本当はそんな思いまでして、魔法使い登録をしなくてもいいと思ったが、ハンター以外の身分証の取得と、何よりもかのガイマール氏と約束してしまっている。

 もう一時(いっとき)我慢しようと思った。


 だが、天が助けてくれたのか、受付でガイマール氏を呼んで貰うと、彼一人だけがすっ飛んでやってきた。

 メイヤー部長はちょうど仕事で留守だとか。

 良かった。それならいないうちにさっさと済まして帰ろう。

 ざっと新顔のキリコを紹介して、書類にサインする。

 ハンターの時と同じように、モスキートペンでプレートに血を垂らして認証させた。

 

 魔法使いのプレートは、『エキスパート』級の青紫色をしていた。

 これはハンターで言うとCランクに値する。


 魔法能力のほとんどが『メイジ』=Dランクだったのだが、唯一『ウィザード』=Bも越えて『ウィザード』級=Aランクの探知があったために、総合で『エキスパート』認定されたようだ。

 そしてプレートの下辺の縁には、7つの鱗型の溝が彫ってある。

 これは7つの能力があるという表示だった。


 逆にこんな能力を示して大丈夫なのだろうか。ちょっと不安になる。

 とにかく登録証も貰ったし、帰ろうとしたらまたガイマール氏が慌てて引き止めてきた。


「ソーヤ君、せっかく組合員になってくれたのだから、ゆっくりしていきなさい。それともう宿は取ってあるのかな?」

「いえ、家を借りたのでそこへ帰ります」

 登録の際、ラーケル村の住民になったことも、もちろん伝えてあった。


「家にって、一体どうやって帰る気なのだい? もうすぐ閉門の時刻だよ」

 ああ、この人はというか、魔導士ギルドには、俺達が高速移動(転移)をしている件は伝わってないんだ。

 確かにここに来た時にはすでに5時近くだったから、そういう心配もされちゃうのか。


「宿が決まってないなら、ぜひウチに任せてほしい。部長からも君が登録した際は、悪いようにしないように言いつかっているんだよ」

「いや、登録料と会費を免除してもらった上に、そんな甘えられませんよ」

 そう、約束通り登録料と年会費を永久免除されていた。

 それにグズグズしていたら、それこそあのメイヤー部長が戻ってきそうだ。


『ソーヤ、ここはこの人の顔を立てて上げた方がいいですよ』

 キリコが日本語で囁いてきた。

 確かにガイマール氏は首が繋がったというのに、また左遷の可能性に怯えるサラリーマンのようにオドオドしている。

『多分、私たちをこのまま返したら、上司にまた何か言われそうです』

 自分も厄介な上司を持つ男は、中間管理職の気持ちがわかるようだ。

 そんな事言われたら断れないじゃないか。


「その宿には旨い酒はあるのか?」

 いつでもマイウェイな男がガイマール氏に訊ねた。


 連れて来られた宿は、この大通り沿いのまさしくホテルと言った感じの、宮殿のような高級宿だった。

 中に入ると、ダンスパーティが出来そうなくらい広いホールに、宝塚劇に使われるような階段が中央に堂々と構えていた。

 その左右にはドラゴンが口を開けて威嚇する像と、頭を伏せ気味にしてこちらをジッと睨む像、阿吽のセットのように鎮座している。

 その階段も床も厚い絨毯が敷かれていて、例えご婦人のピンヒールでも靴音を吸収していた。


「相当高くないですか? こんな豪華な宿じゃなくて、もっと小さいとこで十分ですが」

「いやいや、我が魔導士ギルドではこれくらい当たり前です。ハンターギルドのような泥臭い宿なんかに泊らせませんよ」

 ガイマール氏は胸を張って答えた。


 泥臭いと言われたハンターギルドだが、後にこの王都でお世話になった宿は、やはりこちらに負けないぐらい豪奢な造りだった。

 ただ、こちらの裏庭には馬車が多く置かれていたのに対して、ハンターギルドご用達の方は牧場のように馬自体が多かった。

 また部屋の壁には槍や剣を掛ける刀掛けのようなフック状の物が、必ず取り付けられていた。

 やはり客層の違いなのだろうか。


 通された部屋もスウィートルーム並に広かった。

 居間の天井には、キラキラ輝く発光石を3段に惜しげもなく使ったシャンデリアが、存在感を放ってぶる下がっている。

 その居間を挟んで寝室が左右に2つあった。いわゆるコネクティングルーム(繋がってる部屋)だな。

 もちろん部屋の中もフカフカの絨毯張りだ。


「ではごゆっくりどうぞ。このルームキーで、全て済ませられますのでご遠慮なく」

 と、レインボーに輝くタグのついた鍵を渡して、ガイマール氏はニコニコと帰っていった。

 なんか接待を受ける方も緊張する。


「ふーん、ビールは無し。ワイン、ブランデー、リキュール……全部果実系だな」

 緊張という言葉を知らない男が、いの一番で人口氷室の酒を確認する。

「今夜のオレは穀物酒が飲みたいんだよなあ」

 酒ならなんでも良いんじゃないのかよ。

 食事じゃ穀類嫌いだとか言ってるくせに。

(作者注:実際は食べますが、あまり好んで食べないだけですぞ、蒼也)

「じゃあ下のパブに行きます? そこなら色々ありますよ」

 キリコが促した。


 しかしそこもなんだか落ち着かなかった。

 パブというより高級レストラン風の店内には、いかにも貴族かセレブの人々がグラスを静かに傾けるような、一種の上品な空気に包まれていた。

 そこへこのサメが雰囲気関係なく、ガブガブガバガバと次々とジョッキをあおりやがって、同じテーブルにいるのが恥ずかしくなってきたのだ。


 料理も絶対美味いはずなのだが、まわりの視線を感じるせいで、ちゃんと味わうことが出来なかった。

 キリコは気にせずに普通にしているが、セレブな客たちが注目しているのは絶対にこのモデル顔の男じゃないだろう。


 なんだか落ち着かないことをそれとなく伝えると、奴がじゃあ部屋で飲もうと言い出した。

 するとキリコがバーカウンターの方に行き、ボーイにルームキーを見せる。

 どうやら部屋に酒を運んでくれるように頼んだらしい。


「ライ・ウィスキー(ライ麦が主原料のウィスキー)で良いですか? ひとまず一樽オーダーしました。

 あと摘まみに『レッドクラブ(タラバガニ)のブラック・チリ和え』巨大盛りで注文しておきました」

 戻ってきた優秀な秘書に軽く顎で返事して、マフィアのドンが革張りの椅子から立ち上がった。


「おい、いくら人の金だと思って、そんなに無茶に頼むなよ」

 あのハンターギルドで『ドラゴンの鱗』を頼まれた時のように、あとで大変な依頼を受けそうで恐い気もする。

 今度こそディゴンに遭わされそうだ。


「人の金じゃねぇよ。部屋代以外ちゃんと払ってるぞ」

 え? 

 キリコがニコニコしながら、自分の職人ギルドプレートを見せてきた。

 さっきのルームキーと見えたのは、キリコのこのデビットカードにもなる身分証(プレート)だったようだ。

 認証の際の光が似ていたので、ルームキーと見間違えていた。


「今回は部屋代以外、全部こちら持ちだ。

 お前がここに借りを作りたくなさそうだからな」

 フンと奴が軽く鼻を鳴らした。


 ここの階段の後ろには吹き抜けがあり、あの巨大書店のような重力場が設けられていた。

 重い荷物を運ぶスタッフやお客、足の悪い人向けの重力エレベーターになっているそうだ。

 部屋は6階だ。

 ヴァリアスはなるべく階段を使わせたいようだったが、たまには良いだろうと許可してくれた。

 この浮遊感がなんだか楽しい。

 我が家の滑り棒を思い出した。帰ったら思いっきり滑ろう。


 各階にも居室だけでなく、小ホールや娯楽場があり、ホールには蔓バラで飾ったワゴンに飲み物や雑誌などを売っていた。

 部屋のキャビネットにも読み物として本が置いてあったが、何か小難しそうな伝記物や商人の心得読本のような物ばかりだった。


 ワゴンの方を見てみると、雑誌の他にタブロイド紙も何種類か売っている。

 こんな気高そうなホテルで、こんな俗っぽい物を置いているんだと思ったが、これが意外と商人に読まれていた。


 ネットなど無いこの世界では、たとえ下らない情報でも社会の情勢をみる事は大切なことだ。

 もしそれがデタラメな内容だとしても、まずそういう話があると知ることが有益なのだ。

 何が商売のアイデアになるかわからないからである。

 イアンさんも常々5種のタブロイド紙を購読していると言っていた。

 俺もちょっと情報(ネタ)でも仕入れてみるかな。

 3種類買ってみた。


「ソーヤ、さっきはあまり食べれなかったんじゃないですか? 良かったら日本食食べますか?」

 俺が、王族が召使い付きで入りそうなゴージャスな風呂を眺めていると、キリコが奴に酒を注ぎながら訊いてきた。


「えっ、日本食持って来てるの?」

「ええ、食は大事ですからね。ソーヤがホームシックにならないように、多少ですが用意してきました」

 そう言いながら、テーブルの上に俺んちの炊飯器と鍋を出してきた。


「やった! サバの味噌煮食べたかったんだよぉ。キリコありがとっ」

 さっきは高級店のせいか、頼んだ料理は前菜のようにみんな量が少なかった。

 続いて出されてきた白いご飯と、味噌汁の湯気があらためて食欲をそそる。

 オカズと味噌汁が被ってるが、赤味噌に白味噌と、もちろん種類は変えてある。

 なんだかキリコがお母さんのように見えてきた。


「お前本当に穀類好きだな。それも人種特有の遺伝なのかなあ」

 穀類を酒でしか摂取しない男が、向かいでちょっと小馬鹿にしたようなニュアンスで言ってきた。

「あんたが酒でビタミン作ってるのと一緒だな」

 俺も嫌味半分で言い返した。


「なに、何でわかった?」

「エッ! 本当にそうだったのかっ!?」

「――んなわけねぇだろ。それだったら摘まみなんか食わねぇよ。バッカだなあ」

 ワザとらしく片手をヒラヒラさせながらジョッキをあおった。

 なんだとコノヤロ~ッ ほんとにムカつくっ!


 なんかカチンと来たので、味噌汁に入っていたシジミの殻を除けた皿を奴に突き出した。

「穀類だってなあ、酒以外にしてもこうして美味しいんだぞ。

 ほらっ これ食べてみろよ」

 我ながら意地悪だと思うのだが、奴は硬いのが好きだし、味噌味がついているからシャレを兼ねた仕返しのつもりだった。


 バキバリ、貝が咀嚼される音がした。

「薄味だな。もう少し塩気が欲しい」

 本当に食べたーっ! 冗談だったのに。

「今度は直接お味噌を塗って焼いてみましょうか」

 普通にキリコが応対する。

 いいのか、それで。それともカルシウム摂取になるのか?


 そんな感じで夕食を終え、くつろぎながらタブロイド紙を読んでいたら、とある記事に目が止まった。

 思わず食後のコーヒーを吹くところだった。


「ヴぁ、ヴァリア―スッ !!」

「なんだよ、目の前にいるのに、なに大声出してるんだ」

 俺は奴の鼻先に新聞を突き付けた。

「これっ あんたの仕業じゃないのかっ!?」


 そこにはおおよそ(こちらの暦で)一月前に寄ったことのある、トランドの宿屋の怪異が載っていた。

 俺達のことを値踏みして、部屋があるのに満室と言って断わられた宿屋。

 あそこが今、部屋という部屋のドアが開かなくて『泊まれない宿』として有名になっていた。

 しかも本当の呪いの宿という事で、客足が途絶えてしまったというのだ。

 

 絶対にこいつの嫌がらせだっ!

 もう営業妨害どころか、マフィアの追い込みである。

 しかもこのバカ野郎は、呪いをかけた事を忘れてやがった。


 実は直接『運命』に関わることなので、天使たちもそろそろ解いて欲しいと思っていたようなのだが、奴が怖くてなかなか言い出せずにいたようだ。

 

 おかげですぐさま呪いは解かせたが、この目で確認せずには安心できない。

 何しろ呪いというのは、物理的・心霊的に祓えればそれで終わりというわけにはいかないのだ。

 風評被害という厄介な呪いが残るからだ。


 明日、朝一番でトランドに向かうことにしたので、俺は早めに寝ることにした。

 フローラルな香りをつけた、綺麗なコットンのシーツに包まれたふかふかなマットに沈みながら、俺はあの青畳の匂いに似た、藁のベッドを早くも懐かしく思っていた。

 やっぱり俺のDNAは日本人が強いようだ。


ここまで読んで頂き有難うございます!

次回は207話『蒼也 初めて呪文を唱える』を予定しております。

どうか引き続きご笑覧お願いいたします。

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