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第205話 『新たな商品で行く商人道』

今回は商売の話でまた長くなってしまいました(-_-;)

お暇なときにどうぞ。




「ソーヤさん、いきなりこんな事を申し上げづらいのですが、実は悪い知らせと良い知らせの両方があります」

 いつも通り2階の居間に通され、メイドのフィリアがお茶とお菓子、酒を置いて出て行くと、おもむろにイアンさんが切りだしてきた。

 

 昨日ナジャ様に連絡係になってもらって今日の午後約束どおり、こうして奴と新顔のキリコを連れて訪れたのだが。


「……悪い知らせ……ですか」

 なんだろう。タオルと鏡はこちら産にヴァリアスが変換したのに、何かバレたのだろうか。

「その悪い話ってなんだ? そっちから話せよ」

 俺の選択権を全く無視して奴が促した。

 まあ、メンタル保護のために俺も、悪い方から聞くタイプだが……。


「はい……結果から申し上げますと、タオルと鏡の販売の継続が不可能になりました」

 僕の力不足で大変すみません、とイアンさんが頭を下げた。

「ちょっと、顔を上げて下さいよ。まずどうしてそうなったのか、教えてください」


 ビールを飲みながら凄みをきかすゴロツキに睨まれて、余計にイアンさんの口が重たくなる。

「そうだよー。イアンはちゃんとやったんだから、別に頭を下げることなんかないぞー」

 隣でナジャ様が庇う。

 すいません。こちら側を見る時は、キリコだけに目を向けて下さい。

 奴は眼で人を殺せますから。


「実を言うと他の業者から文句がギルドに来まして……」

 イアンさんの話によると、まず始めにある雑貨商から、鏡が安すぎるから不良品ではないかという疑惑を指摘してきたのだという。

 更に紡績商からもこの値段でこの質が出せるのはおかしい。何か裏があるのではないかと勘ぐってきたらしい。

 密輸入の疑いもかけてきた。

 

 もちろんそれらは想定内の事だった。

 販売前にギルドにサンプルを提出しているし、ノーブランドでの特権として安く提供するという話もつけてある。

 輸入の件も、ちゃんとイアンさんが『貿易庁』を通してくれていた。


 輸入元の同人村『ニホン』は、このレーヴェ大陸より北東にある群島のなかの、小さな自治区としてある。

 実のところ、この島々を管理しているのはここの神界で、天使や使徒たちがそれぞれの身分を偽装する架空国家として使っているのだ。

 もう住所貸しだけのバーチャルオフィスのようなモノだ。


 それにリアルに島々があるとはいえ、そこにわざわざ確かめにやって来る者はいない。というか、まずまわりの厳しい海を渡って来るのは困難だった。

 ただ、彼ら神界の者達がそれとなく、人が住んでいるように見せかけているので、自治連邦として認知されていた。

 

 だから今回の販売の件に関しては、ギルドも文句を言わさなかった。

 今回だけは。

 

 あらためて雑貨商協会と紡績協会――ここでの協会とはギルド(組合)とは別に、手を組んで組織だっている仲間内的団体のこと――からギルドに意見陳述書と署名がまわってきた。


 曰く、今後このような安価な物品を展開されてしまうと、元から()()()()()()()()()古参の我々が脅かされるとのこと。

 国内の商売をまず守ってくれるのがギルドじゃないのか。そんな外国の品がどんどん入ってきてしまうと、国産品が売れなくなってしまうと。


 本来は日本と違って、海外からの輸入品は国内より高価なのが一般的だ。

 何しろ幾つかの媒介業者を経るため、仲介料や高い税・諸経費、そして高額な輸送費がかかって原価の何倍にもなるのが普通だからだ。

 俺はその輸送費どころか、ウチは仲介料さえすっ飛ばしている。しかも原価がここより安い。


「うちで売り出すのはあくまでノーブランドで、他の業者の方の売上を圧迫するほどの数量は、販売しないと伝えたのですが……」

 イアンさんはテーブルの上に置いた両手の指を、組み合わせながらモゾモゾさせた。


 彼らは予想以上にその先を危惧していた。

 

 始めはそう言っても、少しづつ量を増やしていくには違いない。そうやって今まで何度市場が荒れたことかと、昔、岩塩が発見された頃の話まで持ち出してきた。

 

 塩は始め、砂糖ほどではないが高価な品だった。

 それが岩塩が発見されて市場に出回ると、一気に価格が下がり始めた。

 今までわざわざ海側の国から高い仕入れ値で輸入していた業者たちは、一気にその資産価値を失った。

 まさにリーマンショック、ウォール街の悪夢になってしまったのだ。


 何しろタオルや鏡は日用消耗品ではあるが、そうしょっちゅう替えるモノではない高価な代物。

 食べ物などに比べて動く数が少ないのだ。

 だから少しでも需要・供給が変動すると、すぐに売上に影響が出る。


 そこまでいかなくても、お得意の1つか2つが寝返っただけで、もう自分たちは首を吊らなければならないと、家族だけで工房を経営する織物商が懇願した。


 実際、協会にはこうした小さな店も少なくなかった。彼らは仲間と同盟を結ぶことでなんとか生き残ってきたのだから。

 結局ギルドは新参者ではなく、昔からいた組合員たちを守る方に判断を下したようである。


「確かに売れたら、もう少し数量を増やしてとか考えてましたしね……」

 市場を荒らす気はなくとも、事業を拡大すれば結果としてそうなってしまうのか。

「ええ、僕もこのような動きがあるのは、もう少し先のことと考えてましたから。

 こんなに早く妨害されるとは思ってませんでした」

 と、イアンさんも眉を八の字にした。


「そんな文句言って来るヤツは排除すればいいだけだろ。

 目立つヤツの数人でも再起不能にすれば、自然と他のヤツも大人しくなるんじゃねぇか」

 マフィアが本性出してきた。


「こ、このバカっ! 完全に暗黒街のやり方じゃねぇかっ! 犯罪は絶対にやらねぇぞっ」

 俺は慌てて怒った。

 もう威力業務妨害どころか、傷害、いや殺人にもなりかねない。


「あくまで一つの意見として言ったまでだ。案はとりあえず出した方がいいだろう」

 さもそれらしい事を言いながら、背もたれを軋ませる。

 マフィアのブレインストーミングか。出てくるアイディアがあれすぎるんだよ。


「そうだよー。そんな事したら、まともな商売が成り立たなくなっちゃうよー。あまり強引過ぎるのはダメだよー」

 イアンさんをバックアップするナジャ様も、さすがにライバルを理不尽に蹴り落とすのには反対した。

 まったくこんな暴力男が俺のガーディアンって、なんだか恥ずかしくなってくる。



「とはいえ、それでは他の品でも同じ事が起こりそうですね」

 ふぅっと息を吐くようにキリコが呟いた。

「となるといっそのこと、ファクシミリーのような、他とは被らない新しいモノならいいんじゃないかー」

 5枚フワフワのパンケーキをペロッと食べてしまって、ナジャ様がイアンさんと俺の顔を交互に見た。


「そんな、簡単に言わないで下さいよ。前回の『電子レンジ』の件はたまたまですからね。そう何度も天啓は降りて来ませんよ」

 急に期待されても困るのである。


「ああ、これは失礼いたしました」

 ナジャ様の皿を見たイアンさんは立ち上がると、ドアの外に体を半分出してフィリアに声をかけた。

 どうやら隣のキッチンで待機していたらしい。


「フィー、お代わりのパンケーキは焼けたかい? ああ、もっとジャムは一杯にね。シナモンは軽くでいいよ。

 それとこの間頂いたアプリコットクッキーがあっただろ? あれもお出しして。

 うん、もちろん缶はフィーにやるよ。忘れちゃいないさ」


 そんなやり取りをしてテーブルに戻ってきたイアンさんに

「で、良い知らせってなんだよ?」

 焦れたサメが雰囲気構わず問いただした。


「はい、それでは暗い話はひとまず置いて、明るい話題をしますか」

 スルッと空中の収納から紙と小袋を出してきた。イアンさんも空間収納持ちなのだ。


「タオルと鏡、全部売れました。完売です!」

 そう言って売上明細書と小袋から硬貨を取り出した。


「あ、売れたんですか。てっきり販売中止で売れ残ったのかと……」

 実はこの時頭の中で、売れ残った商品の処分もこっそりと考えていた。

 またフリーマーケットで、ばっくれて売り払ってしまおうかとか。


「あっという間でしたよ。ある常連の夫人がタオルと鏡を一組買って頂きましてね、それをご友人たちに自慢して下さったのですよ。

 そうしたらすぐにその話を聞いた3組のご婦人と、たまたま奥方様に贈り物をお求めになられてきた紳士がお買いになられて――」

 イアンさんが嬉しそうに話す。

 

 それがまた人づてに伝わって、限定販売というPOPも効いたのか、店頭に出して4日で無くなってしまったという。

 うち数人は1人で何組かまとめて購入していったらしい。

 たった50ずつしか用意しなかったのだから、それは買いだめされたらすぐに無くなってしまうなあ。

 それが無くなった頃、入れ替わりに協会から文句が来たらしい。

 だからある意味売ってしまった後で良かったが。


「この通り、『フェイスタオル 5,000 e 』 『卓上三面鏡 10,000 e 』 それぞれ50個完売ですので、売り上げは 750,000エルです。

 6掛けでしたから 450,000エルになります。どうぞお確かめください」

 ズズッとテーブルの上の明細書と小袋をこちらに押してきた。

 今回委託販売という事で、売れたら売り上げの6割を貰う約束になっていたのだ。


「え、ちょっと待ってください。今回凄くご迷惑かけたようだし、6掛けは貰いすぎですよ。

 イアンさんが6でも、いや、7掛けでも良いくらいです」

「いけませんよ。契約は契約ですから」

 イアンさんがハッキリ言ってきた。

「それに迷惑だなんて思ってません。コレくらいの小競り合いは良くある事なんですから」


 しかし俺はただ発注して、イアンさんに横流ししただけなのだが、売る方が大変じゃないか?

 今回の件で、イアンさんが盾になってギルドや協会たちと渡り合ってくれたのだ。

 その労力に対して、俺なんか4掛けでも良いくらいだ。


「ソーヤさん、お忘れかもしれませんが、この金額はあくまで『エル』であって、日本国の通貨ではないのですよ」

 そう言われてハッとした。

 そうだった。日本の1円とこちらの1エルでは、当たり前だが価値が違うのだった。


 前回日本橋で換金した時のレートが、1e =¥2.32だったから、逆に言うと¥1=約0.43 eの価値というわけだ。

 つまり100エル分を買うのに、日本円では232円出さなくてはいけないことになる。


 原価がタオルで約¥800――100均モノではなくグレードを上げた――はおよそ1,860 e となり、卓上三面鏡の約¥2,000の代物はおよそ4,651 e が同等価値となる。

 だからそれを元に利益と掛け率(販売価格に対する卸値の割合)を考慮して、販売価格を決めたのだった。

 

 当然のことながら、販売価格に掛け率をかけて、原価を切ってしまっては赤字になる。

 それではまともな商売とは言えなくなってしまう。

(もちろん一時的に赤字覚悟で行う戦略はありますが)


「そうでした……。またうっかりしてました」

 ほぼ何もしなくて450,000エルも利益をと思ったが、これは純利益ではなく、あくまで仕入れ代込みの売上げなのだ。

 仕入れ値はこちらに変換すると、(1,860+4,651)×50組=合計325,550となり、これを引いた残りの124,450エルが俺の本当の利益なのだ。

 通常はこれに諸経費とかがかかるだろうから、もっと利益は少なくなるはずだ。

 そこら辺が特殊ルートが使える俺の利点なのだが。


 そこへノックがあって、フィリアがトレーにボウルに出したクッキーと、パンケーキの塔のようなモノを載せてやってきた。

 天辺には赤と白のツートンカラーのキャンディ棒が串のように刺さって、パンケーキが崩れるのを防いでいる。

 まだ湯気が見えるようなフワフワのパンケーキに、飴色のシロップと紫のベリージャム、雲のようなホイップクリームがたっぷりかかっていて、そこに程よくシナモンが香っていた。


 明らかに7~10人用なのだが、取り分ける事もなく、当然のようにナジャ様の前に置かれた。

 そしてつつっと、テーブルに乗せたあったポットから、俺とキリコのカップにお代わりを注いでくれる。

 さり気なくキリコの横顔を見る視線には、気がつかなかったことにしよう。


 ヴァリアスだけは横にビール樽を置いて、自分で勝手にやらせてある。

 いや、キリコが注いでいる。

 前回は黒ビールだったが、今日はホットビールとかいうモノらしい。

 温めたビールという意味ではなく、辛いビールなのである。

 一口飲ませてもらったが、強烈な炭酸のせいで舌が痺れたかと思った。

 まるでバイキングの飲み物のようだ。(あくまで想像だが)

 こんなモノが普通に需要があって作られてるとは、本当に人の嗜好は色々なんだと思う。


「さて、タオルと鏡は残念な事になりましたが、まだ僕は諦めていないのですよ」

 再びフィリアがポットを持って引っ込んでいくと、イアンさんがズイっと体を乗り出した。

「というと、まだ別なところで販売するルートが?」

「いえ、これではなくて、別の品です」

 そう言うと、テーブルの上にある品物を出してきた。

 それは俺がこの間、タオルと鏡を納品したついでに、荷物の中に入れておいたボール皿だった。


 実はネットで商品を発注した時に、イアンさんの双子の娘さん用に子供用のサラダボール皿を買って一緒に送っておいたのだ。

 あの時はうっかりそのまま渡してしまって、後から慌ててプレゼントだと連絡する羽目になったが。


 こちらでのお皿関係は特に木製と陶器が中心だ。

 何せガラスは高級品だから、それは貴族や金持ちの持ち物だ。

 陶器類も比較的安いモノではないので、ラーケル村などでは木製ばかりだった。


 イアンさんのところは、この王都の中流家庭としての経済力なので、陶器製の皿を普通に使っている。

 けれど子供用のだけは木製を使っているそうなのだ。

 やはり気をつけていてもそこは子供、手も力も小さいのだからうっかり落としてしまうこともある。

 陶器製は日本のように安くないし、何よりも破損して怪我する恐れもある。

 それでまだ木製を使っているらしい。


 そこで俺は、キッズ用プラスチック製の皿を双子にプレゼントしようと思った。

 初めて会った時にイアンさんと奥さんにはプレゼントを渡したが、あの子たちの分はなかった。

 じゃあフィリアの分は? と、一時考えもしたが、ここで使用人の若い女の子にまで土産を渡すと、何かあらぬ疑いをかけられそうなのでやめた。

 まあいつか、まとめてお菓子でも持っていこう。


 とにかくそのプラスチック製の皿は、子供用のサラダボールでピンクと黄色の2色セットだった。

 キッズにありがちな絵柄は、かの有名な国民的キャラクターの顔が描かれている。

 全身像だと話を知らない以前に、こちらの世界では違和感しかないだろうが、顔だけなら『パンを擬人化』したと説明できる。


「あらためて有難うございます。娘たちが本当に喜んで、もうこの皿で出さないと食事をしないくらいです」

 良かった。さすがは世界を救うヒーロー。異世界キッズの琴線にも触れたようだ。


「ソーヤさんが良ければ、今度はこのタイプの食器を販売してみたいのですが」

「え、子供用という事ですか?」

「いえ、出来れば子供だけに留めず、全年齢向けのがあれば良いのですが――」


「イアン、ちゃんと言わないと、こいつは鈍いからわかんないよー」

 あーんと大口を開ける割には、綺麗に食べる少女がパンケーキを頬張りながら助言する。

 どうせ俺は鈍いですよ。


「つまりプラスチック(合成樹脂)製という事か」

 大抵の物事を、素材と質で判断する男が気付いた。

「そうです、さすがはヴァリハリアス様。いかがでしょう、こちらのゴム製品とは素材が違いますが、素材変換して頂けますでしょうか?」

 今度は奴とイアンさんが相談することになった。


 ゴム製品というのは、こちらのゴムのような弾力性のある素材一般を指す。

 あのスライムを初めて納品した時に使ったゴミ袋を、ドルクのおっさんは『ゴム袋』と言っていた。

 こちらでは合成樹脂的なモノを全部ひっくるめて、ゴムと言っているのだ。


 ご存じの通り、地球の合成樹脂は本当の樹脂ではない。

 けれどこちらは、樹木などの天然樹脂と蔓草の繊維、それにスライムの粉などを混ぜ合わせて、強度・粘度などを調整して作られる本物の合成樹脂だ。

 だから元々の素材自体が違うのだが、大豆が代替え肉になるように似て非なる物となっている。


「そうだな。ゴムに使われる資源は世界中にあるし、大量の素材が日々生み出され土に還っている。

 ここで販売されるくらいの量なら、多少増えても問題ないかもしれん」

 世界の物質のバランスは取り敢えずOKのようだ。

 そういうとこはちゃんとココを管理している神様らしく考えてるんだな。


「キリコ、『地』の奴に話通しておけよ。後でバレたら許容範囲内でも五月蠅いからな」

「かしこまりました」

 霧に映されていた3Ⅾ投影が徐々に光を落とすように、キリコの姿が消えていった。

 世界の事を考えてるんじゃなくて、バレることの心配かよ。

 ちょっと感心して損した。


「ではあらためてどうでしょう、ソーヤさん?」

 イアンさんが俺に向き直った。

「もちろん断らないだろー?」

「そりゃ、もちろん売って貰えるならお願いしたいですが……。

 食器類に変更してもまた文句が来るんじゃないですか?」


 今度もノーブランドという事で、安く販売するのがウリなのだろうから、絶対にまた抗議が来るだろう。

 販売しました、文句が出て短期間で販売を中止しました、なんて繰り返してたら商売として、いや、イアンさん自身の商人としての信用に傷がつくのじゃないか?


「おそらく大丈夫だと思います」

 さっきまでの申し訳なさそうな影が引っ込んで、目にどこか自信を取り戻したような光を見せた。

「プラスチックいえ、ゴム製品は色々なところで使われていますが、こんな風な使われ方はしていないのです。

 食器類ではまずないのですよ」

 あっ、そうか。


 さっきも言った通り、こちらの食器はまず木か陶器が主流だ。

 その他には高級品のガラス製。頑丈で直接火にかけられるという事で、野宿用の鉄製。地域によって貝殻を使ったモノや動物の骨製もある。

 だが、ゴムは食器には使われない。

 それは臭いがあるからだ。


「こちらの皿は何年も風化したゴムのように、嫌な臭いもしないのに硬くしっかりしていて、それになんといっても軽く薄いです」

 そう、こちらのゴム製だと、同じように作ろうと思えば、おそらく素材の違いからもっと厚手になるだろう。そしてそれはゴム特有の臭いを発するのだ。

 とても食べ物を入れたいとは思わない。


「何しろ今まで無かった新しい商品ですから、値段がどうだろうと文句は言えないはずです。

 それに真似しようにも、まず同じ物は作れないでしょう。

 まさしく()()ですから」

 と、フフフフとイアンさんは笑った。


 確かにヴァリアスの神スキルで、イアンさんに渡したサラダボールも、誰に見られても危ぶまれないように、こちらの世界にある素材に変換していた。

 それなのに独特の素材の配合と構成力で、質や強度などが寸分元とは変わらぬように再構築されている。

 まさに究極のフェイクである。


「そんなのオレには容易いことだからな」

 我が物顔で人んちの酒樽をあけている奴が、ここぞとばかりに胸を張る。

「『錬金』が発現すれば、お前にだって出来るようになるぞ。いや、させてみせる」

 なんだかあらたな課題が出てきて恐いのだが、俺にそんな高度な事が出来るのかな。

 あれ、だとすると――


「なあ、それって『錬金』で変換できるなら、他の錬金術師とかにも出来るってことだよな?

 それじゃいずれは真似されちゃうんじゃないのか?」

「多分無理だよー。これは人間からしたら結構高度な技術なんだからさー」

 少女が紅茶で口を潤しながら代わりに返答してきた。


「理屈でわかってても、上手く出来ないことってよくあるだろー?

 例えばしっかり風の向きや力加減がわかっていても、皆がみんな、同じように弓を射ることは出来ないだろー。その標的がとても遠かったら尚更さー」

 確かに地球上のどんなスナイパーも、そう簡単にゴルゴ13にはなれないだろう。

「まぐれで出来るか近いモノが作れても、結構な力がいるから、体力・気力、魔力の消耗が激しいだろうしね。

 商売になるほど量産出来ないよー」


 イアンさんが引き継ぐ。

「おそらく近い物を作り出そうしても、ここまでの完成度の物は今の技術・魔術では出来ないでしょう。

 ウチが元祖、本家になるのは間違いないです。

 ただ、こんな事を言うのはおかしいのかもしれないのですが……」

 イアンさんはチラッと横のナジャ様を見た。

 ナジャ様もイアンさんに頷いて見せる。


「いつか精度の高い類似品が出てきても良いと思ってます。同じ物を作ろうとして技術を磨く――それはそれで生産技術の発展になりますからね。

 新しい物を作ろうとしてこそ進歩です。商品も技術も日々進化していかなくてはいけません。

 僕ら商人がそれに刺激剤として少しでも貢献出来たら、それは誇らしいことでもあるんです」

 少年が夢を語るような目をしてイアンさんは言った。


「すいません、僕の勝手な想いで。

 せっかくのソーヤさんの収益に影響を及ぼすかもしれないのに」

 そう言ってイアンさんは頭を下げた。

「いや、全然良いですよっ! そうなったら私も光栄です」

 やはりナジャ様のお眼鏡にかなった人だけある。

 私利私欲に駆られる商人じゃないんだなあ。

 その少女は隣の見た目ひと回り以上の大人(イアン)を、まるで可愛い弟を見る姉のような目で見つめていた。


「言っとくが、ウチの蒼也もこれから役に立つ働きをするぞ。商売だけじゃなく、命を救ったり、やれる事は色々あるからな!」

 何故か奴が対抗意識を燃やす。

「ええ、もちろんですよ。何といってもソーヤさんがいなければ、この新商品の販売は成り立ちませんし、『レンジ』のアイデアも生まれませんでしたからね」

「わかってるならそれでいい」

 そう言って奴がまたジョッキをあおった。

 ナジャ様は生ぬるい目で俺を見ている。


 とにかく話を変えよう

「じゃあまたギルドにサンプルを提出しなくてはいけませんね」

 俺は話を戻した。

「それが事後報告で申し訳ないのですが、居ても立ってもいられず、もうギルドに相談にいってきたのです」

 エヘヘと照れ隠しに笑いながら、イアンさんがテーブルのサラダボールを手に取った。


 どうやら商人イアンは、協会にねじ伏せられて、ただ泣き寝入りするような軟な男ではなかったようだ。

 それなりに悔しかったそうだ。

 だからすぐに次の手を考えた。

 それが俺が子供にプレゼントしたプラスチック皿だった。

 すでにこの器を手にした時から、その可能性は考えていた。


 自分が生きていた時代にもあったプラスチック素材。

 確かガラスには及ばないが、木製やましてや陶器に出来ない透明化もできるはず。

 

 これは売れるのではないか。

 商人魂に火がついた。

 彼はすぐにこの皿を持って、ギルドにこのような素材の皿の販売に許可が下りるかどうか、確認しに行ったのだ。


 ギルドも初めて見る商品に興味津々だった。

 とりあえず食品対応しているか、毒性はないか調べるので解析にまわされたそうだ。


「うっかりしてましたよ。一晩預かると言われて、もう娘たちに怒られるわ、泣かれるわで……」

 イアンさんは眉を八の字にして、肩をすくめた。

 ちょっと一刻ほど借りるだけと言っていたのに、次の日までお気に入りの器が戻って来なくなったので、子供たちはギャン泣きだったらしい。

 それは子供にしたら無理ないな。お父さんが悪い。


 だがおかげで、ギルドの承認は得た。あとは行動あるのみだ。


「プラスチックでもこういった、ガラスみたいなのもありますよ」

 最近はガラスのような透明度のあるプラスチックも増えている。

 俺はスマホをいじって、通販サイトを開いて見せた。

 こんな小さな画面では見づらいので、また光を操作してテーブル上に20インチくらいの画面を浮かび上がらせる。

 もっと大きく出来るが、距離が近いのでこれくらいがいいだろう。


「良いですね! ガラス製は高いのに割れやすいから、価格が安ければきっと売れますよ」

「あ、それじゃガラス協会とかから、文句が来たり……」

「それも大丈夫ですよ。ガラスじゃなくて、あくまでガラス()ですから。

 何しろ木に塗料を塗って、陶器()に見せ掛けた器もあるくらいです。文句は言わせませんよ」

 イアンさんがもう商人の顔になってる。


 そこへキリコがまた投影されたように、浮かび上がってきた。

「副長、『地』の承認取ってきました」

「よし、こっちも準備OKだな」

「ただ始めは様子見で、許容量を月3ストーン(約19キロ)までと言われました。状況によって枠を増減するそうです」

「チッ、ケチくせえなあ。せめて100キロからにしろよ」

 なんだかマフィアが、密造酒の商談してるように聞こえるのは気のせいか。


「あと計画書を出せと言ってきました。

 前回、量が少ないとはいえ、事後報告だったのが面白くなかったようです。

 前もって、成分の偽装産地とか変換する種類を教えろと」

 どうやらタオルと鏡を、勝手にこちら産に変換したのを怒られたらしい。

 何しろ文句を言われなければ、そのまま続ける気だったのだから。


「面倒くせぇな。そんなのいちいち考えてやってねぇよ。

 もういいや、キリコ、後はお前に任す」

 ナニッ 全部部下に丸投げかっ?!

 しかしキリコは慣れているのか、『了解しました』とそのまま頷いた。


 あっ! そうだ。俺も人に丸投げではないが、頼らなくちゃいけないものがあった。

「イアンさん、ナジャ様から聞いてるかもしれませんが、今度、私やっと商人になれそうで。

 それで事業計画書なんですけどね……」


 ハイハイと、イアンさんはニッコリしながら、すでに用意していた雛形(テンプレート)を書いた紙を出してきた。


ここまで読んで頂き有難うございます。

お金の換金がややこしくてすみません( ̄▽ ̄;)

ちなみに蒼也が今回手にした利益は『124,450エル』は、

日本円に換金すると『288,724円』になります。

楽して意外と良い値段ですね~。


次回は久々にトランドのあの『泊まれない宿』の続きです。

(* 第63話『泊まれない宿屋』参照)

よければまたお願いいたします。


*1月分のプラスチックの許容量、多過ぎたので変更しました。

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