第202話 『家を借りる その3』(騒がしい闖入者)
まずここでは狭いという意見に、なんとなく俺の脳も侵されたようだ。
もう少し広い家にしようと考え始めてきた。
「じゃあ次行くかい」
村長が促してきたので俺も頷く。
そうだ、何も候補はここだけじゃないんだ。他にも何軒か物件はあるのだ。
それだけこの村の過疎化が深刻だという事だが。
次に行ったのは2階建て木造の家だった。
赤い瓦屋根の上には、両端に茶色のレンガ造りの煙突が角のように突き出ていて、その下の白い壁に三分の一ほど、蔓バラのような赤い花が茂っていた。
庭には家を囲むように、色とりどりの花々が咲き乱れている。
胸辺りの高さまでしかない低い木戸を開けると、白ぽっい平石が真っ直ぐと玄関まで続いていた。
いかにもカントリーハウスといった素敵な民家だ。
玄関ポーチには役場のように長い庇が突き出ていて、以前はそこにテーブルと椅子が2脚置かれ、老夫婦が昼下がり、ゆっくりとお茶を楽しむ姿が見られたそうだ。
2人は残念ながら流行り病でほぼ一緒に亡くなったらしい。
ううっ、事故物件かあ……。
でもヴァリアスやナジャ様の言う通り、彷徨う幽霊はいないようだ。
薄気味悪さよりも、人がいなくなった寂しさに風化していく途中の物悲しさが、塗料のはげた柱から微かに漂ってきた。
1階は居間兼食堂と隣接した台所、それと老主人が仕事に使っていた作業部屋、食料貯蔵庫、トイレと風呂場があった。
「台所が独立しているのがいいですね」
主婦目線でキリコが言う。
「貯蔵庫はもう少し大きくてもいいかなー」
ナジャ様、どうせあなたは空間収納使えるんでしょ。
てか、なんであなたの希望が入って来るんですか。
2階には主寝室と2つの客室と物置。客室は元々夫婦の子供部屋だったらしい。
「ちまちま仕切ってやがるな。いっそのこと、ドーンと一発広げちまったほうがいいか」
ヴァリアスが部屋を渡りながら呟く。
何故あんたが暴れられる空間にするんだ。
そして屋根裏部屋もある。
なかなか広いのだが、どうなんだろう。逆に使い切れるのかな。
それに1階仕事部屋。
ここの主人の職業は人形作りだった。子供が遊ぶような可愛らしいお人形ではなく、マネキンのような大型だ。
これは傀儡用人形と呼ばれていた。
傀儡師と呼ばれる闇使いの者が、人形をまるで生きているかのように操るのである。
その多くはこうした等身大の球体関節人形なのだ。
今も作りかけの頭や手足、胴体と言った部品が床や棚に残っている。
部屋に入って一番ギョッとしたのは、目玉を入れれば終わりという感じの、ほぼ出来上がっている、頭の後ろに穴が開いた人形が隅っこの椅子に座っていたからだ。
この前来た時には布が被さってて気がつかなかった。
眼球のない洞のような窪みが、こっちを見ているようで怖い。
なんでこんなモノまで残しておくのだろう。
村長に訊くと、古い家具や道具などは運賃や手間がかかる割に、あまり高く売れないからなのだそうだ。
冬などに薪代わりに燃やすこともあるようだが、今のところその必要がないので残してあるらしい。
ううっ、テーブルとかは別に構わないが、こういうのは早く処分しておいて欲しい……。
俺はさっさと居間に戻った。
居間の窓からもちろん庭の花々をのぞむことができた。
夫人が生きていた頃は、色々な球根を仕入れて咲かせていたそうだ。今や野草混じりだが、と村長が言う。
どれが野の花で、どれが植えたモノなのか全然わからないのだが。
庭の手入れはキリコに任せればいいか。
そう思いながら窓から何気に庭を見ていて、俺はまたしてもゾッとした。
庭のピンクやオレンジ・紫の花に混じって、白髪頭をふんわりアップした老婦人が庭に屈んでいたからだ。
「やあ、スージーさん、いつもすまんな」
老婦人の姿を見て村長が声をかけた。
「あら、村長さん、ご機嫌よう。今日はここまで見回り?」
顔を上げたのはあの『かしまし三姉妹』のスージー婆さんだった。彼女たちは頼まれて――頼まれなくても庭木の手入れにまわっていたのだ。
なんて紛らわしい。いや、俺がビビりなだけなのか……。
「いや、今日はちょっと案内でな。まあいつも通り頼むよ」
「任せといて。ああ、だけどちょっと腰にくるわね」
そう言いながら、スージー婆様はまた花の茂みに屈んで、雑草を抜き始めた。
「ちょっと私にはここは広すぎるかも……」
「そうかい、じゃあ次見ようか」
村長がポーチに出ていった。
俺もドアの前でもう一度、家の中を振り返った。
うん、ここはナシかな。
家はやっぱり印象が大事だと思う。
ここは広すぎるというより、なんだか俺に合わない感じがする。
今のアパートだって、家賃や会社に近いという条件以外に、何やら懐かしい感じがしたからだ。
それは大家さんの雰囲気だったのかもしれないが、なんとなく落ち着くと思ったのだ。
それに先ほど主寝室で見たベッド。
マットや毛布はもう片付けられていて無かったが、天蓋付きの緑色に塗られた木製の箱型ベッドで、なかなか味わい深い物だった。
だが、その天井からぶら下がる、一本の赤い紐が気になった。
剣のグリップぐらいある太いその撚った紐の先には、三角の取っ手が付いている。
メイドか誰か使用人を呼ぶための紐かと思っていたら、老夫婦がベッドから起き上がる時に掴むために使っていた物だった。
人によっては気にしないのだろうが、俺にはそれがなんだか徐々に体が弱っていった老夫婦の、諦めに似た吐息のような残穢残っているようで良い気分になれなかったのだ。
だが、家賃は3カ月間(約12週間=108日)で、38,900エル(税込み)。
レッカのところの倍近いが、それでも俺が今住んでいる2Kのアパートより断然安い。
ちょっと後ろ髪を引かれる。
ベッドを総取り換えして、人形は家ごとヴァリアスにお祓いだか浄化でもしてもらえば、ちょっとは雰囲気が変わるかもしれないなあ。
普段使わないが、みんなでパーティとかする時用の別荘用とかに抑えておくのもありかも。
そんなエセセレブ的考えも浮かんでくる。
次に来たのはドワーフの炭焼き人が住んでいたという、平屋地下室付きの石造りの家だった。
地下室と言っても後ろが土手下のように地形が下がっていて、坂を下ると地面から半分壁が姿を現していた。
その壁にもドアがあり、ここから入ることも出来るようになっている。
ここには炭以外に薪が常に置かれていたそうだ。今は空っぽだが。
一階の作りは居間兼台所、寝室、食料貯蔵庫、トイレ、洗い場――盥があったので風呂兼簡単な洗い物をしていた場所のようだ。
壁は流石にドワーフの家と言った感じで全体的にどっしりと厚く、がっしりした造りになっていた。
居間の壁中央にある暖炉も、ゴツゴツした大きな石を無造作に重ねたような無骨さで、なんだかバイキングの家を思わせる。
ここで冬の日に薪を燃やして、ぼんやり炎を眺めるのもいいかもしれない。
ただ、客室がないんだよなあ。まさか地下室に寝てもらう訳にもいかないだろう。出入口はあるが、窓がないし……作ればいいのかな。
「狭いし、まず天井が低いな。お前んとこのアパートより低いじゃないか」
サメが文句を言ってきた。
そう、ここは元々ドワーフが自分のために作った家なので、天井が低く出来ているのだ。
俺はまだ170㎝なので大丈夫だが、190以上あるヴァリアスは元より、村長、キリコなんかには圧迫感があるのだろう。
奴なんかもう天井の梁に、頭がつきそうである。
ううむ、確かに圧迫感は否めないかあ。始めの農夫の家とさほど大きさは変わらないしなあ。
良い味出してるし、家賃22,800エル(3カ月分)は捨てがたいのだが。
ちなみにここに以前住んでいたドワーフは、ある日炭焼き小屋に行ったまま帰って来なかったのだそうだ。
小屋のある山にはもちろん獣や魔物もいる。賊も出るかもしれない。
心配した当時の村長や仲間たちが探しに行ったが、小屋にはこれから炭にするために積まれた沢山の薪が残っているだけで、彼の姿はなかったそうだ。
樹を切る斧やノコギリは残っていたのに、彼愛用のバトルアックスが見つからなかったので、食料調達か、何かを追いかけていったのかもしれない。
外には炭や薪を運ぶ時に使っていた荷車が、壁に寄り添うように置いてあった。
そのまま彼は行方知れずになり、今や20年以上の歳月が流れてしまったという。
『まんが日本昔ばなし』に、夜な夜な炭焼き小屋を訪れる鬼の話があった。
鬼は職人が手入れをするノコギリを毎晩警戒しながらも、隙が出来るのを狙っていた。
魔物も怖いが、そんなにずっとひたすら狙ってくる鬼のような存在も恐ろしい。
こちらにもそんな陰湿な湿気を纏わせるような魔物はいるのだろうか。
そんな想いをいだきながら家を出ようとしたら、使徒3人が同じ方向に振り向いた。
何? 何かいるのか。
「なんだ、アイツ急に来やがって」
「あいつって?」
「例のドラゴンですよ。ジェンマとか言いましたっけ」
キリコが代わりに答えてきた。
なにっ そりゃ大変じゃないか。
「村長っ」
俺は先を歩く村長に声をかけた。
「すいません、ウチの従魔がなんだかこっちに向かってきてるようなんです」
「なんじゃとっ」
俺と村長は慌てて村の外に向かった。残り3人はさほど慌ててなかったが。
「なんで急に来るんだよ。今取り込み中だって言えないのか」
「もちろん後にしろって言ってやったぞ。だが、アイツも焦ってるようで、とにかく直接話がしたいみたいだ」
ヴァリアスが軽く肩をすくめる。
主様のいうこと聞かないでやってくるなんて、一体何があったんだ?
ドラゴンが焦るって、どんな大事なんだ。あの暗黒大陸で何かあったのか。
もう天変地異しか考えられない。
村の門にたどり着いた頃に、俺も奴が近づいてきているのを感じた。
「ヴァリアス、あいつにまた裏にまわるように言ってくれよ」
田舎とはいえ、こんな街道に堂々と来られては何かとマズイ。せめて村の陰に隠さないと。
と、言ってるそばから、もう空に黒い点が見えた。みるみる大きくなってくる。
【主ぃ~~~っ】
「声出すなっ 馬鹿っ!」
みんなに気付かれちまうじゃないかよ。どのみちこの巨大な姿は隠しようがないのだが。
すると、ふっと黒赤い姿が薄くなった。
そうしてズズンと音を立てると、目の前でまたハッキリと姿が現れた。
奴が気配を薄くしたからだ。
「お前、来るときは前もって連絡しろって言っただろ」
【すいません……ただ、どうしても居ても立っても居られなくて……】
相変わらず大きな図体をこれでもかと小さくして、へこへこする。
【実は―― あれっ、こちらの方達は?!】
ヴァリアスの後ろにいた、キリコとナジャ様に目をやってきた。
「コイツは俺の手下だ。コッチはただの昔馴染みだ」
面倒くさそうに親指でそれぞれを指す。
相変わらず雑な紹介だな。
「どうも初めまして、キリコと言います。副長の直属の部下をしております。以後お見知りおきを」
キリコが丁寧だが、自分の立場をしっかりと伝えた。直属って直に使われてるってだけだけどな。
「ケケケ、あたいとヴァリ―は、なじみも馴染み、幼馴染ってヤツだよ。ヨロシクねー」
『幼馴染』というその言葉に、村長がちょっと目をむく。
それよりも動揺したのはジェンマの方だった。
【じ、じ、自分はイージス谷生まれの、ジェンマと申します。宜しくお願いいたします!】
また顎を勢い良く、地面に叩きつけるように擦りつけてきた。
こいつ、明らかに自分より2人が強いと見抜いてやがる。
まるで処世術にたけたサラリーマンのようだ。これも生きるための本能なのか?
そしてまた軽く顎を上げると、俺の方に鼻先を向けた。
【それじゃソゥヤは3番目以下確定だなあ】
「キリコはあいつの弟子じゃないぞ、部下だからな。あと何でも順位付けるなよっ」
するとジェンマは目を細めて
【ふ~ん、まあ悔しいのはわかるけど、それはしょうがないだろ、ソゥヤ】
なんか腹立つ、この羽付き大蜥蜴。
「で、何なんだよ。オレは忙しいんだよ」
あんたじゃなくて、俺が、だけどな。
【そうでしたっ!
主にぜひ、長老たちに会って欲しいのでありますっ!】
ビシッと4本足の脇を締めて畏まった。
「あ˝っ? 何でだよ。直接会わなくても、その従魔の印でわかるだろ」
視る者がみれば、印からその主の強さが分かるのだそうだ。ドラゴンの長老というなら、それくらい確かに感じ取りそうだが。
【そ、そうでありますが、出来れば直接お越しいただいて、その……しっかりと……見て認めてもらいたいのであります……】
また急にしどろもどろになって来た。
「オレは見世物じゃねぇぞ。なんでそんな必要がある?」
「あ、もしかして――」
ナジャ様が何かに気がついた。
「カッサンドラ大陸がもうすぐ春になるのと関係してる?」
【そ、そうでありますっ! さすがは賢女様、お分かりでいらっしゃるっ】
ドラゴンが嬉しそうに目を開いた。
「春って――ああ、繁殖期か」
奴も思い出したように言った。
カッサンドラ大陸――暗黒大陸は、このレーヴェ大陸よりはるか下、南半球に位置する。
そのため季節が逆になる。
今この北半球は夏も終わりに近づいている。だから南半球は冬の終わり、春の始まりだ。
種類によって繁殖期の季節が異なるが、ドラゴン達は早春が恋の季節だ。
他の生物と同じく彼らも強い種を残そうとする。そしてみんな自分の血を残したい。
なのでメスに気に入られようと、オスはあの手この手と自分の強さをPRする。
強者に従える者は、それだけ実力があると思われるのだ。
つまり奴の従魔になった印は、結構なステイタスシンボルになるのだが。
【それが疑り深いメスで、自分がいくら説明しても今一つ納得してくれないのであります】
どうもジェンマが目をつけている、ブラックドラゴンのメスがいるらしい。
だが、ジェンマは優男(?)、その印の示す強さと見かけに、ギャップがあると相手が戸惑っているようだ。
というか、どんな大事件かと思ったら、お前の恋の相談かよっ!
よくもそんな事でわざわざ赤道越えて飛んで来やがったなあ。
しかし繁殖は生物にとって一大事だった。
【主の姿をひと目見れば、彼女も納得するはずです】
長老じゃなくて、彼女に認めさせたいんじゃないかよ。
「だからなんでオレが、お前の求愛の手助けをしなくちゃならんのだっ。そんなの実力でもぎ取ってこいっ!」
それに対して少し首を引っ込めたが、さすが恋路に関してはトカゲも引かない。
【はいっ ライバルは蹴落としておりますっ! ここに来る前も純血のブラック野郎を、灰霧谷にブチ落としてきました】
ビシッとまた敬礼するように格式ばったというか、固まるように体を四角張らせた。
そう言われると、背中や足のあちこちが少し鱗がはげ落ちて、光沢のない黒い皮膚が露わになっていた。皮膚が同じ色なのでよく見ないとわからなかったのだ。
この時期のドラゴンの雄は傷だらけだ。
こいつ優男かと思っていたら、意外とやるんだな。俺はちょっと感心した。
実はこの奴の印の作用で、保護とパワーが増しているのだ。
従魔になるという事は、そういう特典がつくのだった。
「それでもダメなのか?
……う~ん、お前は混血だからなあ。純粋なブラック種よりは小さくて見劣りするのかもしれんなあ……」
ヴァリアスが少し首を傾げながら、眉を寄せた。
えっ、これでも小さいほうなの?
どんだけデカいんだよ、純粋ブラックの雄。
ちなみにメスはジェンマと同じくらいだそうだ。
「行ってやりなよー、ヴァリ―。お前さんの従魔なんだから、ちゃんと世話してやらないとー」
ナジャ様もジェンマを援護する。
「……しょうがねぇなあ。じゃあ少しそこで待ってろ。
いま家を決めてるんだ。お前だって棲み処の重要性ぐらいはわかるだろ?」
【主、棲み処をお探しで? でしたら自分の知ってる良い谷があるであります】
「なんで、お前たちに合わせなくちゃいけないんだよっ! 俺の家だぞっ」
危ねえっ。ほっとくとこいつ等のペースになっちまう。
その良い谷って、どうせお前んとこの大陸だろ。
【ソゥヤ、お前も棲むのかあ?】
尻尾の先を振っていたのを止めて、やつがこっちに目を動かした。
「俺もじゃなくて、俺の家なんだよ! そしてそんな人が住めないようなとこには行かないぞ。
この村に住むんだからなっ」
俺は後ろの村の囲いを指さした。
もう村長は展開について来れなくて、そばで棒立ちである。
【だったらなるべく高いとこにしろよ。俺が来たときにすぐ見えるように。そこの樹の上でもいいし、その出っ張ってるトンガリでもいいじゃないのか】
と、ジェンマは少し顔を上げて、壁越しに鼻でしゃくった。
「お前、人のだと思って適当に言うなよっ。俺は鳥じゃないし、あれは家じゃない。倉庫だ」
ジェンマが指したのは、村でも一番背の高い、トンガリ屋根を付けた円筒形の建物だった。
壁から見張り塔のようにはみ出している。
地球の干し草とかを入れておく貯蔵庫によく似ていた。
「いや、ありゃあ、れっきとした家じゃよ。今は空き家になっとる」
俺の言葉にふと我に返った村長が答えてきた。
「えっ、空き家……だったんですか?」
俺も後ろを振り返った。
ここまでお読み頂き有難うございます!
作中に出てきました『まんが日本昔ばなし』は『牛鬼淵』という話です。
子供心に怖かった昔ばなしの1つです。
最近少しローペースですが、続けていきますのでどうかよろしくお願いいたします。
次回は第203話 『家を借りる その4』(風の家)予定です。




