第191話『ハンター試験 その2(答え合わせ)』
今回は短くていつもの6割くらいの長さです(-_-;)
いや、これでもネット小説としては長い方なのかな……?
「低血糖気味になってるから、なんか食え」
グッタリしていたら、奴になかば拉致されるように2階に連れていかれた。
そこはアイテム・レストランフロアの、さっきまで奴が幾つかのジョッキを壊した酒場の一角だった。
給仕がまた来たのか!? というようなギョッとした目で二度見してくる。
もちろん奴は全くそんな事気にせず、俺の目の前にメニューを押し付けてきた。
いつもなら俺も一言言いたいところだが、すでにそんな気力はゼロだった。
「なんだか疲れが取れない……」
ヒール《癒し水》を飲んだのに、気分がいま一つスッキリしない。
それだけ何十年ぶりかのガチ試験は酷く疲れた。
見かけはどうあれ、俺の中身はガチなオッサンなのだ。
2時間ぶっ通しのラウンドをやり切って、もうマットに転がりたい気分なのに、数時間後に今度は実技が待っている。
俺的にはもう燃え尽きて白い灰になっているのに。
「それに試験って、筆記と実技、別の日でも良かったんじゃん……」
俺は今日初めて知った。
何しろ試験日を勝手に決めたのはこいつだ。
思えばこのデビルペアレントが、受付係に何かするのではとハラハラし通しで、説明を半ば上の空で聞いていた俺もいけなかったのだが。
「どうせなら一度に、さっさと片付けち待った方がいいだろ」
「こんな事なら後日出直して、ベストコンディションで臨みたかったよぉ」
今更ならがに泣き言を言う俺。これも人任せにしたツケである。
「大丈夫だ。食って少し休めばベストになる。頭使った後は軽い運動するのが良いんだぞ」
おい、ハンター試験の実技ってそんな軽いもんじゃないだろ、きっと。
食欲湧かないが、腹ペコ、エネルギー無しで実技に向かうのも良くないか。
仕方ないので軽いモノを頼もう。
しかし馬鈴薯のポタージュと酸味と甘みのほど良いソースのドードー卵のオムレツを食べたら、少しずつ疲れが取れてきた。
確かに脳みそから当分がかなり失われていたようだ。
「よしよし、血流も良くなってきたな。もう少し食っとけ」
奴がテーブル上にメニューを滑らせてきた。
ほんとにちょっと食べたら、現金なもので食欲が湧いてきた。あと2時間半、消化できそうなモノを頼むか。
「おや、ソーヤさん、こちらでしたか」
聞き覚えのある声に顔を上げると、エッガー副長が立っていた。
「副長さん、あれ、まだこちらにいらしたんですか?」
もうとっくにギーレンに帰ってるのかと思っていたが。
「ええ、ちょっとこちらでの仕事が思ったより長引いてしまいましてね。明日あたり帰れそうなのですが。
それより聞きましたよ、例の従魔の件!
いやあ、実に惜しかったっ! 当日ギーレンにいなかったのを悔やみましたよ」
嬉々として話す副長に反して、奴がウンザリした顔をした。
「大袈裟に騒ぎ過ぎなんだよ。たかが従魔の1匹や2匹登録しただけで」
「ドラゴンがたかが……ですか」
副長が目をしばつかせたが、すぐに奴の気性を思い出したらしく、軽く咳払いをすると話題を変えた。
「今日はソーヤさん、確かハンター試験でしたね。僭越ながら拝見させていただきます」
「えっ! 副長さん、見学に来るんですかっ?!」
「ええ、ソーヤさんは我がギーレンでハンター登録されてますし、室長以上なら申請すれば受験者の様子を見学出来るんです」
うぅ、それって職権乱用なんじゃ……。それに知ってる顔があると緊張する。
「蒼也、ギャラリーが増えたぐらいで、うろたえてどうする。災難や厄介事は場所と時間を選んでくれないんだぞ。
お前がいつも嫌がってるトイレや風呂に入ってる時にだって起きるかもしれないんだ。
そんなときに落ち着いて対処出来なくてどうする?!」
「まずそんなとこで何かあったら、まず一番にあんたの仕業を疑うよ」
「何だとっ! オレがそんな下らん真似すると思ってるのかっ!?」
「さっき、したばっかりじゃねぇかよっ(トイレで)! 以前も風呂とかあったし」
こいつはとぼけてるのか。それとも本当にボケてるのか? サメって認知症にならないんじゃなかったか、あれっ、ガンだったか?
(*ガンにならないと言われたのは、どうも怪しい情報のようです)
俺の認識も映画『ディープ・ブルー』の、青鮫の脳組織を使った認知症の新薬を研究する話とゴッチャになっていた。
「アレのどこがハメた事になるんだ? だからカウント外だ」
奴がしれっと言った。
「てんめぇ~~~っ‼」
「で、では、試験場で待ってますので」
空気を読んだ副長は、いそいそと食堂から出ていった。
食後のお茶をしながら休んでいる間、奴が俺が解けなかった問題の答え合わせをしてきた。
「え、それ、後で良くない? まだ実技残ってるし、気分を切り替えたいんだけど」
「知識の暗記はすぐにやった方がいい。もちろん現場に行ったらまたあらためて教えてやる」
もう鬼教官は、俺が分からなかったことはすぐに教えたいらしい。
「始めのテストはお前にとって専門的過ぎると感じたようだが、どれもハンターをやっていれば自然とわかる知識なんだよ」
実はその者がどういう種類のハンターかという点で、個々問題内容を変えているそうだ。これまで申告だけで積み上げてきた実績が、本物かどうかを確認する意味もあるらしい。
俺は獲物を納品することが多かったので、最初は狩猟系の問題が多く出てしまったようだ。
そう考えると確かにこれまでの重要な納品物――ドラゴンの鱗や牙、地竜なんかはヴァリアスがいなければ手に入らなかった代物だ。
強者の力を借りて成果を上げても、結局個人としてのテストでバレてしまう。
となると、次の実践テストはどうなるんだろう。
まさかそれなりの恐ろしい事をやらされるのだろうか。
まあテストだから、その、痛い思いはしない……よなぁ?
「安心しろ。あくまで『D』クラスには『D』以上のテストはやらせねえよ。
でないと基準がバラバラになっちまうだろ。
たとえオレがもし実践『D』を受けたとしても、外の奴らと同じ程度のはずだ。
ま、瞬で終わらせてやるけどな」
それからちょっととぼけたように
「ただ同じ『D』でも上と下じゃ開きがあるけどな。
でもまあ、あの地竜を相手にしたんだ。『D』の範疇なんざお前には余裕だよ」
いや、だから最期のトドメを刺したのはあんただろ。しかも俺、転移しまくってたし。
その転移はシークレットスキルだから人前では使えない。
どうなるんだ、俺。やっぱり実践は詰むのか?
いやもうあと数時間後にやるしかないんだが……。
そんな杞憂を全く解さない奴は、勝手に問題の解答を話し始めた。
【ピグミー鵺とタイガーツグミの啼き方はよく似ているが、それはこの2種が同地域に生息しており、互いに鳴き真似をすることで、お互いの巣の存在を隠すと言われている。
ではその巣の場所は具体的に何処か。またその理由を述べよ】
「あれはな、まずタイガーツグミは、バオヴァブゥ樹の洞の中に巣を作る。
ピグミー鵺は、その大木の下に生えている低木、ブッシュの中の地面下に作るんだ」
「同じ樹の上下って事か。だけど鳴き真似したくらいで巣を隠せるのか?」
まさかそこまでご近所さんだとは思わなかった。そう言われるとなんだか理由も気になって来る。
「それぞれの天敵が違うからだよ」
奴がジョッキをもう壊さなくなり、7杯目のビールを空けながら説明する。
「タイガーツグミが巣を作る大木の洞というのは、お前が考えているような単純な洞ではなく、まさに大木の内部に出来た道管なんだ」
なんでもその大木の内部には、ストローのような空洞が道のように通っているのだという。
それは時には枝分かれして、縦長の蟻の巣のようになっているのだそうな。
なぜそうなっているかというと、元々は砂漠などのような乾燥地帯に棲息していた植物で水分を溜める器官だったのだが、こちらのような雨が適度に降る地域に種が運ばれ進化したのだとか。
そうして内部に虫や小動物を住まわせ、糞やその死骸をも養分にするために、ワザと内部を空けるように進化していった。
血管のように複雑であり先詰まりだったり、出るに出られなくなる小動物も中にはいるわけで、そのため内部は結構迷路化しているらしい。
タイガーツグミはその内部に子作りするときに巣を作る。敵から卵やヒナを守るためである。
だが、そんな風に警戒しても来る敵はやって来る。
卵やヒナを狙う厄介な敵が、ピッキングスネークだ。
こいつは青大将くらいの無毒な蛇だが、その舌で器用にも、簡単な上げ下げ式の小さな閂なら開けて入って来るような厄介なヤツだ。
民家でも、落とし鍵をなんなく開けて、台所に入ってきたという例が普通にある。
タイガーツグミも巣の近くの通路に、小枝や草などでバリケードを作っているが、もちろんこの蛇はソレをどかしてやって来るのだ。
タイガーツグミは度胸のある鳥ではあるが、さすがに蛇に勝てる力はない。
自衛するためにこの鳥は、やがて蛇の天敵である、ピグミー鵺の鳴き真似をして追い払うようになったのだ。
「ピグミー鵺の主食は蛇だ。しかもそのピッキングスネークなんか大好物なんだ」
「あの可愛い顔してて、蛇喰うのかよ。っていうか、尻尾、蛇だったじゃん」
俺は以前ギルドの受付で、テイマーから抱かせてもらった、クリっとした目の猿の魔物を思い出した。
ちょっと飼いたいと思ったのに、餌が蛇ってもう無理だ。
「茂みから尻尾だけチラつかせて、仲間と勘違いさせたりするんだ。特に蛇の繁殖期は有効だぞ」
「意外とズル賢いやり方するんだな。鵺って……」
疑似餌で魚釣りをするような人間も一緒だろ、と奴が言った。
「ところがピグミー鵺にも天敵がいてな、それが大鴉なんだ」
カラスと言ってもその体長は地球のイヌワシぐらいの大きさらしい。
しかも赤い目が6つもあって、足も4本あるという。
足3本だったら八咫烏様なんだが。いや、目もそんなにないか。
そいつは特に猿系を好んで食べる習性で、むろんピグミー鵺も的になっている。厄介な事に鵺の毒にも耐性が出来ているそうだ。
だが、上手く出来ているもので、その大鴉に敵対しているのが、その10分の1くらいしかないタイガーツグミだ。
このツグミはこの大鴉を発見すると、躍起になってその赤い目を潰そうとする。
闇の中、赤い目を光らせて卵を狙って来る蛇のように、黒い羽毛の中にあるこの赤い目が憎いようだ。
それは深く遺伝子に刻み込まれた、先祖代々に渡る警戒心でもある。
すばしっこく、しかも大きい自分に怯むことなく、目を狙って突っ込んでくるこの鳥に、大鴉の方が辟易しているらしい。
そこでその天敵の敵の鳴き真似を、自分の巣のすぐ近くに生えている大木の上で、さもツグミを気取って鵺は啼くのである。
あわよくば、ツグミと勘違いしたピッキングスネークがやって来るのも見越して。
「だからお互いに同じ木の近くに巣を作るんだ。
ピグミー鵺が蛇を食べ、タイガーツグミが大鴉を追っ払うからな」
「ふーん、上手く共生共存してるんだね」
「まあそれを人間は知っているから、その鳴き声が聞こえたら、近くに両方の巣があると分かる訳だ。
人間が一番ずる賢いだろ」
そう言ってサメが口元を上げた。
天敵かあ。サメの天敵って何だったけ? シャチだったかな?
「ヴァリアスって、シャチは苦手だっけ?」
「シャチ? オルカの事か。
こっちにはお前んとことソックリ同じ種はいないが、似てるのはいるな。
別に嫌いじゃないぞ。筋肉と脂がちょうどいい配分で旨いし」
うん、シャチでも無理なのは分かってたよ。
「おい、お前何か変なこと今考えてなかったか?」
奴が少し眉をくもらせてきたが、俺は「別に」と奴のようにしれっと答えてやった。
食堂を出ると、まだ試験まで1時間20分ほど残っていた。
「時間まで軽く体慣らしておくか」
「お断りだ。あんたの『慣らす』は、どうせ本番だろ。ストレッチくらいにしとくよ」
気分転換にここのショップコーナーで、アイテムをウィンドショッピングする。
何故か薬局でもなく、武器アイテムを売っているコーナーで、『惚れ薬』なるネーミングのモノが売られていた。
誰に使うんだ?
まさか魔物とかに使うのだろうか。そんな事したら余計厄介なことになる気がするが。
「それは主に『サッキュバス』に使うんだ」
俺が首をかしげているのをみて、横から奴が説明してきた。
「アイツらは淫魔だろ? だからこれをぶっかけてやって、毒を以て毒を制するやり方に使われるんだ」
「そうするとサッキュバスに……攻撃されないのか? 毒を中和するとか?」
「ああ、攻撃はされなくなる。ただそのまま好かれるけどな」
「え? それは更にややこしい状況にならないか?
大体淫魔って、その、アレだろ? そんなのを余計発情させてどうするんだ??」
「アイツらが元々精気を吸うのは、それが自分たちのエネルギーになるからだ。だから相手を獲物としか見ていない。
だが、好ましい相手と意識したら別だろ?
だから行為はあってもエナジードレインはされなくなる」
むっ、それはなんだか、とっても都合のいい……。
「あのな、普通はその隙をついて倒すんだよ。実際にコトまでなんかやってたら、いつ作用が消えるか分からないだろ」
俺の考えをすぐに見抜いたようで、少し呆れ顔をした奴が言った。
「あ、そうなのか。そんなに持続しないんだ……」
ここはアダルトショップじゃないものなぁ。
「でもこれ、人に使ったりしたら犯罪だよな。こっちでも?」
「当たり前だ。そんな秩序の乱れるような物、ギルドで売ってる訳ないだろ?
それにこれは魔物用に強烈だからな。人にそのまま使ったら発狂するか、死ぬぞ」
確かにラベルに『人使用厳禁!』とデカく書いてある。
「人用のは正規じゃ販売してないぞ。まあ裏街とか裏市とかでなら売ってるけどな」
ニヤリと奴が俺の顔を見て笑った。
「要らねぇよっ。というか使わないぞ、俺は」
こんなの使って惚れてもらっても虚しいだけだしなぁ……。
俺はそっと棚に薬を戻した。
そろそろ早めに中庭に行ってストレッチしとくかな。
時間は1時19分になっていた。
ここまで読んで頂き本当に有難うございます。
次回やっと実技試験になります。




