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第179話 『甦るあの日の恋とジレンマ その2(リリエラとの再会)』


「おんやっ、お客さんお久しぶりです!」

 懐かしい顔の1人、水売りが黄色い歯を見せてニンマリ笑った。

「どうもお久しぶりです。これに水下さい」

 以前と同じように俺は空のペットボトルを2本出した。水は奴が用意してくれてるが、ここに来たならやはり彼から買いたい。


「毎度どうも」

 男は懐かしい手際の良さで水を計ると、ペットボトルに注いでいく。

「そういやね、1カ月ほど前、ちょうどお客さんたちを見掛けなくなった頃に、あっしは妙な目に遭いましてね」

 一杯水をその場で奢ってくれながら、水売りは自分の体験を話し出した。


 それによるとどうやら俺たちがギーレンを出発する前日に、彼――トッドは遊びにやって来る嫁いだ娘を迎えるために、2度目の水を森に汲みにいったらしい。

 朝早く汲んだ水は思ったより早く完売したし、家に残してある水よりも、新鮮な冷たい水を飲ませてやりたいと思ったからだ。

 だが、そこでどうやらさくによる怪異現象のために、あろうことか魔族の村に飛ばされてしまったらしい。(* 第93、94話『朔と水売りとドラゴンと』参照)


 そこで出会ったトカゲの魔人に助けてもらったというのだ。

 そのトカゲ人は何故か、俺たちの事を知っていたらしい。

 酒まで奢ってもらい、しばしの安堵と疲れで酔って気がついた時には、あのセラピアの森の手前の大岩に寄りかかっていたそうだ。

 そして夢じゃない証拠に、ポケットに魔族が使用する金貨が入っていたという。


「あの人は自分の事を『イージスのオッドアイ』と言ってましたよ。確かに左右の目の色が、金と赤と違ってましたけど」

 俺は思わずヴァリアスの方を見た。奴も目だけ俺のほうに動かすと、月の目だった瞳孔が丸くなった。


 間違いなくあいつだ。

 翼はあの時と同様に隠していたのだろう。

 ただ、どうしてそんなサイズになっていたのか、分からないが。


「もし、お客さんたちが、あの人に会ったら、水売りのトッドが凄く感謝していたと伝えて下さい。

 助けてもらって本当に有難かったと……」

 トッドは少し潤むような眼を軽くこすった。


「わかりました。必ず伝えますよ」

 奴も顎を摩りながら

「あいつ、もう起きたのか。そのうちまた様子を見に行ってみるか」


「そうだね。人助けしたみたいだし、今度またお酒持ってってやろうか」

 俺も会う事に賛成した。

 それに奴だけ行かせると、褒めに行ったのがお礼参りになってしまいそうだ。だから俺も同行してやらないと。

 実は俺たちを恐れてやったとは、もちろん知る由もなかったが。


 水を受け取り、そのまま見慣れたギルドの門扉をくぐる。

 1階の買取所には10人ほどの人がいて、対応している3人の係の男たちが順番に応対していた。


「おろっ、兄ちゃんたちじゃねぇかっ!」

 相変わらず声のデカいドルクのおっさんが、柱のとこにいた俺たちを見つけて、客の頭ごしに声をかけてきた。

 この声もスタンハンセン似な姿も懐かしい。

「お久しぶりです。ドルクさん」

 俺も離れているとこから軽く会釈した。


「いやあ、久しぶり、1カ月ぶりくらいか? 今日はなんだ、顔見せに来てくれたのか、それでも嬉しいぜ」と、本当に嬉しそうに大きく顔をほころばせた。

「いや、買取のブツを持ってきた」

 奴が口を開いた。

「ほう、そりゃあ有難い。じゃあちょいと待っててくれよ。すぐ片づけちまうからよ」

 そう言うと客から預かった革袋に手早くプレートを付けると、預かり書と引き換えプレートを渡した。


「おーいスコット、受付代わってくれ。俺はこっちの旦那たちの相手すっから」

 と、奥の解体作業所に声をかけた。

 出てきたのはなんだか具合悪そうに俯いた、見た事のある深緑の髪をした若者だった。


 スコット――確かに副長がそう呼んでいた。リリエラを泣かした奴だ。

 つい睨みそうになってしまうのを、なんとか抑えた。

「おら、いつまでもそんな顔してんな。せめて客には愛想よくしろ」

 パンッと若者の背中を叩く。叩かれた男は少し力なくよろめいた。


「ちなみにどんなブツだい?」

 カウンターの中に通されて、台に寄りかかりながらドルクが俺に訊ねてきた。


「今日はオレのだ」

 そう言って奴がデンと、台の上に例の樽を出現させた。

「お、おうっ 旦那のかい。そりゃあ期待しちまうぜ」

 おっさんが軽く口笛を吹くと、樽の蓋に手をかける。


「あの、それ臭いですよ」

 俺はタオルを出して、鼻と口を押さえながら注意した。

 本来なら風を操作すればいいのだが、このギルド内で勝手に魔法を使うのはご法度だからだ。


「おう、こりゃあ何だ?」

 おっさんが鼻に皺を寄せながら、中を覗き込んだ。

「ディゴンの精巣だ」

「おっほぉうっ!? ディゴンのかぁ! そいつは凄いな」

 少し興奮気味にドルクのおっさんが、台の横に引っかけていた皮手袋を慌ててつけ出した。


「せっかく獲って来たのに蒼也がこんなのには頼らないと言うんでな。

 不要になった」とワザとらしく肩を揺すって言った。

 ば、馬鹿っ! 余計なこと言うんじゃねえよっ。勘違いされるじゃないか。


 案の定、おっさんがほぉ~と口を丸く開けて俺を見る。

「ち、違いますっ! だって気持ち悪いから――」

「いいねえ、若いヤツぁ」

 ドルクのおっさんがニヤリと笑って、俺に太い親(good)指を突きたててみせた。

 



 鑑定に時間がかかるという事もあって、そのまま引き換えプレートを貰った。

 他の係の男は、客や仲間と軽く冗談などを飛ばしているのに、スコットの奴だけは終始、大人しく仕事をしていた。

 リリエラと喧嘩したのが相当堪えてるのか。という事はまだ彼女に未練があるのかも知れない。

 だけどお前が浮気したんなら自業自得だよな。


 さて次は本命の2階だ。

 ちょっとドキドキしながら階段を上がる。

 総合受付のあるフロアも2,30人くらいの人がいて、ザワザワと賑やかだった。

 真っ先に正面のカウンターに目をやる。


 いた。


 カウンターで客の応対をしている5人の係の向こう、立ちながら書類の束を机の上に仕分けしている赤毛が見えた。

 ちょっとドキドキしながら、そのままフロアを真っ直ぐに突っ切ろうとした。


「ヴァリアスさん、ソーヤさん、いつお越しで?」

 急に横から聞き覚えのある声がした。

 振り向くとハンプティダンプティこと、トーマス所長がポンポンと跳ねるように走って来るところだった。

 その声に彼女がこちらに顔を上げた。

 俺は軽く胸の前で手を振ってみせた。


「お久しぶりです、所長。ちょっと買取りもあってこちらに寄りました」

「おお、そうですか。また来て頂いて嬉しいです」

 所長はニコニコと笑顔を振りまいてきた。そりゃあSSの奴が来れば嬉しいよね。


「そう言えばソーヤさんは、魔導士ギルドの試験をお受けしたとか」

「えっ、そんな情報も流れてるんですか?」

 なんだよ。魔導士ギルドとの横繋がりは無いと思っていたが、やっぱり情報の共有とかするのか?


「いえね、王都の魔導士ギルドが、ソーヤさん達の事を問い合わせてきたんですよ。なんでも登録に必要だとか言って、情報開示を求めて来ましてね。

 もちろん組合員の個人情報ですから断りましたが」


 うわぁ~、あの部長かな。

 俺のオーラを取り損ねたから、今度は直接ハンターギルドに問い合わせてきたのかもしれない。

 なんだかそんな真似されると、入会するのが嫌になって来るなあ……。


 などと思っていたら、急に名前を呼ばれて振り返った。


「ソーヤさん! 来てくれたんですねっ」

 そこに天使が走って来た。 


 揺れるオレンジの差し色の入った明るい赤毛、地中海のような青い瞳、艶のある形のいい唇、そしてマーガレットの花が咲きこぼれるような可憐な笑顔。

『赤猫亭』の廊下で話した時の想いが甦ってきた。


 老いらくの恋とはよく言ったものだ。

 一瞬にして、こんなに世界が変わって見えるんだから。


「もうっ、何も言わないでいなくなっちゃうから、淋しかったですよ」

 ちょっとワザとらしく頬を膨らませた彼女はまた可愛かった。

「あ、あの時は、ちょっとタイミング悪くて……」

 色々と始めの言葉を考えていたのに、全部ぶっ飛んでしまった。


「わかりました。許してあげます。それより私の方こそ、有難うございます」

 と、ペコっと彼女がお辞儀をした。

 え、何が? なにかしたっけ、俺。


「母から頂きました。フワフワのタオル、とても嬉しかったです。毎日使ってますよ」

「あ、ああー、アレですか、(忘れてた)そんな大したものじゃ……いや、気に入ってもらって良かった」

 日本人はこんな時つい(へりくだ)って、つまらない物ですがとか言っちまうが、こっちじゃ粗品を人にあげるなんて失礼な意味になるんだよな。


「ふふっ、それで今日はお仕事で?」

「え、ええと、その、買取で……」

「え、でも2階に来てくれたなら、依頼を探しに来たんじゃないの?」

「う、うん、ついでに何かあるかなぁと思って……」

 実際に会うとへどもどしてしまう。なんか情けない俺。


「蒼也、お前今日は買う物があるんだろ」

 急に奴が横入りしてきた。

 俺の曖昧な態度にもうイラついて来たのか? せめてもう少しだけ話させてくれよ。


 すると奴が今度は所長に言った。

「コイツがポーションを見たいらしいんだが、ここでも揃うか?」

「ええ、王都ほどではありませんが、ウチも基本的な物は揃えておりますよ。良かったら見ていきますか?」


 そう言ってトーマス所長はリリエラの方を向くと

「じゃあ君、ソーヤさんたちの案内して貰えるかな。商品説明ぐらいは出来るだろう」

 え? 彼女に。


「わかりました。それでは3階にどうぞ」

 スッと彼女が俺たちの前に進んで、階段の方を手で示した。


 以前も来たことのある3階には、売店の他に食堂がある。

奴が酒と食事をする人達を見ながら

「オレは興味ないから酒でも飲んで待ってる」

「おお、そうですか。お酒でしたらこちらでお出し出来ますので、ぜひ上に」

 一緒にくっついてきたハンプティダンプティ(トーマス所長)が、いきなり接待モードになって奴を4階の応接室に招いていった。


 なに、2人だけで行けと!?

 俺は彼女と残されてしまった。なんだかドッキリ見合いの席で『後は2人で』みたいに仕組まれた気分だ。

 

「その……仕事中にすみません」

「良いんですよ。所長の命令なんだし、これも立派に仕事ですから気にしないで」

 あ、そうか、仕事ね。そりゃそうか……。

「それでポーションって何が欲しいの?」

 ちょっと頭が冷えた俺に彼女が訊いてきた。



      ◆◇◆◇◆◇




「そうね。傷薬キュアだとこの『ハイポーション+5』を1本持っておくのがお勧めよ」

 薬局で彼女はサンプル棚から、淡いイエローの液体が入った小瓶を手に取って見せてきた。

 ガラス瓶入りはサンプル用の瓶だけで、販売品は竹のような植物性の筒に入っている。


「『ぷらす5』って、ハイポーションにも色々あるの?」

 俺は単純に ロー < ハイ < S < スプレマシー < エリクシール という基準しか知らなかった。


「ええ、作り手と成分によっても結構効果が分かれるの。

 大体、擦り傷とか軽い打ち身くらいを治せるのがローポーション、全体面積がその人の掌ぐらいの傷から綺麗に折れた骨折――指とか比較的細い部分ね、これぐらいを治せるのがハイポーションの効果範囲基準よ。

 それ以上がSポーションね。急に高くなるけど」


 効果は最低でも一般的な『ハイ』5本分くらいの効果が1本で賄えるらしい。それでいて価格は5本分以上。


 だったら『ハイ』を5本買っといた方がお得な気もするが、咄嗟に5本も飲めるかというと、状況によって難しい事もある。

 例えば交戦中に飲むとなったら、のんびり何本も飲んでる暇はない。なるべくワンアクションで済ますためにも、こういう高価な物も重宝されるのだ。


「この『+』に付いている数字が効果の高さを示してるのよ。数字が大きければ大きいほど効果も高いの」

 確かに並んでいるハイポーションは5種類あって、ただの『+』は35,000だが、『+5』は180,000だ。

 そしてSポーションの『+』は770,000もする。


 これはホイホイ買う値段じゃないな。

 命を守るためなんだから、金に糸目をつけてる場合じゃないが、いざ買う段になるとちょっと躊躇してしまう。


 薬が高いというのをあらためて感じた。

 そういえばアグロスの赤ひげ先生んとこは、薬を買えない人達がよく来てたなあ。

 日本の保険制度ってしみじみ有難いもんなんだと思った。


 予算としてパネラ達から貰った80万エル内で、と思ってたけどとんでもなかった。

 薬以外にも魔力ポーションとか魔石、魔法が効かない相手用の武器とかも購入したいし……。

 一度準備を考えると、あれもこれも持っとかないと不安になってしまうとこが、俺の悪い癖だ。


 とりあえず基本範囲の『ハイ+3』あたりを買っておくか。

 ギルドの売店だし、まずボッタくってはいないだろう。逆にこの世界でディスカウトしてる店とかあるのだろうか? 


 またポーションには回復力の強弱だけじゃなく、血止め及び造血作用に特に効果ありや、体力回復と鎮痛に特化した物など種類があると知った。

 ハンドクリーム一つとっても色々あるのと一緒か。

 これは余計わからなくなってきたぞ。


「他に毒消し(デトックス)も欲しいんだけど、それもやっぱりランクがあるんだよね?」

「ええ極端な話、ただの二日酔いとブラックバイパー(黒クサリヘビ)の麻痺毒じゃずい分違うでしょ?

 この麻痺毒に『ロー』なんかで済まそうとしたら、それこそ自殺行為だもの」


「あ、麻痺対応の薬って毒消しなんだ」

「基本そうよ。大抵の麻痺は毒でもたらされるから」

 そうか。どうもゲームだと毒消しと麻痺消しは別だったから、違うものに考えていた。

 実際は何が原因かって事なんだな。


「ちなみにそのブラックバイパーの毒って、かなり強いのかい?」

「もちろん、よく基準で引き合いに出されるオークで例えるなら、10歩も歩かないうちに絶命すると言われてるわね」

 何それっ!? VXガスよりヤバいよ。もう飲んでる暇なんかないじゃないか。


「もちろん噛まれてからじゃ遅いから、危なそうだったら先に飲んでおくのよ。体にまわる時間も必要でしょ」

「ああ、そういう使い方なのか。なるほど勉強になります」

 本当に奴と一緒だと、そういう一般目線が分からないからなぁ。


 すると彼女がクスクス笑いだした。

 なに、俺変なこと言ったか?


「やだ、ソーヤさん、なんかぎこちなくて。初めて会った時みたいになってる」

「あ、そう? いや、久しぶりだし……」

 こちらじゃ1カ月くらいしか経ってないけど、俺の実際の時間は3カ月近く経っている。どうも接し方がリセットされてるようだ。


「じゃあ会えなかった分、もう少し一緒にいてもいい?」

 その煌めくような瞳と目が合って、ドキンと俺の心臓が音をたてた。

ここまで読んで頂き有難うございます!

次回は第180話 『甦るあの日の恋とジレンマ その3』予定です。

次回で恋バナ終了予定……。

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