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第177話 『煽り運転と住民票』

最終章 第4章 スタートしました!

 ハイっ! 

 しばらく休むと言った舌の根も乾かぬ内の何とやらの青田です。

 本当に1カ月くらい休むつもりでいたのに、何故か書けてしまった。

 いや、別作品はプチスランプなんですよ。だからこちらがちょうど

 第3章が終わったところだし、そっちに専念しようと思ったのに……。

 もう1話仕上げてしまうと、やっぱり打ち上げたくなるのが

 人間のサガってヤツなんでしょうか。

 どうせ出し惜しみなんかするほどの名作じゃないし、逆に月日が経って

 皆さんに忘れられてしまうのが怖いから

 やっぱり早々に新章更新します。

 これが最終章になる予定ですしね。長かったなあ……(しみじみ)

 ってまだこの先も長いのですが、

 最後までどうかよろしくお願いします!


 話はあのアジーレダンジョンから脱出して間もない頃に戻る。


 俺は一度、日本に戻って来ていた。

 日曜日の昼、炬燵の中でゴロゴロしながら本を読む。

 時折窓の外を走るバイクの音や、子供が弾いているのか、たどたどしいピアノ曲が聞こえてくる。

 ああ、このなんの不安も感じない平和でのんびり出来る幸せ。

 やっぱり日本はいいなあ。


 向こうにいた時は、あの怒涛の日々がさも当たり前という雰囲気に呑まれていたが、こちらに戻って来ると嫌でも温度差を感じてしまう。

 のんびりとまでは言わないが、なんでもう少し穏やかに過ごせられないんだろう。

 やっぱり(ヴァリアス)のせいでハードモードを引いてしまうのだろうか。


 だが親しい人達を助けられたのはしみじみと良かったと思う。

 特にヨエルの命を繋ぐことが出来たこと、思い出すと嬉しくて温かいモノが心に込み上げてくる。


 ただ、前後のあのハードさを思い出すとゲンナリもするところもあるのだ。

 俺は『ダイ・ハード』のマクレーン刑事じゃねぇし、毎日スリルを味わいたいんじゃなくて、とにかく平穏で安定した生活がしたいだけなのに。


 でももうこれからはああいうハードな生活にも慣れなくちゃいけないんだよなあ。

 普通の生活に戻れないと腹をくくったはずなのに、まだ諦めの悪い俺がいる。


 ……本来なら俺の人生は折り返し地点のはずだったのに。

 だがその考えに反して、最近俺の体が逆に若返ってきているのを感じ始めている。


 一番真っ先に感じたのは、朝立ちだ。

 こんなの何年ぶりだろう。いや、もっとかも知れない。

 大体今まで性欲も落ちていたのに、最近はやたら若い女を目で追うようになっている自分がいる。

 これは奴の言う通り、精神も少し癒え始めてるという事なのだろうか。

 いや、しかしなあ、向かう相手もいないのに……相手……。


 ここだけの話、最近俺はHな夢を頻繁に見るようになった。

 相手は絵里子さんだ。俺は脳内では田上さんを絵里子さんと名前で呼んでいる。


 彼女のちょっとぽっちゃりした、抱きがいのある柔らかい肢体を抱きしめるのだ。夢の中の彼女はちっとも嫌がらずに、進んで俺の背中に手をまわしてくれる。

 目が覚めてガッカリすると共に、下着を洗わなくてはいけない羽目になって更にウンザリするのだが。

 

 実際に彼女は俺のことをどう思っているのだろう。

 ストーカー男の件がキッカケで親しくはなったが、まだハッキリと恋人とは言えない付き合い方だ。

 

 これは俺が恋愛に臆病なのがいけないのだろうが、もしこのまま上手く行くようになったとして、彼女には連れ子の来夢(らいむ)君という3歳児がいる。


 孤児院で年下の子の面倒を見ていた事があるとはいえ、親になるのとは勝手が違う。

 俺はちゃんと父親になれるのだろうか。

 なんだかまた余計な不安が増えてきた……。


 しかし次の日の月曜日、彼女と久しぶりに顔を合わすと、そんな悩みは忘れてしまった。


「お早うー」

 彼女はいつもと変わらぬ明るい笑顔で挨拶してきてくれた。久しぶりに見る彼女の姿に、つい嬉しくて涙が出そうになってしまった。

 人は死が目の前にチラつくような状況に置かれた時、真っ先に会いたくなる人を思い浮かべるようだ。

 あの死闘の最中、ヨエルとエイダの姿を見て、俺は脳裏に彼女の姿を思い浮かべていたのだから。


 けれど彼女にとってはほんの2,3日前に会ったばかりの同僚。ましてや何も事情を知らない彼女がそんな感傷など分かる訳がない。

 

「あれぇ、東野さん、なんか目が赤いけど大丈夫? 風邪じゃない」

 ちょっと小首をかしげて心配そうに眉根を寄せる。

「ううん、ちょっと目が痒くて……。もしかして花粉症発症しちゃったかもしれない」

 俺は咄嗟に目をこすった。まさか泣きそうになったなんて言ったら引かれてしまいそうだ。

「そう、今年も多いらしいから、急になる人が増えてるんだってぇ。私も少しその気があるからそろそろ薬飲まないとねぇ」


 そう言いながらまたマジマジ俺の顔を見ると

「ねぇ、東野さんって、髪の毛伸びるの早いわよねぇ?」

「えっ?」

 思わず後ろ頭に手をやった。

 確か1,000円カットで髪を切ったのは、2週間前だ。いや、それはこちらの時間の流れでだ。

 実際に俺が過ごした時間は、その倍以上、1カ月半以上は経過しているはずだ。そりゃあ髪も伸びるわな。


「ふふん、もしかして意外とむっつりスケベなの?」

 彼女はイタズラっぽい顔をして言ってきた。

「ええっ!?」

 彼女の口からスケベと言われて、急に顔が熱くなるのがわかった。そんなはずはないのに、俺の夢がバレたような気がしたからだ。

「ふふっ、嘘よ。そんな事思ってないわよ。あら、だけど本当に大丈夫? 熱出てるんじゃないのぉ?」

 今度から戻ったら必ず、髪はカットしておこうと俺は密かに思った。


 そうしてホームセンターでの仕事をこなしながら、いつもと変わらない平穏な日常が過ぎていくはずだったのだが。


 海外で発生した新型の風邪に似た病気がとうとう日本にも流行りだした。

 おかげでマスクやアルコールが急激に品薄になって来た。たまに僅かながら入荷すると棚出しをする傍から無くなる始末。

 売り場に立つとお客から次の入荷日はいつだと、一日に何十回も訊かれるようになった。


 ちょうどパンデミックという言葉が出始めた頃だった。

 それにともないテレビで毎日に感染者数の発表が、さらに人々の不安を煽った。


 平和だと思っていた日本も落ち着けない状況になって来た。

 まさか現代でも、あの黒死病のようなパニックが起こるとは思っていなかった。


 俺はこの特殊体質のおかげでウィルス性の病気には罹らないはずだが、むろんまわりの人達は関係ない。

 だからいつ絵里子さんや大家のオバちゃんが突然発症したりしないか、不安がつのるようになってきた。


 そんなふうに国中が不安感に満たされているせいなのか、今日はこんなことがあった。


 金曜の夜でいつも通り地下鉄で帰ろうと道を歩いていると、後ろから軽くクラクションが鳴らされた。

 横にシルバーの軽ワゴンが止まると、中田さんが顔を出す。

「お疲れっ、東野さん。どう? 良かったら送ってくよ」

 帰り道に俺の最寄り駅の近くを通るというので、乗せてもらう事にした。


「来月の第3日曜日なんだけどさ、棚卸し、東野さん出られないかな?」

 乗り込むと早速仕事の話をして来た。


 ああ確かに俺は基本、平日のみの契約だからな。

 世界観的ボケを調整するためにも一日休みは必要なんだが、ここは断って使えない奴とは思われたくないしなあ。


 まっ、アッチ(異世界)を一週くらい休んでもいいか。どうせその頃にはハンター試験は終わっているはずだし、せっかく就職できたのだからこちらの仕事を優先したい。 


「ええ、大丈夫ですよ。予定も今のところないですし」

「良かった。日曜に出られる人が少なくてね。いつも他の支店から応援に来てもらってるから、出来る限りこっちでも人を集めな―――っ!」

 

 ガクッンン! と、急ブレーキが踏まれて、体が前にのめった。シートベルトをしていなければ、フロントガラスに突っ込むとこだった。 


 信号が青になったのでそのまま直進しようとしたら、目の前を黒いバンが急に左折してきたのだ。

「東野さん大丈夫? ったく、乱暴な奴だなあ」

 軽く舌打ちして中田さんはまた車を発進させた。


 が、前を走るバンが明らかに蛇行運転をし始めた。

「なんだこいつ」

 中田さんも気味悪がって、次の角で道を変えた。

 ところが後ろからバンがついて来ると、またすぐ強引に前に入ってきた。

 しかも時々、ワザとしか思えない感じで速度を緩めて来る。


「中田さん、こいつは」

「うん、流行りのアレ……かな」

 そう、以前大事故に繋がり、最近もニュースなどで騒がれているあの『あおり運転』だ。


 武器を持った人間が強気になるように、人は車に乗ると気が大きくなるのだろうか。

 それとも新しい病への恐怖や不安でみんなイライラしているのか。

 ともかく面倒な奴には違いない。


 黒いバンは目の前で何度かブレーキを踏んでいたが、信号で止まると運転席のドアを開けた。

 降りてきたのは、4、50代の厳めしい顔つきをした男だ。車に乗っていたせいかマスクをせず、ゴワゴワした不精髭を晒している。


 昔の俺だったらこんなオヤジに絡まれたら思わず腰が引けるところだが、奴のおかげでこの手の顔には免疫がついた。

 それに今なら地球人には負ける気はしない。

 

「東野さん、スマホ持ってる? 警察に電話して」

 中田さんもちょっと動揺したようだが、同行者がいるおかげで気を保ったようだ。


「おいっ! なに割り込んでやがるんだっ 出てこいやっ おんどれっ!!」

 男は唾を飛ばしながら怒鳴ってきた。


 こういう奴らは、相手の顔を確認してからイチャモンをつけてくるのだろう。中田さんも俺もナメられやすいって事だ。面白くないがそれが世間一般の認識だろう。

 これがもしヴァリアスが運転か助手席にいたら、果たして絡まれていたかどうか。

 その強力な魔除けは俺の後ろでふんぞり返っている。


 どうする。ここは空気の塊りでもぶつけて転ばせてやるか? それともオヤジの車の防犯ブザーを鳴らしてやるとか。

 俺はスマホを手にしながらも、110番は押さずにそんな事を考えていた。


 と、ドアの手前で男がビクっと立ち止まった。

 振り向くと後ろにいたはずの奴がいなくなっていた。


「ア゛?」

 いつの間にか殺し屋が外に出ていた。


 全身黒っぽいスリーピースにロングコート。そして今はサングラスの他に真っ黒なマスクを着けている。

 こいつがウィルスキャリアになることはないだろうが(もしあったら完全致死レベルだ)一応まわりへの配慮として俺が着けさせたのだ。

 おかげでほぼ凶顔は隠れているはずなのに、ラスボスのオーラ(殺気)が漏れまくる。


「ア、あ、ぁ……」

 男がみるみるとキョドっていく。

 まさかファミリーカーにマフィアのドンが乗っているとは思いもよらなかっただろう。


「なんだ、テメエが出てこいと言ったんだろうがっ」

 ヴァリアスが男にずいっとメンチを切ると、首にガッチリ腕を回してバンの方に移動していった。

 

 遮音をしているのかまったく話は聞こえない。

 対応してくれたのはいいが、どっちが加害者なのか分からない絵面になってしまった。

 まわりのドライバー達の視線が痛い。110番される側になってしまった。


 と、信号が点滅し始めた頃に、奴が戻ってきた。男もオドオドしながらバンのドアを閉めた。


「いやあ、東野さん達がいてくれて助かったよ。おれだけじゃ外に引きずりだされてたかもしれないよ」

 中田さんがざまあ見ろといった顔でほくそ笑む。

「これからは『ヒットマン乗ってます』っていうステッカー貼っとこうかな」

 ヤバさはターミネーターですけどね。


「あんな奴、無視して轢いてやればいいんだ」

 戻ってきた奴が後部座席に乗り込むと、再びボスのようにふんぞり返った。

「車道にしゃしゃり出て来やがったんだ。合法だろ」

 真((しん))のマフィアが暗黒街の法を説く。


「ハハ、さすがに日本の法律じゃ駄目ですよ」

 再び車を発進させながら楽しそうに中田さんが答える。

 それ何処の国ですか。日本以外でもダメでしょう。

 

「あとこれ」

 奴が前に手を伸ばしてきた。

「迷惑料だとよ。取っとけ」

 そう言って数枚の札を寄こしてきた。

「バっ、馬鹿ぁっ!! 返してこいっ そのまんま恐喝になっちまってるじゃねぇかよ」


 今度はこちらが相手のバンを追いかけるハメになってしまった。

 相手にしたら生きた心地もしなかったろうが、こちらも逃がすわけにはいかない。中田さんも勢いに呑まれて言われたままに黒バンを追跡することになった。


 もちろん相手は逃げ切るつもりだったようだが、5つ目の信号が赤に変わるタイミングで停止した。


 いや、本当は歩行者がいなかったのでそのまま左折したのだが、何故かエンストしたらしい。妙な弾みをつけて角に斜めの状態で車が止まった。


 そこへ今度はちゃんとドアを開けて奴が降りて行った。

 相手は窓やドアを完全にロックしたようだが、そんなことは奴の前では無駄な努力だ。

 すんなりドアを開けられてしまい、哀れな男の短い悲鳴が聞こえた。

 これに懲りて煽り運転を止めるだろうか。



『まったくあんまり無茶するなよな』

 中田さんに入谷駅近くで降ろしてもらい2人になると、俺はあちらの大陸語を使って注意した。


「まるで映画みたいで面白かった」と中田さんは喜んでいたが、俺は冷や冷やしていた。

 中田さん、どうもヴァリアスの悪影響を受けている気がするし、さっきのは目立ち過ぎだ。もしかするとまわりにスマホで撮られていたかもしれないのだ。


『それは大丈夫だ。オレが映りこんでいる部分は全て記録出来ねえようにしている』

 暗黒街の顔はそうサラッと言うと、いつものコンビニに入っていく。


『むぅ、ならいいが。俺は監視カメラが気になって、こっちじゃ魔法は使えないからなあ』

 俺も後を付いて行きながら缶チューハイを選ぶ。今日はレモンにするか。


『あんなの電気系統で動くモノなんだから、お前にも操作出来るはずだろ』

 あ、そういう使い方か。それで車も。

『ついでにガソリンも全部抜いてやったがな』

 マスク越しにも奴がニーッと笑っているのがわかる。


 それでか。

 信号が青になったにも関わらず、男の車は動かなかった。

 いや、本当に自業自得なんだが、イチャモンつけた相手が悪かったとしかいいようがないな。


「明日もラーケルに行くのか?」

 居間に入ってすぐにテレビをつけると、奴が炬燵の上にビールを出す。

「ああ、もちろん。彼らの取り成しをした俺が行かなくちゃ、皆だって不安だろ」


 そう、今ラーケル村にはレッカとアメリ、パネラとエッボ、そしてポーの4人と1匹が向かっているのだ。

 あのアジーレの騒動は4日経った今も、収拾がついていない。

(4日とはあちらの時間の流れだ)

 ただの洞窟となった元アジーレダンジョン跡は閉鎖され、同じくジゲー家の屋敷門も封じられて、ジゲー氏達は王の審問官の前に引き出されている。

 おそらくここまでなぜダンジョンを改造したのか、厳しく審議問答されるはずだから、いずれはジェレミーがしでかした件も詳らかになるだろう。

 なんとか言い逃れ出来たところで、ここまでの損害を出した事には間違いないから、家屋敷、土地、財産は没収、ヘタすれば死刑だ。


 だが、ジゲー家は先祖代々、あのバレンティアを治めてきた豪族だ。親戚もあちこちにいるし、少なからず恩恵にあずかった支持派などもいる。

 そういった輩が今回の騒動に関わった者を逆恨みするとも限らない。

 だから4人はほとぼりが冷めるまでとは言っているが、実際はもう王都近辺には戻れない覚悟をしている。

 少なくとも何年間かは近づかない方がいいだろう。


 取り急ぎ隠れる場所として、俺はみんなにラーケル村を紹介した。村長にも4人の受け入れを承諾してもらった旨を伝えると、すぐに皆は身の回りの片づけをして旅支度を始めた。

 下宿の箒草頭の女将さんは、ちょっとだけ淋しそうな顔をしたが、

「若いうちはあちこち町に行くのも良いもんさ。頑張りなよ」と見送ってくれた。


 本当なら奴の転移で一発で全員を連れて行ってやれるのだが、さすがにそれは見せられない。

 良ければギルドの転移ポートで、隣町のギトニャまで行こうと話を持ちかけた。

 だが、そんなのトンデモナイと、みんなに目を剥かれてしまった。

 それはそうだ。

 バレンティアからギトニャまでの距離。調べた事はないが、王都よりはギトニャに近いギーレンからでさえ、3日ほどかかったのだ。恐ろしいほどの魔石を使うのは目に見えている。

 貴族でさえ、そんな長距離は使わないと言われた。

 なので4人とポーは通常通り、馬車や船を乗り継いでの旅をする事になった。


 それより大変だったのは、家具や荷物の選別だった。

 こちらは地球のように専門の引っ越し業者などない。それに大きな荷物は、馬車や荷車を使わなければならない。

 運搬業者に依頼することも出来るが、遠方だととんでもなく費用がかかる。もう新しく買い直した方がマシなくらいだ。

 だからパネラ達も最低限の荷物だけにして、あとは二束三文で家具を売り払い、あらためて必要な物だけ買い揃えるつもりだったようだ。


 そこで俺たちも後で行くから、持っていかれない大きな荷物は収納して運ぶと提案してみた。

 4人は顔を見合わせていた。アメリを除いた3人は以前、奴の収納力を見ていたが、さすがにそんなに入るのか疑っているのかもしれない。

「大丈夫だよ。こいつの収納力は飲酒量と比例して底なしだし、俺も多少はコレで入れられるからさ」

 そう言って俺はバッグを見せた。


 すると何が可笑しいのか、パネラが急に吹き出した。それにつられてレッカとエッボも笑いだす。

 えっ、何が可笑しい? 変な事言ったか俺??


「あはぁっ、ゴメンね、ソーヤ。でもつい我慢出来なくて」

 パネラが目に涙をためながら言ってきた。

「だってバレバレなのに一生懸命隠してるんだもん」

「え、何が?」

「それ、ただのバッグだろ? 収納能力はソーヤ自身のモノなんだろ」

 エッボも笑いながら角を擦った。

 ナニ?! どうしてバレた? 皆の前では、ちゃんとバッグから出したようにしか見せてないが。


「分からない、ソーヤ? だってそのバッグ、魔石どころか何の魔法式も書き込まれてないじゃないか」

 レッカがバッグを指さした。

 ああーっ! そうか、魔道具にはどこかしら、魔法円か魔法式が描かれているんだった。それがその道具を魔道具として動かすエンジンみたいなものなのだから。

 バッと隣の奴を見ると、砂糖と塩を間違えたような顔をしている。

 このポンコツがっ! 

 むろん、後で偽装の魔法式をカブセ裏に書いたのは言うまでもない。


 そんなこんなで、とにかく皆の荷物は俺が預かり、皆にはひとまず先にラーケルに向かって出発してもらった。

 俺たちは後から行くが、どうせ転移を使うから先に着くことも出来る。だからギリギリで行くつもりだ。

 それに俺はある決意を固め始めていた。


 ラーケルの住民登録をする事。

 とうとう俺はあちらの住民票を取ろうと思うのだ。今までもっとあちこち見てからと考えていたが、今回の彼らの一時的ではあるが移住計画にともない、村長と話し合った時にふと思ったのだ。

 もうここで良いんじゃないのかなと。


 確かにラーケルは小さな村だし、ちょっとした買い物なども隣町まで行かなくてはいけない。

 だが、俺にはアッシー以上の奴がいるし、何よりも俺自身が以前ほど、長距離の移動を苦にならなくなってきたからだ。

 これは奴に鍛えこまれたせいもあるのだろう。もうアレくらいの距離は近場に感じるようになってしまった。

 

 それにやはりアイザック村長の存在が大きい。

 あの人柄、もう村どころか国王にでもなって欲しいくらいだ。

 それに以前もスカウトされていたし、俺が村民になることで、あのジゲー家のように、村から町までに栄えさせるほどの事は出来ないかもしれないが、村にもう少し自然に、支援することが出来るようになるだろう。

 せめて村長やポルクルが、存命の間は村に貢献したい。


 だからその事を告げるためにもラーケルに行こうと思った。

 だが、向こうに行って早々、俺のこの決心は早くも揺らぎ始めるのだ。


ここまで読んでいただきありがとうございます!

次回第178話は『甦るあの日の恋とジレンマ その1』です。

久しぶりのリリエラの近況に揺れる蒼也の話。


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