第176話☆ 『それぞれの闇と浄化 その3(後日談)』
2024/03
これだけの大惨事にジゲー家の罰が軽い(少なくともこの世情には)気がして来たので、その辺りを描き直しました。少々残酷描写ありです。念のため。
今回も詰め込み過ぎて長いです。
そして第3章はこれにて終了となります。
◆◆◆
『カクヨム版』の別ストーリーの第3章も無事に終わりました。
宜しければこちらもご覧くださいませ。
https://kakuyomu.jp/works/1177354054921157262
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タイトルに☆印があるのが、オリジナルストーリーです。
「ダンジョンが消えた? 無くなったってことかい?」
思わず奴を振り返った。奴は別に興味ないように、こちらに視線すら向けて来なかった。
だが以前、奴は言っていたはずだ。
『このダンジョンはなくなる』と。
「それってダンジョンが死んだってことなのか?」
おそらくラスボス的存在の黒サソリゴーレムを倒して、その核というべき玉を持ってきた。
そしてあのダンジョンは、あの玉の存在に絡む人の欲望で変異したと聞いた。
という事は、あれはゴーレムだけではなく、ダンジョン自体の存在意義に繋がる物だったのではないだろうか。
それが無くなってしまって、ダンジョンが維持出来なくなったとか……。
「ううん、いなくなっちゃったんだよ」
レッカは興奮しながらも、順を追って話し始めた。
それによると昨日、俺たちが姿を消した後、番小屋から中を覗きに行った警吏が、あの大穴が消えていると連絡してきた。
そこで今度は警吏ではなく、やっと王の兵隊たちが様子を見に行くことになったらしい。
彼らは10人の小隊を組んで、例の通路から中へ入っていった。
しばらくして彼らが無事戻ってくると、『ダンジョンが消えている』と報告してきた。
それはどういうことか。
エッボが彼らの話す事に聞き耳を立てて、わかったことは―――
あの落盤の跡が消えて、ホールだった場所に地面がある状態になっていること。そのホールだった天井部分には、折れた柱や天井の痕跡は残っているが、地面には死体はおろか、落ちていったはずの床や柱の欠片も残っていないこと。
ダンジョンが奥に長く続いていた穴は、たった20mほどの洞窟になり、その先は行き止まりになっていること。もちろん下へ続く穴などもない。
つまりアジーレ・ダンジョンという空間が消え失せて、そこにはただの洞窟だけが残されていたという事だ。
それはあの『ペサディリヤの悲劇』のようにどこかに移動してしまったのだ。
沢山の残された人々と共に。
◆◆◆
警吏たちから解放されたあと、レッカ達はすぐにジゲー家に直行したそうだ。
この混乱に乗じて一気に片をつけようと勝負に出たからだ。そして立会人として、セバスさんにも一緒に同行をお願いした。
もちろん誓約があるので、セバスさんには詳しい話をすることは出来ない。だが、ダンジョン内での会話などからある程度察してくれたらしく、黙ってついて来てくれたそうだ。
ジゲー屋敷は案の定、上や下への騒動になっていた。
町の中央広場で、領主をお迎えしながら一緒にイベントを見ていた町長のジゲー氏も、知らせを受けて目が飛び出さんばかりの勢いで戻ってきていた。
レッカ達は当たり前のように門前払いを喰らった。
だが、そう簡単に引き下がるわけにいかない。
パネラが屋敷どころか、ご近所にも聞こえるくらいの音量で怒鳴った。
「例のモノ持ってきてやったぞぉーーー!! 聞こえてるかぁーーっ!? 1等ぉ見つけたんだよぉーっ!」
「こんな時になんだっ! それどころじゃないのわかるだろっ。さっさと帰れっ!」
家宝の騒動を知らない門番と押し問答をしているところに、青い顔をした執事長がすっ飛んできた。
「本当かっ?! 本当に見つけたのかっ」
「ああ、ほらここに」
すかさず玉に一緒に入っていた、ジゲー家の紋章を彫り込んだ鈴を見せた。それは1等の玉と同じプラチナ製だ。門番がいる手前、例の家宝は見せられない。
だが、それで1等を見つけたのが間違いない事を証明できた。
少し間をあけて、セバスに目を向けると
「こちらの人にも話したのか……?」
「いや、ワッシは詳しいことは全く聞いとらん。ただ取引がちゃんと行われるか立ち合いに来てるだけだ」
そのまま応接室に通されて、人払いをしたところで、あらためて家宝の火の鳥の鈴を出した。執事長は震える手で、片眼鏡を付けると、唸りながらその鈴を確認した。
そして執事長は低くため息をついた。
「では、無事に済んだら、今回の取引の事は誰にも話さないと誓えるか?」
「そちらもあたい達に手を出さないと約束するならね」
そこで双方とも、それぞれの神に誓って約束を守ることを宣誓した。
「んー、それだけど、俺に話しちゃっていいのかい?」
俺はちょっと気になった。いくら口約束とはいえ、神の名前のもとに宣誓した事を違えるのは、こちらではダイレクトに罰が下るようだから。
レッカより神界メンズにダイレクトに会っている俺としては、つい心配になってしまう。
「多分、大丈夫だよ。だって僕、その時によそには話さないって誓ったんだ。ソーヤは当事者だろ?
だから平気だと思う。ただもう仲間うちでも、この件はこれで最後だけどね」
と、口の前で指で×を作った。
ふーん、よくそれで通ったと思うが、まあ相手も動揺してたんだろうなあ。
何しろ、その直後にダンジョンでジェレミーを見たって、伝えたそうだから。
騒動に加えて、朝から行方不明のご子息が現場にいると聞いては、さすがに執事長も一瞬で血の気が引いたらしい。
それにダンジョンの魔物から、ジゲー家の紋章が出たという事で、さっきから警吏と王の兵士がやって来て、ジゲー氏を質問攻めにしていた。
それもあって、気もそぞろだったのだろう。
この間までは、耳も貸さなかったのに、今回はモノの10分足らずで話が済んだ。
少しの間をおいて、アメリが、そして他の使用人たちが部屋に通されてきた。
レッカの妹だけが絡んでいると思っていたセバスは、他にゾロゾロ入ってきた使用人たちを見て、少なからず驚いたようだが声には出さなかった。
「お前たちは今よりここを一歩出たら、我がジゲー家とは縁も所縁もなくなる。ここでのことは一切合切忘れ去るんだ。誓った者から出て行っていい」
そのまま使用人共々、急ぎレッカ達は屋敷を後にした。
その後、学者と別れたレッカ達は一旦この下宿に戻ってきたそうだが、何故かこの屋根裏部屋まで来れなかったそうだ。
心配で何度か階段を登ろうとしたが、途中からぶ厚い膜があるように上がれなくなっていたという。
多分というか絶対、奴のせいだ。
俺の具合が悪くなったから、他の者を寄せ付けなかったんだ。キリコに交代した途端、結界が無くなって上がってこれたんだな。
階下の食堂に降りた俺たちは、赤みのあるブラウンヘアの20前後の娘に会わされた。紹介されるまでもなく、この娘がアメリだとはわかる。
目の色も兄と違って明るいピンク色の瞳をしていたが、彼とどこか似ているところがあった。
また感謝の嵐を浴びそうになるのを、俺は仕事だから当たり前だと制した。
結果は100点満点とは言い難いが、とにかく最低ミッションだけは達成出来たんだ。今はそれで良しとしよう。
やっとあの長かった1日が終わったんだ。俺はそう思った。
だが、俺以外はまだ終わっていなかったのだ。
しばらくしてパネラとエッボもやって来た。
俺の無事な姿を見て喜んでくれるとともに、エッボがお金を出してきた。
「これ、契約の報奨金だから受け取ってくれ」
「ん、確か契約では日給8,000エルだったよな? これ、多いというか、桁が違い過ぎないか」
テーブルの上に置かれた金は、その100倍近い840,370エルだった。
「これでも少ないぐらいだよ。これはあのダンジョンから出てきた金と銀の玉の分け前と、特別手当を含めてだからさ」
「そんな、特別手当なんて―――」
「いや、これは契約通りだよ。『万が一、契約内容以上の危険な状況に陥った場合、別途特別手当を支払う義務がある』と書いてあるもの」
えっ、そんなこと書いてあったか?
確認すると確かに下のとこに小さく書いてあった。
それはレッカ達が作成した契約内容以外に、元からギルドのテンプレート紙に記載されていた、ギルド基本要項だった。
これは見落としていた。やっぱり契約書は全部よく見ないといけないな。
ちなみにギルドにはテンプレート以外に、白紙契約書も用意されている。
「命を助けてくれたのに、これでも安いもんだよ。
本当はもっと渡したいとこなんだけど、あたい達も物入りになっちゃってね」
パネラがオレンジ色の髪を掻き上げながら言った。ザンバラだった髪は少しカットして整えたようだ。今はスポーティなショートヘアにまとまっている。
「あたい達、この町を出ていくんだ」
全てが終わったと思っていたが、それは元通りになるという訳ではなかった。
表面的には取引終了、お互いに関わりなしとしたところで、しこりは残る。
何の権力も持たない一介のハンターが、町の権力者に楯突いたのだ。今後何かされないという保障はどこにもない。
俺はやっぱり彼らと違って部外者だった。
何かあれば地球に戻ればいい。そうやって安全な所から、逃げ道も確保したうえで彼らと関わっていたのだ。ゲームと同じで、危なくなったらリセットボタンを押せばいいように。
だが、彼らはこの世界でしか生きて行けない。
「ああ、気にしないでくれ。初めに言っただろ? この件に関わった時から考えてはいたんだよ」
エッボが俺の顔色を読むように言ってきた。
「それにちょっと居づらいだろう? だって町でばったり会うかもしれないんだし」
わざとらしく陽気に肩をすくめる。
「レッカにも再三気にするなって言ってるんだ。だってこれはおいら達が考えてやったことなんだから」
そう言いながら、少し項垂れ気味のレッカの肩を叩いた。
「それにあたい達、ハンターでもあるからさ、どこ行ってもなんとかやっていける自信はあるんだよ」
グッとパネラが顔の前で握った。
「……実は僕も、僕たちもこの町を出て行こうかと、昨日アメリと話してて……」
皆してレッカに振り返った。
そんなの初耳だ。ああ、昨日考えたのか?
「僕達ももちろん相手の顔を覚えられてるだろう? それにアメリがすっかり恐がっててね。もうこの町にはいられないって言うんだ。だから出来たら……一緒に連れてって貰えたら……」
バンッ! と良い音を立ててレッカの背中を、パネラが叩いた。思わずレッカが吹っ飛びそうになる。
「もちろんだよっ! 仲間は多い方がいいもん」
パネラは嬉しそうだ。
「じゃあパネラ達はもうどこに行くか決めてるのかい?」
「いや、それが全然っ」
しれっと彼女は言い放った。
一応エッボが今まで合間をみて、観光局や情報屋を当たってはいたらしい。
観光局だけでは、上っ面のいいとこばかりしか教えてくれないので、情報屋にも当たったそうだが、どこも一長一短でなかなか決め手が見つからなかった。
「とりあえずおいら達、亜人だろ? だから他所の国には行きたくないんだ。
なるべく王都から離れた町がいいけど、国境近くは奴隷商がウロウロしてるから、落ち着かないし」
そうだよな。あのアグロスでの誘拐事件で、奴隷商という奴らの怖さを俺も実感した。
あいつらは隙あらば、人の財布を盗もうと目を光らせているスリのように、人を拐かそうと虎視眈々と狙っているのだ。
「じゃあ、とりあえず落ち着くまで身を隠すとこは?」
「う~ん、それもねぇ、あたい達もハンターとして以前行った町とか幾つかあるけど、この王都近辺ほど亜人が多いとこは少ないんだよねぇ。だから他所に行くと目立つしねぇ」
そう言われると王都やこの町だと、ちょっとした観光地くらいの割合で見かけるが、他はそこまでいないな。ギーレンでも、ギルド内では比較的見かけるが、街中ではあまり見た覚えがない。
「だったらジジイのとこでいいんじゃねぇのか」
隣で我関せずと、ソファにふんぞり返っていた奴の急な発言に、皆が振り返った。
「そりゃあ、あそこは亜人も多いし、村長は人格者だけどさ、まず泊まる宿がないじゃないか」
ラーケルは小さすぎて、宿はあのウィッキーんとこのボロ宿1つだ。まさかずっと役場に厄介になるわけにはいかないだろう。
「気が付かなかったか? あそこは過疎化し始めてるだろ。空き家の3つや4つくらいはあるぞ」
「え、だけどこの間は、急にハンター達が増えた時に泊まれるとこが無かったじゃないか」
「宿屋じゃねぇんだから、そんな一晩くらいの輩に貸すわけねぇだろ。だが、2,3カ月単位なら貸す奴もいるかもしれねぇぞ」
「そこは亜人が多いのかい?」
「国境に近くない?」
「村長さんいい人なの?」
3人に寄ってたかって質問攻めにあった。
◆◆◆
3人が荷造りや身の回りの片づけのために、慌ただしく帰っていったあと、俺のまわりも急に忙しくなった。
昨日会った魔導士ギルドのガイマール氏が、見舞いにやって来たのだ。おそらくギルドに登録する約束が、反故になるかもしれないと不安になったのだろう。
しかも間の悪いことに、王都のハンターギルドの使いの人と鉢合わせしてしまった。
パネラ達との契約の際、俺の素性がバレていたので、昨日現場から姿を急に消したことも筒抜けだった。もちろん俺が具合が悪くなったせいで、また他所に行ったりしないか心配でやって来たようだった。
どいつもこいつらも人の見舞いと言いながら、自分の心配のために来やがって。
こっちはやらなくてはいけないことが出来て忙しいのに。
手早く済まそうと思ったら、奴が両方とも即追い返してしまった。
本当にこういう時は役に立つよな。
しつこい新聞勧誘なんか一発で撃退しそうだ。
ガイマール氏には奴の後ろから、必ず行くからと声をかけておいたし、ハンターギルドの使者には、奴が直接姿を見せたから一応満足だろう。
何しろ興奮して奴に握手を求め、止めなければ嚙み殺されそうになったぐらいだから。
それと我に返った若頭が謝りに来たが、これまた奴が直接会わせるのを拒絶したので、映像と声だけこちらに寄こすという、まさしくテレワーク謝罪を受けた。
「しばらくは草葉の陰から見守らせていただきます」と物騒なことを言っていたのが、ちょっと怖かったが。
「まあアイツのおかげで減刑されたから、これでチャラだな」
俺はこの奴の呟きを聞き逃さなかった。
「なあヴァリアス、その罰って…………もしかして禁酒?」
昨日からずっと奴は酒を飲んでない。
あの時は俺の具合が悪いせいかと思っていたが、今朝だってずっとだ。
グッと奴が何か飲み込めないモノを、喉に詰まらせたような顔をした。
「ブッふぅっ! 本当にそうだったのかっ」
笑っちゃいけないとは思ったが、さすがに堪えられなかった。
確かにこいつから酒を取り上げるのは、一番罰として効くだろう。
さすがは神様、よくわかってる。
「こっちは全然面白くねぇぞっ! ただでさえ昨日は朝から飲んでないんだからな」
ドンっとむすくれた奴が乱暴にテーブルの上に足を投げた。
「だけど、あんたもちゃんと罰は言われた通り守るんだな」
「そりゃあ当たり前だろ。オレは神の使徒なんだぞ。
ったく こんな事なら、行く前に樽ぐらいやっとくんだったぜ」
おい、神様のとこ行く前に一杯引っかけていっちゃあ、それこそマズいだろ。
「でも、減刑されたんだろ?」
「まあな、始めは7日間だったんだが、3日間に減刑された。だからあと2日だ」
「なんだ、たった3日かじゃないか。それくらい―――」
ギロッと奴が殺意を込めた目で俺を見た。
「お前ぇ……3日間息をするなと言われたら、耐えられるか」
「えっ……そんなになのか……?」
それはすでにアル中の域に入ってないか?
「とにかく仕方ねえから、我慢してるんだ。だから蒼也、コーヒー淹れろ」
「え、あれっ、そういやキリコは?」
そういえば今朝はキリコの姿を見ていない。
「アイツは神界に用事に行かせてる。それにお前、今は調子良いんだろ?」
そう言って奴はあのジョッキカップをデンと出した。
おおいっ 俺はあんたの部下でも召使いでもねぇぞ。あんたの飲む量作り続けてたら、何も出来ねぇじゃないか。
今はそんな事より大事なことがあるんだ。
これから俺はラーケルに行って、本当に空き家が借りられるか確認しなくてはいけないのだ。
普通ならファクシミリーで連絡を取ることになるところだが、ここはいつも通り、奴の転移で速攻に行きたい。
1杯だけ飲ませて、面倒くさがる奴を宥めながら、ラーケルに転移した。
それにもっと気になることもあった。
「だけど大丈夫かな。犯罪者じゃないけど、結果的にこの町にいられなくなった訳だろ。はた目から見たら、後ろ暗いとこのある人間って思われるんじゃないのか? そんな奴を村に入れたくないんじゃないかな」
「心配だったらジジイに直接聞いてみればいいじゃないか。うじうじ考えててもはじまらねぇ」
「そりゃそうだが、詳しい説明は出来ないんだぞ。誓約があるからな」
ホントに何でも力で解決する奴は、悩みなんかないんだろう。
だが、ヘタな心配はいらなかった。
アイザック村長は、俺が誓約で詳しい話が出来ないが、決して犯罪を犯したわけではないという話を信用してくれた。
「儂は兄ちゃんを信用してるよ。その兄ちゃんが言うんだから、それで十分じゃろ。それに少しの間だけでも住人が増えるのは良いもんだ」
そう言って味わいのある皺を緩ませた。
後にして、その人柄にパネラが惚れたりして、エッボがヤキモキしたのだが、それはまた別の話だ。
そう言えばあの犬のお巡りさんならぬ、ユエリアンの警吏はあれからしばらく落ち込んでいたようだ。
さすがに十八番の雷試合で、俺のようなのに負けたのがショックだったのだろう。実際は奴の力なんだが。
だが、パネラ達3人がラーケルに到着するであろう頃、奥さんが妊娠しているとわかり、2度驚くとともに納得してくれたようだ。
俺が妻の妊娠を言い当てていたのだから、もう一つの『あのダンジョンに潜れば死ぬ』という予言がやっと真実味を帯びたのだ。
俺も嘘つき野郎の汚名を返上できて気持ちが軽くなった。
そしてヨエル。彼はその後、長くハンターとして生きた。
あの時、人生のまさしく大分岐点を乗り切った彼の運命は、その後太く強い糸になったようだ。
「お前があの男の運命を接ぎ木したんだ」
奴がそう言っていた。
ハンターは元々、危険な目に遭いやすいが、彼はあの予知能力のおかげで生き延びていけた。
新婚旅行をかねて久しぶりに故郷を訪ねてみるつもりだと、笑った彼の額にはもうバンダナは無かった。
隣には、まず長旅用の靴が必要ねと、微笑むエイダがいた。
そうして、その笑顔に救われた俺がいた。
少し羨ましかったが。
だが、上がる運命もあれば堕ちる運命もある。
あの事故を招いた原因が、ダンジョンをいじったせいなのは明白だった。
多大な被害者を出し、王都を震撼させた大惨事を引き起こしたのだ。本来なら*複数の極刑に処されてもおかしくない程だった。
(*死なないギリギリ程度に止めては極刑を繰り返すやり方)
けれど町をここまで大きくした、ジゲー家代々のこれまでの功績も考慮されたらしい。
本家当主は財産を没収され、両の目と鼻、耳、四肢を切断されたが命だけは免除された。
切り落とされたジゲー氏の手足や欠片は、遺族達にその場で踏み潰された。
四親等までの親族も、財産を全て没収され国外追放となった。
イモムシとなったジゲー氏を連れて。
婚姻などで家系入りしていた、生物的には血が繋がっていない者たちの中には、事件直後すぐさま縁組を解消し辛うじて難を逃れた者もいる。
事実上ジゲー家は消滅した。
まさに栄枯盛衰を地で行く話だが、ジゲー一族がここまで栄華を誇れるようになったのは、その昔ほんの小さな集落を豊かに住みよい村にしようという、純粋な志から始まったものだった。
それまでは田畑ばかりの他の村落と変わらない村に、王都を目指す旅人のための宿を増やし、娯楽施設も作った。
王都と村を往復する定期便馬車を増やし、旅人や商人たちを呼び込んだ。
穀物生産一本から商業による金品を得ることに収益を換えていった。
そうして人々が集まり村はますます活性化して、大きな町に発展していったのだ。
それがどこで間違ってしまったのだろう。どこから驕りが芽生えてしまったのか。
まさかご先祖様も子孫がこのような結果で町を追われるとは思わなかっただろう。
それからもう一つ、俺たちの気を引いた事件があった。
3人がラーケルに落ち着いて1カ月ほど経った頃、エッボがあるタブロイド紙を見せてきた。
それには王都より西に100キロ近く離れた山の中で、樵が遭難者たちを発見した。彼らはかなり疲労困憊傷ついていて、樵が村に助けを呼びに行かなければならないほどだった。
その中でなんとか話す気力があった男が、これまでの経緯を話した。
男はジゲー家の使用人でラーシュと名乗った。
彼らはあの移動したダンジョンの中で生きていた。そうして何度となく、自力で脱出をはかっていたのだ。
ダンジョンが移動した山奥で、どうやら動物や魔物たちも新しく入ってきたようだ。
それもあってダンジョンの中は、人間たちだけの楽園ではなくなった。もちろんそれがなくても外に出ることは望んだだろう。
ダンジョンの最深部から地上までは相当過酷な冒険だった。
始め42人いた先発隊は地上に出る頃には、たったの9人になっていた。中には魔物にではなく、ハンターにやられた者もいたようだ。
だが、それよりも恐ろしいモノを彼らは見た。
虫のような足と鋭い切っ先の尾を持つ、黒光りする鉱石のような体の魔物。
それには人の上半身がまるでキメラのようにくっついていた。
かの忌まわしいモノは、他の魔物や動物たちにその柔らかい上半身を噛まれ引っ搔かれ、癒える暇のない傷から血を流しながらのたうっていた。
自分よりも小さな動物にさえ反撃する事も出来ず、ただずっと泣き転びながら薄暗い闇の中をおろおろと逃げ惑っていたそうだ。
だが彼らを慄かせたのはそんな情景ではない。
その顔がバレンティアに住む者なら誰でも見覚えのある若者によく似ていたからだ。
その姿がまるでこれまでの行ないを罰せられる、地獄の亡者を彷彿させたのだ。
俺とエッボは顔を見合わせた。
―― ジェレミー・ダン・ジゲー ――
こんなところにいたのか。
リブリース様の御仕置きはやはり地獄の采配だった。
何年、何十年、もしくは何百年経っても、死ぬことも許されずにその姿のまま彷徨い続けるのだろう。
おそらくジェレミー自身が心から改心しない限り。
何しろこれは神の呪いなのだから。
なんだか罰がキツい気もするが、死んであの世の地獄に行くのとどっちが良かったのだろうか。
とにかく彼が許されるのはまだまだ先のことのようだ。
◆◆◆
そうして月日が流れ、あの事件から3年程経ったある日、俺は国境付近の町アグロスにいた。
あれから何度か回復魔法の練習のために、施療院を訪ねていた。
この頃になると、俺はこの異世界で1人ぶらつく時間が増えてきた。勝手知ったる慣れた町なら尚更だ。
その時は、昼食のデザートになるような果物を見繕おうと市場に来ていた。
ほどよく熟したコブ瓜が甘い匂いを発しているし、紫と赤の発色が毒々しいイチジクは、とても酸っぱいが癖になる。
イーファが去年めでたくゴールインしたこともあって、教会から出て通いになったが、代わりに手習いにやって来る子供たちが増えた。
これは酸味よりも甘味系を多めにした方がいいかな。などと考えながら市場の中をウロウロしていた時、
見覚えのある顔がいた。
その人は台に積まれた黄色の牛蒡のような根菜を、一本一本丁寧に選んでいた。胸には負んぶ布で包まれた赤ん坊がスヤスヤと眠っている。
よく似ているが、首筋にあんな痣があっただろうか? もしかして別人か。
俺の知っている人によく似たその横顔は、以前ダンジョンで見せた険しい面影は全くなかった。ただ楽しそうに買い物をする主婦の顔だった。
一瞬、声をかけようかと思ったが、それが彼女の平穏な生活を乱す事になるかもしれないと、すぐに考え直した。
まあ、いいか。幸せそうならそれでいい。
そっと離れようとした時、隣のテントで木の実を買っていた男が彼女に近寄ってきた。
そうして親しそうに話しながら、赤毛の女と小さな男は人混みの中に消えていった。
ここまで読んでいただき有難うございました!
先にも述べましたが、これにて第3章終了です。
最後の方が急にモチベーションがヤバくなって、危なかったですがなんとか
ここまでこぎ着けました。
これもひとえに読者様のおかげです。どうも有難うございました。




