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第174話☆ 『それぞれの闇と浄化 その1 (蒼也の気鬱と若頭の暴走)』

我ながら、シリアスなのかギャグなのか

わからない話になってしまいました(とほほ……)



 あの怒涛のアジーレから脱出した後、俺は下宿で寝込んでいた。


 俺たちはあの直後、ヴァリアスの転移で例の魔法円上に出現した。動かすための魔石をどうしたとか言い訳を考えるより、とにかく転移しても自然な場所に出たのだ。

 驚く警吏や歓喜するパネラ達の声をかき消すように、俺たちの後ろでダンジョンの地鳴りが本格的に凄まじいものになった。


 足元の揺れも、何かに掴まらないと立っていられないほどになった。こちらに走ってこようとしたエイダが、思わず尻もちをつき、パネラ達もその場で動けなくなった。

 まわりを固めている兵士たちも、どよめきながら、ダンジョンの入り口の方を一斉に警戒した。

 何かが出てくるのではないかと、全員が溶岩で燃え立つ入り口をジッと見つめていた。


 だが、その振動はものの1分ほどで、止んでいった。

 その後、何事もなかったように、ダンジョンから物音一つ聞こえなくなった。


 俺はすっ飛んできたパネラにまたベアハッグの洗礼を受け、レッカやエッボにも泣かれた。

 その隣では起きないヨエルを、泣きながら揺さぶっているエイダがいた。


「ヨーさんっ、起きてよっ! 死なないで、お願いだからっ」

「あの、エイダ……さん、彼、多分もう大丈夫だけど、あんまり揺さぶらないほうが……」

 治ったはずだが、さっきまで頭に大怪我を負っていた人間を、激しく揺さぶるのは見ていて怖い。


「だって、どうしたのよぉ これっ 髪の色がまるっきり変わってるじゃない。傷はなくなってるけど、何か病気にかかったりしてない??」

 それが地色らしいですよ、とはこの状況で言えない……。

「とにかく治療師に見せよう。君たちもあっちに来てくれ」

 そう言ってヨエルを抱えあげながら、獣人の警吏が俺たちの方に口元を上げた。

「本当に良く戻って来てくれた」


 俺の体はどこも異常なしと診断された。そりゃあ奴に治してもらったから当たり前だ。

 ただ、落ち着いてくると疲れがドッと出てきた。神経だけは治せないからだ。

 治療師が精神・神経癒し薬(ヒール)をくれようとしたが、奴が断った。


「そんな精製した薬はいらん。コイツにはちゃんと用意してある」

 そう言ってあの教会の癒し水をくれた。いつもは薄めたモノだったが、今回はさすがに原水のままだった。


 まあ、それだけ俺の神経は疲れていたのだ。

 あの片頭痛を引き起こしそうなピリピリした緊張感が消えて、やっと一息つけたところで警吏が話を聞きにやってきた。


 大体の話はパネラ達やエイダから聞いていたらしく、俺の話はそれを裏付ける形になった。

 俺たちしか見ていない黒サソリのゴーレムの存在は、証明しづらかったが、あの時拾った欠片を見せると獣人の警吏が低く唸った。

 そのブラックダイヤモンドの欠片には、ジゲー家の紋章入りの玉の殻がめり込んでいたからだ。

「またジゲー家か……」


「そうだ、レッカ、これ」

 あのミスリル銀の鈴を取り出した。

 レッカやパネラ、エッボが大きく目を見張る。

「ソーヤ……やってくれたね……本当に有難う」

 レッカが顔をぐしゃぐしゃにした。


 この鈴を巡ってこんな騒動が起きたなんて、あらためて呆れるというか、馬鹿馬鹿しさを通り越して憤りを感じるが、それよりもレッカの妹やその他の使用人たちを救えそうで嬉しかった。


 ああ、そうだった。皆の荷物も預かってたんだ。

 俺はバッグから皆の荷物を次々と出した。

 荷物が戻ってきて顔をほころばせるセバスさんや、服と鎧を返した途端にその場で着替えようとするパネラ相手に、慌てて毛布で隠すエッボなど。

 この時までは癒し水の効果もあり、気分は良かったのだが。


 そこへ思い出したように治療師の男が、俺に笑みを見せながら言ってきた。

「そうそう、あんた達が助けて寄こした男と子供たちも、いま別のテントで休んでるよ。3人とも無事だ。

 あんた達が助けなければ今頃死んでいたはずだ。本当によくやったよ」

 もちろん悪気はなく、俺を褒めるために言った言葉だ。

 だが、俺の先程までのやり切った高揚感が急に冷えていくのを感じた。

 

 急にまざまざと、地下の状態を思い出した。

 3人……パネラ達を除いて、それだけしか助けられなかったのか。他にも大勢の人がいた。

 あの時、まだ瓦礫の下に生きていた人がいたかもしれない。そしてあの土の降り注ぐホール。

 あそこにいた人たちは、まだみんな生きていた。


 だが、1人の女の子しか救えなかった。

 俺の力が無いばかりに―――

 いや、あえて無視したんだ。


 あの時ダンジョンがしていたように、俺も命の選別をしていたんだ―――


「どうした? 急に熱が上がって来てるぞ」

 治療師が俺の前に屈んできた。

 俺の頭は、急に水でも溜まってきたかのように重くなっていた。

 それにともなって動悸が激しく鳴りだし、体がゆっくり揺れてくる感覚を感じ始めた。


 あのダンジョンの奥で感じた、惨劇の傷跡、人々の残存オーラによる恐怖や苦痛、悲痛な呻きの気配が生々しく蘇ってきていた。

 鼻腔の奥に、錆びた金属と腐臭の混ざったような臭いの記憶が蘇る。

 死臭は死んだばかりでも、内臓物(排泄物)が出るとそのような臭いになるのだと、いやでも実感した。


 人が人の形を成さ無くなった者たちの上に俺は立っていた。

 それは意識しないようにすればするほど、色濃く、鮮明に頭の中でリフレインしてくるのだ。


 恐らく戦争や大災害を体験した人に、少なからず発生するPTSDのようなモノだったと思う。

 俺もだいぶシブとくなってきたと思っていたが、今回はさすがにダメだった。

 何しろ、体験しただけでなく、彼らの残した残留オーラを直接感じとってしまっていたのだから。


「もういいだろっ。オレ達はもう帰る」

 奴が俺を引っ張って立ち上がらせた。

「いや、待て。まだ手続きが済んでないぞ」

 別の警吏が慌てて詰め寄ってきた。

「そんなもの適当にやっとけっ」


 警吏が驚いてテントの外に追ってきたが、俺たちを見失ってキョロキョロした。

 奴が出るなり隠蔽で気配を消したからだ。そのまま転移した。


 屋根裏部屋に戻るとポーはいなかった。

 開いている窓から出ていったのかもしれないが、こんな時にこそ癒して欲しかった。

 急激に上がってきた熱と気分の悪さのせいで吐き気がする。

 エリクシルを飲まされたが、今回は上手くいかなかった。


 もちろんあの精霊の泉のエリクシル、効かないわけがないのだが、それもほんの数分で俺の頭の中は元に戻ってしまった。

 いくら万能薬でも嫌な記憶までを消すわけではない。

 熱と吐き気は治ったが、気鬱な頭と重怠おもだるさが全身に残った。

 

「蒼也、そんなに気に病むことはないんだぞ。誰もお前を恨んではいない。第一、お前は予定より8人も助けてるんだからな」

 ヴァリアスが俺のそばに屈んできた。

 8人というのは、あの子供たち以外に、ジェレミーの仲間の若者達やヨエルとエイダも含めての事だ。


「……わかってるよ。だけど理屈でわかってても、感情が納得しないんだよ。

 頭の中から人々の苦しそうな気配が消えないんだ。あの時、俺がもっと力があったら……もっと助けられてたかもしれないと思うと」


「それはおごった考えだ。お前の考えは、無か全ての2択しかないのか? 

 あの8人だってお前が行動しなければ、無事に戻ってこれなかったんだぞ」


 うう、頭ではわかってるのだが、どうしてもネガティブな方に感情が引っ張られていく。

 まるで俺の魂の一部が、まだあの薄暗いダンジョンの、湿った土と石で出来た空間に残っているように。

 そこで俺の分身はアンデッドのように、どうしていいか分からず彷徨っているのだ。

 おかげで気鬱が晴れずに微熱も出てきて、俺はベッドに転がっていた。


「だから地獄を見ると言っただろうに…………。

 ……仕方ない。もう記憶を抜くのはマズいしなあ。まあ、感情が追いついてくるまで時間をかけるしかないか」

 奴が、溜息まじりに傍の椅子に座った。


「だが、少しはタフになってきたな。以前のお前だったら、これくらいじゃ済まなかっただろう」

 ……そうなのかな。……そうなのかもしれないな。

 何しろこんな時でも、先の試験の心配がよぎるんだから。


 後から考えると、これもエリクシルを飲んだおかげだったと思う。そのおかげで神経の負担が軽減されていたからだ。


「……どうしよう。試験勉強もしなくちゃいけないのに……」

 寝ながら本は読めるが、頭に入りそうにない。

「そんな事気にするな。いざとなったら試験会場を破壊してやる。そうすりゃ延期せざる得ないだろ」

「やめてくれっ。余計治りが悪くなる」

 もう、コイツをなんとかしてください、神様……。


「副長……」

 キリコの声がした。

 いつの間にか奴の前にキリコが立っている。

「――クソッ。このタイミングかよ」

 奴が忌々しそうに舌打ちする。


「すいません……。私も守護対象者が弱ってる時に、メインガーディアンを呼び出すのはいかがなものかと伝えたんですけど……」

「……しょうがねぇ、やっちまったのは確かだからな」

「え……ヴァリアス、神様に怒られるのか? ……俺が頼んだばっかりに」


「思い上がるなよ。これはオレが自分の判断で行動したことだ。お前の願いに乗っかった訳じゃない」

「そうそう、ぜ~んぶ、副長の自己責任ですから、ソーヤは気に病まなくていいんですよ」

 キリコが慰めるつもりで、悪魔の尾を踏んだ。


「テメエは何様だっ!」

 鉄の爪攻撃でキリコの頭を凹ませたあと、奴は霞むようにフェードアウトしていった。


「酷く怒られたりしなければいいけど……俺のせいだし」

 いざ、なんとかされると思うと、責任を感じる。

「本当に気にしなくていいんですよ。副長が呼び出されるのは、今に始まったことじゃないですから。

 神界じゃ今度は何やったって、他の使徒や天使たちがいつも囁いてますよ」

 みんな副長に直接聞かないで、私に訊くんです、とキリコがこめかみを擦りながら言った。


 それは常習犯というか、トラブルメーカーじゃねえのか。

 あいつ、神界でも変わらないんだな。

「それに今回は、リースさんもやっちゃったらしいし」


「えっ、リブリース様も? あの、ジェレミーに何かしたことがいけなかったのか?」

 そういやジェレミーはどうなったんだろう。

 リブリース様が地獄に連れてくとか言ってた。

 あの男も嫌な奴だったけど、考えてみたらまだホンの若者なんだよなぁ……。

 そう考えるとちょっと可哀想な気がしてきた。


「いえ、なんだか勝手に女の人を助けたらしいんですよ。もう運命の者達から、ブーイングの嵐ですよ。

 ただあのヒトは、スピィラルゥーラ様(運命の女神)に怒ってもらえそうだと喜んでましたけどね」

 リブリース様もブレないヒトだな。


 それからしばらくして閉門の鐘が鳴った頃、コンコンとドアをノックする音と共にレッカの声がした。

 戻ってきたか。

「ソーヤ、……大丈夫かい?」

「……今はちょっと会いたくないな……」

 申し訳ないが、()とはいま話したくない気分なのだ。こんな姿を見られるのも嫌だし。

 俺はベッドに転がりながら、キリコに対応を頼んだ。


「えっ?! あ、あのあなたは?」

 戸口でレッカの戸惑ってる声がする。

「どうも始めまして。()()(眷属)のソーヤがお世話になっております。

 すみませんが、ただいまソーヤは寝てますので、またにして頂けますか」

「えっ、あの……」

 キリコォ~~っ ウチのってなんだよ。誤解を招く言い方するんじゃねぇよ。

 俺の気鬱が増えるだけだろっ。

「心配お掛けしてすみませんが、ちゃんと()()()()()()()()()から、安心してください」

 そのままドアの閉まる音がした。


「あれっ ソーヤ、どうしました? 熱が上がってますよ」

 戻ってきたキリコが心配そうに、覗き込んでくる。

「……頼むから普通になってくれよ……」

 頭痛の種が増えた。


 そのまま俺は起き上がる気力もなく、横になっていた。

 閉めた窓の戸板を、微かに風がカタカタ揺らす。今夜は風が強いようだ。

 ヴァリアスの奴はまだ帰ってこない。

 キリコが何か食べないかと訊いてきたが、食欲なんかないので断った。


 だが、話す気力ならあるので、なるべく話をしようと思った。そうすることで頭の毒を出せるような気がするからだ。

「なあ……、キリコは今回の事件は大体知ってるのか?」

「ええ、副長や天使たちからも聞いてますからね」


 彼らの聞いているというのは、単に耳から聞くのとは違って、テレパシーのようなやり方らしい。

 だから、細密な情報交換が出来るわけだ。


「そうそう、じゃあ気分転換に良い話をしましょうね。

 ソーヤが助けた、あの風使いの彼はさっき、目を覚ましましたよ」

 キリコがニコニコしながら話し出した。

「ホントかっ! ……ああ、良かった。全然目を覚まさないから、ちょっとだけ心配してたんだ」

 それだけでも救われた気分になる。


「ええ、目が覚めて、顔が痛いって言ってましたけど」

「えっ 顔? 頭じゃなくて ??」

 そんなとこケガしてたかな? 確か完治したはずだが。


彼女エイダが、なかなか目を覚まさない彼の頬を叩いたり、つねったり散々していたようで……」

 エイダァ~~っ! 何してるんだよ。

 しかし、こちらでは眠り病とか、昏睡した者に刺激を与えて起こそうとする、一種の民間療法が信じられているらしかった。

(* 作者注:実際、病院で父と同室になった昏睡状態の人を、家族の方が叩いたりつねったりして、脳に刺激を与えて起こそうとしていたのを、カーテン越しに聞いたことがあります。

 多分逆効果なのでお勧め出来ません。優しく擦るのはアリ)


「じゃあ、あの……ジェレミーはどうなったんだろう。生きたまま……地獄に連れてかれちゃったのかな」

 そういう映画を昔見た事がある。あれは作り話だが、こちらでは実際にありそうだ。


「そんな事聞いてどうするんですか。まさか助けに行こうとか思ってるんじゃないでしょうね?」

 キリコが綺麗な細い眉を寄せて、顔を近づけてきた。


「思ってないよ。第一、地獄なんか俺も行きたくないし……」

 でも、あの時に地上に出してやるって、俺も約束してたんだよな。

 誓わせておいて結局助けられなかったんだ……。


「ソーヤ、あんな奴に同情は禁物ですよ。逆に罰を与えたほうが彼の為になるんですから。

 それに彼は神界の地獄には行っていません。現世にまだいます」

 また身を引くと、綺麗な男は椅子の上に座り直した。

「えっ!? まだこの世にいるっていう事かっ?」

 俺はついガバッと体を起こした。勢いで頭の奥が鈍く痛む。


「無理しないで大人しくしててくださいよ。

 それに本当にあの若者はあのままでいいんですから、これは手出ししないでくださいね」

「うん、そりゃ……多分もう俺じゃ手に負えそうにないし。だけどどこに? 生きてるのか?」


 キリコがちょっと辺りを見回しながら念押ししてきた。

「……これは私が言ったとは、副長には言わないでくださいね」

「うん、もちろん」


「地獄というのは、何も異空間にあるのばかりじゃないんです。本人にとって地獄だと感じれば、そこが地獄になるんですから。つまり生き地獄というヤツです」

 神妙な顔をしてキリコは続けた。


「リースさんがこの世に彼の拷問刑を作ったんです。だから彼はそれで反省・贖罪をしなくてはならないんです。

 恐らく彼が反省したタイミングで、ジゲー家が助けに行くはずです。そのように運命の仕掛けが作られたようですので」


 それ以上は詳しく教えてもらえなかった。

 でも、彼はまだ生きていて、なんとかやり直せるんだ。やっぱり日本の少年法みたいに、若者には更生のチャンスを与えるのだろうか。

 なんてこの時は考えていたが、後日、それほど甘いものではないという事を知った。


「そういや、奴がダンジョンが無くなるとか言ってたけど?」

「ああ、あれはですね―――」


「ソウヤー、無事かー」

 この声は。

 ドアの方を振り返ると、はたしてまた成人美女の姿になったナジャ様と、何故かまだ白装束の若頭が立っていた。


「オプレビトゥ様、まだこちらにいらしてたんですか?」

「ええ、やはり今回の件がちょっと気掛かりでしたので」 

 若頭の眉間の皺がまた妙に深い。

 そういや、今回の件で運命のヒト達に迷惑かけてんだった。


「すいません。私の我がままのせいで、なんだか色んなとこにご迷惑かけてしまって……」

 俺は立ち上がって頭を下げた。下を向くと余計に頭が重く感じる。


「止してください、ソーヤさん。私はそんなことを言うために来たんじゃありませんっ」

 若頭が慌てて俺をまたベッドに座らせた。


「そうだよー、ソウヤ。あたい達は見舞に来たんだよー」

 何故あなたは見舞に来る時だけ、妙齢な美女になってくるんですか。

 どう見ても、人の熱を上げに来たとしか思えないミニスカなのだが。


「ソーヤさん、私は今回のことに大変感銘を受けたんですよ。

 身を挺して仲間や見知らぬ者まで助けたそうじゃありませんか。

 しかも最後まで諦めずに、命を削ったと。なかなか出来ることじゃありませんよ」

 若頭が睨むような威圧感で俺を見てくる。

 これ、怒ってるの、それとも感心してるの、どっちなんだ……?


「いや、夢中でやってたんで、大したことじゃないですよ。それに……本当にちょっとしか助けられなかったし……」

 俺はまた思ったことをそのまま口に出していた。

 ちょっといつもとは違う使徒にも、愚痴を聞いてもらいたかったからだ。


「ソウヤ、あんまりそういう話はビトゥにしない方がいいよー」

 何故か少し心配気味にナジャ様が口を挟んできた。

「ええ、ソーヤ、話題を変えましょう。あまり暗い話ばかりしてると気分が治らないですよ」

 キリコも何か焦ってる。


「いや、ソーヤさん……貴方には罪はない。あなたは言うなれば被害者。その中であなたは出来る限りのことをやったまでです」

 さらに深くなった眉間の皺でずれた眼鏡を、スッと直すと若頭は静かに言った。


「貴方はゼロではなく、いくつかの命を救った。それに非常事にトリアージ(医療的選別)をしなければ、最悪の結果になることもあります。少しも悔やむことではありません」

 流石に常識人のヒト。

 記憶は消せないけど、このヒトの言葉ならすんなり聞ける気がする。


「それに比べて私なんぞは……ひと様の運命を紡ぐという名目で、まさしく命をチェスの駒にしているのです……」

 ん…………?

「自分が生きるために頂くの命と、ただもて遊び奪う命とでは……雲泥の差でございましょう…………」

 なんだか若頭の顔の陰どころか、まわりが暗くなってきた気がする。


「ビトゥッ! お前さんっ ストップ! もうその辺で止めときなっ」

 急にナジャ様が体を引き気味に怒鳴った。

 どうした?

「ビトゥさんっ こんなとこで危ないですよっ! お願いだから止めてくださいっ」

 キリコが焦って若頭の前に出る。


「………… わた、ワタシ……は―――゛――゛――゛゛゛」

 急に若頭がその場に両膝を折るようにガクンと座り込んだ。

 目が虚ろになったかと思ったら、ボコンと黒い穴のようになる。半開きの口からも歯が消えて、黒い深淵が見えた。


 そうしてその真っ黒い穴から漏れるように、何かが漂い出てきた。それは黒と紫の2色の霧のようだったが、リブリース様のそれとは違い、何かもっと禍々しい気配を帯びていた。

 それが漏れ出す眼窩も深淵というより、光すら飲み込むような深い底なしの穴のように感じられた。


「げはぁっ !」

 キリコが急に咳込んだ。胸を抑えながら、床に手をつく。

「馬鹿っ なんで先に結界を張らないんだよーっ!」

 そう言われてよく見ると、若頭のまわりは何か膜に包まれるように空間が歪んでいる。

 

 その中で座り込んだ若頭から、純粋な黒よりも深く暗い、蠢く霧が徐々に漏れ出してきているのが見えた。

 それは絡み合い、うねり合っているのに、決して混ざり合わなかった。そしてその中に何かが無数にいた。


「ど、どうしたんですか、これは ?!」

「瘴気だよ、それも悪質なっ」

 ナジャ様が珍しく真剣な顔してこっちに振り向いた。


「これはあたい達にとっても毒なんだ。最近大丈夫だったからさ、油断した。―――ヴァリーのいない時に連れて来るんじゃなかったよ」


 そう言われても俺はどれだけマズい事か、すぐには分からなかった。

 何しろ、目の前で起こっていることが常軌を逸していて、逆にリアリティを感じられなかったからだ。


 キリコは激しく咳込んでいる。見ると下を向いた顔が紫色になってきている。

「えっ キリコっ!? 大丈夫かぁっ?」

 さすがに状況の深刻さを感じ始めた途端、ナジャ様が横から俺の体を抱くように立ち上がらせた。


「ソウヤ、お前は出来るだけ遠くに跳びなっ! 結界が危なくなってきたっ 巻き込まれちゃうよっ」

「えっ! じゃあ、みんなはどうするんです?! それにここは―――」

「あたいはコレを抑え込んでるので精一杯なのよー。コレが漏れでもしたら、穢れで何も棲めなくなっちゃうからさー!」

 そう言いながら、綺麗な足で足元のキリコを小突いた。


「キリコー、あんたも動きなさいよー。力貸しなさいって」

 しかしキリコはむせながら、右手を少し上げただけだった。

「くぅ~っ それに天使たちっ お前らだけ逃げるなーっ! お前たちの上司だろーっ 手ぇ貸せよーっ」

 ナジャ様が空中を仰ぎながら、どこかに叫ぶ。


 目の前の若頭の姿が煙幕に徐々に見えなくなってきた。

 だが、そのドーム状の膜に、シャボン玉の表面のような揺らぎが見え始めた。


「マズいよーっ ソウヤ、お前だけでも行けっ! 少しなら転移出来るだろー」

「でも、それじゃっ みんなが」

 ナジャ様たちより、下のレッカ達が―――


「何じゃこりゃあーっ!? てめぇら 一体ナニしてやがるっ‼」

 ビリビリするような低音の怒声が響いた。

 奴が帰ってきたーーーっ!


ここまで読んでいただき有難うございました。

あと2話でこの第3章も終わりの予定です。

次回の『その2』で、救いとダンジョンの顛末、

またモヤモヤしたジェレミーの件も明らかになる予定でしたが……。

すいません……、やっぱり長くなるかも……(--;)

どうかあと少しお付き合い宜しくお願いします。


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