第172話☆『応戦』
いきなり発射されたように黒サソリが飛び掛かってきた。ギリ左に跳んで避ける。すぐに壁に登ろうかと思ったが、そのままジェレミーのとこに行くかもしれないので止めた。
あの若造が追っかけられるのはもう自業自得だが、約束を果たしてもらわなくちゃならないし、もし地上にサソリゴーレムまで出ていったら大変だからだ。
そのまま瓦礫の上を跳びながら駆けた。
後ろから黒サソリが瓦礫の上を、バギーカーのように追いかけて来るのがわかる。
そこに、また蠕動が起こってきた。小刻みな揺れの中、壊れた柱や床、屋台の一部などの割れモノの上を走るのは、とにかくやりづらい。バランスを崩しやすいし何より危険だ。
だが、そんなことを全く意に介さず、サソリはスピードを落とさない。このままじゃ転移しないと追いつかれる。ヨエルのとこに転移しようとしたが、弾かれたように入ることが出来ない。
走りながら見ると、ヨエルがいる瓦礫の陰は、薄ぼんやりとした膜に包まれているように見えた。
「ヴァリアスッ、もういいだろっ? 俺じゃこいつは無理だ。もうこれで終わりでいいだろっ」
いつも通り近くで声だけ聞こえた。
「諦めるってことだな。別にいいぞ。もうあまり時間もないからな」
「じゃあ早くそっちに入れてくれよっ。サソリに追いつかれそうだ」
「こちらに来なくていい。そのまま地上にお前を連れてくから」
「なにっ?!」
つい立ち止まりそうになってしまった。
サソリゴーレムの気配をすぐ後ろに感じて、転移。ちょっと着地に揺れたが、塞がった通路前に出た。サソリは急ブレーキを踏んだように、俺に背を向けて立ち止まったが、すぐにこちらを向いた。距離にしておよそ30m。
「どういうことだっ。その前に体力を治してくれるんじゃなかったのかっ?」
サソリが素早くクルッと旋回した。
「それは戦闘が終わってからだ。お前が途中棄権するなら、地上に出てからだろ」
「なぁんだとぉっ……」
くそぉっ はめられたっ!
いや、俺が勝手に勘違いしてたんだ。奴は戦うならと言っていたが、終わったら回復すると……。
つまり戦いに終止符を打たなくちゃいけないんだ。
だけどあんな奴に勝てるのか?
ガガガッ! とサソリがアクセル全開で突っ込んでくるのを、逃げたい気持ちをなんとか抑えながら、岩と土砂に背をつけてギリギリまで待つ。まだだ、まだ……。揺れが止まりだした。
ヤツが前脚を広げ、尾を振り降ろそうとした。今だっ!
一番遠くに転移。
ガッズンッ! 尾を崩れた土砂に突き刺しているのが見えた。
だが、すぐに尾を引き抜くと、すぐに向き直ってきた。やっぱりアレくらいじゃ壊れないか。
でも、俺も確実に以前より転移のスピードが上がってる。
これならギリギリでかわす事が出来そうだ。ただダンジョンという亜空間のせいか、着地点が少し不安定なのが気になるが。
とにかくまたダッシュ。
火が弱点なのは分かった。だがどうやって燃やせばいい? 俺の能力じゃ通用しない。さっきの男でさえあの通りだった。何か燃やせるモノが必要だ。
だけどどこに?
まわりは瓦礫と遺体だけしかない。遺体から服を剥ぐのは嫌だし、そんな暇もない。
第一ちょっとやそっとじゃすぐ消えてしまうだろう。
いっそのこと、遺体に火をつけるか?
火葬の感覚で一瞬そんな考えもよぎったが、すぐに取っ払った。
ダメだ、だめだっ そんなの火葬じゃない。ただの道具扱いになっちまう。
黒サソリは瓦礫の障害物をモノともせず、そのデタラメなデコボコ面に沿って、凄まじい勢いで跳ぶように這って来る。
『コンバット』だったらこんな時、地雷でもあればいいのだが、もちろん地雷どころか爆竹さえない。
しかもブラックダイヤモンドか。
最近ダイヤよりも硬い物質が見つかったようだが、それまでは世界一硬いと言われた鉱石。硬度だけなら超合金より硬い物質だ。そんなものにこんな剣を突き立てようとしても、折れるのがオチだ。
いや、だがダイヤは硬いが、結晶の角度によっては壊れやすいと聞いたことがある。傷があったりするとそこら辺のナイフでも割れることもあると。でなければカットなんか出来ないからだ。
瞬間的な大きな力か、熱による結晶の変化で破壊は可能ということだ。
傷か。
あの腰の辺りの壊れたところ。核である玉もあるし、傷にもなっているだろう。やはりあそこを狙うしかないか。
この歪んだ空間で少し不安だが、もう四の五の言ってられない。
サソリが俺のすぐ後ろに迫って来て、その前脚を伸ばしてきた瞬間 サソリの背中に転移。
ドンと、上にアーチ状に上げたサソリの尾にぶつかった。空間が揺らいでいるせいか、はたまた動く座標のせいか、ちょっとズレた。
壊れた部分にすぐ剣を突き立てようとしたが、それより早く尾が降りてきたので、慌てて横っ跳びに蹴って逃れながら転移する。
ちぇっ、うっかり尾にぶつかって気付かれてしまった。勢い余って自分の背中を刺したりしないかと、期待していたがそんな甘くなかった。
距離を取りながら攻撃。
逃げながら後方に鉄玉を10発、あの腰の傷に向かって撃った。
ガッガッカッン!
えっ!? 今度は全部払いのけられたっ! 弾かれたのではない。
さっきまでは気にも止めないといった風だったのに、今度は前脚と尾で素早く払ってきたのだ。
もう一回。
ガッカッカッカッ! 同じだ。全部脚で打ち返してる。
そうか、あそこが今、弱い部分なのを認識してるんだ。じゃあ、やっぱりあそこを狙えばいいか。
だけどどうやって? ガードが堅くなってしまった。
距離をあけて撃つと防御されやすいか。
今までやったことないが―――鉄玉を転移で移動。サソリの背中上に出現した瞬間に、風魔法で思い切り撃ち込んだ。
『ア〟ァ〟ア〟ァ〟ア〟ァ〟ーーー!』
黒サソリがその場でのけぞるように、反り返った。
よっしゃ! 効いてるっ。
続けて第2弾を放とうとして、唖然とした。
ヤツは10本ある脚のうち真ん中の一組を、背中に回すように交差させた。おかげであの腰の破壊された部分が覆われてしまった。
畜生っ、そんな風に背中にまで曲がるなんて、反則じゃねぇかよっ。
そんなことお構いなしに黒サソリが走りこんでくる。走りは8本でもほとんど変わらない。
どうする。
どっかそこら辺にオリハルコンとか、アダマントの剣か何か落ちてないのか。ダンジョンのラスボスとの対決なんだから、それくらいサービスしろよっ。
だが、むろんゲームではないので、そんなモノ都合よく出てきはしない。
さっき男は自分の持ってた酒を活用した。
く~っ! 俺が奴用に預かってるのはビールしかない。ブランデーやウイスキーなど、アルコール度の高いのは全部奴が持っている。もちろん、くれそうにない。
ホールには確か酒を売る露店もあったはずだが、ビールがほとんどだったと思う。
それにあんな高さから落っこちて無事な訳がない。あったとしても全部地面に吸収されてる。
通路を塞がれてコロシアムと化した奈落の穴の中、逃げ回りながら必死に考えた。
もうヒット・アンド・アウェイどころか、ラン・アンド・ダッシュだ。
走り続けなければ殺られる。
「おーい、逃げてばっかりだと、本当に時間がなくなるぞ。タイムオーバーになったら、お前だけ連れて脱出するからな」
のん気で無慈悲な声がする。
「分かってるよっ! ギリギリまで待ってくれよっ」
だけど時間がないって、なんだ ?! さっきダンジョンが無くなるとか言ってたが……。
いや、そんなこと考えてる暇もねぇっ。
目の隅に柱に巻き付いたガーランドが見えた。
長いのはいいが、あれじゃすぐに燃え尽きる。
何か他にここにある物で、使えそうなモノ―――。
その時、柱と床の破片が折り重なる下から赤や緑、金色をした布がチラッと見えた。
あれは。
逃げ回る状態なので、いちいち目視することが出来ないが、なんとか探知で確認することが出来た。
それはあのダンジョン入り口を華々しく飾っていた、大きな垂れ幕の端っこだった。
あれなら大きいし、燃やすには十分じゃないのか。
だが、それを引っ張り出してる暇がない。垂れ幕はこのコロシアムの大体中央にある。端に誘導して転移ですぐ行っても、時間を稼げる距離じゃない。
それに転移を頻繁に繰り返すのもマズい。慣れてきたとはいえ、転移は体力と魔力を使う。疲れてくると発動速度が落ちて来るので危険だ。
何か時間稼ぎになるものはないか。
使えそうなモノ―――。俺は瓦礫の障害物を避けたり、飛び越えたりしながらまわりを探知し続けた。
フッと、頭にあるゲームが思い浮かんだ。どうだろ、あんなの通用するかな?
いや、もう時間もないし、手当たり次第にやるしかない。
俺は走りながら、あのゴム弾を全部出した。奴にあの鉄玉を一袋分、ゴムに変換してもらったら質量が変わったので、結構な量になっていた。
それを圧縮空気で空中に浮かしながら火をつける。火に包まれた黒い塊が、俺と並走しながら飛んでいくというシュールな図になった。もちろんゴムはメラメラ燃えないので、火魔法で燃やし続けながらだ。そうして宙でグルグルと回転させた。
そのまま壁のほうにジグザグに走った。
この時、我ながらよく出来たと思ったが、柱や床などの瓦礫を土魔法で持ち上げて、サソリの走行の邪魔をした。もちろんサソリ野郎はそんな障害物、乗り上げたり避けたりして追っかけて来る。
「よっしゃ 出来た」
ゴム弾を燃やすのを止めた。あの細かくバラバラだった弾が、溶けて固まり、ボーリングの玉以上に大きな一個の黒い玉になっていた。理想を言えばタイヤぐらいの大きさにしたかったが、もう贅沢言ってられない。
振り向きざま、それをサソリ目がけて思い切り放った。
ボォムッ!! サソリが左の前脚で払いのける。だが、弾かれた玉はそのまま瓦礫にぶつかって、またサソリに鋭く跳ね返った。
一瞬サソリが動きを止めた。違う方向からの攻撃に反応したのだ。
跳ね返って戻ってきたゴム玉を、またサソリが尾で打ち返す。今度は地面に激しくバウンドして高く宙に浮く。そこを風魔法で思い切り、サソリの背中目がけて吹っ飛ばした。
またサソリが尾で叩く。だが吹っ飛んだ先にあった柱の残骸にぶつかり、鋭角に戻って来る。
サソリがまた払う。玉が障害物に当たって戻る。それは鋭く確実に必ずサソリに向かってくる。
おかげでサソリゴーレムは、少し翻弄され始めたのか、その場でワラワラと脚と尾をバラバラに動かし始めた。
これはピンポンゲームの要領だ。玉を落とさないように、バーで操作するアレだ。
もちろん必ずサソリの野郎に向かって跳ね返るわけないから、俺が風魔法で跳ね返る瞬間、少しだけ角度を操作してるのだ。
それにしても、流石はヴァリアス特製のゴム弾だ。
さっきもメチャクチャ跳ねてたし、確かに弾力といいインパクトは絶大だ。
圧縮空気で追加の力を余り加えなくても、凄くよく跳ねる。障害物を上手く使えば、永遠に勝手に跳ねてるのではないかと思うほどだ。
それにさっき俺は、むやみやたらに瓦礫を立たせたんじゃない。ワザとサソリを囲むように配置したんだ。玉を跳ね返すパチンコのピンになるように、ヤツを瓦礫のストーンヘンジに入れたのだ。
サソリが玉の不規則な軌道を鬱陶しそうに、まごまごしてる隙に、さっきの垂れ幕のところに転移した。
転移で抜けるかとも思ったが、ずっしり重い瓦礫が載っていることもあり、触手が揺れている。
仕方ない、引っ張り出すか。
玉の動きを操作しながら、瓦礫を動かすのはちょいと骨だ。同時に出来なくて、交互に操作しなくてはならなかった。
あっちの動きを気にしながら、布が途中で破れないように、手繰り寄せるように引きずりだす。
だが気が逸れたためか、玉の跳ね返る角度が少し逸れた。
バァムンゥッ! 四つ爪が玉を捕らえた。グニュッと握ると、玉はそのまま綺麗に4等分になって落ちた。
あの爪に掴まれたら、即4つにカットされる。一瞬、自分の頭がスイカみたいになるのを想像した。
ガラララッ ! と、サソリが障害物を乗り越えてきたと同時に、布がズリッと抜けた。
よしっ 布ゲットだ。
突っ込んできたサソリの顎を、ギリ右に跳び退って避けた。
丸めた布を持って突っ走る。
あとはどうやって燃やすかだな。長いから巻きつけるという手もあるが、手間だし危険だから、やっぱり風魔法で押し付けるのが一番か。
その時、上で悲鳴が聞こえた。
ジェレミーっ!?
とうとうロープに掴まってられずに若造が落ちてきた。
風魔法じゃ届かないし、落下エネルギーが強くて上に転移させることも出来ない。
その落下速度を利用して、離れた壁に転移させた。
『ァァアアアァァァァーーー』
黒サソリが甲高く啼いた。
俺じゃなくジェレミーのほうに向き直った。
マズいっ! 咄嗟にジェレミーのほうに転移した。
連続する転移で少し頭が痺れてきた。すぐに2人で跳ぶのは危険だった。
落ち着いて考えれば、もっとやり方があったと思うが、こんな状況の中、すぐに浮かぶことを行動しなければやられてしまう。
ジェレミーは俺の後ろで腰を抜かして座り込んでいる。
「ジェレミーっ、そこの瓦礫の下に隠れてろっ!」
すぐ後ろに柱の上に床が重なって、小さな三角のすき間が作られていた。
俺は足元がおぼつかないジェレミーを、またそのすき間に転移させた。
頭に微かに痛みが走る。
そのままこちらから黒サソリに向かってダッシュ。
ファルシオンを抜きざま、出来る限りの圧縮空気を、チュニックの中に綿のように作った。
ガリリリッ! 振り降ろしてきた尾をファルシオンで横に払いざま、体ごと避ける。そこへ前脚が爪を広げて迫る。風魔法で体を押してこれもギリ避けた。
今度は右から別の爪が追い打ちをかける。そのまま左に避けると、左側の爪の餌食になるので後ろに飛びのく。あまり高く跳ぶと今度は上から尾の攻撃を受けやすい。と左右と上ばかり気を取られてると、正面の顎が突き出してくる。
スタンドファイトなんか出来る代物じゃない。
あの男、隠蔽しているとはいえ、よく持ったな。迂闊にもこんな時に感心してしまった。
たまに腕や背中に爪がかすりはするが、この奴特製に改造した上着は切れないので、内側の圧縮空気が緩衝材になって、なんとか耐えられる。
しかしこんないつまでもヒット・アンド・アウェイしてる場合じゃない。少しづつまたジェレミーのところに押されつつある。
イチかバチか、落としてきた布をサソリの下腹に転移させた瞬間、火をつけた。
ここまで読んでいただき有難うございます。
次回でなんとか長かったダンジョン内エピソードも終わりです。
ヨエルを助けられるのか、無慈悲な現実にまた翻弄されるのか
次回 第173話『戦いの終わり ダンジョンのお仕舞い』予定
よろしくお願いします。
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またスキレットの『 No, not gonna die tonight 』
『 I won’t give up, I refuse! 』
が頭の中で響いてくる。
「頑張れっ」とか「負けるな」とかじゃなくて
運命に抗ってやる感が好きです。




