第171話☆『一寸の悪にも五分の忠誠』
咄嗟に転移しようとしたが、強い力で利き手を掴まれた。
「その気になれば、その首を燃やすことも出来たんだが」
ジゲー家の男が隠蔽を解いて立っていた。その後ろにはジェレミーもいる。
「そんなことすれば、あいつが黙ってないぞ」
「承知だ。だからこうして姿を見せたんだ。それに時間がない。早く土魔法で足場を作れっ」
振り返ると土煙の中、瓦礫がガタガタ音を立てて激しく上下している。思った以上にゴーレムの上に岩を落としていたらしい。それとちょうどまわりの瓦礫が引っかかる形になって、すぐに瓦礫の下から出られなくなったようだ。
「あんた、自分のやった事を無視して、よくそんな事が言えるな。
この期に及んでまだ命令する気かっ。
まずは謝れっ!」
男はグッと奥歯を噛みしめるような顔をしたが、少し頭を下げると
「……済まなかった。ジェレミー様を何としてでも助けたい為に、無茶をした……」
後ろでその若造はこちらと目を合わさずに、口を尖らせている。
「お前もだっ、ジェレミーッ! 助けたら、まずヨエルを――さっき大怪我させた男を完治させろっ。
お前んとこなら腕の良い医者ぐらい呼べるんだろ。
それと慰謝料払えっ!
あと、皆を、今回の件で監禁している使用人たちを解放しろ。元はといえばお前のせいなんだからなっ」
「…………分かったよ……」
若造はそっぽを向きながら、小さい声で言った。
「ふざけんなよ、お前のせいでどれだけの人が迷惑したか、本当に分かってんのかっ!?」
「――分かってるけど、今はこんな事言ってる場合じゃ――。早くしてくれよっ」
「てめぇっ、ちゃんと神にかけて誓えっ! 今言った事を守ると。
どうだっ、誓うかっ!」
「分かった……誓うよ」
子供が不貞腐れてるように、ボソッと言った。
「もっとハッキリ言えよっ!」
「神に誓ってっ、あの男を治して、使用人たちを解放するっ!」
ジェレミーが半ばやけくそのように、大声で言った。
「あと、みんなに謝れっ!
でないと、本当に狂犬けしかけるぞっ ‼ 」
『(ん? お前って、犬なんか飼ってなかっだろ?)』
いきなり奴のテレパシーが入ってきた。
『(ブァッ ヴァッ、バッカヴァリーッ!! こんな時に変な事云ってくんなっ)』
あの野郎、意味が分かってないのか。
うっかり笑っちまうとこだったじゃねぇかよ。
だが、おかげで、少し怒りが引いて冷静になれた。確かにこんなことしてる場合じゃない。
いつの間にか瓦礫が大人しくなっていた。あいつ、地下に潜ったんだ!
「マズいっ、地下から来るっ」
俺が叫ぶと同時に男が動いた。
「上までとは言わん。あのロープのとこまで出来るかっ?!」
ジェレミーを横抱きにして、ロープ下の壁まで走りだす。俺も一緒に走りながら、その壁に向かって50cm四方くらいの足場を、ジグザクに1mくらいの高さで何段か作った。
「この感じでイケるかっ?」
「十分だ」
男が一段目に飛び乗るのと、側の瓦礫が跳ね上がったのはほぼ同時だった。
「早くしてくれっ!」
男の上に続いて足場を作りながら、俺も足場に飛び移った。
2,3段、男に遅れながら足場を交互に跳ぶ。用済みの足場はすぐに下に落とした。万が一ゴーレムに登って来れないようにだ。
マンションの10階分くらい登ったところで、俺は下を振り返った。
男も追加の足場ができなくなったので、一緒に下を見た。
黒いサソリが俺たちの眼下で壁にベッタリと前脚を押し付けて、その尾を高く持ち上げ揺らしながら、高い声で啼いていた。
なんとか撒けたか。
だが、また揺れが起こってきた。思わず凸凹した壁を掴む。
くそっ なんだかシェイクされてるみたいで、なんだか気持ち悪くなりそうだ。
10秒ほどで揺れが収まった途端、上から声がした。
「次が来る前に早く」
再び続きの足場を作っていく。
1m間隔とはいえジグザグに進んでいるうえに、登ると穴は思った以上に深い。
俺はさっきの無茶な瓦礫攻撃の反動を少し感じ始めてきたが、先を行く男のスピードも落ち始めてきた。
男が荒い息をし始めている。
「ランツ、大丈夫かっ?」
脇に抱えられたままの若造が、珍しく部下を気遣う言葉をかける。
「大丈夫です、ジェレミー様。必ずや無事に送り届けますうえ、あと少しのご辛抱を」
その時、一瞬だが男の警戒が解けた。
脇腹から漏れるように赤黒いオーラが視える。さっきの傷が完全には癒えてないんだ。
だが抱えられながら、下を見たジェレミーが悲鳴交じりの声をだした。
「あ、あいつっ 登って来るっ!」
そう言われて下を振り返った。
サソリゴーレムが岩壁にしっかりと、四つの爪を喰いこませて登り始めていた。
始めはどこを掴めばいいのか分からないように、たどたどしく足を動かしていた。
だが、段々とコツを掴んだように次の岩を掴み、少しづつ体を持ち上げ、足を交互に効率よく動かし始めた。
それは最初はゆっくりとだが、確実に上に上にと体を壁上に這わせ、そうして徐々に速度を上げてきた。
「早くっ 早くしてくれっ!」
俺も急ぎ追加の足場を作りながら、男の後を追った。
黒サソリがガツガツ登って来る音が壁に響いてくる。
俺は男のすぐ後ろの段に追いついて叫んだ。
「あんた、あんたの火魔法で奴をなんとか出来ないのかっ」
俺なんかより強い火魔法を使うのに。
「そんなのとっくにやってるっ。無駄だったからやらないんだっ」
そういえば男は『ここまで追ってきた』と言っていた。一度は出会ってるって事か。
そしてあの切っ先の尾、多分、ヨエルが見たという胸に穴を開けていたという女もこいつにやられたに違いない。そんな確信を持てた。
鉄玉を立て続けにサソリの顎のあたりに撃ち込んだ、だが、相手は痛くも痒くもないといった感じで、全く速度を落とさない。
一度岩を落としてやったが、ガッチリ壁を掴んで落ちる気配がない。それに足場と攻撃の両方を同時にすることが出来ない。
「おい、火でダメなら風で壁からひっぺがせば……」
男は俺の言葉を無視して上がっていく。
なんだか助けてやってるのにカチンと来た。
「言っとくが、あいつの狙いはそのジェレミーだぞ! そいつの念を追ってるから居場所が分かるんだっ」
意地悪のつもりでバラしてやった。
「だからジェレミーを置いてけば、あんたは助かるぞっ! 狙いはそいつだけなんだからな。
どうだっ? そうしても黙ってやっててもいいんだぞ」
もう俺も悪党になってきたもんだ。
でも散々あいつらにやられたんだから、これくらい言ってもいいだろ?
すると男が急に振り返った。
「ふざけた事をぬかすなっ! 主君にそんな真似できるかっ」
それは本気で怒っているようだった。
なに? なんでこんな奴にそんなに忠義をみせるんだ?
仕方ないので、俺がやってみる。
だが、風に対しても魔法耐性が強いのか、少なくとも俺の力じゃ全然効かない。
「おいっ やっぱり俺の力じゃダメだっ。あんたの風でもダメなのかっ?」
そう言って気が付いた。男の息が上がり始めている。疲弊してきているんだ。
こいつもそろそろ限界なんだ。
だが、もちろんそんなこと構わず、サソリ野郎は勢いをつけて上がってきた。もう俺たちが登るより速い。
そいつは俺の横をすり抜けて、尾を振り上げた。それはジェレミーに向かって―――。
「ジェレミー様、失礼しますっ!」
そう言うや、男がジェレミーを勢いよく真上に放り投げた。
「ぅわあぁっ!」
ガリッと鋭い切っ先が岩壁に突き刺さった。
投げられたボールのように彼はみるみる上に飛んでいく。これは身体強化して投げただけじゃない。
風魔法を使って押し上げてるんだ。
と、なんとかジェレミーがロープの端を掴んだ。
「ラァ、ランツッ!」
尾を引き抜いたサソリが俺たちを無視して、勢いよく通り過ぎようとした。
「ジェレミー様! 最後までお共できずにすみませんっ」
男がバッとサソリの背中に飛び移った。
「えっ!?」
ヴォゥッ!! と男の体の下から炎が発生した。
その火は消えそうでなかなか消えない。
またサソリが暴れ出した。掴んでいた10本の足が交互にバタつき、体が壁から離れそうになる。
あいつ、火が通用するなら、なんでわざわざ……。
あっ! あいつが燃やしてるのただの火魔法じゃない。自分の身に着けてる服や鎧に火をつけてるんだ。
「今のうちにジェレミー様を連れてけっ!」
俺はその声にサソリと上を交互に見た。
ジェレミーはとりあえず、しっかりとロープを掴んでいる。そのまま自力で登れるんじゃないのか。
「早くっ!」
しょうがない。俺は再び足場を作って登ろうとした。
「ガァッ……!」
振り返ると、サソリが男の背中にその太い尾を突き立てていた。
「おいっ」
だが、更に火の勢いが増した。サソリが暴れてまた手足をバタつかせる。そのせいで掴んでいた岩がゴリッと外れた。
サソリが慌てたように出した足が逆に壁を蹴る形になった。
そのまま背中を燃やしたまま、サソリは男共々奈落に落ちていった。
俺はすぐに下に足場を作りながら飛び降りた。今度は降りるだけでいいので、足場は少なくて済む。
ジェレミーはもう自分でなんとか上げれるだろう。俺はこの時そう思っていた。
底に降り立つと、黒いサソリは尾を使って体を起こしていた。傍らには男が倒れている。
サソリがまた∞を描くように尾を振りながら、頭上に向かって高い声で啼き始めた。
落下したときに砕けたのか、腰のあたりが少し陥没していて、そのキラキラ黒く輝く破片がまわりに散っていた。
おかげであの玉がさっきより良く見えるようになっている。
少しの間、距離をとって注意していたが、サソリは壁のあたりを左右に行ったり来たりするだけで、今度は上に上がろうとしなくなった。
その隙に男の傍へ行ってみた。
さっきまで人だった男はすでに息絶えていた。奴がつけたフィルターを通して男は灰色に見える。
おかげでその無残な姿を、なんとか少しだけ正視することが出来た。
その体からまだ煙と焦げ臭い匂いが発せられている。
「……どうしてそんな……命をかけられるほど忠誠心が持てるんだ。
……あんな奴に」
俺には分からない何か、主人と家臣の深い繋がりというものがあるのだろうか。
「これは忠誠というより洗脳だな」
姿は見えないが、すぐ近くで奴の声がした。
「コイツはな、代々ジゲー家に使える一族なんだ。生まれた時から主にかしずくように教育されてきている。つまり赤ん坊の頃から崇拝するようにすり込まれてるのさ。
主人のやる事、言う事は全て正しく、盲信して疑わない。おそらく神や王、親よりも大事な存在と感じて、その身や命令を守るのを最大の喜びにしているんだ。
コイツも身を挺して主人を守れて本望だろうよ」
そうなのか。
じゃあこいつもある意味、ジゲー家の犠牲者じゃないのか。
そう思うとちょっぴり哀れな気もしないでもない。
「まあ、コイツの2番目の兄貴は洗脳が解けたようだが。アイツは元々、扱われ方が中途半端だったしな」
「え、こいつの兄貴? 兄弟がいるのか……」
なんか少し申し訳ない気がしてきた。
「おい、それよりのんびりしてていいのか?」
そう言われて頭上を見上げた。
ロープがかなり長いから、まだ上まで登り切ってはいないだろうと思ったが、ジェレミーはさっきからほとんど位置が変わってない。
あの野郎、体力もないのかよ。
木登りや鉄棒なんかやったことなさそうだし、何でもかんでも人にやって貰って、どうせ箸、いや、スプーンより重たいモノ持ったこともないんだろ。
後で考えるとそういう風に思った俺も、なかなかの自分基準野郎だった。
一般人はそんなアスレチックどころか、自衛隊の訓練もどきにロープなんか登らないし、ましてや何十メートルものロープを登るのなんか無理だろう。
しょうがない。俺はまた壁に足場を作って登ろうとした。
「おい、最後まで注意を怠るなと、再三言ってるだろ」
ハッとした。
サソリの声が聞こえなくなっている。
俺はサソリの方をあらためて見た。
黒サソリは今度は壁に尻を向けて、俺の方を向いていた。尾の動きもピッタリ止まっている。
無い目の代わりにその巨大な顎を俺に向け、俺が右に動くとそれも右に動き、左に動くと左に一緒に動いてきた。
「お前を邪魔者と認識したようだ」
奴の含み笑いが聞こえた。
「はあっ?! ジェレミーに固執してただけじゃないのかよ」
「アイツらの念は執着だけじゃないだろ。『邪魔者は容赦なく排除』だ。
今はお前の方が断然近い位置にいるしな」
今更ながらに解析。だがもちろん魔法耐性が強くて何もわからない。
メチャクチャ硬いけど、火には弱いんだよな。
ふと足元の欠片に気が付いた。あいつの破片……。
拾い上げて念のため解析してみる。
《 ブラックダイヤモンド モース硬度10…… 》
「なんだっ こりゃ?! 宝石っ?」
「やっとわかったか。もっと早く気が付くかと思ってたが」
「だってそんな、宝石なんか見た事ないし。いや、それよりあいつ、ダイヤモンドなのかっ」
金属ではないとは思っていたが、よりによってダイヤかよ。エラく高価な体してるな。
それなら火に弱いのも納得だ。
元々純炭素の塊のダイヤモンドに、ダイヤになりきれなかった炭素が、不純物として多く混じってるからこそのブラックカラー。そこら辺の生木より絶対燃えやすいんじゃないか。
「わかった。あいつの弱点は要は火なんだよな。でもなんでそんな簡単な弱点なんだ? あいつさっきのゴリラゴーレムより上位なんだろ? ちょっとマヌケじゃないか?」
俺はじりじりと壁伝いに少しづつ移動した。向こうも磁石に引っ張られるコンパスの針のように、顎の向きをピッタリとこちらに合わせてくる。
「おそらく硬さと姿で防御態勢を構築したからだろう。
それにダイヤは高圧力で出来るのは知ってるよな?
つまりあの超重力の場は、お前を攻撃したんじゃなくて、コイツを創るために高圧力で発生した地盤の質量変化のせいで、たまたま引力が強くなっただけだったんだよ」
「なんだそれっ。じゃあ俺は偶然巻き込まれただけだったのか」
「いや、それは偶然じゃない。玉を取られまいとした結果なんだから、必然だろ」
「もう、そんな言葉遊びみたいなのはいい。とにかくいま問題なのは、あいつの標的がジェレミーから俺になったって事だよな。
それでもって、弱点は火。なんとか燃やすことが出来れば良いってわけだ」
俺は壁から離れて少し距離を取ろうとした。すると離れた分だけ相手も距離を詰めて来る。
いきなり飛び掛かって来ずに、様子を伺っている様子が逆に不気味ではあった。
「燃えるって言ったって、布や紙みたいにメラメラ燃えるわけじゃないぞ」
「えっ、そうなの?」
「さっきも見たろ。そんな風に燃えるなら、他の部分まで燃え広がってたろうが」
そう言われるとサソリが壊れたところって、火が直接当たってたとこだけだ。
「燃えるというより、熱と酸素で気化するんだよ。だから紙みたいに燃えるわけじゃない」
「っていうことは……」
「燃やし続けないといけないってことだ」
『ア〟ア〟ア〟ァ〟ァ〟ーーーーー ! 』
黒サソリが低音で雄たけびを上げた。
「戦闘再開の合図だ」
無慈悲なゴングの鐘に聞こえた。
ここまで読んでいただき本当にありがとうございます。
脱出した者、脱落した者、沢山いた彼らもひとまず外野にいったので
最後のバトルです。
あと2話くらいでダンジョンから出たいです。(あくまで予定ですが)
ちなみに引力と質量の関係ですが、物理得意な人ならそこまで超重力になるほどの
質量ってどんだけなんだよって、思われそうですが、そこは異世界。
細かい事は地球とは違うと思ってやってくださいませ(´・ω・`;)




