第168話☆『消えゆく星の輝き と マイ・ルール』
「あんたっ、ジゲー家のまわし者かっ! こんな時になんだってんだっ」
奴ら俺を狙ったんだ。いや、違う。
弾道は始めからヨエルを狙っていた。この中で一番強い奴から潰す気だった。つまり全員殺る気だ。
「別に今、お前らと進んで争おうとは思ってないぞ」
男が全然悪びれずに言ってきた。
「おれはジェレミー様を無事に地上にお連れしたいだけだ。ただあと一歩、手段がなくてな。
そこにちょうどお前らが来たってわけだ」
「だから隠れて攻撃したってのかっ」
「おれもなぁ、風を使うんだよ」
男のまわりを一瞬、つむじ風がたった。
そうして上を見上げながら
「ただ、残念ながら、人をあんな高くまで飛ばすほどは出来なくてな」
そう話しながらも男から滲み出るオーラが、どんどん赤黒く濁っていくのがわかる。
殺意が滲みだしてるんだ。
「その男の付けているカイトを寄こせ。そうすればお前と女の命は見逃してやる」
「ハアッ ?! そんな事のために攻撃してきたのかっ! 始めからそう言えば手を貸すのに」
「ふざけるなよっ! 貴様らみたいな下賤の者に命乞いなんぞするかっ。黙ってそいつを渡せ。
出ないと全員焼き殺すぞっ」
ボワァッ!! 岩のドームのまわりを凄まじい業火が取り巻いた。みるみるうちに、岩が熱くなってくる。
俺も対抗して火を抑えようとしたが、相手の力が強くて封じる事が出来ない。水魔法も打ち消されてしまい、熱い水蒸気を上げてたちまち蒸発した。
酸欠魔法で火を消そうとしたが、消しても消しても後から湧いてきて、ちっとも減らない。
こいつらっ! この石窯の中で蒸し焼きにする気だ。
ここの上級市民を名乗る奴らは、物を得るのに人から奪う事しか考えないのか。
俺はとにかく中の空気が熱くならないように、壁のまわりに冷気をはった。
「おい、早くしないと焼け死ぬぞ。それを渡せば、2人の命は狙わないと誓ってやるよ」
男の横で調子に乗った若造が声をかけてくる。
信じられっか。
例え殺さなくても、置いてきぼりにする気だ。始めからあっちは助ける気はさらさらないんだから。
足元でまたヨエルが呻きながら動いた。
そうだ、あいつらより今は彼の方だ。
腕をついて、頭を上げてきたヨエルの顔は、いまや半分真っ赤になっていた。首を何筋もの血が垂れて、地面を濡らし始める。
「……エィダァ……」
「ここにいるわっ」
エイダが彼を抱えようとする。
「今、手当をっ」
そう言ってから絶句した。
頭蓋骨が割れてる。これはただの回復だけじゃ無理だ。
「……これを……つけ、ろぉ」
そう言いながらヨエルは片膝をついて、突っ伏したままの状態でカイトのベルトを外し始めた。
「え、なんであたしが」
「いいからっ 言うとおりにしろ……」
下から睨みつけるように言った彼の瞳は、青白い火玉の明かりを映して、同じように青く光って見えた。
「わかったわ……」
エイダが気遣いながら、なんとか彼からカイトを外した。
「しっかり……つけろよぉ」
取り付け方は簡単で、リュックのように左右のショルダーに腕を通して、ウエストベルトを絞める。最後に後ろから足の下を通したベルトを、そのウエストベルトと繋げれば終わりだ。
「おいっ 本当に死にたいのかぁっ!」
外でイライラし始めたジェレミーの声がする。
完全に蒸し焼きにしたらカイトの翼まで焼けてしまって、元も子もなくなってしまうからだ。
ただ、布地より人が耐えられる温度の方が低いのは確かだ。おそらく内部が100度以上になるようにする気だろう。
そんな事よりヨエルを早く地上に連れてかないと、俺の力じゃもう治せない。
転移を繰り返してけば、2人ならなんとかいけるかも……。いや、ヘタに動かしたら危ないかもしれない。
「つけたわよ、ヨーさん」
カイトを装着したエイダが彼のそばに跪いた。
「あ、動かないで」
彼が体を起こそうとしたので、俺は慌てて止めた。だが、彼は俺の腕を掴みながら体を反転させて仰向けになった。
もう、あとで治療師にどうにかしてもらえるように、なんとか出血やハレだけでも抑えられないか。
しかし、こんな大怪我どうやっていいのか。
回復だけじゃ、痛んだ脳細胞までは治らない。かと言ってどう治療すればいいのかも分からないっ。
それに土魔法の方も維持していないと、外壁の土が次々に焼け落ちているのだ。
同時になんか無理だ。
「……あんた、おれがぁ、火ぃ消すから……。ぐっ、こいつを、飛ばせるかぁ」
「えっ、ダメですよ、そんな力使っちゃっ」
「いやよっ! あたしっ 1人だけで助かるなんて。……また、あたしだけが…………」
エイダがグスグス泣き出した。
「泣くなっ……泣き顔は見たくなぃ………。予知どぉりにぃ なっちまぅだろぉ……。
笑ってくれよ……」
「こんな時に笑えないわよ」
彼女の少し怒った顔を見て、フッと、ヨエルが微かに笑った。
「その顔は 予知になかったな……」
「もういいっ! 焼き殺すっ」
外で業を煮やした男の声がした。
壁一枚隔てて、炎のたてるゴゥゴゥバチバチという音が強くなる。
「……このままじゃいずれ、持たなくなる。……だからその前にぃ、……やってやる。
あいつらの、思い通りにはさせねぇ……」
『(ヴァリアスッ! 助けてくれよっ。頼むから手を貸してくれっ)』
テレパシーを強く発したが、返事はなかった。
『(くそっ!! このっ―――)』
やめた。
人には人の、奴には奴のルールや理がある。
もどかしいがその線引きをちゃんとしておかないと、世界がそれこそ混乱してしまうのだ。
人の世の事は、結局人が何とかするしかない。
「……火は消せそうですか」
「ああ……なんとかな……」
それから半泣きで怒り顔のエイダの髪をどけて頬に触れた。
「おれのこと……忘れ ないでくれよ……」
「馬鹿ねっ。忘れるわけないでしょ! この後、一緒に靴買いに行くんだからっ」
「はは……そうだったな……とびきりの 買ってやるよ……」
「絶対よ」
そうして彼女は彼に口づけした。
だが、外ではお構いなしに炎が強くなってきていた。内部の温度がそれほど上がらないのを勘づいているんだ。
土魔法で壁を補強しているのが、間に合わなくなりつつある。ぶすぶすと土が焦げるどころか、溶ける嫌な匂いがしてきた。
急に感触が変わった。
「ナニッ!? 」
外で叫び声がした。
放射状に強い風が吹いて、炎を外側に押しやっていた。
「今だっ」
俺は天井の土壁を崩すと同時に、カイトの翼に風を吹きつけた。
ぶわぁーーーーっと、一気に彼女の体が宙に、地上の穴に向かって浮かび上がる。
「アッ 糞っ!」
俺たちに向かって襲ってきていた炎が、今度は彼女に向けられようとした気配を感じた。
違うっ。俺が操っている風を、妨害する触手が鋭く伸びてきたのだ。カイトを持ち上げる風をほぐそうとしている。凄い力だ。
が、その妨害者の力がかき消えた。
その力は妨害者の力を抑え込みながら、地上の2人の男の前に瓦礫を巻きあげ始めた。
「ランツッ!」
ジェレミーが悲鳴交じりに叫んで、男の背後に隠れた。
「この野郎っ !! まだ生きてやがったのかっ」
男が慌ててその竜巻を抑え込もうとするが、力が拮抗しているのか、その凄まじい風の渦はなかなか収まらない。
それどころか少しづつ彼らに向かってじりじりと詰め寄っていく。
普通の竜巻ならその場を逃げればいいのだが、これは少しでも力を抜くと、たちまち襲い掛かるはずだ。だから男もその場を動けないのだ。
「このっ 死にぞこないが! あの猫と同じでしぶとい奴だっ」
悔しそうに男が歯ぎしりした。
それを聞いて俺は直感した。
ポーを殺そうとしたのはこいつだ。
その憎い相手は今、ヨエルの手で追い詰められていく。
男も俺なんかよりずっと強い風の使い手なのだろうが、ヨエルはギルドのバイヤーが雇用する程の能力者だ。
その彼が今、全力どころか、まさしく命まで燃やしている。
青い目は虚空を見つめているように見えるが、その体から凄まじいエネルギーが放出されているのがわかる。
ストッパーを外して、体への負荷を考えずに力を絞りだしているんだ。
星が死ぬときに、最後の爆発で生涯最大の光を放つように。
しかしそんな事をしたら――――――。
そっちも気になるのだが、こちらも危うくなり始めていた。
地上まであと十数メートルと行ったところで、俺の触手が届かなくなってきたのだ。背伸びをして微かに指先をつけるのと訳が違って、力いっぱい物を持ち上げるのでは伸ばせる距離も違う。
自由まであと少しといった手前の闇で、彼女はまさしく宙に浮かんだままになった。
咄嗟に機転を利かせたエイダが、目の前のロープを掴んだが、女の力では登れない。
不味い、マズいぞっ。
俺もストッパーを外さないとダメか? でも意図的にどうやってやるんだ?!
フウゥーーーっと、足元を波が引いていくように、エネルギーが消えていくのがわかった。
俺のじゃない、ヨエルのだ。
彼が、ヨエルが力尽きたんだっ。
同時に竜巻も力を急に弱め、瓦礫くずを次々と地面に落とし始めた。
「やっと逝きやがったか」
男が一気に瓦礫を吹き飛ばした。
そして上に素早く触手を伸ばしてきた。
やられるっ!
だが、その悪しき手が届く寸前、急に強い風が吹いて来て、彼女を一気に押し上げた。
あっという間に、彼女の姿は穴の外に消えていった。
「チックショウゥッ!! あともう少しだったのにっ」
男が足元の瓦礫を蹴り上げた。破片が手前の遺体にぶち当たる。
なんとかなったが、今のは――。
「あの女はまだ死ぬ運命じゃない。邪魔だから外野にどかした」
低音の声と共に俺の前を塞ぐように、奴の灰色の背中が姿を現した。
「お前……あのSS……」
男がたじろぐ。
「オレはSSなんて名前じゃねぇぞ。お前なんかに呼ばれたくもないが」
そう言いながら体から黒い瘴気を出し始めた。
「……お前、今、コイツを焼き殺そうとしたな。一度は見逃してやるが、2度目はねぇぞ」
奴が今どんな顔をしているのか察しがつく。男が少し後ずさりした。
だけど、1度めから見逃さずに助けろよ。
ああ、そんな事よりヨエルだっ。
足元の彼はすでに目を閉じていた。斜め横に傾いた頭からどくどくと、紅い血だけが流れ出ていた。
「ヴァリアスッ、手を貸してくれよっ」
「それは出来ん。それがソイツの運命だ」
くそっ、やっぱりダメか。
「そうだっ! あんた達、キュアポーション持ってないか? 持ってるんだろっ ?!」
俺は男達に叫んだ。
そこら辺の探索者より装備もちゃんとしてるし、絶対持ってきてるはずだ。
男は黙ったまま突っ立っている。
すぐに無いとか言わないのは、嘘をついてもバレるのを知ってるからだ。
「さっさと出せよっ! 俺も手加減しないぞ。出さないなら、あんた達を殺してでも奪ってやるっ!」
警告の意味もこめて、男の足元に弾を放った。
人に向かって初めて言った脅し文句だったが、撃った弾はゴム弾だ。それは男の足先ギリギリのところで、一瞬潰れると勢いよく斜めに跳ねた。
「やれやれ、そこでゴムを使うとこが、まだお前の甘いところだな」
奴がわざとらしく肩をすくめる。
しょうがねぇだろっ。
人に大怪我させるのと、殺すのとではどんなに似てても俺にとっては違うんだよ。
それは俺が善人でも、相手に申し訳ないからでもない。
例え正当防衛でも人を死なせたら、俺は一生後悔するに違いない。
きっと、相手の顔を忘れる事が出来なくなるからだ。そしてそれはいつまでも付きまとうはずだ。
そんな十字架は背負いたくない。
だからこれが俺自身を守る最後の砦。俺のルール。
越えちゃいけない一線なんだ。
男はひどく嫌そうな顔をしたが、ヴァリアスに睨まれてるせいで、渋々ベルトに着けたポーチに手を入れようとした。
「蒼也、ところで、お前索敵してるか?」
「えっ、さっきまで全力で風を操ってたんだぞ。そんなこと出来るわけないじゃないか」
「最後まで気を抜くなと、いつも言ってるだろ」
その時、足元を伝わる地鳴りが響いてきた。
また蠕動か。
だが、今回の振動はこの足元だけだ。離れた地面は揺れてない。しかも段々強くなってきている。
ハッとした。
足下から何か来るっ。
反射的にヨエルと一緒に、壁際の瓦礫の陰に転移していた。
動かして大丈夫だったか?! すぐに彼を視た。
とりあえずはまだ生きてはいる。
だがもう時間の問題だ。彼からもうオーラをほとんど感じられない。
回復魔法は受ける者の生命力、体力を使う。だから体力がないどころか、枯渇して弱り果てているような者にするのは、治すどころか死への後押しをしてしまう。
ヨエルはもちろん常人より生命力は高い。だけどそれすら先程の防衛で絞りだしてしまった。
今や生まれたての赤ん坊より、体力は落ちているはずだ。もう動かすことも出来ない。
ただ、キュアポーション系は回復総合薬なので、多少の体力回復剤も入っているモノが多いと、先生から聞いたことがある。
早くあいつらからポーションを。
その時、凄まじい轟音が鳴り響いた。
瓦礫から顔を出すと、モウモウとした土埃が奥の通路の方に高く立っていた。何故か俺たちが通ってきた通路に続く穴が、土砂で塞がっていた。これでダンジョンの奥に行くことは出来なくなったわけだ。
男達も不安げに、俺が消えた場所と塞がれた通路を交互に見ている。
いや、それよりも地面から何か来るのに気が付かないのかっ !?
地鳴りが強くなった。
男達も足元がおかしいのにやっと気が付いたのか、その場を後ずさりし始める。
「おいっ 早くポーションを寄こせっ! ヴァリアスッ そいつらからポーション受け取ってくれっ」
だが、奴はポケットに手を突っ込んだまま、微動だにしない。
叫びながら俺の耳には、地鳴りと共にある音が聞こえてくるのを感じた。
高く低く遠く長く響いてくるこの音、あの声だ。
ボゴォンッ!! 高い破壊音を立てて、男たちが退いた瓦礫が盛り上がった。
その瓦礫の間から、黒光りした先の尖った触手が顔を出す。
「くそぉっ! あいつ、ここまで追って来やがったぁっ」
男が顔に恐怖を浮かべて叫んだ。
ここまで読んでいただき有難うございます。




