第167話☆『一瞬先は命取り』
その玉の欠片を拾い上げると、中にこれまたグニャリと潰れた、金色の鈴が引っかかるように入っていた。
その鈴にもジゲー家の紋章が、レリーフで描かれている。
2等だ。このイベントの2等の宝だ。
そうだった。
あのタブロイドの記者がガーゴイルからも、同じような玉が出たって言ってた。なぜか分からないがイベントの宝の玉が2つとも魔法生物の核になってる。
だがそうすると、このゴーレムやガーゴイルはジゲー家が作ったのか?
いや、だけどそれじゃおかしいよな。そんな意味のないことどころか、大事なイベントをぶっ潰すようなマネはしないだろう。自分の首を絞めるようなもんだ。
俺がその玉の残骸を見ていると、ヨエルが少し首を上げてきた
「残念だったな。本当ならそれ持ってけば、賞品が貰えただろうけど。だが、おそらくジゲー家は今、それどころじゃないだろうな。
自分とこの主催のイベントで事故が起こって、しかも魔物からその紋章の玉が出たとなりゃあ、追及は免れないだろう。いくら豪商とはいえ、王都を脅かしたんだからな。下手すりゃ一族もろとも処刑されるかもしれない」
「えー だけど勿体ないわね。それ金って事は2等でしょ? ハイポーション50本よ」
参加するわけでもないのに、しっかりイベントのチラシを見ていたらしいエイダが、軽く肩をすくめながらヨエルの頭を撫でた。
「か~、50本も要らねぇから、1本だけでも今どっかから出て来ねぇかな……」
ヨエルが蹴られた左脇を上にして転がりながら、呻くように言った。
ああ、そうだった。ヨエルは負傷してるんだ。
さすがに防御していたとはいえ、さっきのは無事じゃなかったようだ。
護符のせいで解析出来ないが、脇腹のオーラが赤くなっている。折れていないといってたけど、やはり打撲はしてるのだろう。
それにまた魔力を使い切ったみたいだし……。
リュックに入ってた、キュアポーションと魔力ポーションは、パネラ達を跳ばす時に使っちゃったしなあ。
こんなことになるなら、使わなきゃ良かったと思ったが後の祭りだ。
となると―――。
「あのぉ、良かったら少し治療しましょうか?」
あんまり自信がないが、こういう時にやらねば。
「え、あんた出来るのか ?!」
「あんまり期待しないでくださいね。多分、炎症を抑えるくらいしか出来ないと思うのけど」
エイダと向き合うようにしゃがむと、胸当て越しに彼の脇腹に手を当てた。
思った通り、筋組織下の出血と炎症が起こってる。
出血をそのままにしとくと、あとで血の塊がしこりになって痛むことがあるから、ちゃんと吸収させておくようにって、ハルベリー先生が言ってたな。
だけど一からやった事ないし、こんな細かな血管とかをいちいち繋げるのなんか、まるで何十本とごちゃごゃになった配線を解いて整列させるみたいに困難だ。
『(ヴァリアス、手ぇ貸してくれよ。俺一人の力じゃ無理だ)』
『(初めから完璧にやろうとするからだ。治療じゃなくて回復魔法でやってやれよ。それなら出来るだろ)』
ううぅん、大丈夫かな……。あとで変な風に組織が固まったりしないか?
「どうした、やっぱり無理そうか?」
ちょっと不安げにヨエルが訊いてきた。
「いえ、何とかします。この場は何とかしますから、後で地上に出たら、必ず治療師に診せて下さいね」
ええい、とりあえず応急処置だ。
回復魔法は治療魔法と違って、本人の回復力を文字通りアップさせ、急速に自然回復させる。
だから、筋肉損傷とかの場合、組織が前と少し違う形で細胞がつながったりして、ダメージとして残る場合がある。いわゆる古傷だ。
つまり100%元通りに復元するとは限らないからだ。
もちろん治療魔法だって完全とは言えないが、細かな操作することによって、正常により近づけられるのだ。つまり怪我だけではなく、回復だけでは治らない、細胞の欠損なんかも操作可能だ。
(ただし、四肢欠損のようなのは基本無理。肝硬変のような痛んだ細胞を蘇らすのは出来る)
また回復魔法は、治療される相手の回復力にもかかってくる。
老齢とかで回復力が衰えていると、いくら発破をかけてもなかなか治らなかったりする。
まあ、その点ヨエルなら、普通人より高いから大丈夫だろう。
とにかく回復はイメージが大事。元通りになるように集中して、打撃傷に力を注いだ。
そうしながら同時に視ていかないと、やり過ぎてしまいそうで怖い。施療院では先生がちょうどいい所で止めてくれたから良かったが、今は自分でタイミングをみないといけない。
「お……、痛みがひいてきた」
「良かった、だけどもう少し時間くださいよ」
まだ気を外せない。モヤモヤするこの違和感が消えないと、治ったとは言えないのだ。
1分くらいそうしていたろうか。深く視ても違和感が分からなくなったので、そこで止めた。
「おお、もうこうしても全然痛まないぜ」
体を起こしたヨエルが、体を捻ったり腕を振ったりしてみせた。
先生、不肖の弟子は何とかやりましたよ!
「良かった、ヨーさん! あんた、見かけの割にやるじゃないっ」
エイダが俺の腕を軽く叩く。それは褒めてるのかな。
ふとポケットのスマホを触ってみた。
あの時 氷のようだったスマホは、今は通常の温度に戻っていた。握るとするすると魔力が流れてくる。
少しはチャージ出来たのかな。
「あの、ヨエルさん、この魔石から魔力補給してください」
俺は彼にそのままスマホを渡した。
もう彼にも魔力をチャージしてもらわないと。
「なに、魔石? これは護符か」
右手に握りながら珍しそうに見ていたが、すぐに返してきた。
「う~ん、ちょっとおれには無理みたいだな」
「ダメですか……」
もしや出来るかとちょっと期待したのだが、以前ヴァリアスが言ったように俺にしか効かないのか。
「それはあんた専用の護符用魔石だろ?」
俺の手にしている護符を見ながら
「高価な護符は持ち主以外に作用しないよう、呪文で条件付けしてあることがあるんだ。万一、護符を掴まれて魔力を抜かれたり、魔石目当てに盗まれないようにな。
残念だが、それもそのタイプみたいだな」
「そうですかぁ……、いや、もう一つ試していいですかっ?」
俺は左手で護符を握りしめながら、右手でヨエルの右手を掴んだ。
「え、何するんだい?」
「以前一度だけやった事がある、魔力分与やってみます」
そうだ、魔石がダメでも、俺を通じてなら出来るかも知れない。
ナタリーを連れ帰る時に、奴が俺を通じてだが、先生に魔力を流したやり方。
ヒーリングより確か簡単なはず。
魔力分与はただ魔力を相手に流すわけではない。
そのまま魔力を放出すると、多少は相手に吸収されるかも知れないが、ほとんどは魔素の粒子として周囲に散ってしまう。
例え雷が蓄電池に落ちても、ほとんど溜まらずに放電してしまうのと同じだ。
つまり流し方というものがあるのだ。
脱水症状の人間にただの水を飲ませるより、経口補水液を飲ませるのが有効なように。
更に点滴で直接体内に水分を巡らせるように、早く的確に供給する。
ただの水ではなく、体液と同じ浸透圧にして吸収されやすくなるように、魔力も体にあった浸透圧の調節が必要なのだ。
それはやはりこうした回復や治療魔法に通じているものがある。
果たして俺の右手からそよそよと彼のほうに、魔力が流れ出した。
それは視えないであろうエイダにも視覚的にわかるように、青と黄色の光がぼんやりと手を包んで見えた。
これは少しだが、放電のように魔力が空中に漏れて、魔素と主に気に分解する際に光を発しているのだ。
この色は人によって違ったりするらしい。
もちろん俺の右手から抜けていった分、左手の護符から入って来る。もう俺自身がアダプター状態だ。
するうちに、また護符から入って来る魔力の勢いが落ちてきた。やっぱり完全チャージするには時間が足りなかったか。
しかし、俺はさっき奴にチャージしてもらったし、ヨエルには特に補給しとかないと。
その時、突然また地響きが起こった。
エイダがヨエルの肩に手をかけ、ヨエルは辺りをまた探知した。
俺もチャージを止めて身構えた。
幸いそれほどの揺れではなかったようだ。おそらく震度3くらいだろう。
だが、そのままヨエルは俺から手を離した。
「すまん、もう大丈夫だ。あんまりやり過ぎると、今度はあんたが魔力切れを起こす」
「いや、そんな、まだイケると思いますけど、これで大丈夫ですか?」
俺の方は本当にまだ余裕があるのだが。
「ああ、それにもうここに居過ぎた。そろそろ動いた方がいい」
あー、そっちの心配か。確かにあれから5分以上経ってるかも。
「それに気が付いたか? さっきのゴーレムの攻撃の仕方」
「え、攻撃……、それはゴリラと似てるような……」
「尖った形状の部分が全くなかったし、そんな得物も使わなかっただろ。さっき言った、ゴーレムにやられた女は何か鋭利なモノでやられていた。
まだそういう武器を使う奴が1体はいるって事だ」
忘れてたっ! そうだった。
さっきも彼は別のモノかもと言ってたんだ。
これは急に落ち着かなくなったぞ。
ヨエルは立ち上がりながら礼を言ってきた。
「だけど本当に助かるぜ。やっぱりあんた、あの旦那が側につけてるだけはあるな」
違います。あいつがついたから、こんなになったんです。
「さっきの転移とか、この能力は人に言わないでくださいね。あまり公開してないんで」
「分かってるよ。あんた達の事はギルドにも言わないよ。そうだろ、エイダ?」
「う、うん、もちろんよ。お客の秘密は絶対に漏らさないから、安心して」
俺、あんたの客じゃないけど……まっいっか。
そのままヨエルがゴーレムの残骸から、剣を引き抜くのを見て、俺は慌てて頼んだ。
「あ、ちょっとだけ待ってて」
「ん? どうした」
俺はあらためてその場に両膝をついた。
そうして胸の前で腕を交差させて、足元の人々の為に祈った。
ヨエルも意味が分かったらしく、俺の後ろで軽く頭を下げた。
探知が出来ないエイダだけが、不思議そうにそんな俺たちを見ていた。
「よし、じゃあ行くか」
「はいっ」
再び走りだした俺たちは、今度は順調に進むことが出来た。
先程まであれだけ出てきたハンターも、今度は1体も出なかった。あれが全部だったのだろうか。
再び暗い闇の通路を通ったが、ヨエルが元気になった事もあって―――体力的にはあれだが―――安心感もあった。
そうしてまた瓦礫が転がる場所が見えてきた頃、先の方に薄ぼんやりと明るくなっているのが見えた。
それは穴の上から光が射しているのではなく、なにか明かりが灯っているのだ。
なるべく瓦礫だけの上を走り、近づいていくと、それが小さな青白い光玉だとわかった。
それはあちこちに沢山、瓦礫や遺体の上でぼんやりと光を発していた。。
「もしかして……これ人魂ですか……」
これだけ沢山の人が亡くなったのだから、また魔素と混じってとか、この世界ならあり得ない話ではない。
やや、幻想的に見えなくもないが、やはり気持ちのいいモノではないので、俺はその光玉たちの落ちている手前で立ち止まった。
「ヒトダマ? ウィル・オ・ウィプスの事か? だったらこれは違うぞ。ただの光玉だ」
ヨエルが瓦礫の上に灯っていた、1つの灯りを手に取ってこちらに見せた。
「ウィル・オ・ウィプスだったら、顔があるはずだからな」
うええぇ、そうなんだ。見たくねぇなあ……。
「……皆、可哀想に。あんなに楽しかったのが、こんなことになるなんて思わなかったでしょうに……」
俺の背中でエイダが呟いた。
「まあ、起こっちまった事は仕方ない。祈りより今は脱出するのみだ」
そう言いながらヨエルが上を見上げた。俺もつられて上を見る。
俺たちが降りて来た穴は、遥か小さく遠くポツンと灯りが見えた。
ただ、よく見るとその穴から、同じく青白く発光する紐のようなものが垂れている。それはこの下までは到底届かなかったが、穴の約半分くらいまで下りていた。
「あんなモノもなかったはずだけど……」
「誰か来たんだな」
そう言ってまわりを見回しながら、光玉を軽く放った。
「さすがに下まで降りて来ちゃあいないようだが、ちょっと様子を見に来たんだろう」
「見に来たって、警吏か軍隊がですか」
「多分な。この青い光玉は比較的、魔物を刺激しない光なんだ。だから偵察とかするときによく使われる。おそらく、あのロープを伝ってあそこまでは降りて来たんだろうな」
そうなのか。そういえばあの獣人の警吏さん、まだあそこで待っててくれてるのかな。
あれから誰も転移しなくなったから、心配して誰かやってきたのかも。
「まあおかげで、あそこに部屋があるってのはわかるな。そこに非常用扉があるはずだから」
「あ、俺たち、そこを通ってきました。管理室みたいなとこに、確かに通路がありましたよ」
「よし、とにかくあそこに行けば外に出られるな」
そう言いながら、背中に傘のように畳んであった羽を左右に広げた。それは小型のカイトだった。
「おかげでなんとかあそこまで飛べそうだ。ただ申し訳ないが、俺はエイダを連れて先に上がる。
あんたはちょっと待っててくれるか?
必ず迎えに来るから」
「多分、大丈夫ですよ。俺もなんとか1人なら、あそこまで転移を何回か繰り返せば届きそうだし」
普通の場所なら届きそうな距離も、この歪んだ空間ではいつもの半分も跳ぶことが出来ない。
ただ、あのロープを掴むことが出来れば、あとは上手くいけそうだ。
「そうか。じゃあなんとかなりそうか」
ヨエルは軽く口元に安堵の笑みを浮かべた。
やっぱり2度も戻って来たくないよな。
俺はなるべく破損の少ない床の残骸の上にエイダを降ろした。
「ヨーさん、ありがとね」
エイダが嬉しそうに、ヨエルの首に手をまわす。
「それは後だ。まだ脱出してないんだからな」
だが彼もその時、出口が見えて今まで張りつめていた緊張が緩んでいたのだと思う。
冒険は最後の最後が一番危ない。
そんな事は当然知っているはずの慎重派の彼も、さすがに疲れていたのかもしれない。
それとも、このダンジョンの執拗なまでに獲物に執着する性質が、その警戒心から罠を隠していたのかもしれない。
とにかく災いは獲物が油断するのを、じっと根気よく息を殺して待っていたのだ。
もちろん、彼を守ろうとした俺も、気を抜いてはいけなかった。
ヨエルが彼女を持ち上げようと、少し前に屈もうとした時、微かに空気が動いたのを感じた。
次の瞬間、ヨエルが彼女を俺の方に突き飛ばしてきた。
「ガァッ!」
打撃音とも声ともつかないオトがしたのと、俺が彼女を抱きとめたのは同時だった。彼女の体が死角になって、何故ヨエルが後ろにのけぞったのか、すぐには分からなかった。
だが、彼女越しに、彼が頭を抱えて膝をついたのを見て理解した。
何かいるっ!
「ヨーさんっ!?」
エイダが彼に屈みこむ。俺は咄嗟にまわりに、石の壁を作って防御と共に探知の触手を出した。
おかしい。何もいない。
足元のヨエルは、左のこめかみ辺りを片手で抑えて呻いている。その指の間から鮮血が漏れ出した。
石が飛んで来たんだ。いきなり宙から現われるように。
隠蔽かっ!
今度は探知と空気の差を交互に感じるように視た。
すると10mも離れていない、遺体が折り重なるところで、1つの遺体が起き上がるようにゆっくりと動いているのを感じた。
いや、死体じゃない。目視できない者だ。
俺はソレめがけて、鉄ではなくゴム弾を外に転移させて撃ち込んだ。
ボウッ! ソイツの目の前でゴム弾は一瞬にして燃え尽きた。
「なんだ、しっかりバレてるのか。なら意味ないか」
男の声がして、ソイツが姿を現わした。ついですぐ横の、柱と床の瓦礫の隙間から、若い男が文句を言いながら這い出てきた。
「やっと出られるのかよ。もう待ちくたびれたよ」
そう言って服についた土や砂をはたき落とした。
「まあ、もう少しお待ちをジェレミー様」
そう言った男は、3層でジェレミーを連れて逃げた男だった。
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