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第164話☆『運命に刃向かう者、呑まれる者』


「あっ! やっぱりあんた、ヨーさんをイジメた人っ」

 女が俺を真っ直ぐ指さして大きな声を出した。

 嫌な印象で覚えられてるな~。


「いや、あの、別にあれは虐めてたわけじゃなくて……」

 あの時話した内容を言えねぇしなあ。

「ふふ、分かってるわよ、ちゃんと。あれからヨーさんから聞いてるもの」

 俺の前に来ると女は急に表情を和らげた。

 えっ じゃあ奴隷だったこと、話しちゃったのか?

「ヨーさんが感謝してたわよ。救われたって」

 そうか、それは良かった。だけどあんたもここに来ちゃってるのか?


「だけどあんたもここに落ちちゃったの?」

 俺と同じことを訊いてきた。

 そうして彼女がまわりを見回しながら

「そういえば、あのアクールはいないのね」

 えっ ? 気が付くと確かにヴァリアスの姿が見えなくなっていた。

 あの野郎、面倒くさくて姿消したな。


「あ~ぁ……。やっぱりヨーさんの言う事聞いておけば良かったわぁ……。ヨーさん、ここに来るのあんなに嫌がってたのに……」

「えっ、あの人も来てるんですかっ?! 」

 確かヴァリアスと若頭の話からして、ヤバい確率で死亡フラグが立ってたんだよな。

「ううん、中に入ったのはあたしだけ。ヨーさんは外で待っててくれたの。

 ……きっと今頃、上で慌ててるわ」

 そう言うや、女の顔が急にクシャクシャになり始めた。


 泣くっと思ったが、途中で踏みとどまったらしく、ポケットからハンカチを取り出すと鼻をかんだ。

「ねえ、ここってダンジョンの奥なんでしょ? だったら救助が来るまで、ここでジッとしてるのが一番よね。ここなら水も食糧もあるし」

 意外と胆が据わっているらしい女は、キッと顔を上げて言ってきた。

「そうですね。皆さんはそれが一番ですよ。じゃあ俺はこれで」

 俺はそのまま広場から出ようとした。


 その時、俺の探知に男が凄い速さで、右手の通路を走って来るのを感じた。

 あれっ! この人って―――。


「エイダッ!! 無事かっ」

 紛れもなくヨエル本人だった。

 一番ここに来ちゃいけない人が来たっ !!

「ヨーさん、来てくれたのっ!」

 エイダと呼ばれた女がそちらに走っていく。

 俺の目の前で感動の再会が展開された。

 だがそんな感動よりも俺の頭の中に、不安がしみ出していた。

 あいつら(使徒)の話はどんな占いよりも確実だ。

 だとしたら、この男は高確率でここで命を落とすんだ。

 そんな不安を真っ先に言っていた男が、その恐怖の中心地で女と抱き合っている。

 俺は垣根に背中をくっつけたまま、広場から出るタイミングを失ってしまった。


「エイダ、どこも怪我してないか?」

 ヨエルが体を離すと彼女をあらためて見た。泥があちこち付いてはいるが、かすり傷1つなさそうだ。

「あたしは大丈夫よ。あ……だけど、靴なくしちゃった……」

 そういう彼女の左足は素足になっていた。

「そんなモノ、また買ってやるよ」

 そう言いながら女の頬に手をやった。

 それがスイッチになったのか、急に女がボロボロ泣き出した。


 泣いている女を抱きしめながら、あらためてヨエルはあの夜の礼を言ってきた。

「いや、あれは奴がやったことなんで、俺は何もしてませんよ」

 もう色んな展開に頭がついて来れなくて、いつの間にか私から俺にビジネスライクが崩れつつあった。

「そういや。あの旦那は?」

 ヨエルは辺りを見回した。

「あいつは……そのはぐれちゃって」

 絶対に近くにいるはずだが、隠蔽してるとは言えないし。

「そうか、あの人がいてくれたら助かるんだが……しょうがない」

「あの……ヨエルさんって、ここ……マズいんじゃなかったでしたっけ」

 つい訊いてしまった。


 それについては、考えない事にしていると言った。能力が完全ではないので、ハズレる事もあるしと。

 いや、かなりの高確率だよ、凄いよあんたの能力。

「元々ハンターなんてやってりゃ、多かれ少なかれ危険なのは当たり前なんだ。あんただってその覚悟はあるんだろ?」

 すいません、俺は酷い目にあっても、最悪死なないんです。悪魔に守られてるんで。


「じゃあ、ヨエルさん、魔石とか持ってません? あればこれが使えるんですが」

 俺は例の魔法円布を見せた。

 もうなんとか、この人を地上に連れてかないと。

「いや、今持ってるのはただのキュアポーションだけだな……。おれ自身の魔力も今、半減してるし……」

 そう言いながら斜め上の方に視線を向けた。

「……ん、やっぱり、ここにいる奴らも魔石どころか、ポーションすら持ってきてねぇな。皆このダンジョンをなめてかかってたから」

 あ、この層にいる人たちの持ち物を探知したのか。

 そんな他の人の持ち物なんか考えてなかったよ。


 それからヨエルは頭のバンダナを外すと、彼女の素足の足に靴代わりに巻きつけた。

「とにかく出るぞ。悪いがあんたを守ってやれる余力はないかもしれない。それでも一緒に来るか?」

「ええっ、ぜひっ」

 この世界でイレギュラーの俺が運命を変えるしかない。

 ヨエルは彼女をお姫様抱きをして、抱え上げた。

「よっしゃ、じゃあ行くぞ」

 そう言うや男はまた凄い勢いで走りだした。


  **************


「お前っ、彼女は、ジルシャーはどうしたんだっ? 一緒じゃなかったのかっ」

 横から急に声がして、ランツとジェレミーは振り返った。

 そこには小さな道化師が立っていた。


 ちょうど小部屋に入って隠蔽を解いているところだった。

 偶然、隠蔽を解いた瞬間に出会ったというよりも、途中から付いてきたなとランツは思った。

 何故か兄貴には隠蔽が効かない。

 昔からどんなに上手く隠れても、必ず隠れん坊をすると必ず見つけられた。探知とはまた違う、何かを感じ取っているようなのだが、ついぞ教えてもらった事がなかった。

 チッ、忌々しい。


 それはさっきのゴーレムも一緒だった。

 隠蔽して姿や気配を消しているのに、真っ直ぐに追いかけてきた。

 だからジルシャーを囮にしたのだ。

 おかげでなんとか逃げ切れたが、また奥に逆戻りしてしまったようだ。


「おい、彼女をどうしたんだっ ランツ!」

「どうもしないぜ。置いてきただけだ」

 ランツはジェレミーを半分隠すように前に出た。


「置いてきたって、何処にだっ?!」

「何処だったかもう分かんねぇよ。何しろゴーレムに襲われて、逃げ回ってたんだからな」

「ゴーレムだって……?! お前、彼女を見捨てたのか……」

 道化師フッツが頭が重いように、少しよろめいた。それを見ながらランツは、少し馬鹿にしたように鼻で息を吐いた。


「フン、あんたがあの女に目をかけてる―――いや、デキてるのは知ってるよ。全く、よくあんな女相手にしてるよな。まあ、あんたにゃお似合いかも知れないけどな。

 だがもう、これ以上一族の血を汚すなよ。

 認めたくないが、あんたには一族の血が流れてるんだからな。いくら裏にまわろうが、例え縁を切ろうが、血だけは隠せないからな」

 そう言われてフッツはしばらく下を向いていたが、おもむろに顔を上げた。


「……ランツ、お前は小さい頃は可愛かったよ。おれの後にくっついて、何処に行くにも一緒に来たがって泣いてたのに……」

「なに、そんなガキの頃の話してんだよ。そりゃ俺がまだ世間知らずなミルク臭いガキの頃だろうが。

 いつまでそんな寝ぼけた事言ってやがる。

 それよりもジェレミー様を地上にお連れしなくちゃならないんだ。道を知ってるなら教えろよ」

「………… おれはもう、あそこには戻らないよ」

「あ˝っ ?!」

「おれはもうジゲー家とも、一族とも縁を切る」

 フッツはポケットから折りたたんだ紙を取り出した。


「もうジゲー家は終わりだ。今回のこの事件で相当な被害が出た。もう隠蔽するなんて事は出来ない」

「そうなのか? ランツ」

 後ろでジェレミーが不安げに声を出した。

「ご心配なく、ジェレミー様。これは事故です。全部がジゲー家の責任とは限りません」

 そうしてフッツに向き直ると

「で、なんだ、そりゃ? もしかしてあの女のか? あんた、金庫から盗んだのかぁ」


 ボゥッ!! と音を立てて、フッツの周りを囲うように炎の柱が天井まで立ち上った。

「そいつは立派な盗みだぞっ!

 ああ、あんた、あの女と逃げる気か。ホントに姿どころか、頭までおかしくなっちまったな。

 あんな女、何処に行ったって、嫌がられるだけだぞ」

 

 そう、フッツはジルシャーと逃げる決意をかためていた。

 今まで何度考えても、行く当てもない現実に、決心を鈍らせていたが、ある街の存在が彼の背中を押したのだ。

 それは偶然、旅の商人から聞いた小さな街。そこには紫斑病の生き残りが少なからずいるという。

 その国境付近の街では、その病気の名残りを体に残した人々が、普通に暮らしているというのだ。

 そこでなら彼女も人の目を気にすることなく、陽の下を歩けるかもしれない。

 夏でもスカーフで首を隠すことなく、襟首を出す服も着られるようになるかもしれない。

 万が一、追手が現われたら、国境を渡って、すぐに隣国に逃げることが出来る。

 後は行動するだけだ。


「それがどうしたってんだ。こんな違法ギリギリの契約と道具で、彼女を奴隷同様に扱いやがって。

 そんなとこにはもう、おれはいたくないっ。出ていくからなっ」

「何を寝言言ってんだっ、この馬鹿兄貴! いや、もう兄貴じゃねぇな、裏切り者だっ。

 裏を知り過ぎた身で、簡単に抜けれると思うなよ!」

 炎がどっと、道化師を包んだ。

 ように見えたが―――

 火は揺らぎながら、みるみるうちに小さくなっていった。


「チェッ、小せぇくせに、水の威力はだけは健在かっ」

 ランツが吐き捨てるように言った。

「おれ達をほっといてくれれば、迷惑はかけん。それは約束する。

 なあ、最後くらい、兄の頼みを聞いてくれよ」

 火が消えた薄暗がりの中で、小さな影が歎願するように両手を前に差し出した。

 それを見てランツは、ふと口元に皮肉そうな笑みを浮かべた。


「女と逃げる気みたいだが、もう遅いんじゃないのかあ? 馬鹿フッツ。

 それをよく見てみろよ」

 そう言われて手にした紙を見たフッツは、みるみる絶望に目を開いた。

 その契約書は黒く変色していた。


 ブワァッと部屋半分を炎が襲った。

 だが、その赤い閃光が消えた後、部屋には燃えカス一つ残っていなかった。

「くそっ 逃げやがったか。しょうがねぇ、あいつは地上に出た後に追い込んでやるっ」

 ランツは焼け跡の残る床と壁を見ながら、吐き捨てるように言った。


 **************


 あら、あたし どうしたのかしら。痛みがいつの間にか感じなくなったわ

 感覚がいよいよ麻痺してきたのかも。

 だけどあれだけ苦しかった、息苦しさも全く感じられない。

 いや、息してないんじゃない ?!

 ジルシャーは首を横に動かした。

 するとすぐ横に誰かが倒れていた。


 それは自分だった。


 ジルシャーは自分の体の横に少しズレていたのだった。


 体を起こして、自分の顔を覗き込んでみた。

 乱れた赤毛にさらに赤い、自分の血がベッタリ付いている。顔にも吐いた血が、子供が赤大豆のスープを飲み散らかしたようになっていた。

 そっとそれを拭きとろうと手を出したが、それは触れずに顔の中に入ってしまった。


 ああ、あたしレイスになっちゃったのね。それともゴースト?

 どのみちあたし死んでしまったのね……。


 周りを見回したが、小部屋は変わらず薄暗いままだ。時折、遠くで風が抜けるような音がする。

 だけど誰も来ない。

 昔 牧師様から聞いたように、死んだら天使様が迎えに来てくれないのかしら。

 それとも罪深い、穢れ者だから地獄に落ちるのかしら。

 どのみち、どこへ行けばいいのか分からない。


 どうしていいか分からず、彼女はまた自分の体のそばに座り直した。



 どのくらいそうしていただろうか、急に声がして彼女は振り返った。

「おー、これはまた麗しいベッラドンナ(美女)、こんなところに独りで淋しそうに」

 黒い男は彼女の体ではなく、その横に座っている彼女自身をしっかり見ながら言ってきた。


「あたしが見えるの? というか、あなたも人間じゃないのね」

 魂だけになった今ならわかる。

 ニコニコしながら近づいてくる男は、人とは違うものだと、自然に感じることが出来た。


「人間かそうでないかなんて、そんな小さいこと気にしなくてもいいじゃなーい。

 どう、彼女、おれの子を産む気ないかなぁ~?」

 男はそう言いながら側に屈んできた。

「え……だって、あたしもう死んでるから無理よ。それに生きてても、穢れた体だし……」

 彼女はちょっと恥ずかしそうに、首筋に手を当てて痣を隠した。

「そんなの関係ないよ、シニョリーナ(お嬢さん)。その憂いのあるかげりも魅力的だねぇ。

 でも惜しいことに、物理的に子作りは無理かあ。

 う~ん、残念……」

 黒い男は本当に残念そうに眉を下げた。


「……ねぇ、あなた、あたしを迎えに来たヒトじゃないの?」

「ん~~ん、違うよお。ちょっと仕事が落ち着いたから、その辺をブラブラしてただけ。

 お迎えの天使たちは今、すっごく忙しいから、なかなかここまで来ないかもね」

 そう天井を見ながら言った。

「そうなの……。やっぱりあたし、死んでからも誰にも相手にされないのね……」

「違うよ。そんな悲しいこと言わないで」

 黒い男は項垂れる彼女に、慌てて手を振った。


「君はねぇ、まだ死に切ってないんだよ。仮死状態だから、後回しになってるだけなんだよ。

 きっちり死ねば、すぐに天使がやって来て天国に連れてってくれるよ」

 男は下を向いたままの彼女を宥めるように言ってきた。


「そうなの? あたし、天国行けるの? 今まで表立って言えないようなことも色々やって来たけど……」

「それは君の本意じゃなくて、やらされてたんだろう? あの男に……ンン、あのガキも絡んでるのかぁ」

 彼女の顔を覗き込んでいた男の目が一瞬、真っ黒になったが、すぐに元に戻った。

 それからちょっと壁を見て、また天井を見上げた。

「ねぇ、君、やり直す気はある?」

「え、ええ……。やり直せるなら、いっそ赤ん坊の頃からやり直したいわ。生まれ変われるなら出来るんでしょう?」


「うん、そりゃそうだけど、時間かかるよ。手続きやら何やらでね。それに大人の場合は、多少なりとも贖罪期間があるしね」

「それくらい構わないわ……。ああ、だけどあたしがこのまま逝ったら、フッツはどうなるのかしら。

 あの人、独りになっちゃうのね……」

 彼女はまた悲しそうに目を伏せた。

「そう、このままならねぇ……」

 男が更に目を覗き込んできた。

「このまま一からやり直す? それとも……まだ、未練ある?」


 しばし間があって、彼女は顔を上げた。

「……………… あるわ……」

「よぉーし、いいよ~。正直で」

 男の目がまた黒くなった。瞳がというよりも、眼窩が全て闇で一杯になった。

「今ここは闇が半分支配してる……。運命の天使たちも忙しくて、こんな闇の片隅まで目を向けてない。

 だから、ちょおっとくらい、おれがいじっても誰にも分からない」

 そう話す男の口から、黒い霧が喋るたびに漏れ始めた。


「……ああ、だけどバレてスピィラルゥーラ様(運命の女神)に怒られるのも悪くないかなあ~」

 ヘラヘラと黒い舌を出して笑う黒い男を、ジルシャーは呆然と見ていた。

 するうち、男がこちらに向き直ると

「じゃあねぇ、また後でお嬢さん。

 もし今度会ったら是非、お相手して欲しいとこだけど、悲しいことにきっと、次に目が覚めたら、おれの事忘れてるだろうね~」


 そう言いながら、スッと彼女の額に手を触れた。


 そのままジルシャーは暗闇に意識を落としていった。


ここまで読んで頂きありがとうございます。

やっとダンジョン編も収束に向かいつつあります。

とにかく今回、人を出し過ぎた。というか、散らばらせ過ぎました。

ヽ(´Д`;)ノ ……反省。

どうかあと少しお付き合いお願いしますです。

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