第163話☆『板子一枚下は亜空間』
すみません。また今回1万字超えてしまいました……。
「脱出用にこれ持ってきたんだ」
俺はバッグから例の転移の布を出してみせた。
「ええっ! これどうしたの?」
「ナニ?! 転移魔法円かっ。 これは地上に繋がってるのかっ」
パネラやセバスさんが口々に訊いてきた。
「上で警吏の人から借りたんだ。対の出口の方は地上で用意してもらってるから、これで無事に帰れるよ」
「上って、じゃあ一度地上に出たの ??」
パネラが目を大きくして俺を見た。
あ、いけねぇ……。
「その……」
俺がもじもじしていたら、代わりに奴が答えた。
「別にいいだろ。そっちだってコイツを一度は切り捨てたんだ。お互いさまだ」
それに対してパネラが怒鳴った。
「馬鹿っ! せっかく逃げられたのに、なに戻ってきたのよぉっ! 今度こそ命を落とすかもしれないのよぉ―――」
またダーッと泣き出した。
あらー、そっちかよ。俺は奴を見て、奴は軽く肩をすくめた。
「ワザワザ戻ってきてくれたんだ……」
レッカも泣き顔になる。
「だから俺は大丈夫だって言っただろ」
おお、我ながら映画みたいなセリフ。シュワちゃんなら『 I'll be back 』って感じだよな。
「有難がるのはまだ早いぞ。脱出道具があっても燃料がなくちゃ使えねぇからな。
ここに来るまでにコイツが結構、無駄使いしちまってるし」
奴がワザとらしく片眉を上げてこっちを見た。いきなり落とされた。
「「「エエッ !? 」」」
奴の言葉に、少し明るい顔を見せていた若者たちが声を上げた。
「使ったって魔石をか? 今どれくらい持ってるんだい」
「ええと……これだけです……」
俺がそろそろと出した魔石を見て、セバスさんが少し首を捻った。
「ううん、ワッシは解析眼がないから、この魔石がどのくらいのエネルギーのものか分からんが、こいつは恐らく魔物から取れたモノじゃなくて、採掘された代物――鉱石系だろうな」
「それって何か違いがあるんですか?」
代わりに奴が答える。
「魔物から取れたんなら、個体差もあるが、その種類で大体の強さや質が決まるだろ。
同じ大きさなら、オークよりもあのグレンダイル(ワニもどきの魔物)の方がより多くて強いエナジーを含むし、伏龍のは更に強い。
もちろん翼竜のは強力だ」
「ああ、だが魔物ではなく、純粋に魔素が自然に固まったモノだと、魔物自身の能力の影響がないからパワーが弱いのが一般的なんだよ」
ヒゲをわしゃわしゃさせながらセバスさんが言った。
つまり、自然に出来た魔石というのは、そこら辺の魔素が石や土に吸収されて、濃くなっただけに近いモノだといえる。
だから例えば水の魔物の魔石が、水の魔力を持つような、能力プラスαがないので、そのままエネルギーのみになるのだ。(例外としては火山などの火魔石がある)
このプラスαが電気でいうなら、電圧を上げてくれるような補助作用があるので、無いとあるとでは大違いという事だ。
「そうなんですか……。つい、途中で小さな女の子とかいたので……」
おれはちょっと申し訳ない気分になりながら言い訳した。
「ハハ……、ソーヤらしいや」
エッボがパネラの顔を布で拭きながら、苦笑いした。
「そうさなあ、ここは一番深い層のようだし、地上までどのくらいかかる……」
セバスさんが魔石を手にしながら唸った。
とりあえず他の人たちもいるこの広場で、これを使うのは気が進まないというか、マズいだろうという事で、別の広場に移動した。
すいません、今は助けられないんです。
この層にもハンターが出るというので、通路を通るときは探知で注意した。
無事に2つ先の無人の広場に出ると、セバスさんが向き直った。
「よし、ではその魔法円をもう一度見せてくれ」
地面に広げた魔法円の布の上に、大男が屈む。
そうして魔法円の目のところに手を当てて、しばらく目を閉じた。
「うん、う~ん、直線距離でおよそ1.057マール(約1.7㎞)くらいかなぁ」
「えっ、それで距離がわかるんですか?」
俺の声に学者はこちらを見ると
「ああ、地の能力であちらと繋げば、なんとか距離感だけはわかるんだよ」
へぇー、そういうもんなのか。俺も今度試してみよう。
魔法円の式を太い指でなぞりながら、学者が呟く。
「なんとか速度を調節すれば、いけるかもしれん」
ああ、そういえば、初めて魔法円で転移を使った時も、セオドアが速度を変えて消費エネルギーを軽減したんだっけ。
「なら、いっそのこと、歩く程度くらいに速度を遅くすれば、時間はかかるけど十分足りるんじゃないんですか?」
だが、俺の提案を奴が一蹴した。
「ダメだ。それじゃ時間がかかり過ぎる。皆死ぬぞ」
えっ そうなのか。
ふと皆の顔を見ると、パネラやセバスさん、レッカ、エッボが、キョトンとした顔をしていて、若者たちは “何を言ってるんだコイツは” というような顔をして見ているような感じがした。
「あんた、学校に行ってないの? そんなの低年組で習うじゃない」
ちょっとジト目で金髪の娘が言ってきた。
だって俺、こっちの学校は行ってないし。
「ソーヤは異邦人なんだよ。こっちの常識を知らない事が多いのよ。大体、助けに来てくれた者にその言い方はないだろっ!! 」
パネラが娘の顔前にメンチを切るように、顔を突き出した。
また泣きそうになった娘は、大男の後ろに隠れた。
「転移する時に通るのは亜空間だと言っただろ」
奴が説明してきた。
「似て非なる空間に長くいて、何んの影響も受けないわけないだろ。だから出来る限り時間は短い方がいいんだ」
「ワッシも専門外だから詳しくは知らんが、一般的には60秒以内が推奨されとる。学者によってはその倍はいけるという者もいるが、あまり試す者はおらんな」
そうなんだ。やっぱり宇宙空間みたいに、放射線とかヤバいモノがあるのかな。
体に溜まるモノだったら、俺そろそろヤバくないか?
「こんな話がある」
奴が俺のほうに顔を向けた。
「昔、金持ちだが吝嗇家の商人が、大事な取引にどうしても海を渡らなければならなくなった。
だが、船はどうしても魔物の出る海峡を通る。万全の対策をしていても、大陸と違って海では逃げ場がない。船板一枚下は地獄だからな。どうしてもリスクは地上に比べて高くなる。
それに万全の対策をするために雇う、水使いや護衛の費用も馬鹿にならない。
金持ちはケチな性格な上に、豪傑な肝っ玉の奴じゃなかったから、海を渡るのに気乗りしなかった」
「それで転移を使うことにしたと?」
「そう。転移なら早いし、まず魔物の心配をしなくて済むからな。ただ、船を使うより倍以上の金がかかる。
だからその商人は節約のために、1日で行くことにした」
本来なら船でいくのと同じくらいの日数を取りたかったようだが、そんな十何日もあの亜空間で過ごすのは、さすがに耐えられないと考えたようだ。
何しろ移動中は、あの光の中を出られないのだ。
万が一出てしまったら、亜空間に永遠に取り残されてしまうかもしれない。そんな恐怖もある。
だからそれは誰も試したことがない、推論でしかないが。
とにかく、その手筈で転移の用意をした。
もちろん初めての長時間の試みに、まわりの者たちは止めたらしいが、商人は聞き入れなかった。
24時間過ごさなくてはいけないので、水や食料、暇つぶしの1冊の本と寝袋も持参して、転移ポートに入った。
全て整えて、転移は無事に行われた。
「24時間後、ちゃんと商人は目的の転移ポートに到着した。死体になってな」
奴が口元を少し上げた。
「それは……亜空間の何か放射線とか、悪いモノが作用したのか?」
「死因は窒息だ」
いうなれば宇宙空間も我々からすれば亜空間だ。その亜空間には空気がない。
転移で移動する際、そのまわりの空気も一緒に移動するから、しばらくは呼吸をする事は出来るが、それが長時間になったらどうなるか。
今まで転移での長時間移動は、物資だけで、生物を試したことはなかった。
だから分からなかったのだ。
そのセンセーショナルな事件に、人や生物を転移させる時は、なるべく短時間でという考えが広まったのだ。
「じゃあ、空気を風魔法で沢山確保しておけば、長時間いけるんじゃないのか?」
スペースに限りがあるだろうから、出来るだけ酸素を圧縮して小出しにするとか、空気のボンベを作ればいけるんじゃないのか?
「亜空間に何もいないとは限らないだろ」
奴の目が底光りした。
「今までほとんど事故がないとはいえ、そういったモノが近くを通ったという目撃談があるんだ。
基本、光の中は護符の力で守られているが、それを上回る奴が来たらどうなるか分からんからな。
だから出来る限り短時間の滞在が望ましいんだ」
横から学者が話を引き継いだ。
「安全な転移空間を探る研究でな、記憶石を跳ばした実験があったんだよ。その時に、僅かな時間だったが光越しにこちらを見る、何とも言えないモノが映っていたそうだ。あまりの悍ましさにその記憶石は壊されて、燃やされてしまったが」
え、なに、ダゴンとかが認識されてる世界で、悍ましいって言われてるモノって……どんだけの代物なんだよ。
「亜空間ってのは、1つとは限らないだろ? だから先人たちはそうやって苦労して、今のこの比較的安全と思える転移空間を探し出したんだ。
それが一般的によく使われているこのR474なんだよ」
そう言って学者は魔法円に書かれた式の一部を指さした。
そこには確かに『R474=……』の文字が書いてあった。
『(ヴァリアス……俺が転移でいつも使う空間も、そのR474なのか? )』
俺はちょっと怖くなって、こっそりテレパシーで訊いてみた。
転移で使う亜空間はみな同じだと思っていた。まず亜空間自身の事なんか考えた事もなかったし。
『(違うぞ)』
思わず奴の方に振り返ってしまった。
その俺の動揺に、セバスさんがちょっと眉を動かした。
『(違う亜空間だが、似たようなモノだ。能力で跳ぶ時、無意識に安全な場所を選んでるんだ。それも能力のうちだ)』
そうなんだ。良かった、ホッとした。そんなモノと遭遇したくないからな。
「とにかく、速度を出来る限り落とそう」
学者が髭をせわしなく、すくように掻いた。
それから俺の方を見ると
「君は風魔法が使えるんだね? さっきの言い方だと」
俺は頷いた。
それから大体どのあたりで、誰にどのくらい魔石を使ったのか訊かれた。
「じゃあ時速22マール(約35㎞)ぐらいならいけるかもしれんな」
しばらく上を見て考えていたセバスさんが言った。
えーと、それはどのくらいかかるのかな?
「ちょっと待って」
ブロンド男が話に入ってきた。
「それだと60秒どころか、180秒ぐらいかからない?」
あ、そうなの? さすが若いヤツは計算早いな。
「そうだよ。だけど窒息の危険がないなら、十分いけるだろう。それよりこれを綺麗に書き直さないと」
魔法円の一部を指でこすりながら学者が言う。
「それなら多分出来ると思います」
レッカがナップザックから、布で巻いた工具道具を一式を出してきた。
「簡単な罠や呪文の変更なら、これで出来るから」
そう言って、筆ぐらいの棒の先に丸く巻きつけた布に、何か小瓶から液体を付けると、ポンポンと魔法円の式の一部を軽く叩いた。そうしながらスポンジ状のモノで抑える事を交互にしていく。
染み抜きの要領と同じかな?
するうちにその部分が滲み出して、薄くなっていった。
しばらく繰り返して、見た目には分からないほど、その部分が空白になった。
「よし、いいぞ。これなら十分だ」
学者がそう言うと、レッカが持っていた同じ色合いの塗料を使って、何か書き込んだ。
あそこが速度なのか。
ちなみに元々書いてあった速度は、時速500マール(約804.5㎞)。
スゲぇ速度だな。ジェット旅客機並みじゃないのか。
聞くところによると、元々こういうモノはどこで使うか分からないので、こんな速さなのだそうだ。
「じゃあ、まず一番初めに誰が行くかだが……」
皆が顔を見合わせた。
「つまり、初めの者は、必要なエネルギーを測るための実験体になるわけだな」
奴がニヤニヤしながら言った。
あんた、楽しんでるだろう。
「まあそうだが、まったくの当てずっぽうじゃないぞ。さっきの彼の話から推測して、この魔石でもこれくらい速度を落とせばなんとか、3,4人はいけるんじゃないかなと考えたんだ」
ポリポリと髭越しに顎を掻きながら
「一番いいのは体重が軽くて、魔力、体力のある者なんだが―――」
セバスさんが皆を見回した。
「……怖いとかじゃなくて、おいら今、魔力切れに近いんだ……」
女の子の次に軽そうなエッボが、早くもリタイア宣言する。
「オレはこんな道具は使わんでも、戻れるぞ」
学者の視線を煩そうに、奴がはねのけた。
こいつは自前で行けますから。
「まあ、あんたにはどちらかというと、エネルギー供給のほうをお願いしたいかな。ワッシももちろん出来る限り供給するつもりだが」
するとその言葉に、後ろからあのブロンドの若者が手を上げた。
「あの、だったらおれが行きますよ」
「いいのか? 1番手は言ったとおり、未知数なんだぞ?」
「ええ……だけど、ある程度目安あっての考えなんですよね? だったら試そうかなっと思って」
おお、この金髪男、チャラ男かと思ってたら、結構肝が座ってるな。若いから怖いモノ知らずなだけかもしれんが。
「アラン、大丈夫ぅ?」
2人の娘が心配して彼に訊いてくる。
「へへ……、そりゃ怖いけどさ、おれもちょっとくらいカッコつけさせてくれよ。うっかりハンターに攫われたり、ダサいとこ見せちゃったし……」
それからダークブラウンの髪色の娘に向き直った。
「もし生きて戻れたら……おれのこと、考えてくれる?」
「……バッカねぇ……」
そんな2人を見て、鮮やかな金髪娘がふっと暗い顔をした。
そういや、もう1人いたあの係の若い男はどうした?
「皆は彼でいいか?」
パネラ達も頷いた。
「よし、じゃあここに立ってくれ」
セバスさんが若い男に、円の中心にくるように指示する。
「知ってると思うが、この太い線には触らんようにな」
それは魔法円の中心から放射状に、外の枠まで伸びている幾本かの筋だった。この線がエネルギーのいわゆる導線になっていて、そこに魔石を置くのだ。
補助として自分の魔力を注ぐ時も、この線に手を着くようになっている。そこに魔力を流すと、まずその線状に乗っているエネルギーから吸い上げていくのだ。
魔石と人や生物の場合、魔石の方が抵抗が少ないので、そちらから消費されるのだが、出来れば触れない方がいいらしい。
「じゃ、君、空気をたっぷり頼むよ」
セバスさんに言われて、俺はなるべく純酸素を彼の腰から下に溜めた。二酸化炭素の濃度に合わせて徐々に拡散するように。
「準備はいいかね」
学者が一番外の太い枠線に魔石を置くと、同じく枠に手を当てながら言った。
あ、その外側の枠でも良かったのか。
確かに内側の線状に置くと、下手すると一緒に転移してしまって、残りの魔石も行ってしまう可能性があった。
サァッと枠線に青白い光が走るや、中心に向かって走っていった。以前の転移魔法円を使った時とは流れが逆だ。外枠の魔石からエネルギーが流れているからだ。
そのまま円の内側に青白い光の帯が立ち上る。
その時 !
「お前らも行けっ!」
「「キャアァッ!」」
奴が急に娘2人を引っ掴んだと思ったら、放るように光の中に入れた。
目を瞑ってジッとしていた、若者もビックリして、入ってきた娘を抱きかかえる。
そのまま光が強くなって、中が見えなくなった。
「何するんだっ?!」
いつものことながら俺もビックリだ。
「ピィキャア うるせえから、まとめて送ってやったんだ。どうせ次はあの女たちのつもりだったんだろう?」
そう言って学者の方を見た。
セバスさんは一瞬目を瞬かせたが、すぐに屈んで枠線上の魔石を見る。
さっき使った僅かな欠片はすぐに消滅した。残りの4つの魔石も、うっすらと白っぽい煙をくゆらしながら、徐々に小さくなっていくのがわかる。
「魔石が、魔素と鉱石に分解してエネルギーを出してるんだ。その湯気は鉱石が燃焼してるからだ。
危ないから触るなよ」
屈んで見ている俺の頭の上から、奴が説明する。
怖くて触れるかよ。
そのまま、ほぼ瞬きもせずに俺たちは、ゆっくりと溶けていく魔石を見つめていた。
魔石が残っているうちはまだ大丈夫だからだ。
すごく長い時間経ったように感じたが、急に光が弱くなったと思ったら、光の柱が段々薄くなっていった。
すでに中には何もいない。
そして魔法円から光が完全に消えた。
枠線上の魔石は1つ残っていたが、3分の1程度に小さくなっていた。
すぐに俺とセバスさんは、中心の目の模様に手を当てた。
地上に出現した3人が固まったように、目だけ動かしてまわりを見ている。
ちょっと間をおいて、女の子が泣き出した。若者も脱力してその場に座り込む。
それを獣人の警吏さんと、側に待機していた白衣の男が抱えるように魔法円から動かした。
ああ、良かった。無事にいったらしい。
顔を上げると、セバスさんも安心した笑顔を送ってきた。
「ちょっと焦ったが、無事で良かった。内心、あの子たちがいると動きづらかったからなぁ」
セバスさんがわしゃわしゃと頭を掻いた。
「だろう? だからチマチマやるより、これで良かったんだ。初動に少なからずエネルギーを喰うんだから、まとめて送っちまった方が節約になるしな」
しれっと奴が言う。
「さあ、我々も行くか」
セバスさんが荷物を背負い直した。
「あの、魔石ならまだここにありますっ」
俺は腕からスマホを外して見せた。もちろん電源は切って、画面を見せないようにした。
「ん、こりゃ立派な護符の魔石だな。かなりの魔力を秘めてるんじゃないのか」
スマホを撫でたりひっくり返したり、表面の文字に見入るセバスさん。
隣で奴が嫌そうな顔をしているので、俺は軽く小突いた。
ちょっとくらい外したっていいだろ。
「う~む、確かにこいつは大したもんだ。以前見たドラゴンの魔石のような力を感じるぞ。
一体何の魔石を使ってるんだね?」
「さぁ、頂き物なので……」
メイド イン ゴッドですけど。
「だから、皆もこれで脱出して欲しいんです。俺、そのために来たんだから」
俺の護符を持ったセバスさんを囲んで、皆が顔を見合わせた。
「確かにさっきの魔石4つ分より、エネルギーがあるようなだが……」
セバスさんが唸った。
「そうだよ。だってさっきは軽そうな3人、こっちはこの6人だよ」
パネラが自分とセバスさんを指さした。
うん、重量級を自覚してるんだね。
「4人だよ。俺たちは別で行くから」
「「「「エッ !?」」」」
「ソーヤはどうすんだよっ」とエッボとレッカが目をむいた。
「そうよ。また置いてくなんて嫌よっ」
パネラが険しい顔をする。
「いや、待ってくれ。俺は別に犠牲になるつもりはないよ。その気になれば地上に帰れるんだ、俺たちは」
そう、俺は奴を親指で指した。ふんっと奴がそっぽを向く。
「だけど、それは俺たちだけの話で、皆とだと上手く出来ないかもしれないんだ」
4人はちょっと黙ったままだったが、ややあってセバスさんが口を開いた。
「なんだか分からんが、君たちにも色々と知られたくない秘密があるんだな」
そうして体を揺するように息を吐いた。
「そうなの? ソーヤ」
「……うん、上手く言えないけど、これが一番いい方法だと思う」
『(言っとくがオレは手伝わないぞ)』
奴から冷たいテレパシーが来る。
クソ……わかったよ……。俺がなんとかするよ。
「……よし、わかった。じゃあ我々はその力に甘えるとしよう」
「セバスさんっ ?!」
「いいかね。いくらワッシらがさっきの子たちより強いと言っても、必ずこのダンジョンから出られるとは限らないのだよ。それはさっき奈落に落とされてわかったろう?」
学者がパネラに振り返って言った。
「もし、ワッシらを危険分子とダンジョンが認識したら、いくらなんでも難しいかもしれん。そうしたらワッシも君たちを守り切れんかもしれんのだよ」
「だったら、この転移にかけたほうが、助かる確率は高いのか……」
エッボが呟いた。
下を向いていたパネラがグッと俺の腕を掴んだ。
「本当にまた無事に帰ってくるのよねっ?」
「アイル ビー バック」
俺は親指を立てた。
「えっ? 何??」
「……ごめん、必ず帰るよ。今のは忘れてくれ……」
ああ、言うんじゃなかった。恥ずかしい……。
とにかく出来る限り軽量化する事した。
セバスさんはリュックを降ろし、腰巻の毛皮やベストを脱いだ。
パネラもメイスを置いて、胸当てを取り外す。草摺や靴さえも脱いで、タンクトップにボルドーの革パン1つの姿になった。
エッボやレッカも厚手の上着を脱いで、薄着になった。もちろん荷物は全て外している。
ちょっとだけ、ロッドを手放すのにエッボが躊躇した素振りを見せた。なんだか思い入れがあるのかもしれない。
だが、思い切って荷物の山に放る。
エッボ、俺がちゃんと収納して後で返すから。
空間収納の事を言えないので、なんだかもどかしい。
するとおもむろにパネラが短剣を取り出すと、頭の三つ編みを切り落とした。
えっ ?
「ふーっ やっぱり少し頭が軽くなるわね」
ざんばら髪になったオレンジの髪をかき上げた。
「そうだなぁ、ここまで伸ばしたが、残念。また生きとりゃ伸ばせるか」
そう言ってセバスさんも、そのサンタクロースより見事な濃い顎髭を剃りだした。
え、ええっ そこまでやるの?
俺はやり過ぎではと思ったが、これは全くそんなことはなかった。
「じゃあ、君もムチャせんでな」
「ソーヤ、必ず戻って来てよ」
「うん、後で会おう」
俺は護符を右手に装着して、枠に手を着いた。
護符は俺専用にしか働かないため、俺を通してしか魔力が流れないからだ。
おっとそうだった。
警吏さんからもらったリュックには魔石の他に、魔力ポーションもあったんだ。もちろんそれも出す。あとエネルギーって事なら、キュアポーションも使えるのだろうか?
「おう、有難い。他にもあったか」
セバスさんが魔力ポーションを見ながら少し嬉しそうに言った。
キュアポーションも使えるというので、魔石と一緒に並べる。奴がいるから両方とも俺には無用の物だ。ここは惜しみなく使わせてもらおう。
「じゃあいきますね」
そっと魔力を流すと、シュルシュルと護符から魔力が手を伝って、流れ出ていくのを感じた。
4人が光の柱に包まれて見えなくなる。
皆はなるべく心静かに呼吸をゆっくりにしているが、セバスさんみたいな体の人はどうしても、肺活量が大きくなる。
だから出来る限り、酸素を多めにしておいた。
多すぎると酸素中毒になってしまうので、皆の首下までにして。
1分以上過ぎた頃からか。
腕に着けた護符が段々、冷たくなってきた。
えっ、まだ半分以上あるのに、こんなに早く?
あっ、俺がここに来るまで、転移やら、ジェット噴射やら沢山魔法を使ったからだ。
思ったよりも護符から魔力が減っていたんだ !
そのまま護符が霜がつくんじゃないかと思うほど、キンキンに冷たくなってきた。
マズいっ ! このままじゃ、皆が干上がってしまうっ。
俺は左手も枠に着けると、そこに自ら魔力を流した。
ぐぅうんっと、左手から魔力が流れていくのが分かった。
これはお風呂上りに血の巡りが良くなるなどという、気持ちのいい流れ方ではない。
全力で走った時に、心臓が音を立てて血を体中に送り込むように、魔力が体中を駆け巡るように動くのを感じた。
そしてそれは俺の左手から勢いよく抜けていく。
もう右手首の護符は冷たすぎて、凍傷になりそうなほどだ。
するうちに、俺の下腹がキュウッと引っ込んだ。俺の魔石まで来た !!
次に両腕がキュウううと絞られるように攣れてきた。
いや、内臓が、太腿、足、胸、肩と、体中が引き攣れていく。息が出来ないっ!
首下まできたっ。もう呻き声すら出せない。
これは生命エネルギーを引っ張られてるんだっ !!
そのキュウっとした感じが首を上がって、後ろ頭に這い上ってきた瞬間、俺の頭にふわふわしたモノが注がれてきた。
奴が後ろから俺の頭を掴んでいた。
すると、それはふわふわしている割に、素早く俺の体の中にスルスルと流れていき、そのまま両腕を通って光る枠に抜けていく。
体中の攣りが無くなった。
そのまま30秒ほど、そうして手を着いていただろうか。
ゆっくりと光が薄くなっていった。
ジッと見ているうちに光は更に薄くなり、やがて消えていった。
俺は軽く咳込みながら、魔法円の目のところに手を置いた。
大男が肩で息をしながら四つん這いになっていた。右手が枠線についている。
ああ、あちらでもヤバいと分かったんだ。セバスさんが自分の魔力を注いだようだ。
なんとかミイラ化はしてない。
それをパネラが肩を貸そうとして、警吏さんが代わりに手を貸していた。
エッボやレッカも辺りを見回している。
良かった。とにかく皆無事に行ったようだ。
俺は後ろに思わず座り込んだ。
「ったく、オレがこうする事を見越してやがっただろう」
やっと俺の頭から手を離して、奴がワザとらしく忌々しそうな顔をした。
「まあな。いや、ちょっと賭けだったが」
こいつが手伝わないと言っても、俺を助ける事はするだろうとは考えていた。だからギリギリ引き離されるか、エネルギーをくれるか2択だったが。
「あちちちぃ」
もう冷たいんだか、熱いんだか分からないくらいだ。
慌てて護符を腕から外す。
草むらに落としたスマホは、その黒い面にピシピシと、空気中の水分を凍らせてたちまち白い霜を付けた。
「ああ~、冷たくて付けられないな。これにも魔力入れてくれよ」
だが、奴は首を横に曲げた。
「ヤダね。ほっときゃ周りの魔素を取り込んで元に戻る。それまで我慢しろ」
なんだよ。俺が無理にやったから怒ってるのか?
でもしょうがないので、上着のポケットに入れておくことにした。
体を起こすと、すぐに皆の荷物を収納した。
よしよし、忘れ物は無いよな。これを持って、俺たちもまた地上を目指さなくちゃ。
他に残っている人たちには悪いが、出直してきます。
魔石を一杯用意して。
そうして広場から出ようとした時、探知をやめていた俺の耳に声がした。
振り返ると、そこには通路の先に、こちらに向かって小走りにやって来る女がいた。
それは、王都の花街の『青い夜鳴き鳥亭』で見たことのある、ブルネットヘアの女だった。
ここまで読んで頂き有難うございます。
次回はジルシャーとあの男が出てくる予定です。




