第162話☆『救われる者と消えゆく命』
しばらく下った頃から、所々に松明が壁に取り付けられている場所にでた。通路や石壁を四角くくり抜いた部屋などに、ポツンポツンと設置されているおかげで、薄暗がりながら目でも見ることが出来る。
光で物を見ている生物は、闇よりも少しでも光のあるところに移動する。つまり獲物が通りやすい。
明かりがあるという事は、獲物用の層という事だ。
ここは今までより注意が必要だ。ヨエルは思った。
獲物が通る場所には、それを捕らえようとする奴が必ずいる。先程のハンター以外に、あのガーゴイルや罠があるかもしれないからだ。
速度を下げて注意ぶかく進む。
すると、途中に探知に引っかかるモノがいた。
進行方向から右に逸れた通路先の小部屋に人がいる。
その人物は怪我をしていて、石の床に横たわっていた。
女か。
念のため確認をするが、もちろんエイダではなかった。
装備からして恐らく探索者。部屋の中だが、ハンターにやられて部屋に逃げたのか。それともあのガーゴイル、はたまた何か違うヤツか。
部屋に罠はなさそうだ。
始めから単独だったのか、それとも仲間はやられちまったのか、見捨てられたのか。
まあ、どのみちおれには関係ないことだ。
そのままヨエルは、そちらに行く通路の前を通り過ぎようとした。
が、その時、引っかかるモノを感じて、つい着地してしまった。
この女の首にあるのは―――。
いや、全く知らない女だし、助ける義理もねぇ。今はそんな時間もねぇし。
だが―――。
ヨエルは右の通路の方に進行方向を変えた。
部屋の広さはおよそ18.5Y2(約10畳)、他と同じく松明が1つだけ付いている殺風景な石壁の部屋だ。
ただ少し違うのは、壁や床にまだ風化していない崩れた窪みがあった。何か戦闘が行われた痕だ。
あらてめて罠がない事を確認してから、部屋に入る。
女は手前の角に近いところに横たわっていた。背中から辺りに赤い血だまりが出来ている。
女は意識を失っていないようだ。
入ってきたヨエルに横に向けた顔はそのままに、視線だけ動かしてきた。
傍にしゃがむと女に問いた。
「おい、お前 誰にやられた」
しかし女は唇を微かに動かしたが、喋らなかった。いや、発せなかったのだ。
口から呼吸に混じってシューシューという音だけがする。
肺に穴が空いてるから無理か。
探知しなくても彼女の胸に、小さくない穴が空いているのは一目瞭然だった。
このまま放っておけば四半刻(30分)も持たないだろう。
あの番小屋にあった回復ポーションは2つだけだった。しかもハイポーションではない。
この傷に使っても完全には治らないだろう。それに万が一のために取っておきたい。
立ち上がろうとしたはずなのに、何故か女の首に手を当てていた。
首に麻のスカーフを巻いている。それをずらすと首筋に赤紫の痣が見えた。
だが、ヨエルが気になったのはそれではなく、首に付いていたチョーカーの方だった。
赤い金具の付いたそのリングは、黒曜石のような黒い艶を帯びた鉱石の表面に呪文が彫られていた。
やっぱり―――。
「お前、隷奴か」
ヨエルの言葉に赤毛の女は辛そうに眉をひそめた。
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「ねぇ、あれ、アランじゃないっ?」
エンマが声を上げた。
「えっ?」
アーダとベニートは、エンマが走っていく方向を見た。湧き水の出る彫像越しに、こちらに背を向けて横たわっている男がいた。見覚えのある上等な白地に金の縁取りの服、それに明るいブロンド。
「アランッ!」
その背中を揺り動かされて、ゆっくり体を起こした顔を見て、アーダも走り寄った。
それを見てベニートだけが、親指の爪を噛んだ。
チッ、あいつ悪運が強いなっ。
「おお、あの時の彼か。良かったな。畜食対象にみられて」
セバスが少し笑みを浮かべて、リュックを降ろした。中からまた赤黒い玉の毒消しを取り出す。
「そうか、ハンターに捕まっても、必ず喰われるわけじゃないものね」
レッカが少し肩から力を抜いたように言った。
「あたい達はどうなのかしらね? 時と場合にもよるんだろうけど」とパネラ。
「捕まってここに戻されるだけっていうのなら、何度でも脱出に挑戦したいところだけど、そういう獲物は危険分子に認識されるから2度目はないって、文献にあったよ」
横でエッボが軽くため息をつきながら答えた。
「うわぁ、苦っ……」
毒消しを飲まされてアランが呻いた。
「我慢してー、あたし達だって我慢して飲んだんだから」
「でも良かったぁ。アラン、本当に良かった」
エンマに手を取られながら、ふらふらと湧き水場まで来ると、アランはその水をガブガブ飲んだ。
それを嬉しそうに娘2人が両側で見守る。
「チッ」
ベニートは思わず舌打ちしたが、エッボの視線を感じて顔を逸らした。
クソッ おれだって役に立つとこ見せてやるぜ。
「どうする、セバスさん。見たところ他の人達も段々起き始めてるけど」
広場を見ながらパネラが話しかけてきた。
確かに他の人たちも、寝ぼけまなこのように目をこすったり、首や腕を動かしたり、手をついて体を起こしつつあった。
「うーん、確かに皆覚醒しつつあるようだが、さすがにワッシもそんな大勢は連れてはいけん。申し訳ないが、今は君たちだけだなぁ」
セバスは伏目がちにヒゲをさすった。
「じゃあ、あの子たちを連れてくとして、女の子はもちろん真ん中だね。先頭はあたしとセバスさんでいい?」
「そうだな。固まってくれれば、なんとかこのくらいの人数ならワッシの守備範囲に入れるだろう。
あとエッボには後ろを気を付けてもらって―――」
「おおい、おれだって先頭はってやるよ」
その声に振り返ると、広場の端の手前、通路にジョーカーの服を着た若い男が地笛を地面に立てていた。
「おれだって土使いだからな。役に立つぜ。こうして――」
そうして地笛の音を響かせた。
「上にいる奴らに、おれ達がここにいる事を教えといてやる。そうすりゃ途中で救援隊に会うかもしれないしな」
そうしきりに地笛の音をたてた。
「おいおい、ここが畜食用の層だからって、あんまりやりすぎんでくれよ」
ぼやくようにセバスが言う。
「なんだって?」
少し離れていたベニートにはよく聞こえない。
だが、ベニート寄りにいたエッボが地面を這う音に気がついた。
「おいっ! こっちに戻れっ」
その声にセバスがハッとして男に気を向ける。
「マズいっ! 通路に立つなっ」
意味がわかったベニートは、地笛を放り捨てて跳び退った。
が、一歩遅かった。
彼の体が通路から広場側に入った瞬間、通路の地面が噴水のように噴出したかと思うと、ブンッとほぼ直角にその波が曲がった。
声を発する間もなく、若者の体を覆うと同じ勢いで地中に戻った。
あとには彼が放り出した地笛だけが音を立てて地面に落ちた。
「ううむ、迂闊だったわい……」
セバスが悔しそうに声を絞り出す。
愕然としていたレッカは、後ろの娘たちの悲鳴で我に返った。
「え……、ここ、畜食の場じゃなかったの?」
レッカがキョロキョロしながら呟いた。少し動揺している。
「畜食の場とはいえ、油断は禁物なんだよ。ワッシらは家畜。ワッシらだって家畜場から時々、家畜を選んで潰すだろう」
セバスが諦めたように言う。
「それだけじゃないよ。あいつ、おいらでもわかるぐらいに強い反感(イラ立ち)の気を出してた。多分それをダンジョンに危険分子と思われたんだよ……」
エッボが耳を垂らしながら言った。
「え……なに、何かあったのか」
やっと頭がハッキリしてきたアランが立ち上がりながら訊いた。
「アラン、ベニートがっ ベニーが――」
2人の娘がまた泣き顔になる。
「もうっ あんた達、泣いてる暇ないのよっ! これから命がけで行くんだからねっ。
泣くのは無事に帰れてからにして。 あたいだってそうするんだからさ―――」
そう言いながら、みるみるパネラの顔が驚いたように目が大きく見開かれた。
皆もそのパネラが見ている方角を見た。
そこには別の通路を走って来る、蒼也とヴァリアスがいた。
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いや、とにかくハンター戦は簡単じゃなかった。
この野郎は核を潰せば簡単みたいな事言いやがって、そのまま言葉通りに受け取った俺が馬鹿だった。
確かにそのエナジーの流れを止めれば形を維持できずに、動く土は拡散するらしいが、その核を壊すのが大変なのだ。
魔法人形のゴーレムのように固体の核と違って、エナジーは液体や気体、電流のような不定形なモノである。
まずその中心となっている部分に、剣を刺そうと思っても、するりと避けられてしまう。
いや、動いてしまうと言った方が正確か。
こちらに来て初めてやったスライム狩りの時に、スライムの核が縦横無尽に中で動いてしまって、上手く刺せない手ごたえになんとなく似ている。
土魔法で抑え込んでやろうとしたのだが、表面は硬いのにいざ刺そうとすると、内側はゼリーのようにというか緩い液状土のようで、剣で突くとそのまま横や奥に動くのだ。
「もっと早く切りつけろ。核が動く前に」
それが出来ねぇから苦労してるんじゃないか。これでも精一杯、早く突いてるんだぞ。
「お前の力が足りないんだよ。全部抑え込めないなら局部だけに力をこめろ」
しかしそれをすると、当たり前だがハンターの触手が自由になる。
核を壊すのが先か、俺が喰われるのが先か、もう博打である。
もちろん博打に命はかけられないので、その方法は却下だ。
「本来は抑え込まなくても、切れるもんなんだがなぁ」
俺が悪戦苦闘してる横でのんびり見物してる奴が言う。
「悪かったなっ、どうせ俺は下手くそだよ」
ったく、俺は宮本武蔵じゃねぇんだぞ。水や風が切れるかよ。
「まっ 色々やってみろ。出来ないなら、剣にこだわらなくてもいいんだぞ」
もうやってるよ。土魔法でエナジーの筋を壊そうと思っても、そういう部分は急に魔法抵抗が強くなるんだ。
もちろん電撃も炎も氷の刃も惨敗とまでは言わないが、通じなかった。
俺の魔法はまだまだDランクだ。転移や探知があるから、こうしてかわす事が出来るだけだ。
奴に言わせると、まだまだ操作が未熟で、全部の力を出し切っていないばかりか、力が分散しているのだそうだ。
そんな事この修羅場で言われても、有難く聞けるわけがない。
待てよ、別に武器は剣だけじゃないか。
そうだ、今回 アレがあったんだ。
俺は通路をジェット噴射で吹っ飛びながら、ハンターから大きく距離を空けると、収納から鉄の弾を取り出した。
ピストルの弾は剣で突くより早い。
実際はピストルじゃないが、それと似たやり方、エアガンだ。
泥パックマンが大口を開けて、その喉の奥に赤と紫に光る筋が集まる瘤状の部分を見せる。
その瘤の手前に弾を転移で出現させると同時に、思い切り圧縮空気で叩き込んだ。
ボッシュっと手ごたえがあって、パックマンがブルッと動きを止めた。そうしてザザッと音を立てて泥山になって崩れていった。
やったっ! 上手くいった。
俺は思わずガッツポーズをした。
「まだ安心するのは早いぞ。あと3体いるんだからな」
鬼教官が褒めもせずに、横からまた注意してくる。
そりゃそうだが、このやり方なら楽勝だよ。俺はそう思った。
だが、現実はそう甘くなかった。
3体までは上手くいった。
だが、4体めが違った。
ソイツは核の前に弾が出現した瞬間、グイッと核の位置を動かしたのだ。
「ナニッ!」
余裕をこいていた俺は、すぐ側に接近してきたパックマンから慌てて転移して逃げた。
ソイツは一度、潰れて低くなると、また地面下を潜って真っ直ぐに俺の方に進んできた。
このように動いているときは、的が定めにくい。どうしても捕獲しようと口を開けてくるときになってしまう。
2度目も俺の足元から口を開けてきた瞬間に打ち込んだが、ギリ避けられた。
咄嗟に土魔法で動きを抑え込んで、隙間から逃げた。土魔法を全力でやりながら、まだ転移することは出来ないからだ。
「なんだっ まさか学習能力があるとか言わないよな」
俺は時々ジェット走りをしながら奴に訊いた。
「個体差だな。核に近づくモノに対して反射がいいタイプなんだろう。中にはお前の力くらいじゃ、抑え込めないヤツもいるから気をつけろよ」
「なんだよぉ、そういうのはホント、先に言えってっ」
と言いながらも、あらゆる可能性を考えとかないといけないのか。
調子乗ってた俺。
なんとか4体目を引き離し、パネラ達のオーラを追っていくと、通路を曲がったところに現われた小さな穴に続いている。
穴から茂みが見えた。
森?
入るとあの庭園だった。
「ああ、ここに戻ってきたのか」
残留オーラが強まっている。すぐさっきまでここにいたんだ。
俺はオーラの跡を追った。
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「「「ソーヤッ !!」」」
再会したパネラがボディアタックのように、俺にぶち当たってきた。
「生きてたのっ ?! 掴めるっ! レイスじゃない! あったかいっ アンデッドじゃないのねっ」
凄い力で締められて俺の背骨が軋んだ。女の胸どころか、硬い革鎧と万力で締め上げてくるのだ。
もうベアハッグの何物でもない。
「あダダダダダッ」
「パネラっ、力弱めないと、本当にソーヤがアンデッドになっちゃうよっ」
慌ててレッカとエッボが走って来る。
「あ、ゴメンね、ソーヤ ! 本当にごめぅんねぇ~~~っ」
今度は力を緩めて、だがしっかりと抱きしめられた。
「……なによぉ、人には泣くなって言ったくせにぃ」
なんだか女の子がぷくっと頬を膨らませて文句を言ってる。
「だけどソーヤ、あの時やられたんじゃなかったの?」
そばにきたレッカが嬉しそうに訊ねてきた。
「あれはただの貧血だ」
隣で奴が余計な事を言う。
「貧血っ ?!」
恥ずかしいから言うなよな。ったく。
「その感じ、本当にソーヤだよ~~」
パネラがボロボロの泣き顔のまま、右手で俺の頭をくしゃくしゃにしてきた。
「おお、とにかく良く来てくれたな、あんたがいてくれれば100人力だ」
セバスさんが嬉しそうに奴を見る。
いや、100人分どころじゃないけど、基本 手伝いませんよ、こいつは。
「さあ、じゃあ皆で脱出だ」
セバスさんが大きな体を揺すった。
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『隷奴』というのは奴隷と似たようなものである。
奴隷制を完全撤廃したこの国では、奴隷は禁止されているために、その代わりとして作られた制度だ。
隷奴は主に奴隷と同様、借金や罪人などが使役でその負債や罪を精算する。
だからその金額や罪の重さにもよるが、通常なら契約された労働内で決められた年数を勤めれば、晴れて自由の身になる。合法の元、行われている契約システムだ。
あくまで表向きは。
現実はこの隷奴になってしまうと、奴隷同様、なかなか抜け出す事は出来なくなる。
契約主にもよるが、隷奴として契約した途端に逃亡したり、労働を拒否したりする輩がいる。また、あろうことか契約主の首を狙って自由になろうとする、物騒なヤツもいる。
そのため隷奴には、『隷従の輪』なるモノで拘束することが許されている。
『隷従の輪』は『隷属の輪』と似て、相手を言いなりに従えさせる力を持つ。
契約主には絶対服従で、もちろん主の命を狙うなどという事は出来ないし、命令にも逆らえない。
大きく違うのは、『隷属』は生きた傀儡で意識まで奪われるのに対して、『隷従』は意識までは奪われない。
契約が終われば自由になる道が、仮にも保障されているからだ。
ただ、意識がある状態で耐え難い事をやらされるのが、果たして『隷属』よりマシなのか、それは誰にも答えられない。
ヨエルはポケットからポーションの瓶を取り出した。
回復ポーションは魔法薬である。ゆえに使用者の気で、どのように治すか、その薬の持つ魔力範囲内で操作出来る利点がある。
そのままその傷穴に注いだ。血と共に傷の中にポーションが染み込んでいく。
女の苦しそうな表情がだいぶ穏やかになった。
「血は止められないが、痛みは緩和したはずだ。これでだいぶ楽になっただろ」
ゆっくりと女が頷いた。
「…… ありがとぅ……」
「じゃあ、もう一度訊くが、何にやられた?」
「…… ゴーレム」
「ゴーレム ?! ガーゴイルじゃなくてか? ―― いや、考えられなくもないか。もう何が出てもおかしくない場所になっちまったようだから」
そう、彼女ジルシャーはゴーレムにやられたのだ。
3人でなんとかやって来ることが出来たのだが、ここに来てゴーレムに遭遇してしまった。
通常なら隠蔽をして気配を消している3人が分かるはずもないのに、まるで見えているようにゴーレムは追ってきた。
それでランツが彼女に命じたのだ。2人が逃げるまで時間を稼ぐように。そして隠蔽を封じた。
姿を現した彼女をゴーレムはただちに標的にした。
時間は大して稼げなかった。
彼女の能力ではゴーレムは到底敵う訳なかった。
だが、ゴーレムは止めはささずにまた、薄暗い通路に消えていった。
もしかすると、そうすることで命の灯が消える間際の輝きを、出来るだけ長く味わいたかったのかもしれない。
「一応訊くが、一般市民の女を見なかったか? 24,5歳のクセ毛のブルネットで、琥珀色の目なんだが」
それを聞いて女は軽く首を横に振った。
ゴボッと少し血を吐く。
そうして咳をしつつ
「……見てないけど、ゴホッ この下の層に……捕まった人達がいる……庭があったわ……」
そうか、畜食用の場か。そこにいる可能性はあるな。
「参考になった。じゃあな」
ヨエルは立ち上がりかけて、また首のリングを見た。
『隷従の輪』は『隷属の輪』に比べて、外しやすい。『隷属』のように精神を侵略していないからだ。
ただし、外すにはこの呪いをかけた術者以外、かなりの術者か、それを上回る力がいる。
かなりの魔力がいるのだ。
過剰に流れた電気で電線が焼け切れるように、抵抗力を上回る魔力で断線するのだ。
今持っている魔力ポーションは、質の低い一般向けで、ヨエルには無いよりはマシ程度の代物だ。
ここは他より魔素が濃いとはいえ、魔力が回復するのには時間がかかる。
赤の他人にそこまでやる義理はない。
だが、立ち上がる代わりにヨエルは声をかけた。
「お前、なんで隷奴になった? 借金か? それとも罪人だったのか」
女はちょっと瞬きすると
「…… 馬鹿だったの ……あたし。子供だったから、独りが辛くて……。誰かにすがりたかったの……」
ヨエルは大きく息をついた。首の痣でなんとなく想像はついていた。
自分の身を守れないような幼い時に運悪く巡り会ってしまった災いに、一生振り回されることもある。
それは本人に落ち度がなくても、まだ穢れない赤子であっても、罪深い極悪人と同様に負わされるのだ。
「おい、一度しか言わないぞ」
ヨエルは顔近づけて言った。
「回復ポーションはあと1つしかねぇ。これじゃ血止めが精一杯だ。だが、運が良ければ助かるかもしれない。
それとも……最後に自由になるか?
両方は無理だぞ。おれはまだこのダンジョンを探さなくちゃならねぇから、余力は残しておきたい」
それを聞いてジルシャーはふっと目を閉じた。
そしてまたそのブルーの瞳を開くと
「………… 人として死にたい……」
「……わかった」
ヨエルはそのチョーカーに手を添えた。そうして赤い金具を掴む。
リング全体にエナジーが這い巡っている。それは特にこの赤い金具に巻きつく蛇のように、しつこくまとわりついている。
生半可な力では弾かれる。
一点集中。流れを視ながら、その流れが弱くなる瞬間を狙う。
ドクン トゥクンン トク…… ボグン トクン と不規則なように視えて、微かに規則性がある。
ドックン ドクン トクン ボグゥン クゥンン トク……
ドォンッ !! その瞬間に金具に全魔力を流し込んだ。
ぐらッと来た。
チッ ! 久しぶりに魔力切れか……。
ヨエルは軽く床に手をついた。すぐに魔力ポーションの瓶を開けて飲む。
こんな状態の時に、ゴーレムでも現われたら一巻の終わりだ。
もちろん探知で辺りを探っておいた通り、何もやってこなかったが。
立て続けに2本飲んでしまった。これで魔力ポーションは無し。おれもヤキがまわったか。
もうしばらく飛ぶのはやめておこう。
罠も怖いが、今のところ目立った罠はなかったし、あのハンターぐらいなら飛ばなくとも対抗出来る。
万一の時の為に魔力は溜めておかなければ。
チョーカーを見ると、あの赤い金具が割れている。スルッとそのまま外す事が出来た。
「ほらっ 取れたぞ」
女の顔の前にその黒いリングをぶら下げた。
「……あ、あぁ…………」
血だらけの手で彼女がリングを掴んだ。自分を長い事、縛り付けていたモノが今、その力を無くして目の前にその残骸をさらしていた。
「あ、ぁ、ありが……とう……」
もう片方の手でヨエルの腕を掴んだ。
それをそっと外すと、ヨエルは立ち上がった。
おれにはまだやる事が残っている。
ここまで読んで頂き有難うございました!
ざまあ系ではありませんが、ゆくゆくは悪い奴には鉄槌を下したいと思います。
あと、ご都合主義ですが、多分救いは入れます。はい。




