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第161話☆『道化師の悔恨』


「くそっ しつこいなぁ!」

 俺は思わず舌打ちした。

 

 一度は撒いたと思っていたハンターが、また現われたのだ。しかも数が増えて。

「何なんだ、あいつら。他に獲物がいないからって、振り切っても必ず後から追っかけて来やがって」

 パネラ達のオーラを追いながら入ったホールで、一息つきたかったがちっとも落ち着かない。


「こんなに明るくしてれば、そりゃ検知体センサーに引っかかり放題だからだ」

 俺が打ち上げている光球を見上げながら奴が言う。

「センサーなんかあるのか」

「体で言ったら神経みたいなものか。直接手を出してくるのは、ああやってハンターとかだがな」

 今来た通路を覗かなくても探知で2体、ウロウロしているのがわかる。右側に開いた狭そうな通路には地面ではなく、壁に1体潜んでいる。


「もうハンター除けの泥も付いてないしな。

 大体、気配も消さずにこれだけ走り回ってたら、センサーがなくても気が付くぞ。

 あの感じだと畜食対象というより、確実に殺食対象として見てるぞ」

「俺なんか喰っても美味くないと思うが」

「ダンジョンの好物は肉じゃなくて、獲物が秘めてるエナジーだ。お前のオーラはダンジョンにとって極上の花の蜜の匂いがするんだよ」

「ヤダなぁー。全然嬉しくないぞ」

 そう思ってホールの奥を見た時、あっと思った。


 そこは俺があの超重力で潰されかかった場所だった。地面が陥没したかのように、ひび割れてめり込んだあの沈みがある。

 そこにはちゃんと俺のキツネ面が落ちていた。パッキリ3つに割れて。


「あ~あ、思い切り割れてるよ。これ、重力のせいで割れたんじゃないよな。確か俺が立ち上がったときに外れて落ちたんだから」

 おそらくあのゴーレムが踏んだのだろう。

 ん? なんか靴跡が付いてる。これ、俺の靴跡じゃないな。

 横を見ると、奴は素知らぬふりして斜め上を向いていた。

 あんたかよ~。


「あ~、お前を抱えた時に踏んじまったようだな」

 奴がワザとらしく今、気が付いたかのように言った。

「それはしょうがないが、どうせなら一緒に持ってきてくれよ。元通りに直せるんだろ?」

 泥を払って奴に突き出した。

「そりゃ造作ないことだが、その犬面止めた方がいいぞ」

「狐だよ、きつねっ! なんだよ、俺には似合わないっていうのか?」

 日本のお面だから、俺にはこっちのより全然しっくりくると思うが

「違う、目立つからだ」

 バッチリ目立ってるあんたに言われたくねぇ。

 

 奴が面に軽く触れると、シュルシュルと面の切断面がくっついて、歪みがポコペコと音を立てて直っていった。

「こっちの仮面とは雰囲気がまるで違うだろ。そんなの付けてると、如何にも異邦人を宣伝して歩いているようなもんだぞ」

 そうなのか? 

 でも確かにこっちのマスカレードタイプの中に、このお面はちょっとオリエンタルチックだったかな。


 とにかく前方のパネラ達が通った通路に急ごう。

 だが、そこにもまたハンターが1体いた。

 しかも通路の出口に床どころか壁と天井を、口状に囲むように潜んでいる。

 転移すればもちろん捕まらないが、あまり移動しすぎるとパネラ達のオーラを見失う。

 気配を消すと言っても、あれから隠蔽の練習を全くやってないから、全然進歩していない。

 下手にやるなら疲れるだけだから、やらないほうがいい。


 なんとかギリギリ探知出来た場所まで跳ぶか。

 奴に注意されたし、しょうがないので光球は消した。

 あたりは真っ暗闇に包まれる。

 探知のみで通路を視ながら、ハンターを飛び越して通路に転移した。

 通路に出現した途端、オーラの続きを視てそちらにダッシュする。


 もう探知しなくても分かるぐらいに、急に地鳴りのような音が響いてきた。

 なんだ、あっちも気配を消すの諦めたのか。

 後ろを探知した。

 デカいドーム型の土が大口を開けて、通路一杯に凄い勢いで追っかけてくるのが分かった。


 今度はリアルパックマンか ?!

 またギリギリ先のカーブに転移する。

 すると今度は先を読まれていたかのように、カーブから別のパックマンが出現した。

 もう何なんだよっ !

 ぐわんと、大きく開けた黒い口に閉じ込められる前にまた転移。

 ヤバい、あんまり連続に跳ぶとオーラを確認してる暇がなくなる。


 跳んだ先の通路には、オーラがなかった。あるのは隣の通路の方だった。

 くそぅ、間違えちまったじゃないか。

 後ろから追っかけてくる土パックマンをギリギリまで引き寄せてから、隣の通路に転移した。


 ふうっ、しかもこう転移の連続は地味にこたえる。

 撒くばかりじゃなく、なんとか倒せないかな。

 と、オーラの先を視ていたら、すぐに隣の通路から地面を横移動してくる気配を感じた。

 こいつら、地面下を通って来るから本当に厄介だっ。


「ハンターのエナジーの筋は視えただろ? あの筋に一か所太くなっている場所がある。それが流れの核だ。

 エナジーの流れを作るポンプの役目をしている。そこを粉砕すればハンターは形を保てなくなるぞ」

 何回転移しても振り切れない奴が、横で余裕で言ってくる。

「核ってゴーレムみたいなものなのか? じゃあそれで倒せるんだな?」

「このダンジョンが生きてる限り、また再生するがな。ただ戻るのに時間はかかる」

 パネラ達のとこに、ゾロゾロこんなもの引き連れて行っちゃマズいしな。

 俺は空中からファルシオンを抜いた。


  **************************


「そんなハンターまで出るということは、いよいよこのダンジョンが危険な状態という事ですね」

 道化師の男はゆっくりだが、一度も歩めを止めることなく通路を歩きながら話した。

「ゴーレムのことを訊かないという事は、あんたもゴーレムを見たのか」

 エッボが警戒しながら後ろをついていく。

「ええ、見ましたよ。驚きましたよ、ほらっ 御覧なさい。見るからに一般人がいるでしょう?

 奴が連れて来たんですよ」

 そう言って小さい手で示した先は、通路の交差する十字路、大きく広場になっている場所だった。


 今までの中でも広いその広場には、中央にあの湧き水の出る石の彫像があった。

 他の広場同様に垣根と実った樹々に囲まれたその場所には、30人近くの人間がいた。

 探索者と思われる恰好の者もいたが、その中には平服を着た一般人らしき者もいた。

 それは全て女だった。

「一般客がここに……」

 ベニートも広場に目を見張った。


「あれ、わたしと話をした女がいなくなってるな。勝手に1人で行動してるのか?」

 そう道化師は広場に首を回した。

 確かに先程の時のように横になったり、ぐったりしている者もいるが、半分近くの者が垣根や樹々に寄りかかっているとはいえ、目を開けてぼんやりしていた。

「みんな、起き始めてるのか?」

 レッカが横から覗くように訊ねる。

「やっぱり、魔薬が薄くなってるんだ。だからみんな意識を取り戻しだしてるんだ」

 エッボがあらためて辺りの匂いを嗅ぐ。

「そりゃあ、ただ寝てるだけじゃ、エネルギーも最小限しか使わないし、第一、生命維持のための飲食が出来んからなあ。

 しかし、魔薬の濃度を薄めたという事は、獲物の捕獲から、飼養しよう期に移行したということか」

 セバスがまたその大きな目で彼らを見た。


「そうか、確かに今回の参加者は、ほぼ男だったからなぁ」

 感心したように硬そうな頭をわしゃわしゃ掻いた。

「それが何か関係あるの?」とパネラ。

「ん、ああ、ここはおそらくダンジョンが、畜食用の人間を蓄えておく場所だと言っただろう?

 だが、畜産するにはそのままでは、足りないものがあったんだよ」

「それって女ってこと?」

 エッボの言葉にセバスが大きく頷く。


「そう、生物でも単性生殖でない限り、男ばかりじゃ半永久的にまわせないだろう? だが、今回ダンジョンに入ってきた探索者達は男ばかりだった。

 女、いや、女性はギャンブル性のある冒険はあまり好きじゃないからな」

 パネラ達に気を使って、セバスが言い換えたのをパネラが首を振った。

「別にあたいは気にしないから。確かに今回の参加者は野郎ばっかが多いなとは思ってたし」

「う~ん、確かに今回の宝探しは賞金が破格とはいえ、掴める確率は低かったからなぁ。一発当てを狙う野郎ばっかだったし」とエッボ。

「だから男女比を合わせたんだな。子孫を繁殖させていくように、女を選別して」

「そう、子を産めそうな若い女をね」

 道化師が頷いた。


「ゴーレムがここに若い女どもを連れてくるのを見て、ここで張っていたんです。わたしの知り合いが来ないとも限りませんからね。

 だけど、もう望み薄のようです。先程からゴーレムは来なくなってしまいました。

 もう選別は終了したのかもしれません」

「あんたの探してるという相手は……」

「ええ、若い女です。ただ、今回の探索者たちよりスキルがありますから、もしかすると殺食対象になってるのかも……」

 心なしか小さな道化の男は肩を落とした。



「誰か いるぅー?」

 セバス達のところから1キロほど離れたところで、エイダは1人ウロウロしていた。

 穴に落ちてから急に何かに掴まれて、気が付いたらこの庭園の迷宮のようなところに来ていた。

 そばにいる人達のほとんどは寝ているか、もしくはぼんやりしていて、声をかけても返事をしない。

 ただ1人、通路をやって来た小人の道化師以外は。


 彼女はこのまだ濃度の高い魔薬にも朦朧とならずに、意識をハッキリと持っていた。あの黒死病にもかからなかった彼女は、元から菌や魔薬などに抵抗スキルがあるのかもしれない。

 唯一話の出来た道化師の男は、彼女からホールの床が抜けた事を聞くと、しばらく黙っていた。

 そうしておもむろに、人を探してくると言って広場から出て行ってしまったのだ。

 他に頼れそうな相手もいない為、エイダはすぐに彼の後を追った。

 だが、垣根にでも潜ったのか、相手の姿は見つからなくなっていた。

 彼が隠蔽したとも知らずに。


 かくてエイダは元の広場に戻るどころか、どんどんと遠く外れていき、先の広場からかなり離れてたところまで来てしまったのだ。

 中央から離れたせいか、ここまでくると、十字路の開けた広場に人の姿も見えなくなった。

 心細さについ泣きそうになるが、グッとこらえた。


 そうよ、エイダ。泣いたって神様は助けてくれないのよ。自分でなんとかしなくちゃ。

 彼女はまた通路を歩き始めた。



「おそらく先程の女を捕まえたのは、そのハンターでしょう。ホールの床が落ちたと言ってましたから」

「ホールって、あのエントランスホールの? でもあそこはダンジョンじゃないんじゃないのか?」

 つい不審がるエッボにセバスが

「いや、考えられなくもないぞ。あの入り口は相当短くなっていた。ダンジョンが下にすでに浸食していたのかもしれん。

 しかし、そうなると、想像以上に大事おおごとだな。今回の参加者どころか、相当の一般客が巻き込まれたことになる」

「ええ、そうですよね、大変な事態です。地上がどんな騒ぎになっているか……。

 こんな事になって……もうジゲー家はこれでお仕舞いかもしれません」

 そう言って道化師はジョーカーの仮面を外した。下から浅黒い中年の男の顔が現われる。


「それではわたしはこれで失礼します」

「ん、君はどうするんだ? ワッシらと一緒にいた方がいいだろう」

「いえ、遠慮しときます。わたしはお察しのとおり隠蔽能力がありますから、これでハンター達の目も逃れられるでしょう。

 ただ、あなた達こそどうします? 

 見たところ、そちらの一般人の子たちを連れて脱出する気ですか」

 そう小さな手をアーダ達に向けた。

 途端にアーダがまたセバスの毛皮をギュッと掴む。


「この子たちが自分の足で歩けるなら、連れていくつもりだ。絶対に守れるとは約束出来んが、それでもいいのなら」

「行くっ 行きますっ! 連れてって」

 横からエンマもセバスを見上げながら叫ぶように言ってきた。

「……おれも出来る限り、頑張るよ。一応土使いだしな」

 ちょっと口を尖らせながら、ベニートも言った。


「それはそれは……。わたしには出来ないことです」

 馬鹿にした様子ではなく、本当に感嘆したように男は言ってからレッカの方を振り返ると

「あなたの大事な従魔、いや、家族を傷つけたのは わたしの愚弟がしたこと。

 命令とはいえ、大変申し訳ありませんでした」

 道化は深々と頭を下げた。

 その小さな二つ折りの体を見ながら、レッカは何も言えなかった。


「あんたはどうするんだ? ジゲー家から抜けるのか」

 エッボが声をかけた。

「まず、女を探します。それから先は後で考えます」

 そう言いながら、服のポケットから四つ折りの紙を出した。

「これがまだ黒く変色しないうちは、彼女が生きている証拠ですから」

 四つ折りの紙の中を覗くように見た。


 その時、エッボの目には一番上の文字がチラリと目に入った。

『隷属・隷従 契約……』


「あんた、それって」

 紙から顔を上げると

「彼女はまだこのダンジョンの中に必ずいるはずなんです。弟の命令には逆らえないから。

 もっと早くこうしていれば良かった……」

 そのまま小さな道化師の姿は、霞むように薄くなり、見えなくなっていった。

 後にはジョーカーの面だけが残っていた。


ここまで読んで頂き有難うございます!

次回 第162話 『救われる者と消えゆく命』予定です。

よろしくお願いします。


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