第160話☆『ハンターvsハンター』
「セバスさんっ、良かった無事だったのね!」
パネラがすっ飛ぶように、セバスのところへ走り寄った。
「ああ、あん時、土に巻かれたというより、なんだか遠くに吹っ飛ばされた感じがしてな。
気が付いたらこの4層にまた戻ってきていたってわけだ。
この子らと一緒にな」
そう言ってセバスは、腕に抱えていたアーダを地面にそっと下ろした。
「ほらっ 君もそろそろ大丈夫だろ? 自分の足で立っとくれよ」
降ろされてアーダは地面にへたり込みそうになったが、セバスの毛皮にしがみ付きながらなんとか足に力を入れた。
「この子は別に怪我はしとらんのだが、ちいと腰が抜けてしまってな。だからワッシが抱えとったって訳さ」
確かにアーダの足腰は、生まれたばかりの小鹿のようにワナワナと小刻みに震えていた。
「でも、飛ばされたところがここで、まず良かったよ。水も食べ物もあるし、それでなんとか落ち着けたんだ」
そしてキョロキョロと3人を見回すと
「あの2人はどうした。もしかしてはぐれたのか?」
それを聞いてパネラが視線を足元に落とした。エッボとレッカも垣根にもたれたまま、下を向いた。
「ん、まさか、やられたのか」
セバスが大きな目を見開いた。
「……ソーヤは、やられちゃった……。兄さんは途中まではぐれてて、ソーヤがやられた時に戻って来たけど……」
「………」
「ソーヤを助けられなくて……あたい、見殺しにしちゃったんだよ。……だから兄さん怒っていなくなっちゃった……」
また思い出したのか、パネラがうるうる目を潤ませた。
「そうか……そいつは大変だったな。辛かっただろ……」
セバスはその大きな手をパネラの肩に乗せた。
「あんなハンター相手じゃ無理だろう。下手すれば皆やられてたはずだ」
「それが、ハンターじゃなくて、ゴーレムだったの」
「「ゴーレムッ ?!」」
セバスとベニートが同時に声を上げた。
「ハンターだけじゃなくて、ゴーレムまで出たのかっ」
「マジかよ……」
ベニートがイラつくように、頭を掻きむしった。
「それが―――」
「すいませんが、ちょっとそのハンターの件を詳しく聞かせてもらえませんか」
皆が驚くとともにセバスの後ろを見た。
そこにはいつの間にか、小柄な道化師が立っていた。
「あんた、さっきの、2層で会った係の人だよな?」
エッボがなんとか起き上がってやって来た。その顔は疑い深げに眉を寄せて、耳が立っている。
「あんた、現われるまで匂いもしなかったし、足音も聞こえなかった。隠蔽を使ってただろ」
「「えっ」」
それにパネラとレッカがすぐに身構える。
若者たちはなんだか分からないという顔をし、セバスは片眉を微かに吊り上げた。
「もしかしてジゲー家の回し者っ!」
「あんたが、ポーを酷い目に遭わせた奴かっ ?!」
レッカが声を荒げて立ち上がった。
「申し訳ないことをしましたが、アレはわたしじゃないです。
それに今は非常時です。敵味方を言っている場合じゃないでしょう」
男は小さな手のひらを見せた。
「ここは情報交換といきましょうよ」
周りの人達をぐるりと見ながら
「わたしも仲間を探してるんです。いえ、1人の女をね」
*****************************
やっと瓦礫が無くなった頃、穴は急に尻すぼみに小さくなると、また3層のような洞窟のタイプの通路になった。
岩壁にワームが通った跡のようにうねった横穴が続き、途中で横穴や枝分かれしたりしている。
光球に照らされる土壁も灰色の岩混じりになってきた。
天井の高さは低いところでも3mくらいか。横の幅も同じくらいだろう。
皆はどこに行ったんだろう。この方向で合ってるのか不安になる。
枝分かれに出る度に、どっちに行くのが正解か迷う。
何しろ皆のオーラどころか、誰の気配も感じないのだ。
とにかく奥に行くしかない。
「ヴァリアス、さっき重力の罠にはまったときに転移出来なかったんだが、あれは空間の歪みのせいなのか?」
俺はいつも通り音も無く、横にピッタリとくっついてくる奴に走りながら訊いた。
「いや、あれはただのお前の力不足だ」
「何? だって転移のエネルギーは『距離×物体の重さ×速度』じゃないのか。あの時の重さは凄かったが、数m動くぐらいなら、100m先に跳ぶのと変わらなかったはずだぞ」
「エネルギーだけで考えるなら、もっと少なくて済んだ。だが、お前自身が動かす力が足りなかったって意味だ。
転移するという事は、物体を動かすという事だ。
自分を動かすときは足腰や、腕を使って体を持ち上げるだろ。たとえ体力があっても脚力が無ければ歩けないのと一緒だ」
「じゃあ、例えば俺が持ち上げられない重さは、転移させられないって事なのか」
「そうだ」
うぬぬ、そんな仕組みになってたのか。しかしいつもながら、そういう大事な情報は先に教えろよなぁ~。
「確かにあの重力地獄はヤバかった。あの罠は探知にも引っかからなかったしなあ」
今度引っかかったらどうやって抜け出そう。
「あれは罠じゃないぞ。お前が例の玉を取り出そうとしたから、ダンジョンが反射的に掴んだんだ。
意志ある地殻がその力で握ったからな。地面の質量が一時的に巨大になって、引力が強くなったって訳だ」
「ええっ、ますます厄介だな。どうやっても玉を渡さない気か」
こんなダンジョンみたいな超自然が相手じゃ、こいつみたいな奴じゃないともう無理じゃないのか。
「あんな事はもうしないだろうな。あれは相当エネルギーを使ったし、あの時、守りの体制を変えたようだから。恐らくアレが最終形態だろうな」
そう奴が斜め下の方に目を向けながら言った。
「なんだよ、最終形態って。そのまんまラスボスじゃねぇか」
とんだリアルダンジョンマスターになってきた。
「おい、そんな無駄口利いてる暇あるのか。ちゃんとまわりに注意してるか」
その言葉と同時に俺は立ち止まった。
ちゃんと注意していたから、俺にもわかった。
20m程先の通路の地面がおかしかった。
一見すると普通の地面なのだが、探知で感じる地面の一部に、エナジーが流れる何か血管のような筋が集まっているのだ。
それは獲物をじっと待つ獣が身を伏せているように感じられた。
「ハンターか」
セバスさんに貰った、あの別ダンジョンの土は、今やほとんど付いてない。
あの超重力場でほぼ落ちてしまったからだ。
もうハンター除けはない。
急に地面をその筋がこちらに動き出した。
目視では全く地面は変わらない。
だが、俺のもう一つの眼には、水面下を走ってくるピラニアの群れが見えた。
10m手前でそのエナジーの群れを土魔法で押さえ込んだ。
赤や紫に明滅するその光の筋は、ビクンと動きを止めると、抵抗してプルプルと震えた。
「このっ、やっぱり抵抗力が強いな。吹っ飛ばせないぞ」
俺は押さえ込みながら、土を飛散させようとしているのだが、なかなか上手くいかない。土自身が内側に力を入れて、グッと丸まっている感じでそれ以上動かせないのだ。
いつまでも押さえ込んでるだけじゃ埒が明かない。
などと思っていたら、下から同じようなモノが近づいてくる気配があった。
「くそっ 2つ目が来やがったっ!」
足元から土のクジラが、つぼみを開くように巨大な口を開けた瞬間、俺は40m先の分岐点前に転移した。
振り返ると、開けた口を閉じて土のクジラが地面に戻っていき、押さえ込んでいた地面が反動でボコンと隆起したのが見えた。
だが、すぐに2つとも俺の方に向かって、地面の下を走りだす。
「しつこいなっ」
迷ってる暇がないので、咄嗟にやや下向している左側の穴に飛び込む。
するとハンターも追ってくる。
「何か喰わないと引っ込まないのか?」
俺は走りながら叫んだ。
「お前を捉えてるからだ。というか、この光とお前の走る振動で気配を察してるんだよ」
見えない姿から返答が来る。
「この闇の中を、探知だけで進めってのかよ。飛ぶこともまだ出来ないし―――、いや、切り離してやるっ」
ダッシュと同時に圧縮空気を背中に巻きつけると、ジェット噴射を出した。
ぐわぁんっと体が吹っ飛ばされる。
20mくらい一気に跳ぶことが出来た。そのままの勢いでダッシュを続け、ホール状になった空間に入るとハンターたちは追って来なくなった。
通路にしか出ないというのは本当なんだな。
そうして蟻の巣のような通路や小部屋を、いくつか進んでいくうちにオーラを感じた。
これは―――
その通路に感じたオーラは俺たちのモノだった。
通った事がある通路、そして入った事のあるホール。
俺はホールの中に飛び込んで、その光景に思わず壁を叩いた。
そのホールの中は何もなかった。ただベージュがかった茶色の土砂が埋め尽くしていた。
目にはそう見える。
だが、ここはあの老若男女が倒れていた場所だ。あの女の子も。
間に合わなかった……。
いや、俺一人じゃ、どの道どうしようもなかったのか。
なんだか無力感で、その場にしゃがみ込みそうになった。
が、その時、土の上を探知していた触手に、僅かな色が引っかかった。
その部分に意識を集中すると、果たして壁際に、飴色がかったブロンドの頭が少し出ているのが見えた。
慌てて土や砂を風魔法で飛ばしながら、駆け寄った。
女の子は辛うじて生きていた。
壁にもたれ掛かり、頭を前に下げていたおかげで、顔の下に少し空間が残っていたらしい。
すぐにあの転移の布を広げた。
「お前なぁ―――」
「黙ってろよっ これが俺のやり方だっ! この子くらいは助けったっていいだろっ」
魔法円の目に手を当て、向こう側にまた警吏さんがいるのを確認して、女の子の横に魔石を出した。
軽い女の子1人だが結構 奥に来たから、一体どのくらい使うんだろう?
リュックの中の魔石は、さっきの残りも合わせて6個ある。
目安が分からないので全部置いた。
女の子が無事に消えていったあと、布の上には4個と僅かな欠片が残った。
布と魔石を収納して立ち上がるまで、奴は何も言わずに横で腕を組んで立っていた。
「……ヴァリアス、疑問があるんだが、答えてくれるか?」
怒ってるかもしれないと思ったが、すんなり返事してきた。
「なんだ?」
「なんであの崩落した穴まわり以外に、この穴にも一般客がいたんだ? あっちは皆、そのまま瓦礫の下敷きになっていたのに、こっちじゃ土砂に埋もれての窒息死だ。
違う殺し方をするのに、わざわざこっちに運んできたのか?」
「選別のためだ。エッボの奴も言ってただろ、殺食用と畜食用に獲物を仕分けるって。
あの陥没で落ちた瞬間、ハンター達が半分近くの人間をキャッチして、いったんここに連れて来たんだ。
それから畜食用の奴を選り分けて、その残りをこうやって緩慢な死で覆ったって訳だ」
「畜食用って……、もしかしてあの4層の庭園にか?」
「そうだ。あの学者も言ってただろ。あそこが人間が棲めるようになってるって」
そうか。じゃあもしかすると、パネラ達がもし捕まっても殺されてなければ、あそこにいる可能性は高いんだな。
とにかく今は残ったオーラを手掛かりに、皆を探そう。
パネラ達の残したオーラの跡を追って、俺たちはまた奥に向かった。
*****************************
ワームの穴倉のような通路を飛行中に、ヨエルは後ろから何かが近づいてくるのを感じた。
それは何かのエネルギーの塊り、赤紫の光を明滅させる大きな触手、そして地面ではなく、天井に沿ってかなりの速さでやって来る。
それは天井の面ではなく、岩土の中を猛魚が泳ぐがごとく進んできた。
ガーゴイルが出るようなダンジョンだ。何が出てもおかしくはない。
この動きはもしかすると。
そいつはピッタリと後をついてくるどころか、じわじわと間隔を詰めてきた。
どうする、吹っ切るか。
だが、これ以上速度を上げると、エイダの痕跡を見落としかねない。
もしハンターだったら、通路を抜ければまけるだろうが、もしそうでない場合は厄介だ。
それにハンターは仲間を呼ぶ。
あいつらは獣でもないくせに、時に獲物が手ごわいと共同で狩りをするのだ。
それはダンジョンという体内を駆け巡って侵入者を撃退する、白血球のようなものだ。
もちろんヨエルにそんな知識はないが。
ここで仲間を呼ばれて増えたりしたら、帰りが厄介になるかもしれない。
辺りに罠などがないのを確認して、ヨエルは地上に降りた。すぐに背中の羽を畳む。
天井の中を走ってきたそいつは、にわかに速度を上げてきた。そうしてヨエルの頭上に来るやいなや、岩土から巨大な花が咲くように口を広げてきた。
一般的に風にとって地は相性が悪い。地が壁となって風を除け、防いでしまうからだ。
でもそれは、あくまで力が同等以下の場合。
ヨエルを包み込もうとした土の花びらは、そのままヨエルの頭の上で固まった。
閉じようとする力と拮抗する抑止力に、土の塊が小刻みに揺れる。
「驚いたか、地の狩人。おれは土使いじゃないが、こうやって空気を圧縮すると壁になるんだぞ。下手な岩より硬くな」
そうして剣を抜くと、動けずに明滅を繰り返すその筋の中心に突き刺した。
そのまま剣をグリッとえぐるように回転させる。
パッと土の花びらは形を保っていられずに、ただの土砂と化した。
良かった。一般的なハンターのタイプだ。たまに代わり種がいて、核をやっても動くだけで、エナジー全体を吹き飛ばさなくちゃならない面倒な奴もいるが、こいつはそうではなかったようだ。
今はあまり余計な魔力は使いたくないしな。
しかし―――と、また羽を広げながら、ヨエルはふっと口元を少し緩ませた。
おれも自分の死を恐れる臆病な面がある一方、こうして戦闘にはどこか高揚感を感じてしまう。
やっぱり根っからのハンターなのかもしれない。
もし、このダンジョンを無事に抜け出せたら、今度こそ、Sランクの昇格試験を受けてもいいかもしれないな。
ギルドからは、何度か昇格試験の誘いがあったが、Sランクは目立つからAランク止まりにしていた。
だが、もう誰もおれを捕まえる権利がないのだから、そろそろいいだろう。
おれがSになったら、よく雇用してくれるあのギルドのバイヤーは、気軽に使える値段じゃなくなったと、ぼやくだろうか。
AとSじゃ、たった1つのランク違いとはいえ、かなりの開きがある。
今までの稼ぎに比べて、報酬も大きく違ってくる。
自由になったのだから、宿を渡り歩くよりもどこかに一軒家でも買うか。
そうして所帯でも持って―――。
ふっ、今考えてる場合じゃないな。
ヨエルはまた空中に体を浮かした。
ここまで読んで頂き有難うございます!




