第16話『鱗を納品する』
今回切りが悪くて長くなってしまいました。
どうかお付き合いのほどお願いします。
せっかくの澄んだ水は、どんよりと曇った空を映して灰色に見えていた。
俺達はさっき岩山の上から見た、湖のほとりに立っていた。
覗き込むと水は濁りなく、下の方に藻のような水草がびっしり生えてゆらゆら揺れていた。水草の隙間から時々小さな魚が見える。
俺は草むらに集めた鱗を出して水辺で1枚づつ洗い始めた。
「そのまま渡しても問題ないぞ」
「いや、商品として納品するんだから、せめて泥汚れぐらい落とさなくちゃ」
周りの空気は重いが、水は匂いもなく冷たくて気持ちいい。さっきの洞窟での臭いも耐汚染してあったのか、服についてないようで良かった。
俺は鱗を洗いながら欠けている物とそうでない物と、分けながら草の上に1枚づつ置いていった。
「索敵してるか?」
「いや、してないけど……」
俺はヴァリアスの方を振り返った。
その時左目の視野に、水面から何か浮かび上がってくる黒い影が映った。
反射的に後ろに飛び退いたのと、水面からデカくて長く伸びた口が飛び出してきたのが同時だった。自分で避けたつもりだったが、一瞬早くヴァリアスが俺の襟首を掴んで後ろに引いていた。
俺が草むらに尻もちを着くと同時に、空中に上がりきったそいつの白い腹が見えた。
「ワニかっ !!」
だがそいつは再び水の中には戻れなかった。空中で虚空を噛んだ瞬間に、黒いショートソードが首に深く差し込まれたからだ。
「こういう所では警戒を怠らないのが基本だぞ。こういう水場には、水を飲みに来る獲物を待ち構えてる獣や魔物がいるからな」
まだ脚と尻尾がピクピクしているワニを、刺したままヴァリアスが言った。
「すまん、迂闊だった」
確かにこんな何が出るかわからないような所で、注意してなかった俺が悪い。ドラゴンの件が終わったあとなのでちょっと気が抜けていたようだ。
「コイツはな、グレンダイルと言う水に棲む魔物だ。こうして水を飲みに来た獲物めがけて、急に飛び出して引きずり込む。
水辺から離れても脚が早いから、陸上でも危険なやつだ」
そいつは腹以外は黒ずんだ灰色で、目が左右に2つずつあり、顎の下に数本のナマズのようなヒゲがある以外は、ほぼワニによく似ていた。
ヴァリアスが肩の高さまで持ち上げてても、腹が水の中に入ったままだから4メートル以上あるんじゃないか。
「肉はフライにすると美味いんだぞ」
ふーん、味もワニに似て鳥肉に似てるのかな。
って、血! 血が水の中にドクドク流れ込んじゃってるよ!
「おいっ、助けてくれたのはいいけど、血で水が汚れちゃったよ。もうここじゃ洗えないぞ」
せっかく洗った鱗も返り血で汚れてしまった。
「いつ気づくかと思ったが、そんなの水魔法でやればいい。ここでなくともできるぞ」
その手があったか-!!
もう魔法生活一年生だから、そういう応用に気が付かないんだよな。練習もかねてやってみるか。
俺は初日に平原で出した時のように、空中に直径1mくらいの水球を浮かび上がらせた。
その中に残りの鱗も全部入れて、両手でガシャガシャ洗うことにした。
「あれっなんか……他にも来てないか」
水魔法に集中しているのでブツブツと切れ気味だが、索敵したままにしていた俺の感覚に、水の中から近づいてくる大きな生き物が引っかかった。
「気付いたか。仲間の血の匂いでおびき寄せられてきたんだ。ついでだから獲っていこう。お前は少し下がっていろ」
言われなくても下がりますよ。俺は水球を持ったまま水辺から離れた。
ヴァリアスはワニもどきの首を掴むと、ショートソードを引き抜いた。そのまま後ろの草むらに絶命した獲物を放る。
途端に2本の水柱が上がって、ワニもどきがほぼ同時に飛び出してきた。
が、俺に見えたのは2匹がそれぞれ大きく口を開けた瞬間までで、次には両方とも目の上を切られ地響きをたてて草の上に落ちていた。
「うむ、まあまあ太ってるかな」
倒した獲物の血を水魔法で全て空中に抜き取ると、草むらや水中に落ちた血も吸収して、大きな深紅の球が空中に出来上がった。
「ここに放っておくとまた蛭が来るからな。今度はプランクトンの餌にしておくか」
そういうと紅の球は勢い良く水の上を滑るように飛んでいき、湖の真ん中あたりで大きな血飛沫を上げて落ちた。
「血も抜いてあるし、爬虫類なら抵抗感ないだろう?」
そう言って今度は空中から刃渡り20センチくらいのダガーを出した。そうしてひっくり返した獲物の下腹に一筋切れ目を入れると、中から薄い膜に包まれた丸いものを取り出した。
「魔石って聞いたことあるか?」
膜を剥がしてから、その石らしいものを俺に放ってよこした。
「あるよ。本当に魔物の体内にあるんだな」
それは完全な球体じゃなく、ちょっといびつに凸凹した、水色がかったシルバーの真珠のような石だった。大きさはテニスボールくらいか。結構重い。
「魔物は体内の魔素の量が多いからな。それがグルグル体の中で回るうちにこうして固まって、結晶化したりするんだ。一般的に魔力量の多いヤツほど大きくて、その持ち主の属性を帯びる。
こいつのは水属性だな」
他の2匹からも魔石を取り出しながら
「ちなみに魔人や魔力量の強い人間でも出来たりするぞ」
「それって結石じゃないのか。痛くなったりしないのか?」
「痛みはない。それにこれは魔素の塊だから体内電池みたいなものになる。これに自然と魔力をため込むようになるから、魔力切れを起こしづらくなるんだ。早くお前も出来るといいな」
いや、そんなの体に作りたくないんだけど。
「特殊な例としては、東の方に棲むスカイドラゴンが、体が蛇のように細いから、ある程度魔石が大きくなると吐き出して外皮袋に入れたりしているけどな」
あっ アレか、龍が手に持ってる珠って魔石だったのかよ。
全部洗い終わって水を弾く。袋も洗って中に割れたり欠けた物だけを先に入れる。
綺麗な形をしたものだけを草の上に並べてどれを取っとくか考えた。
やっぱり黒と赤の2色バージョンだな。筋だけじゃなくグラデーション模様のようになっているのがいいかな。
「これなんかどうだ?」
ヴァリアスが完全な形をした艶の良い鱗を5枚、トランプのように目の前の空中に並べてきた。
「確かに艶は良いけど、模様ならこっちかな」
結局拾った時に気になっていた3枚だけを取っておくことにした。
「しかし、さっきグレンダイルに襲われたのに、余り騒がなかったな」
ワニを収納しながらヴァリアスが言ってきた。
「ああそう言えばそうだな。ビックリしたけど、なんだかドラゴン見た後だから、感覚が麻痺しちゃってるのかもしれない」
「そうだろう。ドラゴンに対峙して生き残った奴は大概、死生観が変わったり肝がすわるんだ」
確かに後半はグダグダだったが、初めて対峙した時の、あの絶対死的圧迫感を味わった後だと、ライオンぐらい出てきても怖いけど冷静に判断出来そうだ。
人間突き抜け過ぎちゃうと、それを上回る事でもなければ動揺しなくなるみたいだ。
悔しいがヴァリアスの目論みが当たったようだ。
ギルドに戻った時、腕時計は9時53分を示していた。
まだ全然午前中だ。移動時間がカットされているから当たり前だが、改めてさっきまでドラゴンと対峙していたのが夢のようだ。
「なぁ、あんまり早すぎて怪しまれないか?」
俺はちょっと心配になった。
鱗をすぐに用意出来たこともそうだが、何よりドラゴンのところに行って、帰ってくるのに時間がかからなさ過ぎる。
「転移を使ったと正直に言えばいい」
「テンイって、瞬間移動の事か?」
転移というのは簡単に言うと瞬間移動というか超高速移動の事らしい。
主に魔法陣や、魔法式を書き込んだ門を通る事によって、瞬時に別の場所に行けるらしい。これのおかげで大陸間の貿易や旅行がかなり安全に行えるようだ。
ただ距離によってエネルギーもかなり使うようで、それなりの魔石や魔力を消費するらしい。
また目的地の緯度・経度・高度を正確に示さなくてはならず、認定されていない潜りのところでやると、何処に跳ばされるか保証はない。
こういった道具を使わない、ヴァリアスがやっているような転移の魔法もあるようだが、感覚的なものは難しく、この能力を持つ者は非常に少ないそうだ。
だから必然的に道具を使った、土地の位置を確認済の安全な場所のみの行き来となる。
つまり先程行ってきたような場所には、普通は直接行く事は出来ず、何か所かを経由して一番近いプラットフォームから目的地に向かうわけだ。
また、街を出入りすることになるので、正規なルートは入出関手続きをしなくてはいけないらしい。
「それって何処から行ったとか、言わなくちゃいけないんじゃないか?」
「そんなこといちいち馬鹿正直に言わなくていい」
本当かよ。
俺が心配症なのか、そんなこちらの心配をよそにヴァリアスはスタスタと大広間に入って行った。
受付でまた所長を呼び出してもらおうと思っていたら、カウンターの中に見慣れたハンプティダンプティの姿が見えた。奥で書類を見ながら受付嬢に何か指示している。
ふと、書類から上げた顔と視線が合った。
「ヴァリアスさっ、さん、ソーヤさん!」
書類を女の子に渡してすぐにカウンター横からポンポンと跳ねるように走り出てきた。
昨日宿の階段を上がる時も思ったが、この体型の割に風船のように軽く動くのが不思議だ。
「何か他に御用が御有りで?」
「信じてもらえないかも知れませんが、鱗取ってきました」
「えっ……?!」
俺はDバッグから別にしておいた3枚を見せる。
こんな人がいっぱいいる場所では、堂々と収納魔法を見せられないし、Dバッグからあんなデカい袋が出る訳ないから怪しまれるのを恐れたからだ。
「もっとありますが、ここじゃ出せないので」
俺は周囲を気にしながら小声で言った。
トーマス所長は、一瞬口をあんぐり開けたが
「わ、わかりました! また4階にどうぞ」
跳ねるように階段を先に上がると、今朝と同じ応接室の鍵を開けた。
「どうぞ、中で待っていてください。すぐに参りますので」
そういうと所長は転がるように出て行った。
『あの人、体型の割にフットワーク軽いよね』
念のため日本語で俺は言った。
『あれぐらい、仮にもハンターギルドの長におさまる身なのだから当たり前だ』
やはり昔はハンターだったのだろうか。
そんな事を考えているとノックの音がして、今朝とは違うブロンドヘアの女性がお茶を持って入って来た。
今度はお茶以外に茶菓子付きだ。
なんか段々待遇が良くなってきている。そのうちお酒とか出されるんじゃないだろうか。
お姉さんが去ったので、今のうちに鱗の入った袋と例の遺品を横に出しておく。
「これブランデーケーキだな」
あれっもう食べたのか。ってすでに酒入りかい。
俺も美味しくケーキを頂いてお茶を飲んでいると、ドアの外で慌ただしい靴音が聞こえてきた。
「すみません、遅くなりました」
ノックと共に所長達が入って来た。
「もう鱗が揃ったとか?」と副長。
俺は早速袋をテーブルの上に置いた。
「割れたり、欠けたりしたのが混ざってるのですが、これで足りますかね?」
袋を開けて「おおっ !」と2人とも声を上げる。
「足りるも何もこれだけあれば、兜も作れそうだ。しかしこの短時間に一体どうやって?」
やっぱり聞かれるよね。
「転移を使った」
「えっ? それはどちらで?」と所長。
「言いたくない」
スパッと切った。
一瞬場がシンとなってしまったが
「わかりました。鱗が無事に入ったのですから、こちらも詮索致しません」
所長達はどう思ってるんだろ。まぁ嘘はついてないから、そちらで勝手に想像してもらうしかないよな。
「ではこちらは預からせていただきます。代金はシュクラーバル様にお届けしてからになりますので、今すぐにはお渡しできないのですが……」
「いらん。その領主に献上する」
「「「エェッ!?」」」
これには俺も一緒に驚いた。
「その代わり、オレ達の事をとやかく詮索したりするな、そっとしておけと言っておけ。出来れば国王にもそう伝えろと」
「しかしこれだけあれば、どのくらいの礼金が入るか分かりませんよ」と副長。
「構わん。それにこれくらいしとけば、領主殿にコイツの覚えも良くなるだろう?」
と、俺の方を見てニヤリと笑った。
慣れてきたけど凄い悪だくみをしている顔だ。
「かしこまりました。必ずお二人のお名前とご対応の件は伝えさせていただきます。
長い間 達成出来なかった件を解決していただき、本当に有難うございました」
所長と副長は座ったままだが、深々と頭を下げた。
「それにしても凄い量ですね」
所長があらためて袋の中を覗き込んだ。
「ドラゴンの巣に落ちてたのを拾ったんです。あとこれも見つけて」
俺は例の遺品を出した。
「おお、ハンターの物ですな。このプレートがあれば照合できます」
「出来れば遺族の方に返して頂きたいのですが」
「わかりました。もし遺族の方がいなかったり、渡せない場合、ソーヤさんの物となりますが宜しいですね?」
拾得物扱いになるんだな。俺はそれでOKした。そうしたらあらためて供養しよう。
「しかし、お2人共欲が無いですな。こんなに貴重な品をタダで差し出してしまうとは」
副長がしみじみ言ってきた。
「今必要ないからだ。まぁそちらも商売だしな。その鱗、数を数えたわけじゃないから、少しそっちで手間賃に抜いても構わないぞ。どうせ鎧には十分余るだろう」
そう言われて2人はハッとしたように顔を見合わせた。
だが、すぐに所長が丸っこい拳を膝の上で握りしめた。
「確かに欲しいです……。個人的にも凄く欲しいんですが、……ですが、ギルドの利益を追求する前に、組合員の利益に誠実でなくてはいけません。そんなピンハネするような真似は出来ません……」
隣で副長も ふぅと溜息をついた。その様子を見ていたヴァリアスが
「ふん、所長 お前、馬鹿真面目だな」
そう言うとマジシャンがテーブルの上にカードを並べるように、サッと5枚の鱗を出した。
「これなら売却するぞ。そっちと違って剥がしたての新鮮なやつだ。呪術や魔具にも十分に使えるだろう?」
「あれっ それって選ぶ時見せたやつか。新鮮って、剥がしたのか ?!」
「お前が自分用に取っとくと言ってたからな。横にいった時に剥がしたんだ。
言っただろう? 痛くしないって。アイツも気付いちゃいまい」
「これは、お売りして頂けるのですね!」
所長の声が高くなる。
「ああ、コイツが要らないらしいんでな。オレが持っててもしょうがないし」
「どうせ俺は価値が分からないよ」
俺の基準は気に入ったかそうでないかだからな。
「確かに新鮮でないと出ない生命エネルギーですな。色艶も申し分ない」
副長も手に取ってつくづく眺める。
「それにしても大きい鱗だ。このドラゴンはかなりの大きさなようですなぁ」
所長がつくづく感心したように言った。
「そうなんですよ。私もドラゴン初めて見たので、記念に撮っちゃいました」
ちょっと自慢したくなった俺は、スマホで撮った画面を2人に見せた。
「何ですか、これは?!」
所長がビックリして声を上げた。
えっ、転写ってこういうのじゃなかったの? マズかった??
「これ何持ってるんですか、ソーヤさん!」
見せたのは片翼を出したドラゴンと俺がツーショットで写っている画面だが、その時手にしていたのは―――
「これ牙ですよね!? そうでしょう? 持ってるんですかっ!?」
あちゃ~うっかり猫に鰹節を見せてしまった。
ヴァリアスを見ると片眉をつり上げて
「仕方ないな。餌をチラつかせてしまったんじゃ」
やっちまったか 俺。
……しょうがない。だけど片方だけだぞ。短い綺麗な方は気に入ってるから絶対売らん。
俺は渋々テーブルの上に長い方の牙を出した。これには副長も身を乗り出した。
「見事なもんだっ! ドラゴンの牙は何度か見た事はあるが、これはその中でもかなりの上物だぞ。剣にしたら凄い獲物が出来る事間違い無しだ!」
「私も首都のオークションで昔見た事があるくらいです。これは是非とも売ってください、お願いします!」
所長が頭を下げる。
俺は出した時から諦めていたので「はい、これだけなら」と承諾した。
「やったっ、やったー! 今日は大漁だっ」
嬉々として喜ぶ2人を見ていたら、ちょっと出し惜しみした自分が嫌な奴に思えてきた。
もっと素直に出せば良かった。
「では、いかがでしょう。先程の鱗は1枚90万で全部で450万エルでどうでしょうか?」
「前回と同じ1枚70でいいぞ」
「いやそれはいけません。安く値踏みするのは、先程のように組合員の利益を守る事に反しますから」
「わかった。ではそれでいい」
「それとこちらの牙は………」
2人はちょっと話し合ったが俺に向き直ると
「こちらは700万エルでどうでしょうか?」
「ハイッ?! 700万??!」
「では800万では?」
「イヤッ、いやいやいや、高すぎるでしょう。たかが牙1本に」
「お前はな、アイツの価値を知らないからだ」
「はい、お言葉ですが、ドラゴンは牙、爪、肉はもとよりその内臓、血の一滴まで全身価値があります。その魔力の高さ、神秘性から神獣の次に神に近いと言われる生き物ですから。
しかもこれはブラックとレッドのハッキリとしたミックスです。
上位ドラゴンのミックスはレアなんですよ!」
所長もやや興奮気味に話してきた。
ドラゴンの鱗や牙・爪がその頑丈さ、耐性の為に主に武具に、内臓や血はそれぞれの部位によって薬や呪術の素材になる。皮は革鎧にもなるが、燃えにくく、強力な魔力をはらむので王族のマントや、薄く剥いで魔術用皮紙などにもなるらしい。とにかく使える用途がいっぱいだ。
「えと、変な事を聞きますが、その……もし本体丸ごとだったらどのくらいになるんですか?」
俺は恐る恐る聞いてみた。
「―――以前、グリーンドラゴンが1体、オークションで売買された時は、状態も良かったので約12億で落札された事があります」
「12億……」
えと、日本円にしてどのくらいの価値だ?? こっちの物価で考えると……。
「お前の所でも飛ぶヤツで高いのがあるだろ。ほら戦闘機とかいうのが」
ヴァリアスが俺にだけ聞こえるように言ってきた。
あれは生物じゃないぞ。しかもなんで比較対象が兵器系なんだ。
でも有名な絵画なんかそれぐらいしたりするよな。
ふとあのドラゴンが哀れに思えてきた。
価値が高すぎる体を持った為に、食料として以外に執拗に狙われる身になってしまった。
本人にしたら凄く迷惑な話だ。
「では700万で宜しいでしょうか?」
700万なんて大金、日本でも持ってないぞ。俺に異存があるわけない。ヴァリアスを見たら小さくうなづいたので、悪い条件じゃないようだ。
商談がまとまり、今朝と同様に副長が代金を取りに出て行った。
と、トーマス所長が立ち上がり、ドアのそばの小机からB4くらいのトレーを持ってきた。
さっき入って来るときに持ってきたものだ。
「ソーヤさんはまだ仮登録のままでしたね。今回の件で正式に登録させて頂きます」
そう言うと中からB5ぐらいの紙と羽ペンと、30cm位の楕円状の鏡のようなものを俺の前に出した。
この間の解析道具か。紙には俺が登録の際、書いた内容がそのまま転記してあった。
「本当はランクも1つくらいはアップしたいのですが、こればかりはエリア長の許可もないと出来ませんで」
所長は申し訳なさそうに言った。
「まずはこちらの解析鏡に手を置いて頂けますか?」
解析か。大丈夫かな、異星人とか神様の血が混じってるとか出ちゃわないか?
ヴァリアスを見ると軽く頷いたのでなんとかなるんだな。
俺は鏡のような金属の上に右手を置いた。
ちょっと間をおいて鏡に霧が現れた。
言われて手をどかすと、所長が鏡を覗き込んだ。
こちらから見ると何か文字と、色の付いた多角形が浮き上がって見える。それを書類とチェックしているようだ。
「確かに内容は書類と相違ないようですね。失礼ですがソーヤさんはご年齢の割にかなり若く見えますな。それはお国の方皆そうなのですか?
それとももしかしてご先祖の方に長命種の方がいらっしゃるんですかね? これは3代前までしか解析できませんので」
一応 神様のことは隠されてるんだな。ちょっと安心した。
「確かに私の国の人種は、こちらの大陸の人に幼く見える事が多いようですけど……あと私、生まれてすぐ孤児になったのでよくわからないんですよ」
うん、嘘は言ってないぞ。
「それは失礼な事を聞きました」
そう言ってまた鏡の面を見つめると
「……アビリティは確かに魔法使い寄りですが、少しテイマ―の色も出てますね。それと狩人と……ううん? ほんの少しとはいえアコライト(神の侍者)にも色がある。
他に錬金術師……ええっ、凄いですな。程度の差こそあれ全能力に反応が出てますよ。これは訓練次第でオールラウンダーに――」
「もうその辺でいいだろ。さっさとやってくれ」
ヴァリアスが鏡を手で遮ると解析内容が消えた。
「そ、そうですか………まぁこれは時間を置いて、またどう変化しているか調べた方が良いかもしれませんね」
所長はちょっと残念そうだったが、それから紙の左下を指して
「こちらにサインしてください」
俺は言われた通りにペンで書こうとすると、インクが出ない。付けるインクは?
「こういうのは初めてでしたか? まずそのペン先でちょっと指を突いてください」
その通りに軽く指を突くと、ペンの軸部分にスーッと赤い液体が入っていった。
痛みは全く感じなかったが、これは俺の血か?!
「それはブッシュモスキートの口先を使っている。痛みなく血を吸い取ることができるんだ」
それってやぶ蚊? 気持ち悪いもの使ってるなぁ。
あらためてサインする。
すると紙がみるみる色を変えて、白から薄い朱色に変わった。
これが例の魔法紙で、生きている事を示す色なのか。
「あとプレートもお出しください」
ポケットからプレートを出すと、所長は俺からペンを受け取り、軸を絞りながらプレートの上に残りの血を垂らした。
するとプレートに書かれた文字が酸に侵食されたように、みるみる溝になり、彫られた文字のようになった。血はそのまま染み込んで消えてしまった。
「手続きはこれで終わりです。これでソーヤさんも正規のギルド組合員です。これからも宜しくお願い致します」
「こちらこそよろしくお願いします」
俺は出されたモチモチした、マシュマロマンのような所長の手を握った。
エッガー副長が戻ってきて俺達の前に、それぞれのお金の入ったコイントレーと譲渡証書を置いた。
「ビョーグがブツブツ言ってましたよ。大口の取引の時はあらかじめ言ってくれって」
俺がサインしている時に、副長が所長に小声で話していた。
「確かに合計で1000万以上いっちゃったからなぁ。まぁ後で利益が出るんだから、ちょっとの間 経理主任にはやりくりしてもらおうよ」
俺は目の前の大金貨7枚をつくづく見た。
大きさは大銀貨と同じ500円玉くらい。だがその価値は1枚100万エル。
さっきまで大銀貨で喜んでたのが嘘みたいだ。
「ソーヤさん、もし今すぐにお使いになられないようでしたら、いくらかハンターギルドバンクに預けられませんか?」
俺が大金貨を眺めていたら、マシュマロマンが言ってきた。
「ギルドに銀行があるんですか?」
「ええ、多少なりとも利息がつきますし、現金を持ち歩かずとも、そのギルドカードで買い物できるようになりますよ」
カード扱いの店に限るが、デビットカードのようになるらしい。別にカードで買い物はしなくてもいいが、預金はしておくといいかもしれない。
「じゃあ400万エルお願いします」
俺はギルドカードと一緒に大金貨4枚を差し出した。
するとヴァリアスも自分のトレーをそのまま前に押し出したので、預金するのかと思ったら
「これを共済基金に寄付する」
「え、全部ですか ?! 宜しいので?」と所長。
「ああ、今回は臨時収入だしな」
「しかしこれ、……本当に全額で……?」
「くどいぞ。いいから受け取れ」
「わかりました。どうも有難うございます」2人は頭を下げた。
聞くとハンターギルド共済基金と言うのは、まさしくハンターのための保険制度で、入会者の年会費と寄付、ギルドの利益から成り立っているらしい。
ハンターが怪我や病気をしたり、働けなくなり生活に困窮した時に、この積立金から見舞金や一時金が出されたりする助け合い制度だ。年会費もランクと比例して高低差があるが、その分受け取る時もランクが高ければ高いほど多く貰えるそうだ。
俺も一応入っておこうかと思ったが、ヴァリアスに止められた。
「お前はオレがいるから必要ないぞ」
そういうわけでギルドバンクにだけ預金した。
返されたプレートの裏の下に枠があり、ここに魔力を流すと残額が表示されるらしい。
試しにやってみたら赤い字で≪4000000≫と現れた。
もちろん本人にしか使えない。
しかしドラゴンの素材って本当に手に入りにくいんだな。
「そう言えばさっきのプレートの人、Sランクなんですよね。他の人達のランクは分からないけど、ドラゴンってSランクの方でも狩るのはやっぱり難しいんですね」
「これはブラック系ドラゴンですからね、同じ翼竜でもグリーンとは大違いです」と副長。
「大きさが違うとは聞きましたけど、そんなに違うんですか?」
「グリーンは性格が比較的大人しいせいか、防御だけならAランク以上で対応可能です。が、レッドや特にブラックは体も大きいし、攻撃力も段違いです。個体差はありますが、Sランクが8人はいないとかなり厳しいでしょう」
あらら、グリーンを見た事ないから比較出来なかったけど、あいつかなりヤバい奴だったのか。
「そうなんですか。初めて見た時、翼を隠してたので跳べないドラゴンかと思ってたぐらいでしたが、じゃあ相当ヤバい奴だったんですね」
と、俺は軽い気持ちで言ったのだが、2人の顔色が急に変わった。
「かぁ、かっ、隠してたんですかっ翼を !?」と所長。
「――初め っと言うことは翼が、始めは見えなかったんですかぁ?」
副長も声がうわずっている。
「え、ええ……手羽先みたいなのが付いていて、それが大きくなって………」
何っ またマズい事言っちゃった俺? ヴァリアスのほうを振り返ると
「あー、あまり一般には知られてなかったかなぁ」とボソッと言った。
ナニっ!? 今とっても大変な事言わなかったか?
「ほっ、本当に翼竜で翼を隠す種がいると言う事ですな !?」
聞けば、普通翼竜は翼を広げている状態でしか目撃されておらず、かなり古い文献に翼竜が狭いところで、翼を見えないように仕舞い込む事があると記されているだけで、なかば伝説化していた事だったらしい。
ちなみにグリーンは比較的小型のせいか出しっぱなしらしい。
「目撃例が極端に少ないのは………恐らくそんな奴に出くわしたら、無事に生還出来ないからだな………」
副長がこめかみをしきりにさすりながら、呻くように言った。
「これは大発見ですぞ!! その様子を詳しく聞かせてください。グランドドラゴンと間違えたらとんでもない事になります」
所長が唾を飛ばさんばかりに興奮して身を乗り出してきた。
もしかするとと思い、スマホを出して確かめる。なんとか写ってるかな。
「あのこれ、見え辛いかもしれませんが」
俺は泥人形と一緒に撮った、翼の無いドラゴンの全体像の画面を出した。
「なんて大きさだ………」
2人が呻くように呟いた。
俺はドラゴンの左肩の辺りをピンチして拡大する。
くの字型の手羽先がなんとか分かるぐらいにした。
「おおぉっ!! 本当だ! 本当に鍵爪のようなモノがあるっ」
それから2人に色々聞かれた。各ギルドや上のどこか偉い所に報告するらしい。
この拡大した画像も何か鏡のような道具で、いわゆる本当の転写をして写していった。
その後ギルドを出たのは1時半を過ぎた頃だった。
ここまで読んでいただき有難うございます!




