第157話☆『偵察任務』
またちょっとダラダラと長めになってしまいました。
転移で戻った場所は、ダンジョンの中ではなく、入り口手前のあの木立の中だった。
広場には先程の人混みどころか、ほぼ一般客はいなくなっていた。
いるのは黒と灰色の制服の警吏と、ロッドやワンドを持った魔法使いらしき人達。そして完全武装した男達が100人近くはいた。
近くには黒っぽい箱馬車が4台止まっている。屋根はないが、二階建ての大型で無骨な戦車のようなタイプだ、
どうやら彼らはこれで王都からやって来たらしい。
この非常事態に急ぎ、軍隊の第一団がやって来たというわけだ。
その機動隊たちがアジーレダンジョン周りをかためてる。
事故現場と化したアジーレの入り口を見て、俺は驚いた。
「なんだあれはっ?! あれじゃ入れないどころか、誰も出られないじゃないかっ」
入り口は塞がれていた。
扉や鉄格子が閉められていたわけじゃない。
そこには真っ赤に燃え、モウモウと煙を上げるコークスのように燃える岩が、入り口をまさしく熱く塞いでいた。
「一体地上で何が起こったんだ ?」
俺は奴に訊いた。
だが、奴は軽く肩をすくめてみせるだけだった。
くそ~っ、こういう情報を調べるのも訓練のうちかよ。
「パネラ達は無事なのかっ」
「ああ、一応無事だ」
なんだよ、一応って。
くそっ またターヴィの時のような展開になるのか。
辺りを見回したが、当たり前だがいるのはほぼ、軍隊のような人たち。
日本とかだったらこんな時は、黄色い線の外に、中を覗き込むような野次馬が嫌と言うほどいるものだが、ここにはそんな人種は全く見られない。
公開処刑はこぞって見るような風習があるのだから、野次馬根性がないという訳ではないと思うのだが。
こんな重々しい状態で訊いても教えてくれるかなぁ……。
と、俺たちと同じように樹の陰で、枝に隠れながらコッソリと、ダンジョンの方に手を伸ばしている妙な男を見つけた。その手には何か微かに光る青い石を持っている。
声をかけると、男は慌てて石を上着のポケットに隠した。
「な、何ですかっ! おいらは別にスパイじゃないっすよっ」
男は主にというか、ほぼ、俺を通り越して後ろのヴァリアスに怯えて、別のポケットから銅板で出来たプレートを見せてきた。
それによると男はチコという名で、タブロイド紙の情報屋、いわゆる記者をしているらしい。
つまりこのイベントを記事にしようと、ここにやって来て、たまたまこの事件に遭遇したという訳だ。
さっきかざしていた石は、記憶石だった。つまりここではビデオ代わりになるのだ。
「なんでダンジョンの入り口を塞いでるんです? 大きな蠕動があったせいですか?」
「あんた達、このイベントの参加者かい?」
俺の首から下がっている参加証を見て、逆に訊いてきた。
「だったら命拾いしたねぇ~。ご覧よ、あれじゃ、蟻の子一匹出て来れないよ。あいつら、このままダンジョンを封鎖して、干上がらせる気だよ。
何しろあんなのが出てきたからねぇ。王都や街にあんな魔物が来たら大事どころじゃないからなぁ」
「えっ、何が出たんです?」
「おっと、そいつはもう言えねぇよ。こいつは大事なメシの種だ。気になるなら明日発売予定の『ジ・スライ・フォックス』の号外を買って読んでくれよ。
一部 250エルだ」
明日まで待てねぇよ。
っていうか、『狡いキツネ』ってどんなタブロイド紙だよ?!
なんだかゴシップだらけな感じだな。
「じゃあ、早読みも出来るのか?」
奴が大銀貨(1万エル)を1枚見せると、男はニンマリと相好を崩した。
こういう風に聞き出すのか。
それによると、どうやら俺たちが4層にいた頃、大蠕動が起こりエントランスホールの床が抜けて、大勢の人達が落っこちたのだそうだ。
それだけでも大変なのに、その穴からガーゴイルが飛び出してきたというのだ。
だから、市民たちは皆、逃げてしまっていなくなったという訳だ。
ガーゴイル!? あの飛ぶ奴か。ゴーレム以外にもいたのか。
じゃあ、あの地下で見た一般人たちは、やっぱりその時にホールにいた人達か。
だとすると、俺が見た以外にもっといるのかもしれない。
しかもそのガーゴイルの中から出てきたのが、あのジゲー家の今回の宝の玉だった。
これで今回の騒動が、ダンジョン所有者でもあるジゲー家絡みの疑いが強くなったと男は言った。
「まあ、その飛び出してきたガーゴイルを倒したのが、ほらっ あそこの獣人の警吏たちだよ」
そうチコが指さした方を見ると
「あれっ 犬の(お面の)お巡りさん(ユエリアン)と、ポーを助けてくれた獣人の警吏さん」
煌々と燃える入り口を取り囲む軍隊から少し離れて、番小屋の前には大きなテントが2つ設置されていた。
そのテントの横で、獣人の警吏と私服のユエリアンが立って話をしていた。
「ええ、なんでおれまで行かなくちゃなんねぇんだ? おれ、今は非番中なのに」
「何言ってる、こんな非常時に休みなんか帳消しに決まってるだろ」
「くそぉ~、やっぱ今日は昼まで寝てれば良かった……。特別手当出してくれるんだろうなぁ」
ブツブツ言いながら、ユーリは渡された鎖帷子を着た。
「それに鎖帷子って好きじゃないんだよな。電気を通しやすいから、放電しやすいんだよなぁ」
「しょうがないだろう。番小屋にあった予備の鎧がこれしかなかったんだから。
鎖帷子は比較的フリーサイズに作れるからな」
ギュンターも鎖帷子を着ると、上から警吏のサーコートを被った。
「しっかし、汚ねぇよな。偵察はおれ達、警吏かよ。軍の奴らが行けってんだよ」
ユーリが鎖帷子のベルトを調節しながら文句を言った。
「おれ達が始めにガーゴイルを仕留めたからだろ。それだけ実力を認めてるって事だよ」
「お前はいつも良い方に取るなぁ。あいつら、おれ達がベーシスじゃないから、使い捨てにする気だぞ」
鎖帷子のフードを被ろうとして、耳にかかる違和感でギュンターは被るのを止めた。
確かにほとんどの物がベーシス用に作られている。ヘルメット1つをとっても、獣人用に中綿の形を変えて作ってあるのはほとんど無い。
耳を伏せて被る事は出来るが、その違和感が付きまとって、戦闘中に気が逸れる危険性がある。
だったら被らないほうがマシだ。
「だけどこうして緊急脱出キッドをくれたじゃないか。これ結構というか、かなり高価な物じゃないのか?」
足元に置いてある背嚢を見ながらギュンターが答えた。
「先に入る勇気がないんだよ、軍人は。日頃大勢で行動するのに慣れてるから、少人数で未知のモノに対峙する根性がないんだ。ダラけてるんだよ」
「本当にお前は辛口だなぁ。だけどそうかもなぁ。最近 隣国との小競り合いもないし、訓練だけだから」
「そう、戦争を何度も体験してるおれ達とは違う」
長命種の彼らは、それなりに色々な経験をしているようであった。
「そういや、お前の奥さん達はちゃんと帰したのか?」
「ああ、カミさんがちゃんとチビを連れて街に戻ったはずだ。念のため家から出るなって言っておいた。
おれも早く帰って安心させてやらないと」
「そうだな、もう街にこの事は広まってる頃だろう。外出禁止令が出てるかもしれん。
ウチの女房も1人で心細いだろうから、なるべく早く済ますか」
そんな2人の会話が聞こえてきた。あの警吏たち、偵察として潜る気だ。でもたった2人で?
すると隣の奴が急にテレパシーを寄こしてきた。
『(おい、アイツらを止めろ。アイツらも強い方だが、このダンジョンとは相性が悪い。殺食される確率は高いぞ。放置や畜食対象には絶対ならんっ)』
『(え、殺されるかもしれないって事か。でもなんで畜食対象にはならないんだ?)』
エネルギーを多く持つ相手なら、畜食とかの方がダンジョンにとって美味しいんじゃないのか。
『(お前んとこだって、牛や豚は家畜にするが、猪や熊はしないだろうが。
ある程度制御できる力の持ち主だったら、畜食もありうるが、力の強い奴は飼ったりしない。
アイツら、完全に殺食対象だっ)』
それから俺の方に向き直って
『(お前が止めてこい。オレがやったら運命に抵触することになる。
早くしろっ。あのユエリアンに何かあったら、アイツの血を引く、奴の女の腹にいる胎児が流れちまう可能性があるぞっ)』
あんたは本当に自分の系統の保護には熱心だな。他の者には歯牙にもかけないのに。
だけど、そう言われたら止めるしかない。
「それからお前」
クルッと、また記憶石を掲げている記者に向き直ると
「記事集めに熱心なようだが、それを発表できなくちゃ意味ねぇだろ。
ここの主催者(ジゲー家)がもし、その記事の公表を面白く思わなかったら、お前1人市民が消えても痛くもかゆくもないだろうな」
奴の言葉にチコが身震いした。
すると急に記憶石が青から赤に変わった。白い煙も漏れ出し始める。
「アッチィっ!」
男が石を草むらに落とすと、パカッと石が2つに割れた。
「ああぁ、記憶石がぁ~、おいらの商売道具がぁ~」
チコはその場に膝をつくと、石を1つに合わせたが、二度と石が光ることはなかった。
「悪いが、オレ達も撮られるのは嫌いだ。これで新しいのを買え」
ピンっと男の膝元に金貨を投げた。
「なんだ、お前らはっ」
外側をかためていた軍人に、俺は頭から怒鳴られた。
「私、このイベントの参加者なんです。仲間がまだ中にいるんです。その件で、そこの警吏さんに話があって」
「お前、馬鹿かっ? 事態が分かってるのか。個人の救助なんか訊いてる暇はないぞ」
軍人は無下に言い放った。
「おいっ、あんた、あの橋で山猫の事訊いてた人か?」
獣人の警吏が俺たちに気が付いて、やって来てくれた。
おおっ 覚えていてくれたか。
「私たち、このイベントに参加してたんです。だからどうしても伝えたい事があってっ」
「なんだ? 話してくれ」
「4層と3層でハンターが出ました」
「「ハンターッ!?」」
警吏と軍人が一緒に声を上げた。
「それっ 本当かっ?」
「見間違いじゃないだろうなあ。誤報じゃ済まされんぞ」
軍人が凄む。
「私も初めて見たんですが、地面が急に口を開けて人を飲み込んだ後に、また元通りになるのを見ました。
2人、通路でやられてます。私たちは通路にいなかったので難を逃れたんです」
警吏と軍人は顔を見合わせた。
「自分は報告してくるっ」
軍人の男は列から離れて、馬車の方に走っていった。
「ハンターかあ……。そいつは厄介だな」
獣人はポリポリ頭を掻いた。
「あの、警吏さん2人にだけ、お話があるんで、入っていいですか?」
「やっぱり、あんた達、あのパレードに熱心だった観光客か」
番小屋の横に来ると、犬のお巡りさん もといユエリアンの警吏も、俺たちの事を覚えていた。
「さっきから嗅いだ事のある匂いが、近づいてくるなとは思ってたんだ」
やっぱり匂いで判断してんのか。
恰好が同じとはいえ、今 俺はお面をつけていない。
キツネのお面は、あの超重力の場でひしゃげて落としてしまったのだ。
助けてくれるなら、一緒に持ってきて欲しかったのだが。
遠目に見ると馬車に乗っている、お偉いさんらしき人に、さっきの軍人がこちらを指さしながら話をしている。
なんか急がないとこっちにまた来そう。
「時間がないので、単刀直入に言うと、仲間を助けに行きたいんです。だから俺たちと代わってくださいっ!」
「そりゃあ無理だな。おれ達は遊びに行くんでも、救助に行くんでもないんだぞ。
あくまで偵察、中の様子を探りにいくだけだ。目的が違う」
ユエリアンの男が片手を振った。
「まあ、もしも覚悟が出来てるんなら、一緒に入るか? 中に入ったら別行動になるし、生きて帰れる保証はないが」
いや、まずそれじゃ意味がねぇんだよ。ええいっ、言っちまぇ。
「実を言うと、あなた達が今、入ったら死ぬかもしれないからですっ! 」
2人の目が大きく丸くなった。
「それに犬の――じゃなかった、ユエリアンさんにもしもの事があったら、奥さんが流産しちゃうかもしれないんですよっ」
「あっ? おれのカミさんが何だって? ウチの奴は別に妊娠してないぞ」
なんだとっ。いや、こいつがここで嘘言う訳ないから、まだ当事者が知らない情報なんだ。
「あんたは占い師だったのか? だけどのっけから外れてるじゃないか。そんなんじゃ信じられないなぁ」
ユエリアンが少し呆れた顔をした。
うあっ 余計面倒になっちまった。妊娠の証明なんか、すぐに出来ることじゃないぞ。
「いや、とにかく入っちゃダメなんですっ。なんなら力づくでも止めますよっ」
「へぇー、力づくで? おれと?」
さっきとは変わって、急に興味ありそうな顔になった。
ああ、もう、この戦闘人種めっ。でも好都合だ。
「力比べでもするのか? おれも身体強化くらい出来るぞ」
いや、力じゃ負けそうだし、万が一怪我させたらマズいから
「いえ、電撃でっ!」
「「えっ」」
2人が同時に声を出した。
ふふん、ちょっと驚いたか。
スタンガン魔法を使えば、なんとか怪我をさせるリスクは減るしな。
「いいぜぇー。もしもあんたが勝ったら、あんた達と代わってやるよ」
「おいっ 簡単にそんな事、約束するなっ」
成り行きを見守っていた獣人の男が慌てだした。
「大丈夫。怪我させないように気を付けますから」
俺も2人に約束する。怪我させちゃ本末転倒だからな。
「ケガって……、アーハッハッハッ !」
金目の男が急に大口を開けて笑った。
犬歯の間の前歯が、ハッキリとギザギザになっているのが見える。
あれっ ユエリアンって犬歯と月の目以外は、外見はベーシスと変わらなかったんじゃなかったっけ?
「以前 博物館で見たユエリアンの模型はあくまで一種類だ。アクールだって三重歯だったり、アルみたく二重歯だったりするだろ」
俺の疑問がわかったらしく、奴が説明してきた。
そういえば以前ギーレンの所長が、会ったことがあるアクール人は、前歯のみが二重だったと言ってたな。
「牙があればあるほど、アクール寄りって事だよ」
口元はネックゲイターで隠してあるが、明らかにニンマリ笑っているのがわかる。
なにぃ、じゃあこの人、魔法耐性が結構強いんじゃないのか?
「いいぜ、受けてたってやるよ。おれを感電させることが出来れば、あんたの勝ちでいい」
そう言って男は襟元に手を入れると、草の上にペンダントを放った。
「護符なしで受けてやるよ」
「え……、本当にそれでいいんですか?」
舐められてるのか、相当自信があるのか。
「こっちは構わないよ。全力でやってくれ。
その代わりおれが無事だったら、あんたの意見は無視する。
それでいいよな」
男は挑戦する目つきで言ってきた。
耐性が強いんだったら、仕方ないから全力でやっちゃうよ。
幸か不幸か、俺たちがいる場所は番小屋の陰になっているところで、前からは大きなテントがあり、前や横からも視覚になっている。
すぐに済ませれば他の人に見られる可能性は少ない。
「どこでもいいよ、都合よく感電しやすいの着てるし」
ユエリアンはそのまま両手を横に広げた。
胴体はダメだ。
万が一、ダメージが心臓に直撃するかもしれないから。
「じゃあ右手で」
俺は握手するみたいに、男の右手を両手で掴んだ。
悪いけど、俺の電力は以前より上がってるんだ。
始めの頃、雷を発生するのにわざわざ、粒子をカチ合わせていたが、これは力も神経も使って大変だった。
考えてみたら、水や火などはそんな原理をいちいち考えないで出現させていた。
で、同じような感覚でやってみたら、すんなり出来たのだ。いちいち粒子を動かせなくても。
これはエッボが仲間に対して害がないように、炎を操ったのと原理は同じだ。
魔法は大きく分けて、観念魔法と物理魔法がある。
物理魔法は、俺が始めに雷を発生させたやり方と同じだ。いわゆる物理的に発生させる方法。
観念魔法は、こうあるべきとイメージで作る、いわゆる念で作る方法だ。
だから、敵に対して熱く燃やし、仲間には無害のような炎を創り出せたりするのだ。
俺のように火はなんでも焼くという固定観念があると、雑念となってなかなか難しいのだが。
この世界の多くはもちろんこの観念魔法だ。
何しろ自由度が高くてやりやすいから。
その代わり、念で作られたモノは護符などで、妨げられやすいというデメリットがある。
なので物理的に発生させることも重要なのだ。
両方を場合によって使い分けろと奴が言った。
「いつでもどうぞ」
男は余裕で言ってきた。
よっし! 俺は思い切り電圧を上げて、右手に流した。腕以外は放電するように意識して。
白くスパークした光が腕を包んだ。
だが、俺が発した電流は全て、腕の鎖帷子の表面を上滑りして、空中に散っていった。男には腕どころか手にさえも電気は流れない。鎖帷子が避雷針のように全て電気を吸い取っているかのようだ。
「ふふん、少しは電気量があるようだな。おれ自身には全然来ないけど」
電気を全く感じていないのがわかった。
抵抗力が高いのか。
俺は今度はまわりに散らばる魔素の粒子を使って、物理的に電気を起こした。耐性や抵抗力に効くのか分からないが、やってみる価値はある。
ピリッと少しでもいいから感電してくれれば。
「さっきより力(電気量)が下がってるようだぞ。これで精一杯かな?」
男はわざとらしく小首を傾げた。
なんだ、こいつ絶縁体にでも出来てるのか。
「もういいだろ。全く、お前も性格が悪いぞ」
やれやれと言った感じで獣人が言ってきた。
「雷魔法はこいつの十八番なんだから」
なんだとぉ~っ!!
そうかっ 能力を疑えば良かったっ!
「受けるとは言ったが、操作しないとは言ってない」
キッタねぇなっ! 後出しジャンケンじゃねぇかよっ。
でも訊かなかった俺が悪いのか。
と、急に電気量が上がった。
俺の体全体が発電機になったように、ぐわぁっと電圧が上がり、タンクをみるみる一杯にしていく。
「!」
男の顔から笑いが消えた。
電流は更に膨れ上がり、俺の体の中にぎゅうぎゅうに電気が圧縮されて、もうこれ以上は抑えられないというくらいになった次の瞬間、
ダムが一気に決壊したように 一気に凄い圧力で俺の腕を通りぬけた。
「ギアァッ !!」
眩く白く鋭い光が、辺りを明るく輝かした。
それがすぐに収まると、目の前の男が驚いた顔をして突っ立ていた。
鎖帷子から薄く白い煙が上がって、確実に中の服を焼いたのがわかる。
男は自分の体を不思議そうに見回した。
やべぇ、やり過ぎたっ!?
「すいませんっ! 大丈夫ですかっ?」
俺はすぐに手を離した。その右手にみるみる枝のような、ツリー状の赤い線が浮かび上がる。
えっ 雷撃傷?!
それはそのまま体を伝っていったのか、首筋から頬まで現われた。
わーっ どうしようっ。えらいこっちゃっ!
金色の月の目がクルンと上を向いたと思ったら、そのまま首が後ろに折れた。
「ユーリッ!」
慌てて、ダランとした男の体を獣人が支えた。
「あーあ、やっちまったなぁ。これしばらく目ぇ覚まさないぞ」
後ろでニヤニヤした奴が言う。
『(てっめぇだろっ! 俺を通して電撃流しやがったのはっ)』
『(オレはあくまで、お前の指導をしたまでだ。これで少しは電流を大きくするのを覚えただろ)』
『(出来るかっ。力が違いすぎるわっ。俺まで感電するかと恐かったぞ。大体、大火傷させちまったじゃないかよっ)』
『(これくらいコイツなら大丈夫だ。すぐに治る)』
「おいっ! お前ら 何やってんだっ!」
他の警吏達がすっ飛んできた。
この馬鹿がっ とんだ騒ぎになっちまったじゃないか。
「あっ 君たちはっ!」
警吏たちの後ろから、門前にいた魔法使いの1人が俺たちを見て大声を出した。
それはあの魔法試験の際の火の試験官、ガイマール氏だった。この人は俺たちの素性を知っている。
「この人達は大丈夫だっ! ギルドが保障する」
臨戦態勢を見せた警吏たちに、ガイマール氏が俺たちの事を弁明してくれた。
「おい、勝負に勝ったんだから、約束は守ってもらうぞ。まさか公務執行妨害とか言い出すんじゃないだろうな」
奴が獣人の警吏に、ズイッと詰め寄った。
「……いや、そりゃ約束はもちろんだが……しかし」
まさか負けるとは思っていなかった獣人は、約束と任務の狭間で唸った。
「これはどうしたんですか?」
俺はガイマール氏に手短に話した。
「中の様子も報告すりゃあ、誰が入ってもいいんだろ」
俺の後ろで悪魔が圧をかける。
魔法使いはヴァリアスと獣人を交互に見比べて
「―――わかりました。あなたが行かれるなら大丈夫でしょう。指揮官には私から伝えておきます」
ガイマール氏は箱馬車の方を振り返った。
「良かった。じゃあ早くこの入り口を退かして――」
いきなり魔法使いが俺の腕を掴んで、顔を近づけると小声で言ってきた。
「ソーヤ君、君、まだ魔導士ギルドの登録がまだだったよね? 加入する際はぜひ、いや、必ず私を通してくれないか」
「えっ? でもまだ加入するか、決めてなくて……」
だってあそこに加入すると、あの嫌らしい部長にまた、何だかんだと付きまとわれそうだし。
「大丈夫だ、もう変な干渉はしないし、させないから。登録料と年会費だって無料にしてもいいのだよ」
なんか同じ事、あのメイヤー部長にも言われた覚えがあるぞ。
だけどなぁ~。
「ぜひ、お願いしたいのだよ! 君を加入させることが出来れば、私はまだ王都に居られるはずなんだ」
「え、移動する可能性があるんですか……?」
「そうなんだ……。このままもし地方にでも飛ばされたら、私は妻に愛想をつかされるかもしれん……。
なあ、頼むよ。私を助けると思って……」
もう勧誘じゃなくて、懇願になってきた。
やっぱり、あの失態のせいで左遷されるのか。どこの世界もサラリーマンは世知辛いなあ。
今や魔法使いは腕ではなく、俺の右手をしっかり掴んできた。
そう言われてもなぁ……。
ヴァリアスはこれをどう思ってるのかと、横を見ると、奴はすぐそばにいなかった。
奴はテントの前に移動していた。
そのテントの中から、先程の獣人の警吏が出てくる。
「まさかダンジョンに潜る前に、救護者第一号になるとはな……」
獣人が耳を横にした。
「まあ、睡眠不足だったようだから、これでしばらく寝てられるだろ」
全然悪びれずに奴が言いながら、右手を前に出した。
「これ、見舞金で渡しておけ。お前も強い方だが、まだまだこれからだってな」
奴から金貨を渡された獣人は、まじまじと奴を見た。
「あんた……さっきのは、本当はあんたがやったんだろ?」
やっぱり俺の力じゃない事がバレてるようだ。
「アイツが相手するとは言わなかっただろ? お互い様だ」
「何者だ、あんた? ユーリと同じユエリアンなようだが……」
「オレはただの傭兵だ。ただ、ユエリアンじゃない」
そう言ってネックゲイターを下げた。
「あ、アクール人……」
獣人の目が見開かれる。
「だから負けたのを恥じるなって言っとけ。逆にアクールの血をひく自分を誇りに思えってな」
「……わかりました。これが落ち着いたら登録しにいきます……」
俺は根負けして、魔導士ギルドに入る事にした。
「おおっ 有難うっ ありがとうっ!」
魔法使いに思いっきりハグされて、辟易しながら
「だから、早く入り口を開けて下さい」
「いや、あの火焔は消す事は出来ん。中には別の場所から入るんだ」
ガイマール氏が番小屋を指さした。
番小屋の中は、窓の側に小さな机と椅子、壁にロープや鍵付きの太い鎖が引掛けられ、足元に木箱や何かが詰まった麻袋、シャベルなどが立てかけられていた。
棚には何か小瓶が並んでいた。
簡易ベッドがある壁の反対側、奥まったところに、黒い扉があった。
それは茶室の入り口どころか恐らく縦横30cmくらいしかない、狭く低いダストシュートような扉だった。
小屋の番人のドワーフどころか、子供しか通れないのではないだろうか。
「これは非常扉だよ。魔物が通りづらいように、普段小さくしてあるんだ」
ガイマール氏がその扉のノブ部分に付いている魔石に触れると、扉がカタカタ鳴りだした、
するうちに黒い金属の扉が少しづつ上に伸びていく。横へも同じだ。
それと同時に表面に見えづらかった、彫られた呪文が白く光を放って浮かび上がる。
最終的に扉は2mくらいの高さにまで広がった。
「君たちが入ったら、またこの扉は元の大きさに戻る。帰ってくるときは中から、扉の魔石に魔力を流してくれ給え」
「待った、待ってくれ」
番小屋に先程の獣人の警吏が入ってきた。
「行くなら、これを持っていってくれ」
カーキ色のリュックを渡してきた。
「この中に緊急脱出用の道具が入っている」
そう言って中から、丸めた布を引っ張り出す。
広げると1.5m四方くらいの布に、大きく魔法円が描かれていた。
「こっちがそれと対になっている」
中のもう1つの布を指して言った。
「他にキュアポーションと、魔石と魔力ポーションが入っている。
このダンジョンが今、どれだけ深いかは分からないが、なんとか2人ぐらいなら間に合うはずだ」
「これ、転移の魔法円ですか」
真ん中の目の模様になんだか見覚えがあった。
「そうだ。この2枚は相互関係にあるから、1枚を地上に置いておけば脱出できる。
1枚はおれが責任を持って外に広げておくから、絶対に生きて戻って来いよ」
そう言って警吏は、俺の肩を叩いた。
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