第154話☆『元凶と奈落』
「あの……ヴァリアスさんは、入る前にここに『ハンター』がいる事に気が付いていたんですか?」
通路を警戒しつつ急ぎ走りながら、レッカが顔を横に向けてきた。
そりゃ不審がられるよな。パネラに余計な事言いやがって。
「ハンターかどうかは別として、ここがある程度危険なとこなのは経験上わかった。そういうところは大抵、真っ先に入った奴がやられる。
物語にもよくあるパターンだろ?」
そう言って俺の方を見た。
あんたも映画とドラマの見過ぎだな。まあ見せてるのは俺だが。
「それはどうして……その、危険だと感じたんだね?」
セバスさんも興味を抱いたようで、振り返ってきた。
まさか全て運命までお見通しだったとかは言わないだろうな。
「匂いだ」
「匂い?」
エッボも振り返った。
「ダンジョンの土の匂いだ」
奴がサラッと言ってのけた。
「奥の方から凶暴性のあるダンジョン特有な匂いがした。こればかりは色々なダンジョンの土の匂いを知らないとわからないと思うが」
「うう、土の匂いで判断かぁ……」
エッボが唸る。
「しかし1層、2層はまだ穏やかだった。そんな奥の匂いまで―――」
「待ってくださいっ。じゃあ入る前からこうなるかも知れないことは、分かっていたんですかっ?」
セバスさんの言葉が終わらないうちに、レッカが声を上げた。
「まあな。絶対じゃないが」
奴が軽く肩をすくめる。
「だったら入る前に、なんで言ってくれなかったんですか? 係や関係者の人に警告しておけば、さっきの人みたいな被害者は出なかったんじゃないんですかっ!?」
珍しくレッカが声を強めて言ってきた。
気弱な彼もさすがに少し義憤の思いに駆られたようだ。
確かに俺もそう思うのだが、奴が立場上、人の運命に大きく関わる事には手出し出来ないという裏事情も知っている。
なんとももどかしい限りだ。
だから余計な事を言わなければいいのにと、俺は思った。
中途半端な意見は人を苛立たせるだけだ。
「言ったらお前は大人しく聞いていたかっ」
鋭く言い返されてレッカがグッと詰まった。
「ここの管理の奴らだって、オレ1人が言ったところで鼻で笑って終わりだろうが。
1層とはいえ、前日まで人が普通に出入りしてたんだからな。そんなとこが危険だと言っても誰が信じる?」
立ちすくむレッカに更にググっと顔を近づけて
「どうせお前は警告したところで、入ろうとしただろうよ。もし言ってたら他の2人は二の足を踏んだかもしれないんだぞ。そうしたらどうする気だ?」
下を向いていた彼は、後ろを振り返った。
エッボは目を逸らして、パネラは頭を掻いた。
ダンジョンの恐さを2人のほうが知っているのだ。
「……難しいこと言ってくれるね、兄さん」
「ここに入ってきてる者はみんな、ある程度のリスクは覚悟のはずだ。今言ってもしょうがないのじゃないのか」
あたりを気にしながらセバスさんが言ってきた。
「そう、そうね。とにかく今は出ることに専念しよう」
パネラも促した。
「ごめん……。僕、変な事言って……」
レッカが項垂れた。
彼は時折パネラ達とダンジョンに来るとはいえ、ハンターではない。普段は鍵師として細工物を創ったりするのを生業にしている。
しかも長命種のパネラ達とは生きてきた年数が違う。まだ20代の青臭さの残る青年なのだ。
バンッと音を立ててレッカが壁に軽く吹っ飛んだ。奴が背中を叩いたのだ。
「ぐじぐじするなら家に無事に戻ってからにしろっ! 文句は後で聞いてやるから、今は脱出することに専念しろっ。
そんな事じゃ妹も助けられないぞっ」
「え? 妹がどうかしたのか」とセバスさん。
「あ……」
そのまんま『あ』という顔をして奴が俺の方を見た。
「このポンコツザメがっ!」
パネラとエッボも目が点に、口も開いてしまった。
「その、いも―――」
「お前は物覚えが悪いのかっ?! 何度オレは魚じゃねぇって言っても忘れちまうのかっ!!」
セバスさんの声が奴の怒号でかき消された。
よしっ もうこの勢いでうやむやにしちまおう。
「ちゃんと覚えてらぁっ! だけどサメ似なのはみんなだって思ってるぞっ!
俺はちゃんとアルに聞いてんだからなっ」
そうなのだ。
実は奴がいない時に、あのアクール人のアルに恐る恐る聞いたことがあるのだ。
アクール人の特徴のその牙のせいで、あだ名を付けられたことがないかどうか。
「あー、あるよ。おれだけのじゃなくて人種として定番なのが」
教会の鐘塔の縁で足をブラブラさせながら、アルは気を悪くするでもなく普通に答えてきた。
「一番多いのが『マンティコア』かな。
ほら、あいつら人の顔してるけど、生意気に牙が3連の多重歯だろ?
そのせいで一番良く言われるんだよな。俺は2重なのにさー。
まあそれ言う奴はぶっ飛ばしてやるけどな。あんな魔物と一緒にすんなって」
それ、ヴァリアスも同じこと言ってたな。確かラーケルでフーにからかわれた時だ。
「あんなブサイク面と一緒にされるなんざ迷惑だからな。おれのほうが断然いい男だ」
あんたのポイントはそこか。
と言っても俺も図鑑でしか知らないからわからないのだが。
「あと多いのは、シーロォーグかな。まあこれは別に言われてもいいかな。船乗りの間では強さのシンボルみたいに思われてる魔物だし、シャープなとこはおれも嫌いじゃないから」
そのシーロォーグというのが、こちらでのサメの魔物だった。
「だから俺はちゃんとあんたの事、最近は鮫じゃなくてサメって言ってやってるんだぞっ! これなら魚へんが付かないだろ。なんならSAMEでもシャークでも言ってやるよ」
ガシッと俺の頭をアイアンクローのように掴んできた。
「いだだだっ! このポンコツめっ」
「オレは機械でもねぇぞっ!」
「取り込み中すまんが、とにかくここを動かんと」
セバスさんが割って入ってきた。
その時、ふいにエッボが叫んだ。
「ジェレミーの匂いがするっ」
「また誰か匂いを付けた人が近くにいるの?」
やっとせき込むのが静まったレッカが顔を上げた。
「違うっ! これは多分、この濃さは、そのままジェレミーの持ち物かもしれないっ」
そう言われて俺たちは一瞬、その場で顔を見合わせた。
大体このダンジョンに入った目的は、あの宝探しなのだ。それが近くにあるかもしれないって事か。
俺も地面にだけ探知を広げた。
とにかく通路はハンターが出る可能性があるので、小部屋まで急いで通りながら、匂いの方向にオーラを探す。
来るときはおよそ70mくらいは伸ばせたはずの探知の触手が、今じゃ半分くらいしか進まない。
明らかに空間の抵抗力が強くなっている。ダンジョンが活動しているという事なのだろうか。
俺の探知に引っかからないから、今はエッボの鼻だけが頼りだ。
本当なら匂いどころか、存在さえも視えているはずの奴は教えてくれないしな。
「なんだかよくわからんが、そのジェレミーとやらが探し物なのか?」
事態を把握できないセバスさんが、どすどす走りながら訊いてきた。
「例の1等の宝に、ジェレミーの匂いが染み付いているらしいんです。彼、このイベントの主催者のジゲー家の跡取り息子なんで」
まあこれくらいは言ってもいいだろう。
「ほほう、なるほどな。しかし今は言うまでもなく緊急事態だからなあ。
帰り道にあるならいざ知らず」
とりあえず安全地帯(?)の小部屋に駆け込んでから、俺たちは行先をあらためて決めなくてはならなくなった。
脱出か宝か。
先程まで聞こえていた風がぱったりと止んで、今やダンジョンの中は静まり返っている。
聞こえるのはみんなの息遣いと心臓の音。エッボがしきりに匂いを嗅ぐ鼻息。
「「 んっ 」」
俺とエッボは同時に声を発した。
誰かの声がする。それと何人かの足音。
「―――声のする方から、匂いがする」
エッボが俺たちの方をみた。
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「やだぁ! もう帰りたいっ!」
「早く戻りましょうよっ! なんで道がわからないのよぉっ ?!」
「わめくなっ 余計道が分からなくなるだろっ!」
ベニートも声を荒げた。
「ベニート、もう一回地図をよく見ろよ。どこかで間違えたんじゃないのか」
アランが少し過呼吸になっているジェレミーの背中を擦りながら、なんとか落ち着いた声で言う。
あの大きめの揺れがきたのは、5人がちょうどこの3層に入って間もなくだった。
3層の揺れは4層よりも震源地に近く、大きく揺れた。おかげで5人の若者たちはたちまちパニックに陥ったのだ。
もちろん地上に戻りたいのはベニートも同じだ。
だが、通ってきたはずの道に通じる穴が、何故か無くなっているのだ。地図を見て確認をすることもなく、それがこの臨時副監督官にはわかる。
地の能力で視た時、自分たちの軌跡が壁に消えているのだ。明らかに塞がっている。
「くそっ さっきの蠕動で動いちまったのかっ!」
ベニートがまた毒づいた。
「なんだよ、動いたってっ!? 帰れないって事なのかぁっ」
仮面をかなぐり捨てながらジェレミーも声を上げた。
「ちっ! 帰れないとは言ってねぇよ。ただ道が変わっちまっただけだよ」
イライラしながらベニートが答える。
「変わったって……。マジかよ」
前髪をかき上げながら、アランは女たちのほうを見た。
2人はすでに半泣きになっている。
確かこういう時は下手に動き回らないほうがいいんだよな。アランは以前、父や兄たちとダンジョンに潜ったときの事を思い出そうとした。
「ベニート、そういや、この層はなんだってこんなに人がいないんだ? 確かここにはジン達もいるはずじゃなかったか」
そうだ、確かここ3層に、遊び仲間の地の使いの奴らをバイトで配置したはずだ。ここで皆で遊ぶために。
「知らねぇよっ。つーかおれにもわかんねぇんだよ。なんであいつ等いねぇんだよっ ?!」
ベニートが怒りを抑えきれずに怒鳴るように言う。
「えっ あたし達ここから出られないのぉ?」
とうとうアーダが泣き出した。エンマもめそめそする。
「泣くなよ、大丈夫だ。今日はイベントなんだ。上にいっぱい人がいるんだぞ。絶対誰か助けに来るから」
数えで今年20歳の、この中で一番年上のアランが励ますように言う。
アランはジャルディーノ家では3男だが、下に弟と妹がそれぞれ1人ずついる、いわゆる中間子(真ん中っ子)だ。
だからなのかこのグループ内では、もっぱらまとめ役をすることが多い。
それが今は余計にベニートの神経を苛立たせる。
こいつ、エンマに取り入ろうとしやがって。
「そんな救助待ってなくても、ここには魔物がいないんだから、さっさと道を見つけりゃいいんだろ」
「さっき帰り道がないって……」とジェレミー。
「だから今探すよ。ちょっと待ってろって」
隅っこにしゃがみ込むジェレミーと、その傍らで彼にしがみ付きながらべそをかくアーダ。そしてエンマの両肩に手をかけているアラン……。
ふん、こいつらおれがいなけりゃ何も出来ないくせに。
ふと腰の地笛に手をかけたが、これで救援を呼ぶのは最後だ。エンマが馬鹿にしてた手前、使うのは恰好が悪い。
おれだって良いとこ見せてやろうじゃないか。
ベニートはしゃがみ込むと地面に手を付けた。地の感知を使ったのだ。これで抜け道を探ろうとした。
すると、心もとないベニートの探知に引っかかるものがあった。
「誰か来るっ」
皆が顔を上げた。
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「若い女の泣き声がした。あと男の声も」
「4人、いや5人か?」
俺たちは辺りを警戒しながら、小走りに通路をまた走っていた。
都合のいいことに、その声のする方角と戻る方角が同じだった。そして匂いのする方向も。
もしかすると、彼らが例の珠を見つけたのかも知れない。
だったらどうする? 話し合いで譲って貰うのか。それとも奪うのか。
さっきからまた、例の高低のある妙な音が聞こえてくるのも気にかかる。
とにかくそっちに行くしかない。
「探索者か? 係ではなさそうか」とセバスさん。
「近い、ここを左に」
分岐点を左に曲がる。俺たちの足音が響く中、俺とエッボには男女の言い争う声が聞こえる。
どうやら若い男女がパニックになって、揉めているようだ。
「匂いが強くなった。こいつは当たりかも」
エッボが確信を持って言う。
あの珠を持っているのだとしたら、出会ったらすぐに俺たちは相手にとって、敵か味方のどちらかになるわけだ。
なんだか複雑な思いだったが、あともう少しというところで、それを覆すモノを俺は感知した。
このオーラ、これはジェレミーの持ち物を持っているとか、彼の服を着ているというどころじゃない。
ジェレミー本人なんじゃないのかっ ?!
「きゃあぁぁーっ !!」
突然、小部屋に入ってきた毛皮の大男に、金髪の娘が悲鳴を上げた。
若者たちも一瞬、身を固くする。
「待て待てっ、落ち着け。ワッシは人間だぞ」
先頭を切って駆け込んだセバスさんが、慌てて手を振る。
「……探索者の……人? 山賊じゃなくて……」
訝しそうな顔をして、ブロンドの若い男が立ち上がった。見るからに上等な服を着ていて、とても探索者には見えない。
「「「あっ!?」」」
大男の後から中に入った3人が声を上げた。
「ジェレミーっ?! なんで?? なんでこんなとこにっ」
しゃがみ込んでいた若い男は、名前を呼ばれて少し居たたまれないように顔を背けた。
だが、その人見知りの男にレッカが突っかかった。
「ジェレミー!! あんたのせいで、アメリがっ この――」
「落ち着いてっ! レッカ」
パネラが慌てて、後ろからレッカを羽交い締めにした。
「今、そんな事言ってもしょうがないじゃないっ」
そうして小さな声でレッカの耳元に囁いた。
「もしかすると、上手く交渉出来るかもよ」
「……アメリ? あのメイドのアメリのことか。お前 アメリの何なんだよ。……オトコか?」
少し動揺しながらも、ジェレミーが顔を上げた。
「兄だっ!」
カッとしながら、またレッカが怒鳴った。
状況が理解出来ない他の4人の若者とセバスさんが、2人を交互に見ていたが、また娘たちが俺の後ろを見て悲鳴を上げた。
「うるせぇなぁっ。そんなに騒いでいたら、ハンターが寄ってくるぞ」
光球を打ち上げているとはいえ、小部屋のすぐ外は薄暗い。そこから凶悪ヅラに陰をさした、光る眼の奴が入ってきたのだ。
知り合いじゃなければ俺だって恐い。
「なに……今度こそヤバい人じゃないのぉ?」
栗色のカーリーヘアの娘が震えながら小さな声で言う。
「―――だったら想像通り、頭から喰ってやろうかぁ」
「やめろっ! この状況でパニックになってるだけだ。こんな女の子を脅かすなっ」
まさしくジョーズのように大口を開けた奴に、俺は慌てて立ちふさがった。
ったく、誰彼構わずケンカを買うなよな。この神界のならず者めっ。
「待った、今あんた、ハンターが って言ったのか?」
係の恰好をした若い男が訊いてきた。
「そうだよ。おいら達、今そいつから逃げて来たんだ」
エッボが引き継いで答える。
「ハンターって、あのダンジョンのハンターの事なのか? あんなのがここにいる?」
ブロンド男も信じられないという顔をした。
「嘘つけっ。こんなとこにハンターがいるわけないだろ。ここは初中級なんだぞ。中級の『メカトロ』にさえいないぞ。ここら辺でハンターが出たなんて聞いたことがないっ」
係の若い男がややいきり立つように言ってきた。
「間違いだったらどんなにいいか。だが、ワッシらの目の前で、1人殺られたのは間違いない事実だ。
信じるかどうかは勝手だが」
「まさか……本当にハンターが?」
若い男はみるみるうちに動揺し始めた。
「ねぇ、そのハンターって何? ギルドの事じゃないのぉ?」
娘たちがまた不安そうに言う。
「大丈夫。ハンターは通路にしか出ないから。ここにいれば入ってはこないよ」
ブロンド男が娘たちを慰める。
「だけどいつまでもこんなとこ、いるわけに行かないでしょ」
パネラがジェレミーの前にしゃがみ込んだ。
「あたい達はさっさと脱出するけどね」
「それっておれ達は……。……置いていく気か?」
ジェレミーがパネラを見た。
「あたい達だって命がけだ。しかもこんなに大勢も連れて行けるかどうか」
パネラが眼だけ動かして他の若者を見る。
「おいっ ジェレミーだけ助ける気かよっ」
横から係の男が割り込もうとした。
「いいや、全員で脱出するんだ。ハンターが近くに来たら、ワッシの側から離れるな」
「そう、こっちにはね、この頼りになる学者さんがいるのよ。それに力強い兄さんもね」
パネラが奴の腕を引っ張った。
「そう頼りにされても困るんだが」
奴がやれやれという顔をした。
そうだ。奴はここぞという時には手を貸してくれないぞ。
「とにかく一緒に来たいなら、そっちも救助の報酬を約束してくれなくちゃね」
「報酬……いくらだ? 言ってくれれば親父が出してくれるハズだ」
ジェレミーが答える。
「お金じゃなくて、アメリ達の事だよ」
エッボも横に来て屈みこんだ。
「全員を自由にして欲しい。こう言えばわかるだろ?」
ジェレミーの目がウロウロ動く。
「それとあたい達の事もね。一切手を出さないように」
「……わかった。親父に言うよ。約束させる」
「絶対だよ。あんたの神に誓って」
「わかった。誓うよ。わがか―――」
「ジェレミー様っ!」
いきなり男女の2人組が飛び出してきた。
えっ どこから来た? 気が付かなかったぞ。
2人はサッとジェレミーの横に付くと、彼を両脇から抱えるように立ち上がらせた。
屈んだ体勢だったパネラとエッボは突き飛ばされて、その場に尻もちをつく。
「ここは危険です。屋敷に戻りましょう」
「お父様が心配されますよ」
「あ、そうだが。皆は?」
どうやら自分の使用人に出会って、少し安心したのか、威厳を取り戻したようになった。
「残念ながら、我々の力では貴方様しかお助けできません」
男が冷たく言い放った。
「待てっ ジェレミー。おれ達を置いていく気かっ?!」
ベニートが詰め寄ろうとして、男に思い切り突き飛ばされた。
「そっちに頼め」
男がそう言うや、女の方がジェレミーを持ち上げると、男の背中に乗せた。
その時、女がこちらを振り向いた。
あの女だっ。
『メカトロ』の5層で、ヴァリアスに首をひねられた、あの赤毛の女。
そのまま3人は向かって右側の通路に飛び出していった。
あっという間に見えなくなってしまった。
「なんて奴だ……」
係の男が吐き捨てるように言った。
「くそっ もう少しだったのに!」
パネラが悔しそうに地面を叩いた。
「え、え……、じゃあ あたし達は助けてもらえないの……?」
娘たちが泣き出した。
「いや、そんな事ないぞ。怪我してない限り、自分の足で走ってくれるんなら連れていくよ」
セバスさんが2人に優しく話しかけた。
やっぱり宝を探すしかなさそうだ。一瞬、これで解決かと思ったのに。
それにしてもさっきからこの高く低くなる音が止まない。
さっきまでしばらく鳴ると止んだのに。心なしか、どんどん大きくなっているような気がする。
「なあ、だけどこっちが帰り道なんだろ?」
ブロンド男が、さっき3人が消えていった方を見に通路に出た。
「奴らの後を追えば帰れるんじゃないのか」
通路の奥を見やってから、こちらを振り返った。
「おいっ! こっちに入れっ 早くっ」
セバスさんが叫んだ。
俺も同時にソレを感じた。
「エッ」
それが彼の発した最後の言葉だった。
一瞬にして土のクジラの口が、彼を飲み込むと地中に消えた。
あっという間の出来事だった。感知する暇もなかった。
いや、おそらくソレはさっきからそこにいたんだ。気配を消して。
深海の砂に潜むアンコウのように得物を待ち受けていたんだ。
甲高い悲鳴で思考を中断された。娘たちが泣き叫んでいた。
「ヴァリアス、彼も助けられないのかっ?」
奴は眼だけこちらに動かして
「そんな事言ってる場合じゃないぞ」
なにっ。
「こりゃいかんっ! 大きいのが来るぞ」
セバスさんが言い終わらないうちに、床が揺れ出した。
いや、床だけじゃなく、壁も天井も全てだ。
「こりゃあ 抑えられんっ」
ドンッと凄まじい轟音がして、下から強い力で突き上げられ、思わずよろめいた。
次の瞬間、部屋の床全てが抜けた。
俺たちはそのまま奈落へと落ちていった。
ここまで読んで頂き有難うございます!
次回 第155話 仮『見捨てる者 見捨てられる者』予定です。




