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第153話☆『Dungeon’s Hunterと魔法人形』


 その音が鳴りやまぬうちに、揺れが起きた。下から突き上げるような縦揺れで、おそらく震度4くらいの震度だったようだが、この閉鎖された空間での振動は、実際の威力以上に大きく感じる。

 地震慣れ(?)している日本人の俺でさえ、かなりの恐怖を感じた。

 ダンジョンには俺より慣れているはずのパネラでさえ、小さく悲鳴を漏らすくらいだ。細い旦那のエッボが彼女を庇うように両手で抱きしめた。

 固まったレッカを大きな手で横に抱き寄せながら、セバスさんがまわりを素早く見回した。

 俺は中腰になりながら、落石とかが来ないか上を警戒した。

 奴だけがただ突っ立ったままだった。


「こりゃっ 大きいなっ! ワッシの力じゃもう抑えられんわっ」

 熊のような足を踏ん張ったセバスさんが大声を出した。

「ヴァリアスッ、これ何とかしろよっ」

 俺は隣で揺れもせずに立っている男に向かって叫んだ。

「大丈夫だ。震源地はここじゃない。もうすぐ収まる」

 奴が言ったとおり、揺れは少しして収まった。地面や壁もひび割れてはいないようだ。

「こういう時のために、お前ももっと、土の訓練をした方がいいな」

 相変わらずマイペースの奴が言ってくる。

 

「みんな、無事なようだな。

 よっし、とにかく今のうちに上に向かおう。第2波が来るかもしれん」

 セバスさんの言葉に、ハッとなったパネラがすぐに鉄の扉に手をかけた。


「あれっ 開かない?!」

 パネラがドアを押したが、その黒い鉄はビクとも動かなかった。

 続いてセバスさんも試してみるが、同じだった。もちろん引いても無駄だった。

「おかしいよ。入った時は念のために、一方通行のドアかどうか確かめたのに」

 少し青ざめたままのレッカが言う。


 一方通行のドアというのは、その名の通り、片方からしか開かないドアだ。

 このドアから入ってしまうと、出る側からは開かないために、まさしく『行きは良い良い帰りは恐い』事になってしまう。

 そのために、俺とヴァリアスが入った直後、毒消しを飲むと同時にドアを試していたそうだ。

 セバスさんが先に入ってドアを完全に閉め、あらためて内側から開けてみせたらしい。

 そうしてこれも念のために、ドアの隙間にパネラが創った鉄石を挟んでおいたのだそうだ。


 だが、今や扉は完全に閉まり、そんなストッパーの欠片も見つからなかった。

 俺たちの後からもしかすると、別の探索者が入ってきて、ドアを完全に閉めたのかもしれないが。


「んん、なんだかこの扉、抵抗が強いっ。変形しないし、ゆうこときかないっ」

 鉄を操る魔法で扉を開けようとしたパネラが、焦ったように言った。

「まるで地面に生えてるみたい」

 今度はパネラとセバスさんの2人で押したが、ビクともしない。


「みんなも押してっ!」 

 奴を除いて5人で一斉に押した。だが扉はビクともしない。まさしく地中深く打ち込まれた杭のようだ。

 俺なんかも身体強化したのに。ドワーフのパネラも同じ思いだったようだ。

 歯を食いしばり、額や腕に血管を浮かべた様は、背の低い女ハルクのようだったが、もちろん動かない。

 まるでダンジョン全体で押さえ込んでいる感じだ。


 ただほんの一瞬だけだがこの黒い鉄の塊から、大きな生き物の脈動のようなものを感じた。

 あのドラゴンの腹を触ったときのように。


「あんたも手伝えよっ!」

 俺はそばでのんびり見物している奴に怒鳴った。

「そんなにびっしり張り付いてたら、オレが手をつくとこねぇだろが」

 妙な言い訳しながらやってきた。

「しょうがねぇな。危ねぇから、ちょっとどいてろ」

 そう言われて俺は、セバスさんやみんなに下がってもらった。

 セバスさんなんかは1人で? という顔をしたが、素直に従ってくれた。


 奴はポケットに手を突っ込んだまま、黒い扉の前に立った。と、

 ヴァッギャァンッ!! 

 凄まじい音をたてて扉がぶっ飛んだ。

 奴がヤクザ蹴りしたのだ。

 もう全国の警察は突入の際は奴を起用した方がいいかもしれない。

「手で押してダメなら足を使え」

 いや、そりゃあんただけだ。


「凄いな……あんた。いや、アクール人ってこんな力持ちなのか?」

 感嘆しながらセバスさんが目を白黒させた。。

「兄さん……スゴイ!」

 パネラも少しキラキラした眼で奴を見た。

 エッ!? もしかしてドワーフの女って、力が強い奴が好きなの?

 旦那いるのにっ ?!


「これが終わったら、あらためて力合わせお願いしたいわー」

 そっちかよ。

「いいが、ハンディを付けるのがちょっと大変だな」

 奴がちょっと苦笑いした。


「とにかく出よう、早くっ」

 エッボの言葉に俺たちは4層を出た。

 先程の階段はまだそのままになっていた。急ぎ階段を駆け上がる。


「さっきの蠕動は上の方、おそらく2層か1層近くのものだな」

 リュックをゆっさゆっさ揺らしながら、セバスさんが振り返った。

「土使いの係の人は何してるんだろ? 抑えてるんじゃないのか」

 俺にはまだ状況がよくわからなかった。 

「さっきの地笛を見ただろ? 確実に減ってるんだよ。いや、いなくなったといった方がいいかな」

 奴が意味ありげな事を言ってきた。

「どういう意味だよ?」


「誰か来るっ!」

 螺旋上に回転する階段を、先頭を切って勢いよく登っていった、山賊のようなセバスさんの体が急に立ち止まった。

「1人? かなり慌ててる走りだ」

 エッボが耳を動かす。


 俺も慌てて地面から先の空間に、探知の触手を伸ばした。

 男が1人、まるで何かに追われてるように後ろを振り返りながら走っている。

「早くっ こっちに来いっ!」

 セバスさんが4層と3層の境の階段口で叫んだ。

 その声に男が気が付いて、十字路の通路をこちらに向かってくる。


 あと少しで曲がり角を曲がって、男の姿が通路に直視出来そうになった瞬間、壁がグニャリと歪んだように視えた。

「不味いっ!」 

 セバスさんが階段から3層に踏み出したが、そのまま唸った。

「消えた……」

 エッボが絶句した。

「くそっ! ワッシの能力じゃ距離が出せんっ」

 そう言って忌々しそうに壁を一発叩いた。

 レッカとパネラは何が起こったのか、分かったのかわからないのか、どっち着かずの顔をした。

 だが俺には感じ取れた。


 ほんの一瞬の出来事だった。

 壁が急に膨らんだと思ったら、まさしく大波のように男を飲み込んだのだ。

 男が何か声を発したようだったが、何故か聞こえなかった。壁がまるで音ごと飲み込んだように。


「『ハンター』だな」

 奴の一言にレッカとパネラ、エッボも振り返った。

「今、消えた男がか?」

 その言葉にパネラ達が首を振って口を開こうとしたが、先に奴が俺の方に顔を向けた。


「トラップダンジョンの亜種と言われる『Dungeon’s Hunter』の事だ」

 恐ろしい事実を道端の花を説明するみたいに、さも普通に言ってきた。


「まさしく『狩人』の意味だ。

 動き回りながら得物を捕らえる、移動型トラップと言った方がわかりやすいか。

 さっき言ったダンジョンのタイプの1つだよ。

 コイツは各層の通路のみに出るから、こうして層の境にいればまず襲われる事はない。

 ただ、その場から動けなくなるがな。

 だから、さっきのダンジョンの土が有効になるんだ。ハンターは特に他所の土を嫌うから」


「じゃあ、今の男はっ? 助けられないのか」

「もう無駄だ」

 ジロリと俺の方を見た。


「ハンターは捕まえるだけじゃない。殺食だってもちろんする。時と相手によって自然と使い分けてるんだ」

 え、じゃあ今、目の前で人が死んだのか? あんなにあっけなく……。

「もしかしてこんなに人が少ないのは、みんなハンターにやられて……?」

 パネラが恐る恐る疑問を口にした。

「だから言ったろ、真っ先に入らなくて良かったって思うぞって。

 ダンジョン(こいつ)の前菜にされるとこだったんだからな」

 ギザギザした歯を見せながら、奴が薄っすらと笑った。


「ハンター……。本当にこんな所にいるなんて……。こんなの上級もいいところじゃないか……」

 レッカが髪を掻きむしるように頭を抱えた。

「うむぅっ……。確かに1カ月程前までは初中級レベルだったものが、ここまでこの短期間で変わっちまうとは。

 一体なんでこんな強い念が、一気に溜まってしまったのだぁっ ?!

 こりゃあ、何かへの執念というか、執着心を感じるぞ」

 セバスさんが壁に両手をつきながら唸るように言った。


「それが、その何かへの執着が、鋭い攻撃性を産んどるんだ。変動性といいい、直接攻撃型といい、その何かのせいだな。ここまで急変革させたのも。

 その原因が分かれば、以前のような大人しいダンジョンに戻るかもしれんが」

 何か最近変わった事はなかったかと、セバスさんが俺たちを一通り見たが、ジゲー家の事を話すわけにも行かず、4人とも押し黙ってしまった。


「そうだな、今そんな事を議論しとる場合じゃないな」

 そう、セバスさんが一歩、3層の地に足を出すとまたどこからか、うねりが起こるのを感じた。

「セバスさんっ、ハンターがっ!」

「うむ、わかっとるよ」

 大男はそう頷いてまた一歩階段から足を離し、両足を3層の床に乗せた。

 えっ それじゃハンターが来るっ!

 俺が動こうとした時、奴が俺の肩を掴んで止めた。

「大丈夫だ、見てろ」


 いきなりセバスさんのまわりの床が歪むと同時に、クジラが水面に口を開けて浮上するように、土壁を広げて覆いかぶさってきた。

「フンッ!」

 気合と共に波動が広がり、土壁がバッと砂と散った。

「上手く散ってくれたか。ここまで近づいてくりゃあ、なんとか攻撃できる」

 首を軽く動かした。


「言ったろ、アイツは強いって。今まで無事だったんだからな」

 セバスさんの大きな背中を見ていた俺に奴が言ってきた。

「だけど、それはたまたまマグレの場合もあるだろ? そりゃあんたは、相手の能力くらいわかるんだろうが」

「あのな、こんなダンジョンに1人で入ってきて、地質調査とやらをしてたんだろ? そんな調査してる時に地面が揺れたらやりづらいだろうが。

 それを抑えながら1人でやってたって事だよ。

 それだけの能力があるって事だ」


「よっし、行くか。ハンターは1つとは限らんが、今近くに他のハンターはいないようだ。

 今の奴もまた固まるのに時間がかかるはずだ。とにかく急ごう」

 セバスさんがリュックを背負い直した。


 *********************


 1層に続いていた入り口前のエントランスホールが、蠕動の前触れもなく、急に床が抜けたのはあの魔笛が聞こえた直後だった。

 穴は一気にホールにいた人々を飲み込み、装飾された柱や露店、床にあった物全てを落とし込んだ。

 凄まじい大音響に、瞬時に事態を飲み込めない外の係が、モウモウと砂埃を上げるダンジョンの入り口を覗こうとした。

 その砂煙の中から魔物が1匹、突然飛び出してきた。


 ソイツは、こげ茶と赤茶色の体と翼を持ち、尖った嘴のような口をしていた。姿と大きさは人に似ていたが、その腕は人より長かった。

 驚き仰ぐ民衆の上に一気に飛んでくると、その長い腕を使って驚愕に固まる中年の男を掴むと、再びダンジョンに飛び戻った。

 穴の上で手を離す。

 哀れ、男の悲痛な悲鳴が穴にこだました。


 あちこちで悲鳴と叫び声が湧きあがった。

 ソイツが再び戻ってきたからだ。


「ガーゴイルッ!? なんでこんなとこにっ?」

 パニックになったイベント会場の上を、クルクルと旋回したガーゴイルは、再び狙いをつけて急降下してきた。


『ヴォッゴォッ !!』

 音とも叫び声ともつかない音が響いた。

 凄まじい音をたてて、民衆が慌てて逃げた地面に、魔物が打ち付けられたように落ちてきたのだ。

 胸に太い槍を突き立てて。


「みんな退いてろっ!」

 起き上がろうとする魔物を素早く足で踏んづけて槍を抜くと、警吏は今度は頭に突き刺した。

「くそっ! しぶといヤロウだっ」

 なんとか足で押さえつけながら、グサグサ刺しているのに、ソイツはバタバタと足掻きをやめない。

 下手すると押さえている足を掴まれそうになる。


「ギュンターっ 退けっ! 焼き払ってやるっ」

 その声にギュンターが後ろに跳び退るのと、そのこげ茶色の体が一瞬白く見える程のスパークが魔物を包んだのはほぼ同時だった。

 また辺りから悲鳴が起こる。

 警吏ギュンターが咄嗟に上を仰ぎ見たが、別の魔物は飛んで来なかった。

 

 体も翼も真っ黒く焦げついた魔物は、やっと動かなくなった。

「アッチぃっ! 」

 槍を抜こうとしてギュンターが手を引っ込める。

 槍が火で炙ったように熱くなっていた。

 そのそばに電撃を撃った男が、付けていた白の山犬の仮面を頭にずらしながらやってきた。


「なんだ、ユーリ、お前昨夜も夜勤のはずじゃなかったのか?」

 火傷しそうになった手を振りながら獣人の警吏は、非番の仲間に声をかけた。

「そうだよ。だけど起こされちまったんだよ、子供ガキとカミさんに祭りに連れてけってさ。

 この騒ぎで目が覚めたけどな」

 ユーリと呼ばれた男は、その金色の月の目で足元を見た。


「おい、ギュンター。何度刺してもなかなかトドメがさせなかったのは、もしかしてこれのせいじゃないのか」

 ユーリが自分の剣で、もろく土と石くれになったガーゴイルの喉の辺りを突っついた。

 そこには焦げて黒っぽく変形したモノがあった。


「こいつは……コアか?」

「それっぽいな。一瞬だが、こいつから全身に何か気を送っているのを感じた。

 この核を壊さない限り復元するみたいな。

 ……こいつはガーゴイルというより、ゴーレム(魔法人形)なのかもしれない」

「待て、それじゃこいつは誰かが創って、ワザとここに放ったと?」

「わからん」


 あちこちで他の警吏の吹く呼子の音と人々の叫び声で、大声で話さなくてはならなくなった。

「確かにこんなとこにガーゴイルやゴーレムが発生したなんて、聞いたことないよなあっっ」

「聞いた話だと、精霊の泉とかには、自己製造型のゴーレムがいるらしいけどなっ、おれも見た事ないがっ」

 まだ熱く白い煙を立ちあげているその石くれから、その核らしきモノを剣先で転がした。


「ん、なんかこれ魔法式じゃないな。何かのマークだ」

 熱いその核を、今度は火傷しないように手袋をして、ギュンターが手に取って泥を払った。

 歪んだ銀製の玉には、▲と斧、そして蔓が描かれていた。


 2人の警吏が顔を見合している場所から、少し離れた樹の根元でヨエルは呆然と立ち尽くしていた。


 どうやら軽い蠕動があって、それで一時的に中に一般客が入るのが中止になったらしいので、ホッとしていた矢先だった。

 ずっとエイダの位置は探知していた。

 だから彼女がまだダンジョンの中に入っていない事はわかっていた。

 なのによりによってそのホールが落ちた。


 穴は深く、ダンジョンのカオスのような気が渦巻いていて、ここからでは探知の触手を拒んでいる。

 もっと近くに、穴のすぐそばまで行けば、もう少しは探知可能かもしれないが、どうしても体が動かない。


 動物もとい人間は、強い恐怖からは退くように生存本能が働く。

 これは仕方のないことだ。

 あの穴が、ダンジョンの口が、深淵の地獄の入り口のようにヨエルには感じられる。

 冷たい感触と果てしない闇、そして死のイメージがベッタリとまとわりついてくるのだ。


 だが、同時にもう1つ、泣き顔の彼女を助けるビジョンも浮かんでくる。

 それも鮮明に。

 2つの未来があるのか、もしくは両方なのか、それはわからない。

 ただ、探知出来なくとも、彼女がまだ生きていると何故か感じられた。

 そして穴の奥でおれの助けを待っている。

 

 怒号と呼子、悲鳴と泣き声の騒音が一切聞こえなかった。

 聞こえるのは彼女が自分に助けを求める声だけ。


 くそ……。 おれにどうしろってんだよ…………。


ここまで読んで頂き有難うございます!

今年はコロナ過のせいで淋しいXmasになりました。

聞こえてくるのはジングルベルじゃなくて、火の用心の拍子木だけ。

いつもなら「火の用心 たっしゃりませ~」の声もあるのだけど

今時期は声無しです。

これを聞くと年末だなぁと思います。

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