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第151話☆『アジーレ 第4層 魔薬』

なんだか説明で長くなってしまいました……。


「え……田上さん???」

 俺は顔を上げた。

 いつもの4階の食堂だった。俺はそこの長テーブルで突っ伏していたらしい。横に食べ終わって空になった弁当容器がある。

 腹がいっぱいになってうたた寝していたらしい。

「ふふっ 今日はお疲れ気味ね」

 そう言って田上さんが俺の横に座ってきた。


「あ、そうだね。なんだろ、搬入がこれからなのに」

 俺は食堂の中を見回した。

 まだ食べている人もいれば、食べ終わって雑誌を読んでいる人もいる。外のテラスで4人が煙草を吸っていた。

「なんだか、すごく長い夢を見ていた気がする。忘れちゃったけど」

「やだぁ、そんなにしっかり寝るなんて、相当疲れてるんじゃないのぉ?」

 彼女が俺の顔を下から覗き込むようにしてきたのに、少しドキリとした。

 まわりに人がいるのに。

 だが、みんなは俺たちの事なんか気にしてないのか、まったくこちらに注意を向けている者はいない。


「あのねぇ、ちょっと今度の土曜日、時間あるかなぁー?」

「土曜日?」

 土曜日は通常、異世界あちらに行く日だが、滞在時間を減らして日曜日に行ってもいい。

「うん、予定ないよ。なに?」

「良かった。実はねぇ、今、両親が来てるの」

「え……」

 今度こそドキッとした。

「だから久しぶりにジィジとバァバに、来夢らいむを見てもらえるのよぉ。たまにはわたしだって羽伸ばしたいしぃ」

 彼女の1人息子はキラキラネームの3歳児だ。内縁の夫はDVで逃げた彼女を追って、悪質なストーカーになっていた。

 それを俺が助けたきっかけで彼女と親しくなったのだ。


 ああ、でも流石にいきなり両親に会ってくれって話じゃなかった。当たり前だな。

 なに期待してるんだろ、俺。

 弁当の横に残っていた缶コーヒーを手に取った。

 なんだろ、何か重要な事を忘れてる気がする。


「でね、映画見に行かない?」

「えっ?」

「ほらっ 来夢がいるとどうしても子供向けしか見れないから、こんなチャンス滅多にないのよ。たまにはDVDじゃなくて、映画館で見たいしぃ」

「俺とでもいいの?」

「当たり前でしょー。でなかったら誘わないわよぉ」

 彼女は持ってきた映画雑誌をテーブルに広げると、綺麗なピンク色の爪を紙面に這わせた。


「ちょっと候補を絞ってきたの。東野さんはどれがいいかしら?」

 紙面には赤ぺんで、候補の映画がワクが引かれていた。やっぱり恋愛モノが多いな。

「ねぇ、東野さん……」

「うん?」

 俺は紙面から顔を上げた。すぐそばに彼女の顔があった。


「会社ではあれだけど……、今度から蒼也さんって呼んでいい?」

「そ、それはもちろん……」

 彼女の少し潤んだような艶めく瞳から目が離せなくなっていた……。


「蒼也っ!」

 顔の前で低音ボイスで名前を呼ばれて目が覚めた。

 目の前で凶悪なサメヅラが、俺の額に手を当てていた。

 気が付くと俺は草むらの上に座り込んでいた。


「ソーヤ、大丈夫?」

 レッカと大きな図体のセバスさんが、俺の横にかがんで覗き込んでいた。少し間をあけたところでパネラとエッボが周囲を警戒しながら、こっちを見ている。

「急にふらふらして座り込むからびっくりしたよ。薄目開けてるのに揺すっても返事しないんだもん」

 本当に心配そうにレッカが眉を八の字にしていた。

「大丈夫だ。魔薬にやられたんだ。お前は慣れてないから」

「まやく? いつの間に……」

 なんださっきの方が夢だったのか。いや幻……?

 

「麻薬みたいなものだが、魔素と融合して更に厄介なものになってるのを魔薬と呼んでいるんだ。ここの空気にそれが混じってる」

 辺りを見回すと、さっきはあんなに濃く霧に覆われていたのに、今は薄ぼんやりしているとはいえ白夜のように明るく見えた。

「霧は? さっきまであんなに濃かったのに」

「霧なんか始めからないぞ」

 奴がサラッと言ってきた。

「お前はここに入る前にすでに魔薬に酔ってたんだ。だからドアを開けた時に、見た事のある情景を連想して幻を見たんだ。 

 他の奴らは何度もダンジョン経験があるから耐性があるんだよ」


「いや、こりゃあワッシらでもちょっと危ないぞ」

 大きな体を揺するように腰のあたりから何か取り出すと、俺の目の前に出してきた。

「これを飲んどくといい。さっきドアをくぐる前に皆も飲んだんだ」

「これは?」

 それは黒大豆ぐらいの大きさの赤黒い玉だった。

「毒消しだよ。ワッシの特性でな。一過性のものじゃなくて、飲むとしばらく体の中でフィルターの役目をするんだ。

 薬草と炭を混ぜて作ってあるんだよ。大体1,2時間は効くぞ」

 奴の方を見ると軽く頷いた。許しが出たので飲むことにする。


にがっ!」

 そして臭いっ!

「そりゃ炭だからな。良薬は口に苦しだろ?」

 俺が渋い顔をしているのを見て、奴がニヤニヤしながら言った。

 いや、炭だからって問題じゃないぞ。まるで正露丸を濃縮したみたいだ。

 確かに効きそうではあるが。


 しかし夢とはいえ田上さんに名前呼んで貰いたかったなぁ。

 なのによりによってこいつの声で目が覚めるとは。

 口直しに水を飲みながらあたりを見た。


 俺たちが入ってきた黒い鉄の扉のまわりは半円の空間になっていて、足元にはクローバーのような小さな丸っこい草がびっしりと生えていて、足音が消えるくらい柔らかな地面を作っていた。

 所々にゼンマイやよもぎのような山菜も生えている。

 その半円の小さなホールから正面と左右、またその間に幾本もの道が広がっていた。

 道はそれぞれ、蔦や細い樹木が巻きついた黒い金属の鉄格子が垣根となって分けられている。その蔦や絡まる枝には、色々な花や熟した実がなっていた。

 まるで何かの庭園のようだ。

 ただその鉄格子は遥か高く、どうやら天井まで伸びているようだが、その天井は白く光を帯びるもやに包まれて良く見えなかった。


 ふと水音が聞こえてきた。

「エッボ、なんだか水音がする」

「ああ、さっきから聞こえてるね。この道の方からだ」

 そう言ってエッボが正面の道を指差した。

 

 道の幅は大人2人が余裕で並んで歩けるぐらいだった。

 今度は先頭をセバスさんとパネラが歩くことになった。シンガリはもちろん奴だが。

「すごい、この近辺の色んな植物がほとんど生えてる」

 レッカが感心したように言った。

「しかもみんな食べられる実ばかりつけてるぞ」とエッボ。

「ふぅむ、こいつは……。聞いた話によるとここはただの草地だったはず。少なくとも10日前までは」

 バリバリとセバスさんが頭を掻いた。

「しかも聞いた話より、格段に広くなっとるな」


 100mも歩いただろうか。上から多い被さるように垂れてくる、枝葉や蔓のカーテンが急に途切れたと思ったら円形状の広間のような空間に出た。

 その中心に白い女神像のような石膏像が立ち、その口から水がちょろちょろと流れ出ていた。その足元には同じく白い石で囲われた丸い囲いがあり、その透明な水をたたえている。

 水場のまわりに樹木が何本もの囲むように立っていたが、それらすべてに花や実をつけている。

 また茎は青緑色だが、形が噴水のように放射状に茎をたらした背の高い植物には、その茎の先に黄色のブドウのような実をつけていた。


「ええっ、凄いな。これ、ラーハムの木じゃないか」

 セバスさんが少し興奮気味の声を出した。

「ダンジョンでしか育たないとはいえ、こんな人里近くのダンジョンでお目にかかれるとは」

 そのままその黄色い実を摘まんでみたり、根っこの部分を入念に観察し始めた。

「あれってそんなに珍しいのかい?」

 俺はヴァリアスに訊いてみた。

「まあな、コイツはどちらかというとあの暗黒大陸とか、魔境とか言われるような魔物しかいないような場所に生える植物だ。木とは言われてるが、どちらかというと木本植物だよ。

 それにコイツの特徴は何といってもこの実だ」

 そう言って奴はその黄色のブドウのような実を一粒取った。


「食べてみろ」

 そう言われてひと噛みすると、薄皮が破れて中から汁が漏れた。

「っ……。これ、まるで」

「そう肉みたいだろ?」

 そう、これはまるで生肉そのままの味と感触だった。以前生焼けでうっかり食べてしまったハンバーグの生部分に似ている。

「植物性タンパクと油脂を豊富に含んでるんだ。薄皮が乾燥と劣化を防ぐから、干し肉の代わりとして携帯食にもなる。もちろん火を通せば味も焼肉と一緒になるぞ」

「へぇー、じゃあ売れるんじゃない?」

「ああ、ただ干し肉の代用程度だからそんな金にならんぞ。

 ただし、場所によっては価値が跳ね上がるがな」


「そう、そうだぞっ!」

 まだ興奮冷めやらぬセバスさんがこちらに振り返った。

「ダンジョンのようなとこでは食料問題はすなわち死活問題だからな。時によって食べられない黄金より、腹を満たせる食物の方が何万倍も価値があることになるっ」


 そうして葉を一枚摘まみ取ると

「それにこの木は一般に知られた種じゃないぞ。ラーハムはアルカリ性土壌を好むんだ。こんな酸性土壌じゃまず枯れてしまうはずなんだ。

 それにほれ、ここに赤い葉脈がある」

 見せられた葉には、笹のように縦長の薄緑色に赤色の筋が走っている。

 だが、そう言われても俺には違いがわからない。


「本来よくあるラーハムの原種は緑一色の葉なんだ。こんな筋はない」

 奴が説明してきた。

「というと新種?」

「新種というより疑似変異種だな」

 その話にセバスさんが目を見開いた。

「君はすごく詳しいな。もしかしてダンジョン植物学を?」

「そりゃオレは創―――」

「こいつは結構長生きしてるだけの物知りなんですっ! 勉強なんかしてませんっ」

 俺は奴とセバスさんの間に割って入った。また父さんの名を出すとややこしくなる。

 奴が後ろで文句を言っているが聞こえない振りをした。


「セバスさんも地質だけじゃなくて植物も詳しいんですね」 

 もう話題を変えさせよう。

「ん、ああ、ワッシは地質学者と言っても、ダンジョン系なんだ。ダンジョン自体にも興味があってな、本も3冊ほど出したんだが。いや、今はそんな事どうでもいい。

 それでその疑似変異種という根拠は?」

 興味を持ったセバスさんが、あらためて奴に質問してきた。

「葉や茎だけじゃなくて、実の間に残ってる花をよく見てみろ」

 そう言われてセバスさんが実の間を調べて、おおっと声を上げた。

「こいつは―――」

 そこには黄色の実に混じって、小さな白い花弁とひと回り大きい薄紫の花弁で出来た、小ぶりな花が咲いていた。


「ここら辺でよく見かける、野生のイエロー大豆の花にそっくりだろ? 

 おそらくソイツの種子を改良して、ラーハムに似せて作り出したんだろうな。まったくの無からは創り出すことは出来ないが、改変は出来るから」

 と、最後は俺に向かって言ってきた。

「このダンジョン全体が以前より大きく変わっとる。まさかこの植物もこの短期間で創り上げたのか?

 どれだけエネルギーを要したんだ ?!」

 ぬうぅ~~~とセバスさんは唸り声をあげながら、ラーハムの木を舐めるように見ていたが、ふとこちらに首を振った。

「じゃあその知識を、ラーハムの木の事をこのダンジョンは知っていて、必要としたって事だな?」

「元から知っていたか、()()()()から吸収したかだな」

 奴の目が底光りした。


「なあ、ソーヤ、ここ色んな人の匂いがするんだが、何か感じないかい?」

 他の道を調べに行っていた、パネラと一緒に戻ってきたエッボが訊いてきた。

 あ、つい探知を忘れてた。一回意識をなくしてたから引っ込んだままだった。

 確かにあたりに色々なオーラの色が見える。

 そのラーハムのあたりや、湧き水の縁、この広間から分かれる道にも。

 それはまだ新しいのもあれば、少し時間が経っているらしいのもあった。

 おそらく半日以上―――。


「エッボ、ジゲー家の探索者がギリギリまで探していたらしいって、前に言ってたよね」

 俺はセバスさんに聞かれないように、小声で話した。エッボも耳をピクっと動かしたが、こちらの意図がわかったらしく黙って軽く頷いた。

 幸いセバスさんはまたラーハムの木や地面を調べるのに夢中で、俺たちに背を向けている。

「開場からの数時間じゃなくて、半日以上経ったらしいオーラがあるんだ。ギリギリどころかまだいるのかもしれない」

 エッボの耳がピンと立った。緊張したんだ。

「―――そうか、先に中で待機して、珠にかけられた呪いが解けた途端に探せば……」

 エッボも小さな声で返してきた。

「わからない。だけどダンジョンの係が整備の為に昨夜入ったんなら、この変化を報告してそうだし、内密に潜った奴なら言わないかもしれないから。

 少なくとも昨日の夕方以降にここに入ったのは、表の係じゃないと思う」

 もちろんセバスさんに話した係が、知らないだけという事もあるだろう。だけど仮にも現場の係が、こんな重要な事知らされてないはあまり考えられない気がした。


「わかった。とにかく気を付けるようパネラとレッカにも伝えとくよ」

 そう、秘密裏の探索者も厄介だが、俺が心配しているのは例の影の監視者だ。俺たちがここまで潜ってくるのを計算して待ち構えている可能性もある。

 俺は気を引き締めると、探知を開始した。


 さっきセバスさんも感知しづらいと言ってたが、ここは他の層に比べて倍以上の抵抗力だ。

 触手を遠くに伸ばそうとしても押し返されてしまう。あの祭りの街の人混みとは違う抵抗感だ。

 例えるなら人混みのは、バルーンハウスのように風船いっぱいの中を泳ぐようなものなのだが、これはなんとか掻き分けて進むことが出来る。

 だが、ここの空間は濃厚な塩湖のよう。潜ろうとしても浮力が有り過ぎて潜れないような感覚。

 浮き輪を付けて潜ろうとするようなものだ。

 必然的に力技になるし、距離も短くなる。鮮明度も落ちる。

 なんとか伸ばせたのは30mも満たないかもしれない。


 とにかく俺たちはゆっくりと移動しながら、この庭園迷路を奥に進んでいった。

 垣根でできた通路は、真っ直ぐなようでゆっくりと曲がっていて、歩いている感じだと緩いS字状になっているようだ。所々で他の道と交差するが、そういったところには必ず、先程のラーハムの木や湧き水の出る彫像があった。


「蒼也、ここがどんな場所だと思う?」

 後ろ斜めから付いて来ながら奴が問いてきた。

「どんなって、ここのダンジョンの最深層じゃないのか?」

「そうじゃなくて、それ以外に他と何か違うと思わないか?」

「う……ん、さっきから探ってるけど、探せた範囲では例の珠の気配どころか、他の階では出てきた貴金属の気配もないな。3層では取られた痕跡ならあったのに」

「それもあるな。それは何故だと思う?」

「何故って見つけられないか、もしくはここには無いからか……」


 言ってみて変だと思った。

 ダンジョンの宝は獲物を釣るための餌なのだから、ここにだって無いとおかしいんじゃないのか?

 なかなか見つけられないにしても、何か思わせぶりなモノでもあってもいいのに。

『(もしかしてここには珠どころか、宝もないのか?)』

 皆に聞かれたくないので、テレパシーで返した。

『(そうだ。ここに宝はない)』

『(えっ、じゃあ意味ないじゃないか。ここに宝が無いなら、皆ここまで来ないぞ)』

『(だが、現にこうして来ただろ?)』

『(そりゃあ、ここにも何かあると思ったから。無いとわかったらもう2度と来ないかもしれないぞ)』

『(そうかな?)』


 その時、前を行くセバスさんが感嘆しながら呟いた。

「ああ、ここは中々面白いぞ。こんな不穏な時じゃなければ、ずっと調査していたいくらいだ。

 水、木の実に山菜、肉、そして水。これだけあればここで十分暮らしていけるからなぁ」

 

 そ、そうかっ!

「ここは人間が生きていけるようになっている場所なのかっ?!」

 つい声に出てしまった。

 みんなが振り返った。

「そうなんだよ、ワッシも考えていたとこさ」

 セバスさんが目を大きくしてきた。

「これだけ食べ物や水があるのに、動物や魔物がいない。魔物のほとんどがイベント前に一掃されたらしいが、それでも他の層にはケイブモモンガやクカラーチャがいた。

 だが、ここには魔虫のコルドーンすらいない。

 それはなんでかとっ」

 

 側のパネラやレッカ、エッボに眼もくれず俺を飛び越えて、その視線は後ろの奴に注がれていた。

「ここの空気を奴らが嫌いだからだろ」

 指摘されて、奴が軽く肩をすくめながら答えた。

「そうっ!」

 セバスさんが我が意を得たりとばかりに、太い指を突き出した。

「この空気に含まれる魔素、かなり濃いだろう。強い魔物なら好ましい空気かもしれん。逆にそういう濃い魔素が含まれる空気のあるところには、強い魔物がいる。

 だから弱い小動物や力のない魔虫は、そういう空気の場所に入りたがらないんだ。本能で脅威を感じるから。

 だが、人間なら、宝目当てに入ってくる」


「この空気はそれだけじゃないだろ。この魔薬のほうの濃度も問題だ」

「おお、そうなんだよ。ダンジョンを壊しかねないような強い魔獣相手ではなく、人間を対象にしたのだとしたら、この濃度の強さは―――」

「誰かいる」

 俺の声に皆が注目してきた。


 俺の探知にギリギリ、人影が感知出来た。その高さと恰好からすると、その人物は座っているようだが……。

「人か、そうだよな。3層に来て以来、セバスさん以外会わなかったけど、他にいなくちゃおかしいもんな」

 エッボが鼻をヒクつかせたが、空気が濃すぎるのか、また顔をしかめた。

「ちょっと様子見に行ってみる?」

 パネラがまた手にメイスを持ち直した。


 ラーハムのある分岐点を左に折れる。

 近づくにつれてどんどん詳細が分かってきた。

 そこは次の分岐点で中央に湧き水の彫像が立っていた。その側に1人、そこから少し離れて、蔦の巻き付いた樹のあたりにもう2人が寄りかかっている。

 目を開いているようだが、様子がなんだかおかしい。

 分岐点の手前で垣根に隠れながら、パネラとエッボが中を覗き込んだ。

 それからここで待っててと、2人が先に入ると湧き水のそばの男の所にそっと近づいて行く。

 ちょっと間をおいて、「来て」とパネラが手で合図してきた。


「ねっ、ソーヤと同じ。イっちゃってるでしょ?」

 男の傍らで屈みこんだパネラが顔を上げた。

 その男は40前後くらいのヒュームだった。

 レッカと同じような厚手の綿入りの上着を着て、なめし皮の腰巻を付けていた。荷物のリュックを背負ったまま、湧き水の丸い柵に片腕をついて、どこを見るともなく前方を見ている。

 そっとセバスさんが顔の前で手を振ったが、反応どころか瞬きさえしない。

 口も半開きになっている。

 俺、さっきこんなだったのか? なんか恥ずかしい。


 するとパネラが見守る中、エッボが男の服や荷物を調べ始めた。

「ジェレミーのオーラは感じられないけど、一応ね」

「うん、やっぱりないね。この銀の玉ぐらい」

 と、2つの純銀の玉を見せた。それをまたリュックの奥に押し込んで戻す。

 良かった、盗みはしないんだ。


「あっちもそれっぽいから、確認してくるね」

 3人が他の2人の方に行ったので、セバスさんが男の前にしゃがみ込んだ。

「こりゃ、確かに魔薬にトリップしてるな。これじゃ自力ではもう抜け出せないだろう」

 手のわりに小さなルーペを取り出して、瞳孔を覗き込みながらセバスさんが言った。


「この人にもさっきの毒消しを使えば、良くなるんですか?」

「いや、今はやめておこう」

 男の胸に耳を当てて心音を聞いていたセバスさんが、そう言って立ち上がった。

「あっちの2人もそのようだし、この他に何人こんな者がいるかわからんからな。見境なく使ってしまっては足りなくなってしまう」

「他にもいるって事ですか」


「お前、ここの参加者のランクを忘れたか?」と奴。

「覚えてるよ。確かDランク以下が大半だって」

「それくらいの奴は、こういう初中級クラスには入るだろうが、中上級クラスには滅多に入らないもんなんだよ。強いパーティと一緒じゃなければな」

「だから?」

「こんな強い空気や魔薬に慣れてないって事だ」

 あ、じゃあこの4層に来た参加者のほとんどが、やられてる可能性があるのか。

 そりゃ、手持ちの毒消しじゃ足りなさそうだ。


「セバスさーん、ちょっと来てー」

 パネラに呼ばれて、セバスさんがのっしのし、他の2人の方に歩いて行った。

 俺とヴァリアスは2人で、足元の男を見下ろしていた。


 その時、ふと垣根の上の方を何かが動いているような気がした。

 それは蝶が飛ぶように、なだらかに上下しながら空中を動いているようだったが、姿が見えなかった。

 咄嗟に風の感知も試したが、空気の流れに変わりはない。

 だが、何かいる気配はする。


「お前、これが視えているのか?」

 同じくソレを見ているらしい奴がこっちを振り返ってきた。

「なんだこれ?! ヤバいもんじゃないだろうな?」

「ヤバいと言えばヤバいし、放っておいても別に構わん存在だな。まあ通常、感知出来ないはずなんだが」

 そう言って俺の頭に手を置くと

「ここまで感知出来るようになったんなら、一度くらいなら見せてもいいか。運命の奴らじゃないし」

 

 ソレが視えた。


ここまで読んで頂き有難うございます!


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