第148話☆『アジーレ 第3層 失踪』
今回はちょっと創作がスルスル進んだので
前回から早めに更新しました。
ただ、ちょっとG話が出てきますので
気になる方は食事時以外にどうぞ。
よろしくお願いします。
「遅かったなあー、ベニート。もう置いて行こうかとみんなで言ってたとこだぞ」
1層のイルミネーションで飾られた明るいゾーンから奥に引っ込んだ、光苔の明かりのみに照らされた鍾乳石の柱に若い男女4人がかたまっていた。
「しょうがないだろ、これでも仕事中なんだぞ」
副監督ベニートは左腕を前に突き出してみせた。上腕に腕章がついている。
「そんなのばっくれちゃえばいいのに」
豊かな金色にオレンジと緑の挿し色を入れた長い髪をいじりながら、アーダが唇を軽く突き出した。
「簡単に言うなよ。たまには親父の顔立てないと―――」
「お小遣い貰えなくなっちゃう? やだっダッサぁ」
エンマが小馬鹿にしたように小さな舌を出した。
「うっるさいなぁ。しょうがないだろ、女は結婚すりゃあいいけど、男は大変なんだよ。
おれのんとこはお前たちと違って爵位を持ってないないんだからな」
「おれのとこだって同じだよ」
目元がラメで飾られた半仮面を付けた、ジェレミーがアーダの肩を抱きながら言ってきた。
「ちぇっ、お前んとこだって爵位が無くたって、下手な貴族より金持ちじゃんかよ。嫌味にしか聞こえないよ」
「これでも大変なんだぞ。親父の跡を継がなくちゃいけないんだからさ。決められた事しかできないってのも苦痛なんだぞ。将来が決められてるってのは」
「爵位って言ったって、親父が持ってるってだけだって。おれ自身は無爵位だよ。
しかも三男だし、将来真っ暗だぁ~」
アランがワザとらしく、顔を手にやって泣く振りをする。
「もうそんなつまんない事言ってないで、さっさと奥に行きましょうよ」
退屈したエンマがしびれを切らして言ってきた。
「ああ、そうだな。皆揃ったことだし」とアラン。
「ベニートは行けるの? 仕事中なんでしょ?」
イタズラっぽい顔をしてエンマが言った。
「大丈夫だよ。お前たちを探しに奥に行ったって事にすれば。どうせおれ、立ってるだけでやる事ないし。
それに登録プレートも下げてないのに、奥をぶらぶらしてたらアレだろう?
この副監督様がついてれば、名目も立つさ」
「そうか、んじゃ頼りにしてるよ。監督官ベニート様、大体この中で地の使いはお前しかいないんだからな。道案内してもらわなくちゃ」とジェレミー。
「任せとけ。だけどジェレミー、お前もよく抜け出せたな。確か屋敷に監禁されてたんじゃなかったっけ?」
「監禁なんかされてねぇよ。ただ1人で出歩くなって、やかましく言われてただけさ。だから部屋にアーダといる振りして、抜け出してきた」
「あたしと?」
「そう、お前との声を記憶させた記憶石をベッドに置いてきた。鍵もかけてあるし、しばらくはメイドも部屋に入ってくるのを遠慮するだろ」
「やっだぁっ! なに、使ってんのよっ!!」
演技ではなく本当にアーダが真っ赤な顔をした。
「大丈夫だよ。アレの時のじゃなくて手前のお喋りのみだから」
ジェレミーがひらひら手を振る。
「や~ねぇ。あんたたち、そんなもの記憶させてるのー? 変な趣味~」
「好きな女の声は時々聞きたくなるものだろう」
と、ジェレミーはぷっくら頬を膨らますアーダの頬を突いた。
大体こんな事になったのも、アーダ、お前のせいなんだからなぁ。
ジェレミーはそのすべすべした頬をさすりながら、心の中で軽く毒づいた。
あの時、こいつが宝が見たいなんて言わなきゃ、こんな事はしなくても良かったのに。
とにかくジェレミーはこのダンジョンに、いや、このイベントに来なくてはならなかった。
親父はなんとかするから、もうお前は何もするなと言ったが、当の本人が屋敷でただ待ってるだけなんて恰好悪いじゃないか。
後でどこから真相が漏れるとも限らないし、その時にせめておれも探索に参加していたという、既成事実だけでも作っておきたい。
妙に見得を張るところは父親似だった。
「あら~っ、これは探索者とは思えないような、ぴちぴちのカワイ子ちゃん達!
おれとメイクベビーしてみないか~い?」
いつの間にか黒い背の高い男の出現に、5人はギョッとした。
「なんだよ、オッサン。おれたちがいるのが見えないのか」
「どう? お嬢ちゃんたち、おれは2人一緒でも全然いいぜー」
若者3人をガン無視して、娘2人に黒い男はニヤニヤしながら顔を向けた。
「お呼びじゃないのよね~、オジサン」
「バイバイ~、オジサン」
娘2人はさっさと後ろを向いた。
「あ~、確かにおれ、かなり年上だけど面と向かって言われると、結構ショックだわ~。しかもカワイ子ちゃんに言われると……」
ワザとらしく胸を押さえてしょんぼりしている男の横を、5人はさっさと通り過ぎる事にした。
こんな奴相手にしているヒマはない。
「痛い目みないとわからないようだな、ジェレミー」
ふっと押し殺したような小声が、ジェレミーの耳元でハッキリ聞こえた。
すぐに振り返ったが、黒い男の姿はもう見えなかった。
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「今少しだけジェレミーの匂いがした」
エッボが振り返って、今来た道を振り返った。
俺たちは7つの部屋を通って、また下向きの下る通路を通っていた。
奥に進むと岩肌だけだった通路や部屋には、所々に割れ目や角に雑草が生えていた。
蔓植物はなかったが、壁の下の方に苔が生えているところもあって、触ると少し湿気を帯びてしっとりしている。
「じゃあこの辺りに?」
俺はまわりの壁や地面、天井を強く探知した。
だが、珠どころか金属の玉すら感知出来ない。
「地面や壁じゃないなあ。やっぱり空中を漂ってきたみたいだ。奥からじゃなく後ろから吹いてきた風に乗ってきたみたいだ」
壁や地面に伏せて、匂いを確かめていたエッボが顔を上げた。
「じゃあさっきの係がまたこっちに来たのかな」
レッカも壁を調べながら、ちょっと不安そうな顔をした。ジゲー家の直近の係がウロウロしているというので落ち着かないのだ。
「どうだろ? それだったらすぐ近くにいないとおかしいぐらいの濃度だったから」
それを聞いて今度は俺が緊張した。
ジゲー家の直近で、近くにいるかもしれないのに探知できないって、例の隠蔽能力者じゃないのか ?!
すぐに探知と空気の感知を繰り返してみた。
だが、俺の力ではこの2つに差異は見つからなかった。
「他にも側近の人が近くを通ったのかもしれないね。とにかく先を急ごう」
パネラが先を促した。
調べながらなので通路や各部屋をゆっくり通っていく。
各通路や部屋には、たった今まで人がいたらしい気配というか、オーラの帯が残っていたりする。
だが、人の姿は見えない。
ふと、昔 本で読んだ『メアリー・セレスト号の謎』を思い出した。
19世紀に海上で忽然と乗組員全員が消えた状態で発見された、いまだに謎が解明されていない船にまつわる話だ。
こちらの信号にも応答しない、漂流しているらしき船に乗り込んだイギリス船員が見たのは、ついさっきまで人があちこちにいた痕跡だった。
テーブルにはすぐさっきまで食事が行われていたらしい、食べかけの食べ物の中にはまだ湯気が出ているコーヒーが置かれていた。
洗面所にはちょっと前までヒゲを剃っていたらしき、カミソリにはまだ泡が残っていた。
それなのに船のどこを探しても人っ子一人いない。
子供の頃、そのさっきまで人がいたのにという下りが、とても恐ろしかった。
今じわじわとそれを味わっている。
と、微かに足元を揺らす地震があった。探知するまでもなく感じる蠕動だ。
さすがに皆も感じたらしく、一瞬足を止めた。
その時、角っこの草から小さなものが素早い動きで壁をよじ登ってきた。
「あっ、クカラーチャ」
レッカの言葉に思わず俺が反対側に飛びのくのと、奴が手を伸ばして掴むのと同時だった。
こいつっ! 素手で掴みやがったっ!
「なんて顔してるんだ? ほらっ コイツはお前が想像しているような虫じゃないぞ」
奴はわざわざ、反対側の壁に避難している俺のところに摘まんでそれを見せに来た。
あんた絶対、昔いじめっ子だったろう。いや、今でもそうか。
しかし目の前に見せられた虫は、黒どころか、淡緑色に黄色の筋が入っていた。
形は笹の葉のように細長く、ひっくり返すと腹側に8本の細い足が生えていて、ちょっと葉に似たバッタに似ている。
「これがゴキ、じゃなくてクカラーチャ? 思ってたのと違う」
俺は恐る恐る、奴が手にしているものを眺めた。直接手に取る勇気はなかったが。
「そりゃそうだ。こちらでの分類上はゴキブリ目だが、実際はお前のとこのヨロイモグラゴキブリみたいに草食性だ。植物の師管液を吸って生きているんだ。腐ったものや汚物なんかは食わないぞ」
植物の液って、それって油虫ならぬ菜の花のアブラムシじゃないのか?
「ソーヤのとこのヨロイモグラゴキブリは草食性なの? あんなに大きいのに?」
パネラが不思議そうに訊いてきた。
それは大きいのか? それに草食性じゃないのか??
そっちこそ出会いたくねぇ~。
「コイツは栄養をタンパク質に変えずに、油分にして蓄えるんだ。だからすりつぶしてランプの油にしたりもするんだ。食っても油っこいだけだからな」
いや、食う前提で話をするなよ。しかしそれって本当に油虫なんだな。
「そうだよ。僕も時々ランプの油取りに、ここで採取したりするんだ」とレッカ。
「だけどちょっと変だね。この虫は集団でいるのが常だから、こんな1匹しかい出てこないなんておかしいよ」
確かに辺りの壁や床には、他の虫の気配はない。たまたま地震で驚いて出てきただけのように見えた。
「他の奴らは先に逃げ出したんだろう。コイツはちょっとトロいタイプなんだ」
そう言って奴が手を振ると、床に落ちたそいつはササっと滑るように壁をつたって、俺たちの来た方向に消えていった。
「お、オークッ?! 」
別の穴を覗いていたパネラが、ブンとメイスを掴みなおして身構えた。
「「えっ!? 」」
エッボがそっちに振り向くと同時に、腰のロッドを握る。
レッカも少し腰を落として、次に備えた。
ん? この感じはオークじゃなくて―――。
「おぉーい、誰かいるのかぁ? おぉっ?」
曲がった薄暗い通路から大きな影が動いてきた。
「セバスさんっ? なんでこんなとこにいるの?? 」
現われたのは山賊男ならぬ、地質学者のセバスチャンさんだった。相変わらず焦げ茶色の毛皮の山賊モードファッションだ。
「パネラ達かぁ~、いやあやっと人に会った」
大男はのしのしとこちらの小部屋に入ってきた。
「やだぁー、薄暗がりで毛皮がモソモソ動いてるんだもん。ついオークかと思っちゃった」
パネラがメイスを引っ込めながら、照れくさそうに言った。
「そっちは風下だから匂いがわからなかったよ。パネラがぶっ飛ばさなくて良かった」
エッボもロッドを腰に差し直す。
「そりゃあワッシはこうボサボサ髪だが、オークはさすがに酷いなぁ」
そう言いながらライオン丸みたいな頭を掻いた。
山賊の次はオークかよ。この人も散々の言われようだな。本人の反応を見るところ、言われ慣れてるようだけど。
俺はちょっと手で口を隠しながら隣を見た。奴は体ごと壁の方に向いていた。
あんたツボっちゃってるだろ。
「ほら、調査だよ。内部の魔物を一掃して、生まれ変わったダンジョンをぜひ調べたかったんだ。
本当は調査に専念するために護衛を雇いたかったんだが、結局見つからずに1人で来てしまったよ。
出来る限り多くの人に踏みにじられる前にと思ってたんだが、いや、想像以上の人数だな」
「そうなんですよ、だって始めの募集の3倍以上なんですから」とレッカ。
「3倍っ?! 」
山賊が豆鉄砲食らったみたいに、目を大きくして驚いた。
申し訳ないが俺も横を向かざるえなくなった。
いきおい隣の奴にぶつかった。
『(あんたっ、いつまで壁に向かってる気なんだ。こっち向けよ)』
下から覗き込もうとしたら、左手で下に頭を押さえつけられた。
このバカッザメっ!
その手ってさっき虫触った方だろっ!!
「もう少し明るければ見間違わなかったんだけど、もしかして油切れたの?」
セバスが持っている灯っていないカンテラを見てパネラが訊いた。
「いや、油を節約してるんだ。実はもうここを一刻(2時間)ほどグルグル回ってるんでな。ワッシは35番だったから、早く入れたんだ」
と、首から下げているプレートを見せた。
「そうなんだ。だけど油を節約してるんなら、部屋とか通路の松明の1本や2本使っちゃってもいいんじゃない? 他の探索者たちだって自前の明かりくらい用意してるだろうし」
「それがなぁ~、ここに取り付けられてる松明は、抜くとみんな消えちまうんだよ。元に戻すとまた点くんだが。
どうもダンジョンが明かりの位置を変えたがらないのかもしれない」
ふ~ん、持ち歩けないんじゃ、そりゃしょうがないな。
「じゃあ、僕の持ってる油少し分けますよ。今、こうしてソーヤに光球出してもらってるから、使ってないし」
レッカがナップザックを外そうとした。
「ありがとう。だけど大丈夫だ。予備も別にあるし、万が一を考えてなるべく使わないのが、ワッシのやり方なんだ」
それから部屋を見回しながら
「君たち、この層で他の人たちに会ったかい? その番号だとワッシから結構後に入ってきたんだろ?」
「ええ、5回目でやっと入れたのよ。もうヤキモキしちゃった」
「他の人って、セバスさんも他の人見てないんですか?」
エッボも少し気になったらしい。
「ああ、いや、始めはな、それなりにゾロゾロあちこちにいたんだよ。
なんだか宝の玉じゃなくて、純金の玉とかがあちこちで見つかったみたいで、歓喜の声や姿を見たしなあ」
それで争い事もあったようだがと、毛むくじゃらの手でまたガシガシ頭を掻いた。
「始めはというと、今はいないんですか?」
奴の手をやっと外して俺もセバスさんに訊いてみた。
「そうなんだ。段々、人の影や物音が減ってきて、気が付いたら誰とも会わなくなっちまった。
もちろんワッシは調査に夢中だったから、みんなもっと奥や下層に行ったのかもしれないが、それにしても後から来ても良さそうなんだが」
山賊セバスチャンは首をひねった。
パネラとエッボは顔を見合した。
「その……後から人が来ないの、もしかするとあたいのせいかも」
「なんだって?」
「あたいがこっちにくる穴を塞いじゃったの。鉄格子で。だって少しでもライバルを減らしたかったんだもん」
ちょっと気まずそうにパネラがセバスの顔を見上げた。
「ああーん、そうか。それならば納得だ。そんな妨害はよくある事だしな。
いや、待てよ。それでもなぁー」
セバスがまた硬そうなヒゲを太い指でワサワサいじる。
「何か心配事でも?」
レッカが横から訊いた。
「いやな、途中から探索者どころか、ここの係の者、制御している地の使い達までいなくなっちまってるんだよ」
「ああ、だったらさっき地笛で呼ばれたんですよ。2層で係の人が上で招集の合図があったって言ってたから」
エッボがさっきの道化師が言っていた事を話した。
「だけどそりゃあ、全員じゃないんだろ? まさか現場をほっぽらかして全員が移動するわけじゃあるまい。危険過ぎるからな」
「う~ん、まあそうだけど。そういえば確かにあたい達も、この層に来てから係の人を見てないねぇ」
「でも、さっきちょこっと小さい蠕動はあったけど、これくらいなら大丈夫でしょ?」
エッボの言葉に2人も頷く。
「小さいって言っても、こう何度もあるとなぁ。さっきから段々止んでる間隔が狭まってきてるようだし、こんな時に地の使いがいないのも」
「え、そんなに蠕動ありました?」
俺もちょっと意外に思った。
確かに探知の触手で感じる揺れは波のようにずっとあるが、一般的に体に感じるような揺れはさっきが初めてだと思うが。
「えっ?! 君たち、さっきからの何回かの揺れを感じなかったかいっ」
ドンっとセバスがまた大きな目をひんむいた。
その顔やめてくれ、俺はまた口を手で押さえた。
「何回って、入ってからさっき感じた揺れが初めてだったけど」
有難いことにパネラが俺の代わりに返事してくれた。
「そういや遠くで何度か振動してるらしい音は聞こえたけど、おいら達のとこにはなかったなぁ」
エッボも答える。
「そうかぁ、確かにダンジョン蠕動は局地的に動くことも多いから、そうなのかもしれんがなぁ」
「さ……セバスお前、地の使い手か」
あんた今、絶対山賊って言おうとしたろ。持ち直した奴が向き直ってきた。
「ああ、そうだよ。それもあって地質に興味を持ったからなぁ」
「それも上位ランクだろ?」
「ん、どうだろ。いやそうなのかな? 人に勧められた事はあるが、面倒で魔法試験を受け取らんのだよな。
だから実際の実力はわからんのさ」
セバスさんはちょっと考え込むように首コキコキ動かしていたが
「まあどっちにしろ、こうも地の使いがおらん場所は何が起こっても不思議じゃない。
ワッシはいったん、地上に戻って責任者に言ってくるよ。下層にもっと係をよこすようにな。
皆も十分 注意してくれ」
そう言ってセバスはこの前と同様の大きなリュックを背負い直すと、荷物を揺らしながら俺たちが来た道を急ぎ足に去っていった。
ここまで読んで頂きありがとうございます!
今更ですが、作者は今頃、カリハリアスならぬヴァリハリアスが
ジョーズカラーだったのに気が付きました。
白と黒の中間で安易にグレーにしてたんですけど
背面がグレーで下が白って、ジョーズのモデルのホオジロザメカラー(ネズミ鮫科)でしたわ。
まあただそれだけなんですけどね、ちょっと自分でおおっと思ってしまいました。
次話 149話『アジーレ 第3層 予兆 』予定です。よろしくお願いします。




