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第147話☆『アジーレ 第3層 第1の魔笛』


 これより少し前、俺たちが2層に辿り着いたくらいの頃、1層では現場監督サイゼルが額に青筋をたてながら怒りをなんとか抑えようとしていた。


「それで……もう一回言ってくれるかな。その、何という名だったけ、その人達は?」

 それに大して若い男は悪びれずに言った。

「ジャルディーノですよ。エメ=アラン・ジャルディーノ、あのジャルディーノ男爵の三男のアランです。知ってます? ジャルディーノ男爵は」

「ああ、もちろん知ってるよ。ジゲー家とは懇意にしてるからな。で、その三男のアラン様は探索参加者じゃないんだよな?」

 ああ、もうこの若造の顔を思い切り張ってやりたい。

「そうだよ、いや、そうですよ。だってしょうがないでしょ? 友達がどうしてもって、頼んできたんだから」

 若い男はワザとらしく両肩をすくめてみせた。


 若い男――― 18歳のベニート・ロレンシオは、ロレンシオ家の次男坊だ。

 この間まで大学に行っていたらしいが、合わないとか何とかで勝手に辞めてしまったらしい。今は屋敷でフラフラしている身だ。

 ロレンシオ当主には爵位は無く、一応平民という位置づけだが、準男爵という肩書を持つ王族の血を引いている。それもあって王宮との関係もある権力者で、今回ぜひこの息子に社会見学をさせてほしいという依頼を無下むげに出来なかった。

 そして今このサイゼルの直下で副現場監督をさせている。少しだが地の能力スキルがあるという事で、面倒を任せられたのだ。


「ええと、その、友達だから、登録した探索者でもないのに、通しちゃったって事なのかな……」

 サイゼルはピクピクするこめかみを分厚い手で押さえながら、声をなんとか抑えて言った。

「だって相手はお貴族様ですよ? いくら友達だって、入れろって言われたら断れないでしょ?」

 この若造は~、おれがちょっと遅い朝食を取りに行った隙に、ナニしてくれちゃってるんだぁ?!!

 友達にねだられて勝手に奥に通しちゃったあぁ?

 で、その友達たちはどこ行っちまったんだ??

 参加登録もせずに、もっと奥に行っちまったんじゃないのかあ!

 しっかも、それだけじゃなく―――。


「その……、ジャルディーノ様たちのご一行は、戻ってきてなさそうだが、奥まで行くと言ってたのかな……?」

「そんなとこまで詳しく聞かなかったですよ。だってちょっと入りたいって言ってきただけだったから」

 俺も入りたいなぁ~と、若造はまた煌めくダンジョンの入り口の方を覗き込んだ。

 その入り口のまわりには、さっきからやいのやいのと、群衆が騒がしいことになっている。


「ベニート、お前さん、自分が何やったか、本当に自覚ないのかい?」

「だってさ、俺は爵位もない平民なんだから、貴族様相手に断れないでしょう?」

 もうなんでこんな面倒な事になるんだろーと、じっと立ってる事が苦痛のように、若者は体を左右に動かした。

 ここでサイゼルの頭の奥で何かが、弾けそうになった。必死に抑えたので、出てきた声は低く押し殺したものになった。

「お前さんがそうやって勝手に通しちまったのは、―――そのお貴族様達だけじゃないだろうがぁ」

 そう、ジャルディーノ達、4人の若者をベニートが目の前で通してしまったおかげで、それを見ていた観衆から文句が来たのだ。

 それは始め3人だったのが、やがて10人、20人となり、事情を知らない後からきた客たちまで、騒ぎに賛同してきて、現場はちょっとした騒ぎから混乱に発展してしまった。

 詰め寄られた臨時の副現場監督ベニートは、その場限りの権限を生かして許可を与えてしまった。

「ではイルミネーションのあるとこまでなら、入っていい」

 おかげで今や1層の半分近く、装飾の施されたテーマパークゾーンは、一般観衆でごった返してしまっている。


「みんな、身の程を知らないよなぁ。お貴族様と同じことを要求するんだからねぇ」

 他人事のように騒ぎの張本人が言うのに、思わずその細い首を掴みそうになるのをサイゼルは必死で自分を抑えた。

「あのなぁ、中に一般を入れちゃいけないって、おれは言ったよなあ。探索者と違って承諾書も取ってないし、ましてやダンジョンに入るような装備もしていない一般参加者は」

「だって、あそこだけ、明るいあの場所だけですよ。それにせっかくあんなに飾り付けてるのに、外から見てるだけなんて、そりゃあ皆な不満ブーブーでしょう?」

 反省の弁どころかサラッと言ってのけた。

 サイゼルは血圧がみるみる上がってきて、眩暈がするほどだった。

 なんでダンジョンにそう簡単に入っちゃいけないか、今の若造は知らねえのか。

 しかも蠕動が度々起こっているこの現場に。


「サイゼル監督、ちょっとこのままだと1層の圧を抑えられませんよ」

 そこに道化の仮面を外した部下が、奥から慌ててやって来た。

 奥までただの観衆が来ないように係たちがこぞって引っ込んだせいで、配置のバランスが悪くなってしまったのだ。

 それに人の出すエナジーが多くなってダンジョンを刺激するせいで、体に微かに感じる蠕動が増えてきた。

 歩いていたり、何かに気を取られていると分からないくらいの、僅かな振動だが用心しなくてはならない。


「ううむ、仕方ない。他の層にいる者たちから3,4人ずつ来てもらおう。今この地帯が一番エナジーがこもってるからな。抑えんと危ない。

 それからむやみやたらに入れるのではなく、人数制限しろ。10人出たら、10人入れる。いいな」

 一度入れてしまったからには、そう簡単には中止に出来ない。それこそ暴動でも起こりかねない人の数だ。

 なんとか抑止しながら様子を見よう。

 ダンジョンの大蠕動の前触れは、体に感じる小蠕動が短時間に3回以上来ることだ。

 今はまだ気を付けないとわからないぐらいの振動だし、なんとか抑えていけてるのだろう。

 監督官はそう思っていた。

 その場の処置を係たちに指揮している横で、若造は退屈そうに体を揺らしていた。少しの間もしゃんと立っている事が出来ないようだ。


「ではお前さんにも仕事を1つお願いしよう」

 若者に向き直ってサイゼルは言った。

「その、奥に行ったらしいお友達を連れ戻してきてくれるかな?」

「ああ、いいですよ」

 若い副監督は喜んでダンジョンの中に入っていった。

 もう、おれの目の前にいないでくれ。いっそのことダンジョンに食われちまえっ。

 サイゼルは心の中で呪いの言葉を吐いた。


 その想いをしっかりダンジョンが受け取ったことなど、この時サイゼルは思いもよらなかっただろう。

 このダンジョンがどんなに狡猾に、用意周到に事を運んでいるかという事すらも。


****************************


「さっきこれも見つけたんだ」

 3層へ続く緩く、くねった通路を通りながら、俺はさっき見つけた金の玉を皆に見せた。

「すっごーいっ! また見つけたの? しかも今度は金じゃないっ」

 パネラが声を思わず高くして、目を輝かせた。

「ホントに凄いな。この短時間で」

「さすがはウィザード級だね」

 2人もその黄金に目どころか一瞬足を止めた。

「こんなにすぐに見つけられるんだから、もっとあるのかもしれないよ」

 この調子だと3層にはプラチナ玉なんかもあるかもしれない。何といってもあの珠を模倣しているそうだから。


「そりゃ奥に行けば行くほどあるだろうな」

 隣を歩く奴が言った。

「やっぱりそうなんだ。もちろん1等も探すけど、ついでに見つけられたら取ってもいいよな」

 俺は朝の緊張感が薄れ、少しこの宝探しにわくわくし始めていた。

「お前見事にダンジョンの思うツボにはまってるな」

「え……?」

 レンガ造りの通路を俺たちの歩く音だけが響く。奴がまた口を開いた。


「そうやって奥に獲物を誘導するのが、ダンジョンの常套手段なんだ。しかもお前はダンジョンの空気に慣れていない。

 この中にはな、脳に作用する麻薬に似たような、魔薬と呼ばれる成分が含まれてるんだ。

 判断を鈍らせたり快楽物質を出したりして、獲物がなるべく長くとどまるように促すんだよ。

 さっきまでさっさと終わらせたいと思っていたお前は、今じゃこれをただの冒険のように楽しんでいるだろ」

 そう言われるとあの任務の責務は何処へやら、この状況を楽しんでいる自分がいることに気が付いた。

 あの『メカトロ』から出てきた時のような、ハイな気分だ。

「確かにここ、以前よりずいぶん魔素が濃くなってるね。来たのはだいぶ前だけど」

 と、エッボが鼻をヒクつかせた。

「エッボ達はこう、ハイな気分にならないのかい?」

「そりゃ、少しは*ダンジョン酔いするよ。だけどおいら達も伊達にあちこち潜ってないから」

 (* ダンジョン酔い:ダンジョンの空気酔いの事)

「コイツらは慣れてるんだよ。おそらくあの『メカトロ』ぐらいなら、何度も潜ってるんだろ」

「うん、『メカトロ』もそうだけど、いつもは中級クラスを潜ってるから。少し気分が上がっても警戒心は消さないようにしてるよ」

 パネラが答えた。


 俺は両頬を軽く叩いた。

 そりゃマズイ。探知能力者の俺が一番しっかりしてなくちゃいけないのに。

「ソーヤ、だけど無理ないと思うよ。だってさっきもそうだったけど、急に魔素が濃くなってるところがあったもん。多分底の方は、魔素が溜まってたんじゃないのかなぁ」

 レッカがフォローするように言ってきた。

「そうだね。ちょっと初級にしちゃおかしいよ、この濃度は」

 エッボが鼻をこする。

「いつまでもダンジョンが同じ状態だと思うなよ。ダンジョンは生き物なんだからな」

 奴が俺の方に注意するように言った。


 穴を抜けるとそこは、巨大な岩を四角く切り抜いたような正方形の部屋に出た。その灰色の石壁にはぽつんと、誰が付けたのか松明が溝に挿してあり、部屋の中をぼんやり照らしている。

 俺たちが出てきた穴の正面の壁とその左右、つまり3面にまた人1人が通れるような穴が開いていたが、その奥は暗くよく見えなかった。

 時折、奥から風が吹いてくるような音がする。


「これはまた、随分な変貌ぶりだね」

 パネラがメイスを握り直した。

「う~ん、この3つとも、同じような濃度の魔素が流れてくるなあ。途中で同じところに出るのかもしれない」

 エッボが鼻をひくつかせる。

 俺も探知の触手を伸ばして視た。


 上の階同様、ここも空間の抵抗が強く、外のように触手を遠くまで伸ばせない。

 それでもなんとか7,80mぐらいは通路に伸ばせただろうか。

 遠くになればなるほど、その抵抗感の為にまだらにしか感知が出来ない。何故かあの中級のメカトロより難易度が高くなっている。

 暗い穴を探ると幅2mくらいの通路が広がっていて、それは途中で2つに分岐し、またさらに奥で分岐を繰り返していった。

 ある分岐で曲がった道は、そのまま緩やかなスロープになり、下へ下へと続いている。やがてここと同じような正方形の小部屋にたどり着いたが、ここ同様何もなく、ただ松明が1本燃えているだけだった。

 そんな小部屋が所々にあった。

 小部屋の大きさは場所によってまちまちで、ここのように3m四方の所もあれば、10m以上のところもあった。

 なんというかアレだ。蟻の巣だ。


「ともかくここから動こう。少し動けばまた匂いも変わってくるかもしれないし」

 確かにこの位置からだ、感じるものが同じで比べられない。

 それに……。


「なあ、俺たちより先に入った人達って、もっと沢山いたんじゃないのか?」

 2層でザッと見た人達の数はかなり多かったと思うが、先行の200グループが人数マックスの1,000人以下だったとしても、それほどいたようには思えなかった。

 それなのに今触手を伸ばせたところには、人の姿は見当たらなかった。

 残りのみんなはどこに行ったのだろう。


「もっと奥に行ったんじゃないの?」

 穴に入ろうとしたパネラが振り返った。

「確かに結構な人数が通った匂いがするしね」

 エッボも同意する。

 そう、確かにかなりの人が少し前に通っていった残留オーラが、そこかしこに残っている。

 それなのにぶつ切りとはいえ、先に人の気配が感じられない。なんだろう、この落ち着かない気分は。


 とにかく下に向かおうという事になって、俺が探知した下に向かうルートを行くことにした。

 通路を通る最中、周りの壁や地面、天井の中も探知していく。

 石壁の岩は普通の堆積岩のようで、表面の灰色の岩の奥は黒っぽい泥岩が詰まっているようだ。

 その中には小石や中くらいの岩も混じっている。

 だが、ジェレミーが握っていた珠どころか、金属の玉は見つからなかった。


 ところどころに松明が燃えているのだが、通路が曲がりくねっているため、灯りが途切れる場所もあった。そのため前後に光球を打ち出して、宙に浮かべた。

 それにしてもなんだか不気味だ。

 人の気配があったのに、今はない。まるで朝の人通りから一変して、人気ひとけのなくなった真夜中の通りのようだ。

 俺たちの足音しか響かない、いや、微かにするのはこの通路を吹く風の音だけだ。


「なんだか、不気味だね」

 レッカも同感らしく、誰もいないのに少し声を潜めて言ってきた。

「魔物はいないけど、もうこれ、初中級ってレベルじゃないよね。もう中級クラスだよ」

「そうだね。以前は単純な迷宮だったのに……。これでもしトラップでもあったら……。下手したらヤバいかもね」とエッボ。

 パネラの隣を歩きながら、レッカが床や壁を見回しながら

「……今のところ、そういうトラップは無さそうだよ」

 トラップを本気で恐れているようだ。


「なんかミノタウロスとかいそうだな」

 俺はふと呟いた。

 ミノタウロス。言わずと知れたあのミノス島の牛頭の怪物だ。もう迷宮と言えばこの怪物という代名詞になっている。

 本来はミノス王の妃が不倫で産んだ子供とはいえ、王族の男児として生まれた男が、呪いの為に異形の姿で生まれ迷宮に閉じ込められた。

 その辛さ憎しみは計り知れない。物語ではその恨みの唸り声が迷宮の奥から響くという。

 今吹いてくる風の音も、聞きようによってはそのように聞こえなくもない。


「やだ、そんな上位ランクの魔物、こんなとこにいないよ」

 パネラが軽く笑って振り返った。

 やっぱりここでも上位ランクなのか、ミノタウロス。

「そうだよ。そんなのが1頭でもいたら、ダンジョンの主になるだろうし、まずおいら達全滅だよ」

 エッボも細い肩をすくめながら言う。

「怖いこと言わないでよ、ソーヤ。このダンジョンの危険な魔物は全滅させたんだから。あれからどこからも侵入してきてないはずだよ」

 レッカも少し恐々と声を忍ばせた。

 まあそうか。あのダンジョン一掃の時から、ずっと見張りがついて管理されているんだから。

 どこか別なとこに抜け穴でもあれば別だろうけど、そんなヤバい魔物が町の近くに現われたら騒ぎになりそうだしな。

 だが奴は何も言わなかった。ただちょっとだけ片眉を上げて、こちらに意思表示しただけで。


 その時、また風の音に乗って笛のような音が聞こえてきた。

 それは高くなったり、時には地を這うように低くなったりしながら、長く長くこだまするように響いてきた。

「また地笛?」

 俺は前を行くエッボに話しかけた。

「えっ? 何か聞こえる?」

 エッボが耳をピクつかせて逆に訊いてきた。

「なに? あたいも風の音しか聞こえないけど」

「僕も」

 えっ? 微かだけど確かに聞こえるぞ。地を這ってくると思ったら、まわりの空気を振動させて、小さいがしっかりと。

 もしかして俺だけ? これって俺の耳鳴りなのか??


 だが、耳の穴に手をやっている俺を、奴がジッと睨むように見てきた。

『(お前、これが聞こえるのか)』

 みんなに聞こえないように、テレパシーで伝えてきた。

『(やっぱり、ヴァリアスにも聞こえるのか。そうだよ。ほんの小さくだけど高くなったり、低くなったり、笛の音みたいなのが)』

『( …………確かにお前には素質があるし、オレとずっといるからその影響もあるか。この間も少しだけ天使の波長を感じ取ってたようだしな)』

『(なんだよ、また何か使徒絡みなのか? これ皆には聞こえてないようだが)』

『(今は気にするな。その時が来たら教えてやる)』

 そう言ってテレパシーを閉じた。


 俺はこの時もっとツッコんで訊けば良かったと思った。

 これはただ使徒に関する音というだけではなかった。

 

 それは破滅への第一門が開かれた事を知らせる、闇の天使たちの笛の音だったのだ。


ここまで読んで頂きありがとうございます!

次話 第148話 仮タイトル『アジーレ 第3層 失踪』予定です。

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