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第141話☆『サクリファイス・チルドレンの男』

すいません……。

ちょっと今回も話が重いし、次回でまだダンジョン行けません……(。>﹏<。)


「………………勘弁してくださいよ。あんた達の事これっぽちも喋ってませんから……」 

 風使いの男は、俺の向かい、奴の隣に座らされて身を縮めていた。

 申し訳ないが、なんだか奴と初めてハローワークで会った時の、俺を見ているようだと思ってしまった。

 一緒にいた女はかなり文句を言っていたが、男が慌ててなだめて席を外させた。女に手を出されるのを恐れたようだ。


「そんなことじゃねぇよ。とりあえずなんか飲め。どうせ明日仕事なんかないんだろ?」

「いや、明日は……」

「嘘つけ。お前の体からさっきから、嘘をついてる時の匂いがしてるぞ。というか何かを恐れてる。違うか?」

 男の顔が少し引きつった。

 その恐れってこいつの事じゃないの? と一瞬思ったがそれはさっきからなのか?


 やってきた給仕にエール3つと適当に肴を頼むと、男同士の話し合いがあるから、しばらくひと払いしろと奴が伝えた。

 給仕はちょっと片眉を上げたが、奴がチップを渡すと笑みをうかべて引っ込んでいった。

 本当は上の部屋で落ち着いて話すかと言われたが、俺が断固拒否した。他の店ならいざ知らず、よりによってこんな店の個室に野郎同士で入れるかよ。

 確かに酒が注文しづらいかと奴も納得して、この場で話すことになった。


「度々すいません……。ただちょっとお聞きしたいことがあって」

 俺は運ばれてきたエールを、頭を抱えている彼の前に置きなおしながら頭を下げた。

 女が去った後、その奥席に彼を移動させて、手前に奴が座ったのでもう逃げられない状態だ。

 女の子どころか暴力バーの用心棒みたいなの隣につけちゃって、本当にすいません。


 観念したのか、男は溜息をつくと

「……煙草吸っても?」と聞いてきた。

「オレは構わん。蒼也は?」

「私もいいです」

 俺は吸わないが、友人にヘビースモーカーはいる。

「じゃあ……」

 男はズボンのポケットから、銀色のシガレットケースを取り出した。中には細い紙巻煙草らしいのが何本か入っている。

 そうして横の柱に備え付けられたランプのガラスを少しかたむけて、隙間から火をつけた。

 フーッと吐き出された煙は俺達のほうには流れずに、そのまま引っ張られるように真っ直ぐ、階段裏から天井を伝って流れて消えた。おそらく風魔法を使っているのだろう。

 男はヨエルと名乗った。


「この間は悪かったな。ちょっとやり過ぎたかもしれんが」

「ちょっとぐらいじゃないだろ。ちゃんと謝れよ」

 俺は奴に注意したが、奴はそんなこと無視して続けた。


「近くの町バレンティアの祭りは知ってるだろ。お前、そこのイベントの仕事を何か依頼されたりしなかったか?」

 あっ、そうか。この人探知能力あるんだった。しかもギルドのバイヤーが雇うぐらいなんだから、それなりの技量と信用があるはず。


「ああ……確かに、最終日のダンジョンイベントに、特殊警備の仕事で来てくれって依頼があったが……」 

 ヨエルはうつむき加減に煙草を吸ったまま答えた。

「おれはエイダ、―――さっきの女だが――― あいつと約束してたから断った」

 煙草を吸い始めたせいか、男の口調が少し落ち着いてきた。

「妙にしつこかったのが引っかかったし、何よりギルドを通してこないところが怪しいから、そんな約束が無くても断ってたけどな」

 良かった、断ってくれて。この人ヴァリアスの奴が軽くあしらってたけど、戦闘力とかかなり強い方だと思う。敵にまわらなくて助かった。


「そりゃ賢明な判断だったな。下手すりゃオレ達を敵にまわすとこだった」

 ヨエルがビクッと肩を動かした。

「大丈夫です! 敵じゃありませんからっ」

 俺はすぐに弁解した。まったく脅えさせんな。


「あの、この間はご迷惑かけました。……で、迷惑ついでにと言っては何ですけど、その、もう少しやり方とか聞きたくて……」

「やり方……?」

「その、私も探知能力あるんですけど、相手の方の隠蔽能力が高いと感知出来なくて……。そういう場合なんか方法あります?」

「え……そんな事を聞きにわざわざここまで来たのか?」

 俺の方を見て目をしばたかせた。

 もう図々しいとは思うけど、もうこっちも切羽詰まってるんだよ。ここは勘弁してくれ。


 ヨネルは短くなった煙草を隅に置いてあった鉄皿でもみ消すと、2本目を出して火をつけた。

「……確か、あんたも風が使えたんだよな。2つの魔法を同時に出せるかい?」

「ええ、同時だと威力は落ちますが」

「それでもいい。探知したとこと同じ場所を、同時に風も重ねて感知出来るか?」

「風も?」

「違いを読むんだよ。探知で何もないはずの場所を、風が避けて通ったらそこに何かあるはずだ。その差を探すんだ」

 そうか。隠蔽は気配や匂い・姿を消すが、物理的な空間上の存在は消せないから。空気の流れをレーダーのように使うのか。

「ただ、それでもこの人だけはわからなかった。……それが恐ろしい……」

 隣の奴と目を合わさないように首を回しながら、男は煙を吐いた。


「あと、魔法が効かない相手に対して、この間飛び道具を使うことを教えてもらいましたけど、他にもやり方ってあります?」

 俺も図々しくなったな。だけどせっかくのチャンスだから聞いておこう。

「他に? そりゃパターンによって色々あるが……」

 少し考えていたが

「とりあえず何か魔法を使わなくても出来る、武器の使い方は習得しといた方がいいな」

「そうだな。魔法が全く使えない場所も存在するからな」と奴も頷いた。

 ううん、やっぱりそんな簡単にはないか。今から新しい武器を習得する時間がな~。


 煙をひと吹きした後、ふと思いついたように

「……魔法が効かない相手って、人か? だとしたら手っ取り早いのは護符を潰すんだ。人なら大抵護符を付けてるはずだから」

「身に付けている護符をですか? それってかなり難しくないですか?」

 まず、そんなの分かるように外側に出しているケースは少ないだろう。俺だってアームガードの下に付けてるし。

「付けている位置が分かれば、なんとかなる事がある。そこを集中的に狙うんだ。アーマーの下に付けていても弓射手アーチャーの一撃で壊された奴もいる。護符の効果を相殺させて消す、呪いの魔道具もあるしな。とにかくそれを壊せば、相手の魔法対抗性は半減するはずだ」


「でもそれの位置が分からないと……」

 ヨネルは俺の方をじっと見ていたが

「あんた、右手首に付けてるだろ。しかもかなり高度な代物だ」

「えっなんでわかるんですか?」

 俺は自分の右手を見た。いつも通り革のガードは、ベルトでしっかりズレないようにしてあって、左手と特に変わらないように見える。もちろん護符の厚みで盛り上がっているようには見えない。


「全体的に視るんじゃなくて、一番対抗性の強い部分を探すんだ。そこにまず守りがある。そこを集中して叩いて相手のガードを削る。もしくは一番弱いとこを攻撃するかだが」

 そう言って左隣を見ないように、テーブルの左斜め前に視線を動かしながら

「……普通はそうやって強弱が多少あるもんなんだが、この人はそれが全く無い……」

「そりゃオレは護符なんか付けてねぇからな」

 だってこいつ自身がガードだもんな。

 だが、その一言にヨエルは余計恐れをなしたようだった。


 その他にも聞いてみたが、どれもある程度のパワーが必要で、一朝一夕に出来るようなモノではなかった。やはりバインドのように相手を傷つけずに、抵抗力を奪うのは難しいらしい。

 当たり前のことだが、自分よりかなり弱い相手じゃない限り、無傷で抑え込むのは至難の業だからだ。

 でも探知に関する有意義な情報が聞けたのは有難い。


 最後にふと思った事を聞いてみた。

「ヨエルさんて、色々とテクニックを知ってますけど、やっぱりそういうのって大学とかで学んだんですか?」

「大学?」

 フッと男は微かに笑った。

「そんなもの行ってないよ。大学どころか、学校なんか1回も行った事ないね。全部見よう見まねか、自分で見つけただけだ。生き延びるために必要だったから」

 あ、そうなんだ。自己流でもこんなに出来るようになるもんなんだ。やっぱり長年ハンターやってる人は違うなぁ。


 俺はそろそろ潮時かと、ヴァリアスにテレパシーで聞いてみた。

『(なあ、情報量としてこういう場合、いくらぐらい渡せばいいんだ?)』

 迷惑料もかねてだが。

『(お前は出さなくていい。礼は俺がやってやる)』


「なあ、もうこれくらいで良いだろう? そろそろ終刻の時刻だし」

 ヨエルが立とうとして、腰を浮かした。

「まだ終刻前だ。この店は夜っぴてやってるんだろ。それにどうせお前、今夜はここに泊まる気なんだろ? 第一肝心の礼が済んじゃねぇよ」

 奴が肩を掴んで押し戻した。男がまたビクつきながら肩をすくめた。

「なに、別に喰い殺すとか、そんな事は思っちゃいねぇから、安心しろよ。お前に1つ礼がしたいだけだ」

 何故こいつは、いつも噛み殺すじゃなくて、喰い殺すなんだろう。つい論点がズレた疑問を持ってしまった。


「お前の悩みを1つ消してやるよ。ただその前に聞くが、さっきあの女と話してたイベントって、アジーレ・ダンジョンの事だろ? 一般人も当日入れるのか?」

「……あ、ああ、祭りの特別仕様で、ホールまでなら一般人を入れて見せるそうだ。もちろん宝探し参加者以外は奥まで入れないそうだが……」

「チッ、リスク上げやがって……どうなっても知らねえぞ」

 そう奴は嫌そうな顔をしたが

「とにかく飲め。お前さっきから飲んでないだろ。それにそろそろソレやめろ。そんなカンナビスばかり吸ってないで、酒飲め。大体もう吸い過ぎだ」

「ああ……、ただこれ吸うとだいぶ落ち着けるからな。なかなか止められねえ……」

 男は3本目に火をつけるところだった。

「カンナビスって、もしかして……」

「そうだ。お前んとこでもその名前であるだろ。麻薬だ」

 大麻、マリファナか。外国じゃ合法にしてるとこもあるけど、ここでも合法なのか。


「で、なんでお前、そのダンジョンに入らねぇんだよ。女ともめてたろ」

「いや、それは……」

「ヴァリアス、もうやめとけよ。あんたにはわからないかもしれないが、人には言いたくない事は結構あるんだぞ」

「誰かに聞かれるかもしれないと考えてるなら、心配いらないぞ。このまわりは今、雑音しか聞こえないようになってるからな」


 男と俺は顔を上げてまわりを見た。

 まわりの人々の話す様子は変わらないのに、いつの間にかその音は、意味をなさないただの雑音になっている。どう注意して聞いてもただの色んな声の騒めきにしか聞こえないのだ。

「これが音魔法だ。蒼也、お前のやってる遮音とは違う。オレ達の声もまわりにはこのように聞こえてる。これならこちらに注意を向けなければそれほど不自然じゃないだろ? オレ達の声だけにかけてもいいが、この方がまわりの話が気にならないからな」


「………………はぁー……」

 男は深く息を吐いてから顔を上げた。

「やっぱりSSの人には敵わないや……」

 頼むからこれは人に話さないで欲しいと、ヨエルは言った。

「オレは洗濯女みたいにお喋り好きじゃねぇよ」

「すいません。無理につき合わせて……。私も言わないと誓います」

 そうして俺達はヨエルの言葉を待った。


「その……SSのあんたが言う通り、俺は明後日を恐れている。というか明後日行なわれるダンジョンの催しにだな。おれも始めはエイダの付き合いで行くつもりだったんだが、結局やめたんだ。それは、もしおれが当日あのダンジョンに行ったら……命を落とすかもしれないと占い師に言われたからさ」

 臆病者だろ と、ヨエルは少し自嘲気味に口元を歪めた。

「いや、そんな……。そんな事言われたら、私だって行かないですよ。だってゲンが悪いし、いい気分しないですから」

 ハンターは商売柄、ゲンを担いだりすることが良くあるそうだ。何しろ運が生死を左右することがある職業だから。


「だけどそれって、そのダンジョンで何かあるって事ですか? お祭りなのに、何か事故が起こる可能性があるとか」

 俺は少し不安になった。

「それは分からない……。ただおれ自身に何か起こる可能性が高いって事だけだ。それが事故なのか、人との争いなのか……」


 カンッと音を立てて、奴がジョッキを置いた。

「オレに嘘をついても無駄だ。何度も言わせんなよ。占い師じゃねぇだろ。お前は誰かに言われたんじゃなくて、自分自身で危険を感じ取った。しかも今回が初めてじゃない。今までに何度かあったはずだ。違うか?」

 ヴァリアスの言葉に、煙草を口に持って行こうとした手が止まった。

「お前、予知能力者だろ?」


 今度こそヨエルの顔から生気が消えていくように見えた。その代わりに淡いターコイズブルーの目が見開かれていく。

 

「言っとくが、オレ達は別にお前を利用しようとか考えてないぞ。どうせたまに自分の事しか予見出来ないぐらいの弱い能力なんだろ? 他の事も出来たらそんな隠す事もないだろうから」

「えっ、そうなのか? 大体自分の事だけでも出来たら凄いことだし、他人に隠す必要ないだろ?」

 するとヴァリアスがジョッキで俺の事を指しながら

「まあ、こういうこった。こいつは見ての通り外国から来た余所者で、こっちの常識や風習をよく知らないんだよ」

 ヨエルはゆっくり顔を上げて俺を見た。

「もう隠さなくてもいいじゃねぇか。今日はいい機会だから話しちゃえよ。全部喋って楽になれよ。なっ?」

 どこの所轄の取調べだよ。


 ヨエルはまたゆっくりと煙草を吸うと

「そこまで見抜かれてちゃしょうがない……。ただ本当にこれは人に言わないでくれよ……」

「言いふらしたってオレ達に何の得もないぞ。この場限りの酒の肴だ」

「嫌な肴だな。人の秘密をネタにするって――」

「…………わかった……。これは20年近く誰にも言わなかった。たまに発作のように、誰かに喋り散らして楽になりたい気が起こった時もあったが、結局話せなかった。教会の司祭も、告白室で聞いたことをどこで吹聴するかわかったもんじゃないからな……」


 追加の酒が来て給仕が去るのを待ってから、ヨエルが口を開いた。

「不思議だったけど、あんた達とあの村で会った時……何故か危険を察知できなかった。今もそうだ。だからおれの予知が退化してないのだとしたら、あんた達の事を信じない理由もないからな……」

「オレの事が視れないのが怖いんだろ? まあオレはイレギュラーだからな。それに別に危害を加える気もねぇからよ」

 いや、あれって立派に危害だったと思うが……怪我させなきゃいいのか?


 男はゆっくりと俺に向かって話し出した。

「予知ってのはね、他人様の事まで視れたりできれば、立派に仕事にもなるし重宝もされるが、自分個人だけってなると、仕事として使い勝手がないって思ってるんだろ?」

 ヨエルの吐いた煙がするすると天井まで一直線に登って消えていく。まるで生命エネルギーが吸い上げられるように。

「だけどちゃんとあるんだよ。裏ではね」

 しばし沈黙があった。


「『サクリファイス・チルドレン』か」

 ヴァリアスの言葉に、ゆっくり頷いた。

 何? サクリファイス(犠牲)って不穏な言葉は。


「確かにおれは、この能力のおかげで今まで危険を回避できた。

 だが、この能力のせいで親に売られたんだ。それで『サクリファイス・チルドレン』になった。

 奴隷だったんだよ。その時つけられた印を消した跡が、まだここに微かに残ってる」

 そう言って男は額に巻いてあったバンダナを外した。


「おれは物心つく以前から勘の良い赤ん坊だったらしい。国の名前は勘弁してくれ………………。

 山菜採りに山へ入った母親が、赤ん坊のおれを一緒に連れて行った時に、途中で急にむせるほど大泣きして、山菜採りを中断して帰って来るしかなかった事があったらしい。その後ですぐにその山にオークが出たそうだ。

 その他にも部屋に1人で寝かせていたら、俺が大泣きするので親父が見に来たら、部屋に蛇が入り込んでいた。まだ噛まれてもいないのにおれは泣いて知らせていたんだ。

 それで薄々、親たちは俺の能力を疑ったらしい」


 そう言いながらヨエルは額を擦った。そこには微かだが、治った火傷の跡のようなつれた部分があった。

「これは奴隷の刻印を消した名残りだ。焼いた時にすぐにハイポーションでも使えればキレイに消えたかもしれないが、手に入った頃には遅すぎた。治療師でも子供の頃の古傷はここまでしか治せないと言われたよ。あのスプレマシーでも、もう消せなかった……」 

「でも、そんな酷い跡じゃないですよ。注意して見なければよくわからないぐらいの」

 俺は本心から言った。

「ああ、まわりの奴らもガキの頃の火傷の跡と言っても、目立たないと言ってくれただけだった。誰も刻印を焼いた跡だとは思っていない。おれ以外にはね」


「で、奴隷先で『サクリファイス・チルドレン』になったんだな」

 奴が先を促した。

 男が頷く。

「その……サクリファイス・チルドレンって、奴隷の子供の事なんですか?」

「違うぞ。煙突掃除とか火薬運搬係パウダーモンキーとか、そういう職種の1つだ。歩けるくらいのガキなら、別に勘が良くなくても出来る仕事だよ。コイツみたいに勘が良いのは重宝がられる。

 ただ『サクリファイス・チルドレン』になるガキはまず奴隷だがな」

 奴がエールのジョッキをあおりながら言う。

「……おれが使われたのは一般的な子供ガキ同様に主に炭鉱だったな。鉱夫達と一緒に洞窟の中に入っていくんだ。それで鉱夫達が作業を終えるまで一緒にいる。ただそれだけさ」

「え、それだけ? 何か作業するんじゃなくて?」

「何もしない。ただ傍を離れちゃいけないが」


 仕事の最中に付き添うなら、別に何か性的はけ口にされてる訳じゃなさそうだな。

 となると何のためなんだろう?


「それは……? 何かマスコット的な役割とか?」

 俺はつい可愛いイメージを想像してしまった。


「……ッ?!  あ、 アーッ ハッハッハッ!」

「カッカッカッカッ!」

 2人が同時に笑い出した。

 ナニ 俺、変な事言ったか。


「いや、すまんっ! あんた、いい考えしてるな。そんな事言われたの初めてだよっ」

 ヨエルが初めて笑い顔になった。

「こいつはこういう平和ボケ脳なんだ。だから世間の風に当ててやらないといけないんだよ」

「それは―――どこかのお金持ちの箱入り息子みたいな生活してたのかな……」

 4本目の煙草を吸いながらヨエルが言った。

「それがお前と同じように、孤児同然で育ったんだ。なのにずい分お気楽脳だろ?」

 ふーんと、ヨエルがあらためて眺めるように俺を見た。不幸自慢なんかしたくないが、俺だって多少の辛酸は舐めてきたつもりだ。ただ知らない職業なだけだ。俺は不満げにその事を伝えた。


「あのなぁ。可愛がってる者に『サクリファイス(生贄)』なんて名前つけねぇだろ。ヤバい場所の様子を見るために連れていくんだよ。炭鉱とか悪い空気やガスが溜まってるとこがあるだろ? そういう時に真っ先に異常が出るのは、体力のないガキだろうが。作業しててガキの具合が悪くなったら、その場はヤバいってことだよ」

 あとは魔物をおびき寄せる餌としてとかなと、白い悪魔がさも当然のように恐ろしい事を言った。

「そっ、それじゃ『炭鉱のカナリア』と一緒じゃないかっ!?」

「へぇ、あんたんとこじゃ、そんな高級なペットを使うのかい? ただの奴隷の子供ガキより高いじゃないか」

 カナリア代わりに使われていた男が、さも感心したように言った。

 なんだそれ、何かが間違ってないか……。


「蒼也、場所や環境が違うと人間の価値も違うんだ。

 大体お前んとこでも、地雷原をガキや一般人に先に歩かせて、後から兵士を行かせてるじゃないか。

 それにこっちじゃ金絲雀カナリアはただのガキの5倍は高く売れるぞ。だから人間のガキを使ったほうが安く済むんだ」

「なんてこと言うんだっ。だからって人の子供を使って良い訳ないだろ」

「お前、じゃあ鳥なら良いって言うんだな。人間の為にむざむざガスで苦しんで、人間のためになったから誇りに思って死んでいけと」

 奴が底光りする目で俺を見ながら言った。

「いや、俺はそんな事は言ってないぞ」

「同じことだろ。大体、異種族の保護のためになんで死ななくちゃならないんだ。血肉にされるわけでもないのに」


 ………………そうだった。こいつにとって人もただの生物に過ぎないんだよな。だけどこれは人間としてのエゴだと思うけど、やっぱり人の子を使うのは……嫌だ。

「まっ、お前は人間なんだから、それが当たり前の考え方だけどな。誰しも自分が基準なんだから。下手に異種族の気持ちをわかったつもりになっても、迷惑なだけだから止めといたほうがいい。

 お前にスライムが岩陰で伸び縮みしてる時に、何考えてるかなんてわからないだろ?」

「なんでスライムまでとぶんだよ。せめて猫の気持ちくらいにしてくれよ」

 そんな俺達のやりとりを、ヨエルは黙って大麻を吸いながら聞いていた。


「おれが自由になれたのは…………、ある日、炭鉱小屋が盗賊に襲われたからだ。その混乱に紛れて逃げ出せた。その頃、10ヨー(約9.1m)以内なら探知が出来るようになってきてたから、それでなんとか追手を撒けた。

 親方たちがどうなったのかは分からない。殺されたのか、それともまだ生きているのかも……」

 

 ……頼むから死んでて欲しい…………。

 男は額に手をやりながら、小さな声で呟いた。

 

 遠くで終刻の鐘の鳴る音がした。



ここまで読んでいただき有難うございます。

なんだかズルズル前夜エピソードが伸びてしまってます。

***************************

作中の煙突掃除人は、まあ汚れ仕事なのはわかるけど、歌に歌われるように陽気な感じがしてたんですが、実際は体の小さい子供を潜らせたり、死亡事故や体を壊す危険な仕事だったんですね。認識不足でしたわ。

火薬運搬係パウダーモンキー』もご存じの方もいらっしゃると

思いますが、私は名前は聞いたことはあったけど、詳しく知りませんでした。

『最悪の仕事』本で詳細を初めて知りました。

大砲の六番砲手という位置で、砲に詰める火薬を砲手長に渡すために、

火薬庫から火薬を運ぶ役目だそうで。

狭くてごちゃごちゃした甲板を素早くいかなくてはいけないので

推奨年齢6歳までって……。恐ろしい時代です。

ちなみに奴隷じゃないので、無事生き残ればお給金が貰えます。

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