第140話☆『上訴状と夜の街』
もう開き直って……今回も長いです。
それに小タイトルが思いつかなくて……いい加減になってしまいました。
お時間あるときにどうぞ。
「よーし、美味しいモノ食べに行こうー」
いきなり後ろから声がして、背中に誰かが抱きついてきた。この声は。
「ソーヤ、相変わらず巻き込まれてるねー」
金髪の美少女がケケケと笑った。ナジャ様だ。
「お前、いいタイミングでくるな。どうせどこかで盗み見してたんだろ」
「そんないやらしい事してないよ。ただ2人になるのを待ってただけだよー」
それはタイミングを見計らうために、どこかで見てたって事ですよね。
「食事行くんだろー? 早く行こうよー」
ナジャ様は間に入ってくると、俺たちの腕を両手に組みながら力強く引っ張っていった。
「イアンがねー、お前の持ってくる転売品を心待ちにしてるのさー」
ジャムとシロップのたっぷりかかったパンケーキを頬ばりながら、ナジャ様が話してきた。
ここは食堂というより軽食・茶店のどちらかというとパーラーに近い小洒落た店だ。ナジャ様がスウィーツが食べたいと言って、ここに連れて来たのだ。
おかげで昼めし的な腹に溜まるようなメニューがチーズ・オークバーガーかミートパイしかなく、酒類もワインしかないのでヴァリアスの奴がブツブツ言っていた。
文句を言う割には一応ナジャ様に合わせてやるんだな。
「あのタオルと鏡のことですか? でもあれは10日後ぐらいにって話してあるんですけど」
そうだ、確か次に日本に帰った時に持ってくるつもりでいたので、それくらいの納期にしたのだが。
「そりゃそうかもしれないけど、ウチのイアンは商人なんだよ。新しい商品は早く手に取ってみたいし、どうせなら早く展開したいじゃないか。口には出さないが、あの様子はかなり楽しみにしてるよー」
喋りながらも変わらぬスピードで、分厚いパンケーキが無くなっていく。
俺が注文したハンバーガーはそれほど大きくないのだが、見かけよりずっしりしていて、一緒に頼んだカップスープで腹が膨れてしまった。俺は1つで十分だったが、奴は何個食ってるんだ?
「う~ん、次帰るのは、このダンジョンの件が終わってからのつもりなんで、あと2日はこっちにいる気だったんですけど……」
一度帰ろうかとヴァリアスに聞いた。どうせ日本で1週間過ごしても、こっちじゃ3時間半くらいしか経たないんだし。
「いや、今帰るのはダメだ。そんなに間が空いたら、お前の気力が半減するに決まってる」
「う~ん、しょうがないなぁ。じゃあソーヤ、今地球にいるのに代わりに受け取りに行ってもらうから、最短で受け取れるように注文しておいてよ。
出来ればお前が日中家にいない平日の午後がいいなー」
「えっ、代わりにって、平日だったらもう俺地球に戻ってる頃ですよ? それじゃ意味ないんじゃないのでは」
「だから代理が受け取って、こっちに戻ってくれば早いんだよー。地球とこっちとの時差があるだろー? それはお前さん達だけに限らず、こちらから地球に行ってる者も同じだから。地球での7日先はこちらの夜なんだからさー」
ああそうか、ややこしいが、あっちで2,3日過ごしてもこっちに帰ってくると2時間弱しか経ってないんだもんな。
「わかりました。じゃあちょっと注文しときます。配達は月曜の午後2-4時間でいいですか?」
俺はスマホを取り出すと、この間イアンさんと話して、カートに入れたままにしておいた注文を確定した。
だけど代理って誰だ? 国内どころか別銀河までバイク便させるのって、なんか申し訳ないんだが。まさか本当にバイクでリブリース様が届けに来るんじゃないだろうな。
奴がミートパイとデカンタで辛口ワインの追加をし、ナジャ様が3種のベリーパイを注文しているのを済ませるのを見計らって、ちょっと考えていたことを聞いてみた。
「ナジャ様さっきの口ぶりだと、いま私が関わってる件は知ってるんですよね?」
「もちろん知ってるよー」
可愛い口でパンケーキの残りの大きな一切れを、一口で食べきりながら答えた。
「今回の件の裏も表もね。ヴァリーが余計な事するから、見張りの数が3人に増えちゃってるしさー」
えっ!
俺は辺りを振り返りそうになって、奴に低い声で止められた。
「どうせ見たってお前にはわからないぞ。それにそんな不審な態度は止せ。相手に余計、警戒させるだけだ」
確かにいくら探知してもそれらしい人物はわからない。俺には相手が護符をつけていて解析出来なくしてるのか、隠蔽で気配を消しているのかさえ区別がつかない。
「さっきの女より能力の高い奴が来てるようだが、目障りだから王都の川にでも捨てるか」
奴の目が底光りした。
「やめときなよー。それこそもっと増えちゃうよ」
「そうだぞ、そんな事したら俺たちだけじゃなくて、パネラ達にも累が及ぶかもしれないじゃないか」
いやそれよりも―――。
『(なあ、それならここで話してる事、聞かれてるんじゃないのか。だったら遮音しないと)』
「それは大丈夫だ。だろ? ナジャ」
「任しといてー。あたいがちゃんとあいつらの脳の情報操作はしてるよー。ここであたい達が喋ってることは、ただの他愛ない話としか感知出来ないようにね。下手に遮音するより全然不自然じゃないだろー」
ケケケと可愛い声で笑ったが、考えてみるとそれって恐ろしい事だな。リアルな幻覚って一種の不可知だもんな。
「あの、この間 王都の本屋に行ったじゃないですか。あそこになら魔法関連の本とかもあるんですか?」
「ん、何?」
「今回、自分の力不足を痛感して、もっとやれる事を増やしたいんです。時間もないから一夜漬けになるけど、せめて新しい魔法の応用とかわかれば手数になるかなと思って」
ふーんと、ナジャ様は俺の目をまっすぐ見ながら
「結論から言うと、お勧めしないね。魔法書、魔導書とも言うんだけど、そういう専門書は凄く高価なんだ。子供用の初めての魔法の基本中の基本の入門書を除けばね。
その割に凄く難解に書いてあるモノが多いんだよ。そう小難しく書いてあれば価値があるように見えるからさ。
それに本だけで済まされちゃあ、学校に来る奴がいなくなっちゃうだろー?」
少女はフォークをクルクル回しながら
「もっとも、分かりやすく書いても出来ない奴が多いから、学校で教員が直接指導する必要があるんだけどね。
とにかくそんなの今読んだって、ためになるどころか頭が疲れるだけだよー」
「じゃあせめて隠蔽しているような奴を探知出来るようになりたいんですけど、どうやったら出来るようになるんですか?」
どうせ奴はパネラ達を助けてくれないし、俺がなんとかしなくちゃいけないんだ。
「そんなの簡単だ。相手以上の力で感知すればいいだけだ」と奴があっけらかんと言う。
「だから、それが出来ねぇから困ってるんじゃないかよ。全然参考にならないぞ」
俺は比較的魔力容量がある方らしい。それに護符からも魔力が供給されるので、魔力切れを起こす可能性はほぼ無くなった。
だが、それはパワー ――― 出力が高いこととは違う。容量があっても一度に出せる力はそれほど多くない。電気量があっても電圧の低い電池みたいなものだ。出力を上げるには何度も魔法を使って訓練して、その力を制御できるようにならなければならない。
逆に言うとそれが制御できなければ、高い血圧が血管を傷つけ破ってしまうように体が耐えられないからだ。
人間の力が普段5分の1くらいしか出ないのと同じ、ストッパーがかかっているのだ。体を壊さないように。
「ケケケ、確かにヴァリーのやり方じゃ答えになってないよねー」
「そうなんですよ。こいつは脳筋だし自分基準でしか考えないでしょ。情報通のナジャ様なら色々やり方を知ってますよね?」
こいつは魔法の仕組みとか原理とかは細かく教えてくれるが、やり方になると急に雑というか大まかになる事が多い。なんでも自分流だからだ。
「そりゃあもちろん知ってるよー」
ちょうど来たベリーパイのホールを前にして胸を張った。
「だけどあたいがソーヤに直接教えるのはちょっとねぇー」
と、彼女は向かいのヴァリアスのほうを見た。
隣を見ると奴が凶悪な顔でムスくれていた。
「その顔やめろよ。関係ない人まで怯えるだろ」
「あ゛あ゛?!」
「あたいはね、人間界じゃ色々な職業を持ってるんだよ。身分証を使い分けるためにもね。その中に『占い師』があるんだ」
「え、それが何なんですか?」
「これは『運命』の者たちのように運命の選択肢を視るんじゃなくて、情報から割り出す統計解析で導き出すやり方なんだけどね。面倒だから占いで通してるけどさー」
そりゃあCIAより情報持ってるでしょうけど。
少女は急に少し体を前に寄せてきて
「で、ソーヤ、お前が行動すれば97%起こる確率で言うと、
今夜8時頃に王都のパスカル通りにある『青い夜鳴き鳥亭』っていう酒場に行ってごらん。そこで会った奴がお前に有意義な情報を教えてくれるはずだよ」
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「ポーの件って事故じゃないの?」
恐る恐るパネラが聞いてきた。
レッカは閉門前に戻ってきて、下宿人の1人に夜のバイトを代わってもらった。ポーの事故もあってとても仕事が出来る気分じゃないからだ。本当なら今夜一晩ポーの側にいたかったのだが、危篤状態でもないので治療院に泊まれなかったらしい。事故の直後で心細がるポーのために、着ていたベストを置いてきたそうだ。
せめて飼い主の匂いで落ち着くように。
女将さんはそれを聞いて「しょうがないねぇ」と一言言うと
「これでもお茶に入れて、あんたも少し落ち着きな」と、いちじくジャムの瓶をくれた。
パネラとエッボも俺たちの天井裏部屋に、同じく6時過ぎにやってきた。
パネラが開口一番聞いてきたのを制して、俺は窓の木戸を閉めると部屋の中を遮音した。
外の喧噪が聞こえなくなった。
「これでもう話しても大丈夫だと思う。だろ? ヴァリアス」
「ああ、さすがにこの部屋の中にまでは入ってきてないからな」
「え、兄さんも探知出来る?」
「そんな事しなくても匂いで分かるぞ。隠蔽工作する奴らの、一種独特の押し殺したような息の匂いとかな」
そう言ってエッボを見た。
「うん……、確かにそういう奴って独自の匂いがするんだけど、今はおいらにはわからないなあ……」
ちょっと申し訳なさそうに、頭を下げた。
「いや、相手は相当、隠蔽能力の高い奴みたいだから、わからなくてもしょうがないよ。こいつの鼻が異常なだけだから」
「誰が異常なんだよっ」
「で、さっきのポーの件なんだけど……」
パネラが話を戻してくれた。
「僕のせいなんだ。僕がまたジゲー家にポーを連れて行ったから……」
レッカが項垂れながら呟くように言った。
「アメリに会えなくても、何か新しい動きがわかるかもしれないと思って……。それで多分気づかれたんだと思う」
蔦山猫は接触テレパスという特殊能力がある。これはあの蔦のような触手を使って、相手の感情や、辺りの雰囲気を感じ取る。顔の髭は主に食べ物が毒かどうかなど、そういったモノに働くらしい。
そうして感じ取るだけではなく、相手に自分の感情を伝えたりすることもできる。これで仲間や敵以外の他の魔物や動物との、簡単なコミュニケーションや言葉が無くても仲間との情報交換ができる。
危険な山の中で生き抜いていくために、独自に進化した能力だ。
そして一番今回の役割に役立った能力が、仲介だ。
「実はソーヤを信用したのも、ポーが君の意識を読み取って僕に教えてくれたからなんだ」
「あ、そうだったの? いつ?」
「ポーが勝手にこの部屋に一人で遊びに来ちゃったとき、ソーヤに触ったでしょ? あの時だよ」
ああ、じゃああれはもしかしてワザとこの部屋にやってきたのか。
「ごめんね。ただ、この時期だから念のために探っただけなんだ。いつもはこんな事しないよ」
ん、ちょっと待てよ。
『(ヴァリアス、あんた知っててやらしてたのか?)』
『(もちろんだ。ただ、お前の素性とかまでは読ませてない。あくまで表層意識までだ)』
なんだよ、表層意識だけだって恥ずかしいぞ。あの時少しデレちゃった感情を読まれてるんじゃないか。
「本当にごめんよ、ソーヤ。ただの動物好きな人に悪い人はいないと思ったから――」
「いや、そこの部分はもう忘れてくれ」
俺はあらためてポーがやられた時の推測を話した。それとダンジョンで尾行してきた女の事も。
ヴァリアスが良い音を立てて缶ビールを開けながら
「信じられないなら今、屋根にいる奴1人捕まえてきてやろうか?」
と、天井を見た。
「いや、やめろよ。相手を刺激するな」
まったくただのネズミとわけが違うんだぞ。
「……薄々、見張られてはいるだろうなぁとは思ってたんだけど、アレが見つかるまでは手を出してこないだろうと思ってた……」
パネラが片手で頭を掴むように抱えた。
だけど監視されているのに気が付いていて、よく普通に出歩けるもんだな。俺だったら怖くて部屋から一歩も出られないぞ。
ここがハンターの胆の太さなのだろうか。
「甘いな。相手は町長とはいえ、歴史ある豪族なんだろ。自分たちの立場を危うくする相手に遠慮なんかするもんか。今こうしてお前たちが無事なのも、探させる手駒の1つだからだ。あの猫はそれに入ってなかっただけだ。誰を相手にしてるのかもう一度よく考えてみろ」
それを聞いてレッカが腰を浮かしそうになる。
「もしかしてまた……ポーを狙いに来るかな」
「いや、多分もう大丈夫だよ。きっとこれ以上嗅ぎまわるなっていう警告の意味でやったんだと思うし」
安心させてやりたいが、まさか天使を護衛につけてるとは言えない。
とりあえず一息入れようと俺はお紅茶を作った。
宿に戻るまで、街中で探知の練習をしながら見つけた雑貨屋で買ってきた、ティーポットとカップで紅茶をいれ、女将さんがくれたジャムをひと匙ずつ入れた。
フルーツの酸味とほんのりした甘さは、どこかホッとさせてくれる味だった。
「で、今日はどこ行ってきたんだ。隠しモノの確認でもして来たのか?」
ヴァリアスがソファに深く座りなおしながら聞いた。
パネラとエッボの2人が顔を見合わせる。
確か土の能力者を集めている話から、みんな出て行ったのだから、そっちの方面じゃないのか?
「兄さんにゃ嘘つけないね。確かにそれも確認しに行ったよ」
パネラが頷いた。
「人間は不安になると、真っ先に大事な物が無事か確認しようとするからな。
監視が付いてるのがわかってるのに、みすみす隠し場所に案内しちまったんじゃないのか」
あっ、俺はあらためて2人の顔を見た。
「それは大丈夫だよ。もう話しちゃうけど、それは王都のハンターギルドにあるんだ」
パネラの話によるとギルドには、貸倉庫があるらしい。それは小さな箱からまさしく1部屋分くらいの物まで様々なようだ。どうやら空間収納に納めていて、まさしく貸金庫のように、安全な結界の部屋で出し入れをするものらしい。
「さすがにギルド内じゃ下手に手出ししてこないでしょ」
「そこにね隠しておいた、ある物を取りに行ってたんだ」
エッボがリュックから、鉛色のペンケースくらいの箱を出してテーブルの上に置いた。
「ソーヤ、開けてみて」
「いいの?」
俺は手に取って普通に蓋を開けるように、上部を掴んだ。
あれ、開かねぇ。
「フフッ、それね、ちゃんと鍵がかかってるんだ。レッカが作ったカラクリ箱でね」
そう言いながら俺から箱を受け取ると、エッボが箱の淵をなぞった。
小さくカチンと音を立てて蓋が浮く。
中には白いシルクらしい布が入っていた。
手に取るとなんだかしっとり濡れている。
「そのハンカチにジェレミーの涙と鼻水が付いてるんだ」
ば、バっちいっ!! なんてモノ保管してるんだっ!
俺はうっかり床に落としそうになって、慌てて風でケースの上に落とした。
「これは例の事件の時に一緒にいた使用人が、ジェレミーの顔を拭いたハンカチなんだ。だからこれにジェレミーのオーラや匂いが付いてる。探し当てるための貴重な品なんだよ」
ううっ、この鼻水をかんだハンカチからオーラを探るのか。なんか俺、探知犬になった気分だ。
「でもよくこんなの入手出来たね」
俺は濡れていない部分を指の先でつまみながら、オーラを視た。
所々に黄と赤のオーラが混じっているが、その濡れた部分には、ほぼ赤と茶と黒が混ざった、絵具を混ぜる途中といった混沌とした色をみせていた。
おそらくこっちの黄と赤はその使用人のものだろう。こっちの色とは感じがまるっきり違う。
同じ赤系統でも片方は明るめな朱色で、ジェレミーらしきのは、どこか濁った感じの暗赤色なのだ。
「それね、面会出来たおいらの姪からコッソリ貰ったんだ。当時一緒にいた使用人の1人だったんだよ」
俺は顔を上げた。
「ちょっと気位の高いとこがあって、おいらはあまりこの姪の事は好きじゃないんだけど、母親の従妹が凄く悲しんでて……。彼女を悲しませたくないからさ」
エッボは鼻の頭を掻いた。
「実はもう1つ預けてあるの」
パネラが引き継いだ。
「そっちは預けたままにしてあってね。万一あたい達に何かあれば―――組合員としての登録が抹消されちゃったら、倉庫の物は処分のために取り出されるから、その時に日の目を見るっていうわけ」
奴が3本めのビールを開けながら
「それが上訴状か」
「うん、さっき言ったようにギルド内なら安心でしょ? 隠蔽なんかしてもすぐバレるから、忍び込む馬鹿もいないし」
しょっちゅう気配消してる奴が隣にいるけどな。
「そりゃわざわざ忍び込むならな。だけど職員とかなら造作ないんじゃないのか?」
「えっ?」
「奴らの仲間が、ギルド職員の中にいないとは限らないんじゃないのかって事だ」
パネラが一瞬固まった。
「いや、でも、例えそうだとあっても、個人の倉庫を開けるのは、何か正式な理由がないと……。裁判所からの執行状とかがないと無理なはずだよ」
エッボが不安を払うように、頭を振りながら答えた。
ガンッと、ヴァリアスがテーブルの上に右足を打ち付けるように置いた。
「甘ぇんだよ。相手は権力も金もある豪族なんだろ。そんなの適当に疑いでもでっち上げて、その極秘調査のために検閲するとか要求したら出来るんじゃないのか?」
3人の顔が急に不安に包まれた。
「それでギルドが応じなくても、裁判所を通じてその執行状とかを持ってきたら、ギルドは従わなくちゃならないんだろ? 金と権力に物言わせれば、そんなのすぐに発行されるぞ」
「あんた、それを知ってて……いや、気づいててなんですぐ言わないんだよ!?」
相変わらずのマイペースさに俺はちょっとイラっとした。
「のこのこ、切り札の隠し場所を教えるようなマネをするのが悪い。オレだったら逆に近づかないぞ。監視がついてるなら尚更だ」
「じゃあ……もう手遅れなの……?」
パネラが膝の上で握りこぶしを作りながら、押し殺したような声を出した。
「さあな、ただ期待はしない方が良いだろうな。他には用意してないのか?」
「……おいら達、それぞれの部屋に控えが……」
それ、とっくに調べられてる気がする……。
ヴァリアスがテーブルから足を下ろしながらレッカの方を向いた。
「お前は部屋のどこに隠した?」
「えっ……」
いきなり振られてちょっと驚いたようだが
「……床板です。細工して、板の中に入れてあるんです」
「ふん、なるほど……」
ちょっと斜め下を見るそぶりをしながら
「確かにこれは上手く隠してるようだが、あまり上手く隠しすぎると、誰にも分からないんじゃないのか?」
「それは……、そうなのかなあ……」
「逆に永遠に見つからないんじゃ意味ねえだろ」
レッカは額に手をやった。
「というか、兄さん場所わかったの?」
パネラが顔を上げて奴を見た。
「そりゃあな、探れるのは探知能力者だけじゃないんだぞ」
コトンとドアが軽く音を立てたので、奴を除いてみんなが振り返った。
ドアの下の僅かな隙間から、黒い帯のような影が伸びていた。音もなくその影がこちらに伸びてくると、俺たちの前で立ち上がった。その中に白い紙が混じっている。
「これがその上訴状だろ」
奴がその影からたたまれた紙を取ると、影はふっと消えた。
「そ、そうですけど……」
「お前たち、オレ達を信用するならこれを預けてみるか?」
3人が顔を見合わせた。
ヴァリアスの提案で一通の上訴状を、俺が預かることになってしまった。
万が一、誰かに累が及んだら警監視局どころか、もっと上に送ることになる。何しろアテがあるから。
もういっそのこと、上訴してしまったほうが早いんじゃないかと言ったのだが、パネラ達が首を振った。
こんな状態になっているとはいえ、ジゲー家は代々この町が村だった時代から統治してきた豪族だ。村からここまで大きな町に起こしてきたのは、ひとえにジゲー家の働きが大きい。
この町にはこのジゲー家が必要なのだ。なんとか出来る限り穏便に済ませたいという。
だから無事に人質たちが解放されたら、パネラ達はこの町を離れるつもりでいるようだ。
「ソーヤ、やっぱり契約を改めよう! 危険手当をつけないとっ。明日ギルドに行って―――」
「やめとけ、もうあまり動くな。これ以上動くと、いくら駒でもどうなるか分からんぞ」
前のめりになったパネラを奴が制した。
「そうだよ。それにもうバラバラに行動しないほうが良いよ」
もう単独行動は危険だろう。
「今日からここに泊まっていきなよ。ベッドだって余ってるし」
「ナニ!?」
「「「えっ?!」」」
「お前、この部屋にって―――」
「いいじゃないか。どうせ今日明日だけなんだから」
泣いても笑ってもイベントは明後日だ。それで何もかも終わる。
「でも、そんなの悪いよ……」
チラッと俺の隣を見た。
奴が面白くなさそうな顔をしていた。
皆がいるとスマホで今見ている、海外ドラマの続きが見れなくなってしまうからだ。
俺はテレパシーで、ちょっとくらい我慢しろと奴をなだめた。
同じ宿内ではあるが、念のためにレッカもここに泊まってもらうことにした。そうすれば明日退院してくる予定のポーも、もちろん同じ部屋に来ることになる。
これは危険回避のためのあくまで副産物的な事で、決して下心が優先ではない。
ただそうするとベッド4つに5人プラス1匹となるので、1人はソファに寝ることになる。
俺は奴を指しながら、遠慮している皆に伝えた。
「こいつはソファでも床でも、屋根の上でもどこでも構わないから、気にしないでいいよ」
本当はこいつは寝ないから、ベッドは使わないんだが、そんな事言えないし。
「それはさすがに悪いよ」とレッカ。
「うん、あたいとエッボがソファ使えばいいから」
「イヤ、いやいやっ、それこそダメだろっ!」
さすがに女に男と雑魚寝はさせられないぞ。
「別に問題ないよ。あたい達夫婦だもん」
「エ……?!」
「あれ、言ってなかったっけ?」
サラッとパネラが言った。
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8時近くになり、俺たちは3人を下宿に残して、例の店に行くことにした。
廊下に出た途端に気配を消して、6軒離れた別の宿屋の裏庭に転移した。おそらく監視の奴らは俺たちが外に出たことに気が付いていないだろう。
それを確かめてから王都に跳ぶことにした。
もちろんもう門は閉まっているから、不法侵入することになるが、もう諦めた。
建物の間から見えた最後のパレードは、大きな花びらにそれぞれ踊り子と楽師たちを乗せた、巨大な華の形をした台車だった。
人を乗せたその花弁は、上下左右にゆっくりと動き位置を変えていく。
それに付いていく人や、そろそろ帰路につく人で、通りはまだ人の流れがあった。
そんな人達に気づかれることなく、俺たちは再び転移した。
祭りの夜でもない王都は、さすがにバレンティアほどの人はいなかったが、街灯が比較的多いため明るく通りを照らしていて、ちらほらと飲み歩く人も少なくなかった。
パスカル通りは外周側の西寄りのエリアと聞いていた。
だが王都は広い。
所々にある道案内を見てもパスカル通りが見つからない。
困っているところにちょうど、2人組の夜警が通りかかったので聞いてみることにした。
「パスカル通りかあ……」
2人の夜警はちょっとニヤついた顔をしたかと思うと、ある明るい一角を指さした。
そこは建物とそこから伸びた塀に囲まれた場所で、唯一の通り道らしき門は開いていた。その中から祭りの夜並みの喧騒と明かりが漏れ聞こえてくる。
それは花街の門だった。
風俗街かよ。ナジャ様、一言教えといてくれよな。こっちにも心の準備ってものがあるんだ。
門の前で通行料1人1,700エルを払って中に入ると、中は思った以上に明るい街並みになっていた。
常設されている街灯以外にも、建物の軒先にカンテラを下げたり置いたりして、石畳を明るくしている。
各店のドアの上に下がった発光石は、ゆっくりとピンク・赤・紫の3色に点滅を繰り返し、際どい看板を照らしていた。
通りを女の肩を抱いた男が、にやけた顔で通り過ぎていった。怪しげな店の前で下着同然の恰好をした女たちが、妖しい目つきでこちらに秋波を送ってくる。
本当はゆっくりと冷やかしたいが、今はそんな余裕はない。
俺は教えてもらった川沿いのパスカル通りを目指した。
10m幅くらいの川の上に、建物が橋のように渡って建っていて、その窓からもれる明りが水面に揺れていた。
『青い夜鳴き鳥亭』は通りの端っこ、その川のほとりにあった。その名の通り、青塗りの鳥の姿を型取った看板がカンテラの灯りで浮かび上がっていた。
窓から覗くとかなりの賑わいで、ほぼテーブルは埋まっているようだ。
中に入ると賑やかな声と天井を覆う煙、女たちの黄色い声が出迎えてきた。
ザッと見回すとテーブルはほとんど、男女同比率で酒を酌み交わしてる。
う~ん、キャバレーみたいな酒場か?
「ここで合ってるんだよな? でもその人をどうやって探すんだ?」
「とりあえず探知してみろよ」
探知しても半分以上は護符などをつけているせいか、どんな人物かわからない。2階と3階に小部屋があるらしく、すでに何組かの男女が部屋で酒を酌み交わしていた。その後ろにベッドが1つある。
「お兄さんたち、ここ初めて?」
戸口でキョロキョロしている俺の前に、2人の女が近寄ってきた。2人とも胸元の大きく開いたキャミソールに、ウエストをきつく絞ったコルセットをつけ、横スリットの大きく開いたスカートをはいている。
「残念ながらテーブル埋まっちゃってるから、上に行かない? ここより落ち着いて飲めるわよ」
「残念だけど、私たち人を探してるんです」
「あら、それって赤毛じゃなくてぇ」
ウェーブの大きな赤毛の女が、俺の仮面を覗き込むように顔を近づけてきた。どうせ探すなら、同じ赤毛でもあんたじゃないよ。
「おい蒼也、こっちだ」
奴が女を押しのけるように前に出ると、俺を引っ張って中を進んでいった。
「誰だか、わかったのか?」
「まだわからないのか? 探知でダメなら耳を使え」
そう言われても、中はいろんな客たちの笑い声や女たちの黄色い声でとにかく騒々しい。いちいち聞き取ってるのも―――。
聞き覚えのある声がした。
その人物は階段下の4人席用のテーブルに、奥側に体をひねって座っていた。階段の下なので斜めになった階段裏とそれを支える柱で仕切られ、フロアの中でも一種区切られた空間になっている。
奥側の隣席に座っているのは、細かなウェーブのブルネットヘアで唇のぽってりした女だった。
化粧の具合から商売女とはわかる。
「約束したじゃん、最終日は一緒に来てくれるって。あたし、この日だけやっと1日休み取れたんだからね」
「わかってるよ。だから一緒にいるって。ただ、あそこだけはダメだ。他のところは連れてってやるが、とにかく最終日だけは、あそこにおれは入れねぇんだよ」
「なにそれ、占い師に言われたから? 他の日じゃ意味ないのよー。その日だけ特別に、光の洞窟みたいに綺麗になるらしいんだから」
「大体あんなとこ、一般人の入るとこじゃねぇんだぞ。いくら装飾しても本当は危険なとこなんだからな」
「だから、一般はホールのとこだけなんじゃない。それにこんなの多分最初で最後なんだからー」
なんだか揉めているようで、声をかけづらい。
それにあんな事をした相手に、また迷惑かけるのも気が引ける。だけど今はそんな事言ってられないか。
近くまで行ったがどうしようかタイミングを見計らっていたら
「グズグズしないでサッサと行けっ!」
ドンっと奴に押されて、俺は吹っ飛ぶように彼らのテーブルに手をついた。
「なんだっ? 酔ってるのか」
青いバンダナの男が振り返った。
「すいません、ちょっと蹴躓いちゃって! あの、あの時はどうも失礼しました」
俺は狐の面を外して会釈した。
「あっ、あんた、あの皮の取引のっ!」
俺の顔を見て驚いた男は、恐る恐る俺の後ろの方に目を向けた。
「ということは、こっちは……」
「よお、無事に戻ってきたみたいだな」
奴がネックゲイターを首元まで下げて、牙を見せてニヤリと笑った。
青いバンダナの男―――風使いの護衛の男の顔から血の気が引いていった。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
あと1話でダンジョン準備エピソードは終わらせたいです。
……たかったんですが、やっぱり長くなりそうです。
すいません……引っ張ってばかりで(汗)
次回予定話『サクリファイス・チルドレンの男』
護衛の男の話が中心です。
どうかよろしくお願いいたします。
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初めて勤めた会社の常務が若い頃、仕事で外国に行って有名な風俗街
『飾り窓の女』通りに行ったことがあると言ってました。
話に聞く通り、ソープみたいに写真でまず選ぶのじゃなく、直接飾り窓の中にいる
お姉ちゃん達を選べる風俗通りです。
まさしく日本なら吉原。赤い格子越しに、通る男の袖を引くアレですね。
そういや、話がズレますが、昔近くに住んでいたころ、吉原の赤い格子の建物が
残っていると思って、観光しに来たらしい人に、道を尋ねられた事がありました。
いや、残念だけどもうありません! 今やただのソープ街だ。
あるのは入り口にヒョロっと残っている1本の柳のみ。(見返り柳)
ここまで女郎がギリギリ、吉原の赤い大門前の柳まで出て来れて、客を見送ったという
ポイントしか残ってないですよって説明しました。
というか、『吉原炎上』を知らずに観光しに来たのだろうか?
話戻すと、常務は本当かどうかわからないが、結局冷やかすだけで
お姉ちゃんは買わなかったそうです。
理由は『目が豹みたいで怖いから』(失礼!)
まあ、今からおよそ50年くらい前のこと、現在ほどまだ外国人と馴染みが少なかった頃だし、
外国人は顔の作りのせいで(商売女のキツイ化粧のせいもあるかも)
目力が強いし、目の色がブルーとか金色とか怖かったそうです。
そんな常務もお爺ちゃんになってから、今度はゲイのスーパーバイヤーのフランス人の
お爺さんと仕事組んだり、色々あるなあと思いました。
ちなみにこのスーパーバイヤーさんは、ウチの企画の30代の男性を気にいってた
ようですが、もちろんビジネス繋がりなので何も起こりませんでした。(一安心)
話は面白かったけど。
凄く古いお屋敷に住んでて、18世紀ぐらいの女の人の幽霊がたまに出るらしいとか。
出てくるだけで悪さしないからって、よく平気で住んでるなと思いましたね。




