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第139話☆『蒼也 怒る』

愛猫家の方には本当にすみません……。

私もこんな酷いことはしたくなかったんですが

成り行き上、こんな展開になってしまいました。


「あの、その……従魔ってもしかして……山猫ですか?」

 俺は恐る恐る聞いてみた。

 申し訳ないが、この時その従魔が、全く知らない人のであってくれと思ってしまった。

 朝、会社に出かける前につけたテレビに流れる、自分とは縁もゆかりもない不幸なニュースのように。


「あー、それはわからない。おれは概要を聞いただけなんでね。現場にいた警吏は着替えに戻ってるし」

「着替え……」

「従魔の血で制服が汚れちまったんだよ。こんな祭りの時に血まみれでいたくないだろ?」


 とにかく下宿に急ごう。そして安心するんだ。俺は出来る限り速足に橋を歩いた。

 橋の中央あたり、左手側の端の一角が水で濡れている。

 何かを洗い流したように。

 薬品が無くとも流れた血液の跡が視える。そしてそのオーラも。


 大量に石畳に跡を残したそのオーラは、紛れもなくあのポーのものだった。

 心臓がにわかに冷えてくる気がした。


 隣で奴が声をかけてきてるのが、なんだか壁ごしに聞こえてくるようだ。足の力が抜けて自然とその場に膝をついていた。そのままその濡れた石肌に手を伸ばす。

 頭にフラッシュバックのごとく、ぶつ切りにカットされた残留思念が流れてきた。


 左側頭部に激しい衝撃と共に石畳に叩きつけられた打撃。ハンマーの連打のように沸き上がる耐え難い痛み。回る視界。頭と顔を流れる温かい液体の感触。

 ……家族が自分を呼ぶ声…………。


「おい、もうそれに触れるのはやめろ。オーラが黒くなってきてる」

 腕を掴まれて無理矢理立ち上がらされたが、なんだか体に力が入らない。

 またその横に座り込んだ。


「…………ヴァリアス……あんた、この事知ってたのか……?」

「知らん。ただ予測はついた。敵が()()()()()()()()()()蔓山猫を放っておくわけないだろうからな。それを使って身辺を嗅ぎまわってるなら」

「え……じゃあこれは事故じゃないのか?」

 俺はまた自分の頭に衝撃を受けた気がした。


「まず違うな。このタイミングであの山猫だけがやられるなんて出来すぎてる。それにロックランチャーは獲物が落ちて来なかったら、もっと乱発するぞ。一発だけなんてあり得ない」

「…………なんとか出来なかったのか? 予測してたなら、せめて遠回しに教えてくれるとか……」

 言っても無駄だとはわかってるが、言わずにはいられない……。

「アイツらの認識が甘かったせいだ。恐らく目を付けられてるのは薄々感づいているはずなのに、ここまでやらないだろうと高を括っていたんだろ。山猫はその犠牲になったんだ」


 いつもと変わらない日常があるというのは、小さな奇跡の連続だと何かで聞いたことがある。

 当たり前にある今は、次の瞬間には永遠に消えて無くなってしまう事のほうが、本当は当たり前なのかもしれない。

 いつもと変わらない青い空が広がっていたある日、いつでも一緒にいてくれるはずと思っていた彼女が、俺の前から姿を消したように。


「おい、そこに座り込むなっ」

 向こうから別の警吏がやってきた。

「ここでやられた従魔を知っているからだ」

 ヴァリアスが俺の代わりに答えた。


「ああ、あの山猫のか。あれは可哀そうだったな」

 近寄ってきた警吏は大きな肉食系の獣人だった。

「それじゃ治療は上手くいかなかったのか?」

「えっ?」

 俺は顔を上げた。


「なんだ、知らないのか? あそこの黄緑色の壁に赤い屋根の大きな宿が見えるだろ。そこの1つ裏手の『獣魔治療院』だ。飼い主じゃ持てそうにないし、とにかくパニックになってたから。おれが運んだんだよ」

 俺は礼もそこそこに、教えてもらった建物を目指して急いだ。


『ジャッシュ獣魔治療院』という建物は看板こそ小さいが、入口はガレージのように大きく全開していた。

 中には違う種類の馬を2頭を連れた馬子と、青い鳥を抱えた女が長椅子に座っていた。

 正面の受付にすっ飛んで聞いた。

「それなら3階の一番奥の部屋です」

 受付の事務員が横の階段を指さした。


 階段で上がった手前は大部屋のようで、ドアが開いた中にはいくつものケージが置いてあった。

 奥の部屋のドアは閉まっていたが、俺はノックと同時にドアを開けた。


 正面に窓が1つある部屋の中には4つのケージがあった。手前の右下のケージの中にレッカがしゃがみこんでいた。

 彼越しにマットの上に横たわった、ポーの後ろ足と力なく横に垂れている触手が毛布からはみ出している。


「ソーヤ……」

 振り返ったレッカの目は真っ赤になっていた。

「ポーは、ポーは無事なのか?」

 俺はケージに走り寄った。


 ポーは目を瞑り、ぐったりと横になっていた。太い4本の足を前に投げ出し、触手もだらんと腰回りから横に垂らして。その丸い頭にはターバンのように、折れた耳を避けて、キツく白い布が巻かれていた。

 その顔を見たら、急に俺も泣きそうになってしまった。

 飼い主でもないのに、こんなにショックを受けるとは。


「……今は鎮痛剤が効いて、やっと呼吸が落ち着いたとこ。さっきまで痛みで泣いてたから」

 それを聞いてまた胸にこみ上げるものがきて、俺は口を押さえた。

 見ると毛布がかかった腹が、微かに上下している。呼吸も穏やかなようだ。


「助かるかい……」

「うん、すぐにここに連れて来れたから。それにここに抱えて連れてきてくれた警吏の人が、その場でポーション使ってくれたんだ。その応急処置がなかったら、死んでたって」

 そうか、有難うっ! 獣人のお巡りさん、グッジョブだ!


「とにかく助かって良かった。ポー、君の大好きな『グリーンボア』のお肉を手に入れたからね。起きたらたくさん食べてくれよな」

 俺もケージに入って、ベルベットのようなすべすべした毛並みの背中を撫でながら、ポーに話しかけた。


「駄目ですよ。ちゃんと回復するまで、胃に負担を与える食べ物は禁止です」

 いつの間にかドアのところに白衣を着た中年男が立っていた。


「先生ですか? あの、ポーはこのまま助かるんですか。無事に元通りになるんですか?」

 俺はケージから出て医者に向き直った。

「多分このまま安静にしていれば、命は助かります。

 ただ手術が成功したとはいえ、まだ脳が腫れてるんです。割れてずれた頭蓋骨や破片は元の位置に戻しましたが、まだくっついてないんですからね。それに脳自身も傷ついているし、後でどんな後遺症が出るかはまだわかりません」

 後遺症……。

 その言葉を聞いて、また暗澹たる思いが広がってきた。


「ポーションは、ハイポーションとかをかけたら、もっと回復するんですか?」

「もうこれ以上はあまり変わらないです。それにあまりこまめにかけると、回復に要する体力を使って逆に疲弊するだけです。今はこのまま自然治癒能力に任せるのが一番ですよ」

 うう~っ、ハイポーションも駄目なのか。究極の万能薬エリクシルならきっと効くかもしれないが、妖精の泉から採取するのは俺には無理だ。それにそこら辺で売ってるような物じゃないようだし……。

 ん……。


「あの、だったらスプレマシーポーションなら、効果ありますか?」

「スプレマシー?!」

 医者が急に声を高くした。レッカもこちらを振り返る。


「そりゃ、それを使えば一気に回復出来るだろうけど、そんな物手に入らないでしょ?」

「いや、効果あるなら、用意してきます!」

「ソーヤ、あまり無理しないで……」

「大丈夫、任せといてくれっ」

 俺は心配そうなレッカを残して病院を出た。


「お前、本当にスプレマシーを使う気なのか?」

 ヴァリアスの奴が横にピッタリ付いて来ながら聞いてきた。

「そうだよ、だって俺に妖精の泉をなんとか出来る力はないし、エリクシルだってそう簡単に置いてあるもんじゃないんだろ? あんたが治してくれれば一番いいんだけど」


「だからオレは手出し出来ないぞ。あの猫の運命を直接変えることになるからな」

「わかってるよ。だけど俺はイレギュラーだからいいんだろ? いくらするのかわからないが、前にギルドで売ってたんだから、買えないこともないかもしれない」

 俺たちはそのままハンターギルドに急いだ。


「おー、スプレマシーですか! それなら取り寄せになります」

 ギルド3階の売店の店員が、目を瞬かせて言った。

「え……今置いてないんですか」

「ええ、そりゃあ、スプレマシーくらいになると、そう簡単に在庫は持てませんからね」

「すいませんけど、すぐに必要なんです。どこか置いてある店知りませんか?」


「う~ん、多分ここいらの薬局にもないと思いますよ。普通の店には置いてませんからねぇ」

 そうなのかぁ……。すぐ手に入ると思ってたのに……。

「ちょっと遠くなりますけど、王都のギルドにならあるかとは思いますが……」

「あっ、そうなんですか! じゃあ行ってみますっ」


 と、急いで町の門を出たものの、ここから王都まで約23㎞。往復46㎞を走ると考えるとさすがにへこたれる。

「ヴァリアス、ちょっと王都まで跳んでくれよ。急いでるからさ」

「なんだ、この間は不法侵入だとか散々言ってたじゃないか」

「だって緊急事態なんだから。頼むよ、こういう時のサポートだろ?」

「しょうがねぇな。じゃあ行くぞ」


 次の瞬間、見慣れたイアンさんの裏庭にいた。

「おお、さすがだな。ホントこういう時だけは頼りになるよ」

 俺は心の底から褒めたつもりだったが

「お前はいつも一言多いんだよ」

 奴が不満そうな顔をした。


 王都のハンターギルドの売店は3階にあった。ここはワンフロアほぼ全部のスペースが売り場で埋め尽くされていて、さながらショッピングモールのようだった。

 薬のコーナーで薬剤師らしい、白衣を着た店員にスプレマシーを聞くと在庫があるという。


 おお、良かった。

 だが安堵と共に急に不安もよぎった。


「ヴァリアス、今更だけど、人間用のスプレマシーって動物にも効くのか?」

 俺は小声で聞いてみた。

 もしかすると人間用と動物用、魔物用とか分かれているのかも知れないからだ。


「大丈夫だ。これはただの傷薬と違って、魔法薬だからな。まず生物なら効き目があるぞ」

 それならひとまず安心だ。


「じゃあそれ1つ下さい」

「かしこまりました。ちなみに失礼ですが、時価になっておりまして、本日の価格はご存じで?」

 そういえばギーレンで見た時も、そんな表示だったな。

「いえ、知らないんですけど……いくら何ですか?」

 どうしよう。万が一足りなかったら……。


「本日の価格は1OZ(1オズ=約56㎖)税込み185万9、700エルです」

 店員が声をひそめて答えた。

 払える範疇だ。ホッとしてギルドカードを取り出した。


 深々と頭を下げる店員に見送られながら、急いでまた獣魔治療院に戻る。

 青い小瓶に入ったスプレマシーは、50ccくらいしか入ってない。

 本当はもっと買おうと思ったのだが、ヴァリアスがこれで十分だと言ったからだ。


 医者に渡すとスポイトで、まずポーの口に含ませた。

 それから頭の包帯を取ると、大きくハゲになってしまった傷跡に残りを慎重に注いだ。


 少し経って傷口周りがぷわぷわと波打ってきた。

 それに合わせてポーの四肢がピクピク動く。


 見ているとスーッと傷口の中に染み込むように液体が消えて、傷が目立たなくなっていった。その上から紺色の産毛のような毛がさわさわと生えてくる。

 金色の潤んだ瞳が薄っすら開いた。


「「ポー~~」」

 2人の声が重なった。それに返事するように

『ミュア~』とポーが可愛い声で鳴いた。


「どうした、お前」

 ケージの外で奴が少し驚いたように言ってきた。

 俺はつい、飼い主より先に泣いていた。もうこんなに嬉しかったのは久しぶりだ。

 なんだか堰を切ったみたいに涙が出て止まらなくなってしまった。

 どうも年取ったせいか涙もろくなって困る。おかげでお面を外さなくてはいけなくなった。


「しかし本当にスプレマシーを持ってくるとは……」

 医者があらためて驚いたように呟きながら、机の上から鼻紙らしき紙をくれた。

 すいません、だけど固てぇなこの紙。わら半紙みたいだ。

 おかげで鼻が擦れて痛くなった。


 俺たちを見て体を起こそうとするポーを、医者がやんわり押さえた。そのまま頭を重点的に診ていたようだが

「回復したと言っても、まだ様子を見ないと。少なくともあと1日は預かりますよ」

 回復にエネルギーを使ったのか。ポーのお腹が急にグルグルキューと鳴った。

「そうだった。これポーに食べさせて。1等で交換した奴だから、お金かかってないしさ」

 俺はバッグから例の『グリーンボア』の肉の包みを出してレッカに渡した。ポーがすぐに匂いに気づいて、顔を上げて『ミャーミャー』鳴き出した。


「こんなに沢山お金も使ってくれて……有難うソーヤ。代金は必ず返すよ」

「いらないよ。たまにポーを触らしてくれれば」

 できれば一晩借りたいもんだ。

 いや、それよりも今はもっと大事なことがあるんだった。

「レッカ、ここじゃ話せないから、後で夜にでも、みんなを集めて俺んとこで話そう」

 

 ポーの声に後ろ髪を引かれながら、俺たちは部屋を後にした。

「ヴァリアス、またギルドに行くぞ。買いたい物があるんだ」


「珍しいな。お前がこっちに興味を持つなんて」

 再び来たギルドの売店、そこは武器を扱うフロアだった。


「いつまでもこの剣1本って訳にいかないだろ。俺はまだまだ魔法も半人前だし、剣の腕前だって本当の剣士とやり合ったら、まず勝てる気がしない。だから色々手数を増やさないと。それに今回のことで俺だって頭にきてるんだ」


 なんの罪もないポーをあんな目に合わせやがって。

 動物だって家族同然なのに、なんだと思ってるんだ。

 今までなるべく怪我をさせることは出来る限り避けてきたが、そっちがその気ならこっちも手加減しない。

 俺はいつになく熱くなっていた。


「ふーん、やっと自覚が芽生えてきたか。

 その通り、応戦は大事な防衛だ。男はいにしえの時代から自分のテリトリーや家族を守るために戦うように出来てるんだ。武器がなけりゃ、てめえの爪でも歯でも、なんでも使って戦わなくっちゃな」

 嬉々として話す奴を見て、なんだか熱が冷めていくのを感じた。


「あんたにそう言われると、なんで俺、男に生まれちゃったんだろうって思うよ……」

 男の世界ってなんて大変で辛いもんなんだろうと、しみじみ思った。

「あ゛? 」


 弓などの飛び道具のコーナーで目的の物を見つけた。

「うん、大きさはこれくらいでいいかな」

 それは以前ターヴィが使っていた、スリングショットの弾だった。


 ターヴィは小石を使っていたが、ここでは鉄や鉛、木製で丸や多角形、ウニのようなトゲトゲの形と色々あった。

 何種類かある大きさや形の中から、一番シンプルに普通のパチンコ玉ぐらいの鉄製の丸いモノを選んだ。皮袋に200球入っていて780エル。200あればなんとかなるかな?


 あと金属じゃないのが欲しいんだが、一見なさそうだ。店員に念のために聞いてみたが、金属以外のは木製しかなかった。

 よし、ここはまた奴に頼もう。俺は鉄製を2袋買うことにした。


「なんだ、弾だけ買って。スリングショットとかは要らないのか?」

 会計を済ますと奴が不思議そうに聞いてきた。


「ああ、今からすぐに使いこなせるとは思ってないからさ。そういう道具を使うのは今度にするよ。

 もちろんこのやり方も練習が必要だと思うけど」

 ギルドの階段を下りながら、弾を1つ掌に出すと空気圧で浮かせてみせた。


「さっき聞いたロックランチャーのやり方さ。あれは水圧で打ち出すみたいだけど、こっちは空気圧で打つ。

 空気銃の要領を使うんだ。

 これなら途中で魔法が消えても、弾自身は魔法の産物じゃないから消えないし、加えられたスピードは残るだろ? 

 魔法の効かない相手には物理攻撃が有効だって聞いたから」


 そう、魔法で打ち出した土や石は、その形状も魔法で維持しているので、魔法が無効化されてしまうと形を保てなくなってしまうのだ。

 もちろん地面や岩肌を、直接切り出したモノを操作するなら別だが、それはかなり力がいる。


「いいじゃないか。さすがはオレのファミリーだけあるな」

 そう言って俺の背中をバンバン叩いてきた。

「階段でやめろっ。落ちたらどうするんだ。それに実を言うとこれは俺が考えたんじゃないんだよ」

「ん?」


「あの風使いの護衛の人に聞いてたんだ。

 俺が飛べるほどパワーがないから、魔法の効かない相手には剣しか使えないって言ったら、なら飛び道具を使ったほうがいいって。

 すぐに道具を使いこなすのは難しいけど、魔法で飛ばすなら操作しやすいだろって」


 やっぱり餅は餅屋だ。こういうのはやはり経験を積んだハンターに聞くのが一番だ。奴に聞いても人間業じゃない、即実行するにはほど遠いやり方が多いからな。


「ふーん、アイツそんな事も教えたのか。そりゃあ今度会ったら礼の1つでもしてやらなくちゃいけねぇかな」

 奴がまた悪さを思いついたような、凶悪そうな影を落としたので俺は不安になった。

「やめろよ。お礼参りでもしそうな顔しやがって」

「なんだよ、お礼参りのどこが悪いんだよっ?」

 あんたの場合は不穏な気配しかしないんだ、と言いたかったがやめておいた。代わりに今度ヤクザ映画でも見せてやろうと思った。


「あと、この半分をあんたの力でちょいちょいと素材を変えてほしいんだ」

「なんだよ、やたら簡単に言ってるが、元素変換もあまりやりすぎは不味いんだぞ。特に鉄を金とかに変えるのは」

「違うよ、これを弾力性のあるゴムみたいな素材にしてほしいんだ」

「ナニ?」


 そう、俺がもう1つ欲しかったのはいわゆるゴム弾だ。

 よく暴徒鎮圧用に非殺傷性兵器とされるアレだ。実際は当たり所が悪かったりして、死傷者が出ているので安心して使える代物ではないが、鉄の弾よりは数倍マシだ。


「鉄の弾は魔物用、ゴム弾は対人間用に使い分けしたいんだ」

「なんだ、容赦しないとか言ってる割には、やっぱり手加減しようとしてるじゃないか」

 奴がわざとらしく片方の肩をすくめてみせた。


「それに外皮が石のように硬い魔物じゃなければ、鉄より鉛の方が破壊力はあるぞ」

 それは知ってる。銃弾の弾が鉄ではなく、鉛が使われてるのはより殺傷力を上げるせいだ。

 鉄は硬いから対象をそのまま最小限の弾道で貫通する可能性もあるが、鉛は柔らかいから潰れて広がり、いびつに内部を破壊する。

 俺は相手を殺したい訳じゃないんだ。 


「仕方ないだろ。俺だって出来れば人は傷つけたくないんだ。今まではスタンガンとかで対処してたけど、相手の耐性が強かったらこの手は使えないかもしれないし。これが精一杯の譲歩なんだよ」


「やっぱり甘いな。だがまあ少しは肝も据わってきたか。いいだろ、変換してやるよ。最大限にインパクトを与えて、殺傷性を出来る限り抑えたちょうど良い硬さにな」


 俺から受け取った鉄の玉の入った袋を手にしながら

「ただ、やるからには全力でやれ。相手が殺す気で来るのなら、こちらも同じくらいの気でないと、打ち負かされるからな」

 銀色の月がまっすぐ見据えてきた。

 

 また帰り道を急ぎながら、あたりの目を気にして伝心(テレパシー)で奴に話す。

『(ヴァリアス、ポーはまた狙われると思うか?)』

『(可能性は半々だな。見せしめにやったのか、それともスパイ行為をさせないためにやったのかでも違ってくるが、まあないこともないだろ)』

『(どっちなんだよ。結局あるかもしれないってことだよな?)』


 俺はまたぞろ心配になってきた。あそこに置いておいて、もしまた狙われたらレッカじゃ太刀打ちできそうにないし。

 いや、俺だって無理かもしれん。なんたって相手の隠蔽に気が付かなかったんだから。


『(なあ、頼みがあるんだが)』

 食堂の看板が吊り下がる角を左に曲がりながら、俺は目で奴に頼む。

 この通りの角を4つ過ぎて、右に入れば川の手前、『ジャッシュ獣魔治療院』の看板が見えてくる。


『(なんだよ、今日はやたらと頼み事が多い日だな)』

『(ポーがまた襲われても大丈夫なように、なんか保護シールドみたいなのかけてやってくれないか)』

『(そりゃダメだ。オレがあの猫を直接かばうことになる。もしそれで危険を防いだら運命を変えることになるだろ)』

 奴がそっぽを向くように斜め上に顔を向けた。


『(そりゃ分かってるけど、どうにかならないのか?)』

『(無理だと言ってるんだ。子供じゃねぇんだからそれくらいわかるだろ)』

 そう言って奴はさっさと先を行こうとした。


「わかったよ。だったら俺はポーが退院するまで病院から動かないぞ。それならいいだろ?」

 俺はつい声に出しながら立ち止まった。

「あ゛? なに我がまま言ってるんだよ。お前がいたって防げるかわからないぞ」

「そりゃそうだけど、またこんな事が起こったら、俺もう立ち直れないぞ……」


 あの石畳で感じた残留オーラを思い出して、にわかにまた震えがきた。

 またあんな絶望を感じたら……。

 俺はまた違う感情で鼻をすすった。


「ったく、しょうがねぇなぁ。ちょっと甘やかすとすぐこれだから……」

 ブツブツ文句を言いながら、戻ってくると

『(確か今、従魔の生態を観察している天使がいたな。アイツにやらせるか)』

 あたりを見まわすように、視線を動かしながらテレパシーで伝えて来た。


『(今、別の天使に呼びに行かせたから、すぐ来るだろうよ。これでいいんだろ?)』

『(有難うっ、助かるよ。

 しかし頼んどいてなんだけど、いきなり天使付きって凄いな)』


 ふと気付くと、まだ昼下がりの大通り。人もゾロゾロと出ている中で、大の男が泣きそうに鼻をすすっているなんて、あらためて恥ずかしい。

 慌ててバッグの中の収納を探った。


『(ギリギリだが、観察対象の名目で多少なら保護できるからな。言っとくが今回限りだぞ)』

『(うんうん、今回限りね)』

 俺はティッシュで鼻をかみながら、何度も頷いた。

 その今回限りが何度あることか。


「よし、じゃあとりあえずご飯食べに行こうよ。腹が減っては戦は出来ないっていうからな」

 忘れてたが昼をまだ食ってなかったんだ。なんだかんだでもう3時近い。


「ポーもあれだけじゃ足りないかな。またお肉買ってきてあげるか」

「そうだな。だけど買うんじゃなくて、あくまで景品の肉をだな。頑張って探せよ」

 悪魔がニヤッと笑った。

ここまで読んで頂きありがとうございます。

やっぱり本ダンジョンに潜るまでに、あと2話はありそうです(汗)

ストーリーを省く能力がないのと、エピソードが後から出てきちゃって延びてます……。

早く本ダンジョンに行って、この頭の中のアドレナリンを出したいとこなんですが。

と、言って延ばし延ばしにした挙句、大した事なかったらどうしようという恐れもありますが(泣)

***************************

頭に包帯巻いたターバン猫は、以前見たことがあります。

今回のような悲壮感のあるものじゃなくて。

ある日ウチのマンションに帰ってくると、入り口を横から首を伸ばしている雉猫の後ろ姿が。

なぜか頭半分が白いなあと、だんだん近づいていくと、ハッと気配で振り返った猫の頭にしっかり耳を綺麗に避けてターバンが。

実は包帯だったんですけど、その見事な巻き方とビジュアルについ笑ってしまいました。

猫はサッとその場離れていきましたが、その頃ウチのマンション横の建物の中庭に、雌の野良猫が棲みついていたのです。多分その雌猫目当てに来たのでしょう。

でも実はボス猫もいるんです。あの頭の怪我はおそらくその喧嘩に負けたのでは。

その後もまたマンション入り口を除く雉猫の後ろ姿が。

今度はターバンは外されてましたが、振り返った額に、大きな四角い絆創膏。

あれ剝がすとき痛くないのかなと思いつつ、それでも懲りない雉猫もすごいなと感じ入りました。

そんなに持ててる雌猫は白地に黒まだら模様の、普通の猫にしか見えなくて

猫の美観だと絶世の美女に見えるのだろうかと考えたことがあります。

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