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第138話☆『狙われたポー』



 俺達は2人だけで昨日と同じ『メトカロ・ダンジョン』にやってきた。

 本当はパーティとしての連携プレーを練習するために予定していたのだが、3人は今朝の件でそれぞれ飛び出して行ってしまった。


「練習だけならわざわざダンジョンじゃなくても良いんじゃないのか」

 あの『ペサディリヤの悲劇』を聞いたすぐ後に、こいつと2人きりで来るのはちょっと怖かった。また何か無茶をやらされるかもしれない不安もあったからだ。

 何しろこいつがついているおかげで、俺の運命の設計図はハードモードになっているらしい。運命に影響を及ぼすという守護神が、神界一最凶の奴なのだからもう何があってもおかしくない。

 もちろん当の本人はそんな自覚はないようだが。


「ダンジョンと外じゃ感覚が違うのは昨日で分かったろ? だったらダンジョン内で練習した方がいいだろう」

 確かに、ダンジョン内は魔素どころか空間の感じが違う。昨日は3人がいる手前、探知と雷魔法しかやらなかったしなあ。

「まず、やりづらいのは転移のはずだ」

 崖下の鉄格子を抜けてダンジョン内に入った途端、奴が言ってきた。

「今、ここから外に向かって転移してみろ」

「え、入ったばかりじゃないか」

「そうだ。だがその違いを分かっていた方がいい」

 なんだかよく分からないが、奴がそう言うなら意味があるんだろう。俺は地上のダンジョン入口より少し先の道を外れたところ、なんとか転移できる範囲にある樹々の辺りに、人がいないことを探知で確認してから転移した。


 転移はいつもと変わらずになんなく出来た。樹の陰から入口の方をうかがうと、またぼちぼちとやって来た入場者が番小屋で受付をしていた。

「よし、今度は戻るぞ。さっきと同じ位置にだ。いま入ったから位置はわかるだろ?」

「そりゃわかるけど―――待てよ。なんだか変だな」

 俺は違和感に気が付いた。


 この位置からいま入った一層、特に入口付近辺りまでなら十分に俺の探知範囲のはずだ。

 なのに何というか、ちゃんと視えないのだ。

 いや、視える事は視えるのだが、いつもの感じと違って何か歪んでいる。

 昨日は濃密な魔素は感じたが、ちゃんとダンジョン内でも鮮明に視る事は出来た。

 だが今、外から内部に触手を伸ばすと、あの通路の先から急に、分厚い水槽越しに風景を見ているような感覚におちいるのだ。

 おかげで遠近感というか、空間把握が今一つ定かでなくなった。


「わかったか? こっちからあっちを覗くと軽く眩暈を起こした感じになるだろ。これが空間の違いだ。同じ空間内だとわからないが、違う空間に移動しようとするとその違いに操作が急に難しくなる。今、ダンジョンの扉は開いているから移動は可能だが、距離の測定がやりづらいだろ?」

「ああ、なんだかユラユラ揺れている水の中を覗いているようだ。とりあえず辺りに今誰もいなさそうだからやってみるよ」

 俺は崖の中にめり込まないように、数メートル崖から離れた樹の少ない場所を選んだ。ここならギリギリ跳べる距離だ。


 ズボッと音を立てて、深い草地の上に降りた。本当は地面上に綺麗に出るはずだったのに、何十㎝か上に出現したらしい。なんだか初めて転移を習得した時のようだ。距離感がつかめていないのだ。

「怖っ、まだ広いところだったから良かったけど、これもっと樹が密集してるとこだとヤバいんじゃないのか」

「慣れてくれば少しずつ調整出来るようになってくるさ。それとダンジョン内での転移も注意が必要だぞ」

 相変わらず気配もなく一緒に跳んできた奴が言う。

「ダンジョンの内部は外と比べるといわゆる亜空間だ。だから外と違って、遠距離になればなるほど、間の空間のしずみの差が強くなってくることが多い。そしてそれは一定の流れのところもあるし、ランダムに動く時もある。だからいかにそれに合わせて座標をコントロールできるかが重要になるんだ」


 う~ん、昨日の探知でもそれは感じてた。

 探知の触手を伸ばしていると時々、何もないのに空間が波打つというか、アコーディオンのように蛇腹に縮んだり、または伸びたりしているのを感じたのだ。

 強い魔素が渦巻いているのかと思っていたのだが、それだけじゃなかったのか。

 これは強風の中、的に向かってボールを投げるようなもんだ。そして風は急に向きを変える。

 探知だけならまだしも、直接体を跳ばす転移は慎重にやらないと、下手すれば命取りになっちまう。今まで距離を伸ばすことばかり意識していたが、またあらためて基本からやり直しだな。


「今日はアイツらもいないし5層でやってみるか。層によってひずみや歪みも変わってくるしな」

「5層?! なんでいきなり最深部なんだよ。まだ1層だって完全には攻略してないのに。それにここの魔物は最高Cランクなんだろ。仮Dの俺に相手出来るかどうか……」

「伏竜相手にした奴が何言ってる。それに今ここにいる敵はCランクどころじゃないぞ」

「なにっ?」

「うっとおしい虫がくっ付いて来てるんだよ」

「えっ、気がつかなかった。それって例の『憑りつき虫』か? なんだよ、気がついてるなら取ってくれよ」

 俺は自分の体まわりをとっさに見まわした。背中側は見えないので探知したが、葉っぱ1枚ついてない。

「鈍いなあ、その虫じゃないんだが……まあわからなくてもしょうがないか」


 フッと体のまわりの気配が変わった。奴の姿が見えなくなった。そして俺自身も。

『(じゃあ跳ぶぞ。そうすりゃ綺麗に剥れるしな)』

 わざわざ隠蔽をかけてから跳ぶのか。あたりに人の気配はないのに、テレパシーまで使って今日は慎重だな。

 俺達は5層まで跳んだ。


***********************

 

「またあの亜人たちが来たのか?」

 秘書室で執務を行っていたベックマンは、書類から目を離して片眉を上げた。

「いえ、今日はヒュームとその従魔のみです。アメリの兄のレッカとかいう」

 用心棒にもなりそうなガタイの良い上背の執事が答えた。

 先ほど例の使用人たちに、面会をしにやってきた者がいると報告しに来たのだ。

「もちろん追い返したのだろうな」

「はい、もちろん言いつけ通りに庭にさえ、一歩足りとも入れさせませんでした」

「そうか、ならいい」

 ベックマンはまた書類に目を通そうとしてふと手を止めた。


「待て、その従魔だが、どんな獣だ?」

 踵を返して部屋を出て行こうとした執事は振り返った。

「山猫です。あれは確か蔓山猫です」

「蔓山猫……」

 ベックマンは口の中で呟いてから、気になる事は思い出した。

「そいつは前回の面会の時にも一緒にいたのかね?」

「前回ですか? 私は前回会っていないので定かではありませんが、多分連れてきたと思いますよ」

「何故?」

「アメリが時々、屋敷の外でその山猫に会っていたのを見た事があるからです。おそらく彼らの飼い猫だからしょう。良く懐いてましたから」


 執事が部屋を出て行った後、 ベックマンは左眼窩にはめていた片眼鏡モノクルを外した。

 そして革張りの背もたれに寄りかかると、小さな声で誰に言うとなく独り言をしだした。

「それでわかったぞ。前回、見張りのいる中でどうやって秘密が漏れたのか……」

 ひじ掛けをコツコツと指で叩きながら、斜めに天井の隅を見やりながらなおも続ける。

「蔓山猫……か。こいつを使ってまた探りを入れて来ると少々目障りだな。しもの使用人たちからは大した情報は得られんだろうが、気分の良いモノではなし……」

 ベックマンは1つ息を吐くと椅子から体を起こした。

「可哀想だが少々早く、飼い主より先に逝ってもらおうか。不穏な要素は取り除かねばなるまいから」

「御意にございます」

 椅子に座るベックマンの、床に落とす細長い影から微かに声がした。 


***********************


 5層は1層と比べると確かに違っていた。

 同じく魔素はもちろん濃かったのだが、それよりも空気が違った。

 1層はどこか植物園のような青臭さがあったが、ここは何かの果樹園のように甘い匂いが漂っている。それは所々で急に強く漂ってきて、つい沢山吸い過ぎてしまうとその香りに酔ってしまいそうになる。

「これが魅惑臭を放つ魔素だ。どちらかというとここでは人間より魔物に強く作用する」

 ここ『メカトロ』は5層が最深部だ。だからこの一番奥に魔物たちがやって来るように、甘い誘惑の魔素でおびき寄せているのだ。人間でも長くいると頭をやられてきそうだ。


 俺はここで主に転移の練習をしていた。

 常に索敵しながら、魔物が近づいて来たら転移で逃げるやり方をしていた。

 確かに奴の言う通り、飛ぶ先の位置を決めるのがやりづらい。だが、目に見えている場所へは、遠くても比較的やり易かった。

「それは座標として何メートル先という位置決めじゃなく、そのまま見た目の固定したポイントになるからだ。その仕組みを利用して、こういうダンジョン内には緊急脱出ポットがあるぞ」

 シダの絡まる樹々の中を抜けながら、小屋のような大岩の前に来た。


 そこには鉄格子の扉がはまった穴がポッカリと開いていた。鉄格子の中に手を入れると、内側のレバーを引いた。

 鉄格子がゆっくりと上に上がっていく。

 なぜ外にレバーが無いのかというと、魔物がうっかりとぶつかりでもして、開かないようになっているのだ。これはあの1層の出入り口でも同じ作りになっている。


 内部は3mくらいの高さの黒っぽい岩壁で、天井にびっしりと魔法式が彫られていた。

 奥にはトンネルがあり、上向きのスロープがある。どうやらここは4層から出入りするための通路のようだ。ちなみにここは人用に整地された場所で、普段魔物たちが通る、階層を繋ぐ通路はまた別にある。それは樹の洞だったり、茂みの下に隠れた落とし穴だったり、一種のトラップのように気を付けなければいけない存在だった。

 俺たちは転移でそれをすっ飛ばしてここまでやってきたのだ。

 そしてこの岩の中の床には魔法円が描かれていた。

「以前も見た事あるだろ。これは転移式の魔法円だ」

 ナタリー奪還の際に、あの無茶振りでアグロスまで跳んだ時に使ったヤツか。あの時のほど大きくはないが、直径はおよそ2mくらい、書き込まれている模様のような魔法式が似ているような気もする。

 と言っても俺は魔法式はさっぱりわからないので、これが悪魔でも召喚する魔法円だと言われても納得するだろう。


「この魔法円で跳ぶ場所は固定されているんだ。中央の眼に魔力を流して見てみろ」

 俺はそっと円の中央に描かれた眼に手を当てて、少し魔力を流した。

 頭の中にどこかの部屋らしき光景が浮かんでくる。

 壁に窓はないが、ランプが灯されている。1面の壁にここと同じような鉄格子のドアがはまっていて、その外から人の話し声がかすかにする。どうやらエントランスホールのどこかにこの部屋はあるらしい。

 そして自分が見ている位置の足元には、ここと同じような魔法円が描かれている。


「向こうにも魔法円が描いてあった。向こうからこっちにも跳べるのか」

 俺は手を離して顔を上げた。

「いや、ここのは一方通行だな。A⇒A´ のように紐づける為に、あちらも魔法円が描いてあるんだ。こうする事によって、たとえ距離が変わっても転移ポイントが変わらないから、少しくらい空間が歪んでも確実にもう1つの場に跳べるようになる。双方向性の魔法円を置くところはもっと階層の深いところだな」

 ダンジョン内の階層を繋ぐ通路は、エスカレーターのようにすぐ傍に次の通路があることはほとんどない。

 それぞれの階層を獲物に素通りせずに、彷徨ってもらいたいからだ。

 だから万一の場合こうして緊急脱出スポットとして、深い階層には魔法円が設置されていることがある。もちろんこれを動かす魔石やエネルギーは別途必要だが。


「魔石って用意しておいてくれないのかよ。無かったら脱出できないじゃないか。後払いとかじゃダメなのか」

 日本じゃ山小屋とかに、非難者用の最低限の缶詰とか暖房器具があるって聞いたことがあるのに。

「そんなもの置いといたら盗まれるだけだろ」

 奴が何を言ってるといった顔をした。

 ううむ、世知辛いなあ。でも地球でもそういう備品が盗まれたっていう事件があるから、その点はこっちが特に治安が悪い訳じゃないのか。


 そう思いながら俺が壁に貼ってある、魔法円を使用する際のエネルギーの目安の測定方法が書かれたプレートを見ていると、奴がチラッと階層通路の方を見た。

「蒼也、とりあえずここを出るぞ」

さっさとレバーを引くと、鉄格子を開けて外に出て行ってしまったので、閉まる前に俺も慌てて外に出た。

 俺が格子を小走りに抜けると、奴はサッと石壁に寄った。後ろでスルスルと格子戸が降りていく。


 バッと奴が格子戸の前に素早く動いた。同時に何かを掻き抱くような仕草をした。

 次の瞬間、奴に頭と首をがっちり固められた、赤毛の女が姿を現した。

「えっ⁉」

 驚愕で大きく開かれたマリンブルーの瞳と目が合った。

「あっ、よせっ! ヴァリ―――!」

 俺が叫ぶのと、奴が彼女の首を右に捻ったのはほぼ同時だった。

 そのまま女は糸の切れた操り人形のように、草地の上に倒れ込んだ。


「ヴァリアァァスッ!! あんた何してるんだっ!?」

 すぐに女のところへ走り寄った。女は空に顔を向けながら、微動だにしない。開いた眼の瞳はぐりんと上向きに止まったまま。

《 呼吸停止 第6頸椎の…… 》


「何てことするんだっ! 女相手にっ」

 俺は怒りで立ち上がった。

「敵に、女もクソもあるかっ! コイツはお前に悪意を持って近づいてきたんだぞっ」

「だからってすぐに殺すなよっ」

「まだ死んでねぇよ。ほっときゃ死ぬが」

 奴はそういうと女に屈みこみ、両手でその頭を掴むとグキンッと左に捻った。途端に女が咳き込み始めた。

 生きてたっ! 


「キャッ!」

 頭を動かそうとした女の顔を、奴が大きい手で抑え込むとそのまま地面に押し付けた。

「またっ!」

「だから殺してねぇって。眠らせただけだ」

 手を離すと女は目を閉じて再び動かなくなった。

 一応また解析すると気を失ってるだけなようだ。俺は少しホッとしたのと同時に混乱した。


「一体、何なんだ……」

「言ったろ、虫がついてるって。昨日からコイツらが遠巻きにオレ達にくっ付いて来てたんだ。今日は調子に乗ってこんな側まで来やがって」

「昨日から? こいつ等って、この女だけじゃなく?」

「複数いたぞ。今日はオレ達がバラけたから、こちらに1人で来たみたいだが」

「俺たちにって―――パネラ達にもか?」

「当然だろ。秘密を知ってるんだから、監視くらいするだろ。転移で一度撒いたが、性懲りもなく追っかけてきやがって、うっとおしいんだよ」

 そうか。1層で奴が言ってたのはこの事か。

 さすがに、落ち着かなくなってきた。


「ヴァリアス、他の皆はこの事知ってるのかな? もし知らないのなら……」

「そりゃさすがに感づいてはいるだろうな。どいつが監視者か分からないかもしれないが」

「うう~、今日はもう帰ろう。ちょっとこの事を皆に連絡したい」

 そう言いながら俺は女を抱きかかえた。

「どうするんだ、ソイツ?」

「外にほったらかしにしておけないだろ。魔物だってこの近くに来るだろうし」

「相変わらず甘いな、お前」

 

 両手が塞がっているので、空気圧でレバーを下げる。

 格子戸が上がっていくのを見ながら、ふと角度によって女がちょっとだけ、リリエラに似ていると思った。不味い、思い出しちまった。


 岩場の床に女を下ろしてから、あらためて4層に向かう通路を見る。

「ヴァリアス、急ぐからさ、1層まで跳んでくれないか?」

「自分でやってみろよ。いい練習になるだろ」

「自分で出来たらこんな事頼まないよ。階層ごとの跳び方がまだ出来ないんだよ」

 そうなのだ。地上と1層の間だけはなんとか出来たのだが、ダンジョン内での階層から階層への転移が不確かで上手く出来ないのだ。

 どっちも海上に漂うビニールボートの上に立っているような感じで、ジャンプも着地も両方不安定な感覚が、余計に跳び方を下手にしている。

「じゃあ1層づつまわるしかないな。探知で出口を探してそこまで転移すれば、最低4回転移で済むだろ?」

「このぉ、急いでるってぇのに~」


 結局地上に戻るまでに1時間以上かかってしまった。

 くそ、疲れた。護符から魔力が戻ってきても体力までは戻らない。奴が体力を復活させてくれたが、気力だけは元通りにならない。もうこの湧き水くらいじゃ無理だ。

 ひとまず下宿に戻ろう。もう昼過ぎだし、腹も減った。

 俺には癒しが必要だ。ポーに触りたい。あの大きいけど真ん丸の頭を撫でたり、お腹をもふりたい。

 それに皆に監視がついている事も伝えなくちゃな。

 段々と大きく見えてきた市壁を見上げながら、これからする事を色々考えた。


 そんな殺伐とした雰囲気を追い払うように、街中は相変わらずの賑わいだった。

 あー、あっちの大道芸なんか面白そう。こっちのマジックもどういう仕掛けなんだろう。じっくり見たいけど、今はひとまず急がないといけないしなあ。

 俺はあちこちに気を引かれながら、沢山の人の中を下宿に向かって歩いた。


 ふと、今まで初めて視る紙吹雪を発見した。すかさず風で引き寄せてゲットする。

 1等だ。やっと1等を視つけた。景品は確か『グリーンボア』、山猫の好物とレッカが言っていた。

 これでポーに手土産が出来た。

 フフッ、食いしん坊のポー、喜んでくれるかな。俺は先程の、監視されていた一件の不安が一気に上書きされて、なんだか楽しい気分になってきていた。

 後で奴に言われたが、あの5層の魔素にやられて、軽くハイになっていたようだ。


 途中、大きな川を渡るため橋を通る。 

 ここでも橋の通行税がいるのだが、橋の上も通りのように、人がぞろぞろと通っているのが遠くからでもわかる。ただ、不思議に思ったのは、皆、端を通らずに中央を歩いていることだ。

 ふと耳を澄ますと『端っこに近寄らないでくださーい、欄干に近寄らないでー』と橋番が声を上げている。

 なんだ、一休さんのとんちじゃあるまいし。

 俺はまだこの時、こんなおちゃらけた事を考えられるくらい、緊張感が足りなかったのだ。


 歩きながら川面を見ると、何艘かのボートが浮かんでいた。乗っているのは黒とグレーのサーコートに『†』模様の警吏と、ボートを操作する水使いの船頭だ。

 他の船も皆、警吏が乗って何か水の中を注視しているようだ。

 確か船でもパレードが橋下を通るので、何か警戒しているのだろうか。


「ちょっと、端には近寄らないで!」

 いつの間にか欄干寄りに歩いていたらしい。橋の上で警備していた警吏に注意された。

「何かあったのか?」

 ヴァリアスが聞いた。

「ああ、珍しいがロックランチャーが出たらしい」

「ロックランチャー?」

 俺は聞き返した。


「肉食魚の一種だ。口に含んだ岩や石を水と共に高速で吹き飛ばして、水面より上にいる鳥や小動物とかを、水の中に撃ち落として捕食する習性がある魔魚だ。普通はもっと海よりにいるんだが、ほんのたまにこうして川を下って来ることがあるんだ」

「ふーん、鉄砲魚みたいなもんなのか」

「もっとデカいぞ。大体これくらいの石を飛ばしてくるからな」

 と、ヴァリアスが手で野球ボールくらいの大きさを示した。

 うわぁ、それはちょっとシャレにならないないぞ。そんなモノ当たったら大怪我どころじゃ済まないかも。


「魚影を見たという目撃証言もあるが、おそらく1匹だけだと思われる。何しろ水中から飛ばしてきたのは1発だけだったからな。もうここにはいないかもしれないが、念のためこうして警戒してるんだ」

 それから、さあ、あまり立ち止まらないでと警吏が促した。

 俺も歩こうとしたが何かが引っかかって、また足が止まった。


「それで誰も怪我人は出なかったんですか?」

「ああ、人には幸いな事に出なかったよ。ただ、通行人が連れていた従魔が可哀そうに、頭をカチ割られた。運悪く欄干を歩いていたようで、的にされたんだろうな」

 そう言って警吏は、きらめく川面の反射が眩しいように目を細めた。

 うわ、頭をかぁ、それは可哀そうに。でも魚の餌にはならなかったのかな。落ちてたらそれこそヤバかったんだろうけど。


 欄干を歩くような従魔……。

 魔素の毒が消えて、俺の頭の中をザワザワと不安の闇が広がってきた。



ここまで読んで頂きありがとうございます!

なかなか本ダンジョンに潜るとこまで行きません(汗)

たぶんあと2話くらいは……。

どうかこれに飽きずにお付き合いお願いします(ぺこり)

次回は、さすがに蒼也怒ります。

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