第137話☆『ペサディリヤの悲劇と新たなる不安』
相変わらずエピソードが増えてしまい、切りが悪くて
今回も1万字越えてしまいました。
お時間のある時にどうぞ。
2つの月と無数の星たちが空にハッキリと姿を現す頃、下界の町ではパレードが明るく街の壁を照らしていた。
4頭の赤毛のバッファローのような巨大な牛達が、大きなメリーゴーランドのように回転する発光体を載せた箱車を引いていく。牛の頭から突き出た逆S 字状の太い角は、深紅色で光を受けるたびにぬらぬらと濡れたように艶めいて見えた。
3本の塔のような発光体は発光石の集合体なのか、ところどころの面や角度によって、それぞれ7つの色を発光している。
その塔のまわりを薄い金属板で型取った、動物や道化師の切り絵が、放射状にモビールのごとくぶら下がって吊るしてあった。
建物や橋・石畳に、その塔が発っする7色の光と共に切り絵の影が、大きくまたは小さくと投影されていく。
だがそれはただの影のはずなのに、回り灯篭のようにまわるだけではなく、ときに滑稽にまたは自由奔放に跳ねまわったり、声なく笑ったりした。
影が光から遠くなったり、近くなったりしてるだけのせいではないようだ。
「あれは闇使いだ。ほら、あの塔の側にいる黒いのがそうだ」
そう言われてよく見ると、箱車の縁まわりにも、黒い切り絵が模様のようについているのだが、その隙間からチラチラと黒くユラユラ動く物体があった、
頭から黒一色で艶々した布をすっぽり被った、シーツのお化けのようなのが何体かいる。あれ人か。
あの人達が影絵を動かしてるのか。
「影だけじゃないぞ。あの車を引いている、クリムゾンブルもだ。あれは傀儡獣だ」
「え、あの牛たち、従魔じゃないのか?」
「あれは本来凶暴な種だから、従わせるのは難しいぞ。それよりああやって傀儡にしたほうが扱いやすいからな」
そうなのか。しかし従魔ならともかく傀儡ってのはなぁ。
でも闇魔法って怖いイメージしかなかったけど、こうやって影絵としての用途もあるのか。要は使い方次第なんだな。
俺はその色とりどりの光と影が、街を幻想的な姿に変えていくのを、探知で痺れた頭を冷やすように魅入っていた。
あれから2等をまた1つ、3等を4つ見つけた。2等は奴の肴にするので渋々交換したが、3等は取ってから近くにいる子供の顔の前にわざと飛ばした。交換しなくてもせっかく視つけたのだから、有効活用はしたい。しかしさすがに疲れたのでここで一休みしていた。
眼を使ったわけじゃないのに、集中すると瞬きが減るのか、なんだか目もしばしばする感じがしばらくしていた。
俺はホテルのような大きな宿の玄関前、広い階段に座ってパレードを見ていた。奴は鉄製の柵に寄りかかって隣に立っている。
目の前を行く人達をぼんやり眺めながら聞いてみた。
「そういやさ、さっき言ってた『昔の惨劇』ってなんだい?」
楽し気に行き交う人々の手前で、こんな事を聞くのもなんだか妙な気もするが、やっぱり気になる。
「昔186年前にここより東南にある他所の国で起こった事だ。今より情報網は発達していなかったが、王族も巻き込んだこともあって、国から国へと伝わっている。
それだけセンセーショナルな事件だったんだよ。人間どもにしてみりゃな。
オレ達からしてみれば当然な成り行きだったが」
「前置きはいいから、さっさと教えてくれよ。ダンジョン絡みの件なんだろ?」
俺はペットボトルの水を飲みながら聞いた。
「その国でな、ある中規模のダンジョンを潰したんだ」
ヴァリアスが話し出した。
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「ゲルルフのおっさんが知ってたよ。『ペサディリヤの悲劇』ね」
朝から奴とはるように、オークのサイコロステーキを食べながらパネラが言った。
次の日、今度はあのダンジョンの2層に行ってみようという話になって、朝からパネラとエッボの2人も下宿1階の食堂にやってきていた。スゴイ人混みで、鎧等の荷物をレッカの部屋に置いてきた事もきっかけのようだ。
昨日別れたあと、ジゲー家の情報収集と共に、奴が言った『惨事』の話を年配のドワーフから聞いてきたらしい。
「お前達ハンターのくせに本当にこの訓話を知らなかったのか」
ヴァリアスがちょっと意外だといった顔をした。
「ごめんね、兄さん。あたい達はまだ100年生きてないし、他所の国には行った事ないんだもん」
別に悪びれずにパネラがケロッと言う。
「いや、おいらは100越えたけど、具体的には知らなかったなぁ。名前だけはうっすら聞いたことあるけど、おいらが生まれる前の他所の国の出来事だしね」
なんか普通に言ってるけど100年基準ってなんかすげえな。
「ったく、そんなんだから、同じ過ちを何度も繰り返すんだ。老人はテラスで居眠りばかりしてないで、昔語りしてろってんだ」
ブツブツ文句言う奴に、軽く肩をすくめている若者のパネラ達。いや、若いのか?
「それ、僕も知らないんだけど」
川魚フライのホットサンドを頬張りながら、レッカが聞いてきた。
「国の名前はなんて言ったかな。オヤッさんもあんまり小さい頃で詳しく覚えてないって言ってたけど」
彩り鮮やかなサラダスープをスプーンで掬いながら、エッボが話す。
「『ペリグロソ』だ。今は政権交代して名前が『アファブル』となってるとこだ」
ヴァリアスの言葉に3人とも一瞬口をつぐんだ。
「なかなか物知りだね、兄さん。もしかして見かけより年取ってるの?」
少し奴に慣れてきたパネラが、ちょっとイタズラっぽく聞いた。
はい、古代竜よりずっと長く生きてるよ。
「別にそんなこと関係ないだろ。そんなの伝承本にも載ってるぞ」
あんたは本で得た知識じゃなくて、どうせ直接見たんだろ。
「んで、話戻すと、その『ペリグロソ』? の国のペサディリヤ地方にあったダンジョンで起こった事件なんだって」
そう、そこは元々、人間用というよりも魔物や獣たちを対象にしたフィールド型ダンジョンだった。だから自然と出来た魔石などが見つかる事はあるが、基本、人間たちの目指すお宝はなかった。
それでも珍しい果実を実らす植物や、たまに希少価値のある魔物などが生息していたため、一部のハンターや猟師たちが出入りしていた。
が、ある時、そこの領主である地方貴族―――王族の遠い親戚筋にあたる―――が、それをもっと有効活用したいと考えた。
この時代すでにダンジョンが魔物が棲むただの洞窟ではなく、生息する生物の生命エネルギーを糧にした一種の魔物のようなものという理論はあった。そこに出来る宝が獲物を呼び込むための餌だという事も。
ただ魔物という変則的に動く存在というよりも、魔場とした亜空間的認識が強かった。
このままダンジョンを遊ばせておくのは勿体ない。一部の者が狩りして得られる魔物や魔石くらいでは、このダンジョンの管理に要する諸々の費用を考えると、ほとんど利益が得られていないと考えられた。
もっと人間用の宝が出現するようにならないと。
辺境貴族とはいえ、家系に王族の血が入っている家柄に相応しい、優美で豪華な暮らしを維持できなければ、王都どころか都市部の社交界に顔を出すことも憚られる。
実際、その当時の貴族の内情は、ちょっとした大きな町の豪商より劣っていた。資産を豊かにしていくどころか、どんどん喰い尽くしていく没落貴族だったのだ。
「で、ダンジョンを改造しようとしたらしいんだよね。動物用から人間用にね」
「そんなこと出来るの?」とレッカ。
「だから中の獲物を入れ替えたんだよ。中にいた魔物や動物を全部抹殺してね」
パネラがわざとらしく口をへの字にしながら言う。
「代わりに人間の奴隷を放り込んだの。その数が約1,500人」
そうして最後の1人が奥に追いやられたあと、ダンジョンはあの『アジーレ』のように入口を封鎖された。
なぜ奴隷だったのか。
道徳的にせめて極悪人とかにすればいいのにと、俺は思った。
だが、そうすると抜け出す者が出てくる可能性があるからだと奴が言っていた。
罪人の中には能力者も少なからずいる。個々の管理と魔法耐性のある監獄ならまだしも、こんなとこでは管理しきれない。
そんな奴らが万一、外に野放しにでもなったら大変だ。
だから力の少ない一般的な奴隷が選ばれた。
「3年間、そのダンジョンに住んだら、奴隷から解放して自由民にする約束をしてね」
1年では改造に短い気がする。5年では長すぎるし、そんなに待てない。だから3年という期間で試されることになった。
「ふーん、3年はちょっと長い気もするけど、中にもう魔物もいなくてなんとか自給自足できるなら悪くないのかなぁ」とレッカが呟いた。
「あたいはヤダね。だって魔物どころか、小動物もいないんだよ。お肉無しなんて」
「おいらは全然平気だけどね」と草食獣人のエッボ。
もちろんダンジョン蠕動は起こった。内部の生き物たちを惨殺した時に3度、その後奴隷たちを送り込んだあとも数回それは起こっていた。その地鳴りは森を挟んで隣の村まで響き聞こえてきたという。
はれて3年たったある日、再びダンジョンの入口が開かれ、新しい外の空気が入れられた。
中には念のため、やはり奴隷が数人、最初に様子を見るために入れられた。
待つことおよそ1日。泥まみれで出てきた奴隷たちは、入った時とは打って変わって、どこか夢見るような楽し気な顔をして、そうして手に手に握ってきた物を入口前で待っていた兵士たちに見せた。
それは雫型をした見事なクリムゾン・ルビーや真っ赤な柘榴石。原石のままではなく、明らかに加工・カットした造りをしていた。これが偶然出来た代物でないことは疑いようがなかった。
ダンジョンは人間用に生まれ変わったのである。
「凄いね。そんな風にダンジョンを改造出来るなんて」
レッカがその琥珀色の瞳を輝かせながら感心した。
「フン、人間ふぜいが思い上がりも甚だしいんだよ」
カンッと音を立てて、奴がジョッキを置いた。
「うん、兄さんの言う通り、人がやってはいけない事だったんだよ。地の神様の怒りに触れたのさ」
見事な変貌を遂げたダンジョンを見に、お供を連れた貴族がやってきた。まずは領主がその晴れやかな第一歩として足を踏み入れるのが似つかわしい。(先に斥候として入れた奴隷の件は無かったことにして)
先にダンジョンに入っていった、あの福顔の奴隷たちも連れて、500人の家来と共に悠々と入っていった。
もしかするとトラップがあるかもしれないので、先を奴隷たちに歩かせたが、まず魔物の心配をしなくて済むので、それも油断に繋がった。
「動いちゃったんだって」
「また蠕動が?」
「ううん、蠕動どころか、移動しちゃったんだって」
パネラがホップバードの目玉焼きの黄身をフォークで突っついた。中からトロっと真っ赤なとろみが漏れだした。
そう、領主が家来共々、ダンジョン奥深くに入り込んだあと、急にダンジョンが動いたのだ。
それはあたかも砂の中に潜んでいたアンコウが、口の中に迷い込んできた小魚を逃がすまいと、口を閉じるように、洞窟の入口が陥没した。
そしてそれはまさしく土中に潜るがごとく、地中深くそのまま移動してしまったのだ。
「3年間も新たな餌が入って来なかったんだ。空きっ腹にいきなり食べ物入れたら、反射的に全部取り込もうとするのは当たり前だろ。久しぶりの獲物が逃げられないように、一旦潜っちまったんだよ」
ヴァリアスが見てきたように言う。いや、生で見てたんだろうけど。
そうなんだよねと、エッボがベストのポケットから少しよれた小冊子を出した。
「ダンジョン扱いの手引きにある、『極端な内部の駆除、または殲滅をする際、大蠕動、及び変動に注意すること。また一度に大量にエネルギー源を投入するのもまたしかり』って注意喚起事項の起因になってるみたいだよ」
パネラが話を引き継いだ。
「結局、その移動先を探し出して、領主を救出出来たのは7日後だったんだって。助けた時にはなんとか生きてたけど、よっぽど怖い目にあったのか、とてもふさふさして豊かだった髪の毛がほとんど残ってなかったんだってさ。お供の家来たちもほとんどいなくてね。生きて見つかった者も2度とまともに話せなくなっていたらしいのよ」
「うわぁヤダなぁ、そんな目に遭いたくないよ、僕」
レッカが顔をしかめる。
「だからそうやってダンジョンをいじる時には、必ず土魔法の使い手を配備してダンジョンを抑え込むんだよ。エネルギーが極端に上下しないようにもね。そうやってダンジョンの動きを緩慢にする処置を取らないといけないんだ。実際、今度のイベントでも土魔法のエキスパートを手配してるらしいよ」
だからそう、心配しないでとパネラが言った。
「ところで、始めに改造のために入った、奴隷の人達はどうなったの? 1,500人もいたんでしょ」
俺も聞いてみた。
「あ、そうだよね。そういやゲルルフのおっさんもその事については、何も言わなかったね。どうしたんだろ?」
「3年も経ってたんだから、みんな結局死んじゃったんじゃないの? やっぱり並の人間がダンジョンに3年間もいるのは長すぎたんだよ」
パネラもエッボも深く考えずに、そのまま言葉を滑らしていく。
俺も始め単純にそう思ってた。
どうやら彼らの事はほぼ言い伝えられていないようだ。
だけど俺はヴァリアスから聞いていた。
「奴隷たちは閉ざされた世界で、互いに殺し合ったんだ」
昨夜、あの優美で夢のようなパレードの光を浴びながら、奴が重い真実を口にした。
「全員がエッボのような草食系だったら、そんなことは起きなかったかもしれん。
だが、実際に投入されたのは、一般のヒュームや亜人だ。
生まれながらの奴隷だったら、肉の味なんか知らなかったかもしれないが、この間まで普通の生活をしていて借金で堕ちてきた者や、中には肉食系獣人までいたんだ。
そんな奴らが食べられる植物はあっても、肉が一切ない世界に放り込まれたらどうなると思う?」
それは事故だったのか殺されたのか、とにかく段々と膨れ上がった不満でギスギスした雰囲気になっていくなか、1人が争いの最中に死んだ。
その肉は本来、ダンジョンの地に栄養として吸収されていくはずだった。
が、それを誰かが喰った。
とうとうタガが外れてしまったのだ。何しろここは警吏も法律も、自分達を縛る主人もいないのだ。 元々食べ物以外の事でも何か諍いがあったようだが、とにかくこれが悲劇のきっかけとなった。
「そうか、それで皆いなくなったのか」
不謹慎だが、なんだかマザーグースの『キルケニーの猫』を思い出した。
お互いを喰い合って最後に尻尾しか残さなかった猫2匹。今回はその尻尾さえも消えていたようだが。
「いや、いなくなってはいなかったぞ」
パレードの明りが遠のき、建物のまわりが街灯と窓の明かりだけになった瞬間、奴の銀色の目がぼうっと薄闇に浮かび上がった。
「奴らはグールとレイスになったんだ。こんな目に遭わせた領主たちを恨みながらな。
肉を喰い合った者はグール、殺されて食べられた者はレイスになってな。
生物ではなくなったが、魔物としてのそのエナジーと、残った植物たちの発する生命エネルギーでダンジョンは辛うじて生きてたわけだ。
再び獲物が入って来るのをじりじりと待ちながら」
もうそんな話を聞くと、気軽にダンジョンなんか入れない……。
それに考えてみたらちょっと違和感があった。
あの封鎖後初めて入った奴隷たちが、夢見るような顔で出て来たという点。
宝石とかを見つけて嬉しいさまのように単純に語られているが、実際はこれも違うらしい。
彼らはレイスに憑りつかれていたのだ。
レイス―――俺が会いたくない魔物のワースト5に入る奴だ。
グールだのゾンビだの、とにかくアンデッド系は厄介そうだし、何より怨念絡みっぽいのが怖い。
真っ先に乗っ取った奴隷の記憶から、とうとう復讐の時が来たことを知った幽鬼どもは、ダンジョン内では全く何の価値もなかった宝石を、その傀儡に持たせて領主たちをおびき寄せる罠をはった。
自分達を縛っているこの怨嗟の呪いを解き放つ、喜びに笑みを浮かべながら。
そうして領主と家来たち何人かはなんとか生きて見つかったようだが、本当は髪の毛が抜けるとかそんな生易しいモノじゃなかったようだ。
俺はあえて聞かなかった。
彼らがその7日間に自分達を恨んでいるレイスやグールから、どんな目にあったかなんて聞きたくなかったからだ。
「当時の全容を知っている者も少なかったが、貴族の、強いては王族の恥にも繋がりかねなかったからな。
大勢のアンデッドハンターや聖職者を投入して、ダンジョンを浄化、一掃して証拠隠滅しちまった」
だから黒歴史は語り継がれることもなく、闇から闇へ消えていき、もう知る者はいないだろう。
この人外以外には。
「ところでパネラ、さっき土魔法使いが手配されていると言ったな」
奴が話を変えてきた。
「ん、そうだよ。だってこういう風にダンジョンをいじってる時は、さっきみたいな事が起こらないように制御しないと危ないでしょ。どこでもやってる基本だよね?」
「お前確か土魔法が使えるはずだよな。何かそれで感じないのか?」
「え? 何かって……。う~ん、あたいはどっちかっつうと、土壌操作より金属系だから土自身はあまり得意じゃないんだよねぇ」
エヘヘと軽く笑いながら、最後のひと口をパクリと食べた。
「ったく、しょうがねぇな。蒼也、お前は何か気付いたか?」
「えっ、今度は俺?」
「お前はこっちに来て日は浅いが、一度、土魔法でそれを目にしているはずだ。気がつかないか?」
そう俺の方に向き直った。
俺が見た事がある? 何をだ? 今回の事と関係のある土魔法。物を探す……。
「あっ!!」
思い出した! そうか、あの地豚狩りの時だ。あの時もサーチャーを入れた班を組んで、地豚と落ちた牙を探したんだ。
だけどサーチャーの探知以外にも、探し方があった。
ラーケルのアイザック村長が見せてくれた、探知の方法。土に触手を這わせて、土中や土の上の物を感知するやり方。土に接していれば土魔法能力者なら探す事が可能だ。探知能力者がいなくても。
その手があったかっ!
俺がそれを話すと、3人の目がみるみる大きくなった。
「大変だっ! ジゲー家がそのつもりなら、僕たちに勝ち目が……。いや、まだわからないし、でもどうしようっ!」
レッカが一瞬腰を浮かせたが、また座って頭を抱えた。
「くそぅ、情けないっ。土の信徒としてあたい失格だよ……」
パネラが悔しそうにカップを握る。鉄製のカップがミシミシ音を立てた。
「……魔法使いのおいらも考えてなかったよ……」
エッボが項垂れる。
「工夫する意識が足りねぇんだよ。基本的なことばかりパワーアップすることしか考えてねぇんだろ。最近は人から教わったことだけやって、自分で創意工夫する努力をしない奴が多過ぎる」
ギシッと音を立てて背もたれに奴が寄りかかった。
「まっ、その点お前は良くやってるよな」
そう言って俺の頭をポンポン叩いた。
「やめろよ、子供扱いすんなって言ってるだろ」
俺は奴の手を払った。特にこんな時に言うな。
しかしエライ事になってきたな。相手がそれに気がついてたら、一気に向こうが相当有利になってくるはずだ。
「相手は、ジゲー家はそのやり方に気がついてるのかな?」
「そりゃ分かってるだろうよ。おそらく家臣の中にも何人かいるはずだ。土系の奴らは基本、力の強い奴が多いから警護向きだからな。」
「でも、今あんたが言ったみたいに、そういう方法を知らない可能性もあるんだろ?」
「多分それはないな」
一気にあおって空にしたジョッキを、音をたててテーブルに置くと
「曲がりなりにもこんな盛大なイベントのできる財を持つ豪族だ。そんな金持ちがいくら優秀でも、そこら辺の平民を家臣としては使わないだろ。よっぽど信用とかない限り。大体そういう奴らは大学出のエリートを雇うんじゃないのか」
「それが……?」
「ちょっとは考えろよな。大学にはそれなりに各エキスパートの教官たちがいるだろ? そんな四苦八苦して編み出さなくても、先公が丁寧に色々教えてくれるって訳だ。出来るかどうかは本人次第だが、まあ少なくとも知識ぐらいはあるだろうな」
「ごめん、ソーヤ! 今日のダンジョン行きは無しだよっ」
ガタンっとパネラが勢い良く立ち上がった。
「兄さん面目ないっ。だけど教えてくれてアリガト! ちょっとその件調べてくるよ」
急いで出て行くパネラを追って、慌てて頭を下げてエッボも出て行った。
残されたレッカはちょっとオロオロしていたが
「そうだっ、僕もなんとかしないと」
急に立ち上がると
「僕もちょっと出かけてきますっ。夜また会いましょう」
慌ててるせいで、口調が敬語に戻っている。そのまま階段をかけ上がっていった。
「アイツらは反省するだけまだマシだが、努力しない奴に限って、魔法にも限界があるって安易に言う奴がいる。てめえが見つけられないだけなのにな。だから魔法文化が行き詰っちまうんだよ」
エールの追加しながら奴が毒づいた。
「ただ、あのラーケルのジジイは、ハンターとしての生活の中で探り当てたようだがな。自分の少ない能力をフルに生かすために」
「あんたもっと早くから分かってたんだろ? どうしてすぐに教えてくれないんだよ」
2人だけになったので俺は文句を言った。
「始めに何度もヒントになるように突っ込んで聞いてやったろ。それで気がつくのを待ってたんだが、誰も気がつかねぇ。本当はそのまま放っとこうかと思ったんだが、お前が絡んじまってるからな。しょうがないからこんなに優しく導いてやったんだよ」
わざとらしく奴が肩をすくめる。
「なんだよ、さっさとストレートに教えてくれよ。まわりくどいんだよ」
「これでも譲歩ギリギリなんだぞ。あんまりやると運命の奴らがウルサイからな」
うぬぬぅ~、毎度の事ながら神界の決まり事も面倒だな。だけど奴がいなきゃ確かにこのまま知らないでいた可能性が高かったんだ。当日になって慌てるよりマシっちゃマシなのか。
「それにしても自然を舐めくさってやがるぜ、人間共は。奴らだって自然界の一部のくせによ」
「それを言ったらあんただって、創造主に戦いを挑んでるじゃないか」
「む……………… それはそれ、これはこれだ」
奴がエールを飲みながらそっぽを向いた。
おぉいっ! こんな身勝手な奴が自然界作ってるのかっ。大丈夫かよ、この世界は。
別の不安材料が増してきた。
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「なんでも例の亜人たちが、パーティにウィザード級のサーチャーを雇ったようです」
背の高い中年の秘書が、朝食の席でジゲー氏に厳かに報告をした。
「ウィザード級……ふん、なかなか大したものじゃないか」
ジゲー氏は大きな指輪をはめた指で、エッグスタンドに乗せていた茹で玉子を綺麗に剥き始めた。紫色のつるんとした卵が顔を出す。
豪奢な屋敷でのジゲー家の朝食風景。
ジゲー家の朝食は皆バラバラだ。それぞれが思い思いに好きな時間に取る。奥方のジゲー夫人は朝が弱いのでいつも昼近くに起きてくる。
息子のジェレミーはいつもマチマチだが、あの事件以来、少しは落ち込んだらしく部屋に籠っている。
「まあ、あれだけ大口をたたいたんだから、やって貰わねば困る」
「宜しいのですか。彼らに見つけ出させて」
「見つかる確率が上がるのは良い事だろう」
まだ温かいふんわりした白パンを指さすと、傍にいた給仕に命じた。
「今日は厚めにスライスしてくれ。それが済んだらちょっと下がってなさい。用があったら呼ぶから」
給仕はナイフで綺麗にパンをカットすると、一礼して部屋を出て行った。
「全く忌々しいものだ。庶民がそんな手軽にサーチャーを雇えて、上級民のわしらが雇うのに四苦八苦するとは」
銀の小皿に盛られたイエローキャビアのビネガー漬けを、たっぷりとスプーンで掬うと、パンに塗るようにのせた。
「それだけではございません。彼らからアレが紛失していることが洩れる可能性がございます。早めに手を打ったほうが宜しいのではございませんか」
もう遅すぎるのだが、だからと言ってこのまま放っておく訳にいかないだろう。そうは思っても主人には強くは言えなかった。
「ああ、確かに奴隷に売る前に1回くらいならと、家族に会わせたのは失敗だったかな。見張りも付けといたはずなのに、どうやってあの件まで話せたのか」
方法はわからないが、能力者にはそういった事が出来る者がいるだろう。私がその時にいたら面会なんか絶対にさせなかったのだがと、秘書は心の中でほぞを噛んだ。
「だが、あの者達も他言はしないと誓っておったぞ。もしこれが領主の耳にでも入ったら、お前達のせいと見なして約束は反故にすると言っておいたからな」
それは不必要に他言しないと言っていたはずだ。これでは全然意味が違ってくる。彼らはこの屋敷に来る前に保険を作ってきたのだ。もし無事に戻らなければ、秘密が第三者の手によって上訴されるように。
秘書は奥歯を噛んだ。
「まあ、サーチャーは駄目だったが、土使いでも土中に埋もれた物なら探索できるという事がわかって助かったわ。土使いの連中ならウチにもおるし、何より募集するのは自然だからのぉ」
それは偶然わかった。主が探知能力者を探しているという話を聞いた、何も知らない土壌操作能力者の家臣の1人が地面なら探知できる方法があると進言したからだ。
これは強力な情報だった。それなら何も躍起になってサーチャーを探さなくても、ダンジョン管理のもとに土魔法使いを雇えばいいのだ。
そうして万が一、イベント参加者たちが家宝の入った玉を見つけられないときは、仮にもジゲー家の紋章入りの玉を、ダンジョンに溶かすのは縁起が悪いとでも称して玉を探させればいい。
ジゲー氏はこれでまずは探索は一安心と、やっと胃痛から解放された。
「とにかく今はアレを見つけ出すのが最優先だ。隠蔽工作は後でもいい。とにかく細かい事はお前に任す」
「かしこまりました」
ジゲー氏はテーブルの上のベルを手に取り鳴らした。スッと先程の給仕が入って来る。
「白ワインのおかわりだ」
給仕は置かれたワインボトルの中から1本を取ると、グラスに注いだ。
秘書は一礼して部屋を後にした。
主は少し物事を簡単に考えているところがある。
秘書のクンツ・ベックマンは、長い廊下を歩きながら鼻に皺を寄せた。先ほど主人の前では出来なかった顔だ。
大体あの件をやらかした使用人たちを、さっさと傀儡化しておけば良かったのだ。そうすれば少なくとも、外部に秘密が洩れるようなことはなかったはず。
なのに主が、いやしくも直接使用人を傀儡にするのは世間体が悪いとか言いだすから―――。
つい額の血管が浮きそうになるのを感じた。
いかんいかん。そういった主のすき間を埋めるのが、この秘書の役目。我がベックマン家は代々そうやってこのジゲー家に仕えてきたのだ。
ジゲー家がここまで大きく力を得るようになったのも、この陰の摂政たる我が一族が支えてきたことが大きい。それはこの現秘書の誇りでもある。
今回も無事に済ませるのだ。
長い中廊下は、両端にしか窓がないので、日中でも壁に発光石がついている。
その廊下の中央、ちょうどT字に別通路がある正面の壁の発光石が消えていた。見ると別廊下の角の灯りも消えて、そこだけ路地裏のような暗がりが広がっている。
「ふむ、発光石の力が切れたかな。新しいモノと換えておかないと」
ベックマンは独り言を呟きながら、その発光石の止めてある金具に触れた。
「ランプでも良いのだが、あれは良い油を使っても多少の煤や臭いが出るし、何よりも火事を起こす危険性がある。発光石は決して安くないというリスクはあるが、こうして不安要素は排除せねばな」
いつの間にか、後ろの廊下に人影があった。それは暗がりにぼんやりと人型を作っているだけで判然としなかった。
「どうかな。他に危険要素はあったかな?」
ベックマンはその陰に背中を向けたまま話した。
「いえ、今のところはないようです」
影が答えた。
「ふん、一応は守秘義務は守っているようだな。だが所詮は下民、いつ気が変わる事か。それに彼らが保険としている第三者の存在も気になる。そ奴がまだ真相を知らないとしても、何かを託されているやも知れん。そ奴はまだわからんか?」
「奴らも警戒しているようで、そいつとの接触を控えているようです。ただ、何人か繋がりがある者が判明しましたので、影をつけてあります」
人影が揺らぎながら答えた。
「後はイベント当日の件だが」
発光石を外すような仕草をしながら、実は触れているだけで秘書が話を続けた、
「イベントでは大事が起こらないように、もちろん万全に管理させるが、何しろ魔場たるダンジョン内では不測の事態が起こらないとも限らない。それ以上に賞金目当てに不特定多数の者が入り込む。
確かダンジョンで起こった事故の半数近くは、人災だと聞いたことがあるが、そんなに多いモノなのかね」
「不幸にもそのようで」
「ふむ、ではあるパーティがせっかく宝を見つけても、無事にダンジョンから生還出来なかったという事は、まんざら珍しいことではないのだね」
「悲しい事ですが少なくはないようです」
ぽうっと、発光石がゆっくりと光を放ち始めた。それは段々と光量を増していき、廊下を明るく照らしだした。
ベックマンはゆっくりと後ろを振り返った。
だがそこには、ただ明るい通路が伸びているだけだった。
ここまで読んで頂きありがとうございます。
なんだか第3章は『ダンジョン編』とでも言えるくらい
このダンジョンエピソードが長引きそうです(汗)
★次話予定 仮タイトル『狙われたポー』です。




