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第135話☆『レイザーバック』

すいません。それほどアクションなかったです。


「……3、4、5はいる?!」

 エッボが細めの耳がピンとそばだてる。

「いや、6だ。6頭はいるよ」

 探知で感じた姿を数えながら俺は返した。大小の大きさに違いはあるが、4つ足で小山のような体、焦げ茶と赤茶の固そうな毛、口元に下から生えた牙、これはボアーか。

 ふと、うち3頭が左に逸れていった。残りの3頭だけがこちらに軽く走る程度の速度で向かってきている。


「わかった。これはレイザーバックだ」

 エッボが匂いを嗅ぎつけたらしく言った。レイザーバック? 確かオーストラリアの映画で大きな猪の事をそう呼んでたな。

「いきなり面倒なのが来たね。しかも6頭かあ」

 パネラが軽く舌打ちした。

「面倒な奴なのかい? だけど今、こっちに来るのは3頭に減ったよ。残りは逸れていったから」

「ホントだっ。左からも来る」

 エッボがちょっと慌てた声を出した。

「ポーっ、こっち来て」

 レッカが言うと同時にポーが、クルッとパネラの横から俺たちの前にやって来た。

『フーッ』

 逸れていったと思った3頭が弧を描いて、大回りに俺たちのほうに移動してきていた。正面のほうから来ていた3頭のうち、1頭が右に外れていく。これはもしかして俺たちを囲もうとしているのか?


「来るよっ」

 パネラが身構えた方向に、藪をかき分けて、盛り上がった焦げ茶色の背中が見えてきた。


 以前、地豚やワイルドボアーは見た事がある。そいつも猪に似ていたが、大きさはそれどころじゃなかった。

 正面からやって来たそいつは、高さがおそらく俺以上、横幅、体長からしてワゴンカーくらいある。これはサイよりも大きいのではないだろうか。

 そして逆立てた小山のような背中に、瓜坊のような赤茶色の筋が3本あったが、その筋は妙に盛り上がっていた。

 そのボスっぽいのを筆頭に脇に一回り小さい――と言ってもそこら辺の猪の比じゃもちろんない―――奴が1頭、左側から3頭、そして右側から1頭が姿を現した。

 解析すると《 レイザーバック 魔偶蹄類 猪亜目……魔耐性 土:強 火:中 風:中……》

 なんとか解析出来たけど結構魔力耐性あるな。


 ふと、気がつくとパネラとポーの存在が希薄になってきた。よく注意して意識しないと感じ取れないくらいだ。

「ごめんね、ソーヤ。僕の力じゃ2人ぐらいしかちゃんと気配を消せないんだよ」

 レッカか。彼が隠蔽をかけているんだ。

 気配を消されたパネラとポーがじりじりとゆっくり、俺たちから離れていく。

「悪いけど傭兵さんまで、おいらも手が回らないかも」

 エッボが耳をピクつかせて言う。

「気にするな。オレは誰からも援護してもらおうなんて思ってないぞ」

「そりゃそうか。CランクのおいらがAランク様にモノ言うなんて身の程知らずだよね」

 少しおちゃらけて言ってるが、目はそのまま猪たちから離さない。

 

 しかし普通の猪だって怖いのに、その倍以上の大きさのが6頭。しかも1頭はボックスカー並みだ。普通の人間ならこれは確実に頭を死がよぎるはずだ。

 だが、今の俺はそれよりも、どうこの場を切り抜けようか考えていた。

 風魔法がもし効くならやはり酸欠がいいが、むやみに殺したくないし、それに彼らにまだあまり手を見せたくない気もする。もちろん転移なんか見せられない。

 

 猪たちはゆっくり俺たちを囲むように、まわりを回り出した。

 ううん、猪ってこんな狩りしたっけ? これじゃまるで狼みたいだ。

「俺から仕掛けて良い? 雷落として様子をみたい」

「うん、試しにやってみて」

 もう肉眼では見えなくなったパネラの声が右前方からした。


 ヴァッバッチン!! 6頭全員の頭に雷を落とした。もちろん威嚇だが、電圧は力一杯にした。

 だが、奴らに落雷したと思った途端、まわりの空間に吸い込まれるように消えていった。猪たちは電撃にというより、音に驚いたように頭を振ったが、一番大きいボスは鼻で息を1つしただけだった。

 スタンガン魔法とはいえ、電圧全力でこれじゃ電流を上げてもダメか。1頭ずつなら多少効くのかな。


 斜め後ろにまわっていた猪が、ダッと急に走ってレッカの方に突進してきた。と、同時にボスを除いた他の猪たちも動き出した。

『ブッギャアァァー!!』

 レッカの数メートル手前で突進してきた猪が、顔の右側を切り裂かれてもんどり打った。あの爪痕、ポーだ。見えないポーが攻撃したんだ。

 反対側に近寄ってきた別の猪が、頭をぶん殴られて吹っ飛ぶ。たぶんパネラだな。

 だけど探知してもよく注意しないと、ポーとパネラの姿がわからない。これだと迂闊に魔法を使えないぞ。


「蒼也、自分のまわりも見ろ!」

 ハッとして振り返ると、俺のすぐ後ろでブワァッと大きな炎が爆発するように湧いて出た。

『ブギャンッ!』

 1頭の猪が後ろにもんどり打って坂を転げ落ちた。

「う~ん、少し焦がすくらいかあ」

 さっきまで俺に背中を向けていたエッボが、こっちを見ながら呟いた。

 おお、援護してくれたのか。そうだよな。これがパーティ戦なんだ。

 いつも1人で全部やってたから、誰かが一緒にいてくれるのって有難い。


「スマン。だけどパネラたちが見えないから、魔法が撃ちにくいんだけど」

「大丈夫だよ。ちょっとくらいなら彼女達も耐性があるし、それに対象を絞って放てば基本そいつにしか効かないよ。知らなかった?」

 エッボがまわりに目を動かしながら答えてきた。

「あ、そうなの?」

 でも確かに今の炎、こんなに近くだったのに俺には熱くなかった。でも、今までやった事ないからちょっと……。

 しょうがない。さっきから様子を見ているボス猪の顔に、思い切って酸欠空気を作った。だが、それは層を作る前に飛散してしまった。風魔法もダメか。俺って魔法認定でも証明されたけど、転移が使えなきゃ魔力はDランクなんだな。魔法だけで対処しようとするとつくづく思い知らされる。

 俺たちのまわりを炎の帯がグルグル回り出した。その炎のせいで猪たちが突っ込むのを躊躇しているようだ。

 エッボがロッドを手首で回しながら操っていた。俺も火魔法はできるが、一目見て俺が瞬発的に出せる火力をずっと維持しているのがわかる。これでもさっきぐらいの反応なのか。


 ギャッと声が上がったほうに振り返ると、こめかみかを陥没させた1頭が、横倒しになるところだった。パネラだな。が、

『ギャァンッ』

 ポーらしき高い声がした方を見ると、別の猪のところで一瞬、ポーが飛び退るのが霞むように薄く見えた。微かに血が散っている。ポーがやられた?!

 その猪の背中が異様に盛り上がっていた。いや、なにかが突き出している。


「ポー、背中に気を付けてっ!」

 レッカが叫ぶ。他の猪たちの背中からも、何か灰色の羽のようなものが斜めに3枚立ち上がっていた。

 それは角度によって鋭くエッジがたっているのがうかがえた。

「あれは背中から生えてるが角質・爪の一種だ。奴らは体の中で主に金属とケラチンを混ぜて、自由に折りたたむ刃状の爪を背中に隠し持つことが出来るんだ。だからレイザー(剃刀)と呼ばれてるんだよ」

 奴がのんびりと俺に説明してくる。あんたこの状況わかってるのか?

「蒼也、お前も参戦して来い。ここでぼーっと突っ立っててもしょうがないだろ」

「傭兵のあんたが言うな。たまには手伝えよ」


「2頭殺ったのに、逃げないね。やっぱりあのかしらの奴を何とかしないと駄目かしら」

 炎の近くでパネラの声がした。

 そのボス猪は少し離れた所でこちらをずっと見ていたが

『ヴォオオオオオーーーッ!』

 急に響くような声を上げた。

「来るよ!」

 

 さっきまでほとんど何もしなかった大猪が、急に地面を蹴るとドッと俺たちの方に突進してきた。

「レッカ入れ替えてっ、皆、散らずに右に避けてっ!」

 パネラの声に押されるように、俺たちは一斉に右に走った。急に自分の体を何かが包んでくるのがわかった。それと同時に自分の体が見えづらくなった。前にいたエッボや横のレッカの姿もだ。

 完全ではないが、自分のまわりの者に隠蔽をかけて見づらくしたんだ。代わりに姿を現したパネラが左に大きく走り込む。ポーも一緒に後を追った。

 が、1人動かない奴がいた。ヴァリアスだ。


 俺たちがダダっと右側に大きく避けたのに、大猪はそのまま直進してきた。

 そのままだと奴にぶつかると思った瞬間、

 バギャァン゛ン゛!! 

 高い音と鈍い音がごっちゃになった音がしたかと思ったら、大猪の頭が無くなっていた。と、思う間もなく、上からズドォンッと音を立ててもげた頭が地面に落ちて音を立てた。

「「「エッ?!」」」

 皆がその場に固まった。見ると他の猪たちもその光景に立ちすくんだようだ。


「オレが殺れるタマだとでも思ったのか? オーラ消してるからって勘違いするんじゃねぇぞ」

 奴がコートのポケットに手を突っ込んだまま、ゆっくりと他の猪たちの方に向きなおった。

「まだ来る気なら、相手になってやるぞ」

 奴のまわりからゆらっと黒い瘴気が漏れ出した。

 残っていた3頭の猪たちはハッとしたように、背中の刃を引っ込めると、一目散に反対方向に走り出していった。

 

「はあぁ~」

 レッカが膝に手をついて屈みこんだ。途端に俺たちの姿がハッキリ見えるようになった。隠蔽が解けたんだ。


「ポーは大丈夫?」

 俺はポーがさっきので怪我をしたんじゃないかと心配で駆け寄った。ポーは前足をペロペロ舐めている。

「あっ、やっぱり怪我してる!」

 左前足の肉球のところがスパッと切れて、赤い筋を作っている。その傷口を舐めているのだ。

「あー、ちょっと切れちゃったかぁ」

 後から意外にのんびりと飼い主のレッカがやってきた。

「何か手当しないと」

 飼い主ならこういう時の傷薬くらい持ってるだろう。

「いや、それほどじゃないよ。これくらいならいつも舐めて治すし」

「えー、だけど痛そうだよ」

 血はすでに止まりかけているが、大事な肉球が……。大体歩くのに痛いんじゃないのか。って心配してるのは俺だけなのか。パネラは別に転がっている猪の足を掴んで引っ張ってきているし、エッボはまだ辺りを警戒しているらしく、耳を動かしている。


「ポーションとかないの?」

「えっ、これっくらいに勿体ないよ」

 なに、自分とこの飼い猫が怪我してるのに、もったいないだと?!

 俺の顔を見てレッカがちょっと気まずくなったのか、じゃあ傷に効く薬草でもと、そこら辺を探し出した。

 なんだよ。あくまで手持ちのは使わないのかよ。

「蒼也、野生の動物はそれくらい舐めて治すもんだぞ。あんまり過保護にしたら自力で治せなくなるだろ」

 うっ、そうかもしれないけど、一緒に戦った仲間なのに。それとも俺が過保護なのか?


 俺はポーの左前脚をそっと上下に挟んで持ち上げた。ポーも『ミャアゥ』と鳴いたきり、嫌がらなかった。

 それよりも【おニク~お肉食べられる~】と、今獲った獲物に気がいっているようだ。

 傷は長めだが確かに深くはなさそうだな。だけどこのまま土の上を歩いてバイ菌でも入ったら大変だし。

 俺は傷口に意識を集中した。

 同じ哺乳類、皮下組織は似ているのでこれくらいならなんとか出来そうだ。

 ポーが俺の顔をベロベロ舐めてきた。今はやめてくれ。


「ソーヤ、治療も出来るの?」

 レッカが手元を覗き込んできた。むっ、あまり見せないつもりだったが、ついやっちまった。

「うん、ホントに少しだけ。この間出来るようになったばかりなんで」

 傷は思ったより簡単に治った。言われた通り大した傷ではなかったようだ。


「凄いな、兄さん。今のどうやったの?」

 パネラがもう2頭めの猪を引きずりながらやってきた。

「大した事ない。軽く蹴り飛ばしただけだ」

「この頭を蹴っただけ……。さすがAランク……」

 トラックのタイヤぐらいありそうなもげた頭を、エッボがおそるおそる見ながら言った。

「こいつは足癖が悪いんだ。前もハイオークの頭蹴り飛ばしたし」

 あん時は頭は飛散しちゃって残らなかったけど。

「オレは足癖なんかねぇぞ」

 こいつにはマナー全集の本が必要なんじゃないのか。


 パネラが殺った2頭は頭の一部が陥没して、舌をだらっと出している。本当はこいつら追っ払えれば殺す事もなかったんだよなあ。俺も加担したんだからせめて祈ってやりたいけど、なんだか他の人がいるとやりづらい。

 するとパネラが3頭の前で片足をついて、胸の前で手をクロスして屈んだ。

「地の神チャリエザフォース様 この肉の恵みを有難うございます」

 他の2人も頭を下げている。みんなはこの恵みに対して、それぞれの守護神に祈っているようだ。俺はこっそり口に出さずに、猪たちのために祈った。

「感謝するだけマシか」

 奴がポツリと言った。

 

「さてといきなり大猟だね。どーしようか、これ」

 立ち上がりながらパネラが言った。

「なんとかこのかしらの体くらいなら、あたい1人で運べるけど、他がねぇ~」

 と、1人を除いてひ弱そうな男どもを見回した。

 このデカい図体1人で運べるんだ。身体強化してもちょっと俺には無理かな。

「そうだね。残りは橇を組んで運ぼうか」

 レッカがリュックから防水布を下ろして、伸縮性の棒を取り出し始めた。


「だったら俺が運ぼうか?」 

 皆がパッと俺に振り返った。

「ソーヤが? そんな力持ちなの?」

「いや、そうじゃなくて、これに入れればいいから」

 俺はショルダーバッグの被せを跳ね上げて、中に手を入れてみた。水面に雫が垂れたような波紋が広がる。

収納ストレージバッグだったんだ。それで持ち物が少なかったんだね」

 エッボが感心したように言う。

「だけどさすがに、この頭と2頭は無理でしょ。この頭が入るくらい?」

「いや、そんなの全部入る――」

 いきなりぐいっと首根っこを掴まれて俺はのけ反った。


「コイツは()()()()()()で容量を良く分かってないんだ。獲物はオレが持っててやるよ。オレは空間収納持ちだし、これくらいなら全部入るぞ」

 そう言って手前にあった首無し大猪に手をかざすと、背中のまわりが歪んでスッと体が消えた。

「ただし信用して預けてくれるんならな」

 奴が3人のほうを三白眼で見た。

 皆はコクコク頷いた。


『(なんだよ、いきなり引っ張るなよ)』

 俺はテレパシーで文句を言った。

『(お前は本当に考えなしだな。いくら収納バッグでもそんなに入る訳ないだろ。あのバイヤーが持ってきたケースだって、おそらくこのハイレイザーがまるまる1頭入るぐらいだ。その鞄の大きさでそれ以上の収納能力なんて、もしあったとしたらどれくらいの価値になると思う?)』

 むっ、そう言われると……。だって俺はこっちの基準がまだ今一つ分かんねぇんだよ。


******************


「あれ、セバスさんじゃない?」

 エッボが鼻をひくつかせながら、ある方向を指さした。


 あの猪をそのまま収納してすぐ先に進もうとしたのだが、案の定ポーがお肉をねだってきた。レッカは昼まで待たせようとしたようだが、可愛いポーは体が大きいからすぐに腹が減るのだ。あんまりやると太るし、食事の時間を守らなくなってしまうとレッカが難色を示したが、たまにはいいじゃないか。猫は太ってる方が可愛いし。(あくまで勝手な意見だが)

 俺も一緒に頼んで、その場で1頭だけ解体して肉を分けてもらうことになった。

 パネラが手際よく裂いているのを見ないように背を向けて、俺はあたりを警戒していた。


 探知できる範囲に少しだが、チラホラと人が感知できる。大体が3人以上、少なくとも2人1組で行動しているのだが、その人物は1人でどうも行動しているようだった。

 んんん、この人は―――。

 その時、隣でエッボが俺と同じ方向に顔を向けて言ってきたのだ。

 

 その人物は斜めに俺たちの横を通る進路で歩いてきた。

 手には鉄パイプのようなスティックを持ち、使い込んで黒光りした革の胸当てをしていた。腰には焦げ茶の毛皮を巻き、背にはパンパンに膨れ上がった大きなリュックを背負っている。

 そうして頭にはチャンピオンベルトのようなヘッドバンドを付けていた。


「セバスさん、また1人で回ってたんですかぁ」

 エッボが手を振りながら、その大男に声をかけた。大男も気がついて大きく手を振り返して、こちらにやってきた。

「おう、エッボたちも今日はこっちか」

 気さく気にのしのしやってきた大男は、王都のハンターギルドでヴァリアスに声をかけてきたあの山賊男だった。


「へぇ、レイザーバックか。なかなか良いモノ仕留めたじゃないか」

「向かってきたから勢いでね。ホントはこんなもんじゃなく、ハイレイザーもいたんだよ。それはそっちの兄さんが一発でやっつけちまったけどさ」

 肉を切り分けているナイフでパネラが奴を示した。

「ん、あんたぁ、確か王都のギルドにいた……。ああそうかい、パネラたちんとこに入ったのか」

 口元は隠していても、姿は覚えられていたようで、山賊男はすぐに奴をみとめた。

「まだ本契約はしてないんだよ。あたい達が基本、今必要なのは探知能力者サーチャーの彼だし」

 指されて俺は軽く頭を下げた。おうっと山賊が大きな手を上げる。


「この人はセバスチャンさん、通称セバスさんって言って、ここら辺一帯の地質調査をしてる学者さんなんだ。半年くらい前から、この土地に逗留してるんだよ。だけど今日もまた1人で?」

「ああ、そうなんだ。なかなか護衛が見つからんのだよなぁ。丁度いい者たちは、この祭りの係やら警備にまわっちまっとる。ワッシよりも戦闘力の低い戦士じゃ困るしなぁ」

 そう言って山賊男セバスチャンは、強い黒っぽい焦げ茶の頭を軽く掻いた。

 セ、セバスチャン? 何その執事みたいな名前、しかも山賊どころか地質学者かよ。

 俺は吹き出しそうになるのをこらえて、顔を横に背けた。

 向けた先にいた奴は下を向いていた。あんたもかよ!


「あー、別にこの間のは気にしないでくれ。行き違いなんかよくあるし、こればっかりは縁だからなぁ」

 奴が断った事を気まずく思っているかのように勘違いしてくれているようだが、それがまたツボッてしまった。

 

『(クックッ、面白い奴だな。こっちに組んでやっても良かったか)』

『(何言ってんだよ。もう俺は、ほぼこっちに決まりそうなんだぞ。それともここは別れてパーティ組むか?)』

『(いや、冗談だ。オレがお前と離れる訳ないだろ)』

『(大丈夫だ。俺は全然OKだ)』きっぱり伝心した。


 いきなり奴が俺の頭を左手でヘッドロックしてきた。

『(お前、この間はオレがいなくてメソメソしてたくせに、何言ってやがるっ)』

「イダダダッ!」『(メソメソなんかしてねぇよっ! ただ安否がわからなかったから、ちょっと心配してただけだっ! 無事なら宇宙の果てでも外でも行って来いっ)』

『(なんだとっ、オレがいないと何も出来ない0.1人前のくせにっ)』

 俺は半人前にも及ばないのかよ。

 って、皆に見られてる!


「ヴァリアス、手ぇ離せっ」

 俺は腕を振り払って、呆然とこちらを見ている皆に向き直った。

「何でもない、ただのこいつのコミュニケーションだから」

「「「「………………」」」」

 ああ、皆の視線が痛い。なんか話題変えよう。


「それにしても、その、セバスさんでしたっけ? 凄いですね。1人でこんなダンジョン入れるなんて」

 いきなり振られて山賊男あらためセバスは、ちょっと目をパチクリさせたが

「ん、ああ、実は本当は4人組のパーティと一緒だったんだ。同行させてもらってたんだが、いつの間にかはぐれちまってなぁ」

「え、はぐれるって、またぁ?」

 パネラが声を上げた。

「それ絶対ワザとだよ。そいつらワザとセバスさんを置いてったんだよ。こんなとこではぐれるなんて、誰も移動の時に確認しないなんておかしいもの」

 少し憤慨した顔をするパネラに、当のセバスはあっけらかんとしたもので

「うん、まあそうかもなぁ。ワッシは気がつくと1つのところでジッと岩を見てたりするから、先に行きたい奴らにはイラつくのかもしれん」

 そうのんびり硬そうな髭を擦った。


 そんなダンジョンなんかで平気で人を置いていく奴がいるのか。なんか強そうな人だからまだいいけど、俺なんかされたら目も当てられないぞ。

 

 この時俺はもちろん他人事として考えていた。

 だが、これは誰にでも起こりうる不測の事態だったのだ。


 

ここまで読んで頂き有難うございます!

**************************************

前の話で神様に誓うのが、ただの口約束じゃなく重要な意味を持つ、という話を書きましたが

後である映画を思い出しました。

タイトルは忘れちゃったんですけど、奥さんをある組織の幹部に攫われた白人学者(だったかな?)が、エジプトを舞台にあちこち奔走するんだけど、途中で同じ幹部に妻子を殺されて復讐のために奴を狙っているエジプト人のマルコと行動を共にする。

銃も満足に使えないような主人公と対照的に、バッサバッサ、人を切り殺しちゃうマルコ。

最後に奴を追い詰めて、奥さんの行方を問い詰めると「俺を殺さないと、こいつに誓わせろ」と言う。

長年こいつを殺す事のためだけに生きてきたマルコは、もちろんノーだ。行方を聞き出したら殺す気満々。

だけど誓わなければ死んでも言わないという。じゃあ拷問してでも聞いてやる、と息巻くマルコに対して、こいつは言わないと気がつく主人公。だってどのみち殺されちゃうから。

「頼むから誓ってくれよ」とマルコに頼む。

「でないと私が君と同じ目に遭うんだよ」

この言葉にすんごく悩んだマルコが、絞り出すように誓いの言葉を言う。

どこの教徒でもない日本人の私には、その重みがわからないんだけど、そうやって誓うって行為は

魂と結びつく契約くらい重要なんだなと思った。

自分の命が脅かされなくなって、奥さんの行方を喋った後に開き直った奴を、サッと撃ち殺しちゃう主人公。あれ、あんた人殺しは駄目じゃなかったんじゃ?

あっけにとられるマルコに「僕は誓ってない」とあっさり言う。

その後、奥さんを奪還しに2人で行くんだけど、助けてくれたマルコはこの時死んじゃうんだよね。なんとか奥さんを取り返してハッピーエンドみたく終わるんだけど、マルコの人生ってなんなのよと、思っちゃった1本でした。

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