第132話☆『宝探しの裏の裏』
今回は説明というか、箇条書きが多いかと思います。
「お酒がダメなら紅茶にします?」
食事を済ますと俺たちはすぐに屋根裏部屋に戻った。
奴には自然に缶ビールを出したが、3人はこれから仕事だというので酒はNGらしい。
マグカップが無いので紙コップ(取っ手付き)に注ぐ。今度100均でマグカップ何個か用意しとくか。
「ソーヤさんは探知以外に水魔法も使えるんだ」
俺が空中からお湯をカップに注ぐのを見て、ちょっとフレンドリーな感じで獣人の男、エッボが言ってきた。
「まあ生活魔法程度ですけど」
俺はまだそんなに心許してないので、控えめに返事した。
「でも、この人は探知はウィザード級なんだよ」
レッカが俺を持ち上げるように2人に話す。
お前、やっぱりあん時、認定証しっかり見てたな。
「そりゃあ凄いんだけさ。もし雇うとなったら、どんだけかかるの? ソーヤはまず良いとしても、そっちの兄さんは絶対高いだろ?」
向かいのソファで行儀悪く座っている奴を見ながら、パネラと名乗った逞しい女は太い眉をしかめた。
こっちはすでにフラットに呼び捨てだ。
「オレはただの傭兵だ。依頼料なんてあってないようなモノだ。その時の気分次第だからな」
そう言いながらビールをあおった。
さっき俺たちはあらためて自己紹介をした。俺はもちろん仮免のDランクハンターで、奴はAランクの傭兵と話してある。
獣人のエッボは普段は写字生として働いていると言った。写字生とは本を写本する職人のことだ。
ハンター登録もしていてCランクの魔法使いのプレートを見せてくれた。
ドワーフのパネラはもちろん戦士で、同じくCランク。普段は金属板を加工する板金工をしているという。このようにハンターの仕事とは別に職業を持っている者は少なくないそうだ。
これはハンターの仕事で食っていけないということでなく、依頼内容を選んでいるからだ。
ハンターの依頼仕事は、それこそ下水のネズミ駆除から薬草取り、護衛、人探し、魔物の狩りまで多岐にわたる。選り好みをしなければDランク以上なら食っていけるが、人には好みや生き方というものがある。人それぞれという訳だ。
ちなみにレッカはハンター登録していないそうだ。だからどのくらいのランクかはわからないが、2人について行けるのならCに近いのかもしれない。
「レッカとはダンジョンに潜る時に度々組んでるんだ」
紅茶に熱そうに、ふーふーっと息をかけながらパネラが話し出した。
「その仲間の危機とあって、あたい達も力を貸したいんだけどね」
「この町の祭りの主催者って誰か知ってますか?」
レッカが話を引き継いだ。
「さぁ、領主様とか」
「この町の町長、ジゲー氏なんです」
領主というのは色々な役務をこなしている。自分の土地の管理は言わずもながだが、通常は自らやらずに家臣たちに任せる。その直属の家臣を家令という。
だが家令の仕事は土地の管理だけではなく、領主の身の回りの世話や多岐にわたる。なのでまたその下の者に任せることになる。これが差配人と呼ばれる存在だ。
ここでの差配人はこのようにその土地の代表者になっている事が多い。その土地から上がった収益や民から回収した税などを、家令に献上するのだ。この時の収益の何割かが自分の懐に入る。
だから豊かな町の差配人は富み、貧しい村の差配人は貧窮する。
ダンジョンが3つもある、この『バレンティア』の差配人は前者のようだ。
差配人はほとんどが世襲制で、このジゲー家も村の頃から何代にも渡って、この土地を管理・支配している由緒ある家系だそうだ。
「そのジゲー家にアメリ、僕の妹なんですが、使用人として奉公してまして……」
紅茶のカップを両手で掴んだまま、レッカの声が小さくなった。
「それがなんで売られそうになってるんです? 人身売買ってこの国じゃ違法ですよね?」
「ハッキリと身柄を売ったらね。だけど奉公人契約だったら合法でしょ?」
エッボが話を引き継ぐ。
奉公人契約ーー借金などのかたに、実質は奴隷と同じように扱い働かせるやり方だ。
「今回の祭りのメインイベントの内容は、実は急遽変更になってるんだ。これが一番始めのチラシ、こっちが後から変更したチラシ」
エッボが2枚の紙をテーブルに置いた。
始めと言われたチラシにはメインイベントの『アジーレ・ダンジョン宝探し』は、1等 50万エル、2等 ハイポーション50本、3等 3種の魔石 各10万エル相当……と、1等の賞金額が新しいのと比べて6分の1だったようだ。
「どうしてもダンジョンで探さなくちゃいけないモノが出来ちゃってね。賞金をはね上げたんだ。それがその1等の宝物なんだよ」
事の起こりは約3週間前(およそ27日前)。この宝探しイベントの為にその宝をダンジョンに隠しに行く事になった。
本来は口の硬い直属の家臣たちだけで、ダンジョンに入る予定だった。隠した後にダンジョンに摂り込まれて消えないように、またイベントの日まで見つからないように、2つの呪いをかけた3つの玉を持って。(ここではいう呪いというのは、広い意味でモノに術をかけたことをさす)
ところが当日ダンジョンの入口で待っていたのは、メイドと護衛を何人も引き連れた次男坊だった。
実はこの次男、ダンジョンを管理する家柄に生まれながらも、危ないからという理由でこの19の歳までダンジョンに入れてもらえなかったそうだ。
それというのも長男が例の13年前の黒死病で亡くなってしまい、生き残ったのは長女とこの次男の2人。家を継がせるのは男子という慣例があるので、この次男に万一のことが起こったらいけないと大事にしてきた為である。
通常の狩りも沢山の重護衛付きで、皆の見守る中、最後の止めを入れるというぐらいだ。
結果それが堕落を招いてしまった。
甘やかされ過ぎた次男は、多くの者が流れやすい法則に導かれ、道楽息子になってしまった。
やってきた次男坊はその玉を隠す大役を自分にさせろと言ってきた。強いては自分もこのダンジョンに潜ると言ってきたのだ。
これには多少無理からぬ理由がある。この年で、いやしくも代々有力な差配人であり、ダンジョンを管理する豪族の子息がこの年までダンジョンに一歩も入った事がないと、秘かに陰では囁かれているのである。
そんな陰口は直接聞こえなくても、本人はなんとなく感じるものだ。コンプレックスがあれば尚更のこと。
そこで今日こそは家臣だけがイベントの為にダンジョンに入るという、絶好の機会とばかりに、止めながらも心配でついて来た護衛と、身の回りの世話をするメイドを連れてやって来たという訳だった。
潜る前に散々揉めたようだが、結局駄々のゴネ勝ちになって、家臣と護衛、メイドたちと共にダンジョンにめでたく入り、任務を遂行してきたという。
「まあ、これが表向きの情報ね。もちろんこれには裏の話があるんだよ」
エッボが羊のような角をさすりながら一度話を切った。
「ここから話す事は裏情報だから、おいそれとは話せない。まだ仲間になるとも聞いてないし、あんた達が信用出来るかもわからないからね」
パネラが太い腕を組んでこちらを見まわしてきた。
「でも、教えないと分かってもらえないよ。そうしないとアメリが……」
レッカがパネラの隣でオロオロする。
タンと軽く両手をテーブルにつくと、パネラがやや俺たちに向かって前屈みになった。
「あんた達、これから言う事は絶対に口外しないと誓えるかい?」
そうしてジッと俺ではなく隣の奴の目を見た。
しばし沈黙と共に誰もその場を動けなくなった。銀色とワインレッドの瞳の視線がぶつかり合う中、誰も言葉を発せない。2人とも瞬き1つしない。
ほんの十数秒ぐらいだったはずだが、なんだか10分以上に感じた。
「フン、少しは肝も据わってるようだな。今回は負けといてやるよ」
そう言って先に視線を外したのはヴァリアスの方だった。そのまま俺のほうに向くと
「で、どうする蒼也。話聞くか? 聞いたら後戻り出来なくなるかもしれんぞ」
「ううん、確かにそうだけど……このままじゃ中途半端だし」
「ハァあぁーーっ!」
パネラが後ろにドッと背もたれに寄りかかった。
「助かったぁ。あともうちょい続いてたら、あたいが根負けしてたぁ~。兄さんさすがに強いな。今までどんな強面の奴にも引こうとは思わなかったけど、今回初めて挑んだのを後悔したよ」
こんなラスボスみたいな奴に挑むだけ、そちらもさすがですよ。
パネラがカップに手を伸ばしたが、紅茶は空になっていた。
またティーバッグをカップに入れてお湯を注ぎ入れながら、ティーポットも用意してきた方がいいかと考えた。
「好みでどうぞ」
テーブルにスティックシュガーと紙パックの牛乳、キリコが料理で使った残りのレモン果汁の瓶を出した。
「いいの? じゃ遠慮なく」
シュガーとミルクをどばどば入れたのはパネラだった。匂いですぐにレモン果汁と知ったエッボが、適量紅茶に垂らす。レッカはシュガーだけを使った。みんな喉がカラカラだった。
奴を除く皆が紅茶を飲んで落ち着いたので、俺からあらためて言った。
「これから聞く事は口外しないと誓いますよ。神(父)の名に懸けて」
仏教徒でも神教徒でもない俺が言うのもなんか変だが、父さんの名に懸けてなら言える気がした。
3人は頷いた。そして奴の方を見た。
『(ヴァリアス、誓うときにいちいち、父さんの名前言わなくていいからな。いや、言わないほうがいいぞ)』
『(あ゛? なんでだよ)』
『(なんでもいいから俺みたいに略して誓ってくれ。そのほうが面倒にならずに済むからさ)』
「あ゛ー、しょうがねぇな。オレも主の名に懸けて誓うぞ」
それに3人がホッと力を抜いた。
こんな事、その場で誓うって言うだけで本当に信用出来るのかなと思ったが、こちらの世界では重要な意味を持つようだ。いわゆる言霊と言うヤツだ。
恐れ多くも神の名にかけて誓ったことを破れば、神を侮辱、穢したことになるので、必ず神罰が下ると信じられているのだ。少なくとも道を踏み外していない者にとっては。
「あんた達を信じるよ。っつうか、食堂であんた達を観察してた時からなんとなく信用できるって思ってたけどさ」
パネラが椅子に座り直して足を組んだ。
「……これは僕が、軟禁中のアメリに面会した時になんとか聞き出せた話です」
レッカが話し出した。
この次男坊が急にダンジョンに来たのは、実は別の目的があった。
その1等の玉の中に入っているモノに用があったのだ。
玉の大きさは直径約4㏌(約10㎝)くらいで、それぞれプラチナ、金、銀製で作られている。とはいえ、中身は空洞で貴重な貴金属部分は表面だけだ。
かわりに中にはジゲー家の紋章を彫り込んだ鈴が入っている。これは万が一、偽物を作って持ってくるという不正を防ぐためだ。
当日も探すのがこのジゲー家の紋章入りの玉という情報だけで、中に鈴が入っていることは洩らさない事になっていた。
そう、なっていたのだが、今こうして洩れている。
これが今回の騒動の原因となったからだ。
この鈴はその昔、ジゲー家が領主より下賜された魔除けの鈴を模したモノだ。もちろん大事な家宝となっている。
それをこのバカ息子が勝手に持ち出したのだ。
ダンジョンに仕掛けに行く前日、バカ息子――ジェレミー・ダン・ジゲーは屋敷で、婚約者以外の女と遊んでいた。
結婚してしまったら、もう他の女とは表立って遊べなくなるというのが、彼の言い分だった。実際は堂々と妾を囲う豪族は多いのだが。
で、この日も屋敷中の使用人たちの冷たい視線も気にせずに、2人でイチャついていたわけだが、ふと女がこの家の家宝を見たいと言ってきた。
家宝というからには宝石やそういった装飾健美なモノと思ったのだろう。ぜひ一度見てみたいと彼にせがんだ。
だが家宝は通常、厳重な倉庫の中にある。いくら当家の跡取りといえども、そう簡単に入る事は許されないのだ。
そこで思い出したのが、家宝の1つである例の鈴。実はこの時、この鈴だけ倉庫から出され、父親の書斎に置いてあるのを彼は知っていた。
それは玉の中に入れる鈴と似せるために、度々出していたからだった。もちろん机の上に出しっぱなしにしたりせずに、ちゃんと隠し金庫の中に入れてあったのだが、このバカ息子ジェレミーは、金庫の位置も開け方も知っていた。それは次の後継ぎとして当たり前の事だったのかもしれないが、これが仇となった。
高さ5㎝に満たないが、七色に輝くミスリル銀で作られ、精巧な火の鳥の姿を模倣した、領主の紋章入りの鈴を手にした女は、すぐに彼に返さなかった。よくある‟取れるものなら取ってみなさい”ごっこ遊びだ。
不届きにも父の書斎でイチャつく2人のたてる物音に、主人に忠誠心のある執事が気がついた。使用人の中でも唯一ジェレミーを叱れる、古参の使用人だ。彼はこの執事が苦手だった。
この時彼は執事に気がつかれないうちに素早く、机の上に置かれた3つの玉のうちの1つ、プラチナの中に鈴を隠し込んだ。鈴は当たり前だが持ち歩けば鳴ってしまう。
こんなモノを持ち出したと分かったら、それこそ雷が落ちる。そうでなくても、この忠実な使用人が父親にこのことを告げ口するかもしれないからだ。
「ちょっと宝探しの宝玉を見に来ただけだよ」
そっと机の上に蓋を閉じた玉を戻しながら彼は言った。
「ここは旦那様の書斎です。貴方様がたのお遊びになる場ではございません」
ガミガミ言いそうになる執事から逃げるように書斎を出ると、そのまま2人は彼の部屋にしけこんだ。鈴は後で出して戻しておけばいいや。彼はそう楽観的に考えていたのだ。
だが、運命の神は、たまには彼を焦らそうとしたのかもしれない。
そのまま朝までベッドで女とよろしくやっていた彼は、ふと鈴の件を思い出し、こっそり戻しておこうとして驚愕する。
鈴を入れた玉はすでにダンジョンに、今朝早く持って行かれたあとだったからだ。
「でも、隠す前に間に合ったんですよね。なんでそれが揉め事に?」
俺は3杯めの紅茶をそれぞれ入れてやりながら聞いた。ああもう絶対にポット買って来よう。
「そうなんです。その時、彼が素直に話してくれていたら……」
カップから立ち昇る湯気を見ながら、呻くようにレッカが呟いた。
「ここまでの事は、後で取り乱したジェレミーが洩らしたことから発覚したんだけどね」
エッボが紅茶を美味そうに啜りながら
「彼は叱られるのが怖くて、この時もまだ言わずに済まそうとしたらしいんだよ。だから自分で玉を隠しに行くと言ったみたい」
それに今は護衛も家来たちもいるし、ダンジョンには前もって入場する者を規制していて、現在は入っている者はいないはずだ。それならば多少の失態をしても、家来たちだけなら外に洩れることはまず無いはず。初ダンジョンを克服するには良い機会だ、と彼なりに考えたようだ。
もちろん彼以外の家臣、護衛、使用人一同は口を揃えて反対した。何より旦那様の許しを得ずに大事なご子息をダンジョンに入れる訳にはいかない。
やんややんや言われるのにイラっとした彼は、家臣の持っていた玉を奪い取ると、ダッとダンジョンの中に走り込んだ。ハンター程ではないが、どうやらジェレミーはアサシン系のアビリティのようで、手先が器用でこういった咄嗟の素早い動きが出来るようだ。相手が御曹司とあって家臣たちも油断していたせいもある。
そうして自分でもどこか恐れていたダンジョンが、それほど怖いものではない事を彼は感じた。
それは当たり前である。なんたってダンジョンの入口に入ったばかりなのだから。
だが、これが彼を付け上がらせた。
慌てて追いかけてきた家来たちに
「俺は晴れてダンジョンを踏破する。そうすればお前たちも親父(ジゲー氏)に怒られるどころか、感謝されるんだぞ」
一旦言いだしたら駄々をこねて聞かない性格を知っている家来たちは、ここで諦めたようだ。さっさとこの仕事を終わらして無事に坊ちゃんを連れ帰ろうと。
「うん、それで例の鈴は? もう玉を手にしたから無事に取り出せたんですよね?」
「それがね、駄目だったの。こん時に白状すれば良かったんだけどね。ほら、玉に呪いをかけたって言ったでしょ? だからもう開かなくなっちゃってたの。それをかけた呪術者かそれ以上の者でないとね」
家来たちの隙を見て、玉からこっそり家宝を取り出そうとした彼だったが、上手くいかない。
だが、それでも彼はまだ家宝の事を言いだせなかった。だってそんな事言ったらきっと馬鹿にされる。
少なくとも陰でおれの事を、軽蔑したりあざ笑うに違いないと彼は思ったのだ。
歩きながら彼は、時々顔が赤らむほど玉に力を込めていた。
そんな彼の様子に気がつく余裕がなくなっていたのが、家来たちだ。自分たちだけならいざ知らず、ダンジョンバージンのお坊ちゃまと非戦闘員のメイドまで3人連れて来てしまったのだ。メイドはともかく、御曹司には絶対に擦り傷1つつける訳にはいかない。
おかげで通常ならやり過ごせる下位の魔物や肉食動物達に、過剰に対応してしまい、出会うごとに一掃してしまったのも無理からぬことだった。
メイドたちも彼の足元や、顔や服に虫や葉などが当たらないよう気を配って、彼が何をしているのか深く考えられなかった。
「ちょっと待て。あそこの門番のドワーフは、ハンター達を雇って内部を一掃したと言っていたが、その前にもある程度潰していたという事か?」
ヴァアリアスが口を挟んだ。
「門番のドワーフってブラウンに黒混じりの髭のかい? だったらゲルルフのおっさんだな。あの人はこの騒動を知らないんだよ。その頃は別の門番と交代してたそうだから。
この件はアメリ以外の者からも聞いたんだ。アメリとほぼ話が合ってるから間違いないみたい」
パネラが手をヒラヒラさせた。
「という事は封鎖したのは12日前からではなく、その日からってことなのか」
「そう。正確には関係者の出入りだけはあったけどね」
「それじゃ、蠕動は1回だけじゃなくもっとあったんじゃないのか。しかももっと早いうちに」
「察しがいいね、さすがはAランクだけはあるよ。お察しのとおり起っちゃったんだよ。彼らが入っている時にね」
玉を3つ隠すと単純に言っても、同じところに隠す訳に行かないし、近くてもダメだ。隠し場所はあらかじめ大体の位置が検討されていた。
このアジーレ・ダンジョンは単純だが迷路形式の3層から成っている。だから1層に銀の3等、2層に金の2等、そして3層にプラチナ銀の1等を隠すことになっていた。
彼らが通った跡には、魔物たちの死骸が死屍累々と転がっていった。普通なら狩った魔物や動物の死骸はそのままにせずに持ち帰るのが基本だ。だから入った者たちはここまで乱雑に殺戮はしない。
そんなに戦い続けたら自分たちが疲弊して危ないから、適度に回避するようにするのが基本だ。
だが、大切な坊ちゃんを連れた家来たちは、そんな場合ではない。もうずっとピリピリしどうしだ。
しかもそこそこ強い家臣達の力もあって、その勢いのまま進んでしまった。もう殴り込みの勢いである。
1層、2層と無事に終わり、3層まで来た時、彼の苛立ちがピークになり始めていた。
もうすぐこれを隠さなくてはいけない。だが、玉は一向に開く気配がない。この下の者たちに嘲笑われながら、助けを求めなければならないのか。こんな下賤の者たちに。
彼はついイラ立ち、開かない玉を思い切り地面に叩きつけた。
折しもそこは緩く坂になっていた。おかげで勢いよく叩きつけられ、跳ね返った玉はそのまま下――ダンジョンの奥の方に転がっていった。
慌てたのは彼である。彼の行動に一瞬唖然とした家来たちの間からすり抜けて、玉を追っかけた。
その瞬間、蠕動が起こった。
「蠕動ってのは前にも言ったが、ダンジョン内部が動くことだ。規模はそれぞれ違うが、共通するのは地震のような動きをすることだ」
ヴァリアスが俺のほうを見ながら説明した。
「大きいのになると天地がひっくり返るように動く。揺れ動くだけでなく、内部を広くしたり、地形を変化させるからな」
それは中は一種の*ビックリハウス状態なのか? 固定された椅子に座ってても結構怖いのに、それは嫌だなあ。(*ビックリハウス:内壁が回転してあたかも部屋が回転しているかのように錯覚する、遊園地のアトラクションの一種)
「蠕動が起こったら、その場からなるべく離れないのが一般的だ。上から岩が落ちてくるとかなら別だが、慌てて動き回ると、変化するまわりの壁に巻き込またり、別に出来た通路に放り出されたりするからな」
だがこの時メイドよりもこの事態に驚き我を忘れたのは、他ならぬお坊ちゃまだった。
何しろ彼はダンジョン初体験なのだから。
悲鳴を上げながら地面や壁に転がりまわる彼を、家来たちは慌てて助け担ぎ上げ、一目散に地上に向かった。
この時、壁や地面が波打ち、揺れることは揺れたが、決して天井から岩は落ちて来なかったと、レッカの妹は証言した。砂が落ちて来たり、地鳴りが怖かったが、おそらく20秒足らずだったと。
ジェレミーは地上に出るまで、ずっと喚き続けていたようだ。おそらくパニックを起こしていたのだろう。
来るときとは道が変わっているという、ふと洩らした家臣の言葉にも恐怖を煽られたようだ。実際、ダンジョンは蠕動で迷路が変わってしまっていた。
だが、そこは頼りになる家臣達。念のために残してきた、宙に浮かぶ光の道標で無事に地上にたどり着いた。
やれやれ、これでは主殿に褒められるどころか、雷を喰らうな。悪くすれば減給かもしれん。家臣達は皆、高級な服を泥だらけにして呆然と佇んでいる御曹司を見て覚悟した。
だが、事は彼らの想像を遥か上をいっていた。
やっと我に返ったジェレミーは顔を青くして、初めて真相を話した。
「……家宝を……大事な家宝の鈴をダンジョンに落としてきてしまった―――
何てことしてくれたんだよっ!! お前達が止めないからだぞっ」
ここまで読んで頂き有難うございます。




