第131話☆『蒼也、パーティの勧誘を受ける』
「サーチャー(探知能力者)さん、いや、あの時はホントに失礼しましたっ」
男がエンジ色がかった栗色の頭を下げる。
なんかイギリスの元首相みたいな呼ばれ方だな。って、スープがこぼれるっ。
俺が慌てて水魔法でこぼれそうになったスープを押さえて皿を掴むと、また男がすいませんと謝った、
なんだかどこぞで見た事のあるドジっ子みたいだ。
「あの……あの、いま仕事中で話してられないのですが」
俺の肩越しに奴を見たらしく、ちょっとビクつく。
そりゃそうだよな。マフィア面の奴が、デカい蜂をバリバリ頭から食ってんだから。
「終わったら必ず来ますから、話だけでも聞いて頂けますかっ? いや、ぜひお願いします!」
そう言って男は急いで階段を降りて行った。
おい、俺はまだ返事してないぞ。
「別に返事してないんだから、無視すりゃいい」
スープを持って戻ってきた俺に、心を読んだように奴が言った。
「無視はさすがにマズいだろ。ここの従業員みたいだし、昨日もなんか切羽詰まってたし、まあ話くらいなら聞いてやろうよ」
「お前はそういうとこが甘いんだよな。自分で厄介事に首を突っ込むタイプだ」
「話を聞くだけだよ。俺だってちゃんと断る時は断るさ」
ちゃんとノーと言える日本人になるのだ。
テーブルに奴用にキリコが作った、牛挽き肉を竹で挟んだ『竹バーガー』を紙皿に出しながら、まずはどうやんわり断るか考えていた。少なくともこの時は。
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「あれっ? 朝……?」
半分開けた窓から朝日と、気持ちいい風がそよそよと入り込んでいた。
俺は向かって左側、斜め屋根側に配置された2段ベッドの下の段で寝ていた。
昨日は夕飯を食べたあと、試験の問題用紙を見ながら彼を待っていた。だが、今日もいろいろ忙しかったこともあって、段々眠くなってきた。
さっき終刻の鐘が鳴った。おそらく食堂も祭りも終わりの時刻だろう。あの男はまだ来ない。
階下を探知すると客のいなくなったテーブルの上に椅子を次々と上げていた。もう少しで来るのだろうか。
そう思いながら問題用紙を手にしながら、ちょっとだけ目を閉じた。
それが気が付いたらベッドで朝になっていた。なぜこうなる?
「椅子で寝るより横にさせたほうがいいから移動させた」
奴は朝日を背にして、ソファにふんぞり返っていた。
「え、俺寝ちまったのか? 彼は? なんで起こしてくれなかったんだよっ」
「良質な睡眠は成長に欠かせない。無駄に起こす訳ないだろ」
奴がしれっと言う。
このぉ~、ベッドに寝かすから、うたた寝から熟睡になっちまったんじゃないのか。確かに寝ちまった俺が悪いけどさー。
腕時計を見ると5時17分だった。しかし思い切り寝てたな。夢も見なかった。
確かに奴と出会う前に比べると、眠りの質が格段に良くなっている。鬱の時は睡眠薬飲んでたし、普段もなかなか眠れなかったり、寝ても2時間くらいで目が覚める事はザラだったから。
ここ最近子供みたいによく寝てると我ながら思う。
「お前を寝かしつけてからすぐにアイツが来たぞ。もちろんお前はもう寝てるから会わないと言っておいた」
そのまま彼を追い返したのか。あ~なんか顔が合わせづらいな。
「そしたらアイツなんて言ったと思う?」
「また明日来るとか?」
奴がワザとらしく肩をすくめた。
「オレ達が雇えるかと聞いてきた」
「ハァ?」
昨日俺がベッドで深い眠りに沈み始めた頃、彼が来たらしい。奴にとって俺に近づいてくる者は全て監視対象なので、すぐに追い返そうとしたらしい。
ノックをする前にドアを開けられ、しかも奴が立っていたので、彼はまたすくみ上がったようだ。
だが、怖気ながらも逃げることなく話してきたらしい。
「お、遅くなってすいません……。あのサーチャーの人は……?」
「蒼也はもう寝た。だからお前の話なんか聞けないぞ。用が無くなったから帰れ」
そう言って有無も言わせずにドアを閉めた。
が、彼はそのまま帰らずに食い下がったそうだ。
「遅くなったのはすみませんっ! だけどちょっとだけ聞きたい事があるんですっ」
ドアを何度か叩いた。
またドアが勢いよく開いた途端に、奴が彼の首を掴んで持ち上げた。
「――静゛か に し ろ゛ せっかく寝たのに蒼也が起きちまうだろ」
押し殺した声で奴が言った。(俺は赤ん坊じゃねぇぞ)
「ず、ずいませんっ。だけどあの゛ぉ、あなたぁ達っで、ぞの、ハンダーなんですかぁ?」
首を掴まれたまま、彼はなんとか小さな声を振り絞った。
「あ゛? だったらなんだ」
「あの゛、まづりの、ダンジョンにぃ参加ずるんですかぁ?」
ゆっくりとまた廊下に彼を下ろしながら答えた。
「しねぇよ。あんな糞イベント」
喉を擦りながら彼は
「……じゃあ、もしも依頼したら一緒に来てもらえる事は……できますか?」
この時、奴の目から視線を外さずに言ってきたのが良かったらしい。
「……それはアイツ次第だな」
「じゃ、じゃあっ」
「明日まだその気があるなら、朝に来い。話だけなら聞いてやる」
「あ、ありがとうございますっ」
頭を下げる彼の前で、ドアが閉まった。
「へぇー、あの男、結構肝っ玉座ってるんだな。そんな目にあってんのに。俺なんか、あんたと初めて会った時は、目なんか合わせられなかったのに」
俺は洗面器で顔を洗いながら言った。汚れた水は横のバケツに入れて、後でまとめて捨てるようになっているが、もちろん転移で下水に直接流した。
「そりゃあ お前が、オレのような目や牙のある口を見た事ないからだ。こっちには獣人やユエリアンがいるからな。こっちの世界の住人は慣れっこだ」
いや、問題の根本的なとこが多分違うと思うぞ。
ルームウェアからカットソーに着替えていると、ドアがカタン、カタンと鳴った。ノックしてるのではなく、何か荷物を持っていて体を当てているような感じだ。
それにしても朝早くに来たな。
「はい、はい、今開けますよ」
俺は疑うことなくドアを開けた。
ドアを押し開けるように、バッとネイビーブルーの塊が入ってきた。
そいつはそのまま部屋の真ん中、テーブルの手前までいくと振り返って鳴いた。
「猫? いや、猫なのか? そいつ」
そいつは全身が短いネイビー色の毛並みをしていた。丸みのある頭に、前に折れた耳はスコティッシュフォールドを思わせる。目の色は金色で、こちらの猫よろしく、とにかくデカい。
『赤猫亭』のジョシーもシェパード犬くらいあったが、これはその2回り以上あるんじゃないのか。
そして猫と思えないポイントが、尻から伸びている長い尻尾以外に、腰の辺りから数本、同じように短毛に覆われた触手が伸びていた。
「山猫だな」
閉めるのも忘れてドアの前で突っ立っている俺に奴が言った。
「山猫? これが?」
そいつはテーブル前のソファで座っている奴のところに行くと、その組んでいるブーツの先をクンクン嗅いで、少し不思議そうに首を引っ込めた。
「オレに匂いが無いんで戸惑ってるんだ」
奴が薄く笑った。
「山猫って、その、山にいる野生のもんなんだろ? それがなんでここに……」
くるりと俺の声に反応したように、山猫が踵を返すと、スタスタと今度は俺の方にやってきた。顔は可愛いが、その体に合わせて頭も大きく足も太い。まるで虎か豹だ。
その触手を見て俺は身構えた。
『ミュアァー』
体に似合わず高めの可愛い声で、俺の顔を見上げながら鳴いた。そうして足元の匂いを嗅いだ後、俺の腰に大きな丸い頭をすりすり擦りつけてきた。その見た目以上の強い力によろめきそうになりながら、また俺の警戒心が薄れそうになった。
むっ、可愛いっ! 大きいのに可愛いぞ、こいつ。もふりたいっ!
だが、その腰からうねうねと尻尾同様蠢いている触手に、俺の警戒心がわずかに引っかかっていた。
「ポー、ポーッ どこ行ったー?」
階下で男の声がした。
すると山猫は顔を上げるとスルッと来た時と同じようにドアを抜け、音も立てずに階段を降りていってしまった。
飼い猫なのか。
もしかして昨夜、屋根の上にいたのは、こいつだったのかもしれないな。
「お前、いま確認もせずにドア開けたろ」
昨夜廊下に出しておいた深皿が無くなっているのを確認して、部屋に戻って来ると奴が言ってきた。
「だから先入観は危険だと言っただろ。あれは人慣れしているから良かったが、山猫は本来もっと気が強い魔物だ。あの爪は人間の骨なんか軽く砕く事ができるんだぞ」
確かに勝手にあの男かと思って開けてしまった。あれが猫じゃなく、敵意のある人間だって可能性としてあり得るんだよな。どうも誰かが一緒にいると、気が抜ける事があるのが俺の悪い癖だ。
どうせこいつは助けてくれないんだし気を付けないと。
朝のいつもの薬草ジュースを飲んで少し胃が落ち着くのを待つ。最近は味に慣れてきたので、少しづつ濃度を濃くして容量をなんとか200㏄くらいまでに少なくした。
それでも朝起きぬけの胃には結構くる重さだ。おかげで朝食はあまり食べられない。
この間もうそろそろ飲まなくてもいいんじゃないかと、奴に聞いたのだが一蹴された。
これは俺が少なくとも俺の成長期が終わるまで続けるという。まだ成長期が終わってないってなんだよ。
俺は春が来たらもう55なんだぞ。
「まだ55だろ」
奴が反論した。
「これくらい本当なら楽に消化できるはずだ。まだ胃が本来の状態になってないからだ。正常ならもっと朝から食欲旺盛なはずなのに」
「そんな朝からステーキとか無理だぞ。中高生じゃないんだからな」
もっとも中高時代にそんな豪華な朝メシなんか食べれなかったが。
「お前のそういう精神が体に深く影響してるんだ。それに偏食気味だしな。やれ虫は嫌だとか、生肉は駄目だとか」
「それはしょうがないだろっ。食文化の違いなんだから。そう言って変なもん食わすなよな」
あ、考えてみたらもう食わされてるんだ。
虫どころかディゴン――ダゴンの肝入り薬草ジュース……。
地球じゃ忌まわしいあの存在が、俺の血肉になるのかと思うと吐きそうになってしまいそうだが、救いは地球産じゃないというところだ。多分ラブクラフトが書いたものとこれとは違う。そうしておこう……。
開門の鐘が鳴ったが彼は来なかった。
その代わりに遠くでポン、ポンとまた何かを打ち上げるような音がした。同時に外で歓声が上がる。
朝から花火なのだろうかと窓に顔を近づけると、外に1枚、2枚とひらひら紙吹雪が落ちてきた。それは段々と数を増していき、やがて雪のように振り出した。
あの紙吹雪を打ち上げていたんだ。今日の祭りの開始だ。
おお、今日こそ1等を見つけてやる。だけど1等の景品って何なんだろ。チラシには書いてないんだよな。簡単に『その時のお楽しみ』としか。
「ヴァリアス」
「ん?」
「こっちではその、ワームって食べたりするのか?」
「食べるぞ。見かけはあんななりしてるが、内側は食うとトロッとしてて結構美味いんだ。食べる岩や土によっても味が変わって来るが、岩塩地帯のソルトワームは肉にちょうどいい塩気を帯びてるんだ。味付けしなくてもその場で焼いて塩焼きに―――」
「わかった。もうお腹一杯だからその話はいいわ」
聞いた俺が悪かったが、なんで嬉々として話すんだよ。
ゲーム『ダンジョンマスター』でワームの肉が食用だったのを思い出した。
3等があの芋虫で、1等がワームとかだったらどうしよう……。
下宿前の通りも少しづつ人が行きかうようになってきた。
あの男はいつ来る気なのだろうか。
「彼、朝の仕事してるのかもしれないな。どうせだからもう食堂に降りてみるか」
食堂に行くと席はほぼ満席だった。窓際の2人席は別の客が使っていたので、俺たちはもう1つの階段下の2人席に座った。
階段から下りてきた男がカウンターで、何かのプレートと深皿を受け取るとまた上に上がって行った。部屋でとるという事は下宿人なんだろうか。
横を見ると何人かが同じようなワンプレートとスープの食事をしている。メニューに無さそうなんだけど、下宿人用の朝食なんだろうか。
「オレはこの『ゴブリンのスペアリブ特製タレ』だけでいいよ。あとエールな」
朝から食うメニューじゃねえな。俺は(ホップバードの)卵と赤大豆のサンドイッチとポテトポタージュにしよう。
今朝は食堂に女将さんとコックの旦那さんの2人だけで、あの男はいない。忙しく皿に盛りつけしている女将さんに、カウンターで直接注文を告げる。
「あとゴブリンのは筋切りしなくて大丈夫です。それと特盛でお願いします」
「あいよ」
女将さんは特に気にする事もなく返してきた。
「あの、相席いいですか?」
俺たちが食べ始めていると、あの男が横にやってきた。手にはあのワンプレートとスープを持っている。
「あ、どうぞ」
俺は奴と自分の皿を少し動かした。
「すいません、昨日は遅くなっちゃって」
男は階段下から余っている椅子を持ってくるとコの字型に座った。
「こちらこそ寝ちゃってすいませんでした。あの、こちらの従業員の方じゃないんですか?」
「あれは夜だけのアルバイトなんです。本業は鍵師です」
鍵師――日本でも開けられなくなった錠前の解錠する職業を指すが、こちらでは罠の解除もしたりする、広い意味での仕掛けを解く職業を指すそうだ。
もちろんここの下宿人で3階の角部屋に住んでいる。
「私は蒼也、ハンターです。彼はヴァリアス、傭兵です。で、話ってやっぱりあのダンジョンのパーティの件ですか?」
俺は壁に貼ってあるあのパーティ要員募集の張り紙を指さした。
「ええ、そうなんです。どうしてもこのイベントで優勝……1等を絶対に見つけないといけなくて……」
レッカと名乗った男は、カウンターの水差しから水を入れてきたコップを握りしめた。
やっぱり300万って庶民には大変な金額だもんな。日本に比べたらもっと価値があるし。
「…………見つけないと、僕の妹が売られちゃうんです……」
「えっ?! どういう意味です?」
「……すみません。ここじゃ詳しく言えないです。良かったらこの後、部屋で話しませんか?」
確かに混み始めてきた食堂で話す内容ではないらしい。こんなとこで遮音しても変だし。
「パーティという事は、もちろんお前以外にメンバーがいるんだろ?」
奴がスペアリブをもちろん骨も残さず食べながら聞いた。
「ええ、戦士と魔法使いの2人がいますけど」
レッカが黒パンをスープに浸しながら答えた。
「そいつらもまず、オレ達と面通ししなくていいのか」
「それはもちろん後で会ってもらいますけど……」
「フン、もうそこにいるくせに何言ってる」
奴が親指で指した俺の右側には、2人の男がテーブルの端に座っていた。
1人は狐色の毛並みの獣人だった。服の上からも痩せているのがわかる細身の体型。
逆にもう1人は座高は低いが肩幅が広く、たくましい褐色の二の腕をしていた。耳は短いが先が尖っている。ドワーフか。
奴に指摘されたのに気が付いて、2人がこちらを向いた。
あれっ、ドワーフ、女だったのか。
辛子色のノースリーブの胸が大きく膨らんでいる。顔にも髭はなかった。20代くらいとしかわからないが、いかにも気が強そうな太い眉をしている。
獣人の男もこちらを向いて、頭から緑色のフチなし帽を取ると、軽く頭を下げた。そのクセ毛の髪の中に丸まった角が見えた。やや面長な顔の瞳は深めのグリーン色をしていたが、瞳孔の形は俺と変わらない。
多分草食系の獣人なんだろう。見た目は30代後半ぐらいかな。
「さすがだね。なんでわかった?」
オレンジ色の髪を後ろで一本の三つ編みにまとめたドワーフ女が言った。
「匂いでわかる。お前らどうせしょっちゅうつるんでるんだろ? お互いの匂いが染みついてるぞ」
「そう言われればそうかも。おいらは慣れっこになっちまってるから、気にならなくなってたけど」
そう獣人の男が焦げ茶色の自分の服を嗅いだ。
「やだなぁ。これでもちゃんと毎日体拭いてるのに」
ドワーフ女も自分の服の胸前を摘まんでみる。
「とにかくさ、詳しい話は部屋でしないかい? レッカの部屋だと5人は厳しいから、屋根裏部屋でさ」
彼女の発案で、いつの間にか俺たちの部屋で話をすることになってしまった。
ここまで読んで頂き有難うございます!




