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第130話☆『たかがパレードされどパレード』


「ああいうのはダンジョンを潰す時のやり方だ」

 スタスタと山沿いを歩きながら奴が言った。

「中に棲んでいる動植物や魔物、エナジーを放つ生き物たちを一掃して、後から一切獲物を入れないようにする。そうするとダンジョンは、あらたなエネルギーを得られずに活動を維持できなくなる。生物で言うと飢え死にだな」

「でも中にいた魔物たちをほとんど殺したって事は、その時にエネルギーが一杯出たんじゃないのか? それでしばらくは持たないのか?」

 確か生物が死ぬときのエネルギーが一番美味しいみたいな事いってたよな。

「さっき蠕動ぜんどうがあったって言ったろ? あれはダンジョンが大きくなる時にも起こるんだ。少なくともエネジーを多量に得られた時に1回は起こってるはずだ。成長ともいうかな。次の獲物が来るときまでにもっと沢山取り込めるようにな。迷路が更に複雑になったり、トラップや誘う餌が増えたりと、エネルギーを大量に使うんだ。それなのに次に来る食べ物が入って来なかったらどうなると思う?」

 うーん、それはお腹一杯食べて胃が大きくなった時点で、急に断食させられるって感じなのか?

 ダンジョンは脂肪みたいにエネルギーを備蓄しておくことはしないのか。


「それじゃあのダンジョンも今、死にかかってるって事かい?」

「いや、まだそこまではいってない。仮死というより、活動エネルギーが少なくて冬眠状態だな。そのまま何年も放っておくと死滅するか、素だけが魂魄になって別の地に移動していくんだ。どのみちその土地がダンジョンではなくなるわけだが」

「でも何年も放っておくわけじゃないんだから、今回は大丈夫なんだろ?」

 ジロっとまだ黒と銀色の眼で俺を見た。


「潰す気もないのにたかがイベントの為に、自分達の口を養っている大事な金を産む大地を半殺しにしてるんだぞ。おごった人間のやりそうな事だ。魚を獲るために川に毒を流すのと一緒だ」

 むー、神様目線で見るとそういう事なのか。

 でも日本でもそういうのって、土地神様に怒られそうな感じだもんな。

「じゃあ神様として、ヴァリアスが何か力を貸してやるとかしないのかい?」

「オレはしない。担当違いだからな。地の奴らの領域だ、これは。そうだろ?」

 俺の方にではなく、左斜め前の方に視線を移しながら奴が言った。

 もちろんそこには誰もいない。としか見えない。


「ところでこっちって町の方角じゃないけど」

「丘の方に行く。こっちには人間の気配もないし、開けた場所もあるしな。お前が言ってた新しい技の練習にちょうどいい」

「なんだ、やっぱりそうなのかぁ」

 俺達は山裾を上がっていった。


 町に戻ってきたのは閉門ギリギリの6時過ぎだった。こちらの町も王都同様、陽が伸びたのに合わせて閉門時間が6時半になっている。

 身分証と一緒に宿から渡された通行証を見せて、難なく通れた。

 街中はもうすぐ閉門というのに人で溢れていた。もう夜のテーマパークだ。人通りがあるので、普段なら閉めている時間であろう店もまだ開いていたりして、夕方の町は昼に劣らずなかなか明るく賑やかだ。

 だからもしやギルドも開けていてくれてるかと思ったのだが、こちらは定時で閉まってしまっていた。

 ちょうど最後の利用者を大戸の横の通用口から見送った係が、辺りを確認して戸を閉めるところだった。

 う~ん、あと20分早ければ間に合ったかもしれないのに。


「別に明日でもいいだろ。ジジイの方は、そんなファクシミリーの前でずっと待ってやしないぞ」

 そりゃそうかも知れないけど、約束した手前落ち着かないんだよ。

 新しい風の使い方に、俺もつい夢中になってたら時間を忘れてしまっていた。明日は一番で来よう。


 ポンポンと軽快な破裂音が遠くから響いてきた。どうやら花火が始まるようだ。遠くの教会の尖塔の後ろに赤と黄色の花が咲いた。それはパッと開いて花びらを散らすと、炎の花弁が消えることなく、また中心に戻ってまた違う花の形に開いた。

 おそらく火の使い手がやっているのだろう。地球の花火大会でやったら、まず優勝間違いなしだな。

 見ていたいが、あの特訓のおかげで俺は汗だくになってしまった。土や砂は払って汗も飛ばしたが、やっぱり風呂に入ってサッパリしたい。

 俺は急いで下宿に戻って、女将さんから大盥を借りることにした。


「大盥なら裏庭に置いてあるよ。物置小屋の隣さ。ウチだってちゃんと目隠しぐらい作ってあるのさ」

 混み始めてきた食堂で、樽からジョッキにビールを注ぎながら女将さんが言った。奥の厨房でやはり女将さんのように太った大柄な男が、こちらに背を向けて何かを軽快に切っている。あれが宿六こと旦那さんのようだ。

 裏庭にまわると、真ん中の井戸の他に、向かって左側に鍵の付いた物置小屋があった。その左隣に簡単な木の衝立があった。

 コの字型に物置の壁にくっつくように作られていて、下が10cmほど開いていた。高さは1.5mくらい。幅は1mくらいか。これでシャワーノズルでもあったら、海の家のシャワー室のようだが、もちろんそんなノズルなんかは無く、木製の大盥が壁に立て掛けてあるだけだ。

 大盥は大人が座って入れるくらいの大きさだが、盥というだけあって、高さは30㎝もない。沐浴というより行水用だな。

 戸も単純な押戸で、風でも吹いたら開いてしまいそうなのだが、この目隠しの衝立も無いよりは全然マシなのだろう。

 何しろ裏庭とはいえ、一面は裏道に面していて、腰までの高さの簡単な木塀とまばらな木立ちだけなので、裏道を通るご近所さんには丸見えだ。

 いや、天井が無いから、周りの建物から丸見えでもあるな。


 やっぱり部屋に持っていって、レジャーシート敷いて体洗おうかな。どうせ水魔法使うんだし。

 だけど魔法使うなら、大盥も要らないか。

 う~ん、でも流れる水をその場でずっと下水に移動させてるのも、なんだか落ち着かないか。

 奴に言ったら訓練になるから、絶対やれって言いそうだしなぁ。

 まっいいか、大盥使うって言っちゃったし、上まで持ってくのも、どうやったって言われそうだしな。


「じゃ、オレは先に行って席取っといてやるよ。娘っ子じゃないんだから、覗きの心配なんか要らないもんな」

 あんたは早く酒飲みたいだけだろ。

「いいよ。ただ俺もさっさと済ますから、さっさと食べてパレード見に行くぞ」

 

 物置の壁高さ2m近くのところにランプがぶら下がっている。もちろん俺はそれは使わずに、光魔法で小さな光球を宙に打ち上げた。


 日々の生活で使う魔法に水魔法や火魔法がある。俺は主に風呂を沸かす時に使ったりしている。

 水魔法は比較的、温度を引く――冷温にするやり方のほうがやり易い。だから氷攻撃とかが通常目立つし、多く使われるのだが、本当は水を操作するのでこうしてお湯にして出すことも可能だ。

 以前赤猫亭でシャワーを使った時に、イメージで温水にしようとして火傷するくらいの熱湯にしてしまったが、あれは結局、火魔法がどうやら作用していたらしい。どこかお湯をガスで沸かすイメージがあったからのようだ。

 失敗した後、奴にどうして水が熱くなるかという原理を意識してやってみろと、コツを教えてもらった。

 だから今は元からある水の分子を瞬時に擦って、熱を発生させるレンジ式をやっている。効果を導くためのやり方は色々あるようで、時と場合によって使い分けろと言われたが、今の俺に出来るのはこんなとこだ。


 魔法で水を出すという行為は、基本、空気中などのまわりの水分を寄せ集める。他にも創造系錬金術のように原子の組み換えとかのやり方もあるようだが、俺にはそんな高度な術は出来ないので、このスタンダードなやり方をやっている。

 だからそうすると、コップ一杯の水くらいならいいのだが、湯舟や普段の水洗トイレなど、けっこう使う水量分は空気中というより、日本でのアパートの場合、水道管からちゃっかり頂いているようなのだ。

 

 これは水道泥棒なのではないだろうか? 俺は気づいてしまった。

 それに水道水ならまだしも、下水の水もさらっている可能性がある。気が小さくて神経質な俺はそのことも考えてしまい、地球ではなるべく水を出すのを止めたのだ。

 そうじゃなくてもこの間、水道メーターを計りに来た係員に、今回妙に上水量(蛇口から出る水の量)が下水量(下水に流す量)に比べて少ないが、何かしてますか? と聞かれたことがあった。

 その場は最近、ベランダで雨水を溜めてるのをトイレで使っていると苦しい言い訳したが、迂闊だった。

(作者は、良くトイレを使っていた家族が入院していた頃、前回よりだいぶ使用量が少ないけどと聞かれた事があります)


 試しに水道からではなく、空気中からのみと意識してやってみたら、一気に砂漠以上に部屋の中が乾燥しだしたので、慌てて戻した。

 俺のようなまだまだ弱い能力では搾取する範囲が狭い。あちらの世界のようにまわりに井戸や土がある場所より、東京は密閉度が高いせいもあるせいかもしれない。

 なんにしてもリスクがあるので魔法の使い方には注意が必要だ。


 でもここなら側に井戸があるし、流れた水をそのまま地面に流してもいい。

 大盥の置いてある地面だけザラザラしたタイルが敷いてあり、その端には水を流すといのような溝があって下水溝の穴まで続いている。

 衝立の内側には柄のついたボディブラシとヘチマのようなスポンジがぶら下がっていた。

 もちろんどっちも使う気はない。

 誰が使ったかわからない使い古したブラシなんか使いたくないし、第一俺は垢すり派なのだ。

 泡立ちもいいし、背中もちゃんと洗える。何といっても薄くてコンパクトだ。もし旅に持ち歩くなら邪魔にならないだろう。

 こっちで売ったら人気でるだろか?


 ポン! ポン! とさっきより近くで音がした。見上げると頭上近くで大輪の5色のバラのような花火が開いていた。炎の花弁はそのまま5色の鱗を持つ大きな魚となって、優美に宙を泳いでいった。

 夜はあの紙吹雪はないようだが、代わりに花火が夜空を飾るらしい。

 しばし見惚れていたが、ふと気がついた。

 あれ、もしかしてパレードの車か何かに発射台を積んで移動しているのかな?

 だとするともうナイトパレードが始まっているのでは?


 俺は慌てて探知の触手を広げてみた。

 だが、昼間のように人混みのオーラや念に、ピンボールの玉のように弾かれてしまって上手く視る事ができない。

 とりあえずあのセイレーンのパレードがまだ来ていないかどうか調べたい。


「言い忘れてたけどさ、洗濯物があったらこの袋に入れて出しておくれ。カウンター横の籠に入れておいてくれりゃあいいからさ」

「――うぁっっ!!」

 本当に驚くと声が出ない。

 いつの間にか押戸が開いて女将さんが立っていた。手には麻袋を持っている。

 俺はしずかちゃんのように盥の中で体をすくめてしまった。

「お、お、お、女将さん――!」

 探知に夢中だったとはいえ、気がつかなかった。この女将さんもアサシン系なのか?!

「勘違いしないでおくれよ。アタシにゃ、ちゃんと宿六がいるからね。若い子に手を出すほど色ボケしちゃいないよ」

 麻袋を衝立に引っかけると、女将さんはまたのしのしと裏口から食堂に戻っていった。

 勘違いはソッチだ―――― !! そういう問題じゃねぇっ!

 男だって恥ずかしいもんは恥ずかしいんだよっ。


『(カッカッカッ! 遠くばかりに夢中で、肝心の自分のまわりの注意を怠るからだ。これが戦場だったらお前死んでるぞ)』

 テレパシーで奴の声が頭に響いてきた。

『(あんたっ、気がついてたんなら教えろよなっ。一応ガーディアンなんだろっ)』

 離れていても奴は俺のまわりの警護をしているはずだ。気がつかない訳がない。

『(実害はなかったろ? お前がちゃんと気がつけば良かっただけだ)』

『(俺のメンタルに打撃ありだよ。見てないで教えろよっ)』

 まったくオバちゃんってのは、どこの世界でも気をつけなくちゃなんねぇ存在だな。


 もう刑務所の風呂よりも手短にシャワーを済ますと、俺は裏口から建物に入った。

 トイレと厨房横の廊下を通ると、カウンター横の階段下にある大きな籠に『汚れ物』の木札が付いていた。その中に部屋番号付きの洗濯袋を放り込んで食堂に出る。

 厨房の中ではコックの旦那以外にもう1人、若い男が忙しく野菜の葉をちぎっていた。

 食堂はすでに満席になっていた。女将さんがテーブルの隙間を、巨体に似合わない軽やかさですり抜けていく。なんだかギーレンのトーマス所長を思い出した。

 奴は昼と同じ窓際の2人席にいた。


「ヴァリアス、行くぞ。もう食事は後だ。パレードが始まってるかもしれないからな」

 俺は奴が残りを飲み干すのももどかしくドアの方に向かった。チラシに書いてあったイベント予定によると、幾つかのイベントはお祭り期間中、何度か繰り返し行われるモノもあるが、『セイレーンの歌姫』は今夜1回切りなのだ。

「そんなに慌てても、もう大して変わらないだろ」

「おい、あんたなら今パレードがどうなってるのかわかってるんだろ? 教えてくれよ」

 わざとなのかのんびり出てきた奴に焦れながら俺は言った。

「それくらい自分で感知しろ。大体ルートとか書いてないのか?」

 それがチラシにルートが書いてないんだよな。時間は閉門後という事だが……ん?

 『セイレーンの歌姫』のタイトルの上に小さく『南区マルタ通り』と書いてあった。チラシのイラストと重なっていて気付かなかった。

 どこだ、マルタ通りって?


 食堂に引き返して聞こうかと思ったが、忙しく動き回っている女将さん達を見てさすがに聞けなかった。

 なんとか目視で人混みの中に警吏を見つけて道を尋ねた。

 警吏は護符のせいもあってどこにいるのか探知出来ないのだ。


「南区はここから結構あるぞ。たぶん20ブロック(ここでは1ブロックおよそ100m~150mくらい)は下らないはずだ。何しろここは北区だからな」

 猫か豹系ぽい獣人の警吏はマスカットグリーンの光る眼をしていた。爪を引っ込めた指で道を教えてくれた。


 まず裏庭で見えた教会の尖塔を目指して進む。そこから噴水広場を抜けて、赤レンガが敷き詰められたヴィクトリー通りを真っ直ぐに進み、橋を渡って…………いつもの通りならいざ知らず、この人混みの中をかよ。

「屋根伝いに行けば早いんじゃないのか。今日やった風の手法を使う絶好の機会じゃないか」

 奴がニヤニヤしながら言う。顔は半分見えないが、絶対に笑ってる目だ。

「出来るかっ! 野山じゃなくて人の家だぞ。それこそ警吏が集まって来ちまうわ」

 もうこのまま行くしかねぇっ!


 結局マルタ通りにたどり着いたのはそれから25分ぐらいかかってしまった。

 どこだパレードは。

 と、斜め角の方向から音楽が段々近づいてくる。俺はまた人混みをかき分けてそっちに向かった。

 いたっ! パレードがっ。


 金色のヤシの実の木のような頭飾りを付けた、着飾った馬達が何頭も繋がれて引っ張って来る台車の上に、

10人ほどの仮面を付けた演者が、おもいおもいの楽器を演奏していた。まわりを包むように舞っている色とりどりの光の玉が、その音楽に合わせて奇妙な舞いを見せる。

 だが肝心の水槽も歌姫もいない。これじゃないのか。


 探知してみたが、あたりには他にパレードらしき姿は感知出来ない。これからなのかな。

 聞きたいがぞろぞろ歩く見知らぬ人達に、道を尋ねるのではなくパレードの事を聞くのがなんだか気後れしてしまった。こういうところが俺の弱気なところだ。

 紙吹雪がないので景品交換所も閉まっている。おかげで祭りの係がどこにいるのかわからない。

 ええいっ、お巡りさ~んっ(警吏)どこだーっ。


 チラッと銀行の柱の陰に、背中に模様が入ったサーコートを見つけた。地区によって警吏の服は違っていて、こちらでは縦に黒とグレーのハーフカラーになっている。その真ん中には、警吏を示す黒い『†』模様がついていた。

 俺達に振り返った警吏はフードを被って、目の上下に赤い♦マークを付けた白い犬の仮面を付けていた。

 ただ空いた目の部分だけが金色に光っている。さっきの警吏も猫科系の獣人だった。やっぱり夜の警備は圧倒的に夜目の利く獣人が多いようだ。


「セイレーンのパレード? 歌姫のだったらもう今日は終わったよ」

 仮面の警吏は素っ気なく言った。

「エッ!?」

「今日は他の演目がズレて早くやったんだ。閉門と同時に繰り出してたからな」

「そんな……せっかく頑張って来たのに……」

 俺は一気に力が抜けて、その場にしゃがみ込んだ。

「えっ、おい、どうした? 具合悪いのか?」

 急に膝から崩れるように座り込んだ俺に、警吏は少し慌てたようだ。 

「――お前、そんなにセイレーン見たかったのか?」

 気落ちして石畳に座り込む俺にヴァリアスが上から言った。


 今日は気分が上がったり下がったり、激しかった。その反動もあった。ちょっとしたプチ鬱の前触れのようなものだ。


「だったら今からセイレーン見に行くか? 夜だからアイツら寝床に帰ってるはずだが」

 ヴァリアスが屈みながら言ってきた。

「いや、俺は本物じゃなくて……人間の女のが見たいんだよ。……俺の今日のメインイベントが……」


「それじゃ花街行くか? あそこなら魔物じゃなくて人間の女ばかりだぞ」

「……そういう問題じゃないんだよ。ったく分かってないな……」


 そんな俺を見ていた金目の警吏が、ポケットからチラシを取り出した。

「あんた達、ここには今日までなのかい? もし明日もいるなら明日の夜もやる予定だけど」

「えっ? 明日もあるんですか? チラシには今日1回限りみたいに書いてありますけど……」

 俺は顔を上げた。

「確かに始めはその予定だったんだが、途中から他のイベントとの差し替えで回数が増えたんだ。チラシは

配布した後だからそのままだが、俺達には警備の為に最新情報が来るんでね。まず間違いないはずだ」

 と、俺の目の前に広げたチラシを見せた。それにはイベントの変更点が書き込んであって、確かに歌姫の部分に書き直しがしてあった。

 やった! 俺にもまだ運が残っていたようだ。


「ありがとうございますっ! 明日こそ遅れないように来ます」

「お前……ホントに現金というか単純というか―――」

 奴がちょっと呆れたように眉を上げた。

「単純で結構だよ。そういや急に腹減ってきちゃった」


 パレードがどの辺りを通るのか、警吏が通りの一方を指差そうと手を上げた時に、何故か仮面の紐が解けて滑り落ちた。

 男が慌ててキャッチする。

「おっと、変だな。しっかり結んだはずなのに」

 警吏の男は仮面をつけ直すためにフードを脱いだ。

 男の顔と耳を見ておやっと思った。犬の面のせいで勝手に獣人と思っていたが、男はヒューム系だった。

 ただその目は金色の半月のような瞳孔をしていた。ユエリアンだ。


「わかった。あの辺りからだな。じゃあ飲み直しに行くぞ、蒼也」

 奴がさっさと踵を返す。俺は警吏にお礼を言って慌てて奴の後を追った。


「今のイタズラ、あんただろ」

 こいつは自分の系統関係にはちょっかいを出す。

「お前、奴を獣人と決めつけてたろ? そういう先入観を持ったモノの見方は良くないぞ。重大な場面で判断ミスにつながるからな」

 うぬ~っ、言い返せねぇ。

 

 今度はパレードじゃなくて食堂や居酒屋を探す。

 だが、探知で見つけるもとにかくこの人混みだ。どこもかしこも満員で、オープンテラスでもないのに、店の外の酒樽を急遽テーブル代わりにしているところもある。

 空地や裏庭に出しているテントももちろん一杯だ。

 探しながらいつの間にか北区まで戻ってきていた。もうこうなったら下宿で食べるしかないか。


『いばらの森亭』を覗くと相変わらずの混みようだった。まだキリコが作ってくれた料理も残っているし、部屋で食べる事にしよう。


 食堂を通って厨房カウンター横の階段を上がろうとした時に、奴が厨房の女将さんに話しかけた。

「部屋で飲むから、例のホーネット酒1樽持ってくぞ」

 そう言って、横に何樽か置いてあるうちの1つを選んで持ち上げた。

「あんた達、食事は済んだのかい?」

 手早く深皿に、ラザニアのパスタのようなものを入れて、鍋からスープを注ぎながら女将さんが聞いてきた。

「いえ、どこも一杯だったので、部屋で食べようかと思って適当に買ってきました」

 俺は適当に答えた。

「じゃあなんか温かいものいるかい? 1食分くらいサービスしとくよ。あとで部屋に持っててあげるからさ」

「いや、そんな悪いからいいですよ。忙しそうなのに」

「若いんだから、それくらい遠慮しなさんな。ほらっ2番さんの出来たよっ」

「は、はいっ」

 若い給仕の男が慌ててカウンターに料理を取りに来た。


「なんか本当に下宿のオバちゃんみたいだな」

 屋根裏部屋に戻って面を取って上着を脱ぎながら、窓の外を見た。

 もう7時半近くだというのに通りを、先に3,4つ小さく光る発光体を付けた枝を持った女たちが、お喋りしながら広い通りの方へいく。広い通りはまだまだ明るく賑やかだ。時折花火の赤や青・オレンジといった光がまわりの屋根を照らしていく。

 

 ふと上でガリっと瓦を引っ掻くような音がした。

 格子のせいで顔を出せないが、何かが斜めの屋根の上にいるようだ。探知しようとした途端に、サッとその気配が消えた。2本足ではなく4本足だった。猫かな。

 

 キリコが作ってくれた五目お握りと肉じゃがを紙皿に出している時に、ドアがノックされた。

「わざわざすいません」

 俺は女将さんだと思ってドアを開けたのだが、そこに立っていたのはさっき給仕をしていた若い男だった。

 手には深めのスープ皿を2つ持っている。

「あれっ、あなたは――」

 そう言われて気がついた。


 彼は昨日、王都の魔導士ギルドで、サーチャーを探して俺に声をかけてきた男だった。



ここまで読んで頂きどうも有難うございました!

ダンジョン編はなんだかエピソードが増えて来て、当初より長くなりそうです(汗)

登場人物たちとの横糸が揃わないうちは、まだまだ本ダンジョンには潜りません。

多分潜ってからも長くなるかも……。

よろしければこれからもお付き合いのほどお願い致します。

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