第129話☆『下宿屋 いばらの森亭』
確かに宿場町の名に恥じず、宿屋の看板が次々と俺のレーダーにヒットしてきた。
宿屋はあることにはある。問題は空き部屋があるかどうかだ。
こんなに沢山ある宿屋をいちいちまわっていたら、それこそ日が暮れてしまう。
「なあ、ヴァリアスはすぐに空き室があるかどうかはわかるんだろ」
「まあな」
「それってどうやってやってるんだ?」
「簡単に言ってしまえば感知出来る情報量の違いだな。前に地豚狩りの時に、お前にちょっとだけ探知の目を貸してやったろ? お前の場合はそうだな、各部屋の人の気配や残留オーラで使用されてるかどうか調べるとかかな」
「また無茶言うなよ。全部視なくちゃいけないじゃないか。それに残留オーラだけじゃ、直後に出て行った客なのか入ってきた客のなのかわからないだろ」
「それはお前がそこまで詳しくオーラを読めてないからだ。それに建物の声とか聴けないだろ? 部屋の鍵があるかどうかを視るのもいいが、鍵を預けていく客もいるしな」
う~ん、何がわかれば一発で空き部屋があるかどうかわかるんだ? せめて『空きあり』とかドアに出してくれればいいのに。
俺は索敵で見つけた宿屋を探知に切り替えて探った。
部屋に人がいるかいないか……って、これ覗きと一緒じゃん!
しかもしっかりした宿屋になると、急にセキュリティーが強くなるのか、探知の触手が弾かれてしまう。
これじゃ宿屋の位置はわかっても、空き情報が全然わからん。
やっぱりいちいち訪ねてみないと駄目なのか。俺は雑貨屋のレンガ壁に手をつきながら、ちょっと挫けそうになった。
その時、俺の索敵にチラッと『空き部屋あり』の文字が浮かんだ。
急いでそこに探知を集中すると、ここから2ブロック近く先にある、小さめの食堂のドア横に木製のプレートがぶら下がっていた。そこに確かに『空き部屋あり』の文字が書いてある。
「やった、見つけた!」
俺はすぐに別の客に取られないように、人混みをかき分けて向かった。
そこは大通りから4本ほど裏に入った道にあった。裏通りといっても、辻馬車が1台余裕で通れるくらいの幅はある。(ここではタクシー代わりの4人乗りくらいを指す)
その通りの床屋と金物屋の間にその食堂はあった。
看板に『いばらの森亭』とある。
くすんだ黄色の壁に、外観に出ている梁や柱などの骨組み部分が屋根と同じ深緑色に塗られている。地球では *ハーフティンバー様式とか呼ばれてる半木骨造建築だ。町よりも村によくある建造物で、おそらく昔は村だった頃の名残なのだろう。
(* ハーフティンバー様式:外側に柱、梁、筋交いなどの骨組みを出したまま、壁にしている建物です。ヨーロッパの古い町並みで、建物の壁に太いクロスや格子模様になってるあれですね)
中は6人掛けの木製テーブルが3つと右の壁際に2人用のテーブルが2つ、奥にカウンターがあった。
「うちは宿は宿でも下宿屋なんだよ」
イバラというより、箒草のような硬そうなチリパーでオレンジと黄・茶色の髪の毛をしたオバちゃんが、少しウンザリしたような顔で言った。
「ドアの横に‟下宿屋”と書いてあったはずだけど」
後で確認したら『空き部屋あり』の文字の上に『下宿屋』と書いてあった。俺も少し焦っていたようだ。
だから1泊2泊とかじゃ泊められないよと、背丈は俺くらいだが凄いボリュームのあるオバちゃんがデカい胸を張った。
「あの、下宿って、どのくらいの単位なんですか? 一か月とか?」
「最低一週単位だよ。ちまちま細かく貸すのは面倒だからね」
最低9日間か。ハンター試験はあと18日後だからちょうど2週間後だ。ちょうどいいかもしれない。
「良かったら、部屋を見せてもらって良いですか?」
「屋根裏部屋だけど、それでもいいかい?」
ジャラっとオバちゃんがカウンターの後ろから鍵束を取り出した。
ギシギシと軋む狭い階段をオバちゃんいや、女将さんの大きな尻の後ろを登っていくと、あの『赤猫亭』に初めて行った時の事を思い出す。リリエラは変わらず元気でやっているのだろうか。
「こっちだよ」
3階より更に上、外見は3階建てだが、三角になった屋根下部分のスペースにも部屋があった。
「そっちのドアは物置なんだ。部屋はこっちだよ」
『状にドアが2つあったが、階段横の長い壁側の方のドアの鍵を開けた。
中は10畳くらいの広めの部屋だった。天井に焦げ茶色の梁が丸見えに横断していて、そこからランプが3つぶら下がっていた。
ただ屋根裏とあって部屋の3分の1は斜めになった壁だった。ベッドは2段ベッドが2つ、中央に簡素なテーブル1つと椅子が4脚ある。壁際にクローゼットがあった。古そうだがソファもある。
部屋の隅にはチェストの上に洗面器と横にバケツがあった。
窓は斜めになった壁側に3つ、鉄の格子がはまっていたが、下の通りが良く見えた。
「トイレは1階と2階にしかないよ。水場は裏庭に井戸があるから。あとウチはシャワー室ないからね。風呂に入りたいなら1ブロック先の風呂屋に行くか、大盥を貸すよ」
えっ、シャワーもないのか。う~ん、どうしたもんかな。でもこの斜めな壁と窓の感じとかが、いかにも屋根裏部屋的で、そそられるところがある。
「ヴァリアスはどうだい?」
「お前がいいならオレはどこでもいいぞ」
女将さんは窓の縁やテーブルを指で触れて、汚れを確認しているようだった。
「基本は掃除もお客さん任せだよ。ランプの油もお客さんに用意してもらうか、下で買ってもらうよ」
「ちなみに一週間いくらですか?」
「ここは見ての通り屋根裏だけど、他の部屋より広いから高めだよ。前金で31,500エル。朝晩の賄い付きなら、あと1人当たり5,400エル追加だよ」
ううん、という事は素泊まり一泊3,500か。安いじゃないか。普通に木賃宿並みだ。
「泊まります。2週間、18日間でお願いします」
女将さんは諦めると思っていたのか、一瞬エッという顔をしたが、すぐにじゃあ下で記帳してくれと言った。
後で知ったが、ここでの下宿屋というのは普通の宿と違って、ウィークリーマンションのようなものだった。つまり家具付きで短期で借りられるアパートといったところか。
この部屋はベッドは4人分だがそのとおりの4人用ではなく、おそらく目安5~6人用だろう。他の部屋は1~2人用らしかった。
1階食堂で記帳する際に、念のため身分証を見せることになる。当たり前だが、顔も見せなければいけない。もちろんお尋ね者かどうか確認するためだし、途中で住人が入れ替わったりしないようにだ。
俺とヴァリアスは身分証のプレートを見せながら、お面とフードを取った。
「あら、あんた、まだ若いのに総白髪じゃないの。肌も白いし、ちゃんと陽にあたってるのかい? それとも脱色してるのかい?」
オバちゃんにとって、自分より年下に見えるのはみんな若い一括りなのか。それに白子っていう概念がないのか。
「これは生まれつきだ。それに陽なんか嫌というほどあたっている」
「おや、兄さん、アクール人かい。アクール人ってのはそんな色白なのかい? ちゃんと栄養ある物食べてないんじゃないのかい。アタシなんざこの年でも、この通り白髪の一本もありゃしないのに」
この年になると怖いもんもないのか。
俺は奴が怒りださないかヒヤヒヤした。
が、奴は何か言おうとして、急に鼻をひくつかせた。
「この匂い……、ホーネット酒か」
「あんたよく分かるね。うちの宿六が好きでね、よく山に行っちゃあ獲ってきて漬けてるのさ。もちろん店でも出してるよ」
「だそうだ。蒼也、そろそろ腹減ったろ。ここでついでに食ってくか」
奴が俺の方にニンマリしながら振り返った。
あんた新しい酒飲みたいだけだろ。でも確かに腹減ったな。
食堂には俺達以外に3人がポツポツと座っていた。普段ならもう昼営業は終わりのようだが、今は祭りの為に夜まで休まず営業しているのだと、外の『空き部屋あり』のプレートを外してきながら女将さんが言った。
ただ普段の営業外だから、今出せる品数は少ないけどとメニューを持ってきてくれた。どうやら宿六と呼ばれている旦那さんがコックらしい。今は夜の分の買い出しに行っているそうだ。
俺達は窓際のほうの2人用の席に座った。窓の外には相変わらずキラキラした紙吹雪が舞い降りて、楽しそうな男女が歩いていく。
女将さんがホーネット酒の入ったジョッキとライム水のコップを持ってきた。こちらのライムは地球のと違って、苦みが少なく酸味がまろやかなので飲みやすい。値段も130エルと庶民価格だ。
「いちいち持ってくるの面倒だろ。甕ごと持ってきてもいいぞ」
一口飲んで奴が言った。
「気に入ってくれたかい? うちの宿六も喜ぶよ。だけど甕ごとって、ちょいと待っておくれね」
「重いならオレが持ってきてやる」
奴が一緒に厨房に行ってしまったので、俺は窓際に1人残された。
なんとなく窓の外と壁を見ていたら、壁に貼ってある紙が目に留まった。なんだか見た事のあるチラシだ。
俺は立ち上がって壁際にいった。
『パーティ要員募集 探知能力者急募 アジーレダンジョン探索……』
「それはウチの下宿人に頼まれて貼ったやつさ。なんだかメンバーが集まらないって焦っててね」
50㎝くらいの高さの甕を片手で持った奴と、皿を持った女将さんが戻ってきた。
「やっぱりメインイベントだし、賞金額も凄いですもんね」
「誰も彼も今回の宝探しに夢中になってるけど、アタシゃ感心しないね。ダンジョンにわざわざ手を加えてお宝探しってさ。ダンジョンは自然のままに今まで通りが一番いいのに」
と、女将さんは俺の前にシチューとパンを置くと、またのしのしとカウンターの奥に戻っていった。
「しかし昼間っから甕ごとかよ」
俺はテーブルの足元に置かれた甕を見て言った。甕には木の蓋がはめられて、上にカップ型のレードルが乗っている。
「そんなに入ってないぞ。もう3分の1くらいだ。一番少ないのを選んだからな」
蓋を開けるとレードルに引っかけて、中からダシ袋のようなものを引っ張り出した。
「蒼也、蜂ってあんまり見た事ないだろ」
そう言って袋を開けて中から摘まみだしたのは、山菜が絡まった20㎝以上は確実にある青い斑点模様の蜂だった。
「デカいなあ。これ、刺されたらアナフィラキシーショックどころじゃ済まなさそうだぞ」
丸まってこのサイズだから多分30㎝近くあるかもしれない。よく見ると腹に裂けめがあった。
「これはブルーホーネットという種類だ。お前のとこのスズメバチというより足長バチに近い種だな。青いモノが好きで食べたり、巣に集めたりするんだ。だからたまに巣に青い宝石が残されていたりする事がある。それにコイツは大人しい性質で、こちらから何もしなければまず襲ってこない。マーダーホーネットとは違うからな」
やっぱりいるんだ、マーダータイプ。いや、こいつだって襲われたら絶対ヤバいか。
「2匹あるからお前も食うか? 酒が染み込んでてほろ苦くて旨いぞ」
奴が蜂を頭からボリボリ喰いだした。
「俺が虫食嫌いなの知ってるクセに。それに針とか毒は大丈夫なのか?」
「ちゃんと針と内臓は抜いてあるぞ。それにこの毒は胃から入ると精力剤として効用があるんだ」
「あんたがこれ以上精力つけてどうするんだよ。あとこれ食べたらギルド行くからな。村長に報告しなくちゃ」
「はいお待ちどおさま。さっきは済まなかったね。最近、宿屋と勘違いした輩にゴネられて辟易してたからさ。ソーセージ大盛にしといたよ。あんたも酒ばかり飲んでないで、少しは栄養ある物食べなよ」
「だからオレは――」
そんな奴の事は気にせず、またさっさと女将さんは厨房に行ってしまった。
目の前に置いた皿は大盛というより特盛じゃないかと思うくらい、ソーセージが山になっている。
スパイシーで肉の焼けたいい匂いが立ち昇ってくる。
「ふふ、やっぱりもう少し目立たないように、一般人みたく色入れたらどうなんだい」
俺も一本ソーセージをもらってパクつきながら奴に言ってみた。
「言っとくが俺だって色はあるんだぞ。いつも内側に仕舞い込んでるがな」
奴の白目の部分が黒くなった。それだけでなくジョッキを持っていた手に、黒い血管が浮かび上がった。
見ると顔にもピシピシと黒い血管が葉脈のように広がっていく。
「やめろっ。わかった、わかった。そのままでいいよ。闇色を出すな」
全くせめてその中間色くらいに出来ないのかよ。
「例のアジーレを見に行くぞ」
『いばらの森亭』を出た途端、奴が言ってきた。
「えっ、先にギルドに行かないと」
「そんなの今日中に連絡すればいいだろ。それにお前にダンジョンを初めて見せる良い機会になるし」
「そりゃお祭りのダンジョンなら怖くなさそうだけど……」
どうせその後で訓練とかになっちゃうんだろうけど。
「やったぁっ! 当ったりぃーっ」
後ろで子供達が紙吹雪の当たりを見つけたらしく大声を上げた。
あ~、俺も後であらためて1等探してやる。
俺は紙切れを高く上げながら、走っていく子供達を目で追いながら思った。
「お前自分でわかってるか? オレと初めて会った頃から少し若返ってるのを」
「何っ?!」
俺は振り返った。
「以前のお前は紙吹雪は綺麗だと思っても、さっきみたいな子供っぽい遊びを進んでやろうとはしなかったはずだ。少なくとも心が動かされたりはしなかっただろう」
「確かにいい年してちょっと恥ずかしいなとは思うけどさ、こうお祭りって気分がいつもより高揚するもんだからじゃないのか?」
「じゃあ以前のお前は、そうやって心から楽しんだり、ワクワクした事はあるのか?」
「そりゃあ俺だって少しはあ………………」
――― そうだ。
あったのは彼女と上手くいってた頃までだ。あの後、祭りやテーマパークみたいな賑やかな場所が嫌いになったんだ。
楽しんでいる人達が羨ましくて、妬ましくて、そして自分だけが取り残された気がするから―――。
多分うつ病のせいだろうけど、人が楽しく行き交う場所が苦手になった。
友人たちと飲んで騒いでも、その後1人になった時に反動で虚しくなるから、どこか楽しみ過ぎちゃいけないと気持ちをセーブしてたんだ。気持ちを張ってないと、後から吹いてくる風が寒いから。現実に引き戻された時の落差が辛かったから。
「ほんのちょっとだけだが魂の傷が治ってきた証拠だ。本来のお前はまだ10代のガキなんだ。好奇心が旺盛で感性が瑞々しい頃のはずだ。それが今まで死んでたからな」
いや、10代はさすがに――。でもそう言われると俺、最近自然に笑える事ができるようになってきた。
「それだけでもここに来た意味があったというものだな。自然と能力も使うようにもなってきたし」
「ホント? じゃあ今日はお祭り見るだけでいい?」
「それとこれとは別だ。前にも言ったが、お前の成長に合わせて体を作らなくちゃならないんだからな」
「なんだよー。でもせめて夜のパレードぐらいは見せてくれよ」
俺は原宿のようにお菓子を食べながら歩く娘たちを見ながら呟いた。
一旦また町の外に出て、ぐるりと市壁伝いに左の山の方に歩く。せっかく入ったのに入関税が勿体ないと感じそうだが――俺自身はハンタープレートのおかげで無料だが――この町では宿屋に泊まったり、仕事などで一定期間留まる場合、その間の通行証が発行される。
これはダンジョンが近くに在って、町との行き来が多いという要因があるようだ。
俺達も『いばらの森亭』発行の印が刻印されている、鉄製のプレートを女将さんから渡された。
本街道とは外れるが、この町とダンジョンに繋がる道がちゃんと、緑の中を茶色の道となって山裾に続いている。
こちらの方は人もまばらで、お祭りに行くというよりも、畑から戻ってきたらしいピッチフォークを担いだ農夫らしき男と、何かの野菜を籠に入れて背負った女たちの集団とすれ違った。
ダンジョンに向かっているのにハンターらしき人は誰もいない。
そうするうちに少し盛り上がった草原にまばらに生えた木立の間から、黒っぽい石壁が見えてきた。
「……ん」
ネックゲイターのせいで良く分からなかったが、ヴァリアスがちょっと顔をしかめたようだった。
木立から少し下がって平らにならした開けた土地に、小高くなった丘の面に差し込んだブロックのように四角い壁が突き出ていた。
およそ幅6m、高さ10m近くで奥行きは4,5mくらいあるだろうか。初めは石壁と思っていたが、近寄ってみると何か煤を塗ったような何かの金属製のようだ。外からはわからないが、かなりの厚みがありそうだ。
正面には2m平方くらいの門があったが、それは太くて同じく黒い鉄格子がどっしりと下りていた。
その右横に石壁で作られた門番小屋があった。俺達が近づくと、窓から見ていたのか男がのっそり出てきた。
「悪いが今、このダンジョンは封鎖中だぜ」
焦げ茶色の縁無し帽を被った、黒と茶色の強い髭を生やしたドワーフのおっさんが言った。
「祭りの最終日の催しまで、不正がないようにな。もしかして知らなかったかい? ここのダンジョンで宝探しをやるんだよ。もうその宝はすでに隠してあるからな。当日まで抜け駆けする者がいないようにしてるんだよ」
と、ドワーフのおっさんは小屋の壁に貼ってある、祭りのポスターを指さした。
「いつから封鎖してるんだ? 結構前からじゃないのか。ここの地脈の気配が妙に静かになっている」
奴が聞いた。
「おう、あんたも地系の能力があるのかい? そうなんだよな。俺っちもちょいとそれが気になってるとこなんだよ。いつもならもう少しこう、ダンジョンの息づかいというか呼吸みたいなのを感じるんだが、3日前から静かになっちまった。まさか死んでるわけじゃあるまいに」
「だからいつから封鎖してるんだと聞いている」
ヴァリアスが屈んでおっさんの顔に近づけた。さすがにおっさんは少し慌てて
「そんなに睨むなよ。11日前だよ。町長さん達の言いつけで閉めたんだ。封鎖のお触れが出回るのが遅かったから、あんたらみたいに知らないで来るハンター達にゃ申し訳ないが」
「11日? 本当か? なんだかもっと前から活動していないように感じるぞ」
「あんた、かなり感度が良いんだな。そりゃ封鎖する前にいったん内部を掃除したんだ。ハンター達を雇って、中に棲んでたフォレストウルフやワイルドボアー、グリーンパイソンなんかをほぼ一掃しちまったのさ。今じゃほとんど害のない小動物か虫しかいやしねぇよ。仮にも祭りの催し場所だからってこった。まったく終わった後がまた大変だぜ。動物か魔物を適当に捕まえて来なくちゃ―――」
「はぁっ?! そんなマネしたらダンジョンが干上がっちまうじゃないかっ」
奴の言葉に少し引き気味だったおっさんが、溜息をついた。
「そうなんだよなぁ。俺っちもやり過ぎだと思ってるんだが…………。ただそのせいでダンジョン蠕動が起こって隠した宝の位置が、隠した奴にもわからなくなった。それを誘発させるためでもあったようだけど」
「なんだい、そのダンジョン蠕動って?」
蠕動って何か聞いたことあるが。
「ミミズやワームとかが筋肉を収縮させて体を移動させたり、消化器官の内部を動かして食物を奥に動かそうとするのが一般的な生物の蠕動だが、ダンジョンにも似た動きがあるんだ。
以前にダンジョンの地図が何枚もあるのは、時々内部が変わるからだと言ったろ? ダンジョンは一種の生物のようなものだから、活動するための栄養が足りないとそうやってエネルギーを得ようと動くんだ。それがダンジョン蠕動だ。今回はワザと誘発させたようだが……」
確かにギーレンの売店で世界地図を買った時に、そんな事聞いたがそういう意味だったのか。それに
「ふーん、じゃあ、あのオバちゃんが言っていた、ダンジョンにわざわざ手を加えたってのはその事なのかなぁ」
俺はあらためて黒い壁を見た。壁には近くで見ると何か模様のような呪文らしき文字や記号が、至る所に刻み込まれていた。もちろん魔力を反射する仕組みになっているようだ。
鉄格子の奥は暗く洞窟のような深淵になっているが、斜めに差し込む陽の光のおかげで奥にもう1つ、重厚そうな扉があるらしいのが見えた。
耳を澄ましてみてもその扉の奥からは、何も聞こえない。
もちろん強い守りの魔法式のせいで、探知の触手は分厚い壁に阻まれるように押し戻されて、中を覗く事は出来ない。
「……しょうがない。蒼也帰るぞ。ここにいても今は仕方ないからな」
「すまねぇな。5日後また来てくれよ。そん時は開けてるからさ」
ドワーフは頭を掻きながら小屋に戻っていった。
おかげでおっさんは気がつかなかったようだ。
この時、フードの陰で奴の白目が黒くなっていた事に。
ここまで読んで頂きどうも有難うございます!




