第127話☆『ダンジョンの成り立ちとヤバい奴』
今回は少し説明多めです。
1階買取所に降りても、お面をつけている俺を誰も気にせずにすれ違っていく。やはりこちらの人は顔を隠すのにあまり違和感を持たないようだ。
というのも貴族や金持ちがお洒落で付ける飾り付きの仮面やレースシェードの他に、傷や痣などを隠すために顔や体に布を巻いたりしている者もいるからだ。
ナタリッシアのはダミーだったが、あのような痣を隠したりする者も少なからずいる。庶民は何かあった時に適切な処置を受ける事が出来ず、跡が残ってしまう事が多いからだ。
それに中にはファッションとして付ける者もいる。いわゆる帽子感覚なのだ。
それに神経質な魔法使いに多い、雑念除けの頭飾りの代わりに仮面をつける者もいるらしい。
おそらくはあのメイヤー部長なんかもその類だろう。
だから俺なんかがこんな面を付けていても、ハロウィン時の渋谷のように不思議がられないのだ。
俺も顔を隠すという行為が、なんだか新鮮で、また違う異世界感が湧いてくる。
例の泥は水抜きも成分も申し分ないということで、1ポムド最高の 2,730エルで買い取ってもらった。レンガにした泥は全部で75.56ポムド(約34㎏)だったので、全部で206,278エルになった。
うん、一回の稼ぎにしてはかなり良いと思う。その代わり命がけだったけど。
ちなみに例の魚は宿代の代わりに役場に現物寄付してしまった。村長やポルクル達はお金もできたし、ぜひ買い取りたいと言ってくれたが、俺はお金に換えたら、なんだか呪われそうな気がして怖かったのだ。
もう供養してください。
レンガを出す時には空中からではなく、ショルダーバッグから全て出して見せた。
ここは始めに見せてしまったギーレンでも、気安いラーケルでもないので、ギルドとはいえ不用意に収納能力を見せたくなかったからだ。
それに昨日、あのバイヤーが例の伏竜の皮を持って帰ったやり方に、俺は新しい魔道具の存在を知った。
それはいわゆる空間収納できる魔道具だ。あの王都の本屋のように空間を大きく広げて、コンパクトに物を持ち運びできる道具、あのバイヤーが使っていたのはトランクケースタイプだった。
昨夜、皮とはいえ、頭や手足が残っている皮は結構かさ張るのに、どうやって持って帰ったのかと、村長に聞いたら教えてもらったのだ。
蓋の裏側に幾つもの魔法円や魔法式が書かれてあり、魔石が埋まっている代物で、バイヤーは得意げに‟これはハイオークが3頭は入る優れモノだ”と自慢していたらしい。
じゃあ今度から大きいモノも、そんなに気にすることなくバッグから出せれるじゃないかと思ったのだが、ヴァリアスの奴から駄目出しを喰らった。
「お前、そんな便利な物を、庶民が気軽に買える代物とでも思ってるのか?」
「そりゃ魔石をたくさん使いそうだけど、魔法円とか魔法式とか、方式が決まってるなら転写すればいいんじゃないのか? それとも特許使用料とかが高いのか?」
量産できれば比較的安くなるんじゃないのか。
「魔法を付加する対象物の大きさや形状とかによって、魔法式は個々に違ってくるんだよ。あの転移の魔法円だって座標軸とか指定があったろ? しかも魔法式ならまだしも、魔法円は描き方に念が必要なんだ。複雑になればなるほどな。だから転写みたいな上っ面な写しじゃ作動しない。みんな1つ1つ魔具師が念を練りながら作らなきゃ出来ないもんなんだよ」
「そうじゃな、確かに魔道具もピンからキリまであるが、収納魔具は内容量にもよるがエラく高いもんだよ。それだけでも狙われるぐらいじゃからな」
パープルパンサー亭のいつもの席でエールを飲みながら、村長が教えてくれた。
つまり大量生産出来ないので、それ自体が高価な物だから狙われるのは変わらないという事か。
だけど自分自身に能力があるのか、持ち物にあるのかで、当然ながら狙われる対象が違ってくる。
万一の場合、バッグを狙ってくれるほうが断然いいや。
レンガを出していると、買取所の係の男が
「兄さん、良いモノ持ってるね。高かったでしょ、それ」
と、俺のバッグを見ながら言ってきた。確かに大きめのショルダーバッグとはいえ、普通サイズの生レンガが10個以上も入る訳がない。すぐにこれだけで空間収納を疑われる。
「ええ、やっと中古で買えました」
バッグ自体は中古だから嘘じゃない。
しかし一般にいくらなんだろ? 今度、魔道具屋を覗いてみるか。
「とりあえず今日は宿を探すんだろ?」
2階で換金していると隣でテロリストが聞いてきた。
そう、いつまでも村長の好意に甘えてばっかりじゃいけない。だから今日は別の町に行くと村長には言って出てきたのだ。
できたら所在を連絡してくれると有難いと村長に言われて、俺はつい約束してしまった。客観的に考えるとSSの所在位置を把握しておくのは、ギルドとしての重要事項だろう。
これがギーレンのトーマス所長とかだったら、なんとなく濁して断るところだが、なんだかアイザック村長に言われるとすんなり承諾してしまった。
奴も面倒くせぇなとは言っていたが反対しなかったし、まあ、村長には今後お世話になるだろうからいいかな。
決まったらその町のギルドからファクシミリーで連絡する事にした。
実は新しいファクシミリーが役場にやって来たのだ。あのバイヤーが、ギルド本部から使ってない機械を持ってきてくれたのだ。
どうやらあの地豚狩りの際、役場の連絡機器のあまりの古さに少なからず驚いたらしい。これでは一度に大量の連絡もままならず、業務に支障をきたすと思ったそうだ。確かに今回のドラゴンの子細な内容を連絡するのにも時間がかかったらしい。
それに俺達がまたこのラーケル駐在所 ―― 規模が小さいので支部とは呼ばれない ―― を通して、ドラゴンの素材の事を連絡してきた事で、今後もここのギルドを通して素材を売る可能性が高いと思われたからだ。
持ってきてくれたファクシミリーは中古で型落ち品だが、それでも以前のモノに比べれば、黒電話とデジタルコードレスくらい違うようだ。
多機能でパワーも段違いなのに魔石の消費が少ないらしく、早く使ってみたいとポルクルが言っていた。
じゃあその記念すべき第一受信を、俺が送ってやろうかという気にもなるというものだ。
「それに宿探しにあんまり時間かけたくないから、しばらく長居できるとこで、勉強もしないと」
そうなのだ。あのバイヤーがファクシミリー以外に、一緒にハンターギルド試験の過去問題用紙を大量に持ってきてくれたのだ。
過去30年間分の総合とハンター傾向問題(答えつき)は、ちょっとした図鑑並みの厚さだった。俺は大学を受験するんじゃないよな……。
「やはり魔物ハンター系の問題は、ダンジョン絡みが3分の1を占めてるな」
昨夜パープルパンサー亭のいつもの席で、相変わらずの超速読でバラバラと問題用紙を見ながらヴァリアスが言った。
「やっぱりダンジョン行かなきゃダメかあ」
俺もなかば諦め始めた。
「兄ちゃん、ダンジョンに行った事はないのかい?」
村長とポルクル、相席してきたドワーフのビンデルと宿屋の親父ウィッキーも俺の方を見た。
「やっぱ男は一生に一度はダンジョン行かにゃあな」とビンデル。
「あっしも数回だけど入った事はあるでやすよ」とウィッキー。
「ビビりなあんたでも経験あるんだな」
ビンデルが笑いながら返す。
「若い頃だよ。もうおっかなくて行けねぇや」
ウィッキーが慌てたようにエールをあおる。
「お前さんは探知能力者だからな。依頼結構あったじゃろうに」
村長が首をならす。
「いや、中級以上はあっしには無理ざんしたよ。もう魔物の濃密な気配とあの閉塞感が酷くて……。それっきりダンジョンの依頼は辞めたんでさぁ」
ウィッキーは目の前で大袈裟に手を振ってみせた。
そうなんだよなぁ。俺もゲームでしか入った事はないが、あんなダンジョンマスターみたいなとこだったら嫌だなぁ。
「上級じゃなくて、初中級くらいなら平気だろ?」
俺の顔色を見ながら奴が聞いてきた。
「そうですね。ソーヤさんはDランクなんですし、ダンジョンの相性もありますけど、ヴァリアスさんが一緒なら大丈夫ですよ」
ポルクルが言うと、皆もうんうん頷いた。
それ、こいつを知らないからですよっ。俺は基本、ソロ行動なんですから。
今後のハンター試験の事やイアンさんへの納品の件もあり、ダンジョンが近くにある町という考えから、王都の近くで探すことになった。
試験範囲は一般的とはいえ、その地域に多く棲む魔物の出題が比較的出る可能性がある。やはり地域色が強いからだ。
意外なことに王都周りの町や村の近くには、いくつかのダンジョンがあった。
それというのもダンジョンの性質にあるという。
ここでのダンジョンというのはただの洞窟や迷宮ではなく、一種の生物のようなものだそうだ。
小説やゲームではよくダンジョン核なるものが中心になって、ダンジョンを成長、支えているというパワーの塊のようなものが出てくるが、ここでも似たようなものが存在する。
それは思念だ。主に欲望という名の。
これが魔素と混ざり、洞窟や森の中、井戸など、ある程度密閉された空間でグルグル混じり合って形成された亜空間がダンジョンなのだという。
ダンジョンのエネルギーの基本は、主に動物が発する活動エネルギーだ。もちろん獲物自身の血肉も肥やしになるが、動物が死にゆく時に発する生命や思念エナジーが最良の糧になるらしい。
だからダンジョンは食中植物が甘い匂いで虫をおびき寄せるように、甘美で旨そうな魔素で獲物をおびき寄せる。それは奥に行けば行くほど、麻薬のように抗いがたい誘惑を増していく。
何しろそれは欲望の念が混ざって出来ているので、どんなモノに獲物が魅かれるか知っているからだ。というか欲望の具現化だからだ。
そのため魔素だけではなく、美味しい実をつける植物を生やしたりして、まず小さな獲物を呼び込んでいた。
その美味い実を食べに入って棲み付いた小動物を狙って、また別の獲物が棲み付き、そうして独自の生態系が、独立した小島のように形成されていく。そこで獲物たちが生まれ、死んでエネルギーを発してくれることで、ダンジョンは維持されていくのだ。
そうしてダンジョンに宝物があるのも、その欲望の念のためだ。
そう、宝物があるダンジョンというのは、主に人間用のダンジョンなのだ。
人間に対してのまき餌なのである。
あのフィラー渓谷のセイレーンのように、地域によって人間が一番の獲物として進化していったのだ。
人が欲する餌は何か。
金銀プラチナや宝石(鉱石)、そして質の良い魔石。これを作り出してまき餌としたのだ。そこに人間を餌食にするサッキュバスやレイスなどの魔物たちが狩り場として棲み着き、ダンジョンがダンジョンとして機能するようになっていった。
だから山奥などには魔物や動物の、そして人里近くには人用のダンジョンが現れやすいのだ。
自然物とは思えない隠し部屋やトラップも、人間の知識や恐怖の念から形成されている。
皮肉にも人は、自身の欲望のせいで、自分達の処刑場まで作ってしまったのだ。
と、本には記載されている。通常の人の認識もこのようなものらしい。
昨夜、俺は役場の3階で、ベッドで腹ばいになりながらダンジョンのページを読んでいた。
「だが、本当は少し違う」
向かいのソファで『ワイルドターキー』の描かれたラベルが貼ってあるバーボンを、あの銅製ジョッキに注ぎながら奴が言ってきた。
「元々のダンジョンは、獲物の嗜好に合わせた餌で誘い込むだけだった。出来る限り食物連鎖が循環してエナジ―が発生するように、それぞれの天敵も含めてな。
トラップや隠し部屋は後付けなんだよ。
オレ達――創造神の使徒がつけたんだ。
欲深い人間共を淘汰するためにな」
そう言って破壊の神はジョッキをあおった。
「普通、危険なトラップなんかあったら、さすがに獲物が怖がって来なくなる可能性があるだろ?
だが危険だとわかっていても、危険回避の本能より、欲望のほうが勝ってしまうとこが人間の性分の1つなんだよな。
それにスリルを楽しむという、他の生物にはない性質も持っている。トラップの難易度を上げても更にそれを攻略しようとするし、隠し部屋という『刺激』にも喰いついてくれたしな。
だから見つかる宝もただの宝石とかだけじゃなく、装飾加工された指環だったり、レアな魔道具なんかも付け加えたんだ。
こればかりはタダの欲望の具現化だけじゃ造れないからな」
そう悪魔が微笑んだ。
「じゃあ自然進化だけじゃなくて、神様が人間に試練を与えるために手を加えたってことか」
「まあ簡単に言うとそうとも言えるが、それ人前で言うなよ。教会でもそうだが、そんなこと言ったら神への冒涜とみられるからな」
神様(お父さん) 目の前に唯一、冒涜したい奴がいるんですけど、許して貰えますか?
まずは王都の近くまで転移した。以前もたびたび来た事のある街道横の木立の中だ。
「どうせ王都に行くなら、始めっから商人の庭に跳んだほうが早いのに」
奴がぼやいたが、昨日の今日で不法侵入を繰り返せるほど、俺の肝っ玉は大きくないぞ。
「確かに王都には行くけど、今日は商業ギルドに用があるだけだからな」
今日は王都近くの町か村を調べるために来たのだ。
それだけのために税関を通るのも、確かに面倒な気も少ししたが、俺は慌ててその考えを打ち消した。
普通の人は転移やらで移動してこないのだ。俺達が異常なんだ。危なかった。また奴の考え方に引っ張られるところだった。
「ちょっと仮面を外してくれるか」
王都の門でハンタープレートを見ながら門番が俺に言った。
これは仕方のない事である。
門の税関は国際空港と同じだ。顔を隠してお尋ね者が入って来るかもしれないのだから、いくら顔を隠す文化があっても、ここでは確認するのが当たり前なのだ。
「よし、通って良いぞ」
俺がお面を上にあげるとすぐに門番からOKが出た。
ここでは異邦人だけど、毒にも薬にもならない顔なんだよな、俺って。
「あなた、ちょっとフードも、取ってもらえますか?」
劇薬にしかならないのが引っかかった!!
別の門番が奴に対応しながら言ってきた。
それにしてもネックゲイターだけじゃなくて、フードのほうも?
奴もちょっと? だったようだが、とりあえず大人しく応じた。パサッと新雪のように白い髪が現れる。
あっそうか、白子のアクール人として奴の情報が出回ってるんだ。それですぐに誰だかわかるんだ。
門番は少し頭を見ていたが
「結構です。では入関税520エルです」
「やっぱり、どうしても目立っちまうんだな」
門を通り抜けながら俺は言った。
「もうその髪の毛、金髪とかに染めた方が良くないか? それとも目にカラコン入れるとか」
「なんでそんな事しなくちゃならん」
「だってさ……」
後ろでさっきの門番が別の番人と話す声が聞こえた。
「今の人、ちょっとヤバかったな。おれ、角が無いか確認しちまったよ」
「お前、オーガはもっとデカいぞ。いくらなんでも……。ああ、でも化けてくる可能性もあるか……」
奴がバッと戻りそうになったのを、俺は必至で止めた。
「あんのヤロウっ! 寝ぼけてんじゃねぇのかっ?! 目ん玉ひんむかせてやるっ」
「待て待て待てっ! それやったら本当にオーガと変わらないからっ!」
「大体、オーガは変身できるような能力ないぞっ。そこは間違えるなよ、蒼也」
「うんうん、わかった。試験に出たらちゃんとそう答えるよ」
今度ちゃんと本物を見せてやるからと、ブツブツ文句を言う奴を門から遠ざけながら
それは俺にとって『本物はどっちだ?』というクイズになりそうな気がした。
ここまで読んで頂き有難うございます!
これから『ダンジョン編』が始まります。また10話以上の長い話になるかと
思いますが、どうかお付き合いのほどよろしくお願いいたします。




