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第118話『蒼也、受験生になる』

懲りずに第3章始めました。

今後も焦らずに、できれば一週間前後でじっくり更新していきたいと思います。

どうかこれからも宜しくお願いします。




 あれから俺のアパートにまた皆やって来て、夜遅くまで騒いでいった。

 リブリース様に隠していたヤバい本を見つけ出されて、ナジャ様の手前、俺は慌てて隠そうとしたが無駄だった。


「これは俺じゃなくて、光男のですっ。あいつが遊びに来た時に忘れていったんですからっ」

 弁解する俺の言葉を、全然信じてもらえず

「いいよ~、いいよ~。

 ソーヤ君も男だもん。これくらいあっても全然おかしくないじゃん」

 そうニヤニヤする黒い男は、「で、どの女がいいの?」と訊いてきた。

 ナジャ様は()()()()()()()をして、テレビを見ている。

 

 ああ~っ、よりによって、タイトル『いいモノだけを世界から♥』って、

 なんで洋物なんだコレっ!?

 俺が買ったように疑われてるじゃねえかっ。

 

 光男ーっ! てめぇ、妻帯者だからってウチに捨ててくんじゃねぇよっ!

 俺だって処分に困るんだよ。

 本は燃えるゴミじゃなくて、古紙なんだからな。

 しかもウチの大家さんが几帳面に、雑誌のホッチキスを外してあるかチェックするんだぞ。

 こんなの出した日には、このアパートで唯一独身男の俺ってバレるだろうがっ!


 そんなこんなで、このトンデモナイ金曜の夜が更けていった。



 次の日、久しぶりにギトニャの宿屋に戻ると、こちらから帰った次の日のお昼だった。

 地球では3週間過ぎてしまったから、大体こちらでは約10時間ぐらい経過したことになるのかな。

 連泊にしておいて良かった。

 1泊分はただの星間ポートにしか使ってないが、まあしょうがないだろ。


 ヴァリアスの奴は、今回絶対にダンジョンに行かせたいと息まいているが、まずはラーケルの村長のとこに行って、ハンターランクを確認してからだ。

 う~ん、合格発表を見に行くみたいに、なんだかドキドキする。

 

 昼時とあって1階食堂は賑わっていた。

 今日は時間合わせに、地球で昼をとってから来たので、そのまま出かける事にした。

 階段を下りてくる俺達を見て、忙しく給仕をしている宿の親父が『あれ?』という顔を上げた。

 その親父に奴が言った。

「親父、ボア酒まだ1樽あるか?」


 市壁の門をくぐってラーケルに続く草原の道を見ながら、道端に避けて軽くストレッチをした。

 どうせここから走っていくとか言いだすに決まってるんだ。

「蒼也、ここから転移で行くぞ」

 出たよ、やっぱり。


「わかってると思うが、俺はまだそんな長距離跳べないぞ」

「そんなこと百も承知だ。だが、ギリギリまで跳んでみろ。限界を超えてこそ進化があるんだ」

 相変わらずスパルタだよな。もう半分諦めたけど。

 だけどそんな考え無しだけの力任せはやらないぞ。

 前回やみくもに跳んで、畑に落っこちたり、馬車の前に跳び出したり危なかったからな。


 俺はラーケルの方向に向かって、出来る限りの探知の触手を出した。

 今、俺が出来る探知の範囲は一方方向なら、大体170m前後かな。以前よりだいぶ伸びたと思うが、それ以上先は、手が伸びきってこれ以上伸びないという感覚になる。


 最近転移の連続技はやっていたが、飛距離は伸ばしたことがない。

 以前、大カマキリに追われた時に、とにかく遠くへと跳んで出来た約90mくらいのが最高かな。

 もちろん目一杯跳ぶのだが、行く先に危険がないか、また具体的にどんなところかをイメージするのは重要だ。


 約90~探知できる170mの範囲を探る。

 ちょうど昼時とあって、まわりの畑で作業している農夫も、道を行く馬車もいないようだ。

 とりあえずこの道の端上から逸れないように意識して跳んでみた。


 背の高いポプラの葉に似た樹の近くに跳び出した。

 探知で確認した通り、近くに人の気配はなかった。遠くの畑を見まわる農夫が1人、小さく見えた。

 この樹々が点々と生えた並木道は、キリコとゆっくり歩いたので覚えている。これは100m越えたか。


「よし、いいぞ、蒼也」

 隣に奴が現れた。

「137m52cmだ。今までの最高記録だな」

 おおっ、そうか。落ち着いてやったとはいえ、ずい分跳べるようになったな。息切れもないし。

「よし、じゃあ転移酔いしたら元も子もなくなるから、あと5回だけにしておくか」

 やっぱり悪魔は変わらないか。



「お早う。おう、旦那も一緒かい。昨日の錬金術師の兄ちゃんは?」

 役場に行くと、ひさしの下の2人の老人がカードゲームをしているのを、パイプを燻らしながら眺めていた村長が立ち上がった。


「アイツは帰した」

「おっ?」

「いえ、何か用があるようなので、帰りました」

 俺は慌てて補足する。

 昨夜遅く、キリコとナジャ様はヴァリアスが開けた亜空間ゲートで帰っていった。

 リブリース様はナジャ様から解放されて、1人でまたナンパの旅に出かけていった。

 つまりリブリース様以外は、こっちに来ているという事だ。


「まあいいや、兄ちゃんのランク、わかったぜ」

 そう言いながら村長がドアを開けて俺達を中に招いた。


「おめでとう! Ⅾランクに昇格だ」

 テーブルに銀プレートが置かれた。

 やった! これでとうとう俺も初心者卒業だ。これで名実ともにハンターとして一人前として認めてもらえるようになる。中堅では一番下っ端だけど。

 俺は銅プレートを差し出しながら、モスキートペン(血を吸うペン)を探した。

 あれっ ないな。


「あの、新しいプレートには血を垂らすんですよね? モスキートペンは……」

 もしかして、ここではワイルドにナイフで切るとか。田舎だからあり得るかもしれない。

「いや、まだ必要ない。というかそのプレートは仮登録の期限付きプレートだから、血をかけても無駄だぞ」

「えっ、仮登録?」

「仮ってなんだよ。蒼也はDになったんじゃないのか?」

 椅子に寄りかかっていたヴァリアスが、身を乗り出した。


「旦那も知らないのか。まあ、規格外で認可された旦那は知らんかもしれんな」

 そう言って村長は銀のプレートの左上を指さした。

「ここに★マークが付いてるだろ? これは仮のマークなんだ」

 そう言われると、確かにハンターギルド名の手前に、小さな星印と、下の方に何やら使用期限が書いてある。

 使用期限?


「知ってると思うが、DランクはE,Fと比べて一線引く上のランクだ。受ける仕事も格段に違ってくる。

 このランクから始めて本当にハンターになったとも言える。

 だから今まで通り、仕事をこなしてきた経験値だけじゃなく、実際の能力を確認する必要があるんだ」

 コツンと指で星印の部分を突いた。

「このプレートを発行してから1ヶ月以内に、確定テストを受ければ、この★が消えて晴れて本プレートが発行されるんだ」


「テストですか?」

「ああ、テストって言っても、簡単な筆記試験と実技だよ。あのレッドアイマンティスを狩った兄ちゃんなら楽勝だ」

 村長が微笑んだ。

「面倒くせえな。そんな事してんのか」

 ヴァリアスが椅子に寄りかかって、雑に足を組む。


「筆記試験……」

「ああ、書くのが苦手な者は口頭試験もあるが、兄ちゃんは大丈夫だろ? 

 なに、簡単な内容じゃよ。

『タイガーつぐみとピグミーぬえの鳴き声の違い』とか、『ダンジョンに入る前の注意』とかだよ」

 え…………何それ。

 俺は横にいるヴァリアスを見た。奴も渋い顔をしてこっちを見る。


「……もしかして、兄ちゃん知らないのかい?」

 村長が目を大きくしてきた。

「私、こっちに来てまだ日が浅いんですけど……」

 タイガー鶫ってなんだよ? トラツグミじゃなくてか?? それにダンジョンに入る前の注意って、まさか冒険の書にセーブするとかじゃないだろ。


「あー、ちょっと待ってくれ。おーい、ポルクル」

 村長がポルクルを呼んで、何かを持ってくるように頼んだ。

 何でも試験は大きいギルドでしかやってないので、ここでは出来ないが、以前ギルド長会議に出席した時に、過去のテスト用紙を参考にもらった事があるそうなのだ。


「ああ、そうこれだ」

 ポルクルが持ってきたファイルの中から、4枚の用紙を取り出して俺の前に置いた。

「これが5年前のだ。ちなみにこの傾向問題ってのは、ハンターの実績傾向によって内容が変わって来る。

 こいつは兄ちゃんみたいな魔物ハンター用だ」

 そう言って別の問題用紙を取り出した。どうやら筆記というのは、総合問題と傾向問題の2種類あるらしい。


 俺はその過去問に目を通した。


 駄目だっ……。ほとんどわからん………………。

 せめて〇×式か選択式にしてくれればいいのに、全部答え書き込みタイプかよ。


 唯一わかったのは『一角兎に出会ってしまった場合の対処』という問題だ。これは以前、ドルクのおっさんに教えてもらった『茂みに隠れて姿を隠す』だろう。答え合わせを見たらやっぱり『兎の視界から外れてやり過ごす』とあった。

 これで〇が貰えるかな。でも………………。


「ほとんど知ってる魔物の問題がない……」

 俺は小さく声を絞りだした。

「う~ん、兄ちゃんが持って来てくれた、レッドアイマンティスやハンターポイズングリーンは、Dランク以上だからなあ。それに季節によって問題も変わるし。オークやゴブリン系のは逆に捻った問題が出やすいしなぁ」

 村長が首をゴキゴキ鳴らした。


 確かに『ゴブリンが驚いた時に、どんな振る舞いをするか』なんて知らねえよ。電気ショックで追っ払っうのに必死だったし。フォレストウルフもブッシュジャッカルも、みんな即追っ払っちゃったから、よく見てないよ。


「実技だけじゃダメなのか?」

「ああ、実技だけじゃなあ。力だけあっても、知識が伴わないと危険なことぐらい、旦那もわかるだろ?」

「面倒くせぇ」

 またヴァリアスが背もたれに寄りかかって、椅子を軋ませた。

「あの、ちなみに何点で合格なんですか?」

「まあ実技の獲得点にもよるんだが、通常は合計50問中38問正解だな」


 だあぁーっ、頑張っても微妙に無理そうっ。

 俺は軽く頭を抱えて下を向いた。

 ハンターランクって地道に実績をこなして行けば、勝手に上がるもんだと思っていた。小説やマンガとかじゃそういうもんじゃなかったっけ? 

 現実はそう簡単にライセンスを取らせてくれないのか。


「実技を満点取れれば違うのか?」

「あ、ああ。もし試験官を納得させるだけの力量があれば、半分正解ぐらいで通ると思うぞ。あと、過去に本当に知識不足だったが力だけは強い奴がいて、その場の試験官とギルド長の采配で合格にしたっていう強者もいたな。

 そいつは長く人里離れたところに住んでいた変わり者で、いちいち考えずに獲物を一発で仕留めていたので、知識として持っていなかったらしい。いつも勘に頼ってたってこった」

 まあこれを参考にしてくれよと、村長が過去の問題用紙をくれた。


「よし、蒼也。ダンジョンに行くぞ」

 ヴァリアスが急に立ち上がった。

「初中級タイプなら、Dランクぐらいの魔物が色々いる。あちこち行かなくても、まとめて体験出来るぞ」

「なんだよ初中級って。スキー場のゲレンデじゃねえんだろ? そりゃいつか行かなくちゃならないだろうけど、もう少し力付けてから行きたいよ」

 俺はとにかくダンジョンというと、地上とは違う怖さを感じる。たぶん閉鎖された空間で、すぐに逃げられないというイメージがあるからだろう。


「大丈夫だ。お前の今の実力なら容易いさ」

 あ~、これはもう何がなんでも連れて行く気だな。

「……わかったよ。だけど危険だったら、いや、俺が嫌だと感じたら、即帰るからな」

「わかってるよ。オレを信用しろ」

 それが出来ねぇから困るんじゃねぇか。

 テーブルの向かいで村長が目をしばつかせた。


「待て待て、今日は絶対に行かないぞ。行く前に色々準備だってあるんだから。ちょっと近所の公園に散歩に行くのと訳が違うんだぞ」

 俺はコートを引っ張って奴を座り直させた。


「その、もし1ヶ月過ぎちゃったらどうなるんですか? まさかFからやり直しとか……」

「いや、またEに逆戻りだ。だからこの銅プレートはまだ持っててくれ。それと向こう半年間は確定試験を受けられなくなる」

 そうかあ、この使用期限中に試験合格しなくちゃ、D確定が半年延びちゃうんだ。

 しかしこの年齢としでまた受験勉強かよ。なんか仕事より覚えるの大変そうなんだが。


「わかった。考えてみたら1ヶ月あれば十分だ。それだけあればギガントコングの全身の毛の数だって数えられる。ついでに昇級テストも受けられるぞ」と奴が口を開いた。

 なんだよ。ギガントコングって? キングコングの別称か?! 

 絶対遭わねぇぞっ。

「うん、まあ旦那がついてるんなら大丈夫だろうな」

 いえ、こいつがついてるからヤバいんですけど………………。


「そうそう、あのギルドのバイヤーに連絡したんだが」

 あ、すっかり忘れてた。日本じゃ3週間経ってたけど、こっちじゃまだ1日経過したとこだった。


 村長によると、あのバイヤーはすぐにでも来たいようだが、他の取引もあってすぐに来れないというのだ。

 だからなんとか2,3日待ってくれと言ってきたらしい。

 自分が見に行くまで他所に見せないでくれと。

 別に構わないのでそれでいいと答えた。

 村長はそれで少しホッとしたようだ。

 そんなことより今は目の前の受験だ。


「そういや兄ちゃん、魔法使いの能力認証は取ってるかい?」

 オーツ麦茶を飲んだ村長が、おもむろに聞いてきた。

「いいえ。そういえばこの間、別のギルドでそんなこと訊かれましたけど」

「そうかい。魔法使いを名乗るなら、それを取っとくと何かと融通が利いて便利だぞ」

 別に名乗ってる訳じゃないのだが、アビリティがそうらしいんだよな。


「それにこっちは実技だけだし、ハンター試験の予備練習になるかもしれん」

「ジジイ、たまには良い事言うじゃないか。よし、じゃあそっちから取得するか」

 なんだか俺の意向を置いて、バタバタとやる事が増えていく。


 その後、俺を置いてけぼりにして、2人で試験に出そうなダンジョンや魔物の話していた。

 やるのは俺なのだけど。

「あの、これを頂いたのにアレなんですが、その過去問題集とか参考書とか出てないんですか?」

 ヤマをかけるためにも、過去問は見ておきたい。

 ギルドなら発行してそうだが。


「そんな物作っとらんぞ。誰も読まんし、大体、本自体が高いからな。Dランク以下のハンターに気軽に買えるもんじゃなし」と村長。

「本なんか読んだだけで知ったつもりになるより、実物を見た方が良いぞ」と奴。

 あ……無いのか。そういや、こっちで本屋って見た事無かったな。だけど受験するのに参考書の1冊くらいは欲しいとこだったんだが……。


「もしそれだけで不安だったら、他の過去のテスト用紙を取り寄せようか? 本部に問い合わせりゃ送ってくれるはずだ」

 村長が提案してくれたので、俺は喜んでお願いした。


 それから役場を出たのは昼下がりの2時前だった。

 修行もかねて何か大きい依頼でも受けようか、という事になったのだが、残念ながらラーケルにはD以上の大きな依頼がなかった。

 それで別の町のギルドに行くことにした。


「試験は王都のギルドでやるぞ」

 ヴァリアスが門に続く一本道を、早い足取りで歩きながら言った。

「さっきジジイが言ってたろ、『試験官とギルド長の采配で合格した』奴がいたって。

 そういうのはまず、ある程度権力のあるエリア長とかだ。

 ならばこの国で一番大きいギルドには必ずいるはずだ。万一お前が筆記で落ちても、実力を見せれば合格させるかもしれん」


「やっぱり……筆記は望み薄なんだな」

「まさかあんな試験をするとは思ってなかった。せっかくオレが教えた事を全部素通りしやがって」

 奴がぶつくさ文句を言った。


 確かにこいつにはいろんな事教えてもらった。

 それぞれのワームの好む地質とか、フォレストウルフは一夫一妻制だが実は浮気性だとか、あまり要らない情報も多いけど。


 テストでは比較的一般常識というか、『獣道を通るときの注意』とか『獲物の痕跡の見つけ方』とかがあったのだが、これはそれぞれ探知やオーラ見で済ましてしまっていたので、特に必要がなかったのだ。

 薬草の生えてそうな場所も教えてもらったが、どうやら俺の実績傾向が魔物ハンターよりなので、そういった問題は出そうになかった。


「ん、アイツ何しに来た?」

 門のところでフランが誰かと話していた。来た時は別の門番が立っていたが、午後の番として交代したようだ。


「あー、来た来た。ヴァリー、ソウヤー、待ってたよー」

 フランの陰からひょっこり少女が顔を出した。

「あれ、ナジャ様? ここまで来たんですか?」

 地球で別れたばかりのナジャ様がそこにいた。

 もちろんいつもの白い夏服になっている。


「やあ、この娘こ、あんた達の知り合いって本当なのか?」

 フランがこっちを振り返った。

「そうですよ。どうしたんです?」

「いやあ、知らない顔だし、師匠たちの知り合いだから通せって言うから、ちょっと色々訊いてたんだよ」

 そういうフランの顔が少しにやけている。

 また何かやったのか、この使徒は。


「そうなんだよー。あたいがヴァリーの仲間だって言ってるのに、信じてくれないんだよ。このお兄さん」

 そう言いながら軽く流し目で下からフランを見ながら

「でもこんな田舎でもいるんだね。こういうガタイの良い強そうなお兄さん。

 こんな小娘でも、簡単に通さないところもしっかりしてるしぃー」

 自分で小娘言うか。


「そりゃあ当ったり前だよ、門番なんだから」

 フランが胸を張って言った。

 田舎と言われたことよりも、強そうと言われたほうに気がいったようだ。

 多分、少女とはいえ綺麗な顔をした、高そうな服を着ている都会の美少女らしき彼女に興味もあるのだろう。

 さっきからチラチラと、ナジャ様の素足やきめ細かな白い腕・頬から首、胸の辺りに視線を這わせているのが、よくわかる。

 まあ、男とはそういう生き物だ。


 が、俺は斜め後ろから殺気のような怒気を感じて、一瞬息を止めた。

 おそるおそる後ろを探知してみると

 いたっ!

 薪小屋の陰からこちらを睨むように見ているフランの彼女が。

 馬鹿フラン、早く気づけよ。目の保養もそれぐらいにしとけっ。


「ナジャ、お前本当に暇な奴だな」

「そんなことないよー。ソウヤ、試験だってな。あたいが家庭教師になってやろうかあ?」

「お前また盗み聞きしてたな」

「たまたま近くにいたから聞こえちゃったんだよー。それよりさ、早く行こうよー」


 ナジャ様が俺の袖を引っ張って門を後にした。

 こちらの方を見送るフランの後ろから、ズンズン怒りのオーラが近づいてくるのを感じながら。

 明日生きてるかなぁ、フランの奴。


「ソウヤ、お前 参考書が欲しいんだろ?」

 村の石壁に沿ってぐるりとまわりながら、ナジャ様が訊いてきた。

「ええ、だけどないみたいです」

「だったら似たような知識の本を探せばいいじゃん。王都の本屋にならあると思うよー」

「えっ、そうなんですか? それはぜひ欲しいです」

 横を振り返ると、ヴァリアスの奴があまり面白くなさそうな顔をしていた。


「本なんかで得た知識じゃなぁ……」

「チッチッチッ、お前さん、自分の教えてる知識が偏ってるって気がついてないんだよ。

 試験は一般ハンター向けなんだから、探知や解析が使えないこと前提で教えないと」


「……使えない場合のやり方は、まず能力をひと通り使えるようにしてからやるとこだったんだ。

 魔法が使えない場所に行くのは、まだ先の予定だからな」

 そんなとこ連れてく気なのかよ。


「じゃあこれから王都にいこうよ。受験の予約もしとかないといけないし」

「やっぱり試験の日程ってあるんですね?」

 そうか、いきなり行って、その場ですぐに試験って訳にはいかないもんな。

「そうだな。ついでに魔導士ギルドにも行って、そっちの認定テストも受けた方がいいしな」

 おお、なんだか急に忙しくなってきたぞ。


「よぉし、じゃあ決まりだね。この間、ラディーズ通りに新しいパン屋が出来たんだよー。

『ポムムパイ』(アップルパイ)が美味しいって評判なんだよー」

 ナジャ様が少し目をキラキラさせてこちらを向いた。


「お前だって金ぐらい持ってるんだろ? 勝手に食いに行けばいいじゃないか」

「そんなの1人じゃつまらないじゃないか。それに他人に奢ってもらうから余計に美味しいんだよー」

 ケケケと少女は、綺麗な顔に似つかわしくない笑い声を上げた。


 転移で跳んだところは、以前王都に来るときに着地した、道に出る手前の樹々の中だった。

 前をちょうど箱馬車が通り過ぎていく。

 その馬車が通り過ぎていくのを見届けてから、隠蔽を解いた。

 

 ヴァリアスの奴はイアンさんとこの庭に出ようと思っていたようだが、ナジャ様が反対したのだ。

 いくら中庭を勝手に使って良いとはいえ、今回のように表立って行動する時には、ちゃんと門を通れと言ったのだ。

 ギルドに出向くのだから、後でいつの間に町に入ったと、怪しまれないようにということだ。

 確かにこいつはそういう事を面倒くさがるから、俺もなんだか気になってたとこだ。ナジャ様がいて良かった。

 そっと王都に続く坂道に出た。


 2回目だけどやっぱり、王都は大きいな。

 ギーレンも他の町に比べて大きかったけど、こことは比べものにならない。


 途中、横から伸びてきた道が交差して更に幅が広くなっていく。他の街道は広くても約2車線くらいだったが、こちらの本街道はその倍くらいある。

 昼下がりで市場は一段落している時間でもあるが、行き交う人達の数は、商店街を行く人の数とあまり変わらないかもしれない。


 ガラガラと、オークとワイルドボアーらしい魔物の死骸を載せた荷車を、3人のハンターらしい男達が押していく。

 本来なら俺も魔物を狩ったら、ああやって持って来なくちゃいけなかったんだ。

 空間収納有り難し。


 今のところどれくらい入るのか分からないけど、これを使って何か仕事に結び付けられないかな。

 アルやセオドアだって、ああやって人前で使ってたし、ハンターなんだからそんなに隠さなくても大丈夫かもしれないな。


「それはアイツらがそれだけ強いからだ」

 俺がふと思った事を言ったら、即ヴァリアスに却下された。

「もし盗賊に目を付けられても、返り討ちにできる力を十分持ってるからだ。それはまわりも認めている。

 だから人目も気にせずやってるんだ。

 お前なんかがあちこちで見せてたら、後ろに100人は強盗どもが付いてくるわ」


「そりゃあ、俺なんか強そうに見えないだろうけど……100人は酷いんじゃないのかあ?」

 ケケケと少女が笑いながら

「そうだよなあ、ソウヤ。せいぜい50人くらいだよー、ケケケ」

 あんまり変わらない。


「ギルドの連中には知られているが、アイツらだって決して外に漏らす事はしない。組合員の身の安全のためにもな」

「そうなんだ。そういや、以前ドルクのおっさんが、俺の収納力が大きいって言ってたけど、やっぱりそうなのか? 俺のって、どのくらい入るんだい」


「知りたいか?」

 意味ありげにこちらを見た奴が、ニンマリすると

「じゃあ、せいぜい沢山の魔物を倒して入れてみろ。自分で手応えを確かめてみればいい」

「なんだよ。別に魔物じゃなくてもいいだろ。じゃあ今度、井戸とか川の水でやってみるか。何リットル入るか」


「やめとけ。井戸が干上がって、それこそ迷惑かかるぞ」

「え……まさかそんなに……? まさかのそこだけ無双系!?」

「お前は父親が誰かってすぐ忘れるだろ。お前は規格外だってことをもう少し自覚しろ」

 規格外はあんたも一緒だろ。

 でもやっぱりもっと気を付けなくちゃいけないのかな。


 城門前の川に渡された橋を渡る。

 この間は緊張もあってあまり見れなかったので、今回は探知をしながら歩いてみた。


 しかし、城壁はおろかこの橋の部分さえ、靄もやに包まれたようにかすんでわからない。やはり強力な護符が仕込まれているようだ。

 まだまだ俺の能力は及ばないという事だな。


 門の税関で俺の番が来て、俺は新しく発行された銀の仮プレートを門番に渡した。

「ほうっ」

 門番が声をもらした。

「あんた、ランク上がったんだな。おめでとう」


「えっ、なんで私のこと知ってるんですか」

 俺はあらためて門番の顔を見て思い出した。

 そうだ。この八の字髭の中年の門番は、初めて王都に来た時に、俺のプレートを見て鼻で笑った男だ。

 俺が力の差があり過ぎる奴とコンビを組んでいたから。


「おれはこの王都の門番だぞ。まずほとんどの通行者の顔は覚えてる。あんたもこの短い間に良い面構えになったな」

「あ、ありがとうございます」

 俺はプレートを返してもらいながら礼を言った。

「これからがハンターとしての本番だな。頑張れよ、若いの」

 門番は軽く手を振って、次の通行人に向き直った。


「ほうらねー。ちゃんとああやって、見覚えてる奴もいるんだよー」

 俺が少し感慨にひたっていると、ナジャ様が違う意味で注意してきた。

「だからちゃんと税関は通らないとね」

「別の門を通ればいいんだけだ」

 こいつも譲らねえなぁ。

 まあ何かアクシデントがあっても、なんとかしちゃう能力があるからなのだろうけど、俺は一般人として基本的にいきたいよ。

 

 というか、俺のこの旅のしみじみ感をすぐそばから消さないでくれよ。


ここまで読んで頂きどうも有難うございます!

次回は仮題『王都の巨大書店』です。


*************************

ご存知、トラツグミ――ぬえとも呼ばれる鳥ですね。

映画『悪霊島』の有名なキャッチフレーズ

『鵺の鳴くは恐ろしい』で知りました。

始めは本当にあの妖怪の鵺なのかと思ってましたが

夜鳴き鳥なんですよねー。

サヨナキドリも夜鳴くのにこっちはナイチンゲールとか呼ばれて

ずい分イメージに開きがあるなと思いますが

やはり鳴き声が悲しげで、何かの獣を連想させるのかもしれません。

 話変わって、

ナジャジェンダ様の笑い方が『ケケケ』という『ゲゲゲの鬼太郎』に出てきそうな

笑い方なのですが、これは実際に聞いた声を元にしてます。

 前に勤めていた会社の同僚が、まさしくアニメ声の可愛いボイスなのに

ある時、残業で疲れて一線向こうへ行ってしまったのか

妖怪のような声で笑っていたのです。ケケケケケケケッと早いリズムで。

 あとで本人は否定してましたが、同じく残業していたもう1人も聞いているので

聞き間違いではなく、確かにあの時妖怪がいた……。

 まあ、可愛い声の持ち主もこういう笑い方をするというモデルですね。

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