第114話『小さな奇跡とそれぞれの道 その3』
我ながらエピソードがごちゃごちゃになってる感があります。
力不足のくせに登場人物を出し過ぎました(反省;)
ただ広げてしまった風呂敷を畳みたくて、こんな風になってしまいました……。
今後少しづつ修正したいと思います。
この中庭の湧き水が突然、精神・神経回復薬――癒しの天然水になった。直に味わって、そう感じたのも束の間、キルギルスが医者らしく分析して確認したいと言いだした。
多分間違いなさそうだが、多分ではいけない。似ている作用をするものもあるのだからと言う。
そこで湧き水を貯めた水差しを自ら持つと、助手を伴って慌ただしく帰っていった。
そんな事をしなくても、俺にはこれが本物なのはわかっていた。
だが、空間収納と一緒で軽々しく解析能力を明かすことはできないし、ましてや解析結果を証明することも難しい。なんとももどかしい限りだ。
アルとセオドアの2人は、留置所と裁判所へ行ってくると言って出て行ってしまった。
カスペルが物置から使っていない水甕を持ってきてくれたので、井戸で洗ってそれで水を貯めることにした。
台所の鍋や長寸胴は昼メシを作るのに使うから、こちらに使えないのだ。
「何だか急に大変な事になったな」
急に『お前のとこの湧き水の水質検査する』と言われた先生が、事態が呑み込めず、頭を掻きながら施術室に戻っていった。
確かに急に慌ただしくなった。全て見ていた俺もついていけてない。
あの魚人の使徒リベロマーレ様が、この女神像におそらく祝福を与えたのだ。
始めはただ、水を更に美味しくしてくれたのだと思っていたのだが、まさか癒しの水に変えているとは思わなかった。
さっきの治療師が言っていた通りに、もっと水量を上げてくれれば、酒造業者に売れたかもしれないのに。
ヒーリングポーションも確かに必要だから、この施療院がわざわざ高い薬草を買って作らなくてもいいようにしてくれたのだろうか。
甕にチョロチョロと伝って落ちていく水を見ながら、ぼんやりとそんな事を考えていた。
「なんだ、今度は水番か」
しゃがんで見ていた俺の頭の上で急に声がした。奴が戻ってきたのだ。
「あれだよ、どうやらこの湧き水がヒールポーションになってたんだ。精霊の泉が天然のエリクシルのようにね」
「ああ、知ってるよ。マーレの奴が祝福を与えたって言ってたからな。元々ここは土地が良いって言ったろ? まあ、放っておいてもいつかは成り得たかもしれんが」
「だったらもう少し多く出るようにしてくれてもいいのに」
日本昔話の養老の滝なんかは、まさしく滝から流れ出る川で全身が浸かれるほどだった。
「そんなにジャブジャブ出てたら有難みがないだろ。これくらいで十分だ」
そんなもんかなあ。
「そんな水眺めてるだけじゃ暇だろ。買い出しにつき合うか? 先にちょっと地元に戻るのもいいだろ」
「買い出しって?」
「酒に決まってるだろ。毎晩、アイツら飲みやがるからすぐに減っちまって。おかげで昨日も行ってきたばかりだ。今夜は最後だからどうせ飲み明かすだろうし」
「あ、どうりでビールや酒が切れないと思ってたら、途中で買いに戻ってたのか」
まさか同じ近所の酒屋か ?! こっちじゃ何日か経ってるが、あっちじゃ同じ日だぞ。同じ日に何度も酒の爆買いって―――何思われるか……。
そんな俺の心配なんかまさしく歯牙にもかけず、奴は目の前にいきなり亜空間の門を広げると、俺を引っ張り込んだ。
道を挟んで店の壁側面に、3台の自動販売機が見えた。
俺達はクリーニング屋の横に現れていた。確かここは防犯カメラから死角になっているところだ。向かいの酒屋の方から有線か、クリスマスソングが流れて来ている。
って、部屋の中じゃなくて、いきなり外じゃねえかよっ。
あたりを見回すとちょうど誰もいなかった。
「よし、じゃあ隠蔽を解くぞ」
「……無茶しやがって~」
「いちいち部屋から来るのも面倒だろ。さっさと買って戻るぞ」
そう言った奴は、ちゃっかり黒いヒットマンになっている。アル達がやってる、収納を使った早替わりとおそらく同じだろう。
俺はスマホを腕から外す事は出来るが、身に付けたりするのはまだやった事がない。収納から引っ張り出すのは、まだ直接手で引き出さないと出来ないし、失敗して体にのめり込まさないか、怖いからだ。
そんな事を考えながら、一歩踏み出して風の冷たさに縮みあがった。
「寒っ!」
俺は上着を着ているとはいえ、麻製の薄いチュニックに薄手のカットソーという夏服のままだった。
こっちは来週クリスマスになる12月の真冬。
小走りに酒屋に駆け込んだ。
「いらっしゃいーっ。あれっ お客さん、やっぱり何かパーティやってるんですか?」
若い3代目店長が、俺の姿を見てすかさず聞いてきた。
そうだったぁーーっ。
奴は着替えてるが、俺はそのまんまだった。
下はジーンズにトレッキングシューズだが、上着はフード付きの濃紺チュニックに、手足にそれぞれ革アーマーを付けている。
しかも腰の太いベルトには鞘に入っているとはいえ、本物のダガーを下げているのだ。
これは完全な銃刀法違反だ。
「なんの仮装です? ハリーポッター? ……じゃなくてロードオブザリングかな?」
「いや、まあ、そんなとこです……。罰ゲームで……こんな格好のまま来ちゃいました、ハハ……」
「それにしてもスゴイ大人数なんですね。今日はこれで3回目ですもん。皆さんお酒大好きなんですね。
こっちは有難いけど」
キャップのつばを後ろ向きに被った店長は、疑う様子もなく笑った。
俺も合わせて愛想笑いしながら体の向きを少しひねって、ダガーを見えないように収納した。
そんな焦る俺の様子をまったく意に介さず、奴はドカドカとカウンターに箱ごと載せていき
「蒼也、これ外に運んでくれ」
てめぇーはっ、いつもホントにマイペースだなっ!
俺に対してもそうだが、慌ただしくレジ打ちしてる店員さんを待ってやれよっ。
またカメラの死角に持って行こうとして、自販機前でジュースを選んでいる2人の学生に、探知で気がついた。
マズい、そこで収納できん……。
「すいません……。台車貸してもらっていいですか?」
俺と店長が台車に酒を積みなおしている間に、奴は店内をまたグルッとまわって、新入荷の酒を物色していた。
あんたは一体何しに俺についてるんだぁーーーっ !?
台車に全部載せて店を出ると、学生たちが自販機の横で缶コーヒーを飲んでいた。飲みながらこっちに視線を向けてくる。俺は顔を覚えられないようにフードを深く被って通り過ぎた。
クソぉ、全部コイツのせいだ。
先に止まっていた大型トラックのおかげでやっと死角ができた。すぐに酒を収納すると、ダッシュで台車を店に返しにいった。
クソ寒いっ。
体のまわりの空気を温めればいいのにと、後から言われた事にもムカついてしまった。
「ったく、あんたは何んのために俺についてる気なんだっ!」
中庭の戻ってきて俺は不満を爆発させた。
「なんのためって、守護と教育に決まってるだろ?」
今更なにを聞くという感じの顔をして奴が言う。
「どこが教育なんだよっ。戦いばっかに俺を巻き込みやがってっ! 守るどころかこの間は、人間同士の殺し合いにまで放り込んで、放っておいたじゃないかっ。
俺はそういうのが一番嫌いだって言ってたのに」
「人間同士の争いは生きてれば避けられないものだ。あのコボルトが言ったように、お前がもっと力を持てば避けられるようになる」
「……しかもあんな処刑紛いなものを見せられて……。前に見たくないって言っておいたのに……」
「好奇心や楽しむために見るのでなければ、それは罪じゃない。
それにお前は少しづつこういった事に慣れてきてるだろ?
兎を殺す事にも落ち込んでいたお前が、殺し合いの真ん中にいて、泣くどころか、しっかり対処出来てたじゃないか」
「それは、そうしないと殺されるところだったから、精一杯やっただけだよ」
「それが慣れってやつなんだよ」
「はぁ…………」
俺は湧き水のそばに行ってしゃがみ込んだ。
水瓶の底に少し水が溜まってきている。マグカップを出すとその水を掬った。
「おいっ、いくら天然ものとはいえ、一日に何度も飲むな。体がそれに依存するようになるぞ」
「うるさいなぁ。誰が飲まなきゃいられないようにしてるんだよ。
――― 父さんは相性だって言ってたけど、俺には全然わかんないよ。なんで相方があんたなんだろう」
『なんでだよっ』とかまたギャーギャー言うかなと思った。
だが、奴はジッと俺の顔を見てるだけで何も言わなかった。
この沈黙が逆に怖い。
「……水の番なんかしてなくてもいいんだろ? 来い。畑の土壌操作教えてやる」
そのままスタスタと中庭を出て行った。
やっぱり勝手な奴だな。
**************
1時間くらいしてキルギルスが戻ってきた。
先生は施術室で患者を診ていたが、ナタリーに任せてキルギルスと中庭に行ってしまった。
「ハルベリーッ! 喜べっ、こりゃあ正真正銘のヒーリングポーションだぞ。
しかも上級品だ! この解析結果を見ろ」
キルギルスが丸めた紙を広げて見せているのを、俺は探知しながらその様子を見聞きしていた。
紙を隅々まで見て先生が唸る。
「こりゃあ……奇跡だな。最近いろんなことがありすぎて…… 一体どうなっちまったんだろう」
なおも首をかしげる先生に治療師は
「とにかく今は理由なんかどうでもいい。ハルベリー、これを使わない手はないぞ」
「ん、ああ、確かにこのまま出続けてくれれば、ヒールポーションを造らなくて済むな。
ずい分と薬草代が節約できる」
「何を言ってるのだぁ !?
お前さんは甕一杯のポーションを1日で使い切る気かあっ?」
ガバッとキルギルスは先生の両肩を掴んだ。
「普段資金繰りに四苦八苦してるくせに、儲けるやり方には疎いのだな。これは売れるぞっ!」
とにかく商談だっ と、先生を急き立てて執務室に行ってしまった。
「ソーヤさん、ちゃんと見てますか」
意識をこっちに引き戻された。
俺は今、施術室で患者の治療をするナタリーの施術を見ていたのだ。
ヴァリアスの奴は畑仕事が終わったら、またどっかへ行ってしまった。
今日で最後なのでなるべく治療を見ていくようにと、さっきまで先生についていたのだが、キルギルスと出て行ってしまったので、俺とナタリーが残されたのだ。
あの洗濯物事件(?)以来、まだ直接話しづらくて、俺は意識を先生たちに飛ばしていたのだ。
そんな様子をナタリーに気づかれたらしい。
「え、ええ……すいません。考え事してました……」
「しょうがないですね。じゃあここから先やってみてください」
患者は右ふくらはぎの肉離れでやってきた――なんのシャレか――肉屋だった。
ナタリーが筋肉裂傷の筋線維を繋ぎ合わせたところまではやってくれたようだ。
あとは残った内出血の血を吸収させて、炎症物質を消して、傷んだ細胞を再生させる。
俺が出来るのはまだほんの擦り傷程度だ。それ以上になると、どうしても完全には治せない。
こればかりは数をこなすしかないようだ。
なんとか治してナタリーにOKをもらって、患者が帰ったあと、次の患者が来るまでに少し時間が空いた。
2人きりで俺は何を話していいかわからなくて、じっと壁のほうに向いて椅子に座っていた。
ナタリーは施術室の開いたドアの前で通路を見ている。
奥の調合室にいたイーファとコニ―は、いつの間にか倉庫に薬草を採りに行ったらしくいなかった。
「ソーヤさん」
ナタリーが通路の方に顔を向けながら言った。
「はいっ?」
思わず緊張した。
「言いそびれてしまってましたけど、……この間は有難うございました」
「いや、私は、ほぼ何もしてないですよ。一緒に行っただけで。それにもうすでに、そのことはもう済んだじゃないですか」
そう、彼女は目覚めた時、ひと通り俺達にちゃんと頭を下げてお礼を言ったのだ。今更言ってくれなくても問題ないのに。
「――― そうじゃなくて、あの朝の件、黙っててくれて……」
そう言って振り返った彼女の顔は、紅潮し恥じらった乙女の顔だった。
可愛い―――。
これがツンデレってやつか。なんだか取っつきづらい印象から、急に見せたこのギャップ。
プライドにいつも隠されていた彼女の内面が垣間見えた瞬間、男は彼女の虜になるんだ。
「そりゃもちろん言いませんよ――。忘れてましたし(嘘だけど)。だけど先生が羨ましいや。こんな可愛い娘に想われるなんて」
俺は少し気安くなったのとやっかみ半分で、つい茶化してみた。
ボンっ! と音がしたかと思った。
彼女の顔がみるみるうちに、まさしくリンゴのように赤くなった。そして口をパクパクさせたかと思うと、やっと絞り出すように声を出した。
「ぁ、あれでそぅ……そう思ったの……?」
しまった! 俺は知らないはずだったんだ。
誰かから聞いたってバレちまう。
「お、お願いだから、それ、人には言わないでね……」
えっ? みんな知ってるんだけど――― あ――!
「も、もちろんですよ。こんな事言いふらしたりしませんよ。どうせ明日にはここを出て行くんだし」
俺は慌てて約束した。
「そう、そうよね。ありがとう、あなたで良かったわ……」
彼女は胸の前で両手を握って、自分を落ち着かせるように頷きながら言った。
みんなが気付いていないと思ってる。
知らぬは本人ばかりなりって、この事か。
というか、このお間抜け感のギャップが、彼女の本当の魅力なのかもしれない。
「イタタタ……。また腰やっちまったよぉ」
白髪白ひげのお爺さんが杖を突きながら、少し前屈みになってそろそろとやって来た。
「あら、オブルさん、また無茶したんでしょ。こっちに座って」
俺は老人を座らせるべく手を貸した。
**************
「それで湧き水は売れそうなんですかぁ?」
夕食の時、イーファが先生に聞いてきた。キルギルスが商談を持ち込んできたという話が出た時、真っ先に関心を寄せたのはイーファだった。
薬師であり、主に薬剤やその他の資材調達、経理も担当している彼は、収入が安定・増加する事に人一倍敏感だった。
ナタリーが経理を担当していると聞いてきたのだが、実際は計算のほうで、物心つく頃から修道院にいたナタリーより、俗世間を知っているイーファが、主な金銭面を管理していた。
「そうだなぁ。キルギルスの奴が言うにはまず、ヒール(癒し)系は官吏(一括りに役人のこと)に人気があるって言うんだ。
あいつら、仕事の関係上いつもピリピリしてるから」
「おれはそんなにピリピリしてないけどなー」
アルが岩石魚の兜焼きを噛み砕きながら言う。
「お前は心労なんかないだろ、どうせ」と先生。
「なんだよー。おれだって少しくらいあるぞぉ、なぁ?」
と、隣の相棒に同意を求めたが
「そうだな。わたしのストレスの7割はお前だから……ヒールに頼るより、切り捨てた方が確実かもしれないな」
「なんでだよっ?! どこか足手まといになるようなところでもあるのかぁ?」
「…………能力と力だけで選ぶんじゃなかったって事だよ」
セオドアが冗談なのか、半分本気なのかわからない事を言ってる。
「キルギルスの奴、警監視局(警察署)とかの売店に薬を卸してるらしいんだ。ウチから仕入れれば作る手間が省けて、その分コストも安くできる。
そのまま小分けにして売るだけだからな。」
「じゃあ本当にお金になりそうなんすね?」とカスペル。
「これで給金さ、上がってくれれば、ミリルの親父さんさ説得できるっさね」
コニ―は、彼女と一緒になる期待を膨らましているようだ。
「ううん、そりゃあこのまま上手くいけば、上げてやりたいけど……いつまで奇跡の水が続くかわからんからなぁ。あんまり期待されてもなぁ―――」
先生が少し自信無げに、みんなの過度の期待を恐れるように言った。
「大丈夫だろ。一度成った奇跡は、この地を穢さない限り消えたりしない。
神は一度与えた物を簡単に取り上げたりはしないだろう」
奴の言葉に皆が振り返った。
「…………うむ、何故かあんたが言うと説得力があるなあ」
先生が赤い髭をさすりながら頷いた。
「ホント、神から一番 縁遠そうなのになあ」とアル。
「あ゛っ !?」
「そうやってすぐイライラするのは、カルシウムが足りないんじゃないのか?
骨食べろ、ホネ。好きだろ」
俺は気を逸らすため奴の皿に、ブルーバックブルの大腿骨スパイシー香草焼きを載せてやった。
「そんなもの足りてるわっ。大体オレは犬じゃねぇぞっ」
犬だってこんな太い骨は食べないよ。
だけどここじゃ獣人用にこういう食材が売ってるんだよな。全員とは言わないが、若い肉食系獣人に需要があるらしい。
たださすがにここまで太い骨は、通常小さく砕いて売っているらしいのだが、奴ら(アクール)のためにカスペルが、肉屋に未処理のを頼んだらしい。
文句言ってる割には、しっかり粉砕しながら喰ってるな。
しかも今日は2人もいるし。(セオドアはあまり音を立てないようにしてる)
こんなウルサイ食事は、動物園でもあまりないんじゃないのか。
(実際のトラの食事とかは、バキバキ煩いですが)
「しかしカスペルはよく、おれ達用の作り分けてるな。今更だけど大変じゃね?」
ふとアルが訊ねた。
「いやぁー、いつものと違うの作るのも楽しいっすよ。メニューは参考に、肉屋のオバチャンに聞いたんすけどね」
さほど苦にしてないようにカスペルが答えた。
「おれの実家でも母ちゃんが、おれのだけ別に作るの面倒くさがってたよ。
アクールはおれだけだったから」
「えっ、そうなんですか?」
俺はつい訊いてしまった。もしかして貰い子だったのか?
「母ちゃんも父ちゃんも、ユエリアンだよ。おれんちは。姉ちゃんも兄ちゃんたちもみんな。
おれだけ先祖返りってヤツだよ」
へへっと、アルが笑いながら言った。
ここでは先祖返りという言い方をしているが、いわゆる隔世遺伝か。
元々ユエリアンはアクールから派生した亜種だから、たまにそういう風に生まれてくるんだな。
しかしこいつ、末っ子か。
要領よく、人に頼るとこは末っ子あるあるだな。そして頼れる相手を見つけるのも上手い。
俺は1人納得した。
ひと通り食事が済むと、アル達も明日帰るということで、そのまま食堂で酒宴となった。
サウロは3日後に洗礼式を受けるという事で酒は遠慮したが、他は全員―――意外にもナタリーが蜂蜜酒をストレートで飲み始めた―――無礼講となった。
「おれらみたいな長命種は、ベーシスの女に結構もてるんだよ」
下ネタ好きのアルが、カスペル達に話し出した。
ちょうどナタリーが席を立っていた時だ。
「長命種の精が入ると、長生きが出来るって思われてるからな。その証拠にこいつの母ちゃんだって、コボルト人の妻になって長生きしたんだからなー。イデッ!」
すかさずセオドアがアルの頭を殴った。
「他人の親を例に挙げるなっ! お前が言うと生々しいんだよっ」
「で、でも長生きできたんすか?」
酒のせいで好奇心を抑えられないカスペルが訊いた。
「ああそうだな、純粋なベーシスにしては長生きだったろうな。117まで生きたから」
スゲーッと、イーファやコニ―も感嘆の声を上げる。
地球でもギネス並みの年齢だけど、こっちじゃ100越えはもっとスゴイ事なんだろうな。
そこがヒュームと亜人との違いでもあるようだ。
だから王族や金持ちが好みに関わらず、長命種を相手にしたがるという噂話をしたところで、ナタリーが戻ってきたので、この話は立ち消えとなった。
「いやぁだけど、定期的に収入が見込めそうなのは有難いですよね、先生」
いい気分のイーファが、先生のカップにダークラム酒を注ぎながら隣に座った。
「この間の寄付金(奴が渡した金)は、聖堂と施設の修繕で消えちゃったでしょう?
僕んとこの計量器も古くてね。もうガタがきてて、重しが外れたりするんですよ。
この前、錬金道具屋で精密秤を見たんです。
今あるのより、10倍は細かく正確に量れるヤツですよ。あんなのがあれば、もっと色んな薬が作れるんですけどねー」
「うん、うん。いつも古い道具を誤魔化しながら使ってて、ホント大変だと思うよ。
だけどなぁー、それ幾らするんだよぉ。
性能も10倍、値段も10倍なんじゃないのかぁ?」
先生が眉を大きく動かす。
「そうだよ、それ言ったら寸胴の方が絶対安いっすよ。もう直し直し使ってるっすけど、寸胴も大鍋も底が薄くなってて、マジでヤバいっすよっ」
向かいからカスペルが参戦してきた。
こちらでは比較的金物は高いようだ。
だから庶民はなるたけ買い替えずに、修理して使うんだよな。
「わかった、わかった。だけどあんまり期待しないでくれよー」
先生の眉が八の字になった。
『(なあ、明日帰るときに、もう少し寄付金置いてった方が良くないか?
これだけ長居したんだし)』
俺は声に出せないので、こっそり奴にテレパシーで訊いてみた。
『(必要ない。それにこれからは足りていくようになる。あんまり調子に乗って与えすぎるのも良くないんだぞ)』
そうなのかなぁ。本当に良くなっていくならいいけど……。
「ふーん、本当に秤なんかが欲しいだけなのかぁ?」
イーファの隣にアルが急にやって来た。いきおい、先生とイーファが長椅子を右にずれる。
「おれら昨日、道具街通りを通ったんだよ。裁判所からの通り道だから。
なんていうんだっけあの娘? あのオレンジの巻き毛の看板娘さあ」
イーファの顔が一気にのぼせたようになった。
アルは牙を見せてニヤニヤしている。
「いやっ、その、部品を買いに行った時に、話するぐらいで……。あっ、ちょっと倉庫の鍵閉めたっけ」
立ち上がろうとするのをすかさず、アルが首に手をまわして押さえた。
「いいじゃん、いいじゃん、隠さなくても。おれは安心したよ。
お前が薬ばっか作るのに専念する、堅物なのかと思ってたけど、まだまだちゃんと枯れてなかったんだもんなぁ」
「いや、いや、だから誤解だから――」
「おれの鼻をなめんなよ。お前とあの娘から出てる、フェロモンに気がつかないとでも思ってるのか?」
「だからそれは――えっ、あの娘も ??」
カラカラ笑いながら立ち上がると、アルがまたこっち側の席に戻ってこようとした。
「ちょっと、アルディンさん、その話もっと詳しく教えてよっ!」
イーファが焦って立ち上がる。
「いいよー。どんな匂いか詳しく教えてやらあ」
「何、なに、イーファ、いつの間にぃ」
コニ―とカスペルも好奇心丸出しで、4人して隣のテーブルに行ってしまった。
代わりに先生の隣にナタリーがスルリと座った。
結構酔ってるのか、頬が紅葉している。
先生にややもたれかかるように酒を注ぎ始めた。
おお、酔いに任せてナタリーが攻めに入ったか。
先生は無下に出来ずに酌をしてもらっている。
「ちょっと片付けてきます」
先生の隣にいたサウロが落ち着かないのか、厨房の鍋や食器を洗いに、カンテラを持って中庭にいそいそと出て行った。
少し経ってイーファ達が落ち着いたと思ったら、おもむろにヴァリアスの奴が立ち上がった。
「おい、アルディン、今夜が最後だから、ひとつオレと勝負するかあ?」
えっ 何言ってんの、コイツ!?
そう言うや空間から白い板のようなモノを引っ張り出して、テーブルの上に置いた。
「あっ、それまだ持ってたのかっ」
それはウチのおもちゃ売り場で買っていった『テーブルエアホッケー』だった。
しかも一回り大きくなってる。
「ナニこれ? 勝負ってどうやんだ?」
すぐに興味を持ったアルが乗った。
たちまち隣のテーブルが喧しくなった。
「ウルサイなっ! 遮音しろよ、遮音っ」
ムードぶち壊しとばかりに、すわった目でこちらを見てくるナタリーの顔が怖くて、俺が思わず注意した。
テーブルのまわりを、少し聞こえる程度までに遮音壁で囲った。
完全にしてしまうと部屋の中の一角なので、酸欠になるかもしれない恐れから、半人前の俺は完全には遮音できなかった。
奴やアルなら平気かもしれないが、そばにイーファ達がいるし。
そんな俺の心配をよそに、5人は遮音壁の中で大いに盛り上がったようだ。
音が小さくても動作がうるさい。
俺はそんな奴らに背を向けて座ろうとした。
セオドアが1人静かに飲んでいる。
「あの、変な事聞きますけど、やっぱりベーシスは嫌いなんですか?」
俺は酒の勢いもあって、思い切って訪ねてみようと隣に座った。
「そんな事ないですよ。母がベーシスなことは言いましたよね?」
いきなり脈絡のない質問をかけられて、セオドアはちょっと驚いたようだった。
「いや、だけど、奥さんを選ぶときはヒューム以外って……」
「ああ、あれね。まずあいつ(アル)の種は、確かに諍い女が多くてね」
そっと、斜め向かいで騒いでいるアルを指さした。
諍い女とは、気が強くて喧嘩っ早い女の事だ。または魅惑的で、諍いの原因になるような女という意味もあるらしい。
戦闘種族だから、気が強いのかもしれない。
「それとこれは、わたしが…………臆病者だからですよ。割り切れられればいいんですが……」
セオドアはあらためて俺の目を見て言った。
「父は今400歳以上、わたしは数えで219ですよ。混血だけど父の血が濃いから、わたしも、おそらくそれくらいの寿命があるようです。
だけどベーシスの平均はたかが60年ですよ。母のように長生き出来ても、せいぜい100ぐらい。
淋しいでしょ?
生涯の伴侶と選んだ相手が、自分より確実に早く死ぬんですよ」
俺はすぐに言葉を返せなかった。
『あなたもそうでしょう?』とセオドアの目が言っていた。
長命種と短命種の避けては通れない壁、年の差婚でも懸念される問題だが、これはもう単位が違う。
奴の言っていた事が事実なら――恐らく本当なのだろうけど――俺はあと900年は無理矢理にでも生かされるはずだ。
そんなにあったらどうなのだろう。
知り合いや親友、愛する人がどんどん自分を置いていなくなる。自分だけがこの世に取り残されるのだ。
それはどんな気分なのだろう。
映画『ハイランダー』の主人公も死ななくなって、どんどん老いていく妻に寄り添い、1人になってしまった時、どんな気持ちだったのだろう。
1つだけわかるのは、残された者のほうが辛いという事だ。
それは置いていかれた事がある俺にはよくわかる。
寿命が長くても、幸せとは単純には言えない。
その分 辛い事も長いんだ。
そうか、なんとなくザワザワと落ち着きなく俺の心に引っかかっていたのは、潜在意識がこの苦悩を嗅ぎつけていたのかもしれない。
これは俺の問題でもあったのだ。
ここまで読んで頂きありがとうございます。
次回は仮題『さらば 友よ』予定です。
少し町を巡ってから日本に帰ります。
なんだか話が今までと路線がズレ気味でしたが、
これからまた少しづつ、主人公蒼也の話に戻していきます。
これに懲りずにどうか今後ともよろしくお願いいたします。




