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第113話『小さな奇跡とそれぞれの道 その2』

プチスランプと報告した途端に、何故かスルスルと執筆出来ました。

何だかなーという感じです(。_。;)


「こんばんわ」

 するりと闇から浮かび上がるように出てきた女は、俺達のほうに声をかけてきた。

 赤とオレンジのメッシュが流れるように入った、波打つブルネットの髪が腰まで垂れ、クレオパトラのようなアイラインの瞳は、射すくめるような強い発色のコバルトブルーだった。

 そしてその肢体はプレイボーイの表紙を飾りそうな、見事に肉感的なボディで、確実にFカップはありそうな胸を申し訳ない程度の布でくるんでいた。

 くびれた腹に形の良いのへそを見せ、艶めかしい太腿から膝、綺麗なラインの脚からキュッと引き締まった足首の下には、黒いペディキュアした足を包む黒く光るサンダルを履いていた。 


「……いいね」

 アルが相互を崩して近づこうするのを、セオドアが肩を掴んで止めた。

「おいっ、あの女なんだか怪しいぞ。ギリギリまでわからなかったなんて只者じゃない」

 そう、それは俺も思った。

 シルエットでかろうじて女とわかったが、近寄るまで全く存在がわからなかった。

 宿の後ろには川があるらしく、微かに橋脚にあたる水がヒタピチャと音を立てている他は、物音ひとつしていない。

 いくら俺の探知力が2人と比べて弱いとはいえ、急に現れた感じだった。


「そんな怖い女じゃないわよ、狼のお兄さん。こんな夜に女1人、外にいたら危ないでしょ?

 だから闇に紛れてたのよ」

 闇に完全に紛れられる女の方が危ないと思うのだが。


 女は少し気怠いような、ゆったりしたトーンで話し出した。

「そこの赤眼のお兄さん、最近お疲れじゃない? あたしがその疲れをとってあげましょうか?」

 ゆっくりとモンローウォークで歩き出すと、ゆるゆるとアルのそばに来た。

 ふわっと甘みのあるヴァイオレットのような匂いがした。

 もう、アルがこのフェロモンに捕まっている。


 女は流れの整体師だと言った。客をマッサージで血の巡りを良くして、熟睡出来るようにするため、夜仕事をしていると言う。

「ワリぃ、おれ施術受けてくるわ。先に帰っててくれ」

 そう言うとアルと女は、そのまま宿屋の中へ入ってしまった。

 俺とセオドアはあっけにとられ、ヴァリアスはニヤニヤしていた。


 帰り道、整体師というのは、こちらでは私娼の隠語でもあると教えられた。

(地球の整体師さんスミマセン)

 領地によって法が少し違うのだが、この地では管理されている公娼と比べて、許可を得ていない私娼は罰金、取り締まりの対象となるらしい。

 そこでマッサージや施術を行なう者として、言い逃れをするのだそうだ。

 もちろん、彼女達の施術方法は見よう見マネの真似事である。

 それに本来は整体師もちゃんと登録しなければいけないのだが、抜け穴があって、見習い中は登録せずに簡単な施術ならして良い事になっている。

 この事を利用して、彼女達は夜の町に立つのだ。


「あの、もしかして、アルディンさんがいつも利用してるのって……」

「ええ、全部とは言いませんが、たぶん半分はあの手合いですよ」

 セオドアが諦めたように言った。

 そりゃ治らねぇーな。

「しかし、あの女、何者なんだ……。強力な護符が付けてる感じじゃないのに、能力が読めなかった。

 この町に来てからこれで3人目だ……」

 呟きながらチラッとヴァリアスの方を見たが、すぐ目を逸らして溜息をついた。

「別にオレの知り合いじゃないぞ」

 素知らぬふりをして奴が言った。


 教会はもちろん閉まっていた。

 施療院の裏口も閉まっていたが、セオドアが前に立つと、ズズッと中で音がしてドアが開いた。裏口の鍵はかんぬきだけで、その横木には、掴んで引くための金属の取っ手が付いている。

 セオドアはこの金属部分をどうやら動かしたらしい。

 土魔法は鉱石―――金属も操る事が出来るそうだが、俺はまだ出来ないでいる。


 廊下から礼拝堂を抜けて居住館の廊下に入ると、執務室に気配があった。

 ノックすると「おう」と先生の声がした。

「ちいとな、寝酒ってやつだ」

 そう言って先生は、執務机の上に置いたブランデーの瓶を見せた。

「ん、アルはどうした?」

「あいつは街娼とふけこんだ」とセオドア。

「ああ~、あいつもしょうがねぇなぁ……。まっ男だから仕方ねぇか」

 という先生もヴァリアスが出した缶ビールに、当たり前のように手を伸ばしている。

 また自然と2次会が始まってしまった。

 

 俺も最後に1本くらいなら飲もうとして、ビールを手に取ると、缶の下にコインが1枚隠れていた。

 それは濡れた銀貨だった。


「先生、こんなとこにお金落ちてましたよ」

 もう不用心だな。俺は先生に手渡した。

「ん? そんなとこに金なんか出しっぱなしにしてないはずだが……。まあいいか」

 引き出しにそのまま仕舞った。


「おや……」

 15分くらい経った頃、セオドアが耳を動かした。

「呼子笛だな。夜警か」

 ヴァリアスが答えた。

「耳がいいな。俺には聞こえんが」と先生。

 俺も耳を澄ませてみた。探知の触手を広げるように、意識を遠く外の闇に伸ばしてみる。

 風で葉が擦れる音に混じって、微かにピィーィーという風を切るような高音が聞こえた気がした。

「何かあったのかな」


 その時、窓の縁をコンコンと叩く音がした。

 振り向くと外になぜか、ずぶ濡れのアルが立っている。

「「何してんだ、お前 ? 」」

 先生とセオドアが同時に言った。

「おれもよくわかんねぇんだよ」

 

 先生に水気を飛ばしてもらって、窓から入ってきたアルが言うには、気が付いたら川に浮かんでいたというのだ。

 近くに女の気配はおろか、宿屋にもなかったそうだ。

「それが施術がホントに上手くてさ、すげー気持ちいいなぁと思ってたら……いつの間にか浮かんでた」

「なんじゃそりゃあ?」

「化かされた――― サッキュバス……じゃあないよなぁ、お前の顔色見る限り」

 セオドアが訝しそうに覗き込んだ。

「確かにお前、肌艶良くなってるぞ。気の巡りも良さそうだし」

 先生もアルを見透かすように視て言った。


「そう? 確かになんか体が軽いというか、スッキリしてるんだよなぁ。それに何か盗られたものはないんだよ。財布は収納してるしさ。でもちょいと肩透かしだよなぁー」

 体が冷えちまって一気にしぼんじまったけどと、ヘラヘラしながらアルが缶ビールのタブを開ける。

「本当に整体師だったのか、あの女。だけどなんで川なんだろ……。水の精霊(ウンディーネ)があんなマネするなんて聞いたことないし、水の魔女とか……」

 セオドアが考えを呟いた。

 もう人じゃなくて魔物前提なんだね。

「まさか魔物がこの町中に入ったって事か? そりゃヤバいじゃないか。もしかして、あの夜警の呼子はその件か」

 先生が心配気にまた窓のほうを振り返った。


「あ、あれ、多分おれ」

 アルがヘラヘラしながら答えた。

「「「はぁっ ?」」」

 俺以外に、先生とセオドアの目が点になった。

「川でそのままぼんやり浮いてたら、橋の上の夜警に見られちゃって。

 面倒くせぇからそのまま闇に紛れて逃げてきちゃった。ハハ」

「馬鹿かっ、お前はっ!」

「イダいって! 爪食い込んでるつーの」

 また頭をセオドアに掴まれてアルが足をバタつかせた。

「なんでそこで逃げるんだよ。大事おおごとになっちまってるんじゃないのか」

 先生が少し呆れ顔で言った。


 サッとセオドアが立ち上がると、スルリと黒いサーコートの刑吏の姿になった。ペストマスクをつけてフードを被ると

「お前はそのままで来いっ!」

 そう言ってアルの首根っこを掴んで出て行った。

 あとには呆気にとられた俺と先生、われ関せず顔の奴の3人が残された。


「はぁ~」

 先生が溜息をつく。

「あいつもいつまで経っても変わんねぇなあ。人種で一括りにする気はねぇんだが、どうもユエリアンやアクールってのは、自由奔放というかマイペースな奴が多いんだよ。おっと、旦那がそうだとは言ってねぇぜ」

 少し眉を寄せた奴と目が合って、先生が慌てて手を振る。

 いや、まんまじゃないか。まさか性格まで完コピしてるんじゃないだろうな。


 


「いやぁ~、怒られた~」

 あんまり反省してないような感じで、アル達が帰ってきたのは20分くらいしてからだった。

「人騒がせしやがって。皆こいつがどこかで沈んでるんじゃないかって探してたんですよ。

 ったくいい迷惑だ」

 酔っ払いが川に落ちることは珍しくないそうで、今回も不審者というより事故の疑いで探していたらしい。

 刑吏が本人を連れて行ったせいもあって、簡単に小言で済んだそうだ。

「じゃあ魔物の警戒じゃないんだな」

 先生が少しホッとした感じで座り直した。

「うーん、ただそうなるとあの女、本当に何者だったんだろう」

「本当に流れの整体師だったんじゃね? 前金で銀貨1枚渡してるしさ」

「銀貨1枚かぁ。そりゃただの街娼……ん……?」

 結構酔いが回っている先生が、何かを思い出そうとするように小首を傾げた。



 やはり缶ビールじゃ足らず、ウィスキーやラム酒の出番となった。気持ち良くなった先生がアルにからむ。

「もうお前もさ、そろそろセオみたいに落ち着いたらどうなんだ? 独身の俺が言うのもなんだがよ。今日みたいな事にもならねぇだろ」

「や~、そりゃあそういう女がいればいいけどさ。遊ぶのと、一緒になるじゃ違うじゃん? 重みがさぁ」

「こいつの嫁になるなら、管理能力のある女じゃないと続かないぞ」とセオドア。

「ちょっと待ってください。セオドアさんって結婚してるんですか?」

 俺は少なからず驚いて話の腰を折ってしまった。


「そうですよ。刑吏も、もちろん妻帯出来ますからね」

「いやでも、その……ナタリッシアさんの事、好きなんですよね?」

 おおっ聞いちゃったよ。

「彼女は聖女ですよ。好きとかそういう恋愛感情の対象じゃなくて、生きた女神像のような存在です。こいつはともかく、他の者も皆そうですよ」

「おれだってお嬢をそんな穢れた目で見てねぇよ」

 それってアイドルみたいなもんなのか? こっちの言葉にアイドルってのがないから、生きた尊像と言えばいいのか。とにかくファンなんだね。

 

「その、奥さんは……ナタリッシアさんのこと知ってるんですか?」

「もちろん知ってますよ。これは浮気じゃないしね。うちのはそんなに嫉妬深くないですよ」

 それってやっぱり一夫多妻の習慣があるからなのか? それともこっちの世界では、貞操観念って希薄なのだろうか?

「こいつは昔からヒューム以外の女がいいって言ってたんだ。カミさんは豹獣人パンサーなんだよ。肝が据わってるから大概の事は許してくれるよ。俺もそういう種で探そうかなぁ」

 アルが天井を仰ぎながら言う。

「お前はアクールとまでは言わないが、出来るだけユエリアンとか、同系列にしろ」

 なるべく希少種を残したいヴァリアスが割って入ってきた。

「え~、同系列の女はなぁー、気が強いからなぁ~」

 

 俺はアルの話よりも、セオドアのほうに意識がいっていた。

 ―――ヒューム以外って、やっぱりベーシス系は嫌いなのかな。

 母親が迫害されてたから……?

 この時、そんなふうに理由を考えていたのだが、本当は違っていた。

 そしてそれは俺の問題でもあったのを、後で思い知ったのだ。


 ピロリン と、俺の右手が鳴った。スマホにラインが入ったんだ。

 相手は彼女―――田上さんしかいない。

 ちょっと失礼と、俺は立ち上がると部屋の隅でスマホを見た。覗かれてもきっと言葉はわからないだろうけど、なんだか彼女のメッセージを見られるのが嫌だった。


〘 こんにちはー (中略) 来週のクリスマスは平日だから仕事よね。だから一足早く明日の日曜に、我が家でクリスマスパーティーをやろうと思います。もし東野さんがお暇だったら来ませんか? この間のお礼もしてませんし――― 〙


 そうだ。日本は今、12月下旬。今年のクリスマスは平日だったから、別に1人でもいいやと思っていたけど、今年は一緒に過ごしてくれる人がいるんだ。

 俺は急に日本に帰りたくなった。


 10時半ごろで2次会はお開きになった。

 部屋に戻ってヴァリアスに、そろそろ日本に戻りたい事を話すと、あっさりと承諾した。

「実はオレもそろそろ帰そうかと思ってたんだ。ちょいと別の仕事が入ったしな」

 いきなり言って明日帰るのもなんなので、明後日帰る事にした。


   **************


 「君、ここに例の刑吏たちはまだいるのかね?」

 畑の前にしゃがんで、思考錯誤しながら土魔法を操作している時に、男が声をかけてきた。

 あの晩、奴隷商人達を門の前で診ていた、官吏専門の治癒師だった。

 確かキルギルスとか言ったか。

 

 次の日、朝食を済まして、みんながそれぞれの仕事の準備をしている時だった。

 俺はまだやることがないので、施療院横の庭の畑の手入れをしていた。

 葉っぱについた虫はもれなく酸欠魔法でコロッと仕留める。あとは放っておいても鳥が食べてくれる。

 

 大変だったのは野菜の土壌を調節する土魔法のほうだった。

 ドードーの糞を発酵させた発酵鳥糞(肥料)を、まんべんなく均等に土に混ぜるのが意外と難しいのだ。

 この肥料は結構強いので根っこに直に触れないよう、だが根のまわりを包むように混ぜるのが良い。そしてこの野菜と今の土壌だと、1000分の30くらいの割合で混ぜるのがベストだと、ヴァリアスの奴が言った。

 そのさじ加減が難しい。

 それに俺はそんな繊細に土魔法は使えない。

 練習に丁度良いと奴が言って、俺一人に任すとどこかへ行ってしまった。

 


「君、確かあの時に彼らと一緒にいた人だろ?」

 俺は頷いた。

 治療師のキルギルスは細身だが上背のある初老の男で、肩にかかる髪は白髪混じりの黄緑色だった。この前と同じく、小柄だが横幅の広い助手がお供についている。

 先生によると、官吏専門医というのは結構儲かるようだが、それなりに忙しいらしく、先生が資金繰りのために時々手伝いにいくバイト先でもあるようだ。

「あの2人に何か用ですか?」

「ああ、今いるかね?」

 俺は2人を中庭に案内した。


 2人は鐘塔の上にいた。

 今朝は珍しくアルが早起きしてきた。上手い施術を受けた時に、こうしてスッキリと起きることができると言っていたが、やっぱり昨日のあの女は只者じゃなかったんだ。

 ヴァリアスは何も言わなかったが、おそらくリベロマーレ様の遣わした水の使いなのだろう。

 だとしたら、もうアルは今後、内臓の不調で悩まされずに済むはずだ。

 何しろ根本から治されてるはずだから。


 尖った塔を見上げる治療師の前で、俺は近くで話すくらいの声で2人を呼んだ。

 するとすぐに2つの影が、高い塔の上から滑走するように降りてくると、そのままの勢いですぐそばまでやってきた。

 ものの1秒で塔の上から目の前に飛んでこられて、治療師と助手はちょっと後退ったが、すぐに威厳を取り戻すと

「君たち、ブリガンに何かしたかね?」

「はぁ?」

「何のことでしょう?」

 キルギルスは疑わし気に目を細めて2人を見ながら

「昨夜、奴隷商ブリガンが牢内で毒死した」

 それを聞いて俺のほうが動揺して2人を見てしまった。


「ふ~ん」と言ったきり、アルは顔色を全く変えなかった。

 セオドアの顔色はわからないが、少なくとも顔つきは変わっていないように見えた。

「今日未明に牢でブリガンが息絶えてるのを、見回りの看守が見つけた。傍に毒の入った小瓶が落ちていて、それを飲んだらしい」

「もう死刑になるのは免れないと思って、自分でサッサとけりつけたんじゃないの?」

 アルが興味無さそうに言った。


「まだ裁判中だぞ。それにどこにそんな毒入りの小瓶を隠し持ってたんだっ?! 

 留置所に入れる時、隅々まで検査したはずだ」

「知らないよ。だけどそんなの、後からいくらでも調達できるだろ。金さえあればさ」

「少なくともわたし達じゃない。これは我が守護神に誓って言う事ができる」

 セオドアが右手を顔の横に上げて言った。

「おう、おれも同じくだ。誰かが気に食わなくて、殺っちまったのかもしれねぇけどさ」

 アルがニヤニヤしながら言った。

「ったく、これだから刑吏って輩は……」

 治療師は少し苦々しく眉を上げたが、ハァーと息をひとつ吐くと肩を落とした。


「……ブリガンが急死したせいで、手下達が焦り出したらしい。今まで一切認めてなかったのだが、酌量減軽してくれるなら話すと言いだしてきたそうだ」

「フンッ、いくら減刑してもらっても死刑は免れないだろうに」

「車刑から縛り首か斬首になるなら、それはかなりの恩赦だろう」

 だけど……とセオドアが続けた。

「そろそろ潮時だな。裁判所にわたし達を早く帰すよう、地元から要請が来ているらしいし」

「そうだなー」

 クルッと俺のほうに向き直ると

「兄ちゃん達も帰るって言ってるし、今夜はパーッと騒ごうぜ」

 アルは結局飲みたいだけだろう。


「ところで来たついでに、その湧き水を飲ませてくれんか?」

 暗い話はこれで終わりだと、顔を上げたキルギルスが俺の後ろを指さした。

「たまに来た時に、ここの水を飲まさせてもらってるんだ。そこら辺の下手なお茶より全然美味い」

「ああ、でしたらどうぞ」

 俺はコートのポケットから出す振りをして、マグカップを取り出した。ドラえもんのポケットじゃあるまいし、ちょっと無理があったかな。

「いや、手で掬うから結構だ。直に飲むのも冷たくて美味いからな」

 カップの出し方に別に不審を感じなかった治療師は、スタスタと女神像に近づいて行った。


「この水量がもう少し多ければ、絶対売れると思うのだがなぁ」

「そうなんですか? 教会の前で売るとか?」

 ギーレンでも水売りがいたが、まさかサウロとかが外で売りに行くには時間がないだろう。

「そんなことせんでも、酒類製造業者に販売契約をすればいいのだよ。良い酒には美味い水はかかせんからな。

 ただ、この水量だと卸すのに十分な水を貯めるにも時間がかかりそうだし、こう細い湧き水は、いつ枯渇するかわからんからな。持続供給できる保証がないと無理だしなあ」

 そう言いながらキルギルスは手で水を掬って一口飲んだ。


「うん……?」

 もう一度掬ってゴクリと飲む。

「ん、んんん……?!」

「どうした、オッサン。まさか不味くなってるなんて言うんじゃないだろうなぁ」

 横からアルが少し心配して顔を出した。

「ハァッ! これはっ ?! 君、さっきのカップを貸してくれ」

 慌てて出した俺のカップで水を貯めると、ゆっくりと味わうように飲んだ。


「ふうぅーーーっ……」

 キルギルスはそのまま目を閉じると立ち尽くした。

 彼の次の言葉を見守る俺達も、その場で動けずにいた。

「大丈夫か、オッサン。魂抜けてないか」

「……抜けとらんわ。いや、感覚はそんな感じかもしれん。なんということだ。これは――」

 アルが横から直接水を飲んだ。

「うん、確かに美味いな! 極上じゃねぇか。久しぶりに美味い水飲んだ。いつも水分は酒からとってるから、たまには水もいいもんだなあ」

「美味いだけじゃないぞ、これは。なにか感じないか?」

「うん? 美味くて染みわたるようだけど……」

「ああ、君はストレスが無いようだな。じゃあ他の人、君はどうだ?」

 俺を手招きした。


 飲んでみると、確かに美味くて体に染みわたっていくのを感じる。それとともに頭がスッキリと軽く、脳細胞の1つ1つが爽やかに澄み渡っていく。

 さっきまで土魔法の練習で疲れた頭が、ぐっすり眠れた朝のようになっていった。

「これはもしかして……」

 似ているモノを最近飲んだことがある。

「そう、ヒールポーション。精神や細胞の疲れを癒してくれる、神経の癒し。これは天然の癒し水だ」

 セオドアも飲んでみて青い目を大きく開いた。

「本当だ。どうしたんだこれは……」

「えっ なに、おれだけ? わからないのは……??」

 アルが納得いかない顔をしていたが、おそらく体が治ったおかげで、今治すところがない状態だからだろう。これは主に疲れに作用するのだから。


「なんたることだ。このようなモノがそのまま、無駄に垂れ流しにされているなんて―――」

 バッと俺の方を振り返ると

「君、何か水を汲めるものっ、壺でも鍋でも何でもいい! すぐに持ってきてくれっ、早くっ!」

「は、はいっ!」

 治療師に言われて俺は慌てて厨房にすっ飛んでいった。




ここまで読んで頂き有難うございます。

次回『その3』で教会編は終わりです。どうかよろしくお願いします。

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