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第1話『運命は凶悪な顔をしてやってきた』

 ちょうど一年程前(2018年10月頃)から異世界物にハマって書いてみたくなりました。

小説初投稿です。

ご一読頂けると嬉しいです。




 悪魔のような風貌をした、神の使いを名乗る男が訊ねてきた。


「このままだとお前は寿命まで生きられない。だが、こちらに来れば守ってやれる。

 こちらに来る気はあるか?」



 俺はハローワーク2階の廊下に置かれた長椅子に座りながらため息をついていた。

 予想していた以上に仕事が見つからない。

まず登録した派遣会社から仕事は紹介されるのだが、ことごとくもう少し若い人が欲しいとのことで面接にさえ進めない。


 ハローワークでもパソコンの検索画面に出てくるのは、大半が40歳以下の求人募集がほとんど。

 英検やパソコン検定などのスキルがない事が痛感される。

 

 本年54歳。年よりは若く見えるとよく言われるのだが、実年齢で弾かれてしまうので面接にさえ進めない。

 もう正社員は無理だろうけど、せめて年金とか基本的な福利厚生のあるところに入りたい。


 勤めていた会社が3ヶ月前倒産した。元々小さな会社だったが、頼りにしていた得意先が倒産・不渡りを出し、そのあおりを食らったのだ。


 もう11月も半ば過ぎた。

 温暖化とはいえ、そろそろ木枯らしも吹いてくる頃だ。俺の人生のほうに先に木枯らしが吹きそうだ。

 この冬越せるのだろうか……。


 俺は両手を温めるように、まだ暖かい缶コーヒーを握りながら、目の前のドアから出入りしていく人達をぼんやり眺めていた。


東野蒼也(とうのそうや)だな?」

 ―― わっ、ビックリした! 

 いつの間にか俺の右隣に知らない男が座っていた。

「東野蒼也で間違いないな」

 俺はすぐに声が出ず、頷くだけだった。


 男はグレーのコートの上からでも分かるがっしりとした体つき、髪はオールバックで前髪を後ろで結んでいる。

 綺麗に脱色したような見事な総白髪だが、顔は30歳前半ぐらいか、まあ40前には見える。

 白い肌の色といい、目つきは悪いが銀色の目の色といい、顔つきからしてあきらかに西洋人だ。

 日本語上手いな。でも誰だ?


「しかし東野(とうの)というのは養子先の姓で、本当の親じゃないだろう。生まれてすぐ養子に出されたが、1年後に今度は孤児院に預けられた。 違うか?」

「………………………」


 なんで俺のことそんなに知ってるんだ? 調べた? 変な組織の人?

 もしかして身寄りがないからって、俺のこと狙ってる?? 

 人身売買とか臓器売買とかにされちゃうのかっ?!


「心配するな。オレは怪しいものじゃない」

 いえ十二分に怪しいです。

 何しろ悪役商会海外版のごとくの強面、その筋の方だったら間違いなくトップ3に入ってるだろう。

 どこのゴットファザーのまわし者なのか。


「オレはお前の実の父親からめいを受けて来た」

「えっ? 俺の父親っ 本当の!?」

 まさかの違うファーザーから来た?!


 そう、俺は孤児だ。本当の両親の顔どころか、名前すら知らない。


 保母さんから聞いた唯一の情報は、実親のどちらかが外国人らしいという事だけだった。

 確かに俺は黒目に少し青が入ってるが……。

 だけどそんな事、調べようと思えば調べられないか?

 怪しい………。


 俺はそっと立ち上がろうとした。

 がっ、俺の肩は大きな手で掴まれ押し戻された。

 怖いっ! めっちゃ怖い!!


「落ち着け! 別に危害を加えに来たんじゃない。お前の存在は最近になって分かったんだ。あるじはお前が生まれる前にすぐに、お前の母親と別れられたからな」

 え……そうなのか?


「話を聞く気になったか?」

「まぁ……話だけなら……」

 動揺していたせいでうっかり答えてしまった。


「よしっ! じゃあ場所を変えよう。ここではちょっと話しづらい」

 外国人の男はまわりを見まわした。

「いや、俺……私、今呼ばれるの待ってので、ここから離れる訳には……」

 やっぱり何かの悪徳商法か? うっかりついて行ったら危ない気がする。

「大丈夫だ。そんなに時間はかからん」


 男はそう言うと立ち上がった。

「ちょっとこれを見てくれ」

 男が椅子のすぐ横にある自販機横の向こう側を指さした。

 何? 俺は立ち上がっておそるおそる自販機の横を覗き込んだ。

 そこには壁に濃厚な白い霧に覆われた、2mくらいの空間が口を開けていた。

 何んだコレ??!


 次の瞬間、背中を強く押されて、俺はつんのめる形でその中に入ってしまった。

 霧の中に入ると、わずかに体が浮く感覚に襲われた。

 だがそれも一瞬で、急に視界が開けた。


 目の前に木製のドアが半開きになっていた。

 ドアの外を覗くと、急に人の騒めきが聞こえて来て賑やかになった。

 外は細い通路のようだ。

 が、そこはさっきまでのリノリウムの床と違って、壁や床がレンガや石で作られていた。

 ナニがどうした?!


 横を見るとさっきの男が立っていた。

 やっぱり大きいな。身長170㎝の俺より頭一つぐらい高いから、190㎝以上はあるだろう。


「こっちだ」と、男はコートに付けているフードを目深に被ると、スタスタと通路の先、人が行き来しているのが見える方へ歩いていく。

「なんだコレ………?!」


 そこはレンガと石の床で出来た大広間だった。

 大勢の人が行きかっていたが、日本人らしき人はいなかったし、まずその姿が異様だった。


 映画やゲームで見た西洋中世の民族衣装を思わせる服や、色々な鎧・武具を身に付け、武装した白人系の人種が行きかっていた。

 中には褐色の肌の女性や、耳や顔の半分が毛に覆われた、鼻や口が少し突き出し気味の、変身途中の狼男を思わせる男性が通り過ぎていった。

 ゲームとかで見たことはあるが、ああいうのがいわゆる獣人というものなのだろうか。まるでゲームの世界みたいだ。

 こんなの現実じゃないだろう。

 俺いつの間にか寝ちゃって、夢でも見てるのかな。

 

 俺達が出てきた細い通路を背にして、右手に窓口か受付らしきカウンターが見える。反対の左手奥には階段が上下に続いていた。

 正面奥の壁際に衝立が何台か立っている。

 天井にはそれぞれに見たこともない文字のプレート下がっていた。

 そういえば周りで喋っているらしい言葉も英語でもないし、聞いたこともないような言語だ。


「こっちに来て座れ」

 俺を連れてきたフードの男が、手前の壁際にある木製の長椅子に手招きした。仕方ないので言われるまま男の隣に座った。


「驚かせてすまなかったな。どうせ言葉で説明しても信用しないだろうから、見せた方が早いと思って連れてきた」

 そう言って俺のほうに向き直った目が、猫の目のように瞳孔が縦になっていた。瞳孔自体も濃い銀色に変わっている。

 普通光彩の色が何色でも、瞳孔だけは黒じゃなかったっけ?


 しかも開いた口から覗いた歯が、肉食獣のような鋭い牙がサメの歯のように2重3重に並んでいた。

 さっきから色々ショックの連続だったが、これが一番の衝撃だった。 


「あちらじゃオレのような姿をした者がいないからな、さっきはちょっと姿変えていた」

 俺が口を半ば開けて固まっているのを見て、サメ男が低音の声で言った。

 うーん、夢だなこれは。夢に違いない。夢じゃないとあり得ない。


「ここは何処だと思う?」

 それはこっちが聞きたいんだが。

 俺は固まった体を無理に動かすように、首をまわした。


 目の前を人以外に、サイに似たのっそり歩く、大きな動物を連れた人が通り過ぎていく。

 こんな人混みに首輪だけで、鎖も無しって現実ではあり得ないだろう。

 頬をつねっても痛かったが、傷みを感じる夢もあるから問題ないはずだ。

 ちょっと怖いが夢なら実害はないから、調子を合わせてみるか。


「中世ヨーロッパみたいな感じですけど、普通の人以外もいるからファンタジーの世界ですか?」

 実は俺はRPGゲームやファンタジー映画は嫌いじゃない。というか好きなほうだ。だからこんな夢を見てるんだ。


「確かにお前のいる地球に、伝説として伝承されている話に似ているだろうな」

 男がゆっくり頷いた。

「ここは地球とは別銀河系にある、アドアステラという地球に似た星だ。大きさは地球の5倍以上ある」


 おお、異世界というか異星か。

 ファンタジーSFになったか。スケールデカいな。


「信じられないかもしれないが、お前の父親というのはな、我があるじにしてこの星の偉大なる神々の主柱にして頂点におられる神々の長、創造神クレィアーレ様だ」

 すいません。話がいきなり広大過ぎて入ってきません。俺の夢飛ばしすぎだよ。


「55年前にあるじは、地球である女性と行きずりのお遊びをされた。それが最近になって、その女性が身籠っていたことに気づかれたんだ。

 我があるじは慈悲深いゆえ、人間とはいえ血を分けたお前を心配されてオレを遣わされたんだ」

 喋るたびに見える牙に食い殺されそうで、気になって話が頭に入って来ない。

 ていうか、話より目の前のビジュアルの方が凄くリアルなんだけど。


「………その、ちょっと整理させてくださいよ。

 俺の父親というのが俺の存在を最近知ったから、あなたを寄越した。

 で、その父親というのが神様?」

「創造神クレィアーレ様だ。紹介が遅くなったが、オレはクレィアーレ様の99番目の使徒でヴァリハリアスという」

「えと、バリィハリィアス? さん……」

 外国人の名前は聞きづらい。


「言いづらかったらヴァリアスでもヴァリーでもいいぞ。地上ではヴァリアスで通してるしな。

 オレもお前を蒼也と呼ぶ。それにオレに敬語は使わなくていいぞ」

 なんで外国人って、こう初めての相手にもフランクなんだろ。そう言われてもなぁ。

 でも夢だから良いか。


「ところでお前のとこでは、人と話す時に相手の目を見て話さないのか?

 さっきから目を逸らしてばかりだろ」

 サメ男はその銀色に底光りする眼で、俺の顔を睨むように覗き込んできた。


 すいません。あなたの化け物顔がリアル過ぎて、下手すると悪夢に変化しそうで正視出来ないんです。

 俺がへどもどしながら返事を詰まらせていると

「まあいいか。とりあえず話を聞く気があるなら」

「はあ、すいません……」 

 なんだかいたたまれなくて、手にしていた缶コーヒーを飲んでみた。

 夢の中なのにちゃんとコーヒーの味がした。


「あの、俺その……そんなに偉大な方の息子……というわけなので?」

 コーヒーの味に少し気分が落ち着いたので、俺から質問してみた。


「うむ、定義的にはそういうことになる。だが普通の人間の血が濃いお前は、神々と同等という扱いにはならん。

 特別扱いの人間ということだな。もちろんあるじと直接会うことはないだろうが」

 そうか。やっぱり会うことは出来ないのか。

 神話とかでも、人と神の間に出来た英雄とかの話はよくあるけど、英雄と神様(親)が会ったというエピソードはほとんどなかった気がする。


「だが神の血を、神族以外のものが受け継ぐなど滅多にある事じゃない。銀河の星の数分の一くらい珍しい確率だ。

 だからお前の他に、宇宙全体でも過去に100人いるかいないかぐらいだ」

 そんな希薄な確率なのに――どんだけ遊んでるんだよ。って言いたかったが言えない……。


「それにお前、隠しているようだが、一般人からはかけ離れているところがあるだろう?」

 ギクッとした。

 さすがは俺の夢、気にしているところも突いてくる。


 俺は人より異常に早く傷が治るし、体がとにかく頑丈だ。

 中学の時、信号無視のトラックに10メートルはねられるという事故に遭ったが、着地がよかったのか、かすり傷だけで済んだ。

 小学校の工作でカッターで親指を切った時、出血量の割にすぐに傷が塞がっていた。傷の手当をしてくれた先生が首をかしげていた。

 それから暫くして一般常識が分かってきた頃から、この事は人に言わないようにしようと誓った。


 ただ一度だけ、結婚を考えた女性に傷が治っていく様を見せたら、気味悪がられてそれっきりになってしまった。それがトラウマになって、女性とは深く付き合えなくなってしまった。

 本当なら羨むべき体質なのだろうが、俺にとってバレたときの恐怖の負の財産となっている。


「大海に一滴ほどとはいえ、いやしくも神の血肉を受け継いだ体なんだからな。

 地球の人間も、大体長くても生物的寿命は100歳前後のようだが、お前は大体1,000歳以上は生きられるだろう。

 お前、地球では年齢より若く見られるんじゃないか? 

 普通に比べて、年を取るのがかなり遅いはずだからな」

 確かに。

 俺は実年齢は54歳だが、見かけは20代に見られがちだ。自分でいうのもなんだが、顔や手にまだ皺もない。


 黒目が青みがちのせいか、ハーフなんじゃないかと言われることもあるが、これがイケメンならカッコいいイケ親父になるのだろうけど、あいにく俺はただの童顔という感じ。

 この年で“可愛い顔”と言われても複雑だ。

 おかげで年齢詐称の疑惑をかけられることがあるくらいだ。


 以前、髭を生やそうとしたこともあったが、薄くしか生えないし、子供が髭を付けているみたいだと言われて止めた。

 その時ついたあだ名が『アダムス』―――映画『アダムスファミリー2』に出てくる髭の生えた赤ん坊からきている。


 しかし寿命が200年ぐらいじゃなく、1,000、千年、ミレニアム?! 

 まさしく仙人だな。


「もしかして伝説にある仙人って、その神様の子供とか……?」

「察しがいいな。その通りだ。まぁ他の神々の種やその子孫もいるから、全てがクレィアーレ様のばかりじゃないがな。

 ただ皆、地球ではありえない長寿になるだろう。こちらなら数は少ないが、長命人種はいるから、それほど驚かれることはないぞ」

 

 それからサメ男は俺の顔をジッと見据えて言ってきた。

「ところがお前は、本来なら地球人の肉体年齢で、まだ10代ぐらいのはずだ。それなのにもう生命力が枯れ始めている!」

 そりゃ人生100年のつもりで今まで生きてきてるからね。

 もう中身は立派に人生折り返しだよ。


「それに以前、大病しただろ? 普通ならその身体能力であり得ないのだが――」

「大病って……もしかして鬱病の事? 確かにそれで自律神経失調症にもなったけど……そんなの誰でもなる可能性あるし……」


「お前の精神、もとい魂の傷が体に反映している。このままじゃお前は寿命を全うする前に、病死かあるいは“自殺する”可能性が高い!

 ―――というか以前、自殺未遂をやってるだろう?」

 ズイッとサメ男がメンチを切るように、さらに顔を近づけてきた。

 怖くて俺は自分の膝に目線を落とした。


 自殺か……。

 ………………。

 ………確かに以前一回だけやった事がある………………。

 鬱はだいぶ良くなったけど、結局同じ会社にいられなくて退社して、しばらく経った頃だ。

 この体質のおかげで手首を切るくらいじゃすぐ塞がって死ねないから、ビルから飛び降りたり、電車に飛び込むのも考えた。

 だけどそれじゃ迷惑になりそうなので、結局首吊りにした。


 アパートでやると大家さんに迷惑がかかるので、色々考えた結果、やはり名所の富士の樹海に行く事にした。

 死ぬのに人の迷惑を考えるなんて、なんて良い奴とか思われそうだが、俺の場合はただ、俺が死んだ後に悲しまれるより、大勢の人に最後まで迷惑かけやがってと思われるのを恐れただけなのだが。


 結果は失敗だった。

 ロープが首を締めあげた瞬間、急に恐怖と後悔の念が沸いた。

 飛び降り自殺の場合も、跳んだ瞬間に後悔するっていうけど本当なのかもしれない。

 なんとかもがいたら、ロープが外れてくれて助かった。

 それに想像以上に苦しかったから、続ける気が起きなくなったのだ。


「その時は無意識に、身体強化のスキルが発動したから助かったんだ。だけどいつでも上手くいくとは限らない。

 主はそれを心配しておられる。

 今は地球に魂の籍があるから、こちらにお前の運命に干渉する権利がない。

 だが、こちらに来れば守ってやれる。幸せになれるよう導いてやれるぞ。

 こちらに来る気はないか?」


 ああ、これって最近の異世界物でよくある召喚みたいなもなのかな。

 もう来ちゃってるけど。

「とりあえずわかった。それでこちらの星、異世界に来いという事だね。確かに今失業中だし、独り者で豊かに暮らしているわけじゃないけど……。

 突然知らない外国に移住するというのも……」

 何だか夢なのにマジレスしてるな、俺。


あるじは寛容なお方だから、必ずとは申されていない。過去にもしばらく住んだ後、ホームシックでこちらに帰ってきた者もいる。ソイツらがこちらで、ドラゴンや妖精のことを言い伝えたんだ」

 へぇー、夢のくせにとりあえず辻褄は合ってるもんだ。


「じゃあここも俺が知ってるファンタジー世界みたいに、剣と魔法の世界なのか?」

「ああ、文明などは国によって違うが、地球に一般的に伝承されているイメージは似ているようだ」

「ちなみにその籍をこっちにすると何が違うんだい?」


「さっき言ったお前に対する干渉権が出来るから、神による加護を付けられる。

 運命もこのままではなく、幸福になれるように組み換えられる。

 ただその代わり地球ではなく、こちらの仕組み、摂理に組み込まれる。

 死んだら地球のあの世ではなく、こちら側に魂が来る事になる」


 なんかこのサメ男が言うと、悪魔に魂売るみたいな感じがする。

 どうしたもんかな。

 夢なのに何故か気軽に答えられない。

「すぐに返事しなくてもいい。確かお前、職を探しているのだったよな。ではとりあえずここに登録しておいたほうが良いぞ」

「ここって何? こちらのハローワークとか?」


 俺はまたフロアを見回した。受付のようなカウンターには、代わる代わる人が立ち寄っていく。

 しかしこのサメ男もデカいとは思ってたけど、結構同じくらい大きい奴らがウロウロしてる。

 なんで西洋人って、こんなデカい奴らが多いんだろ。


「まぁそんなようなものだ。ここは『ハンターギルド』という所だ。

 ハンターと言っても狩りばかりじゃなく、護衛や探索と色々仕事があるぞ。登録しておけば色々な仕事を紹介してもらえるし、商人ギルドや職人ギルドなどと違って簡単に身分証も発行してもらえるからな」

 冒険者ギルドみたいなもんかな。

 俺ってゲームでは冒険するけど、現実は商人系だと思うんだけどなぁ。

 まっ、登録だけならいいか。


「おっと、その前に」

 そう言うとサメ男が俺の額に手を添えた。

 ビクつく俺の頭の中に何かがゆっくりと染み込んできた。

 すると今までただの騒めきだった声が、言葉として聞こえてきた。

「これは主から預かってきた多言語スキルだ。これでこちらの言葉がわかるだろう」


「新規ご登録はあなたですか?」

 窓口係の赤毛の綺麗な女の子が聞いてきた。

「こちらの書類に必要事項を書いてくださいね。大陸共通語は書けますか? 代筆もしますよ」

渡された紙には、各プレートと同じような文字が列記されていたが、今度はなぜか読める。


「たぶん大丈夫だと思います」

「ではそちらの筆記台でお願いします。書きましたらこちらに持ってきてください」

 俺は向かいの筆記台で名前を書こうとした。


「名前はソウヤだけでいいぞ。こちらで姓があるのは、貴族か豪商の金持ちだけだからな。

 長い名前も庶民にはないから、オレもヴァリアスと名乗ってる」

 えーと、なぜかこちらの文字で書けるぞ。夢の不思議だな。

名前や出身国、種族、年齢……種族って地球人でいいのかな?


「種族って、地球人ってそのまま書いていいのかい?」

「いや、それは隠しておけ。ヒューム・ベーシス(正統系基本人種)と書いておけ。

 お前達みたいな人間の種族の事だ」

 ああ、やはり異星人とか、あからさまにしちゃいけない設定なのかな。


「このアビリティ系というのは?」

「基本の能力傾向だ。お前は魔法使いだな」

 とりあえず書けるとこだけ書いて受付に持っていく。


「この出身国『ニホン』というのは……失礼ですが、どの大陸の国ですか?」

 書類を確認していた係のが訊いてきた。俺がなんと言っていいかちょっと戸惑っていると、すかさず横からサメ男が説明してくれた。

「ここからかなり東方の小さな島国だ。あの辺りは小さな独立国が多いから、知られてないかもしれないがな」

 ああ成程と、それで納得したらしい係のは銅色のプレートに書き込んでいく。

「はい、これで仮登録完了です。それでは説明させていただきますと……」

 彼女の説明によるものは大体、俺がマンガや小説などで読んだテンプレと一緒だった。


 ハンターのランクはFからA、その上がSとSSとなるらしい。ちなみにSSは伝説級で数えるほどしかいないらしい。

 初心者はもちろんFランクからで、依頼をこなしたりしてある程度、ギルドに業績を認められるとランクが上がっていくシステムなようだ。

 どのくらいで上がるのかの詳細は企業秘密らしい。

 依頼は自分のランクと同等か、1つ上のものしか受けられない。そして受けた以上は達成しない場合、違約金として――つまりキャンセル料だな――罰金を払わなければならないらしい。

 あと何かあっても基本自己責任なので、究極死んでしまってもお金はもらえない。

 優遇制度としては、この国の町や村に入る時の通行税が、市民同様免除されるという事。

 これは有事の時に依頼する事もあるので、なるべくこの国にいやすくする為でもあるらしい。


 また、今は仮登録なので一週間以内に1件、1ヶ月以内に3件少なくとも依頼をこなさなければ正式に登録とはならないらしい。

 ちなみに登録料はサメ男が払ってくれた。

 プレートの穴に鎖を通してもらい受け取ると、俺はジャケットのポケットに入れた。


「さて仮登録はできたから、正式に依頼を受けられるぞ。

 どうだ、早速やってみるか?」

「いや、登録はしたけど俺、痛いのや恐いの苦手だから。それにそろそろ帰らないと。

 俺の順番が回ってきてるかもしれないし」


 そうなのだ。俺は求人シートを提出して受付を待っていたのだった。

 これはそろそろ目を覚まさなくては。


「そうか。まぁ今日のところはここまでだな」

 そういうと男は立ち上がると、さっき出てきた通路に歩きだした。

「次来るときに何か要望はあるか?」

 そう言われても夢だしなぁ。次来るときって言われても。


「ああ、じゃあスマホがこっちでも使えるようにできるかな? 外出中に派遣会社から大事な連絡が来るかもしれないから」

 今思いつくのはこんなとこだな。

「わかった。あるじに伝えておく」


 細い通路はちょっと引っ込んだところにあるせいか、あたりに人はいなかった。

 さっき出てきたドアの前で再び右手をかざすと、木製のドアが一瞬銀色に鈍く光ったように見えた。

 ドアを開けるとまた中は濃霧がたちこめている。よく見ると先にぼんやりと白っぽいドアが見えた。


「見えるな。その先のドアに入ればいい。またあらためてお前のところへ行く」

 後ろのドアが閉まる前に、俺は慌てて前に見えるドアノブを掴んだ。

 カチャリとドアを開けると、そこは見慣れた先ほどのハローワークの通路。

 振り返るとそこは濃霧の空間ではなく、自販機横の男子トイレのドアだった。


 俺はまた自販機横の長椅子に腰をおろした。

 どうやら無事帰ってきたみたいだ。


 それにしても変な夢だったな。

 出生の事とか、ここしばらく考えたことなかったのに。

 深層意識にあるってことなのかな。

 最近読んだファンタジー小説のせいかもしれない。

 凄くリアルな夢だったが、明晰夢ってこんなにリアルなんだっけ?


 ちゃんと今度こそ目ぇ覚めてるよな。

 俺は頬っぺたを強めにつねってみた。

 うん、ちゃんと凄く痛い。現実だ。


 しかし俺はこの時、大事な事を忘れていた。

 それは夢から現実へと、目覚めた境がないということだ。

 いくら何でも、閉じていた目を開ける瞬間ぐらいあるはずだ。

 だが当時の俺は、こんな些細な事に気が付かなかった。


 コーヒーを飲もうとして中身が無い事に気づいた。

 いつの間に飲んだっけ。

 床を汚してはいないようだから、こぼしてはいないようだ。

 う~ん、なんだか少し疲れちゃったな。


「286番の方、5番の窓口においで下さい」

 あっ 呼ばれた。俺はそそくさと部屋に入っていった。


 お読み頂き本当に有難うございました。

 次回から本格的に異世界で活動始めます。

 もし宜しければまたお読み頂きたくお願いいたします。

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