ほかほか日和
「さっむーい!!」
ありあは思わず声を上げた。暖房の効いた校舎から出た途端,冷たい風が頬を突き刺す。
「この冬一番の冷え込みになるってのに,そんな格好してるからでしょ」
ベガはため息をついた。「そんな格好」というのはこのような格好である。防寒具はブレザーの下のカーディガンだけ。シャツの首もとはボタン一つ開けている。おまけに膝上まで折ったスカートと短い靴下を履いている。
「だって…制服が隠れちゃったら可愛くないじゃん」
「そんなこと言ってる場合じゃないでしょう」
ありあは「可愛い」と評判の制服を防寒具で隠すのを嫌がる。それに比べてベガは対照的だ。厚手のカーディガンとダッフルコートを着込み,もふもふしたマフラーと耳あてで顔を包んでいる。両手には手袋をはめ,スカートは膝下でタイツにブーツといった徹底ぶり。
「あんまり冷やすのは良くないし…風邪をひくわよ」
温かさの残るマフラーと使い捨てカイロを渡す。
「ありがと。ベガちゃん」
ベガとカイロの温もりに寒さをまぎらわせた。
交差点で立ち止まる。いつもの道とは逆方向だが,少し先にコーヒーチェーンの看板が見えた。ありあは甘えるような声を出す。
「ねぇ,ちょっとあったまっていかない?あたし,今週出たばっかのチョコフォンデュ・ラテが飲みたいな~」
「そうね。私も久しぶりに行ってみようかしら」
「やった!」
信号を渡るのを止め,看板に向かって歩いていった。
おやつ時をとっくに過ぎているからか,イートインコーナーはがらがらだった。各自のトレーを窓際のテーブルに置く。ありあはチョコレートフォンデュ・ラテとミートパイ,ベガは抹茶ミルクとショートケーキを選んだ。
「いっただっきまーす」
「いただきます」
息を吹きかけながらカップに口をつけると,冷えた身体に甘さと温かさが染み渡る。
「温まった?」
「うん。あったまるし,すっごくおいひい…って,あふっ!!」
ミートパイの中身は熱々だった。
「気をつけなさいよ。ほら,お水」
「うぇ…舌ヤケドしかけたあ」
「ゆっくり食べなきゃダメよ」
ショートケーキを切りながらベガは苦笑する。
ありあは気を取り直して,半分に割ったミートパイにかじりついた。とろとろとチーズがお皿に流れ落ちる。
「ん~ひあわせ~」
満面の笑みで頬張っているのを見て,少し羨ましくなった。
(今度作ってみようかしら。ミートパイ…)
等と考えながら,クリームに包まれたイチゴを味わった。
外の寒さも忘れてしまいそうな程,店内は暖かかった。窓の向こうには曇り空が広がっている。
「雨降りそう…傘持ってきてないのに」
「昨日テレビでは初雪かも,って言ってたわよ」
「初雪!それならちょっと楽しみかも」
「もっと寒くなるわよ」
「雪は楽しいからいいの」
食べ終わったトレイを持って,二人は返却口に向かう。
「温かいのでもお持ち帰りしておいたら?」
「ん~そうだねえ」
ありあは返却口からカウンターへとスライドした。
「じゃあ,そこで待ってるから」
ほぼ完全防備のベガにとっては何てことない寒さである。
(久々の寄り道も悪くないわね)
予報通り,雪がちらちらと舞い始めている。
「お待たせ!!」
紙コップを2つ両手に持って,ありあがやって来た。白い息を吐きながら,片方を差し出す。
「はい。ベガちゃんのぶん.寒かったでしょ」
「あ…ありがとう」
「マフラーとカイロを貸してくれたのと,普段お世話してくれてるお礼!」
「別にそんな…良いのに」
「いーじゃん。こんなときくらい」
「そう…じゃあ,いただくわね」
手袋越しに伝わってくる熱に,笑みがこぼれた。
「ありがとう。カイロより温かいわ」
「冷めないうちに飲んでよね~っぶぁっちぃ!」
「また何やってんの」
「うぇ…今度はヤケドしちゃったかも」
ひーひー言いながら蓋を閉める。
「懲りない子ねえ。雪でも舐めといたら?」
「そっかあ。その手があった!」
口を開けて空を仰ぎだしたのを,慌てて止める。
「おバカ!冗談よ!!みっともないし汚いからよしなさい!」
「へへ…さーせん」
頬を真っ赤にして笑うありあに,ベガはため息をついた。雪の粒は段々と大きくなってきている。
「さ。早く帰りましょ。あんまり道草くってたら風邪ひいちゃうわ」
「この調子なら積もるかなあ」
「どうかしら。バスや電車が止まらないと良いけど…」
「雪うさぎ,作りたいんだもん」
他愛の無い話をしながら帰路につく。二人の足跡には一粒,また一粒と雪が重なっていった。