天川家の朝
〈登場人物〉
天川 ベガ 16歳
彩苑女学院高等部二年生
金髪ツインテールに大きな青いリボンをつけている。学校では容姿端麗・学業優秀のため,周囲から一目置かれているが,本人は身長が低いことをコンプレックスに思っている。
趣味はお菓子作りと料理。最近はケーキ作りに凝っている。密かにパティシエールを目指しているが,進路に迷っている。
天川 実良 15歳
新星館大学附属高校一年生
すぴかとは二卵性の双子。一応姉。
腰を覆うほど長くボリュームのある髪をツインテールにしている。
ベレー帽やヘッドドレスをつけていることが多い。おっとりした性格で,食べることと寝ることが大好き。勉強はあまり得意ではなく,よく追試を受けさせられている。家ではゴロゴロしていることがほとんど。
天川 寿秘香 15歳
県立美月ヶ丘高等学校一年生。
みらの双子の妹。茶色がかったストレートヘアのツインテール。
髪飾りは趣味のハンドメイドによるもの。しゃべり方は荒っぽいが,優しい性格でエリカの面倒をよく見る。雨の日と真夏以外はランニングで通学している。アニメにハマっており,推しキャラグッズの収集や誕生日祝いは欠かさない。
天川 美望咲 14歳
市立 統星西中学校三年生
明るい茶色のくせ毛を黄色いシュシュで飾ったツインテールをしている。
今年は受験生で,どこを受けようかまだ考え中。成績は上の方だという。部活は家庭部。花が好きで庭で色々と育てており,自室にも飾っている。一番好きな花は名前と同じミモザ。
天川 有愛 12歳
彩苑女学院中等部一年生
赤みがかった髪をふわりとしたツインテールに結っている。
姉妹の中で一番ファッションに敏感で,おしゃれ。中学受験もベガの制服が可愛くて着てみたかったからという理由で成し遂げた。食べ物はガッツリ系が大好き。おしゃれなカフェよりも,替え玉無料のラーメン屋や食べ放題の焼き肉屋に行きたがる。
天川 エリカ 7歳
新星館大学附属小学校一年生
細くて艶々した髪の先をカールさせたツインテール。
ありあからもらったリボンや,すぴかが作ってくれた髪飾りをつけていることが多い。愛らしい言動から,家族全員から可愛がられているが
かなりしっかり者。登下校はみらと一緒。読書が好きで,よく本を読んでいる。
天川 杏那 42歳
姉妹の優しい母親。自らデザインした洋服やドレス,アクセサリーを扱う会社を経営している。幼い頃は海外に住んでいたこともあった。本名は平仮名で「あんな」だが,漢字への憧れが強く仕事上では「杏那」という字を用いている。それは娘達の名前にも反映されている。10年前に3歳上の姉,かれんを事故で亡くしている。
朝5時半過ぎ。ひんやりとした空気がベガの白い肌を伝う。目が覚めた。素早く布団から出て,身支度をする。窓から差し込む光が,金色のツインテールをなぞった。伸ばした前髪をピンで留め,青いリボンを左右に揺らす。フリルのエプロンを付け,自分と妹たちのお弁当と朝食を作るためにキッチンへ向かった。
ご飯は6合,予約していたのが炊き上がっている。大きなフライパンいっぱいを使って卵焼きを作り,冷ましておく。味見に一欠片つまんでみた。ちょうどいい甘さ。鍋のブロッコリーが柔らかくなったらソーセージを投入する。チーズが入っているから,末妹のエリカは大喜びするだろう。昨晩下ごしらえしておいた野菜グラタンをオーブンで温め,ポットにスイッチを入れる。ゆうべの残りのミネストローネを冷蔵庫から出して,火にかけた。
今朝は簡単に済ませてしまおう。やっと一息つく。後は各々が起きてきたら,オレンジジュースとトーストを用意すれば良い――等と考えているうちにお湯が沸いた。
淹れたてのコーヒーを片手に,ダイニングチェアに腰掛ける。ここで今日の授業の予習をするのが彼女の日課なのだ。しばらくして,軽い足音が近づいてきた。
「おねーちゃんおはよーございます」
エリカが起きてきた。
「今朝もエリちゃんがいちばんの早起きさんね」
中高生の妹達は,きっとまだ夢の中だろう。
「うん。だって昨日は9時になる前に寝たもん」
「おりこうさんねえ」
きちんと制服に着替えて,学校に行く準備は万端だ。姉達の真似をしてツインテールに結った髪には紫のリボンが揺れている。毎朝自分でしているのは,小学一年生としては上出来だと思う。
「何飲んでるの」
マグカップを覗き込む。いつもこうするのだ。
「コーヒーよ。エリちゃんも何か飲む?」
「うん」
「じゃあココアを淹れてあげようか」
「おねーちゃんと同じのが良い」
何でも姉達の真似をしたくなる年頃なのだろう。それが何とも無邪気で可愛らしい。
「それは苦いわよ。お砂糖が入っていないから」
「…お砂糖を入れたら?」
「そうね。わかったわ。お砂糖とミルクを入れたげる。カフェオレってのよ」
「それにしようかな…ふぁあ」
あくびが出てしまったようだ。
「あら,まだちょっと眠いのかしら?」
意地悪っぽく笑いながらベガは振り返った。
「ううん!眠くない!!」
エリカは慌てて首を振る。両側の髪が軽やかに波打った。
ふんわりと泡立てたカフェオレをエリカの前に置く。
「ありがと」
「よく冷まして飲むのよ」
ふぅふぅと息を吹きかけてから口をつけ
「美味しい!」
と目を輝かせる。
「よかったわね。…そろそろ朝ごはんにしよっか」
時計に目をやると6時半を回っていた。
冷ましたご飯の入ったお弁当を机に並べ,おかずを手早く詰めていく。今日のメインは野菜グラタンとママの作りおきハンバーグだ。去年から始めたことだが手慣れたものである。
余った卵焼きの端を一切れずつ皿にのせ,ミニトマト,ブロッコリー,そしてウィンナーを綺麗に盛りつけていく。ミネストローネのカップとトーストを添えれば完成だ。
「おっはよー」
4番目の妹,ありあが降りてきた。ふわりとしたツインテールの毛先をカールさせ,赤いリボンで飾っている。薄桃色のカーディガンによく似合う。ベガと同じ女子校の中等部一年生だ。毎朝二人一緒に出て,7時52分発のスクールバスに乗る。
「おはよう。朝ごはん,出来ているわよ」
「ありがとぉ。あっ卵焼きの端っこ!好きなんだあ♪」
姉妹の中ではいちばんテンションが高い。パックのオレンジジュースを注ぎながらテーブルにつく。
「おはようござりまする」
「エリちゃんおはよ~。今日も可愛いねぇ」
「ありがたきしあわせ」
ありあの前では戯けた様子で振る舞う。ベガは微笑ましく見ていた。
「おはよ…朝から賑やかだね」
「おはよう!」
あくび混じりにダイニングに入ってきたのは2番目の妹のすぴか,元気よくやって来たのは3番目の妹のみもざだ。すぴかは茶色がかったストレートヘア。切り揃えた前髪を長いまつ毛で持ち上げている。みもざはふわふわとしたくせ毛を,黄色のシュシュでまとめている。二人もツインテールだ。
「おはよう。すぴかはご飯で良かったかしら。」
棚からうさぎ柄の小さな茶碗を取り出した。
「うん…おにぎりもある…?」
「あるわよ。梅干しと鮭ね」
「ありがとう」
花柄のハンカチでくるんだお弁当とは別に,おにぎりの入った巾着を手渡され,すぴかはそれをリュックに放り込む。それを見ていたみもざが笑う。
「すっぴー早弁するんだぁ」
「授業中腹がなったら嫌じゃん」
「わかる。わたしも朝はしっかり食べてくもん。中学は間食出来ないからさ」
ありあも口を挟む。
「あ……でも,男子がいたらもっと気になるかも」
「男とか女とか関係ねーよ。恥ずかしいもんは恥ずかしいし」
「いや~やっぱり違うんじゃない?あ!もしかして,聞かれたくない子がいるとか!?ねぇ」
「あら,そう。じゃあしっかり食べていかなきゃね」
すぴかの前にはこんもりとよそったご飯が置かれた。
「ベガ姉までからかうなよ…なあ,エリ」
思わずエリカを味方につけてしまう。
「んーあたしにはよくわかんない」
きょとんとした顔で首を傾げる。
「良いよ。わかんなくて」
さりげなく自分の皿のウィンナーをエリカの皿に移した。良いの?と聞いてくるのを頷いて返す。好物だということを知っているからだった。
時計の針は6時45分に差し掛かろうとしていた。揃って手を合わせる。
「いただきまーす!!」
軽く食器が触れる音,トーストをかじる音が部屋に響きわたった。
「ママは今夜帰ってくるんだっけ?」
「そうね。確か福岡空港から夕方の便に乗るって言ってたわ」
母親の杏那は一昨日から出張に行っているのだ。
「福岡って何があったっけ?美味しいものがあったら買ってきて欲しいな…」
「欲しいお土産があったら連絡ちょうだいって言ってたわよ。早めにね」
「はーい。あとで調べとこ」
(私もおまんじゅう,頼んでおかなきゃ)
甘いもの好きのベガは博多銘菓を思い浮かべ,フォークにさした卵焼きを口へと運んだ。
7時を回った。まだ起きてこないのが一人。
「みらを起こしに行かなきゃ」
「ウチが行ってこようか」
「あたしも」
すぴかとエリカが立ち上がる。二階に行き,部屋のドアを開ける。
「みら!起きな!!」
すぴかの双子の姉,みらは毎朝この調子だ。
「ん~まだ7時でしょ……あと30分は寝られるから~~」
「何言ってんだよ。朝飯食う時間がねーだろ」
「はやく起きようよ。おねえちゃん。遅刻しちゃうよ」
エリカもタオルケットを引っ張る。みらと同じ学園の初等部に通うため,毎朝一緒に登校しているからだ。
「しょーがないなあ」
観念したのか起き上がろうとするも,ベッドから転げ落ちた。引きずるようにして立ち上がらせ,やっと目が覚めたらしい。大きなあくびをひとつ。
「ふぁあ…おはよぉ……」
「何呑気なこと言ってんの。早く準備して,朝飯食えよ」
「ふぁ~い」
力の抜けたような返事。あきれつつも,制服に着替え始めたので部屋を後にした。洗面所に行き,身支度をする。アホ毛をワックスで整えながら,
「みぃは学校が近いからって,だらけちゃってんだろうな…先が思いやられるわ」
ぶっきらぼうな口調ながら,優しさが垣間見える。
みらとエリカの通う学校は自宅から歩いて10分程度の場所にあるのだ。
「エリは早起きなのにな」
頭を優しくぽんぽんされて,エリカは照れたように目を細めた。
「じゃ、行ってきまーす」
すぴかは一番に家を出ていった。天気が良い日はジョギングで通学するためだ。
「すっぴーはよくやるよね…あたしには無理だわ~」
そう笑いつつ,みもざも7時半には靴紐を結んでいた。
「おはよ~」
すぴかが出てから30分余り。みらは髪を重そうに揺らしながら,のそのそとやって来た。背中側のシャツがスカートからはみ出しているのを,ベガが直してあげる。
「だらしないわよ。ほら,あっち向いて…」
高校生になっても変わらない光景だ。
「もう時間がないから,みらにもおにぎりを作っておいたわ。おかずはタッパーに入ってる」
ベガとありあはもうすぐ出ていく時間だ。それに,みらにものんびりと家でご飯を食べる余裕がない。始業時間は小学校の方が早いのだ。エリカのペースに合わせねばならない。
「ありがと。学校で食べるね」
「もっと早く起きなさいよ」
昼食のお弁当と同じバッグにしまう。週に何回かこんな日がある。教室に着いた途端に朝ごはんを広げる。入学当初こそは異様な目で見られたが,今では見慣れた光景になっている。時には友人達も一緒になって,朝ごはんのパンやらおにぎりを頬張っていることもあるのだ。
「今日もおいしそうだねぇ」
バッグをのぞき込むみらに,ありあはため息をついた。
「何ボーっとしてんのー。エリちゃんはもう準備万端なのに。みらちゃんのせいで遅刻なんかしたら,だめだからね」
「だーいじょうぶだってぇ」
へらへらと笑いながら,洗面所に消えていった。
玄関で本を読みながら待っていたエリカが顔を上げる。
「おねーちゃんたち,行ってらっしゃーい」
「行ってくるわね。戸締まり,お願いね」
「行ってきまっす」
ベガとありあは歩いて5分程の距離にあるバス停に向かった。
二人を見送ってしばらくして,やっとみらが支度を済ませて出てきた。
もうすぐ8時になるといった時間だ。
「おまたせぇ」
「今日はちょっと急ぐからね!」
「ええっ!何で?」
「日直だもん」
「ああそっかあ。遅くなっちゃってごめんねぇ」
「いいよ。いつものことだし」
慣れた道を早足で行く。近所のキンモクセイの花が綻び始めたのか,かすかに甘い匂いがする。
「これ何の匂い?」
「キンモクセイっていうお花だよぉ」
「良いにおーい」
「飴とかシロップに浸けて食べられるんだって」
「お花まで食べようとするなんて,やっぱりおねーちゃんはくいしんぼさんだねぇ」
などと話しているうちに,あっという間に到着した。
校門の前には校長先生が立っている。
「おはようございます!!」
「おはようございます」
エリカに続いてみらも挨拶する。
優しそうなおばあちゃんといった雰囲気の先生だ。
「おはようございます。エリカさん。今日も元気なご挨拶,よくできました。
みらさんもお元気そうで何よりね」
「あはは。あたしは元気だけがとりえですから」
「あら,それが一番大事よ」
二人の通う学校は入り口から,小・中・高と建てられている。その入り口に立っている小学校長は,中高生まで見知っている者が多い。エリカと一緒に通うみらは名前まで覚えてもらっているのである。
会釈して歩を進めていく。椎の実やどんぐりがパリパリと音を立てる坂を上り,小学校の校門前にやって来たところで別れた。
「じゃあ日直さん。頑張ってね!」
「うん。お互い頑張ろーね」
手を振って高校の方へ向かう。宿題も昨夜に済ませたし,小テストも無い。平穏な1日だろう。多分。ぼーっとしながらゆっくり歩いていると,少し先に見覚えのある黄色いリュックが見えた。
「あっ!真帆ちゃーん」
大きなくまのキーホルダーと誕生日にあげたキラキラの髪留め,友人の真帆である。呼び掛けに彼女が振り反るのを認め,みらは駆け出していった。