常世から浮世へご案内
ある意味では、異世界転生かもしれない。
ここは、黄泉国にある事務局。
彼は、その中で輪廻課転生係に勤める職員の一人、いや、一柱と言おうか。
ここで、彼の職場でのやり取りを、少しだけ覗いてみよう。
「四十二番の番号札でお待ちの仏様、十三番窓口へどうぞ」
左前の白装束を着て額に三角の布を巻いた老人が窓口に近付き、カタンとカウンターに番号札を置く。
彼は、番号札を回収してトレーの上に置くと、ファイルを開き、書類をめくりながら手続きを進める。
「この度、人間界に転生されるわけですが、あなたの生前の功徳ポイントに見合うラインとしては、こちらのトレードオフコースからお選びいただくことになります」
「とれえどおふこおす?」
「トレード・オフ・コース。何かを得る代わりに、何かを諦める必要があるコースです。何も得るところがないハードモードコースよりは、いくぶん生きやすい環境になっています」
「はぁ。それで、今度は、どんな人間に生まれ変わるんですかな?」
「トレードオフコースには、二種類のコースがあります」
そう言って、彼はラミネートされたメニュー表を提示し、ペンで指しながら説明する。
「一つは『貧しくとも笑いの絶えない明るい家庭コース』です。発展途上で物資の乏しい村で家の手伝いをしながら育ち、初等教育を卒業後、経済的な理由で十二歳で就労し、十八歳で恋愛結婚します。以後、六人の子宝に恵まれ、六十六歳で末子が独立するまで、賑やかな家庭生活が続きます。その後は、七十二歳まで働き、八十四歳で最期を迎え、手狭な借家で子孫に看取られながら生涯を閉じます。ここまでは、よろしいでしょうか?」
「フム。働き詰めの人生じゃな」
彼は、メニュー表を裏返して説明を続ける。
「もう一つは『富めども心労の絶えない暗い家庭コース』です。裕福な家庭で執事から帝王学を教わり、大学院を卒業後、二十七歳で大企業に就職し、三十歳で政略結婚します。以後、二人の子供を授かり、五十四歳で末子が独立するまで、仮面夫婦を演じ、五十七歳で退職すると同時に離婚します。その後は、交流を絶って屋敷に引きこもり、豪邸で孤独に苛まれつつ、先ほどと同じく八十四歳で生涯を閉じます。何か質問はありますでしょうか?」
「ウーム。どっちもどっちじゃな」
「あと七十七ポイント近く功徳ポイントがあれば、ワンランク上のコースをお選びいただけるのですが、このポイント数ですと、これ以上は望めません。悪しからず、ご了承ください」
「なんともならんのか。それなら、最初の方を選ぶとしよう」
「はい。こちらの『貧しくとも笑いの絶えない明るい家庭コース』で、お間違いないですね?」
もう一度メニュー表を裏返し、彼が慎重に念押しすると、老人は質問をする。
「あぁ、そうじゃが、一つ、聞いておいても良いかのぅ?」
「何でしょうか?」
「転生したあとは、これまでの記憶は無くなるという話じゃが」
「はい。元々悪業が無いか、六道の途中で清算された仏様は、前世の記憶が消えた状態で転生します。ご心配なく。他に、ご不明な点はありますか?」
「いや、それだけじゃ。そうか、そうか……」
老人が俯いて静かに頷いているあいだに、彼は書類に判を押してファイルから取り外し、アルカイックスマイルを浮かべて手渡す。
「こちらの書類を、運輸局河川課にお持ちください。よい船旅を」
老人が書類を受け取って窓口を離れると、彼は卓上ベルを押し、積んである番号札を見て呼びかける。
「五十九番の番号札でお待ちの仏様、十三番窓口へどうぞ」