汐留テレビ
汐留テレビは、ここから歩いても10分はかからないところにある。
方針は、決まったが、行動を移す前にちょっと俺の拠点を作っておきたい。
「じゃぁ、TV局に行こう。ちょっと待っててね。」
いったん、外に出て、野暮用をやっつける。
冷静になってくると、俺には、無限の時間があるんだから、そんなにバタバタする必要はなかった。
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戻ってきて、扉を開けると、なんか様子がおかしい。時間、間違えたか?
岩谷さんが、俺が出て行った時と、あんまり変らない様子で、止まってた
もしかして、しばらく一緒にいないと、停止状態になるのか
俺も自分の能力を行使した結果、実際はどんなことになるのか全てを把握しているわけではない。
何しろ、おっさんだった俺は、無責任極まりなく、>あとは、適当につじつま合わせといて<って投げ出した状態。
よほど、人生に飽いていたんだろう。
ところで
顔は、可愛いんだよなぁ・・・
止まっている彼女に近づき声をかける
「岩谷さん」
「あー、ビックリ、どっから出てくんのよ。何、そんで、着替えてたの?」
「えっ!」
しまった、同じような服着て帰ってきたつもりだったが、そういや、女性は、そういうところは、すぐ気がつくよな
「だいたい髪、伸びるとかありえないんだけど」
「いや、なんかね、ちょっと一緒にいないと、止まっちゃうみたいね」
「へ?私? 止まってたの?ぜったいエッチなことしたでしょ」
スミマセンが、番組が違います。
岩谷さんは、頭の回転が速い分、次から次へと話題に飛び移ってくれるので、話をはぐらかし易い
事実、俺は、自分の体感時間で、1ヶ月はいなかったんだが、根が貧乏性なもので、ずッと動き回ってた。髪の毛を切ろうとか、思いつきもしなかった
いや、肉体年齢、1ヶ月もどしとけよ(笑)
とりあえず、呆れた顔をして、ジト目をしてやると、岩谷さんは、バタバタと身体をアチコチ触って、一人で納得したような顔をしている。
「コホン。まぁ、とにかく、TV局まで行ってみましょうか。」
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時間逆行状態の中を歩く
「さっきは、色々、突然で、あんまりゆっくり見てなかったけど、面白いね」
「あー、あの下手に他人に触らないでね。」
「君とは違うわよ」
はいはい
「ねぇ、それと」
今度は何
「背、縮んでない?」
しまった。さすがに今どきあげ底サンダルでもないんで、履き替えてしまった
「そうだっけかねぇ、ほら、よそ見してると、ぶつかるって」
実際、止まったような人たちの間を抜けてくのは、意外に面倒くさい。
念のため、一番最初に彼女に声をかけたところは避けて歩く。
たぶん、つじつまが合うようになってると思うが、もう一人の自分に会ったり、全然違う人が自分の代わりにいたりするのを見るのも、気持ち悪かろうと、敢えて避けている。
「で、誰か危険な能力を持ってそうな奴は、いた?」
「あっ、忘れてた。」
やっぱり意識しないと発動しない能力だよな
「うーん、でも、みんな、平凡なことしか望んでないなぁ。このOLさんとか、『今日は残業がありませんように』だって。そんなの今日しか使えない能力じゃない?」
むー、そんなお幸せな人が多いなら、日本も安泰だ。
まぁ、能力の使い方次第では、毎日、残業がなくなるかも知れないが、そもそも、能力とお願いとは、違うんだがなぁ
「あっ、こっちの30歳くらいのひとは、『うー、あの課長、どっか異動してくれないか』だって、サラリーマンねぇ、こっちの40台のオジさんは、『今日は、女房の機嫌がいいように』だって、お幸せに」
全くだ
「なんか、みんな平凡なこと考えてるね、この辺で働いてる人がそうなのかな、でも、全然能力って感じじゃないよね。」
おっしゃる通りで
緩やかに逆行している時間も、そろそろ、街が崩れだしたところは抜けて、最初に、金目のものが飛び出した辺りに近づいている。
あまり前に戻っても、みんなが能力をゲットした時間を過ぎてしまうな
汐留テレビには、地下道から行った方が、簡単なので、地下へ向かう階段を行く
「ちょっと、待って、あの子、変」
生気のない顔をした、似合わないスーツ、恐らく就活生らしき男が、嫌な笑みを顔に貼り付けて、有らぬ方向を見てる
「なんだか、爆破とか、爆弾とか、そんなことを考えてるみたい、んーと、頭に思い浮かべたものを爆破する能力みたいって、これ、マズくない?」
相変わらず、岩谷さんは一人でツッコミながら、かなり危険な情報を伝えてくる。
「ちょっと待った、そいつ調べてみよう」
ヤロウの身体をまさぐりたくはないが、身分証明するようなものを持っていないか探してみる。
「学生証だけか、東京の人間か?運転免許くらい取れよな」
東京の奴は、存外、運転免許を持ってない奴が、多い。
「天保大学?聞いたことないな」
岩谷さんも、首を傾げてる。ちょっと可愛い。
七危安威・ナナキヤスタケと読むらしい。
こいつの名前だ。学生証には、住所が書いてない。
抱えているカバンを引きずり出す。パンパンに膨れてヤケに重い。
中を開けてみると、はぁ
「M商事とか、T自動車とか、N証券とか、何の脈略もなく、超一流企業の会社案内?」
最近は、こういうのなんて言うんだっけ、記念面接だかなんだか、絶対受かりそうもない企業に、やたらにエントリーするんだっけ
「ねぇ、この人、もしかして、本気で受かるつもりだったんじゃない?」
「当然、全部門前払いだろうから」
「「逆恨み」」
声を合わせちまった。
おい、こいつは、連続企業爆破テロをやるつもりか
「ホッとくわけには、いかないが、あぁ、ここに、住所や、連絡先の書いてある紙があった。とりあえず、こいつは、もらっておこう」
「で、どうすんの?こいつ、やりそうだよ」
「そうだなぁ、チョッとスマホ取り上げとこう。こういう奴って、スマホを無くそうものなら、必死でアチコチ探して回りそうだから、少し時間が稼げるかも」
「なんか、ますます、世の中を恨みそうだけど」
「こいつから電話かかってくるの待って、親切そうに拾ったって、言ってあげなよ」
「あげなよ、って、私が持つの?」
「どうせ、女の子と付き合ったことのない奴だろうから、手渡ししたいとか言ったら、ホイホイくるぜ」
「ふーん、君は、随分、女の子に慣れてるんだ」
スミマセン、中身おっさん、それなりの経験値あります。ってか、そんなとこまで、ツッコムのか
「あ、いうえお、カイコが居た」
あの、岩谷さん?オヤジギャグにもなってないというか、意味不明なんですが
「カイコよカイコ、君知らないの」
「はぁ」
あの繭作る奴ですよねぇ、でっかくなると、東京タワーに、繭かけちゃう奴
「あの子地味だからなぁ、顔は一番可愛いのに」
「一番可愛いカイコさん?」
「甲斐唯香よ、下から読んでもカイユイカって知ってるでしょ」
スミマセン、中身おっさんは知らんのです。
「カイコなら、なんとかできるかも」
とにかく、俺たちは、地下街へ潜った。