私を月に連れて行って ~二度目の十日目
国家権力を濫用したイベントはひどいもので、今日は早朝から東京駅を、ひっきりなしに、メッセへ向けて専用のリムジンバスが発車
しかも高速入り口まで、バス以外の車への交通規制
湾岸線の一車線は、パス専用に規制され、適当な間隔でパトカーが先導するという徹底さ
車で来るなと言われても、車で来てしまう人は、2キロ先の駐車場にまとめられ、そこからまた、シャトルバスというご丁寧さ
会場周辺には、DJポリスまで現れ、当日券販売所周りは警察が、そこから会場までが警備会社、会場内の整列はイベンターと大規模な布陣を敷いて、それでも
「どんだけ、人がいるんだよ」
十万枚の当日券を販売するだけでも、人の導線をキチンと考えないといけないところ
ゲート方式で、どんどん後ろに流すことにしたらしい
早朝から並びだした人に、早々に当日券の完売を確信した担当者は、いやイベンターの中に、正確な来場者数を予知できる能力者がいたと言った方がいいが、朝八時から前倒しで販売を開始し、十時に完売させると、前売り券販売所ををサッサと撤去し、入場者整列に全力を傾けた
「で、何人なの?」
「用意した十五万人分の当日券は完売。それでも、会場周辺に、十万人以上溢れてしまいまいした。今は、東京駅が大変なようです」
そりゃ、そうだ
入れないのに、バスは動かせないし、警備の人員も、会場周辺しか割いてないからな
幕張駅に辛うじて人を回せるだけだ
《北村みつる Power Concentration with 冬馬》
突貫で作った大看板があちこちに掲示
何だか、訳の分からないタイトルだが、間違ってはいない
というか、やりたい事、そのまんまだ
ロックコンサートではないので、大音量で勝負とはいかないため、きめ細かくスピーカーを配置することに気を使ったと、音響チームは言っていた
今回は、しっかりメッセージを伝える必要がある
早朝から仕込みに入って大変、と言うより、早朝から仕込ませてもらったから、楽だったとのこと
順調にサウンドチェックも終わり、サラッとリハーサルもできた
今日は、時間通り正確に進めることが最重要
いくらいい歌を歌うとは言え、北村さんも歌手としては無名
こんな大観衆の前で歌った事はないし、緊張しているようだ
ただ、申し訳ないが、今日のメインイベントは、冬馬くんなのだ
杉下秘書官によると、お昼ちょうどに、力を結集して冬馬くんに集め、その力を放出することで、月を元の軌道と運動に戻せるらしい
冬馬くんの能力は、跳ね返すことかと思っていたんだが、どうもそれだけでは無かったらしい
すでに、今朝の時点で、月の軌道は完全に狂っている
で、その瞬間までに、集まった人たちの集中力を高めていくのが、北村さんの仕事
やりにくい仕事だが、彼女なら、パニックを起こさせずに、観客を魅了する歌を歌うことができる
客席になるスペースの中心に、櫓が組んである
正面ステージから、そこへ至る花道がこしらえてあり、二人立てるくらいのスペースが、そのまま櫓の上までせり上がるようになっている
櫓の四方にはハシゴがあり、そこでスタッフが四方から集まったパワーを受け取り、櫓上の冬馬くんに受け渡す
全員のパワーを集めるには、それが一番効率がいいとのこと
無理すれば二十万人詰められるスペースを敢えて十五万人で切ったのも、ハンドインハンドで、十五万人のパワーを集結させるため、綿密に計算して、仕切ってある
観客スペースは、立ちっぱなしのコンサートのような発散型のイベントとは違うので、ゴザに整列して座れるようになっている
月は東南東
月の出も、方位も、かけ方も、本来とはバラバラ
太陽の高度が高いため、何とか重ならない位置なので、昼間でも見えてはいる
ただ、真夏の割に気温が上がっていないようだ
昼間の野外ライブをやるには好都合
いよいよライブが始まる
openingは、当てつけのように、
”Fly me to the moon”
だ
歌声に引き込まれそうになるが、肝心のミッションが残っている
俺と秋鳴は、櫓の下に陣取ってる
岩谷さんは、経過を見届けに来ることになっている首相出迎え
杉下秘書官は、すでにカイコと一緒にステージ横に控えているが、ハッキリ言って、彼は首相がいないと役立たずだ
シーちゃんは、ミコちゃんと観客として参加することになっているので、今日は、まだ見ていない
スタッフはインカムに集中し、できるだけステージに目を向けないようにしている
それぐらい、北村さんの歌は観衆を魅了していた
首相もスタンバイしたと連絡が入る
杉下氏の指示は、予定通りだ
いよいよ次の曲が、キッカケの曲となる
彼女の自作曲の一部の歌詞を
《みんなの力を分けてください》
という替え歌にしたもの
「本日のPower Concentrationコンサート。お楽しみいただけているでしょうか」
観客は大歓声で答える
「次は皆様にも参加していただくコーナーです」
北村さんのMCの指示に従い、観客は隣同士の観客と手をつなぎ、それぞれのブロックのコーナー毎に立つスタッフを経由して、最後は我々のいる櫓の周りにつながる
こちらからのキューにイントロが始まった
観衆の集中力が分散しないように、北村さんが歌いながら花道を、櫓へ向かう
繰り返しのサビの直前に間奏を入れ、そこで櫓に到着するようにタイミングを合わせた
岩谷さんとカイコがタイムキーパーをしている
最後の間奏の間に、櫓の上に登るセリに到達した北村さんが、最後の仕掛けのMCをしゃべりながら登っていく
「皆さんの力が集まれば、あそこに見えるお月様だって支えられる」
それは、シャンソンのセリフの様に語られていく
「これから、私の横に皆さんから頂いた力を受け止めて、落ちてくるお月様を支えてくれる方が登場します。私の歌の最後に皆さんに呼びかけた時に、一斉にその力を渡してください」
そう言って、繰り返しのサビを歌い始めた
《生きる力、その勇気、ワタシニ分けてください》
櫓の上に立つ北村さんの横にスッと冬馬くんが立つ
俺と秋鳴は最後の受け渡しのため櫓によじのぼり、しっかりとつなぎの役を果たす
観衆も魅入られた様に力を込め出しているのが分かる
そして
「今です」
と北村さんが、呼びかけた時、恐ろしいほどのエネルギーが、身体にかかることを感じ、なおかつ磁力で引きつけられた様にシッカリと握られた手を通じ、最後は、冬馬くんにその力が届けられたことを感じた
視線の先には、薄ぼんやりと霞んだ様な月を睨みつけ両手を翳した冬馬くんがいる
気が遠くなる様な感覚と、その裏に流れる多幸感
音楽は疾うに終わっている
これだけの大観衆が息を詰め、遥か遠くの雑踏さえ吸収されてしまった様な、そんな時間がどの位流れたのだろう
目の端をこちらに向かって駆けてくる姿が入る
こんな時に誰が?
と思った時に、ドタッと、崩れ落ちるような音がすぐ上で聞こえた
冬馬くんが倒れこみ、北村さんはしゃがみ込む
「シンジくん、私を通して」
シーちゃんだった
秋鳴の立ち直りの方が早かった
シーちゃんを抱え上げるように櫓の上に持ち上げると、シーちゃんは、冬馬くん、そして北村さんと次々に治療した
観衆は、力を出し尽くしたかのように、今はみんな手を放し、ツナギを務めたスタッフ全員座り込んでしまっている
インカムに岩谷さんの声が飛び込んできた
『ミッションコンプリートだそうです。この後、首相が挨拶しますので、北村さんにつないでもらってください』
シーちゃんにキュアしてもらった、北村さんと冬馬くんは、すでに櫓の上に立っている
俺がキューを出すと、北村さんはニッコリ笑い、大観衆に呼びかけた
「皆さんのPower Concentration確かにいただきました。そして皆さんは今、奇跡の瞬間に立つ会うことが出来ました。改めてご紹介します。栗栖冬馬さん!」
観衆は、何が起きたのか理解しないままにも、拍手をし始める
「そして、今日のコンサートの趣旨を説明してくださるのは、正面ステージをご注目ください」
そこには首相が立っていた
美味しいところを持っていく演出は杉下氏だろう
「・・・今日、お集まり頂いた皆様が何をなされ、何を成し得たのか、皆様方に、お話しする時間を頂戴ください」
俺は首相の話に引き込まれない様に、できるだけインカムに集中する
その間、よく見ると耳栓をシッカリしたシーちゃんが、スタッフ中心にキュアしている
誰の入れ知恵だろう、彼女の場合、能力を使えば使うほど元気の出てくる能力だから走り回っている
もちろん、俺も真っ先に治療してもらったが、こちらの呼びかけに反応が薄かったはずだ
「・・・皆様のお力で、この美しい国と大地、地球が救われました。
・・・もう一度、栗栖冬馬さんに大きな拍手を」
今度こそ、万雷の拍手
そして、北村さんが言葉を続ける
「皆さんから、たくさんの力を頂いたお礼に、今度は、私から、元気をお返しします
"Quand,quand,quand!"」
次回で、最終回、、、にできるかな




