最初の十日目
大詰めになってきたので、いつもより少し長めです
その光景があり得ないと分かったのは、天文の知識がある人間と、いち早く流れたニュース速報を目にした人間だけだった
早朝6時に顔を出した半月
これが一週間前なら、この時間の月の出も自然だが、その頃の月齢は新月に近い
本来の今日の月の出は、昼過ぎ
今日は、このまま行ったら、お昼には南中するだろうと言うのが、専門家の見立て
ただその情報は表向きのもの
この異常が何をもたらすのか、いち早く、正確な情報を握ったものは、自分たちだけでも生き残るための工作を続けていた
政府には、脅迫紛いの各国からの詰問が殺到していた
しかし、官邸は、対策済みの一点張り
そして、その根拠と自信は何処から来るものか、全く分からないままに、前回、世界中の非難を切り抜けた能力者スタッフたちが、抑え込んでいた
◇◇◇◇◇◇◇◇
朝八時に、その電話はかかってきた
『おはよー、伸二君』
「あー、おはようございます。どうしたの朝から」
お互い大人だし、朝からいきなりデレの電話かどうかは、空気でわかる
心なしか、声の色に艶を感じてしまうのは、気のせいではないはずだが
『何か、大変なことが起こってるみたいなの。ニュースチェックしておいて。私もこれから、事務所に向かうから』
その電話が、邯鄲の夢の終わりを告げたこと
もうしばらくで、俺は知ることになる
・・・・・・・・
最初にそのことに気がついたのは、フィリピン在住のアマチュア天文家だったらしい
月の観察が趣味の彼は、その日も同じように月を観察していたところ、一瞬、月に靄がかかったように見え、あり得ないが、月がブルッと震えたように見えたらしい
その後一時間もせずに、月は沈んだので、その日は、それで観察は終わったのが、現地時間で金曜日の23時過ぎ、日本時間の土曜日、午前零時を過ぎたころだった
次に騒ぎ出したのが、アメリカのスミソニアン周辺
月の軌道にズレが生じているとの報告がもたらされた
それが、日本時間土曜日の午前10時
ただ、その時点では、わずかな計算の違いにも騒ぎ立てる必要のある、学者の間だけの話
だが、世界中の専門家が月に注目をし始めていたのは事実であった
そして日本時間の土曜日午後四時
月の軌道のズレはますます狂い始め、午後八時には、政治問題に発展
この時点で、各国首脳部は、日本の異能力者の関与は間違いないものとしだし、午後十時には、一斉に日本政府への詰問を始めていた
一般へのニュース速報が流れたのは、ようやく日にちをまたいだ、今日未明
それも穏やかに
『月に異変?明日の月の出は、午前8時頃か?』
と言ったものだけ
情報統制がなされ、気象庁はもちろん、外務省、政府等、海外を含む外部からの問い合わせには、水も漏らさぬ対応をするべく体制がしかれていた
・・・
秘書官杉下は、さすがに昨夜はあまり寝れなかった
全ての手は打ってあると、首相には、今日に備えて、休んでもらった
ただ、そこから先が、どうにも見えて来ない
明日以降の施策どころか、今日の夕刻以降のことさえ、打つ手無し
もっとも今日は日曜日だから言い訳も聞く
(重要なのは、昨日なのだ。今日になって打つ手はない。昨日のうちに、手を打たないといけないのが、まだ打てていないということは・・・
昨日が必ず、もう一度来る)
杉下は、今日の覚悟を決めた
◇◇◇◇◇◇◇◇
事務所に行きがてらに、見知った顔に出会った
「あっ、先日は、色々とお世話になりました」
「おっ、なんか久しぶり。今日もまた早いね」
美女木さんだった
現在時間では、一週間ぶりだが、過去と行ったり来たりしている俺からすると、10年ぶりくらいの感覚だ
「えー、なんだか、早くに出てしまったんです」
「また、事務所で時間潰す?秋鳴は居ると思うけど」
「あー、トキナリさんにもお会いしたいです。あの方、カッコいいですよね」
うん、間違いなく、秋鳴は女の子にモテるよな
俺が事務所に行くと、秋鳴は、相変わらずの、普段着なんだか、戦闘服なんだか分からない格好で、TVの前に陣取っていた
着こなし自体はラフなので、秋鳴なりの部屋着なのかもしれない
「隊長、おはようございます」
「トキナリさん、先日はお世話になりました」
「あー、ミメキさんでしたか。隊長も手広くやってますね」
「馬鹿、美女木さんのお目当はお前だ」
「そりゃ、どうも」
秋鳴は、いつものことという態度だった
まぁ、慣れっこだろうな
その時、フッと俺の頭に浮かんだのは、なんだったのか
意識をそちらに向けるでもなく
でも、普段の俺でも言いだしそうな言葉で、自然に声をかけていた
「美女木さんの、今日の予定はどうなってるの。」
「シフトでは、三時どきが終わった後、午後四時まで、バイトです。その後は、空いてますよ」
秋鳴は、おいおいと言う感じでこちらを見ているが、俺は何故か
「バイト、もっと早くにあがれない?と言うか、出来れば、今日はバイト休めない?」
「えっ、えっ、流石に今から突然休んだら、クビになっちゃうかもですが、最低、午後一時までは居ないと、無理です」
美女木さんは、ドギマギした顔をしている
秋鳴は、不審気に俺を見ている
俺は、自分の感覚を信じた
彼女に今朝会ったのは、偶然では無い
絶対に、彼女を抑えておけと、全霊に訴えるものがある
「今日のところは、ギリギリそれで間に合うんじゃ無いかと思うけど、とにかく、店を出られるなら、できるだけ早く、ここか、もしくは、こちらの指定する合流先に来てくれないか。もし、早くにお店を閉める状況になったら、すぐに合流して欲しいくらい」
「えっ、今日、何か、起こるんですか?」
「それが、まだ分からないんだよ」
美女木さんが、目を見開いている
秋鳴が、俺の真意を探ろうとするかのように、俺を見つめる
「驚かせてしまったかもしれないけど、何も起きなければ、それが一番。午後には、状況が見えてくると思うよ。まぁ、今は、秋鳴とおしゃべりでもしてて。あっ、もう一つ、昨日はどこに居たか教えてくれる?」
「昨日は、遅番で、午後三時にお店に入りましたけど」
「OK。午後三時過ぎなら会えるね」
それだけ言うと、俺は、TV画面の前に向かった
美女木さんははてなマークが飛んでる
余計なことを言っちまった
直にシーちゃんが来たので、お茶の世話とかは、彼女がしてくれた
TVのニュースは、今は死体遺棄で捕まった犯人のことを報じている
台車の上に女の子の死体を載せて、普通に運んでいたらしい
その異常さに近所の人が通報
職務質問を受けてからの逃走劇が、これまた異常だったらしい
二人組で職務質問をしていた警察官の一人の姿が突然見えなくなり、その混乱の隙をついて、犯人は、逃走
犯人を追跡していたらしい見えなくなった警察官が、バイクに跳ねられ負傷
相方の警察官の判断が良かったらしく、姿の見えない警察官を庇いながら、緊急手配
逃走中にも、何人か姿を消されたらしいが、一人消すと、前の一人が現れることが分かって、状況を見極めた警察が追い詰めたところで、燃料切れのように犯人が倒れたらしい
能力の過剰使用による典型的な症状で、その場で取り押さえられたそうだ
(あの馬鹿、自分を抑えられなかったのか)
「あっ、コイツ」
秋鳴も気がつくよな
「一歩間違えば、あのアイドルの子が死体になってたな」
「な、なんの話ですか」
美女木さんへの説明は、秋鳴に任せ、、、となんで、シーちゃんが詳しく説明しようとしてる
女子のネットワークは侮れない
「そろそろお店に行きます」
美女木さんが、腰をあげると、入れ替わりに岩谷さんが、カイコを連れてやって来た
「それじゃ、また、あとで」
カイコ、何故、お前が、俺を睨む
「どう?しんじくん」
うん、微妙にひらがなで名前を呼ばれている気がしないでもない
「月だろ」
「うん」
「なるべく今日いっぱい、みんな一緒に行動していたいんだが。それで、今、出て行った子な」
「下着泥棒だかに狙われた子だっけ」
「あー、あの子を押さえておかないと、俺の行動に支障が出る」
「巻き戻しの能力だっけ」
「えっ、あの子、そんな能力持ってるの?」
シーちゃんは、知らなかったか
しかし、ミコちゃん大人しいなぁ
いや、黙って俺の膝の上に乗ってるんだが
あー、カイコは、そっちで、睨んでるのか?
しょうがない
「ミコちゃん、カイコと遊んであげて」
「えー、しょうがないなぁ、カイコ何して遊んで欲しいの」
シーちゃん、スルーだ、スルー
俺はカイコの表情は見ない
見ないったら見ない
ミコちゃんは、しぶしぶ、俺の膝の上から降りてく
カイコの視線は感じるが、俺は見ないぞ
「まぁ、とにかく、美女木さんが、俺が手を打つ前に、万が一、無限ループにはまると、どうなってしまうか分からないんだ。今日は、たまたま彼女が早くに家を出てきて、それにたまたま俺が出会ったんだが、単なる偶然で済まさない方がいいという変な予感がしたんだ」
「しんじくんは、何が起ると思ってるの?」
「その前に、俺の能力のことを、キチンと説明しておきたい」
俺の自己防衛能力のこと
俺が、誰かの能力によって危険にさらされた場合は、確実に、自己防衛能力が働くから、何かあった場合は、真っ先に、一番危険な状況の所に飛び出そうと思っていること
同時に、その危険をもたらした能力者の人物と居場所を特定できること
を伝えた
「だから、俺が一見無謀にみえる行動を取っても、信頼して、安全な所から見ていて欲しい。ただ万が一、俺がその場で倒れて、行動不能になっていることが分かったら、能力以外の要因が考えられるから、秋鳴が速やかに俺のことを回収して欲しい。それで、シーちゃん、俺の回復を頼む。俺さえ無事なら、手の打ちようがある」
仲間を信頼せず、手の内を見せないで、計画を無駄にすることほど、馬鹿げたことはない
「よほどのことがあると、予想してるのね」
「私じゃ止められないんですか?」
カイコが、いつもの空気の抜けた様な口調でない
「それで、なんとかなる相手だったら、もちろんお願いする」
「で、しんじくんは、状況を見極めたあと、どうするつもりなの」
「昨日の朝十時に首相に呼ばれてるんだ」
「なに?それって、どういうこと?」
「首相の秘書官と言うのが、くせ者で、俺が、必ず、その時間に首相に会いに行かなければならなくなる状況が生まれると、信じているみたいなんだ」
「もしかして、、、」
頼む、それ以上のことは聞かないでくれ
しずほ
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