日常とは
事務所には、岩谷さんとカイコが来ていた
今日は、車を出してないから、二人、電車で来たんだろう
カイコは能力騒ぎ以降、電車に乗るのは初めてのはず
「電車移動は、大丈夫だったの?」
「だって、いちいち気にしてたら、ひきこもりになっちゃうじゃん」
「ふへぇ、シズさんがいれば大丈夫ですぅ」
確かに電車に乗っても、二人一緒なら、岩谷さんが怪しいやつをチェックしてカイコに知らせておくようにすれば、いくらでも対処できるな
「でも、あれね、意外となんか使えそうな能力を持ってる人、少ないのね」
岩谷さんは、今は休職状態だが、なんだかんだ、会社に出かけたり、今週も何度か電車には乗っている
「周囲の人たちの様子をチェックしてるんだよね」
「いや、周りの人、一人一人、全員チェックとかしてたら、頭おかしくなっちゃうよ。気になる人だけだよ」
他人の能力は、実際、どのように発動しているのかは分からない
特に、岩谷さんや、秋鳴の様に、何かが分かるとかいう能力は、どういう風に見えたり、感じたりしているのかは、本人しか分からない
「じゃぁ、今日、あたりも、ほとんど、気になる人は、いなかったんだ」
「ラッシュアワーは分からないけど、いつもそういう時間には、乗ってないし、今日も、お昼すぎにでてきたから」
しかし、ラッシュアワーとか、女性は自分の身を守れてるんだろうか
あれだけ、警告しても、安全に鈍感な女性は多いんだろうなぁ
女性に限らず、多くの日本人が、元々、そんなだから、そんなには変わらないか
少なくとも、悪いこと考えている連中は、相手が全く気づかないようにしたり、全部忘れるようにしたりすれば、やりたい放題なんだが
「とにかく、最初にカイコを迎えに行った時以来、危険そうな奴にも、会ってないわね。結局の所、私たちは、たまたまそういう企画に絡んでたから、ちょっと真面目に考えてたけど、心構えができてなかったり、何か特別に追い込まれてでもいなかったら、スルーしてたかも」
元々、岩谷さんは、映画宣伝の名目で、『今、あなたが能力を得られるとしたら、何を願いますか』という、企画に携わっていたし、カイコは岩谷さんから、シーちゃんは俺から、あらかじめネタを振られてた
秋鳴は、仕事探しで行き詰まってた
これまで出会った特殊な能力を得た人たちも、何かしら、強いプレッシャーにさらされていたり、鬱屈している連中が多かった
それに、使える能力を得た連中は、深く潜行して、今週は、うまいこと立ち回るのに精一杯なんだろう
大き過ぎる能力を使った奴は、自滅しているみたいだしな
そう言えば、中高生と接触していない
成長可能の能力とかって、結局どんなもんだったんだろう
実際、通常の大人の能力自体、経験を積んで成長しているように見えるんだが、これは元々持っていた能力が使いこなせなかっただけとかなのか
いずれにせよ、適当にやり過ぎた
そんなこと考えてたら、カイコが、話しかけてきた
「今日も、探偵さんだったんですかぁ。私もお手伝いしたいですぅ」
カイコのことも、考えてあげた方が、良いんだろうか
今日は、数を数えるだけだったから、カイコでも役にはたったかもしれないがなぁ
どちらにしろ、今は、アイドル系は、警備がマトモに出来ないからと、仕事は潰滅状態
代わって、何が有ってもネタにするぞ、というお笑いの連中が、仕事を全部持っていっている
「でも、今日もミコちゃんの世話はしたんだろ」
「ふぇーん、逃げられてばっかりなんです」
カイコは猫可愛がりし過ぎるから、かえって、子供にうるさがられるんだよなぁ
ミコちゃんは、きっとB型だ(笑)
「シズさんは、もう家に帰ったの?」
「銀行に行きました。ミコちゃんは、ロフトで寝てます」
秋鳴が、泊まり込むようになってから、ロフトは覗いてないから、いったいどんな状態なのか分からんな
「銀行って、そういや、今日は世間は給料日か」
「伸二君忘れてるとは思ったけど、鼎さん、パートやめて、ずっとここを手伝っているんだから、いくらか渡さないといけないんじゃない?」
「そういや、秋鳴もだな、いくら欲しい?」
「自分は、食費も住宅費もかかってないですから、今はそれほど困っていませんが、まだ、習志野の方をキチンと引き払ってないので、少し助けていただけると助かります」
「あー、そうか。でも、さすがにちゃんと引っ越して来るには、ここじゃ、狭いだろ?」
「もし、できたら、あちらの隅のスペースに、棚を二つ置かせて貰えるなら、それで、収まるんですが」
「そんなもので、いいんか。じゃー、一応、目隠しの衝立みたいなのを、買ってくるか。しばらくは、お金貯めとけばいいし、向こうは引き払ってもいいなら、ちゃんと引っ越しちゃう?」
「じゃぁ、今月いっぱいで」
「今のうちに、不動産屋さん電話しちゃいな」
秋鳴の性格じゃ、報酬にしろ、こっちから気を回してあげないといけないだろう
秋鳴は、活躍してくれたから、少しはずまないとな
そもそも、俺の資産管理は管理会社と税理士に丸投げしてしまっているから、ちゃんと、給料払えるようにしといてあげないといけなかった
ガチャガチャ
「あー、シンジくーん」
「シーちゃんお帰り」
「はーい、銀行周りしてきましたよ」
「ごめん、シーちゃんのお給料とか、手配してなかったね」
「来月までに手配してもらえれば充分でーす。トッキーは?」
「当座の引っ越しの支度金を用意していただけるようなので、今は、それで」
「ミコちゃんは、でも、幼稚園くらい行った方がいいよね」
「今から、幼稚園に移るのは大変だし、そもそも今は、夏休みも兼ねて、ちょっとお休みさせているだけなので、落ち着いたら、また、保育園通わせます。お迎えとかは、早めに行けるようになりそうだし」
「海とか、プールとかも連れて行ってあげたいでしょ?」
「ふぇー、あたしもミコちゃんとプールに行きたいです」
そうだな
この日常が続いて行くなら、みんなの生活の基盤を安定させるため、ちゃんとお給料も払わないと行けないし、お休みは何をするのか計画を立てることだって、結局、日常があってだよね
イキナリ、能力あげますと言われても、すぐに目の前の日常を放り出さない人が多いのも、当たり前のことだったのかもしれない
多くの人にとって、明日も、明後日も、今日と同じような日常が続いていくことが当たり前で、それだからこその、日常なのだから
「プールとか、海水浴は、海外って手もあるぞ。パスポート持ってないのは?」
「私もあの子も持ってるけど・・・」
「うん、大丈夫」
シーちゃんに目配せする
ミコちゃんは、赤ん坊の時に船に乗っている
複雑な事情は承知してる
「よし、じゃぁ、企画しとくは」
みんなのテンションがあがる
「あの、晩ご飯のことを、そろそろ考えたいのですが」
秋鳴は、転居の連絡が済んだようだ
「よし、給料日だし、ご馳走を食べに行こう。せっかくなら、秋鳴が食ったことないものにするか」
ワイワイみんなが意見を出し合うと、どうやらフォアグラを食べてみたいということになった
正直、俺は、上品なレバーというだけにしか感じないが、東欧にいった友人は絶賛してたな
最も、日本人ならメインディッシュ並みの量でも、あちらでは前菜扱いとかで、それに驚いてたみたいだが
少なくとも、ビール系には合いそうな、少し苦味があって、大ぶりの牡蠣の食感に似てたな
残念ながら、俺は甘党なのだ
「よし、そんなら、フォアグラ丼なんてケチ臭い所には行かないぞ」
てことで、一人七千円コースのプチ贅沢に繰り出す
そう、これが、今の俺たちの日常
そして、俺も、今の状況がこれからも続く日常であると、感違いし始めていた
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
干からびた身体、落ち窪んだ眼
それでも、まだ、男は天を見上げ、睨みつけていた
能力値の限界を絞り出しながら、最期に残った妄執が、ついに願いを届けた
(くそったれ)
意識が途切れ、同時に生命が途切れる瞬間に、男の頭にあった言葉は、それだけだった




