探偵は葬儀屋ではありません ~死人を探してください
依頼人は、自己紹介する間もなく、用件を切り出した
「死人を探していただくことはできますでしょうか?」
意味が分からない
「詳しく、お聞きしましょうか」
そう、答えるしかないよな
依頼人の名前は、井城田梨子
かなりの若づくりだが、五十歳前後だろうか
ぱっと見、銀座のホステス風で、化粧品の匂いが鼻についた
「最近は、能力とかいう、恐ろしいものが、ございますでしょ。宅の主人も八年前に、確かに亡くなったんでございますよ、それが、まぁ、義母と来たら、語るに恥ずかしいことですわ」
時代がかった昭和のマダムみたいな喋り方の依頼人の話を整理すると
ここ十年、寝たきりの九十歳になる義母との同居
八年前にご主人は、事故で亡くなった
ひと月ほど前から、義母が、うわ言のように、亡くなった息子さん、依頼人のご主人の名前を呼ぶようになった
そして、先週のあの金曜日
「よりによって、あのボケ婆さん、滋則、主人の名前ですけど、滋則に会いたいなんて、願っちまったんですよ」
「最初は、私も、気づかなかったんですよ、それが、なにか、義母の寝てる部屋に、誰か他の人の気配がするじゃ、ございませんか」
「私は、高尾さん、あー、通いの介護士さんなんですけどね、いつもなら、いらっしゃる時は必ず私に声をかけるのに、黙って入られたのかと思って見に行ったんですよ」
「そしたら、義母の枕元に、いるじゃありませんか」
「私は、腰をぬかしてしまって、そのまま、気をうしなってしまいましたんですよ」
「で、気がつくと、雪絵さん、主人の妹で、まぁ、私よりも年上の義妹なんですが、雪絵さんと、高尾さんが、側にいて、私の部屋に寝かされておったんでございますよ」
放っておくと、立て板に水の如く喋り続ける井城田さんを少し落ち着かせて、ゆっくり話を聞くことにする
義妹の雪絵さんという方は、毎週金曜日の夜、泊りがけで、義母の様子を見に来ているそうだ
井城田さんは、結局、気味が悪くて、義母の枕元に座っていたご主人らしき男性とは、その晩は会わずじまいで寝込んでしまい、後のことは、義妹さんに任せたそうだ
で、次の日の朝になって、義母が、眠るように息を引き取ったことを聞き、さて、今度は葬式の手配までしなくてはならない
幸いなことに、いつ亡くなっても良いように葬儀の段取りなど手配一式はまとめてあったので、義妹さんが来てることを、これ幸いに、全部任せてしまったらしいのだが、実は、ここで、喪主で困ってしまった
本来の喪主は、依頼人の梨子さんなのだが、亡くなったはずのご主人がそこにいた
梨子さんは、気味が悪いとご主人とは接触せじまいだったのだが、そもそも高齢者で、知人もほとんど亡くなっていることから、家族での密葬を予定していたため、義妹さんが、すべて段取り良くこなしてくれたそうだ
ご主人は、元々口数の少ない方で、梨子さんとも、ずいぶんと、歳が離れていたそうだが、義妹さんも、結局、突然現れたご主人とは、二言三言交わしただけらしい
それどころではなく、ばたばたと葬式の段取りをしてくれていたそうだ
お通夜は、一日おいて、日曜日に行われたが、梨子さんは、自室にこもりっきりのままで、結局、お通夜にも参列せずじまいで、明けて、月曜日の出棺のときだけ、ようやく起き出して、ご主人の顔を見たそうだ
何か、焦点の合わない顔をしていたそうで、目を合わせることもなかったのだが、その後気がつくと、姿が消えていたそうだ
梨子さんは気疲れで、また、部屋にこもってしまったそうだが、昨日になって、色々と、その後の段取りも必要と意を決して起き出すと、家にはご主人の姿は無い
義妹さんと一緒かと、御礼を兼ねて、電話をかけてみると、知らないと言われて、途方にくれてしまったそうだ
「だって、あれでございましょ、遺品整理ですとか、それ、まぁ、わずかばかりとは言え、財産の分与とか、ありますでしょ?でも、生きているのか、死んでいるのか、分からない人がおりますとね」
まぁ、要は財産分けができなくて、この方は困ってるらしく、ご主人の生死を心配しているわけではないようだ
人探し自体はさほど難しいことではない
ご主人の姿が確実に認識されていた時間へ飛んで、後は目を離さないようにするだけ
なんなら、秋鳴と一緒に飛んでもいい
ただ、何か引っかかることがある
「では、これから、ご自宅まで、ご一緒しても良いですか?」
俺は、秋鳴と一緒に、井城田家へ向かうことにした
・・・
井城田さんは車を待たしていると言ったが、あとのことを考えて、こちらも車を出して、後から追いていくことにした
あとで喪服が必要になりそうだな
途中、停車するから何事かと思ったら、食事をして行きたいと言う
あまり、ゆっくりもしたくないが、まぁ、もう少し話も聞けるかと食事に付き合う
せっかくなので、義妹さんの話も聞きたいと言うと、少し渋っていたが、結局あとで、合流してくれるとのこと
義妹さんも、割と近くに住んでいるようだ
「お食事しながらする話でもないんですが・・・」
ご主人が元々亡くなった経緯を伺ってみた
曰く、海沿いの道を運転していて、故意か、運転を誤ったか、自動車ごと崖から落ちた転落事故だったそうな
ただ、確かに乗っていた形跡があるものの、海に落ちたのか死体はあがらず、しかも、ブレーキを踏んだ跡が無かったことから、事故、自殺、事件、はたまた失踪かと、当時、ずいぶんと調べられ、ほとほと疲れたと共に、残された奥さんとしては、ご主人に対して、最後には、恨みがましく思ったんだそうだ
「それは、そうで、ございましょ、後始末が大変だったんでございますから、それに、義母の世話もございましたでしょ」
結局、死亡判定のできないまま、失踪届けを出して、去年ようやく失踪宣告されて葬式も出せたんだそうな
「本当は、事故でしたから、一年で失踪宣告になるのかと思っていましたんですがね、法律というのは、難しいですわ。それで、ようやく落ち着いたと思ったら、突然現れたり、また消えたり、ひどいでございましょ」
いや、うーん、そういや、法律的には、失踪宣告の取り消しになるのか?で、また、失踪して、振り出しに戻るとかか
きっと、生命保険とかももらっちゃてるのかな
しかも、それが能力の適用によってもたらされた事態となると、いったいどういうことになるのかしら
当事者としては、面倒なことこの上なさそうだ
そんな愚痴混じりの話を、ひとしきり聞いた後、我々は、再び井城田家を目指して出発した
井城田家は世田谷にある邸宅と呼べるような家だった
いずれにせよ、この辺りの家なら戦後の成金だろう
これが、本駒込辺りなら、旧家なんだろうけどな
先行する車の運転手は、さすがにお抱えと言うわけではなく、今日だけ頼んだハイヤーのようで、井城田さんを降ろすと帰っていった
立派な門構えの横手の通用口から敷石を踏みしめて、玄関へ向かう
そのまま、あまり趣味の良いとも思えない、置物やら、敷物やらのある応接間に通された
「早速ですが、ご主人の写真は拝見できますか」
「では、こちらへどうぞ」
応接間に隣接して、四畳半の和室があり、仏間として使っているようだった
「つい、この間までは、ここに義母を寝かしてたんですけどね。義母の部屋は二階にあったんですが、お世話をするには、ここが便利でしたの」
なるほど、殺風景な部屋は、どことなく病人臭が漂っているようであった
「で、その枕元辺りに、主人の顔をした男が座っていたんでございますのよ」
梨子さんは、心底嫌そうな顔で、そう言った
閉めてある仏壇を開けると、ご主人らしき写真が置いてあった
「結局、これもどうしたら良いものか、中途半端でございますでしょ。閉めておくしかないんですのよ」
写真には、凡庸な眼鏡をかけた中年の人物が写っていた
「亡くなられた、というか、ご主人が最初の事故に遭われたときは、おいくつだったんですか」
「五十歳は、とうに過ぎてましたでしょうかね、いったい、生きているのか死んでいるのかも分からなくて、いくつだったのかも、ハッキリしなくなってしまいましたの」
「はぁ、それで、先週、突然現れた方は、いくつくらいに見えました?」
「先にも申しました通り、私、良くは見ておりませんの。でも確かに、当時とあまり変わらないようでありましたかしら」
「そうですか、あの、何か、ご主人の私物とかはありませんか?」
「はぁ、もうほとんど処分してしまいましたのよ。ただ、礼服だけは、仕立てが良かったもので、なんとなく取って置いたんですが、そう言えば、お葬式の時、、、」
「ご主人がそれを着てらっしゃたと」
「でもね、取ってあったのは冬物だけだったはずですよ。この暑いのに、あれを着たのかしら・・・」
雪絵さんが世話したのかしら、その後、クリーニングに出した覚えはないんだけど、、、
とか、独り言を呟きながら、部屋を出て行こうとして
「あら、富貴さん」
と声を上げる




