冬馬はみんなに支えられて生きています
次の日の朝
俺は気分転換もあって、久しぶりに車で遠出をすることにした
せっかくのハチロクを秋鳴に、任せっぱなしというのも癪だしな
千葉の海でも見ようかと、朝早く出たので、朝八時頃には、海辺に近い町に着いていた
ベンチを見つけたので、チョッと休憩しようと車を止めたところは、町営のグラウンドのようなところだった
グラウンドには、数人の若い男達が、サッカーだか、フットサルだかの練習をしているようだったが、どうも様子が妙だった
あまり運動の出来そうでない、ヒョロっとした奴が、キーパーの位置に居て、パンチングの練習をしているようにみえるのだが、全く様になってない
「やっぱり、一人じゃ、これが精一杯みたいだなぁ」
「ごめん」
そんな声が聞こえてきた
何の気なしに、彼らの方に、近寄ってみると、それから、不思議なことが起こり出した
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
来栖冬馬は、幼い頃からひ弱な子だった
ただ、庇護運と言うのか、庇護欲をそそられると言うのか、普通ならイジメに遭いそうなものなのだが、学校時代は、マスコット的な存在で守られて生きてきた
そんな冬馬には、嬉しかった想い出が幾つかある
例えば組み体操の一番上にしてもらったこと
みんなが自分のことを支えてくれている実感
何にも変えがたいものだった
もう一つ
クラスマッチでのサッカーの試合
下手くそなチーム同士だと、あまりキーパーは重要でないと言うことになって、オミソ扱いの冬馬はキーパーをさせられていた
もうバックが抜かれたら諦めるということだ
ところが何かの拍子に、相手の選手と一対一になって、もう駄目だという時、バックの大柄の選手が、冬馬の背後に回り込んで、冬馬の身体を支える形になった
そうして、また上手い具合に相手の蹴ったボールが、冬馬の真正面に飛んできた
冬馬一人なら弾き飛ばされていたろうに、背後につっかえ棒がいたものだから見事にパンチングが決まってしまった
これが冬馬の球技に於ける唯一の成功体験となった
周りのみんなも、真剣勝負以外の時は、冬馬にキーパーをやらせてあげられるような余裕のある連中だった
で、冬馬は唯一できるパンチングだけ、何かあると練習していた
高校を卒業すると、さすがにみんなと遊んでもらう機会は減ってきた
ただ、近所の町営のグラウンドに行くと、時々、知っている連中がボールを蹴っているようで、球拾いをしてみたり、ベンチで眺めていたりしていた
(僕は、一人では何もできない、でも、みんなが、支えてくれれば、きっとなんだってできる)
そんな、冬馬が、能力を得た
人の力を集めるという能力を
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何をしているんだろう
俺は、何の気なしに、連中に近づいていった
「よーし、次、三人でいってみようか」
「じゃぁ、チョッと強く蹴るぜ」
ズドッ
フワ
「おー、しっかり弾く、けど、やっぱり冬馬らしく優しく弾くのな」
目の前の軟弱そうな男の至近距離から、かなりの勢いで蹴り出されたボール
不恰好に、両手を伸ばした辺りに飛んで行ったと思ったら、両手に当たる前に、フンワリとはじき返された
「へぇ、どうなってるの」
思わず、口に出したら、連中も気がついたらしい
「こいつ、冬馬って言うんですけど、面白い能力を持ってるんですよ」
リーダーらしき、体格の良い男がそう答えた
「へぇ、何々」
「あー、あのー、なんか、みんなの力を集めて、それを、力に変えるみたいなことができるんです」
冬馬と呼ばれた男は、か弱い声で返した
普通なら、なよっとした奴とか、殴ってやりたくなりそうなものだが、実に不思議な愛嬌のある男の子だった
男の子と言っても、しっかりと能力を得ているんだから、十九歳は超えているはずだが、下手したら、中学生に見間違いそうな子だった
「へぇ、それって、例えば、車の突進とか止められたりするのかな」
「おー、そういや、まだそう言うのって試してないなぁ、今、何人いる?」
ノリの良さそうなリーダーが、実験をやろうと言い出した
「今、こっちに十人、居るけど、兄さんも入る?」
「良かったら、俺が運転する車、止めてみない」
「あー、そうしますか」
「十人集まると、十人力なのか?」
「いや、どうもそうじゃないらしいんだ、なっ、冬馬」
「はい、なんか、倍々になるんだか、加減が分からないんですけど、多分、十人も集まると、百人力位出るかも」
「おー、それは面白い、やってみよう」
車の入り込めるスペースが有ったので、そこで実験を始める
最初は、恐々と、徐行から始める
冬馬の直前まで行ったら止められるのかと思ったら、そんな事はなく、動き出したら、すぐに止められて、それどころか押し戻された
「凄い、凄い、じゃぁ、試しに40km位までなら出せるかな」
「う、うん、チョッと怖いけど」
俺は、車を目一杯バックさせて、急発進させてみた
結局40kmに達するまもなく、止められてしまうわけだが、不思議なことに、乗ってるこちらに何の慣性の法則も働かず、ふんわりとまるで、抱きとめられるような感覚だった
自分で、ブレーキをかけても、これほど柔らかくは、なかなか止められない
そして、そのまま、いつの間にか、スタートの位置に戻されていた
車を降りて、早速、感想を言う
「いやー、不思議な体験をさせてもらいました」
「どんな感じだったんですか」
「どんな感じも、ほんとふんわりです。誰か一緒に乗ってみます?」
支えの方も一人ぐらい減っても大丈夫だろうと、その後、代わる代わる実験して楽しんだ
これも縁だからと、代表して、当麻君の連絡先を聞いて、俺は、更に、海辺を目指した
・・・
真夏なので、海水浴場は、朝早くから、人も出始めているようだが、岩場の多い外れた辺りは、人影もまばらだ
そんな穴場を見つけて、海っ辺りに行くと、一心に空を見上げているジイさんがいた
「何が、見えるんですか」
ジイさんの近くまで言って、何気なくボソっと言う
「月だ」
「へっ?」
「見えるわけないんだ・・・」
「いや、そりゃ、昼間に月が見えることだって、あるじゃないですか」
「そうじゃない、この時期、この時間に、月が見えるわけないんだ」
「はぁ、で、見えてませんけど」
「そうか、なら、いんだ」
「????」
からかわれたのかしら
そろそろ、帰ろう
・・・・・・・・・・・
都内へ入って、高速を降りると、街宣車が、目に付いた
あーいう人たちは、どんな能力を得たろう
案外、身の回りの小さな幸せだけ、願ったような気がしてならない
外国が警戒するような、危険な能力なら、とっくに発動してるか、失敗して自爆してるはずだ
んー、もしかしたら、何人か自爆した、後の祭りを、今日あたり、しとるんだろうか
それより、日本にいた、日本語の分かる外国人が、帰国してなにかし始めていても、おかしくないんだが
あまり、面白がっている場合でもなくなってきたか
・・・
事務所に戻ると、客が来ていた
探偵事務所を始めたことを、とんと忘れている
「良かった、シンジくん、お客様、今、いらっしゃったところ」
「あー、失礼しました、三嶌です」
「あの、ずいぶんお若い方でいらっしゃいますのね」
おー、また、お金持ちのマダムかしら
「見かけだけですよ、ご用件を承りましょう」
「あの、死人を探すことはできますでしょうか」




